びじょとやじゅう   作:彩守 露水

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第31話「告白の演技」

「シアターとうちゃーく! すっごい広いね、一万人くらい入りそうじゃない?」

「いや、そんなに入らないでしょ。一万人も船に乗ってたら沈んじゃうよ……」

(けどまぁ……)

 

 辿り着いたばかりのシアター内を美咲は見回してみる。はぐみの言葉は誇張が過ぎるとしても、そこは確かにとてつもない広さを持つ場所だった。一学生として、舞台がある場所となれば学校の体育館や講堂が彼女の頭には浮かんだが、それらとはまるで比較にならないレベルの。

 

「怪盗さーん、来たわよ! 次は一体何の勝負なのかしら?」

「ふふ、次が何の勝負かはすぐにわかるよ」

 

 相変わらず、先に向かった癖をして姿の見えない怪盗。こころがその名前を呼ぶと、声だけが何処からともなく聞こえてきた。

 何処だ何処だ、とはぐみとこころがいるはずのない椅子の下にまで捜査の手を広げようとした辺りで、三人の前方からガコン、と大きな音が響く。見ると、ステージの床がぽっかりと開き、奈落から新たな床がせり上がってきているところだった。

 ここは船内の筈なんだけど、よくもまぁ限られたスペースの中でこんな仕掛けを造ったもんだと、美咲は感嘆する。

 そして、床が完全に上がりきり、明らかになったステージ上には怪盗と、加えて可憐なお姫様がその両脇で椅子に座っていた。

 

「かのちゃん先輩にこーちゃん! よかった、無事だったよ、こころん!」

「二人とも、待ってなさい! 今助けるわ!」

(……よかった)

 

 他二人のように声にこそしなかったが、美咲も内心で呟く。怪盗の正体が薫だと察せられた時点で身の無事は確信していたが、それでも実際に自分の目でみると改めて安心する事が出来た。

 

「さぁみんな、ショータイム……ならぬショーブタイムを始めようか」

(え、つまんな!?)

「今回は囚われのお姫様たちにも手伝ってもらうよ」

「な、何をさせる気ですか……!?」

 

 怪盗の宣言に、花音が立ちあがって気丈に言い放つ。

 

「なに、手伝ってもらうと言っても、君たちはそのまま椅子に座ってくれているだけでいいのさ」

「え? は、はい……?」

「そして、今回勝負に挑戦してもらうのは……君だ、綺麗な黒髪のお嬢さん」

「え……あたし!?」

 

 己の隣で『負けないわよー!』と意気込んでいるこころへ、まるで他人事のように密かな応援を送っていたた美咲は、唐突に指をさされて目を見開いた。

 

「な、なんであたしなのさ!? ほら、こころとかすごい気合い入ってるし、そっちでいいじゃん!」

「もちろん、そちらのお嬢さんにもいずれ挑んでもらうつもりさ。今回は君の順番だった、ただそれだけのことさ」

「美咲ちゃん、お願い……」

「……はぁ、わかった。で、あたしは何をすればいいの?」

 

 理由はもっともで、花音からもお願いをされてしまった。更に、怪盗の言葉を聞く限り、ここで突っ張って拒否をしたところで後々何かしらをすることが決まっているらしく、それならば、と美咲は不承不承にだが勝負を受け入れた。

 

「ここにいるお姫様に、愛の告白をしてもらおうか」

「は? ……はあああああああ!?」

「さぁ、ステージの上へどうぞ。ここで演じてみせてくれ」

「断固、お断りです」

 

 ただし、一瞬だけ。

 告白相手に指名された花音本人も当然その情報は初めて耳にするもので、美咲と同様に驚きの表情だ。

 

「いやいや、皆が見てる前で愛の告白とか。勝負でも何でもなく、ただの晒し上げじゃん……。勝ち負けもないしさ」

「そんな事はないよ。君の演技が私の心を打ったなら、その時はお姫様を返そう」

「そのルールだと、あたしがどんな告白をしてもそっちの意思次第で絶対に勝てないんだけど……。あぁもう、そもそも! 何でそんな事しなくちゃいけないわけ?」

(稚拙なお遊びはもう終わりだ)

 

 溢れ出た苛立ちを乗せて、美咲が怪盗へ指先を突き付ける。ここまで空気を読んでこころたちに付き合ってきた彼女だったが、遂にここで我慢の限界を迎えたようだ。

 

「その声、喋り方、それから振る舞い。正体は最初からわかってたんだ! 怪盗、あんたは――」

「みーくん、お願い! かのちゃん先輩に告白して!」

「そうよ、これで二人が戻ってくるかどうか決まるの! 告白の演技、頑張ってちょうだい!」

「はぐみ、頑張って応援するから!」

「うぐ……」

 

 いつのまにかちゃっかり席について観客モードに切り替わっている二人が、背後から美咲に激励をする。その目は心底二人が心配をしている事を疑わせない眩さを湛えており、純真すぎる言葉は美咲をたじろがせた。

 

(なんだよもう、お目目キラキラさせちゃってさぁ!? まるで、あたしが悪いみたいに思うじゃん……)

「はぁ、わかった……やるよ。やればいいんでしょ、もう……」

 

 少し前と同じセリフを、今度は妥協ではなく諦めから吐く。

 

「ふふふ、君なら最後にはそう言ってくれると信じていたよ。君はお姫様に愛を伝える王子様という設定でやってみたまえ。では、演技……スタート!」

 

 開演を大きく手を鳴らして示し、怪盗は後ろへ飛びずさった。

 

(花音さん、緊張してるなぁ)

 

 きっと裏で黒服が操っているのだろう。照明がうまく角度を変えて、二人だけの世界が形作られる。相対する花音の口は真一文字に結ばれており、その心境が容易に窺えた。

 

(けど、相手が花音さんだったのは……なんていうか、不幸中の幸いだったかな)

 

 対して、告白する側である美咲が幾分か相手より落ち着いているのは、彼女の頭の中に現状よりも避けたい状況が描かれていたからだ。

 もし指定されたのが花音ではなく幸だったなら? 彼への恋情を今朝に自覚したばかりで、未だ完全に心の整理がついたとも言えない彼女からすれば、それは考えうる限りで最悪のシナリオだった。

 

「あー、うーん……え、えと……麗しいお姫様……。あ、あなたの事が好き、です……」

(うわ、これ恥ず!?)

 

 とはいえ、状況が最悪でない事と美咲の演技の巧拙には、少しの因果関係も無い。なんとかひり出した告白の言葉は、ぶつ切りで、ありきたりで、お世辞にも響くとはいえない物だ。

 

「そんなものかい? もっと愛を伝えてごらん」

「うー……一目あったその時から……心を奪われ……」

「まだまだ気持ちが伝わらないよ。もっと真剣に」

「あなたを常に想っています、とにかく好きです……。も、もうこれでいいでしょ!? 演技なんて経験ないんだから、わかんないし!」

 

 それらしい台詞をなんとか絞り出して連ねていく美咲だったが、その途中で羞恥が爆発したようで、投げやりにそれを終了して、開き直った。

 

「はぐみ、演技とかあんまりよくわかんないけど……多分ダメダメだったと思うな」

「心にぜーんぜん響かなかったわ。これじゃあ勝負は負けかしらね……」

(そんなに言う……?)

 

 怪盗からならばともかく、味方のはずで、その上普段から大抵の事には好意、肯定的な意見を述べるはぐみとこころの二人からの容赦のないダメ出し。花音と幸は美咲の健闘をたたえる言葉を投げかけたが、それが気遣い十割で構成されている事は誰の目にも瞭然だった。

 

「告白というのは、もっとスマートでなければならないものさ。こんな風にね……」

 

 美咲と花音の間に割って入った怪盗が、椅子の前で片膝をつき優しくその手を取る。そして真っ直ぐと目を見て、言葉を紡ぎ始めた。

 

「麗しのお姫さまよ、私がどれほどまであなたの事を想っているかご存知ですか? 寝ても覚めても、頭の中はあなたのことばかり……。私の心を掴んで離さない罪なお方……愛しています」

「……! す、すごい、演技だってわかってるのに思わずドキッとしちゃった……」

 

 言葉選びから、間の取り方まで。どれをとっても怪盗の告白の美咲のそれを凌駕しており、花音は思わず何かを確かめるように自分の胸へ手をやった。

 

「さて、これで勝負は私の勝ち……と言いたいところだが、初めてでわからないという君の言い分も理解できる。だから、ラストチャンスをあげよう」

「え、それはまさか……?」

「今度はこちらの純白のお姫様に告白をしてみてくれ。私の演技を参考にしてくれて構わないよ」

(やっぱりー!?)

 

 ラストチャンスという単語に美咲は嫌な予感を覚え、そしてそれはすぐに彼女の頭から現実へとやってきた。

 照明が切り替わり、見事に合ってしまった幸の目。そこには驚きと、戸惑いと……そして僅かな期待までもがあるように見えたのは、もしかすれば美咲の無意識的な願望がそうさせただけかもしれない。

 

「さっきは王子様とお姫様という設定だったから今度は……そうだね、昔からの幼馴染に密かに抱いていた好意を打ち明ける、なんてシチュエーションはどうかな」

(あぁ、これは……)

 

――やらなきゃいけない流れだ。

 

 ゆったりとした足取りで、美咲が幸の前まで進む。

 する事は同じで、今しがた一度経験したばかりの筈なのに、心拍の加速がどうしようもなく、止まらない。

 客席との距離はほんの数メートルのはずなのに、背後から聞こえてくる『頑張ってー!』という声援が、遥か彼方に聞こえる。

 このまま放っておけば限界を超えて破裂してしまいそうな心臓を、拳で叩き、彼女は――。

 

「やっぱ無理!!」

 

 その身を、大きく翻した。

 一体いつからか、息をする事を忘れていた体が、美咲に深い呼吸を求める。何度もそれを繰り返し、なんとか息も整ったところで、美咲は怪盗へ向き直った。

 

「もういいよ、あたしの負けで。次以降に託すから、もう勘弁して……」

「美咲ちゃん……」

「みーくん、どうして!?」

 

 花音やはぐみがそれぞれ声を掛ける。美咲にも、ここで諦める事がみんなの期待を裏切る行為だという自覚はあったが、どうしても自分に言う事を聞かせる事が出来なかった。

 

「ふむ、やはり自信が持てないのかな? 仕方がない、もう一度だけ手本をみせてあげるから、それで――」

「待った。やっぱり、やる」

「そ、そうかい?」

「えっ? あ……」

 

 ほんの数秒前まで泣き言を言っていたはずの者がまったく逆の事を口にし、一同は面喰ってしまう。だが、その中の誰よりも、主張をした本人が一番戸惑っている様子だった。

 

「美咲! やってくれるのね、信じてたわ!」

「えー、あたし今やるって言った? ……うん、言ったなぁ」

 

 その口ぶりから察するに、どうやら先程の言葉は自分の意志ではなく、思わずだとか反射だとか、そういった要領で発してしまっていたらしい。

 

(だって見本見せるって、薫さんがコウくんに告白するってことでしょ……?)

 

 例え演技で、本気ではないのだと理解していても。告白を受けてときめいてしまった記憶の中の花音に、僅かでも幸の姿が重なる可能性があると思うと、胸中穏やかでいる事は美咲には難しかった。

 

(っていうかこれ、本格的に逃げ場ない感じじゃない?)

 

 何せ自分の口で『やる』と言ってしまったのだ。場も落ち着きを取り戻し、全員の視線が美咲のいる場所へ集まっている。

 

(腹決めるしかないか……)

 

 今度は、しっかりとした歩みで、幸へと近づく。

 少し前の自分では、移る前から混乱していたはずの行動をしようとしているのに、焦りが沸いてくる気配はない。

 感覚がクリアになり、美咲には数十センチは離れているはずの彼の呼吸音がどこまでも鮮明に聞きとれる。

 静かで、しかし力強い鼓動を確かめるように、胸に手を当て、幸の瞳を見詰めた。

 

「ねぇ」

「は、はい!」

「あたし、さ……実はあんたの事、ずっと好きだったんだ」

「……はい」

「いつ好きになったのかとか、正直自分でもわかんないし、そもそも明確な転機があったのかも不明なんだけど」

 

 なんの前準備も無い、初心者によるぶっつけ本番の演技だというのに、そうである事をまったく匂わせない、滑らかなセリフ。

 

「もっと一緒にいたい、もっと触れていたい。気付いた時にはそんな事考えるようになってて……びっくりだよね? 自分の事だけど、あたしもそうだったもん」

「美咲さん……」

「突然の事だからさ、急に返事なんかできっこないと思う。それが普通だって……うん、わかってる。けど、もし……もしさ、ちゃんと考えて、考えて。それで、あたしとってのも悪くないな、と思ってくれたなら、その時は――あたしと付き合ってくれませんか?」

「……はい」

 

 身をかがめ、セリフの最後に合わせて差し出された手。

 美咲の言葉に()てられたかのように、茫然自失になっていた幸は思わずそれを取ってしまっていた。

 

『…………』

「コウくん?」

「…………」

 

 自分のセリフの終わりから微動だにしなくなってしまった幸を美咲は揺するが、正気は何処かに行ってしまって帰ってくる気配がない。いや、彼だけではなく、この場にいる美咲以外の全員が、まるで時が止まったかのように静寂を守っていた。

 

「ちょっと皆も、せめて何か言ってよ。沈黙は辛いってば」

「あ、あぁ、すまない」

 

 美咲が軽く茶化すことで、場は再び時の流れを取り戻す。途端、少ないながらも大きな拍手が客席から舞台へ向けられた。

 

「す、すごいよ、みーくん! 何がすごいのかはよくわかんないんだけど、とにかくすごかった!」

「はぐみの言う通りだわ。あたし、感動しちゃったもの!」

「あぁ、とても素晴らしい演技だった」

 

 一度目がボロクソに言われていたとは思えない、手放しの賞賛が吹き荒れる。

 

「一度の見本でこうも化けるとは、君には演技の才能があるのかもしれないね」

「なら、この勝負はあたしの勝ちって事でいいのかな?」

「もちろん。その素晴らしい演技に免じて、純白のお姫様を君たちに返そう」

「……は?」

 

 勝利が判明し喜んだのも束の間、怪盗の言葉の意味を正しく認識した美咲は、抗議の目線をその方へ向けた。

 

「ふはは、君たちと勝負するのは面白いね! 次はこの船内で、唯一儚いものが手に入る場所で待っているよ!」

 

 だが、時すでに遅し。怪盗は丁度、花音をお姫様だっこしたまま舞台袖の闇に消えていくところだった。

 

「逃げられた……。もう、これまだ続くの?」

 

 美咲は溜め息を吐く。今の彼女の心境は、苦労してパズルを完成させたと思えば、躓いてひっくり返してしまったかの如し、だった。

 

「花音さんも助けなきゃだし、行くしかないかぁ――って、ちょっと」

 

 なんだかんだと言いながらも、次なる目的地へ歩き出そうとして、美咲は気付いた。

 自分の目の前の少年だけが、まだ時を取り戻していなかった事に。

 ずっと同じ姿勢で、美咲の手をきゅっと握って、ただ虚空だけを見つめている。

 

「……大丈夫?」

「……へ? あっ、あの、えっと……」

「あんまり深く考えないでね。さっきのは演技なんだからさ」

「演技……そう、ですね。演技ですもんね、あはは……」

 

 二人の手が解かれ、幸が作った笑いを浮かべる。

 

(うーん……)

「ほら、行くよ。って言っても、儚いものが手に入る場所って何処なんだろ……」

 

 美咲が踵を返して、シアターの出口の方へ向かう。

 その視界から外れた位置、思いつめた表情で胸の前に両手を重ねる幸の姿は、まるで自分に何かを問いかけているように見えた。

 

(脈なしではない……のかな?)

改行具合、どのように感じましたか?

  • 地の文間もっと開けた方がいい
  • セリフ間もっと開けた方が
  • 上記二つとも
  • 特に問題ない

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