びじょとやじゅう   作:彩守 露水

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第32話「怪盗の目的」

「コウくんはさ、あの怪盗の正体の予想付いてる?」

「予想と言いますか……薫さん、ですよね?」

「だよねー。やっぱわかるよねー」

 

 船内の長い廊下を歩きながら、美咲は幸へもはや確認に近い質問をしていた。

 現在二人は、鼻歌を(すさ)みながらスキップで進むはぐみたちの後をついて回っている。目的地は怪盗の言い残していった船内で唯一儚い物の手に入る場所――こころ曰く、ギフトショップらしい――なのだが、歩けど歩けど、一向に着かない。

 

「花音さんが意外にも分かってない感じだったから、もしかして……って思ったんだけど」

「そういえば、そうでしたね……」

 

 この船の広さを改めて実感しながら進むこと更に五分。ようやく辿り着いたそこには、これまでとは違って既に怪盗の姿があった。

 

「ようこそ、迷わずここまで来れたようだね」

 

 涼しい顔をして、怪盗は四人に歓迎の言葉を投げる。一応、彼女たちもここまでまっすぐやってきたはずなのだが……美咲はその移動手段が一体どうなっているのか、気になって仕方がなかった。

 

「ここではどんな勝負をするのかしら? できれば、楽しいのがいいわ!」

「そうだね……。では、ここのギフトショップで私が気に入りそうなものを選んでくれるかな?」

「まーたそういうタイプ……」

 

 この『そういう』とは、つまり勝敗が完全に怪盗の一存で決められてしまう種類のものだ。実際に一つ前の勝負で美咲は勝利を収めているので、勝ちの可能性が存在するのは確かなのだが、きっちりとした彼女の性格上、極めて不明瞭な条件を持つそれを勝負と認める気にはなれなかった。

 

「怪盗さんが好きそうなもの? ねぇねぇ、どんなのが好きなの?」

「私が好きなものか……それは、儚い物だよ」

(隠す気あるのかなぁ、この人……)

 

 美咲の周りではもちろん、そうでない範囲を見渡しても『儚い』なんて言葉を日常的に使うのは薫くらいなものだろう。

 容赦のないツッコミを内心でしながら、美咲は仕方なく商品棚の物色を始めた。

 

(パッと見た感じ当てはまりそうなのは……この水時計とかビードロみたいなやつかな?)

「あ、このぬいぐるみとかどう?」

「なにその深海魚みたいなの……。顔面の主張が激しすぎて、なんか見てるだけでうるさいんだけど」

「えー、いいと思ったんだけどなー」

 

 顔面うるさい魚(美咲命名)を名残惜しそうにはぐみが手放す。その隣ではこころが、紐で連なった不細工なアヒルのおもちゃを振り回しており、美咲はこの二人は宛てにならないな、と早々に見切りをつけた。

 

「あの二人はダメだ……。コウくん、なんか儚そうなの見つかった?」

「これなんて、どうでしょう?」

 

 振り返って美咲が見てみると、幸が手にしていたのは小さな花の髪留め。全体が淡い桃色のガラスで造られており、頭上から降ってくる光を内部で乱反射させてキラキラと輝いていた。

 

「おー、儚い儚い。いやー、ガラス製品は全体的にそれっぽいね」

 

 感性の正常な二人で着々と、琴線の触れそうな品を集めていく。

 

「ねーねー! はぐみ、もうちょっと何かヒントが欲しいよ、さっきから選んだのぜーんぶみーくんにダメって言われるし……」

「儚いもの……つまりはそういうことだよ」

「それじゃさっきと変わらないよー!?」

「仕方ないね、少しだけヒントを上げよう。かのシェイクスピアはこう言っている……。『ひとつの顔は神が与えてくださった。もう一つの顔は自分で造るのだ』とね。いいかい? 『もう一つの顔』というのが重要だ」

「何それ、ますます分かんないよー!?」

 

 はぐみの要求に対して出されたヒントは果たして、薫の十八番であるシェイクスピアの言葉だった。しかし、折角長い歴史の中で語り継がれてきた名言も、この場においてはただの迷言――その文字通り、ギフトショップの中を混迷へと誘う言葉でしかない。

 

「『もう一つの顔』って……なに、生えてくるの!?」

「……前半ではなく後半を強調したという事は顔という単語が重要なのかな……? ダブルミーニングの方向から……薫さんの趣向を考えると、レヴィナスの……?」

 

 こんな風に。

 

「コウくん? 薫さん多分、あんまり考えないで言ってるから、考えても無駄だと思うよ」

「……? でも薫さん、ヒントだって言ってましたよね?」

「言ってたっちゃ言ってたけど、むしろ言ってるだけというか……」

 

 美咲はこういった突発的な薫の引用は大概用法の間違っているものだと知っているが、ハロハピに入ってまだ日の浅い幸は随分と真剣に考え込んでしまっていた。

 

「でも、ヒントが当てにならないんだったら、結局何を――」

「わかったわ!」

 

 その時、ショップの奥の方まで探索に行っていたこころが、大きく叫びながら四人の元へ走り寄って来た。

 

「儚いものってこれでしょう! どう!?」

 

 そう言って掲げられた右手には、何処かの部族の儀式で使われていそうな華美なお面が握られている。

 存在感がありすぎて儚いとは正反対なことも美咲は指摘したかったが、何より客船内のギフトショップにそんなものが置かれている事をこそ、おかしいと叫びたかった。

 

「それでいいのかい?」

「えぇ! これなら怪盗さんも気にいるでしょう! ヒントにもぴったりだし、もう一つの顔よ!」

「いいな、はぐみもそのお面欲しい!」

 

 美咲と幸がせっせと集めた儚そうな品々を差し置いて、禍々しい雰囲気さえ持つお面が代表に選ばれる。

 

「さぁ、花音を返してちょうだい!」

「ふむ……」

 

 こころの持つお面を見つめる怪盗は、すぐに答えを出さず、難しい顔をして額を押さえていた。それははまるで、お面に合格を出すかどうか迷っているようにも見えたが、まさかそんなことがあり得るというのか。

 

「悪くはないチョイスだが……おしいね、実におしい。もう少しで合格をあげられたのだが。やはり、まだお姫様は返せないな」

「あー! 怪盗、今度は行き先言わずに行っちゃったよ!?」

「急いで追いかけましょう!」

 

 四度目。角や煙に消えず、はっきりと後姿を晒しながら去っていく怪盗を、四人は全力で追いかけた。

 

「っていうか、薫さん基準の儚いって、ああいう感じなの……」

「あ、あはは……」

 

 

――――――

 

「あれ、怪盗どこいっちゃったの?」

「うーん……あ、いたわ、あそこよ!」

 

 怪盗の背中を追って、入り組んだ通路をぐにゃぐにゃと進んでいた四人はいつの間にか船のデッキへ。一気に広がった視界の中に目を走らせると、目的の姿は船首と呼ばれる部分に佇んでいた。

 

「はっはっはー! よくぞ追いついたね!」

「ここまでよ、花音を返しなさい! 花音はあたしたちの大切な仲間なんだから!」

「大切な仲間……か。いい言葉だね」

「感心なんてしてないで、早くその手を離しなさい!」

「かのちゃん先輩を絶対に取り返すもん!」

「ここまで付き合ったんだから、いい加減にして欲しいんだけど……」

 

 最後に誰にも聞こえないように『暑いし……』と付け加える。ここまでとは違ってデッキは船外に位置するので、彼女らの頭上では夏の太陽が燦々と照っており、美咲はこの茶番をさっさと終わらせて早く涼しい船内に戻りたかった。

 

「なにより、もうすぐでお昼ごはんの時間なの。花音を返してくれないと、みんなのお腹がペコペコになっちゃうでしょ!」

「そ、そういう問題なんですか……?」

「そうなんじゃない? こころ的に」

「ほんとだよ! はぐみももう、おなかぐーぐーなんだから!」

「確かに、あまり長い時間付き合わせてしまうのも悪いね……。囚われのお姫様、君は仲間たちの元へ帰りたいかい?」

 

 怪盗の問いかけへ、花音が当たり前に肯定の返事をする。ようやく身柄が解放されるかと思いきや、そこにおそらく最後になるだろう壁が立ちはだかった。

 

「わかったよ、お姫様。では、最後に一つだけ、クイズに付き合ってもらおうか」

「わかったわ、なんでも答えるわよ!」

「はぐみも、頑張って考える!」

「一応言っとくけど、シアターとかギフトショップの時にみたいに判定の曖昧なやつはもう勘弁だからね」

「…………」

 

 ここまでの経験から、展開がグダグダにならないよう美咲が予め釘を刺す。対して怪盗は、一瞬ギクリを顔を強張らせた後、涼しげな表情を無理矢理に貼り付けてこう答えた。

 

「ま、まぁまぁ、二度ある事は三度あるということわざを知っているだろう?」

「いやー、知らないですねー。仏の顔も三度、なら知ってるんですけどー」

「……コホン。では、いくよ」

(無視かい!)

 

 美咲の皮肉たっぷりな言葉に、うまい切り返しが浮かばなかったようで、怪盗はこころとはぐみの方向へ向き直って、直前のやりとりを無に帰すようにクイズへ移った。

 

「はたして……私が欲しかったものとは何でしょう?」

 

 それを聞いた時、美咲は答えどころか、質問の内容自体が一瞬理解できなかった。詳しく言えば、花音と幸の奪還戦ばかりが記憶に残って、怪盗が『あるものをいただきにきた』という目的を持っていた事自体を、彼女はすっかり忘れてしまっていた。

 

「はぁ、そんなの知る訳――」

「わかったわ!」

「えっ、こころんもう分かったの!?」

 

 そんな正解の当たりをつける事すら難しい問題に、なんとこころが一瞬でわかった、と手を上げた。

 

「えぇ! あたしは皆で追いかけっこが出来てすごく楽しかったわ! 怪盗さん、あなたもきっとそうでしょう?」

「ふっ、さすがは私のソウルメイトだ。鋭いね」

「怪盗さん、あなたが欲しかったものは『みんなと楽しく過ごす時間』よ!」

「……すばらしい、正解だ! とても楽しい時間を過ごす事が出来たよ、ありがとう。お礼にお姫様は返そう。さ、仲間の元へお戻り」

「は、はい」

 

 ここまでずっと囚われだった花音の身柄は、驚くほどあっさりと解放される。体に掛かる衝撃を最小限にするように配慮し、優しく足元からデッキへ下ろされた花音は、ゆっくりとこころたちの方へと戻っていった。

 

「じゃあね。子猫ちゃんとの逃避行……とても楽しかったよ」

「……え?」

 

 その去り際に、かろうじて花音の耳へ届いた背後からの小さな呟き。何処か聞き覚えのある単語がそこには含まれており、彼女は慌てて振り返ったが……。

 

「それでは良い旅を! また何処かで会える事を楽しみにしているよ!」

 

 その瞬間、怪盗の足元から煙が立ち上がり、視界を白く染めてしまった。

 

「わっ、何この煙! なんにも見えないよ~!?」

「こほっ……まさか、ここまで凝った演出するなんてね……」

 

 突然の出来事に、その場にいた全員が次々に咳き込む。しばしの時間が経ち、煙が晴れた時には怪盗の姿は何処にも見あたらなかった。

 

「あら、怪盗さんがいないわ」

「えぇ、消えちゃったの!?」

「せっかくここまで追い詰めたのに、捕まえられなかったわ……!」

「ま、別にいんじゃない? それより、花音さんも疲れてるだろうし、とりあえず中に戻ろう」

「ありがと、美咲ちゃん」

 

 美咲の意見に反対する者はおらず、一同は階段を下りて、涼しい船内へと引き返した。

 昼食を誰よりも楽しみにしていたはぐみが、待ちきれないとばかりに独走を始める。もうお決まりとなりつつある光景に、美咲たちは少しだけ、足を速めた。

 

「にしても、『皆と過ごす楽しい時間』が欲しかったもの、ねぇ。めちゃくちゃだけど、まぁ、あたしたちらしいっちゃあたしたちらしいよね」

「ふふ、そうですね。ハロハピの皆さんらしくて、とっても素敵だと思います」

「…………」

 

 自分の何気ない呟きへ同意する幸の言葉に、美咲が顔をしかめる。だが、それはほんの一瞬の事で、彼がそれに気付く前に美咲はいつも通りの表情で愛らしい小さな手を引くのだった。

 

()()()()()()()()()()()、か。……気にいらないなぁ)

改行具合、どのように感じましたか?

  • 地の文間もっと開けた方がいい
  • セリフ間もっと開けた方が
  • 上記二つとも
  • 特に問題ない
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