びじょとやじゅう   作:彩守 露水

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・渚……海の砂浜の波が寄せる部分。波打ち際と同意。


第33話「海辺の邂逅」

 怪盗を取り逃がしてしまってからしばらく。食事を終えた後四人は、船内各所に用意された様々な設備で遊んだりデッキで海風を浴びたりして、その内に、気付けば一度は離れていった陸地が再び近づいてきていた。

 ちなみに、薫は食堂への道すがらに何食わぬ顔でしれっと四人に合流している。その時に口にされた、『ずっと一緒にいたよ。怪盗を追うのに必死で気付かなかったようだけどね』という無理のありすぎる言い訳には、やはり常識人組の三人が苦笑をしていたが。

 

「みなさま、そろそろ下船のお時間となります」

「あら、もうなの? 楽しい時間が過ぎるのはあっという間にね!」

 

 黒服が六人に船旅の終わりを告げに来た時、彼女たちはビリヤード場で――ルールに則ってかはともかく――遊んでいるところだった。その言葉に従い、道具を片付けを済ませてから、移動を始める。

 一同が最初のホールへ再び辿り着いたタイミングで船体がガタンと大きく揺れる。どうやら、ぴったり停泊のタイミングに合ったらしい。

 

「この船旅も、もう終わりなんだ……。疲れたけど、すごく楽しかったね」

「まぁ、なんだかんだ……そうですね」

「はぐみもはぐみも! すっごい楽しかった!」

「もちろん、あたしもよ!」

「はは、あんたら二人はまったく疲れてなさそうだね……。そろそろ下船みたいだけど、みんな忘れものとかはない?」

 

 まるで学校の先生が校外学習の最後にそうするかのように、美咲は周囲へと呼びかけた。各々が鞄やポケットの中などをさらりと確認するが、誰も慌てる様子はない。大丈夫そうかな、と美咲が安心をしかけたその時だった。

 

「――あっ!」

 

 そうは問屋が卸さないとばかりに、ある一人が突然に声を上げた。当然というかやはりというか、その人物は……。

 

「……こころ、どうしたの?」

「大変よ、美咲! ミッシェルにお土産を買っていこうと思っていたのに、すっかり忘れていたわ!」

「あー、そういうことね」

 

 それは今日の朝、船着き場に向かう途中の車内で話していた事だった。ミッシェルを呼ぼうと提案するこころに、美咲があれこれ理由をつけてその乗船が無理だと説明すると、なら代わりにお土産を買っていこうという言い出したのだ。

 さて、と美咲は考えた。

 船が停泊したとはいえ、すぐさま降りなければならないという決まりはない。今からでもギフトショップに戻ってお土産を買う事も可能と言えば可能だ。

 

(正直、面倒くさいよなー……)

 

 だが残念な事に、その場所までの距離が、さぁ行こう、と気軽に言うには少しばかり遠かった。

 かといって美咲がこの場所に残ってこころだけを行かせてしまうと、何かしらのトラブルが起きる可能性が高い。何かいい案はないものかと彼女が頭を捻っていると、隣にいたはぐみがとんでもない発言をかました。

 

「こころん、()()をあげればいいんじゃない?」

「はっ⁉︎ いい考えね、はぐみ! 怪盗さんは選んでくれなかったけど、ミッシェルならきっと気に入ってくれるわ!」

(えぇ……)

 

 はぐみが指さしたのはこころの右手。そこには、三度目の勝負の時に彼女が選んだ、奇妙なお面が掴まれていた。

 このお面を、こころはショップで初めて手にした時から、ずっと携えていた。デッキやカジノで遊ぶ時はもちろん、食事の時にいたっては、きちんとそれ用に席を一つ用意して鎮座させるものであるから、その存在感の強さも相まって、美咲などは今にも動き出すのではないかと心配したくらいだ。

 そんな物体が自分(ミッシェル)の元へ届くのか、と考えると美咲は今から辟易する思いだったが、それでもお土産はお土産。邪魔だから、鬱陶しいから、で捨ててしまう気は微塵も無く、彼女の頭の中ではお面をどのように部屋に飾るかが考えられ始めていた。

 ともあれ、これで問題はすべて解決され、ここに足を止めておく理由は無くなった。六人が揃って船の出口へ向かうと、その途中で黒服の一人がこころに声を掛けた。

 

「こころさま、そのお土産は私どもで先に屋敷へ送っておきますので、こちらへ」

「あら、そう? なら、お願いするわね! そうだ! 折角だし、かわいくラッピングもしておいてくれるかしら?」

「了解いたしました」

 

 そう言って、黒服はこころの手からお面を受け取った。いやに民族的なそれは縦に長く嵩張る。あの広い車内で置き場所に困るということはないだろうが、それでも手荷物が少ないに越したことはないはずだ。

 

「美咲さん、ちょっとすいません……あの、黒服さん!」

「はい、なんでしょう」

 

 その様子を見ていた幸、何か思いついた事があったようで、美咲に断りを入れるとお面を手に持つ黒服の方へ、トテトテと歩いていった。そして、その場で何度か言葉と握手を交わし最後に深く頭を下げると、すぐに美咲の元へ帰ってくる。

 

「コウくん? 何話してきたの?」

「えっ!? ……えっと、黒服の人達には色々お世話になったので、お礼を言っておくべきかなって思いまして……?」

「えぇ、律儀だねぇ……」

 

 美咲の問いに、返答は何故だか少しぎこちない。

 彼は演出の為に攫われた側だというのに。その心の広さと言うべきか、邪心の無さと言うべきか、とにかく幸の心の在り方に、美咲は感嘆するばかりだった。

 

 

 

 無事に下船が済み、久方ぶりのしっかりした地面へ六人は足を下ろす。

 

「おっとと、ずっと船にいたから何か変な感じするな……」

 

 まるでトランポリンで遊んだ後のように、足の裏を通じて伝わってくる感覚の違いが少し気持ち悪くて、美咲が呟く。こうして落ち着いてみると、疲労が全身の隅々までいき渡っている事が自覚でき、彼女は一秒でも早く車に入って体を休めたかった。

 

「こ、こころちゃん、危ないよ……!」

 

 いざ快適な車内へ入ろうか、というその時、美咲は背後から花音の震えた声を聞いてしまい、反射的に振り向いた。

 

「ちょ、ちょっとちょっと!」

 

 そこには、あと一歩で海に落ちてしまうような淵に立つこころ、そして、下手に触れると事態が悪化しかねない、とその少し後ろでオドオドしている花音の姿があった。

 すぐさま美咲はその傍まで駆け寄り、羽交い絞めのように脇下から腕を通して自分ごと後ろへ倒れ込ませる。ひとまず、海に落ちる心配のない姿勢になった事を確認し、美咲はこころへこの狂行の意図を問いただした。

 

「こ、こ、ろー? ちょっと目を離した隙にあんたは何やってんのさ!?」

「なにって、あたしは海を見てただけよ? 波がザァーってなると水面(すいめん)がキラキラーってなってね、とってもキレイだったの!」

「見てた……だけ? はぁ、よかった。あたしはてっきり、あんたが海に飛び込もうとしてるのかと思ったよ……」

 

 この場所はあくまで船着き場なのであり、生身の人間が海に入る場所としては設計されていない。彼女たちの立つ地点から水面までにも二メートル以上の高さがあり、入水する場としてはあまりにも不適切だ。

 美咲は、自分の想像がただの杞憂であったことに安堵の息を吐く。あたしの心配を返せ、そう文句を言ってやろうとした彼女は、しかしそのこころの表情が輝いているのを見てしまい、顔を強張らせた。

 

「海に……飛び込む……? 美咲、それとっても素敵ね! これから皆で海に入りましょう!」

「はぁ!?」

 

 こころが突然に、とんでもない事を言い出す。しかも、その原因は直前に聞いた言葉にあるようで、美咲は余計な事を言ってしまった、と自分の言動を後悔した。

 

「あのねぇ、ここは海に入る為の場所じゃないの。船に乗る場所なの」

「んー、なら何処なら海に入れるのかしら?」

「え、そりゃビーチとかそういう……」

「なら、そこに行きましょう! 黒い服の人!」

「はっ、ここから車で十五分程度の所に一般開放されたビーチがございます」

「いや、でも水着とか持ってきてないし……」

「黒い服の人!」

「はっ、こちらに全員分用意してあります」

(あぁ、もう!)

 

 なんとか海に入るのを阻止しようと美咲は理由を並べ立てるが、それらはことごとく憎いほどに有能な黒服の人たちによって一瞬で崩されていく。彼女らのこころの願いを全力で叶えようとする姿勢は尊敬しているし、実際何度も助けられている美咲だったが、その融通の利かなさだけが今は恨めしく仕方なかった。

 

「いや、でもほら、夏だからまだ明るいけどさ、もう夕方近いんだし、こんな時間から海に入ったら風邪ひいちゃうよ」

「……この時間から海に入ったら風邪をひいてしまうの?」

「え、まぁ絶対とは言わないけど、可能性は低くないんじゃない?」

「そう……」

 

 風邪をひくという話を聞いて、こころは表情を真剣なものにする。それから少しだけ考え込むと、わかったわ、と素直に頷いた。さすがの彼女も、体を壊す可能性があるとなれば、我慢をできるようだ。

 

「けど、やっぱり海には入りたいわ! そうだ、足だけ! 足だけならいいでしょう?」

「うーん、それならまぁ……」

 

 美咲は頭の中に、波打ち際で水遊びをしている情景を思い浮かべる。多少服が濡れることなどはあるだろうが、着替えが用意できているのなら、水着で泳ぐよりは風邪をひく可能性は低くなるだろう。

 一つの妥協点として許可が出されると、こころは飛び上がって喜んだ。それから真っ先に車の中へと駆けこんでいく。美咲はこころの為に車に乗らずに駆けつけたというのに。まったく本当に自由な子だよ、と呟いて彼女も車に乗り込んだ。

 

 

 

 車のエンジン音が小さくなっていき、やがて車体が完全に静止する。船着き場から発車してから丁度十五分。一同はビーチ近くの駐車場で、地面に足を着けた。

 

「さぁみんな、海で遊ぶわよー!」

「とっつげきー!」

 

 一体何処から湧いてくるのか、こころとはぐみが無限の元気を纏って海の方へ走っていく。貝殻やガラス片を踏んで怪我をしないよう、ビーチサンダルは美咲が履かせたが、あのはしゃぎ様ではいつ脱げてしまってもおかしくなさそうだ。

 

「まったく、あの二人は……」

「にしても、夕陽と海のコントラストが実に美しいね。まるで一枚の完成された絵画のよう……そこへ飛び込んでいく私たちは、さながら――」

「あぁ、こっちにも困った人が一人いた……」

「あ、あはは、私たちも行こっか。美咲ちゃん、コウくん」

 

 もう夕方になろうかという時間帯の所為か、見渡す範囲に人影は少なく、ほとんど独占のような形で遊ぶ事ができた。

 

 

――――――

 

 

「いやー、疲れた疲れた」

 

 美咲が柔らかな砂浜にボスッと腰を下ろす。小一時間前の時点で彼女は自分の体が疲労困憊だと思っていたのに、海を目の前にしてしまうと、思わず遊び耽ってしまった。

 

「おつかれさま、美咲ちゃん」

 

 美咲より先に戦場(遊び場)を離脱していた花音が、隣から声を掛ける。日が照っている訳でもないので、パラソルは立てられていなかった。

 

「もう、あの二人はほんとお化けだよ。体力お化け」

 

 未だ渚ではしゃぐこころとはぐみを遠目に見て、美咲がボソリとこぼす。今も二人は幸を目掛けて海水を跳ねあげており、目標とされた本人は足の疲労も相まってバランスを崩したところを、間一髪薫に支えられて転倒を免れていた。

 

「コウくんと薫さんも、大分疲れてきてるみたいですし、一旦呼び戻しましょうか」

「そうだね――あっ」

 

 二人でそんな会話をしていると、不意に花音のお腹辺りから音が鳴った。それが自分の腹の虫の鳴き声だと理解すると、その顔が急激に熟れていく。

 

「あ……え、えっと、これは、その……」

 

 本人は恥じているようだが、船での昼食からそれなりに時間が経っており、さっきまで海で遊んでいた事を考えると、それも仕方のない事。美咲はあはは、と小さく笑った。

 

「丁度あたしも、お腹が空いてきたところだったんですよ」

「み、美咲ちゃん……」

「あっちに海の家的なのがあるみたいなんで、何か食べましょうか」

 

 店が見えるのはかなり遠くで、それが開いているという確証はなかったが、美咲はそう口にした。

 おーい、と遊ぶ四人に声を掛け、美咲は食事をしに行く旨を説明する。こころとはぐみは空腹、後の二人は助かったという思いから、すぐに賛成し、六人は歩いて海の家へ向かって足を踏み出した。

 

 五分ほど歩き、目的の場所が詳細まで鮮明に見える距離にまでやってきた。見るに、人の姿は少ないが、きちんと店自体はやっているようだった。

 

「よかった、ちゃんとやってるみたい」

「本当!? はぐみ、もうお腹がすっからかんだよー!」

「あの、美咲さん……」

「ん?」

 

 営業中であった事にはぐみが喜びの声をあげる。その様子を、実にはぐみらしいな、と美咲が見つめていると、逆側の裾を引っ張られる感触があった。

 その方を向いてみると、幸が何か不思議そうな表情を浮かべている。そして、海の家の方を指さし、言った。

 

「あそこにいる人……こっちに手を振ってませんか?」

「……え?」

 

 そう指摘され、美咲は目を細めてじっと見つめる。果たして、幸の言っている事が真実なのだと、わかった。

 

「あれは……リサさんとあこ?」

 

 お遊び、馴れ合い、そんな言葉とは無縁のイメージを持つ実力派バンド『Roselia』。そのメンバーが、そこにはいた。




水面はルビ振るほど難しい漢字では無いんですが、こころは『みなも』って言葉は使わないだろうなあ、ってことで振ってます。

改行具合、どのように感じましたか?

  • 地の文間もっと開けた方がいい
  • セリフ間もっと開けた方が
  • 上記二つとも
  • 特に問題ない
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