びじょとやじゅう   作:彩守 露水

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第34話「年少の少年」

 海の家、と言われればどういった様相が思い起こされるだろうか。おそらく多くの人の頭の中には、日に焼かれて肌を黒くした木でできた、開放感のある建物が現れることと思われる。事実、美咲もそこに漏れない者の一人であり、それ故、今目の前にあるものに対して若干を違和感があった。

 『食事&休憩所 Sea&Tea』。先述のイメージとはかけ離れた、仮にこのまま街中へ移動させても難なく溶け込める外装を持つ海の家だ。

 

「やっほー、美咲にこころに……って、ハロハピ全員集合じゃん!」

「こんにちは、リサさん。そっちも『Roselia』の皆さん――では、ないみたいですね?」

「あはは、実はそーなんだよね」

 

 扉をくぐり、話しかけてきたリサと美咲は軽い挨拶をする。

 その途中で彼女は、リサの背後を見やり、意外な顔ぶれがそろっている事に気がついた。

 まず、白金燐子。リサたちと同じく『Roselia』に所属しているのだが、美咲の知る限り彼女は究極の人見知りかつインドア派であり、まさか海などという人の大勢集まる場所へ繰り出してきているとは思いもしなかった。

 次に、上原ひまりと丸山彩。同じ桃色の髪を持ち、性格なども何処となく似通った部分のある二人は、そもそもとして『Roselia』とは違うバンドのメンバーだ。リサ、あこ、燐子の三人が目に入った時点で美咲は、てっきりいるのは残りのメンバーである湊友希那と氷川紗夜だと思ったのだが、その予想は見事に外れてしまった。

 

「上原さんに彩先輩……なんだか、珍しい組み合わせですね。皆で海に遊びに来たんですか?」

「そうそう、遊びに……来てたはずなんだけどなぁ……。ちょっと一言じゃ事情説明できそうにないかも。そういう美咲たちこそ、遊びに来てたの?」

「いや、遊びにといいますか……。こっちにもちょっと色々あるんですよ」

「あぁ、そういう感じなんだ……」

 

 揃って困り顔をして、リサと美咲の二人は情報交換を始めた。

 

 

 

「えー!? あの豪華客船、ハロハピの皆が乗ってたの!?」

「うぇ、見えてたんですか?」

「遠くにちっさくって感じだったけどねぇ」

 

 互いにある程度あった事を話し終えると、リサの言葉からそんな事実が発覚する。あの大きさから考えれば不思議なことではないのだが、美咲は改めて弦巻という家の特異さを実感するのだった。

 ちなみに、リサたちはもともと現メンバーから彩を除いた四人で海に来ていたらしい。一通り遊んだ後に燐子の要望で海の家へ行くと、偶然そこで一日店長をしていた彩と鉢合い、人手の足りないという事情から臨時の店員として働いていたのだとか。

 

「遊びに来たのに気付いたら働いてたって……なんていうか、災難でしたね。ちゃんとバイト代はいただきましたか?」

「あはは、美咲ってばがめついね? お金はもらってないけど、代わりに色々食べさせてもらったから」

「なるほど……」

 

 美咲がテーブルの上を見てみると、そこにはラーメンの残り汁やら、微妙に野菜の残った紙皿など、とにかくたくさんの品を食べただろう痕が。こういった場所の料理は総じて高めの値段設定がされていることもあって、少なくとも四人の給料分は平らげていそうだ。

 

「ねぇねぇコウ、ポテト! ポテトあげる! はい、口あけてー」

「わっ! ちょ、ちょっと宇田川さん……!?」

「う、宇田川さん……。なんかそれ、ちょっとヤダ! あこ、って呼んでよ!」

「え、えっと――んぅ!? んむむー!? ……ちゃ、ちゃんと食べますので、突っ込まないでください、あこさん……」

 

 話の途中、隣のテーブルから姦しい声が聞こえた美咲がその方を向くと、丁度あこが、幸の口へ向かってポテトランスを打ち込んでいるところだった。その上、勢い余って指先まで口内へ侵入してしまっている。

 

「リサさん、あこってあんなでしたっけ? いや、すごい元気ってのは知ってるんですが」

「あー、あれねー……」

 

 美咲の覚えた、あこの言動に対する違和感。その原因を、リサはなんとなく察することが出来ていた。

 あこは中学三年生である。これは『Roselia』内部、更にはガルパに参加する五バンドのメンバーの中で唯一かつ最年少。おかげで彼女は今まで、周囲の誰からも年下扱いをされてきた。

 だが、そこで突如として現れた新メンバー。そして、その学年は中学二年生だときた。

 

「多分、ちょっとお姉さんぶりたいんじゃない? 部活とかで後輩ができた気分……って言っても、美咲は一年生だから伝わんないかー」

「いやまぁ、中学の頃があるんで、一応理解はできます」

 

 ちなみに、この場の誰も知る由はないが、あこが幸の『宇田川さん』呼びを嫌ったのは、単純に距離を感じるという事もあるが、何よりその呼称が『Roselia』の一人である氷川紗夜を連想させるからだった。せっかくお姉さん気分を味わっていても、名前を呼ばれる度にあの厳しい顔が脳裏を過っては、たまったものではない。

 

「にしても、残念だったね~」

 

 唐突に、リサが口元をにやつかせてそんな事を言った。脈絡のないその言葉に、美咲は訳のわからないといった様子で首を傾げる。

 

「もうすこーしだけ早く来てたら、あの子はアタシらの水着姿を拝めたってのにさ」

 

 自分の服の裾をピラピラとさせるリサ。

 彼女たち、海の家で働いていた間はずっと水着を着ていたのだが、営業時間が終わり、店長の計らいで料理を食べながら駄弁っている間に気温が下がってき、今は既に私服へ着替えてしまっていた。ハロハピ一行がやってくる、わずか十分程前の出来事である。

 

「……むしろ、よかったですよ。皆さんの水着姿なんて、コウくんには刺激が強すぎて、もはや目に毒ってやつなんで」

「あっれれ~? 美咲ってば、もう彼女面かな~?」

「か、かのっ!? ……んん、そんなつもりは微塵もありませんが、まぁ――」

 

――この場の中では、一番あの子のこと理解してると思ってますよ。

 

 『そんなつもりはない』。そこで言葉を終わらせる事はできた。会話の流れ的にも、違和感のない返答になったはずだ。

 けれど何故か、リサの挑発的な視線を受けていると、美咲はそう言ってやらねばならないような気がした。

 

「あくまでこの場では、ですけどね。さすがに家族とかとなると――って、何ですか、その顔は」

 

 言い繕うように美咲は追加の言葉を繋ぎ、しかしその途中でポカンと呆けるリサの顔が目に入って、口を止めた。

 

「いや、美咲にしてはすごい素直だなって……。ははーん、なるほどねぇ。アタシは応援してるから、困ったことあったら何でも言いなよ?」

「何を一人で勝手に納得してるのか知りませんけど……」

「んー? 素直じゃない美咲が戻ってきちゃったかぁ」

 

 何かを察したようで、目を輝かせるリサに美咲は目をそらして白を切る。もっとも、それが効果が発揮しているようには、どうにも見えなかったが。

 

(なんかよくわかんないけど、この人には敵う気がしないんだよなぁ)

 

 二人の間の面識はたった数回しかないはずなのだが、そういった印象が染み付いてしまっていた。

 

「あ、あの、今井さん、奥沢さん……」

 

 と、そこで、別のテーブルから燐子が弱々しい足取りで二人の元へやってきた。だが、その両手は肩を抱いており、心なしか顔色も悪いように見える。

 

「燐子先輩、大丈夫ですか? なんか顔、青白くなってますけど……?」

「す、すいません。ちょっと弦巻さんから逃げてきた、といいますか……」

「あぁ、それは……。すいません、うちのこころが」

 

 実際に現場を見ていた訳ではないにも拘わらず、こころが無遠慮に燐子に言葉を乱射しているその光景が、美咲には易々と想像でき、申し訳ない気持ちでいっぱいになった。

 

「きちんと言って聞かせておきますんで……」

「いえ、そんな……。それより、お二人は何のお話をされていたんですか?」

「っ!? えぇっと……」

「あはは……」

 

 返しの燐子の質問。それがクリティカルとなり、美咲とリサは言葉を詰まらせた。

 まさか素直に白状する訳にもいかず、何かいい案はないかとそこかしこに目をはしらせる。

 そして、その中で激しく自己主張するあるものが目に入ってしまったからだろうか。

 

「あー、燐子先輩ってそのー、うーん……すごくいい体してますよね、って」

(美咲……。いや、水着のくだりを考えれば嘘ではないけどね……?)

「……へ? ……え、ええぇぇぇぇぇぇぇ!?」

 

 咄嗟に美咲の口から飛び出た誤魔化しは、それはそれはひどいものだった。

改行具合、どのように感じましたか?

  • 地の文間もっと開けた方がいい
  • セリフ間もっと開けた方が
  • 上記二つとも
  • 特に問題ない

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