両開きの大きな扉が、重々しい音を立ててゆっくりと開かれてゆく。目前の景色が完全に開け、部屋内の状況が一望に収められるようになると、その人物はこの場にいる全員へ届くよう、いつもより少し張った声をあげた。
「みんな、遅れてごめん」
「あら美咲、いらっしゃい!」
「みーくん遅かったね、何してたの?」
美咲の到着に、部屋の奥で何やら遊んでいたこころとはぐみの二人が先んじて駆け寄ってくる。
現在、学校が終わってからおよそ一時間ほどが経っているのだが、見るに、まだ練習は始まっていなかったようだ。
「いや、優と――んん! じゃないや、まぁなんていうか……うん、人と話してたんだ」
はぐみの問いに流れで返答しようとした美咲は、しかし途中で己の過ちに気付き、不自然に息を整える。
もっとも、これまでを鑑みるに美咲が無理に言葉を差し替えず素直に答えたところで、二人はそれをただの言い間違えか何かだと判断した事だろうが。それでも彼女がそうしたのは、一応、というやつである。
その様子にこころとはぐみは見えない疑問符を頭上に浮かべていたが、それ以上の追及はなかった。
「それより! 皆にちょっと聞いてほしい事があるんだ」
彼女から見て二人のその奥。遅ればせながら薫、花音、幸が近づいてきているのを確認した美咲は、手を一度パンと鳴らして注目を、一手に集めた。
「改まって、一体どうしたんだい? 美咲」
「えー、実はですね……コホン。ライブをしたいなって……その、思いまして」
『…………?』
(……ま、でしょうね)
一息を置いて、満を持しての美咲の告白は誰も驚かせず、納得もさせず、むしろ一同にキョトンと首を傾げさせる始末だった。
彼女らの頭の中にある疑問が浮かんでいる事は見えて明らか。しかしその反応は、美咲が予想をしていた範囲のものでしかなく、次に口から出て来るだろうその内容も、彼女には手に取るようにわかった。
「んー、週末のガルパの事よね? もちろんあたしも楽しみだけど……。ふふ、待ちきれないなんて、美咲ったらせっかちさんね!」
「いや、そうじゃないんだ。それとは別にライブを……えっと、できれば明後日くらいに……」
「あ、明後日!?」
美咲の、こころを正す言葉を聞いて花音が驚きの声をあげた。しかしそれも当然で、ライブの予定をそれ程までの近日に入れるなどという話は普通はありえない事なのだ。
演奏する曲を決め、練習をし、パフォーマンスを仕上げる為には、最低でも一月。そうでなくともせめて週単位の時間は必要になってくるがゆえ。
過去にも数度、こころの思いつきが突っ走った結果、ライブ立案から実演までの期間が短く、練習を詰め込んだ事があったが、その例と照らし合わせてみても、今回の日取りは異例極まりなかった。
「すいません花音さん、事前に相談も無く突然……。やっぱり駄目、ですよね……」
心底申し訳なさそうに、美咲が勢いよく頭を下げる。『すいません』という言葉は、日頃から美咲が花音などによく口にする中の一つであったが、これほどに想いの籠った謝罪は、彼女にしては珍しかった。
「あ、頭をあげて、美咲ちゃん! 確かにびっくりはしたけど、別に嫌ってわけじゃないから……」
「花音さん……。ありがとうございます」
「美咲ちゃんにはいつも助けてもらってるから。きっと大変だとは思うけど、力になれるのなら、私は協力したい! みんなは、どう……かな?」
決意を固めた顔で宣言をして一転、不安の差さった表情で花音は残りのメンバーに問いかけた。
こころたちの性格からして、返答がなされるまでの時間はそう長くなかったのだろうが。そのちっぽけな時間が、美咲には千秋を過ぎて余りあると錯覚する程に感じられた。
「それは……そう、愚問というやつさ」
「もちろん、賛成だよ! はぐみもいっぱい、いーっぱいライブしたいもん! 薫くんが言ってるグモン……? ってのはよくわかんないけど!」
「えぇ、美咲が自分からライブしたいって言い出すなんて二回目か三回目か……? とにかく、とっても珍しいもの。断る理由なんてないわ!」
「ぼ、僕も! 美咲さんの力になりたいです! ……なんて、そんなこと言える立場なのか怪しいですけど……」
三者三様。それぞれ言葉は違えど、込められた意思はみな同じ。一点の曇りも、一片の邪念もない、ただどこまでも純粋な肯定だ。
唯一、幸だけは経験の浅さから美咲の提示した条件がどれほどの難題なのか判別がつかずに、曖昧な返事となってしまったが。それでも、美咲の助けになりたいという気持ちに関しては、少しの偽りもなかった。
(あぁ、もう、嫌になっちゃうな……)
普通なら到底受け入れられないような、無茶なお願いが聞き届けられた美咲。そんな彼女の胸中では、二つの混じり合わない感情が大きく渦巻いていた。
一方は言わずもがな、快諾してくれた事に対する感謝や嬉しさなどの、正のもの。
そして他方は負の方向へ傾いたもので、それを的確に表現している言葉を『自己嫌悪』といった。
一つの事実として、美咲はライブの件を打ち明ける事を、実行するその直前まで躊躇っていた。一般に考えれば、それは受け入れてくれるかどうかという不安に起因するものだ、と予想がされるだろう。
しかし、実際はその真逆。
美咲の躊躇は、きっと全員が全員、嫌な顔一つせずに受け入れてくれるという確信があったからこそだった。
こころを筆頭に、ハロハピのメンバーの心は、底抜けに広く、優しい。きっと、どんな願いであったとしても、無下にする事はないに違いない。
では、そんな彼女たちの美しい心の
これが、美咲の中に
「はぁ……馬鹿。ほんと馬鹿だよ。あたしは皆に迷惑かけようとしてるってのにさ」
目を伏せ、自嘲気味に美咲は小さく口にする。
「ふふ、物は言いようだね。美咲は私たちを頼ってくれているんだろう? それをわざわざ悪く繕うこともないんじゃないかい」
「物は言いようって……。もう、それ完っ全にあたしのセリフなんですけど」
だが、それでさえも、彼女たちはなんでもないとばかりに受け止めてしまう。
(まったく、たまーにかっこいんだから、この人は……)
いつもいつも的外れに言葉を引っ張って来て、ズレた事を言って、三バカだなんて不名誉な括られ方をしている薫。だというのに、今ばかりは彼女の言う事が美咲の心を、どうしようもなく震わせた。
(なんか、前にもあったなぁ、こんな事……)
「よしっ!」
『っ!?』
突然、美咲が自分の両頬を勢いよく張った。パンッと、大きな音が響き渡って、一同は奇行に走ったその人物へ目を向けた。
「やい! この残念イケメンめ! それから――」
美咲は、暗かった表情をすっかり何処かにやったようで、薫に指を突き付けて声をあげた。
「優しい馬鹿! 元気な阿呆! いい人! いい子!」
そのまま、こころ、はぐみ、と次々に矛先を変えながら一言づつを合わせていく。
「皆さん、よろしくお願いしまぁす!!」
そして、それを全員分まで終えると、何故か少し怒ったような表情で、深く頭を下げた。
「美咲……。あぁ! よろしく」
「改めて言うのも何か変な感じだけど、よろしくね、美咲ちゃん」
「よーし、早速ライブの計画を立てましょう!」
そのバンド名を象徴するかのように、幸せそうな笑顔を咲かせる美咲を中心に、ホワイトボードのある方へ五人が駆けだそうとする。
「あ、ちょっと待って」
だが、そこへ美咲が待ったをかけた。
振り返って首を傾げるこころたちへ、彼女は言う。
「実はさ、会場についてはもう目星をつけてるんだ。セトリに関しても、週末のガルパのから選んで組み直してみたから、新しく曲の練習とかはしなくていいようになってるよ」
「なるほど、美咲のことだから何か考えあっての事だとは思っていたが、そういうことだったんだね」
「で、でも、よく会場を見つけられたね? 明後日に突然、かなり大変だと思うんだけど……」
「そうなんですよ……」
これが、優との会談に加えて、美咲のここに遅れてやってきた理由の半分だった。ライブハウスなどの目ぼしい場所は当然、かなり前からの予約が必要な場合ばかりで、彼女はこれまでの活動でできたコネなどを存分に使ってライブのできそうな場所を片っ端から探る羽目になった。
「それでそれで、結局どこでライブをする事になったの?」
「あぁ、それはね――」
改行具合、どのように感じましたか?
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地の文間もっと開けた方がいい
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セリフ間もっと開けた方が
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上記二つとも
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特に問題ない