びじょとやじゅう   作:彩守 露水

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第41話「結成の秘話」

 パチパチパチ、と。軽く乾いた拍手の音がまばらに響く。

 ガルパ前日ということで行われた、通しの練習。その締めを飾る合同バンドの演奏も今しがた終わり、一同はその場の空気が数段やわらかくなるのを感じた。

 

「はぐみ、よかったよー」

「ふぅ、ふぅ……あ、みーくん! ありがとー!」

 

 ガラリと空いた観客席から、美咲がステージ上のはぐみに労いの言葉を掛ける。それを受けたはぐみは滴る汗を拭い呼吸を整えると、演奏の時の真剣な表情からは一転、元気印の笑顔を咲かせて舞台の袖へ駆けていった。

 そして舞台の上にもう一人、美咲の発した言葉に目敏く反応する者が。

 

「あ、美咲ちゃんだ! コウくんもいる!」

 

 ボーカルを勤めていた五人のうちの一人。この合同バンドの中で唯一のポピパメンバー、戸山香澄だ。

 

「――よっ、と!」

 

 ステージと観客席を分ける仕切りに手を掛けて、軽い動作でそれを飛び越える。あのはぐみでさえ客席へ向かう時は一度袖へはけてから向かうというのに、彼女でさえしなかったことを香澄はなんなくやってのけた。その際、危うくギターを蹴り上げそうになっていたが、本人は気付いていない様子だ。

 

「戸山さーん? 仕切りの乗り越えは禁止行為だよ」

「あ、そうだった!? 有咲には秘密にしてて、お願い!」

 

 うがー、と火を噴くメンバーが脳裏に浮かんで、香澄は頭を下げる。規則を破ったとはいえ、実際には何の被害も出ていないこともあって、美咲は『まぁ、いいけど』と呟いた。その背後では、まだ舞台の上に残っていた数人も苦笑いを浮かべている。

 

「それで、戸山さんはなんで急にこっち来たのさ?」

「あ、それはね二人に感想を聞きたくって!」

「感想? そりゃ別に構わないけど、どうしてあたしたちに?」

 

 首を回して後ろを見、美咲はそう疑問を零した。

 合同バンドの人数は総勢八人、よって残りの十八人が観客に回るということになる。ライブハウス側の計らいで、彼女らは正面からか横からか――つまり客席か舞台袖、どちらから見ることも許されており、事実、客席から観ることを選んだ者は美咲の他にも数名いた。その中から迷いなく自分たちの元へとやってきたのには、何か理由があるはず、というのが美咲の考えだった。

 

「美咲ちゃんたちというか……本当のこと言っちゃうと、コウくんがお目当て、かな。ほら、キミって私たちのライブを観るのは初めてでしょ? どんな風に思ったのかなー、って気になっちゃって!」

「ぼ、僕ですか!?」

「うん! 改めて聞くけど……どうだった? 私たちのライブ」

「えっと、そのライブというのはどちらのでしょうか……?」

 

 香澄の質問に、幸が問い返す。彼女は『Poppin'Party』と合同バンドの二つにギターボーカルとして出演しており、彼の口にした『どちら』とはそれらのことを指していた。

 幸の指摘で、己の言葉足らずに気付いた香澄は、すぐに『Poppin'Party』の方であると付け加える。幸は顎に手をあて、少しの間考え込んだ。

 

「『Poppin'Party』の皆さんは何といいますか……とっても、仲がいいんだなー、って感じがしました」

「仲がいい……?」

「――あっ、他のバンドの皆さんが仲良く見えなかったとか、そう言う訳ではないんですけど!」

 

 思ったことをそのまま素直に話しているうちに、失言をしてしまっていたことに気付き、幸は慌てて訂正をした。彼の放った言葉は、取りようによっては他バンドを貶しているようにも聞こえるものだったから。

 気分を害してしまったのでは、そう考えながら幸は香澄へと顔を向ける。だが、そんな彼の心配はまったくの無用であったようだ。

 

「えへへー、仲がいい……かぁ。えへ、えへへ」

「と、戸山さん?」

 

 香澄は、両頬に手を添えて一人の世界に入ってしまっていた。おそらく、幸の取り繕った言葉などは耳にも入っていないだろう。

 

「あ、ごめんね? 初めて観てくれた感想が『仲がいい』だったっていうのが、なんだか嬉しくって」

「…………?」

「ああ見えてポピパは、結成までにいろいろ衝突があったらしいからね。意外かもしれないけど」

「えっ、そうなんですか!?」

 

 奇妙な言動の訳を補足する美咲の情報に、幸は驚愕を顕わにする。短い付き合いながらも、彼の中で『Poppin'Party』は友情という言葉の権化のような存在だった。彼女たちはきっと初めからそうだったのだ、とそう思っていたから。

 

「うんうん、私たちもさー、最初は全然だったんだよ。りみりんは恥ずかしがり屋さんだし、有咲は蔵から出てこないし、おたえは厳しいし、さーやは……うん、素直じゃなかったしね」

 

 湧きあがる思い出を一つ一つ噛みしめて、懐かしんでいるのだろうか。胸の前で両手を固く結ぶ彼女の表情は慈しみに溢れていた。

 それから香澄は、いかにして『Poppin'Party』ができていったかを、事細かに幸へ語った。

 恥であったり、理想であったり、はたまた過去であったり。その原因は様々であるが、メンバーの誰もが、それこそあのりみでさえも簡単に加入とはならなかった。一度ぶつかって、共に音を奏でて、今の彼女たちに至っているのだ。

 

「――それでね、もう演奏を始めようってピックを構えた瞬間にね、来てくれたんだよ、さーや。あの時の演奏は今でもはっきり思い出せるんだぁ」

「…………」

「って、ごめん、ちょっと話しすぎちゃったね! とにかくそんなわけでさ、キミが言ってくれたこと、すっごく嬉しかったの。ありがとう!」

 

 話に区切りがつき、香澄が満面の笑みで感謝を述べる。そして、その時を見計らっていたかのように、小走りで駆けてくる人物がいた。

 

「おーい、コウ! あっちでりんりんがシャツの――ってあれ、なんか話してた?」

 

 足を止めた宇田川あこが小首を傾げる。彼女は舞台袖から演奏を観ていたはずだが、何やら幸に用があってここまでやってきたようだ。

 

「ううん、ちょうど終わったところだよ。なんだろう、ポピパの結成秘話……的な?」

「えー、なにそれずるい! あこも! あこも『Roselia』の結成秘話する!」

「いやいや、あこ? そんな競争みたいに……」

 

 別に何もずるくはないし、しなければ損ということもないのだが、美咲のツッコミもむなしく、あこは得意げになって話を始めた。

 初めに友希那と紗夜が出会い、そこへあこが何度も頼みこんでようやくオーディションを受けさせてもらえたこと。そして、ヘルプとして入ったはずのリサが加入し、最後にあこの友人であった燐子がピアノを引けることが判明したこと。

 『Poppin'Party』が香澄に集められた――引き寄せられたとも言えるかもしれない――ことで生まれたバンドだとすれば、『Roselia』はまるで運命によって導かれてできたかのよう。何気に初めて知る『Roselia』の始まりに、美咲は漠然とそんなことを考えた。

 

「あ、ちなみにね、『Roselia』って名前は友希那さんが考えてて、薔薇のローズと椿の――って、コウ?」

「…………」

 

 話も終わりにさしかかったあたり。あこはそこで、幸が表情を暗くさせている事に気がついた。ただ、その雰囲気は悲しいだとか苦しいといった風ではなく、強いて言うならば、何か真剣に思い悩んでいるような雰囲気だった。

 

「コウくん?」

「――あっ、すいません。少し考え事をしてしまって……。そんな大したことではありませんので、気にしないでください」

「大したことない、って感じには見えなかったけど? いいじゃん、そんな隠さなくてもさ?」

「あこの話、何か変なところあったかな……?」

「あ、えっと……」

 

 彼はそのことを流そうとしたようだったが、二人に追及されて、再びうつむいてしまう。それからしばらく幸は黙りこくっていたが、、顔をあげると、意を決したように訥々(とつとつ)と言葉を紡いだ。

 

「……どうして、諦めなかったんですか?」

「どういう、こと?」

「『バンドはやらない』って、山吹さんはそう言ったんですよね? 『ダメだ』『諦めて』って、湊さんに断られたんですよね? なのに、どうしてお二人は……」

 

 彼はそう口にするが、その内心を付け加えて表すなら、おそらくこうなるだろう。

 

――どうして、諦めないでいることができたんですか?

 

 もしも香澄の、あこの立場に自分がなったとして、彼女たちと同じことができただろうか。幸はそう考えて、瞬時に断じた。否、と。

 彼にとって二人の話は、まるでよくできた御伽噺(おとぎばなし)のように感じられた。それはただの、目の前に実在する少女の過去(ものがたり)でしかないというのに。

 幸が必死にひねりだした心からの問い。対して、香澄とあこの二人はキョトンとした表情で顔を見合わせると、声をそろえて、言った。

 

『後悔したくなかったから』

 

 聞くまでもない、とてもいいたげな口ぶり。幸は呆ける。

 

「もしさーやがホントのホントにバンドが嫌いになって、絶対に組みたくないって思ってたのなら、たぶん何も言わなかった。けど、どうしてもそうは思えなかったんだ。さーやは自分に優しくなれてないだけで、バンドが大好きなんだって、そう感じた!」

「あこも、あの時のオーディションで、友希那さんがそれでもダメって言うなら、本当に諦めるつもりだったよ? でも、もし一回断られただけで諦めてたら、そこにすら辿り着けなかった。あこの音を聞いてすらもらえないまま終わりなんて、嫌じゃん!」

「もちろん、いい結果になる確証なんてなかった。さーやと友達じゃなくなっちゃうかもしれなかった。けど、あそこで諦めたら、きっとさーやはずっと一人で抱え込んだままで……そんな後悔はしたくなかったから!」

「…………」

 

 諦めないことが、一概に正しいとは言えない。幸いなことに香澄たちはよい方へ転がったが、人によってはその行動を図々しいや厚かましいと批難し、幸の行動こそがカシコイ選択だと言うこともあるだろう。

 それを頭で理解しているというのに、彼には香澄たちがどうしようもなく眩しく感じられた。

 

「……すごい、ですね」

「くっくっくっ、汝もわらわのように闇の力を身につければ、こう、えっと……いい感じになれると思う!」

「ふっ、ふふ。もう、なんですかそれ」

 

 いつのまにやら真剣な空気はなりをひそめ、失笑をする彼の顔は明るさを取り戻していた。

 

「よーし、次は『Afterglow』の結成秘話でもしよっか! お姉ちゃんから聞いてるから、だいたいは知ってるんだよねー」

「いや、それはいいんだけどさ。あこ、ここ来た時に何か言いかけてなかった? 確か、燐子先輩がなんやらって」

 

 ここで、場を見守ることに徹していた美咲が口を開いた。話を聞いている間も、実はずっと気になっていた点を指摘してやると、あこは表情をハッとさせる。

 

「あ、あー! そうだった! りんりんに頼まれてコウを呼びに来たんだった! すっかり忘れてたよ」

「僕を、ですか……?」

「うん。コウはガルパのTシャツ、まだもらってなかったよね?」

 

 あこが言っているのは、ガルパに参加するメンバー全員が着るおそろいのシャツのことだ。前面には『GIRLS BAND PARTY!』という文字にギターとミッシェルのイラストが合わさった、見事なロゴがプリントされている。

 ロゴのデザインこそリサがまとめたが、それ以外のおおよそは発案者である燐子が担当をしており、その関係で唯一まだシャツを受け取っていないコウを探していたのだろう。

 

「早くいかないと! 『Afterglow』の話は歩きながらね!」

 

 そう言うや否や、あこは出口の方へと歩き出した。

 ちなみに、『Afterglow』の結成秘話は案外さらりと終わった。語り部が当事者でない上、そもそもとして、他のバンドと違って彼女らは初めから五人組の幼馴染であったがゆえ、あくまで結成に至るまでの道のりに限っては、話すべき事柄があまりなかったのだ。

 

「先に言っとくけど、パスパレは事務所がメンバーを集めてできたバンドだから、結成秘話とか、そういうのはないと思うよ」

「あ、そうなんですね」

 

 もっとも、『Pastel*Palettes』の場合はむしろ、結成前より結成後の方がよほど大変であったが、美咲がそれを口にする事はなかった。いくら事務所の意向とはいえ、あまり外聞のよい出来事ではなかったし、わざわざ伝える必要もないだろうという判断だ。

 

「なら――ハロハピは?」

「ん?」

「ハロハピは、どういう風にできたんですか?」

「あー……」

 

 答えようとして、美咲はそれが難しい問いである事に気がついた。

 

(どういう風にできたとか以前に、ハロハピっていつ完成したのかな……?)

 

 こころがバンドをしようと決めた時だろうか? これは違うだろう。その時はまだ、こころと花音の二人だけしかいなかった。

 メンバーが五人揃った時だろうか? 美咲は、これも正しくない気がした。あの頃は、ただこころの見初めた人間が集まっているだけで、『ハロー、ハッピーワールド!』という名前もついていなければ、音楽活動をする気配もなかった。

 では、バンド名が決まった時だろうか? 少なくとも間違いではないだろう。だが、自信を持ってこれだと言うことは、美咲にはできなかった。

 なら、『キグルミの人』が『奥沢美咲』となり、ハロハピが六人になった時か? 少々自惚れているようで気恥かしくはあるが、これが一番近いかもしれない、と美咲は思った。

 

(あるいは……)

 

 美咲は顔を横へ向ける。その視界には、次の美咲の言葉を待っている祖師谷幸の姿がしっかりと映っていた。

 

「……実は、まだ完成していなかったりなんてね」

「へ? すいません、何ていいましたか?」

「何でもないよ。この話はまた今度」

 

 小さな呟きを誰にも届かないように空気に溶かし、美咲は誤魔化すように彼の頭を軽く撫でた。

改行具合、どのように感じましたか?

  • 地の文間もっと開けた方がいい
  • セリフ間もっと開けた方が
  • 上記二つとも
  • 特に問題ない
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