びじょとやじゅう   作:彩守 露水

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第42話「前夜の静寂」

「よーし、みんなお疲れ! 今日は家でゆっくり休んで、明日に備えてね! では、解散!」

 

 ライブハウス『CiRCLE』のロビー。そこに、五つのバンドのメンバーたちが円をなして並んでいた。

 時刻は午後九時。リハーサル自体はもう少し早く終わっていたのだが、その行為の本質は実行をすることではない。そこで明らかになった問題点を改善したり意見を出し合っているうちに、このような時間になってしまっていた。

 時間と、そして疲労を考慮したまりなが、話を短く切り上げると、一同は自然とバンドごとに別れていく。

 その様子だけを切り取ってもそれぞれの特色が現れていて、例えば『Roselia』などは、まりなの言った通り明日に備えることを重要視してか、そそくさと扉から出ていく。

 

「うわーーん、疲れたよ有咲ぁぁ」

「だぁー! 重い! ってか私だって疲れてんだよ!」

 

 『Poppin'Party』の方を見れば、香澄が有咲にのしかかるように抱きついていた。そのままわちゃわちゃとじゃれあいを続けた後、いつのまにか彼女らの間ではお泊まりをする話などが持ち上がっていたようだった。

 その内に『Afterglow』や『Pastel*Palettes』の面々も建物を出ていき、そこへハロハピも続くことにした。

 帰り道、もうすっかり暗くなってしまった街の中をゆく彼女たちの様子は、ハロハピにしては静かなもの。周囲の迷惑を考えて、というよりもその原因は疲れや眠気にあるように見えた。特に、はぐみなどは今にも眠ってしまいそうだ。

 猪突猛進で無鉄砲、はぐみの普段の言動はそんなイメージを持たせるものだが、本当は誰より責任感も強く繊細な心を持っている。合同バンドのベースを任された時も彼女は不安がっていたし、リハーサルだとはいえ今日の演奏も神経を摩耗させたに違いなかった。

 そのまま歩いていると、ついに彼女は足をもつれされてしまう。転びこそしなかったが、このままではいつ本当に転ぶかわからないと、薫ははぐみをおぶった。初めは遠慮をしていた彼女も、いつしかその背で眠ってしまい、そのまま薫は家へ送り届けるために道を別にした。

 次いでこころも、一つの別れ道で違う道に進むことになり、メンバーは花音、美咲、幸の三人となる。一人になったと同時に、こころの隣には黒服の女性が現れ、話をしながら彼女たちは消えていった。

 

「いよいよ、明日ですね」

「……そうだね」

 

 ポツリ、と幸が呟き、美咲が淡白に返事をする。

 今、三人の間には何処か重苦しい空気が漂っていた。それは、こころのような明るさを振りまく存在がいなくなった影響もあるのだろうが、どうにもそれだけではないように見える。

 

「まだ明日のことなのに、私もう緊張してきちゃったかも……」

「あはは、大丈夫ですよ花音さん。今日のリハでもバッチリ叩けてたじゃないですか」

 

 彼女たちは全員、その正体に気付いていながらも、そこに触れることなく進んでゆく。触れるのが怖くて、触れられないで、そのまま、進んでゆく。

 表面上はまるで何ともないような様子で、他愛ない話をして笑う。そんな空気は花音が道を分かった後も続き、どころか、美咲が幸と別れ自分の家の着いても消えることはなかった。

 

「……ただいまー」

 

 気だるげに帰りを告げ、美咲はすぐに二階の自室へ行く。鞄を置き、胸元のリボンを外すと、彼女は制服のままベッドへと倒れ込んだ。

 お腹は空いてるけど、ご飯は明日に回そうか、とか。このまま寝たら制服が皺になるなぁ、とか。そんなとりとめのないことを考えていると、今にでも瞼が落ちて来そうになるのを美咲は感じる。やがて身体が眠る態勢に切り替わると、彼女はそれに抗うこともなく目を閉じた。

 

「――っ!?」

 

 だがその瞬間、ポケットから鳴り響いた着信音が、美咲を現実へと引き戻した。優あたりだろうか、とあたりをつけて携帯の画面を確認する。

 

「……花音さん?」

 

 そこに表示されている名前を見て、美咲は怪訝そうな顔をした。それにはもちろん、きちんとした理由がある。

 彼女の記憶では、松原花音という人物はあまり突然な電話を掛けてこない。例えばメールなどは、送ってしまえば返信のタイミングは相手に委ねられるものだが、電話は相手に即座でかつ纏まった時間を要求する。そういった点が、気使い性な彼女には申し訳なく感じられてしまうのだろう。もちろん、迷子になった時など、緊急を要する場合はその限りではないが、とにかく、花音が事前の確認などをなしに電話を掛けてくるのは珍しいことであった。

 

「はい、もしもし」

『あ、美咲ちゃん。今、大丈夫だったかな?』

 

 電話越しで姿が見えないにもかかわらず、美咲はだらしのない体勢を改め、ベッドに腰かけて応対する。なんなら眠ってしまおうとしていた彼女であるから、時間がないはずもなく、肯定の意を即座に伝えた。

 

『よかったぁ。実は、美咲ちゃんとちょっとお話ししたいことがあって……』

「あー、そうですか……」

 

 花音の言葉に、美咲はその内容の予想がついた。その予想はおそらく十割の確率で的中するだろうと思いながらも、相手の次の言葉を待つ。

 

『うん。コウくんの……ことなんだけど』

 

 それこそが、帰り道で付き纏っていた空気の正体。気にはなっても、決して触れられなかった話題。

 美咲のように優から情報を受け取ってはいないながらも、花音は花音なりに幸のことについて思い悩んでいたのだろう。

 

『コウくんがハロハピにいられるのは、今週いっぱいなんだよね……?』

「…………」

『変な話なんだけど――』

 

 そう前置いて、花音は語る。曰く、いま自分の中には、幸と共にライブをできる明日が楽しみで早くやって来て欲しいという思いと、時が経って欲しくないという願い、その矛盾する気持ちがどちらも存在するのだ、と。それを聞いて、美咲はおおいに同意した。

 

『私は、やっぱりコウくんとお別れなんてしたくない……。ハロハピにいて欲しいよ……。コウくんは、そう、思ってないの、かな……』

 

 彼の態度や性格からそんなことはないだろうと思いながらも、花音はついついそんな弱気な言葉を零してしまう。リミットがすぐそこまで迫っているというのに、脱退についてなに一つ触れないという事実が、彼女のその行動をとらせてしまった。

 

「そんなはずはないです。きっとあたしたちなんかよりも、誰よりも、本人が一番思い悩んでると思います」

 

 口にしないことは、悩んでいないということと同義ではない。幸の境遇を知る美咲だからこそ、そう強く断言をした。

 彼は気付いていない――いや、まだ知らないだけなのだ。彼自身の思いこそがその行く末を決定づけると言うことを。

 分単位で管理された、当主になる能力を育むためだけの生活から一転、何一つ行動を強いられない現在への急激な変化。彼は今『自由の刑に処せられている』状態だ。伸びるにしろ縮むにしろ、刑期について決めるのは執行する側であり、受刑者の意思は関係がない。彼は、そう信じて疑えない。

 

「……だと、いいな」

 

 その元気のない声に、美咲は花音に事情を伝えていないことをもどかしく、そして申し訳なく感じる。

 そんな感情を抱いていたから。次に飛び出した花音の言葉は、美咲の眠気を一瞬にして吹き飛ばしてしまった。

 

『もしかして、どうにかする方法を、美咲ちゃんは知ってるんじゃない?』

「っ! そ、それは……」

 

 美咲と話しているうちに、花音は気付いてしまったのだ。美咲も、同じく幸のことに頭を悩ませているようだが、その内容が自分のように『どうすればいいかわからない』ではなく何かゴールがあって『どのように達成するか』と、違うものであったことに。

 想定外な方向からの切り込みに、美咲は繕うための言葉を探すが、パニックが祟ってなにも出てこない。

 その沈黙は、もはや花音にとっては答えと等しかった。

 

『やっぱり、そうなんだね……。美咲ちゃんは優ちゃんとも色々お話してたみたいだし、もしかしたら……って思ったの』

「…………」

『あっ、勘違いしないで! 別に美咲ちゃんを責めてるとか、そう言う訳じゃないの。ただ……あぁ、悔しいなぁって。美咲ちゃんたちの頼れる先輩になれなか――』

「それは違います!」

 

 言い訳を探す行為も放棄して、気付けば美咲は滅多に出さないほどの大声で、花音の言葉を否定していた。

 

「花音さんに相談しなかったのは、頼りないからとか、そんな理由じゃないんです……。むしろ、あたしにとっては、誰よりも頼れる先輩です。花音さんが自分のことをどんな風に思っても、どんな風に言っても……それだけは、絶対の絶対です!」

『美咲ちゃん……』

 

 美咲の嘘偽りない本心に、花音が名前を呟く。その言葉の先には『なら、どうして?』という言葉が隠れているような気がした。

 優との話し合いで彼女も言っていたことだが、幸の事情を知ってしまえば、別れの持つ意味がまるで変わってしまう。あまりに優しい心を持つ花音に、それによって傷ついて欲しくない、というのが美咲の情報を隠した一つの理由。

 

(けど……)

 

 美咲は自分の胸に手をあてる。自身の感情だからこそ、彼女にはよくわかった。それがすべてではないということが。

 

「いろいろ理由はあります。でも、そのほとんどは……」

『……うん』

「あたしの、ワガママです」

『美咲ちゃんの……ワガママ?』

 

 予想していなかったまさかの回答に、花音は呆ける。そして、その言葉の裏に何を感じとったのか、しばらくすると『ふふ』と小さく笑い声をあげた。その声色は、憑物の落ちたような透明さをしていた。

 

『美咲ちゃんがワガママだなんて、それじゃあしょうがないね。ワガママ言ってくれるっていうのは、頼ってくれてるみたいなものじゃない?』

「まぁ、確かに……?」

『どんなワガママなのかは訊かないよ。けど、それを貫き通すんだって言うなら――コウくんのことお願いね、美咲ちゃん』

 

 ブツリ、と。その言葉が終わると同時に、通話は強制的に終了された。

 あの花音が返事も聞かずに電話を切るなど、まさか実は美咲が相談してくれなかったことに怒っていたのだろうか。

 もちろん、違う。

 

――返事を聞くまでもない。

 

 ただ、そういうだけに、違いなかった。

改行具合、どのように感じましたか?

  • 地の文間もっと開けた方がいい
  • セリフ間もっと開けた方が
  • 上記二つとも
  • 特に問題ない
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