コツン。
「痛っ」
ひどく軽い音に続いて、気の抜けた声。
それは、口に放り込んだ飴玉が見事、前歯にクリティカルヒットをした、その結果であった。
本日は十月一日。年にたったの一度だけやってくる、奥沢美咲の誕生日である。
朝は起きるなり両親に妹、弟、と家族総出で祝いちぎられ。気恥かしさと嬉しさを引きずりながら学校へ向かうと、今度はクラスメイトから。
もともと、美咲は仲がいいとまでいえる友達がクラスにそれほど多くなかった。また、目立つことを避けたがる本人の性格上、今日が誕生日だとやたらに触れまわることもなく、学校では気の置けない友人からのみ細々と祝われて終わる、彼女はそう思っていた。
しかし、である。
『美咲ー! 誕生日おめでとう!』
そんな予定を粉々に砕く者がいた。うげ、と思っても既に後の祭り。教室中に響き渡ったこころの大声のおかげでその事実は周知のものとなり、次々と席までやってきたクラスメイトたちは、祝福の言葉とともに何かしらを置いていくのだった。
もっとも、その場で知った誕生日のプレゼントなど用意しているはずもなく、大半の者がくれたのはその時に持っていた適当な何か。たった今、小さな悲劇の引鉄になった飴玉もその一つである。
(……で、これは一体どこに向かってるんですかね)
学校での記憶を振り払って、美咲は現実に意識を戻す。
ここは車内。こころと移動する際にはたびたび乗ることになる真っ黒な高級車の中だ。
ただ一つ違う点があるとすれば、窓から景色がまったく見えなくなっているところだろう。
『わー。太陽がまぶしくて、はぐみ、目がちかちかするよー』
『そ、それは大変だね! はぐみちゃん、大丈夫!?』
『黒服さん、どうにかならないかなー』
『かしこまりました、対応します』
これは、そんな棒読みにも程がある茶番によって遮光カーテンが隙間なく掛けられたためだ。
美咲は察しの悪い
そこまではいい。問題は、その目的地が彼女にはまったく想像できないことだった。
これがただの友達であったならば、無難にパーティーでも催してくれるのかとあたりをつけることもできる。
(けど、こころ……というか、ハロハピだからね……)
彼女たちが自分の想像の範疇に収まってくれるはずのないことを、美咲はこれまでの経験からよく知っていた。
「ねぇ、コウくん」
なればこそ。受けるだろう衝撃を少しでも軽いものにしようと、美咲は幸から何か情報を貰えないか声を掛ける。
「美咲さん、言いたいことは分かります……。けど、せめて到着するまでは何も言えません……! 大丈夫です、僕も一緒に頑張りますから……!」
「えー……」
だが、帰ってきた反応は拒否。手を固く握ってそう告げる彼の姿は、まるでこれから戦にでも行くかのようだ。
不安を小さくしようとした結果、逆に大きくなってしまった美咲。なるようになれ、と彼女はそう言うしかなかった。
――――――――
「いやね、確かに『なるようになれ』とは言ったよ? けど、これは……」
あれからおよそ数十分。遂に目的地に到着し、少しぶりの陽が照らす大地へ足を着けた美咲は、目の前に存在するソレを見上げ、見渡し、そこで思考を停止させた。
ここに来てしまうまでの短くはない時間。その間に美咲は、覚悟を決めてみせたつもりだった。
過去にバッティングセンターを建てたり、ビルにも迫るサイズのペンギンを贈ったり。そういった事例を思い出して、最悪の場合それらと同程度の何かが待っていても大丈夫なように、気を強く持ったつもりだったのだ。
「お誕生日おめでとう、美咲! そして――ようこそミッシェルランドへ! ここは、あたしたちハロハピから美咲へのプレゼントよ!」
満面の笑みを浮かべて、こころが祝いの言葉を口にする。その名前から悟れる通り、彼女の後ろにはミッシェルのあしらわれた巨大な門に、その姿を模したジェットコースターや観覧車など、どこまでもテーマパーク然とした光景が広がっていた。
視界に入れた瞬間になんとなく理解はしてしまっていたが、それでも改めて言葉にされたことで嫌でも現実を受け止めなければならなくなり、美咲は頭を抱えた。
「はぁ……まじか」
「どうしたの、美咲? もしかして嬉しくなかったかしら?」
「あーいや、そんなことないよ。めちゃめちゃ嬉しいのは嬉しいんだけど……。うん、できれば『ここ』じゃなくて『これ』で表現できるものがよかったなー、なんて……」
『これがプレゼント』ならば異常はない。ありふれた、極々普通のフレーズだ。だが、『ここがプレゼント』など、美咲は聞いたことがない。
本当に自分のためだけにわざわざ建てたのか。
今日が終わったらこの施設はどうなるのか。
美咲がそんな疑問に苛まれている傍らで、こころたちは主役であるはずの彼女を置いて入口へと駆けていく。
「あー、コウくん? たぶん中に入ってからも色々用意してるんだろうし、そういうのは言わなくていいからさ……何でこうなったのかだけでも、教えてくれない?」
「あ、あははは。実は――」
まだ足を踏み入れてすらいないのに、問いかける美咲の雰囲気は既にお腹いっぱいといった様子。
苦笑いを浮かべながら、幸は原因となるある日の出来事を語った。
――――――
曰くそれは、美咲の誕生日から二週間ほど前のとある平日のこと。
「それじゃあ、今から『美咲の誕生日プレゼントを考える会』を始めるわよ!」
『おー!』
美咲に気付かれぬよう、秘密裏にハロハピ会議室に集まった五人は、一枚のホワイトボードを前にそんなものを開催していた。
会は、こころがボードの前に立ち、それぞれが出した案をまとめていくという形式で進められたが、なかなかどうして、成果はあがらない様子だった。
「美咲が好きなものって何かしら?」
「はいはーい! 確かみーくん、ファミレスの料理が好きだって言ってたよ!」
「うーん、だったら、ファミレスの料理をみーんな並べてパーティーをしたら、美咲は喜んでくれるかしら?」
「それは、えっと……どうだろうね?」
美咲がファミレスの料理を好きだということは確かであったが、その理由が『ハズレがなくて無難』という消去法に近いものだと知っている花音は曖昧に笑う。
喜ばないということは絶対にないであろうが、同時に微妙な表情をしている美咲の姿が、彼女には容易に想像できた。
「やはり、美咲と言ったら羊毛フェルトじゃないかい?」
「それだわ! 教室でもよくやっているし、お山ができるくらいのフェルトをあげたら、きっと喜んでくれるわよね!」
「そ、そんなにたくさんだと、逆に困っちゃうんじゃないかな……?」
といった具合で。こころたちの出す案は間違ってこそいないものの、極端すぎるきらいがあった。
その後もあれやこれやと意見を出していくのだが、いまいちこれだと言えるものが見つからない。パッと思いつくものは粗方出尽くして、ここまでの中から妥協案をとろうかとなりかけたその時、はぐみの口にした言葉が場の流れを大きく変えた。
「あっ! ミッシェルはどうかな? みーくんとミッシェルって、すっごい仲良しだったよね?」
「そうね、連絡先を知ってるのも美咲だけだし、二人はとっても仲がいいのだと思うわ!」
「あの、二人とも……? それはミッシェルが美咲ちゃんだからで……」
「うんうん! それに、みーくんってミッシェルの話をする時、いっつも笑ってるよね!」
「確かにそうね。この前『ミッシェルはまだかしら?』って訊いた時だって笑ってたし、名前が出るだけで笑顔になっちゃうくらい大好きなのね!」
「こころさん、あれはおそらく苦笑いだと思うんですけど……」
「けれど、美咲とミッシェルはいつも入れ違いになってしまうのが――はっ!? そうだ、私たちが二人を引きあわせる、いわばキューピッドになるというのはどうだい?」
「それだわ! 薫、ナイスアイティアよ!」
「それは物理的に無理が……ふえぇぇ……」
はぐみの案を皮切りに、話し合いは急加速してゆく。その勢いといえば、合間合間に口を挟もうとする幸と花音の二人が一瞬で置いてけぼりにされてしまうほど。
感性の一般的な、美咲の言う常識人である二人だが、この場における進行方向へ影響を与えるには、いかんせん持ち合わせるパワーが足りていないようだった。
今までの停滞が嘘だったかのように、議論はどんどんと進められていく。
その途中で、こころの発した一つの疑問、そして対するはぐみの回答が、ある意味で未来で美咲の頭を悩ませる、直接的な原因だったと言えるかもしれない。
「なら、美咲には秘密でミッシェルと連絡を取らないといけないわね……。ミッシェルってどこに住んでるのかしら?」
「はぐみ知ってるよ! この前みんなでお茶してた時に、みーくんが言ってたんだ。確かミッシェルランドっていう――」
そんな会話に物陰から密かに聞き耳を立てている存在がいたとは、この場にいる誰もが、気付いていなかった。
―――――――
というわけです、そう、幸の語りが締めくくられる。
すべての話を聞き終えた美咲の表情は、それはもう何とも言えないものだった。
(あたしか……? あたしが悪いのか? これは……)
幸の話を聞く限りでは、今の美咲の状況を『身から出た錆』という言葉が的確に表しているように思える。だが、お茶会の最中に適当に流した言葉を拾い上げて錆とするのは、どうにも彼女には納得がいかなかった。
加えて、もしも相手がこころたちでなければそれは錆足りえなかったのだから、尚更だ。
「はぁ、でも仕方ないか。もう起こっちゃったものは」
一つ、美咲は大きく溜め息を吐くと、それがスイッチであったかのように、すぐさま気持ちを切り替える。
わざわざ自分の為だけに建てられた。その情報にさえ目をつぶれば、こころたちのプレゼントはテーマパークのチケットをくれたようなもの。
こういった施設には久しく来ていなかったということもあり、美咲は今日はここを目一杯遊んでやろうと心に決める。それはまさに現実逃避という他なかったが、そうせずにはいられなかった。
「見て! ミッシェルがいーっぱいいるわ!」
「ほんとだ、すごーい!」
こころたちの後を追いかけて大きな門をくぐった美咲たちを出迎えたのは、言葉の通り、数え切れないほどのミッシェルの大群。
一体一体の姿はどれもかわいく作られているのだが、それがこうも多量に並ぶと、無機質な瞳も相まって美咲にはどこか不気味ささえ感じる光景に思えた。普段は内に入る立場で、外側からのミッシェルを見慣れていないというのも原因の一つかもしれないが。
「よーし、じゃあさっそくアトラクションに乗りましょう!」
風船をくれるミッシェル、握手をしてくれるミッシェルなどなど。言葉は発しないながらも、テーマパークのマスコットとしての働きをみせるミッシェルの相手もそこそこに、こころたちが最初に向かったのは汽車のアトラクションだった。
先頭部分にミッシェルのプリントされた汽車が、敷かれたレールの上をゆっくりと進む。アトラクションとは言ってもこれは、スリルなどがあるわけではない、少し子ども向けのもののようだ。
「美咲、お誕生日おめでとう!」
二人づつに別れたシートで、美咲の隣に座るこころが不意にそんなことを言った。
「それ、さっきも聞いたよ」
「いいじゃない。おめでとうなんて、百回でも、千回でも、きっと言うだけハッピーな気持ちになれるわ!」
「……さいで」
身じろぎでもすれば触れてしまいそうな寸での距離で、こころの笑顔はまるで花のように咲くものであるから、美咲はそれがどうにも眩しくて、思わず顔をそらしてしまった。
それからもずっと汽車は進み続ける。その間に何度か、美咲は顔を向けずに目線だけでこころの方を盗み見たりもしたが、どの瞬間も彼女は美咲に向かってにこにこと笑顔を向け続けていて。
ついぞ美咲は、汽車がレールを一周してガタンと車体を揺らすその時まで、一度も向き直ることができなかった。
けれど。
「あら、もう戻って来てしまったの。楽しい時間というのは一瞬ね」
「そう、だね。うん。今日はありがと、こころ。あたしも、精一杯楽しませてもらうよ」
「……! えぇ! いーっぱい楽しんでいってちょうだいね!」
無垢の化身のような友人に、そのまま終わってしまうのも悪い気がしてしまって、美咲は普段なら内にしまったまま漏らさないような言葉を少しだけ漏らすのだった。
つづいて一同が向かったのはコーヒーカップ。こちらも造り自体は何の変哲もないものだが、やはりカップの外側はミッシェルの顔をイメージしたデザインになっていた。
一様に停止したカップの一つに美咲が乗り込むと、続いてはぐみがその対面に腰を下ろした。
「すごーい、ほんとにカップの形してるんだね! はぐみ、実はコーヒーカップって乗るの初めてなんだ。みーくんは?」
「あたしは……小さい頃に妹と一回だけ乗った、かな」
もはや薄ぼんやりとなった記憶を、美咲はなんとか掘り起こす。テーマパークへやってくることはあっても、美咲にはコーヒーカップはあまり楽しそうなものに見えず、思い当たったのは本当に幼少のころのものだけであった。
そんな話をしているうちに、残りの四人も無事に搭乗を終えたようで、静寂を守っていたカップが一斉に滑るように動き出した。ちなみに、あまったカップにはミッシェルが乗りこみ、もの寂しさを感じないように配慮されている。
「わ、動きだしたよ! たしか、真ん中のこれを回すんだよね?」
「そうだけど……あんまり回しすぎないようにね?」
「うん! あ、そうだ。みーくん、お誕生日おめでとう!」
「うぇ? あ、ありがとう……。どしたの、急に?」
「えへへ、汽車でこころんとみーくんが話してるのが聞こえてね、何だか言いたくなっちゃった。よーし、回すぞー!」
「あ、ちょっとはぐみ、回しすぎないでって――」
果たしてそれは耳に届いていなかったか、もしくは右から左に流れていってしまったらしい。
初めはゆっくりと回転していたカップは、次第にそこそこ、かなり、と速度を上げていくことになる。途中からなどは、楽しそうな表情でカップを回すはぐみと、必死な顔で逆向きに力を込める美咲との戦いとなってしまっていた。
「あっ、終わりかぁ」
「……ぜぇ、ぜぇ。終わり……かぁ」
そんなことがあったものだから、規定の時間が経ってカップが停止する頃には、美咲は疲労困憊といった様相を呈していた。隣で汗一つかかずにアトラクションの終わりを残念がっているはぐみとの対比が、その体力の差を如実に表している。
「楽しかったね、コウくん」
「はい!」
「薫、とっても楽しかったわね!」
「は、はは……そう、だね……」
もっとも、その身にダメージを負ったのは彼女だけではなかったらしい。美咲とはぐみに続いてカップを降りてきた二組の内、こころのいた方では同じような光景が見受けられた。
そして不幸なことに、薫の身に降りかかる不幸は、それで終わりではなかった。
「次はあれに乗りましょう!」
そう言ってこころの指さす先には、とあるアトラクションが。
それは、こういった場所の代名詞ともいえるもの――つまり、ジェットコースターであった。
「……そうだ、コウ。君はジェットコースターは乗ったことはあるかい?」
「い、いえ、こういう場所自体あまり来たことがなくって……。ジェットコースターも初めてなんです」
「いいかい、ジェットコースターというのは非常に危険な乗り物なんだ。怖くないかい? もし怖いなら、みんなが乗っている間、私がここで一緒にまってあげても――」
「さぁ、薫。いっくわよー!」
「あ、あぁ、こころ……ちょっと待っ――あぁぁぁ」
「……?」
(薫さん、高所恐怖症だったね……)
引きずられていく薫。首を傾げる幸。そして、それを見て心の中で合掌をする美咲。
普通のテーマパークならジェットコースーターのような人気アトラクションに乗るには、それこそ数時間単位で待つ必要があるが、今日ここを利用しているのは彼女たちだけ。
並び列なんてものは存在せず、六人はすぐに機体の発着場に辿り着いた。これも当然、機体はミッシェルデザインだ。
「美咲は今日の主役なんだから、一番前に乗るといいわ!」
「えー、何か怖くない? 一番前って」
「ううん! ビューンってなる景色が一番よく見えて、きっと楽しいと思う!」
「そ、そう?」
その熱意に押されて、美咲は一番前の席へ座る。隣には、花音が腰を下ろした。
「えへへ、なんだかドキドキしてきちゃった」
「あぁ、わかります。こういうのって、初めが一番緊張しますよね」
「うん、勢いが乗っちゃったら、後はもう一瞬だもんね。……あっ、動き出すみたい」
花音の言う通り、機体が一度大きく振動して、ひどく急な角度のレールを重力に逆らいながらのぼってゆく。まるで、高度と鼓動がリンクしているがごとく、空が近くなるたびに心拍は早まり、頂点に達する頃にはバクバクという音が自分で感じられるほどになっていた。
「花音さん、『ふわっ』が来ますよ」
「そう、だね。『ふわっ』だね」
ずっと上だけを見ていたミッシェルが、その鼻先を下にする。
「美咲ちゃん――」
そこから先は、特に語るべきこともない。強いて言えば、黄色い声をあげていた者が二名、悲鳴をあげていた者が二名、特に声をあげなかった者が一名に、声をあげられなかった者が一名いた、というくらいか。
「ふぅ、すっごい楽しかったね! 何回でも乗りたいくらいだよ!」
「そうね! けど、それじゃ他のアトラクションに乗る時間がなくなっちゃうわ! また今度みんなで来ましょう!」
「うん、絶対来よう!」
「あぁ……儚い」
騒ぐ二人の隣、薫はなんとか自分の足で立ってはいるものの、その顔は若干青い。
さすがにかわいそうに思った美咲が肩を貸してやりながらしばらく歩いていると、視線の先に何かを見つけたようで、薫が震える手である方向を指さした。
「つ、次はあれなんてどうかな?」
そこにあったのは、いわゆるメリーゴーランドと呼ばれるアトラクション。上下に揺れ動きながら馬が進む裏では、ハロハピの楽曲が流されている。その曲調とメリーゴーランドの雰囲気は非常にマッチしており、とても楽しげであった。
外と内、二列に並んだ馬の中からどれに乗ろうかと美咲が悩んでいると、その横合いから目の前にスッと手が伸びてくる。そちらへ視線を向けると、それは薫のもので。彼女は既に白馬に跨って、気障な笑みを浮かべていた。
「こちらへどうぞ、子猫ちゃん」
「え、二人乗りなんです? これ」
そんな現実的な思考が先に来て、美咲は薫の手を取るよりも先に、案内板に目をやってしまう。
それによれば、必ずしもそうあるべきとまではいかないが、二人で乗ることも可能であるらしかった。
視界の端ではこころやはぐみが一人で馬に跨っているが、折角だから、そういう理由で美咲は薫の手を取ることにした。
「ほっ……よっ、と」
「無事に乗れたかな? しっかりと私につかまっておくんだよ、振り落とされないようにね」
「そんな、本物の馬じゃないんだから……」
美咲は呆れの声を出す。少なくとも彼女の知るメリーゴーランドは、人が振り落とされるような速度を出すアトラクションではなかった。
「ははは、すまない。ついシルバーに乗っている時のことを――おっと」
薫の話が愛馬のものに移ろうとしたタイミングで、メリーゴーランドが稼働を始める。
薫の言ったような『振り落とされる』というほどではないが、それでもツルツルとした表面の馬はすべりやすく、少しバランスを崩した拍子にでもずりおちてしまいそうだ。
前側に座る薫と違って取っ手がない美咲は、言われたとおりに前にある身体へぎゅっとつかまらなければなかなかった。
「へー、メリーゴーランドってこんな感じなんですね」
「おや、美咲は乗ったことがなかったのかい?」
「さっきのはぐみじゃないですけど……まぁ、そうですね。ぶっちゃけ、見てる分にはぜんぜん楽しそうな感じがしなかったもんで」
「ふふ。なら、実際に乗ってみた感想はどうだい? とても儚いだろう?」
「儚いかはともかくとして……まぁ、悪くはないってくらいですかね」
もっとも、仮に独りでテーマパークへ行く機会があったとしても、美咲がメリーゴーランドに乗ることはないだろう。
楽しく感じられるのはきっと、ハロハピのみんなと一緒にいるからである、と心のどこかで彼女は理解していた。
それからおよそ一分。周回を五度ほど繰り返したところで、馬はその動きを停止させた。
「あ、終わりみたいですね」
「そうか、この子ともお別れの時間がやってきてしまったのか……」
「この子って、その馬は作りものなんですけど……」
本気なのか冗談なのか、普段の言動のせいでどちらか判断しかねるようなセリフ。
愛おしそうに馬の頭を撫でる薫を放って、美咲が先へと戻って歩きだす。
「誕生日おめでとう、美咲」
「……薫さんもですか。はいはい、ありがとうございます」
しかし、その矢先に耳元でそんなことを囁かれて、美咲は足を止めた。
もう今日になってから十では利かないほど言われているはずの彼女が口元を手で隠している。それを見るに、汽車の上でこころの口にした言葉は真理であるように思われた。
「もうそろそろいい時間になってきたね」
日のすっかり沈んだ空を見上げて、美咲が呟く。
彼女たちは学校が終わってからここへやってきているため、時刻はもうじき七時に迫ろうとまでしていた。さらに、夜には家族で夕食を食べるという予定が美咲にはあり。そんな諸々を考慮すると、乗れるアトラクションはあと一つがいいところだった。
「なら、最後はあれね!」
そう言ってこころが指さしたのは、ずばり観覧車。それはこういった施設の締めとしては定番のものだと言えよう。
そこに異存がある者は誰もいないようで、一行は観覧車に向けて歩きだすのだが、その道半ばで、美咲が声をあげた。
「すいません、ちょっとお手洗いに」
「あ、実は私も……」
お手洗いに行きたい旨を伝えると、便乗して花音も同じく声をあげる。
話し合いの結果、四人は先に観覧車のもとへ向かい、乗り場で直接合流をすることとなった。
一旦四人と別れて、花音と美咲は立札の案内に従ってトイレへ向かう。
「えぇ……」
できたばかりというだけあって、その清潔具合は結構なものであったが、便器やトイレットペーパーまでもがミッシェルを模して作られていることには、美咲は何といえばいいかわからなかった。
手早く用を足した二人は、すぐに待たせている四人のもとへと歩き出す。
どのような道を通ってここまで来たか覚えてはいなかったが、目的地は園内のどこからでも見える観覧車。二人の足が惑うことはなかった。
「そういえば花音さん」
「なぁに、美咲ちゃん?」
その道すがら、美咲は一つ疑問に思っていたことを花音に尋ねた。
「ジェットコースターで花音さん、急降下の瞬間に『お誕生日おめでとう』って言いましたよね?」
「あ、ちゃんと聞こえちゃってたんだ……」
「えぇ、それはもうばっちり。それで、同じようなことはぐみたちからも言われたんですけど……もしかして、まだ何か企んでます?」
それは、美咲がずっと怪しんでいた可能性だった。
ここに来てから、既に何度も言われた『お誕生日おめでとう』の言葉。こころや花音はともかくとして、はぐみや薫の場合タイミングがどこか不自然な感覚が美咲はしていた。
そういったわけで、美咲はまだ自分が気付いていない画策が何かあるのではないか、とそう花音に問うたのだが、彼女は一瞬ポカンと呆けた後、クスクスと笑うのだった。
「ふふ、企むってほどではないんだけどね。実は、今日ここで乗ったアトラクションはね、私たちが一人一つづつ考えたものなんだ」
「えっ?」
衝撃の情報に、美咲は思わず声をこぼす。
確かに、この施設は例の会議の後に造られたものなのだから、そういった芸当も可能ではあるのだろう。とはいっても、こころたちからすればミッシェルランドは元から存在するミッシェルの住む場所という扱い。よって直接的にこれを設置したいと声を聞いた訳ではないが、彼女らの希望を反映させたアトラクションであることは確かであった。
「となると、ジェットコースターはこころかはぐみとして、メリーゴーランドは薫さんかな? コーヒーカップは花音さんで、汽車は……どっちだ?」
今日乗ったアトラクションを思い起こして、それを考案しただろう人物をあてはめてゆく美咲。汽車以外に人をあてはめて、最後のそこで悩んでいる彼女を見て、しかし花音はまたも小さく笑った。
「そう思うでしょ? でもね、アトラクションを考えたのは、それぞれで美咲ちゃんの隣にいた人だよ」
「えー……えっ?」
花音に言われたことを受け止め、噛み砕き、呑み込んで、美咲は理解できないといった顔をした。
なぜなら、その法則に従えば美咲の予想ははずれもはずれ。これがテストなら赤点確定だ。
「はぐみがコーヒーカップで花音さんがジェットコースター……すごい意外だ」
「最初はちょっと違ったんだけどね」
続けて曰く、本当は花音は初めコーヒーカップを考えていたのだとか。その理由は、きっとこころやはぐみが激しい動きをするアトラクションを好むだろうから、せめて自分は休憩ができるものにしようというもの。
「けど、いざ蓋を開けてみたらはぐみちゃんがコーヒーカップでこころちゃんは汽車でしょ? そうなると逆に、テーマパークらしいのが一つは必要かなって思って」
「それは何と言うか……いつも気を使ってもらって、ほんとありがとうございます」
「ううん、私の方こそ、美咲ちゃんにはいつも助けてもらってるから」
「ん、こころが汽車ってことは……?」
花音とお礼合戦をしている途中で、美咲はあることに気がついた。
花音が言うには汽車を選んだのはこころ。ならば、今向かっている観覧車を選んだのは一体誰か。
「花音さん、ちょっと急ぎましょうか」
「ふふ、そうだね」
その問いの答えには、美咲の足を少しだけ速める力があるようだった。
「ごめん、遅くなっちゃったね」
早歩きで進むこと数分。美咲と花音は、無事に四人と合流することができた。
「それじゃあ、さっそく乗りましょうか!」
「ん、そうだね」
こころの声に従って、美咲は一番乗りでゴンドラへと乗り込む。
ここまでもアトラクションでは、何気ない流れでその考案者が美咲の隣へ収まって来ていた。今になって考えればジェットコースターの時にこころたちが無理に美咲を先頭に座らせようとしたのには、そういった意図もあったのだろう。
だが、事情を知った今となっては、美咲は逆にこの後の流れを読むことさえできる。彼女が一番に乗り込んだ時点で、次に出てくる人物は決定したのだから。
「さ、おいでコウくん」
「は、はい!」
美咲の声に反応して、幸がミッシェル型のゴンドラへ乗り込む。そこは四人程度ならば余裕を持って座れる空間だったが、美咲と幸の二人が入った時点で扉は閉まり、ゆっくりと回転を始めた。
「……この観覧車は、コウくんが考えてくれたんだってね?」
「えっ!? あの、えっと……花音さんから聞いたんですか?」
「うん、聞いちゃった。ごめんね」
ガコン、と音を立ててゴンドラが停止する。おそらく次のゴンドラにこころたちの内の誰かが乗り込んでいるということだろう。
「なるほどねぇ、ミッシェルランドはハロハピの皆からで、それぞれのアトラクションが一人一人からのプレゼントだったと」
「まぁ……そうですね」
「ねぇ、コウくん。これさ、何かを思い出さない?」
ガコン。ゴンドラが再び動き出す。
美咲の問いかけはひどく曖昧で、幸は何を言っているのかと頭を悩ませた。
「あー、『これ』じゃ何のこと言ってるのかわかんないか」
ガコン。
「ハロハピ全体からのプレゼントと、個人からのプレゼント。こんな感じの渡し方、何か思い出さない?」
「――あ」
そこまで示されてようやく、幸は美咲の言っていること、そしてそれによって更に伝えようとしている思いに考えが至った。
その渡し方は、まさに幸がハロハピに入った時のプレゼントと同じ。
そして――。
「あの時、コウくんはいくつプレゼントをもらったっけ?」
「……七つ、ですね」
ハロハピ全体で一つ。残りはこころ、はぐみ、薫、花音、美咲、そして――ミッシェル。
美咲とはミッシェルであり、ミッシェルとはつまり美咲である。
「だからさ……うん。あたしもプレゼントが欲しいなって思うんだよ、
ガコン。
この観覧車は多くのものがそうであるように、ゴンドラの上半分だけがガラス張りで外を覗けるようになっている。
それはつまり、二人の乗っているゴンドラが頂点を通過すれば後続から中が見えるが、それまでは誰の目にも入らないということ。
観覧車は、既に三度目の始動を終えている。残された時間は、もう僅かだ。
だから、
「美咲さん、お誕生日おめでとうございます」
登場するアトラクションはすべてピコの六話に映ったものです。
改行具合、どのように感じましたか?
-
地の文間もっと開けた方がいい
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セリフ間もっと開けた方が
-
上記二つとも
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特に問題ない