びじょとやじゅう   作:彩守 露水

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第7話「勢力の拮抗」

 こころと偽優による口論と呼ぶにもおこがましい(いさか)いは、永遠とも錯覚するような平行線を描いた末にこころの根勝ちで幕を閉じた。その結論内では優は未だ暫定的にハロハピ加入状態であり、いつの間にか家に帰ってしまったということになっていた。

 演奏が終わったという事で、既に楽器などは黒服たちによって撤収され始めている。そんな中、こころたち六人が今何をしているかというと……。

 

「あたしの名前は弦巻こころ。よろしくね!」

 

 ずばり、自己紹介であった。

 

「はい、知ってます……」

 

 言う側と言われる側、両陣営は見事なまでに対照的な空気を纏っているが、それも仕方のない事。何せ相手は、自分を別の人物だと思って一度した自己紹介を再びしているのだ。どんな反応をすればいいのか、少年の心中は複雑である。

 その後、薫、はぐみは当然といった顔で、花音は若干申し訳なさげに、それでも後に続いた。そして、最後に残るは、ふくよかな桃色のクマ。

 

「こんにちはー、ミッシェルだよー。よろしくねー」

 

 とても、気だるげな声だった。そこには種に見合った獰猛さも、見た目にそぐう可愛らしさも無い。

 

「ミッシェルはね、普段は魔法の国に住んでる魔法のクマさんなんだよ!」

「ふふ、それでいて私たちが困った時にはすぐに駆けつけてくれるのさ。儚いだろう?」

「さぁ、あなたの名前を教えてちょうだい?」

「僕の、名前は……」

 

 肝心な部分で、少年は口を噤む。それから少し悩む様な仕草を見せ、意を決したように口を開いた。

 

「祖師谷……えっと、コウ……です。よろしくお願いします」

「コウ……コウね。じゃあさっそくだけど、優に連絡は取れそうかしら?」

「あー、お姉ちゃんはそうですね……今はちょっと忙しいと思うので難しいかも、です……」

「あら、そうなの? それは残念だわ。なら代わりに、伝言をお願いできるかしら?」

 

 こころの頼みを、コウは適当な嘘で断る。しかし、大して気にするそぶりもなく、彼にこう告げた。

 

「新生ハロー、ハッピーワールド! の結成パーティーをするから明日の放課後うちに集まるわよ、って」

「こころん、何それ!?」

「今まではあたし、はぐみ、薫、花音、ミッシェル、美咲で六人だったでしょ? 楽器だって、ギターにベースにドラムと……えっと、変な台だけだったし。そこに優が加わって、あたしたちは新生ハロー、ハッピーワールド! になるの。楽器は勿論オルガンよ!」

「それ良い! とってもワクワクだね!」

「ねぇそれ、ツッコミ待ちなの? ふざけて……ないんだろうなぁ。はぁ」

 

 ミッシェルの呆れももっともで、オルガンなど――それでも黒服の彼女たちならやってしまいかねないが――普通は持ち運べるものではない。後で注文をキーボードにでも変えてもらうよう言っておかないとな、とミッシェルは心のメモに書き加えた。

 

「なら、それは優の歓迎パーティーにもなるわけだ」

「その通りよ! だから、とびきり楽しいパーティーにしなきゃよね! 何をするか、あっちで皆で考えましょう!」

「おー!」

 

 はぐみ達がホワイドボードのある方向へ走っていく。場が平穏を取り戻したところで、ミッシェルがコウへ話しかけた。

 

「いやー、やっと落ち着いて話せるね。まず最初に……、まぁお疲れ様というか、ごめんなさいというか」

「えっと、あはは」

「もし本当に嫌だったら遠慮せずに言ってね? 本気で頑張ればまぁ、なんとかできない事も……無いと思うから」

 

 かく言う彼女も、加入当時は花音と共にハロハピを脱退する事を目論んでいた身である。例え彼の本音が否定的なものだったとしてもそれを責める事はできなかった。

 

「そんな嫌だなんて! 僕なんかを入れてくださると言ってくれるのはとってもありがたいと思ってます。けど……」

「なんか事情があるわけね」

(結構大きい家っぽいし、そういうのも仕方ないか)

 

 実際には見た事も行った事もないが、弦巻家と同じく黒服なる存在を召し抱える程なのだから、今更疑う余地もない。

 

「……あの」

「ん、どうしたの?」

「ちょっとだけずるい……我儘な事言ってもいいですか?」

「巻き込んじゃってるのはこっちだし、全然いいよ。なに?」

「二週間だけ、入れて貰ってもいいでしょうか。抜けるのに入るなんて、無責任だとは自分でも思うんですが……」

「うん、うん」

「この二週間で何か変わるんじゃないかな、なんて希望持っちゃたり……ごめんなさい」

 

 言っている途中で罪悪感やら何やらが湧いて来たのか、コウは言葉の尻をすぼませ、遂には謝罪が飛び出す。だが、常日頃からこころの手綱を握り、我儘処理のスペシャリストと化した彼女は怒る事もなく、むしろ笑った。

 

「あはは。我儘って言うから何かと思えば、なんだ、そんなの可愛いもんだよ」

「本当、ですか? ありがとうございます」

(それに、ハロハピと関わって変わらないなんて方が無理だと思うし)

 

 それが良い方向か悪い方向かはまだわかる事ではないが、きっと前者になるだろうとミッシェルにはある種の確信があった。

 

「あー、一つ訊いておきたい事があるんだけどさ」

「はい、何ですか?」

 

 サイドが替わり、今度はミッシェルが質問を投げかける。それは、ハロハピに人が増えるとなれば、彼女的に必ず事前に確認しておかなければならない事だった。

 

「あたしは、誰でしょう?」

「誰ってそれはミ……み……えっと、何て答えれば……?」

「いや、いい。いいよ。その反応だけで充分だから……!」

 

 それが一体何の『み』なのか明確にはならなかったが、ここで重要なのは一つの答えを即答されなかったことなのだ。

 

(脱、数的不利!)

 

 ミッシェルもとい美咲は、心の中で盛大なガッツポーズを決めた。

 

 

 

――――――

 

 時は過ぎて、時刻は午後六時。はぐみが家の手伝いをしなければいけないという事で、今日の集まりが解散となったところだ。

 

「みーくん、かのちゃん先輩、こーくん、バイバイ! また明日」

「みんな、気をつけて帰るんだよ」

「ん、そっちこそね」

 

 家の方向の関係で、はぐみと薫、そしてそれ以外に別れて帰路に就く。女子高生二人の間にコウが入る凹陣形で、何故か花音はコウの手を握っていた。

 

「うんうん、気をつけて帰らないと。ね、コウくん?」

 

 花音は少年へ笑いかける。彼女、コウが正体を明かしてからずっとこの調子である。

 

「花音さん、ご機嫌ですね」

「えへへへ――あ! ごめんね。美咲ちゃん達と同い年の女の子じゃなくて、実は中学生の男の子なんだって思うと急に可愛く思えちゃって……。手なんか握って、嫌……だったよね?」

「いえ! 嫌だなんてそんな……。ただ、ちょっとびっくりしましたけど、むしろ、ちょっと嬉しかったくらいで……」

 

 普段、周りに助けられてばかりだと自分で思っている彼女だから、己を頼ってくれそうな雰囲気をしているコウを特に気に入ったのだろう。感性に似通ったものを感じた、というのも拍車をかけているかもしれない。

 

「あー、そういえばさ、結局コウくんは何でお姉さんの恰好して学校来てたの?」

「う……誰にも言わないでくださいね?」

 

 そう前置いて、コウは事のあらましを伝える。話を聞き、事情を理解した美咲は何とも言えない、苦い顔をした。

 

「なるほど、テストがねぇ」

「僕も今日の朝急に言われて、ほんとにびっくりしました」

「あ、あはは、大変だったね」

「何にせよ、お疲れ様」

「美咲さん……ありがとうございます」

 

 体育などの着替える科目がなかったのが、まさに不幸中の幸いである。

 ちなみに、コウの呼び方が名字から名前に変わっているが、これは彼がこころを『弦巻さん』と呼んだ時に『こころでいいわ。あたしも名前で呼んでるでしょ?』と言われた事に起因している。実は、全く同様のやりとりを花音は過去にしており、こころと初めて出会った時の事を思い出して、一人笑ったとか。

 

「今度は僕が訊いてもいいですか?」

「ん、どうしたの?」

「美咲さんは、その、どうしてピンクのクマさんに入っていたんですか?」

「あ、やっぱり気になる? あれはね――」

 

 他愛ない話に花を咲かせて、三人は仲良く進んでいった。

 

 

 

「あ、僕の家こっちなので」

 

 ある別れ道で、コウは言った。既に松原宅は過ぎており、現在はコウと美咲の二人きりである。

 

「そうなんだ。じゃ、ここでお別れだね」

「はい」

「あれ、ちなみに明日はどうするの? お姉さんの体調がどうなってるかわからないけど、また変装して登校する?」

「……どうなるんでしょう」

「なにせ複雑だし、まぁすぐにはわからないよね……。そうだ、コウくんさ『ROW』ってやってる?」

「何ですか、それ?」

 

 『ROW』とはスマートフォンを持つ者なら、大半は入れていると言っても過言ではない連絡用アプリである。複数人でのチャットや通話もでき、相手が読んだ事が送り手側にわかるという機能で一気に普及を果たした。

 

「んー、簡単に言えば連絡用のアプリなんだけど。入れてないなら、この際入れちゃった方がいいかもね」

 

 ハロハピ内での連絡なども、普段はこのアプリが使われている。明日の歓迎会はもちろん、それを抜きにしても暫定で優が加入状態である問題などの事も考えると、何らかの連絡手段を持っておくことは絶対に必要だった。

 

「そうですか? じゃあ――あ」

 

 ポケットから携帯を取り出し、画面をつけたコウの顔が強張る。何があったのかと、美咲が画面を覗きこめば、そこには膨大な数の着信履歴が。

 学校が終わったのは四時前後。それから時間はかなり経ち、今は六時をまわっている。

 

「お姉ちゃんに連絡するの、忘れてました……」

 

 少年の顔から血の気が引いて行くのが、美咲には面白い程わかった。




誤字報告感謝です。

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  • セリフ間もっと開けた方が
  • 上記二つとも
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