びじょとやじゅう   作:彩守 露水

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いつもこの作品をお読みいただきありがとうございます。
読者の皆様のおかげで、この度うちのバーさんも綺麗に色づきました。
精進を続けていこうと思いますので、今後ともよろしくお願いします。


第8話「真正の少女」

「……遅い」

 

 少し仄暗くなった自室の中、祖師谷優は呟いた。体調は既に全快している。

 現在時刻は午後六時。今日の花咲川女子学園一年生の時間割は六限目までで、その終わる時間は三時四十分。祖師谷宅から学園まで車で約十分で、授業後にSHRがある事を考慮しても四時半には帰ってきていなければおかしい。

 それでも何せ初めての事な為、トラブルはあって然るべきだろうと、五時までは黙って待った。

 

「いくらなんでも遅すぎる!」

 

 しかし、許容限界を一時間も過ぎれば、さすがに我慢ならなくなったようで、優はいきり立ち部屋を飛び出した。

 一階へ駆け下りた彼女が向かったのは父親の私室。そこに、求める答えがあると考えたから。

 

「ちょっと父さん、まだ帰って来ないの!?」

「……はぁ。ノックをして返事を待って、それから扉を開けろ愚か者」

 

 ドアを開け、最初に視えたのは相変わらず新聞を前面に広げる博則の姿。しかし、彼が両手を下げると、その顔には何処か疲れが浮かんでいた。

 

「ねぇ、どうせ盗聴とか監視とか色々させてたんでしょ。何か知らないの?」

「その事か……今私も頭を悩ませているのだ」

 

 彼にしては珍しい苦虫を噛み潰したようなその表情は、どうやら優と同じ理由で作られているようだ。

 

「あいつはな、どうやら弦巻家にいるらしい」

「弦巻……あぁ、こころちゃんの」

 

 優自身、クラスが違う事もあってこころと深い面識は無かったが、その存在はよく知っていた。

 

「大丈夫かな……?」

 

 弦巻こころ、通称『花咲川の異空間』。その家柄は勿論の事、突拍子もない考え方や行動が噂になり、学園内では関わるべきではない人物をして有名だ。

 

(香澄とかはぐみがよく仲良くしてるから、悪い子ではないと思うんだけど……)

 

 共通の友人を根拠に、悪人ではないことまでは予想ができたが、それでも完全に不安を拭いとる事は出来ない。如何せん優の中のこころ像は、噂で構成されている割合が大きすぎた。

 

「それで、今はどうしてるの?」

「……わからん」

「は? なんでよ」

「私が許可を出した後、車に乗り込んだ事まではわかったのだが、そのタイミングで仕掛けていた機器が全て取り外されたようでな」

 

 迎えに遣った者の報告によれば、その場にはこころのSPと思しき者がいたらしいので、おそらくは彼女らによるものだろうと博則は踏んでいる。

 

「結局、何もわからずって事ね……」

 

 優はがくりとうなだれる。彼女の期待に及ぶ情報は此処には無かった訳だ。帰ってくる目処はなく、複数回に渡る連絡にも反応なし。これ以上今できる事を思いつかなかった優は、せめて玄関でその帰還を待つ事に決めた。

 

 冷える床に無視を決め込み、携帯をいじって気を紛らわそうと試みても、やはり弟の事を考えずにはいられない。いっそこちらから探しに出てしまおうか、そう考えて靴箱に手を掛けたその時。

 ガチャリ、待ち望んでいた音が響いた。まるで何かを恐れているかのようにゆっくりと開いて行く扉。僅かな隙間から赤い目が覗いた瞬間、優は思わず駆けだしていた。

 

「あの、ただいま戻りま――」

「ちょっとこんな時間まで連絡も無しに何してたの!? 心配したんだからね! もう、おかえり!」

「わわっ、お姉ちゃんなんで玄関に!?」

 

 消え入るような小声でただいまを言った辺り、誰にも気付かれずに帰ろうとでも画策していたのか。予想より遥かに早い姉の登場に、面喰っている様子だ。

 

「えっと……怒ってる?」

「えぇ、勿論。そりゃあもうプンプンって感じよ? 詳しい事はお姉ちゃん署で聴くから、ついてきなさい」

 

 優は有無を言わせずその細い手首を掴みあげ、聞いた事もない謎の場所へ弟を連行する。それから揃ってベッドに腰かけ、話をした。

 

「それで、一体何してたの?」

「実は、こころさんっていう――あ、お姉ちゃんの同じ学年でC組の人でね。その人の家にお邪魔して、えっと……何をしてたってなると、一言では言いにくいんだけど」

「うーん、そうなの。じゃあ、あった事を順々に話してみてよ。朝から」

「朝……まず、戸山さんたちと合流して、おんぶで運んでもらって――」

 

 ポツ、ポツと記憶を掘り返しながら彼は言葉を紡いでいく。

 

「あ、そうだ。テストは多分うまく言ったと思うよ」

「テスト? あぁ、そういえばそんなのもあったっけ」

「あったっけって……そもそもの目的を忘れちゃ駄目でしょ?」

「う……そうなんだけどさ」

 

 本題を忘れてしまう程心配していた、という事か。彼も、責めるような口調でいながら、本気で怒っている感じではなかった。

 それからも語りは続く。都度、質問を挟んだり相槌をうったりしている内に、優は違和感に躓いた。

 

「こころさんが僕を飛び越してきたんだけど、そしたら美咲さんが急いでやってきてポコッ、なんて」

(あれ、なんだか表情が……)

 

 明るい。そう感じた優は、さらに観察を続けてそれが勘違いなどではない事を確信した。今ほんのりと浮かんでいる笑みは、昨日までの彼には絶対に見られなかったものだと。

 

「それで、車で家に行く事になったんだけど。こころさんたち、『ハロー、ハッピーワールド!』っていうバンドをしているらしくて――あ!」

「ん、どうかした?」

「実は、お姉ちゃんに謝っておかないといけない事があって……」

「へー?」

 

 表情が一転。今度は神妙な面持ちで長い告白が始まった。

 

「――それで、お姉ちゃんと勘違いされたままバンドに入っちゃって。僕自身ならともかく勝手にお姉ちゃんを入れる訳にもいかないでしょ? こころさんには正体も明かして説明したんだけど、結局解ってもらえなくて」

「そっか……」

 

 話を聞き終えると、優は口に手を当て考え込んだ。その姿は一見、すべてを理解して、起こり得る問題について熟考しているようでもあるが、実は状況の複雑さについていけず脳内がはてなで埋まっているだけだ。

 

(うん? つまり、なんか三人位の中では私がハロハピに入ってて、それで……ん?)

「待って。僕自身ならって事は、ハロハピ加入自体は嫌じゃなかったのね?」

「え、そこなの? 勝手に入って怒ったり――」

「いいから答えて! すごく大事な事だから!」

 

 突然の優のものすごい剣幕に思わず彼は気圧される。姉が怒る。それ自体は彼の予想通りだったが、その着眼点は意外な部分だった。

 

「会ったその日に何を言ってるんだ、って言われるかもしれないけど……。正直、ハロハピの皆さんと演奏したりおしゃべりしたりするのはとっても楽しかったし、出来る事なら入りたかったとは思うけど……」

「そっか……そっか、そっか! 楽しかったのね!」

「……?」

 

 怒りを露わにしたかと思えば、今度は喜びを。安定しない姉の表情に、彼は首を傾げざるを得ない。

 

「ん、コホン。じゃあ改めて、私がハロハピに入っちゃってる事についてだけど」

「…………」

「ぜんっぜんオーケー。問題ないわ! むしろ、協力するから何でも言ってって感じ!」

「え……え?」

 

 そして飛び出したのは、予想だにしない答え。首の傾げすぎで、ねじ切れてしまいそうだった。

 

(楽しかったって! 楽しかったって!)

「ねぇ、もっと詳しく話聞かせてよ。ハロハピの事とか、どんな事思ったのかとか」

 

 始動の途端から実は難航しかかっていた『やりたい事を見つけさせる計画』、そこに光明が自ずから差し、優は心は弾みに弾んでいた。

 

 

 

―――――――

 

 

 次の日、花咲川女子学園の朝。白い髪の小さなその存在は、いつもの通り友人たちと校舎を歩いていた。

 

「ねぇねぇ優、ほんとに体調はもう大丈夫?」

「ふふ、ありがと香澄。心配しないでも、もうバッチシって感じ!」

「よかったぁ。あれ、ねぇ皆。あそこにいるのって美咲ちゃんだよね?」

 

 登校中にも何度もした会話を二人が繰り返していると、りみがA組の前を指差して、そう言った。六人が視線を向けると、彼女の言うとおりそこには黒髪セミロングの少女の姿が。その元へ、香澄は一人駆けだしていった。

 

「ほんとだ。おーい、美咲ちゃん」

「あ、どうも戸山さん」

「んー、美咲ちゃんってC組だったよね? A組の誰かに用? 呼ぼうか?」

「そうなんですよー。いやー、なかなか来ないから焦っちゃった」

「あれ、私たちだった? なんだろ、ガルパの話かな」

 

 ガルパとは、香澄たち属する『Poppin'Party』や『ハロー、ハッピーワールド!』、その他三つの計五バンドで合同開催を予定されているイベントの事である。これまでにも何度か美咲はハロハピ代表として、他バンドとの連絡を取っており、今回もその件かと香澄は思ったのだ。

 

「や、今日は戸山さんたちじゃないんだ――祖師谷さん、いいかな?」

「え、優なの?」

 

 まさか指名に、ポピパの面々が軽く驚く。昨日、コウとハロハピが接触する前に帰ってしまった彼女らの中では、美咲と優は知り合いではないのだから。

 

「うん? 確か、美咲ちゃんだったっけ? いいけど、何かしら?」

「いえいえ、そんな大したことじゃないので。ちょっとついてきてくれる?」

「ん。香澄たちは先に教室入っておいてよ」

「わかった。また、あとでね」

 

 言われたとおりに五人は教室に向かい、美咲たち二人は並んで廊下を進んだ。彼女らが向かったのは中庭。

 

「……そろそろいいかな」

「そうね」

 

 理由は一つ、場が開けており声量に気をつければ密談をしやすい場所だから。

 

「えっと、あなたはどっちの祖師谷さん?」

 

 傍からすれば意味のわからない質問。対して白は、快活に笑った。

 

「改めて、ほとんど初めましてかな美咲ちゃん。昨日は弟が本っ当にお世話になったみたいで。ありがとうね!」

「あぁ、お姉さんの方だったか。いやー、コウくんにはむしろ迷惑かけたというか……」

 

 果たして、それは祖師谷優であったようだ。両者、ほぼほぼ初対面だという事で挨拶をしたのだが、美咲が弟の名前を出した時、優がピクリと反応した。

 

「……コウ、くん?」

「あれ、何か変な事言ったかな?」

「へー、ふーん、コウくんなんて呼んでるんだ。へー」

「な、なんですかね?」

 

 上機嫌そうにニンマリとする優に、美咲は困惑する。

 

「ううん、あの子今まで友達とか出来た事無かったからさ。そんな風に呼ばれてるのが、なんか新鮮で」

「えぇ……」

 

 美咲は驚いた。確かに話題の少年はやや内向的で、積極的に友達をつくりに行くような性格だとは思えなかったが、それでも友達の一人もできないだなんて事があるだろうか、と。

 まるで『楽しい』そのものを知らない様子だったり、二週間という期限が存在する事だったり。昨日の時点で、ただならぬ家庭環境なのかと薄々感づいてはいたが、本人に直接聞くのは憚られ結局それをしなかった美咲。今がチャンスなのではと、そう思った。

 

「差し支えが無ければでいいんだけど、コウくんの事をもっと教えてもらえないかな? どんな子なのかとか、どうやって育ったのかとか、問題無い範囲だけでもいいからさ」

「……驚いた。そっちから言ってくるんだ」

「う、だよね。たった一日関わっただけなのに図々しいか」

「違う違う、そういう意味じゃなくてね。実はさ、私も元々あなたにあの子の事色々を知ってもらいたかったんだ」

「え、そうなの?」

 

 それは紛れもない本心だった。昨夜、弟の口からハロハピについて詳しく詳しく話を聞き考えた結果、美咲こそが願いを託すに適任だと、そう判断したのだ。

 

「美咲ちゃん、あなたにお願いがあるの!」

改行具合、どのように感じましたか?

  • 地の文間もっと開けた方がいい
  • セリフ間もっと開けた方が
  • 上記二つとも
  • 特に問題ない
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