というのも、とある天与呪縛について思うところがあった次第。それはそれでアリだと思うんだけど、こういう解釈してたらもうちょい救いのある結末もあったんじゃないかなぁと。
衝撃的な情報の連打で無量空処されたかのように情報が完結せず、気になって気になって悶々とすること早数日。詳しいことを知っていそうな先輩やその妹の双子を捕まえようとするも、間の悪いことに揃って遠方の任務に出てしまい、結局謎は謎のまま。一応双子は今日帰ってくる予定なので、そこで何とか話を聞くつもりではいるが。
正直、任務にもあまり集中できそうになかったので、常より全力かつ速攻で呪霊を蹴散らしたものの、今度はそのことで大人オブ大人に説教される今現在。
「いいですか、虎杖君。どんな任務にも全力で臨むのは君の美点です。ええ、それこそ五条さんに爪の垢を煎じてガロン単位で飲ませたいくらいに」
「多過ぎね? 五条先生溺れちゃうよ」
「ですが、“本気”と“全力”は違います。どんな任務であろうと油断せず、本気で臨むことは大切なことです。しかし、それは必要以上に力を入れるということではありません。以前にも言いましたが、程々で済むなら程々でいいのです」
それは、目の前のちょっと個性的なサングラスをかけた男と、初めて組んだ任務で言われたことだ。
「任務に不測の事態は付き物です。我々と違い、戦闘能力を有さない窓では呪霊にあまり近付くわけにもいかない関係上、彼らの報告の精度はどうしても低い。ですから、等級違いなんてざらですし、それでなくても途中で等級が変わることもある。君の場合、上の謀略の可能性もありますから、不測の事態に備えて可能な限り余力を残しておくべきだ」
「……ッス」
「まぁ、そのあたりは今後の課題としておきましょう。当面は私や五条さんたちが引率につきますし、最悪でも複数人で任務にあたることになりますから、互いにフォローし合えば……」
そのままありがた~いお説教を頂戴しつつ高専の敷地内を歩いていく。
これがもう少し遅い時間なら、グルメと評判の七海お薦めの店、且つおごりで美味い物にもありつけたのだろうが、昼食は任務前に済ませたし、かといって夕食にはまだ早い。なので、こうして仕方なく高専に戻って報告書を片付けに来たわけだ。
(あ~、夕飯どうすっかなぁ……。報告書仕上げてから外に出るのもアレだし、かといって凝ったもん作る気にもなんねぇしなぁ……ん、あれは)
「どうかしましたか、虎杖君」
「ナナミン、あれ……」
「そろそろ本当にひっぱたきますよ」
と言いつつも、本当に手を挙げることがないのは彼が正しく大人だからだろう。虎杖もそのあたりはわかっているので、視線は前方に固定されたままだ。
やがて、七海も「仕方がない」とばかりに虎杖の視線を追う。すると、そこには両名にとって見知った人影が二つと、見慣れぬ人影が一つ。やや距離は離れているが、耳をそばだてれば視線の先の三名の会話を拾うことは難しくない。
(なるほど、あの人ですか。ということは……)
「ねぇパパ、ちょっとだけでいいから。お願い!」
「いや、でもなぁ……」
「……だめ、パパ? 会うの久しぶりだし、欲しいな、お小遣い」
「う~ん……」
見知った双子にサンドされた赤毛の男性が、何やらねだられている。左右の腕にそれぞれ両手を絡ませ身体を密着させる姿は、大変親密そうだ。
ただ、それ以上に色々とワードが気になり過ぎる。
虎杖は腕を組んで空を見上げ、続いて俯き、足りない頭を総動員して考えをまとめる。そうして出た結論は……
「ミミナナがパパ活してる!?」
「失礼ですよ、虎杖君」
どこの世界に、在籍している校内で援交する女子高生がいるというのか。
まぁ、相手の男性が二人とサッパリ似ていないので、そう思うのも無理はないのかもしれないが。、
「あの人は、二人の父親ですよ」
「え……つまり、本当にパパさん?」
「ええ。白雪さんと二人に血縁がないのは知っているでしょう?」
「あ~、そう言えばそんな話聞いたわ」
(さて、あの人が来ているということは……しばらくは学長も手が離せませんか)
・
・
・
「ご無沙汰しています、遠坂先生」
「久しぶりね、夏油くん。顔色は……悪くなさそうで安心したわ」
場所は高専の応接室。来客用の上等なソファに腰掛けたのは、長い黒髪を艶やかに靡かせた美女。中年と呼んで差し支えない年齢だろうし、相応に年を重ねた顔立ちはしかし、その美貌に陰りを齎すには至らない。むしろ、老いすらも糧として輝きを増す様には、いっそ凄味すら覚えるほどだ。
「その節はお世話になりました。あの子たちの事と良い、施設の事と良い、先生には頭が上がりませんね」
「大したことはしちゃいないわよ。双子のことに私はほとんど絡んでないし、施設の方はしっかりシマ代貰ってるんだから、礼を言われるようなことじゃないわ」
「ははっ、硝子とはもう?」
「こっちが終わった後も忙しくてね。関東に来るのも久しぶりだし、色々回っておかないといけないのよ。ま、講演会の後の打ち上げくらいはできると思うわ」
「そうですか。学長はもうじき来ると思うので、先に資料に目を通していただけますか。それで、その…悟のことなんですが」
苦笑いを浮かべつつ明後日の方向を見ながら頬をかく様子には、何とも言えないバツの悪さが滲んでいる。
「大方、任務を口実に逃げたんでしょ。流石に講演会には顔を出すだろうし、そこでしっかり締めておくわ」
弟子の行動パターンは熟知しているので、この場にいない理由くらい聞かなくてもわかる。今となっては戦っても勝ち目などあろうはずもないが、かつて構築された精神的力関係はそう簡単には崩れない。
夏油も彼女には頭が上がらないが、五条の場合はその比ではない。それこそ、彼の呪術界最強が尻尾まいて逃げ出すしかない、ということで理解してもらいたい。
冊子にまとめられた在校生の資料にざっと目を通していく。とはいえ、書かれている内容は概要程度で、術式の詳細などには触れられていない。そのあたりは、講演会を受講してさらに助言が欲しい場合に、任意で開示することになっている。何しろ術式の内容は呪術師の生命線、おいそれと明かせるものではない。
とはいえ、概要程度でもわかることはある。
「……それにしても、毎度のこととはいえ中々濃い子が揃ってるわねぇ」
「白雪から聞いていないんですか?」
「無闇に情報漏らすような子じゃないわよ」
呪術と魔術、双方に関わる立場にいるからこそ慎重に動かなければならない。そのことを、姪っ子はよく理解している。だからこそ、今は「呪術高専4年生」として振る舞っている。その立場で言えば、身内とはいえ外部の魔術師に情報は開示しないのが当たり前だ。
余談だが、わざわざ高専に出向いて資料に目を通しているのは、昨今話題の「個人情報の保護」が呪術界でも無視できないから…ではない。単純に、この女傑が絶望的な機械音痴でデータを送ってもそれを開けないからだ。資料を紙ベースで送るという手もあるのだが、それならいっそ直接高専に出向いて遠目からでも生徒たちを見た方がいい、との判断からである。
今回、赤毛の男が同伴していたのも、同じ理由からだ。
「まぁ、今回は中でも極め付きだけどね」
「ですね。気になる生徒はいますか?」
とは聞いてみたものの、実はある程度目星はついている。呪言師の狗巻や術式模倣の乙骨あたりも捨てがたいが、それ以上に古い術式を使う釘崎と魔術とも縁深い星座に関連する術式を使う星あたりが有力だろう。
「そうね……宿儺の器って子はもちろんそうだけど、個人的にはこの子かしら」
「え?」
その意外さに、夏油は思わず目を丸くするのであった。
・
・
・
場所は変わって寮の食堂。軽い自己紹介を済ませた虎杖たちは、立ち話もなんだからと移動してきたのだが、どうやらまだ誰も戻ってきていないらしい。閑散とした食堂内で、適当なテーブルの周りの椅子に腰を下ろす。
虎杖としてはせっかくの機会なので気になることを色々聞いてみたいのだが、同級生の親とはいえ部外者に聞いてもいいかは悩みどころ。コミュ強の虎杖とはいえ、流石にちょっとためらってしまう。
そんな虎杖の心中を察したわけでもないだろうが、七海が口を開いた。
「改めて、お久しぶりです衛宮さん」
「ああ、七海も元気そうだな」
「お陰様で、ボチボチやっていますよ」
「ナナミンって、え~…衛宮さん? と知り合いなん?」
「親しいというわけではありませんが、それなりに面識はありますね。今回は、いつものアレですか?」
「あれ?」
何のことかわからず首を傾げる虎杖に、情報を補足するべく双子が同時に顔を向ける。
「パパ、概念礼装とか魔術礼装…あ~、呪具の一種、みたいな? そっち方面に強くてさ」
「五条悟の頼みで凜ちゃんの講演会と合わせて、偶に呪具使う人に見繕ったりしてるの」
「ナナミンも?」
「いえ、私は違います。この鈍がそんな大層なものに見えますか?」
「そもそも七海の場合、得物の性能はあまり関係ないからな」
(そっか、ナナミンの術式は弱点を作るものだもんな…んん?)
というか、今何やら聞き捨てならないこと言ってなかったか。
「りんちゃん?」
「なぜか、昔からな」
「私たちからすれば、怖いもの知らずとしか思えないんですがね」
「だって、オバサンって呼ぶのはなんか違うって言うか…ねぇ、美々子」
「うん。凜ちゃんにオバサンは解釈違い」
「あ、でもお姉ちゃんみたいに“叔母様”ならよくない?」
「でも、私たちのキャラじゃない」
「それねー」
とりあえず、別に何か変な理由があってのちゃん付けではないらしい。
(ってか、白雪先輩“叔母様”って呼んでんだ。いや、なんか似合うけど)
どことなく育ちがいいというか、お嬢様風なところがあるのでその呼び方自体はとてもしっくりくる。
などと思っていたら、唐突に双子が爆弾を放り込んできた。
「あ、ところでパパ」
「うん?」
「凜ちゃんと二人だからって不倫はダメ」
「ブハッ!? ゲホッ、ゴホッ!」
「あ、噎せた」
「そりゃ娘に不倫を心配されたら噎せるでしょう」
言われて、虎杖も「確かにそりゃそうか」と納得する。そのまましばらく噎せて喋ることもままならずにいた3児の父は、ようやく話せるくらいにまで回復したところで、恐る恐るといった様子で尋ねてくる。
「……あのな、一体全体なんでそんな心配してるんだ?」
「ミスコン常連のマドンナだったらしいじゃん。今もすっごい綺麗だし、いやママも超美人だけどさ」
「それにパパ、昔凜ちゃんに憧れてたって」
「誰がそんなことを……」
「「大河ちゃん」」
「藤姉……」
確かに、昔はそういうのがあったりしたのは否定しない。否定はしないが、それでも流石に心外というものだ。
「言っとくけどな、遠坂の奴、昔から外では滅茶苦茶な猫被りだぞ」
「じゃ、素の凜ちゃん知って幻滅した?」
「違うよ菜々子、凜ちゃんはむしろ素の方が魅力的」
「「ジト~……」」
「……確かに言わんとすることはわかるけどな。だけど、仮に不倫なんてしようものなら、真っ先にその遠坂に殺されるぞ、俺」
「「あ~……」」
「で、次にライダー」
「最後にママだね」
頭を抱えて突っ伏す父親に、更なる追撃を仕掛ける双子。
家庭内比率が圧倒的に女子に傾いている衛宮家での男親の権威は大変低い、家主なのに。
「ナナミン、これって恐妻家ってやつ?」
「やめなさい、虎杖君。家庭の事情に首を突っ込むものではありません」
特にあの家の場合、藪を突いて出てくるのが蛇ならまだマシな方なのだから。
これをきっかけに「魔術師って言っても結構普通なんだな」なんて結論に至った虎杖。とはいえ、やはり魔術師自身がいる前で「魔術師って何なの?」とは流石に聞きにくく、何となくそのまま談笑を続けることしばし。
ふと、唐突に前々から気になっていたことを思い出した。
「そういえばさ、前から聞きたかったんだけど……呪霊は人間の負の感情が生まれんだよね」
「そうですね。厳密には、人間から漏出した呪力の集合体ですが」
「じゃさ、正の感情からは何も生まれないの? 呪力は怒りとかがトリガーになるからどうやっても呪い関係はそうなんだってのはわかるんだけど……」
何となく、その逆の存在もいていいのではないか。そう思ってしまうのだ。
まぁ、正直言ってあまり期待はしていなかったのだが、答えは意外なものだった。
「いるかいないかで言えば、いるな」
「え、いるの?」
「ああ。人間の正の感情、願いや祈りによって成り立つ、ある意味では呪霊の対極にある存在…これを、英霊と呼ぶ」
「英、霊? でも俺、そんなのこれまで見たことないけど」
「だろうな。基本的に、英霊が現世に現れることはない。抑止力として現界することもあるが、その場合は…なぁ」
抑止力をはじめ、何やら小難しそうなワードのオンパレードに既に虎杖の脳内は混乱の極みである。それを察した双子が、助け舟とばかりにできるだけ情報をかみ砕いてくれた。
「簡単に言うと、世界がヤバい時にそれを何とかしてくれる存在ってこと」
「逆に言うと、そこまで追いつめられないと出て来ない」
「は~、なんで? もっとちょいちょい出てきて助けてくれてもよくね?」
「そう都合のいいものでもなくてな。まぁ、色々とあるんだ」
流石に、世界の滅びの要因を周囲もまとめて消滅させて解決する、なんて話は気が引ける。虎杖からすれば、そんなもの呪霊と一体何が違うのか、という話だろう。
「ちなみに、力は特級以上」
「伊達に世界の安全装置じゃないってこと」
「へぇ~、会ってみてぇなぁ」
(
(流石に骨董屋でアルバイトしてるとは言えないよ)
そもそもの話、冬木にいるのは英霊と言ってもだいぶ呪霊寄りだ。伝説に語られる怪物である彼女は、それこそギリシャでなら特級仮想怨霊として顕現してもおかしくはない。
まぁ、もっと根本的な問題として、英霊自体が特級仮想怨霊に近い存在なのだが。「実在を問わず、共通する畏怖のイメージによって成り立つ」というのは、英霊における知名度補正に通じる部分がある。だからこそ「対局の存在」とも言えるのだろうが。
「そうだ、そういえば遠坂からこれを渡すように頼まれてたんだ」
そう言ってテーブルの上に置かれたのは小ぶりなジュエリーボックス。明らかに高専の古びたテーブルとミスマッチ過ぎるそれに、小市民な虎杖は早速気後れしてしまう。
そして、蓋が開けられるとさらに腰が引けた。
「え、なにこれ? なんか、宝石っぽくね?」
「ぽいじゃなくて宝石」
「魔除けのアミュレットだね。簡単に言うと、呪霊とかの攻撃から守ってくれるガチの御守り」
「どちらかというと、術式からの防御がメイン」
「まぁ、完全に防げるほど強力なのはいろんな意味で難しいし、術式効果を弱める、くらいに考えればいいじゃん」
「ナナミン、これってもらっていいの?」
「講演会の出席者に毎回一つずつ配布されるものですから、あまり重く考えなくていいでしょう。私も持っていますし、費用は五条さん持ちですから遠慮する必要はありません」
なので、実は宝石の値段そのものはかなり遠慮がない。ただ、加工にかかる時間やら術式の付与などにかかる手間などの関係で、そこまで強力ではないのも事実だが。
「お、おう…もしかしてこれって、サファイヤってやつ?」
「違う、それはブルーダイヤ。サファイヤはこっち」
「……ふつーに目利きできんのな。ってか、ダイヤって透明で、サファイヤは青じゃねぇの?」
「子どもの頃から凜ちゃんのお手伝いでお小遣い貰いながら触ってたしね」
「本物を見る目は養っておいて損はない、って」
そう言えば、以前からちょいちょい育ちの良さというか、お嬢なところが垣間見えていたことを思い出し、妙に納得してしまう虎杖であった。
とりあえず、どれを貰うかは釘崎が戻ってから決めることにする。下手に今選ぶと、あとが怖い。
その後、双子の養父は打ち合わせを終えた同伴者と共に高専を後にする。ただし、久しぶりに懐かしの味を食べたい双子にせがまれ、腕を振るってからになるのだが。
そのおかげで虎杖が夕食のメニューに悩む必要はなくなり、おまけで彼の腕を知る七海も高専生たちに交じってしっかりご相伴にあずかるのであった。
「ところで、今の今の高専生で呪具使う奴っているのか?」
「恵と真希さん」
「真希さんスゴイよ、超強い! あとカッコいい!」
「いや、もう少し何を使うのか教えて欲しいんだが」
「あとは…野薔薇も?」
「あ~…パパ、金槌と釘の宝具ってある?」
「魔術礼装でも概念武装でも可」
「…………………あるな」
「「あるの!?」」
(俺が視たものじゃないからアーチャーから流れてきたやつか。にしても、来歴とか考えると…あいつ、こんなのどこで視たんだ?)
余談だが、釘崎の術式との相性が良すぎてかえって渡していいか悩んだそうな。
・
・
・
そうして特別講演会当日。
基本的に生徒数の少ない高専に大人数で講義を受けられるような部屋はないが、そもそも全校生徒が集まっても20人に届かないので教室一つで事足りる。
とはいえ、常にない人口密度での講義というのは中々に新鮮だ。ましてやそれが、馴染みのない魔術に関連した内容であり、これまで会う機会のなかった先輩たちまでいるとなれば尚更だろう。
「……というわけで、魔術において照応は重要な要素なわけだけど、これは呪術にも言えることよ。術式の解釈を広げる上で、類似した概念、あるいは共通点を扉にすると出来ることの幅も広がるわ。
例えば、使い魔や式神の類を使う術式を八十八星座や十二辰に対応させたり、なんなら天使と照応させるのもありよ」
「天使って、羽があって頭に輪っかのある?」
「それは割と最近のイメージね。本来はもっと別の形だったのよ、赤い翼で全身が燃えてたりとか、無数の眼が付いた燃え上がる車輪だったりとかね。車輪系の術式を使う子がいるなら、こっち方面から解釈を広げるのもありじゃないかしら。他には四神に関連する術式なんかも色々応用できるわよ。アレ、季節とか方角とか、なんなら色とも対応してるから。
あとオーソドックスなのだと、神話や伝承に共通点を求めるのも良いわね」
(なら、猪野さんの術式でも似たようなことができるのか?)
「そして、ここには照応の生きた実例が二人もいるわけだし、そこから話してみようかしら」
その言葉に、高専生たちが一様に首を傾げる。平然としているのは、特別講師の周りで補助に回っている双子とその姉位なものだろう。
一人はわかる。だがもう一人というのは……
「その様子だと、いまいちピンと来ていないようね。なら、まずはみんなわかっているであろう虎杖君から」
「あ、やっぱり俺?」
「そ、あなた。医学における拒絶反応なんかからもわかる通り、自分とは違うものを取り入れるっていうことは大なり小なり齟齬や反発を生むものよ。だけど、あなたは特にそんなものもなく適合した。この時点で、あなたは“現代における両面宿儺”として成立している。この先、指を取り込めば取り込むほどにその性質は強化されていくでしょうね」
「そうすると、どうなるの? ……やっぱ、宿儺に乗っ取られたりとか」
「可能性としてなくはないわ。悟辺りは、いずれ宿儺の術式があなたに刻まれて、最終的にあなたと宿儺のどちらかが生き残る形になると予想してるみたいだけど。でも、私は“両面宿儺”という性質上それはないと考えてる」
宿儺がどういうものであるかわかっているからこそ暗い表情を浮かべかけた虎杖が、パッと顔を上げる。それは、彼にとって予想もしていない回答だったからだ。
「どういう、こと?」
「両面宿儺という名前の由来は色々伝わっているけど、それとは別にその名称そのものが今のあなた達の在り方を示しているとも言えるのよ。両面とは即ち二面性の表れ、虎杖君のうちにいるのが“残虐非道な呪いの王”だとするなら、あなた自身はどうかしら? 誰かのために本気で怒れて、正しいと信じたことのために戦えるあなたは、呪いの王とは対極の存在とも言える。なら、あなたの存在そのものが呪いの王の対存在足りえるんじゃないかしら?」
確かに、虎杖の人格は根明の陽キャ、加えてコミュ強と呪術師らしくない根っからの善人だ。そんな彼と両面宿儺は本質的に水と油、どうあっても交わらない不倶戴天と言える。
「まだはっきりとしたことは言えないけれど、指を取り込むほどに宿儺が力を取り戻していくように、あなた自身も“陽の両面宿儺”として力が強まっていく可能性がある。それこそ、真逆の存在であるからこそ宿儺と真逆の術式を発現する可能性もね。
まぁ、最終的にはどちらが主導権を握るかで対峙することになるのは間違いないわ。少なくとも、あなたたちが溶け合うっていう流れはないでしょうし」
「つまり、どうしたらいいの?」
「嫌かもしれないけど、宿儺のことを理解するよう努めなさい。その性格や性質もそうだけど、何より術式を。あなたがその術式を使えるようになるにせよ、対の術式を発現するにせよ、その理解と応用には宿儺への理解が不可欠よ。いずれ対峙する時が来た際、それが運命を左右する。何しろ、相手は経験豊富な上に既に自分の術式を熟知しているんですもの。現状、圧倒的不利な立場にあるんだから、今のうちにできる限りのことはしておきなさいな」
「う、うっす」
(ま、それとは別に埋葬機関の“弓”みたいなことになる可能性も否定はできないけど……流石にそのパターンはないか)
魂のラベルが虎杖悠仁から両面宿儺になり、両面宿儺が完全に消滅しない限り死なない身体になる、可能性として全くないとは言えない。ただそれも、やはり両面宿儺という二面性を象徴する在り様から、可能性はさほど高くない。
問題なのはむしろ、あまりにも出来過ぎている虎杖悠仁の存在そのものだ。
(正直、作為的なものを感じなくはないのよね。そりゃ、過去にも資質はあってもそれが表に出る機会がなかっただけで、“器”自体は他にもいたのかもしれない。でも、宿儺の指のある高校に器の少年が通ってて、封印が緩んだタイミングで見つけて、最終的に飲み込んだ……偶然にしては出来過ぎてない?)
件の“弓”のこともあるので、完全な偶然の結果という可能性もある。なんなら、まるでお膳立てされたかのように英霊となるための道筋が用意されていた妹の夫のようなこともある。考え過ぎなのかもしれないが……
(一応
そして話はもう一人の照応の生きた実例にして、今回彼女が最も興味をひかれた生徒に移る。
「さて……禪院真希さん」
「は、あたし?」
いきなり水を向けられ、それまでさして興味もなさそうにしていた禪院の身体が跳ねる。
術式を持たない自分には関係ないだろうと思っていたので、なんなら講演会そのものもサボる気満々でいたのだが、五条に「来いよ、絶対来いよ」と念押しされ、夏油にまで胡散臭~い笑顔で「任務は調整しておいたから安心して参加するように」と逃げ道を塞がれたので、仕方なく参加したのだが……まさかここで自分に矛先が向こうとは。
「あなた、性転換に興味はある?」
「……………………………………なに言ってんだ、あんた」
とりあえず、黒板の脇でゲラゲラと下品に爆笑している
「う~ん、やっぱり駄目かぁ。これが一番手っ取り早い方法だったんだけど……いやまぁ、どのみちあれは必要か」
「おい、話が見えねぇぞ」
「ああ、ごめんなさい。あなたの天与呪縛が不完全なのは、自覚しているわよね」
「……まぁな」
正直、この話は禪院にとって限りなく地雷に近い。御三家の出身でありながら本来生まれ持つはずの術式を持たず、呪力も一般人並み、引き換えに超人的な身体能力を得た。だが、その完成度は決して高くない。なぜなら彼女には、一般人並みとはいえ幾許かの呪力がある。
呪術的才能と引き換えに高い身体能力を得るというのなら、呪力は少なければ少ないほどに良い。それこそ、完全に呪力がない状態こそが理想形だ。それでこそ、禪院の天与呪縛は完成する。
とはいえ、実際問題として呪力を捨てるということは無理な話だ。過去、どこの家でもより強い呪力を得ることは模索しても、呪力を捨て去ることなど考えもしなかったのだから。
そのため、彼女の天与呪縛が完成することはない。とりわけ、彼女は生まれながらに一人であって一人ではないが故に……たった一つの方法を除いて。
特別講師とやらの言いたいことを察して、禪院の表情が歪む。今すぐにでも教室を出るか、さもなくば教壇に立つ女を殺してしまいそうだ…そんなことを思っていた彼女にとって、続く言葉はあまりにも信じがたいものだった。
「あなたの天与呪縛は不完全、確かにその通りだけど、それでいいのよ」
「は?」
「むしろ、あなたたち姉妹を出来損ない扱いしている禪院家が信じられないわ。こんな可能性の塊を放っておくなんて、コレだから
「待て、待ってくれ! あたしにもわかるように説明しろ!」
「あ、ごめんなさい。そうね……まず先に言っておくと、あなたたちの考える“完全な天与呪縛”も別に間違っているわけじゃないわ。一応、それはそれでアリだと思う。でもねぇ、せっかくの双子としての特性、活かさないと勿体ないと思うのよ。ましてやそれが、フィジカルギフテッドなんていう垂涎物の特性まであると来たらなおさらにね」
「ししょー、それじゃわかんないってば」
呪術に限らず、魔術においても基本的に双子という特性はあまり歓迎されない。特に一卵性双生児は同一人物として扱われ、「一人にも拘らず二人である」ということは、力を二分しているのと同義だからだ。
しかし、中には双子であることを逆手に取った家系も存在する。不本意ながらそれをよく知るからこそ、双子に加えて天与呪縛持ちという希少性を惜しむのだ。
「まずはそうね…あなた、太陰太極図って知ってる?」
「あれだろ、陰陽五行なんかに使う白黒の」
「そうそう、あなた達ってアレなのよ」
「……どういう意味だ?」
「あなたは太陰太極図の白い方で、妹さんは黒い方ってこと。太陰太極図において白は陽を表し、あなたの特性は言わば陽の極致。ここまでは大丈夫?」
「まぁな」
身体能力とは生命力、まさに「陽」そのものとも言える特性だ。加えて、呪術的才能という「陰」の性質と引き換えにして得たということは、その対に位置することを考えてもこれ以上にないほど「陽」の性質と言えるだろう。
「だけど、あなたの中には僅かばかりの呪力がある。これがあなたの天与呪縛を不完全なものにしているわけだけど、思い出して頂戴。太陰太極図における陰と陽って、本当にそれだけ?」
「……いや、それぞれ小さい点、陽の中の陰、陰の中の陽がある」
「そう、それが今のあなたの状態。じゃあ次、あなたが陽だとすると陰は?」
「真依、妹だ」
「その妹さんの状態は?」
「…………」
そこでつい押し黙る。妹の方は多くはないが呪術師として一応やっていけるだけの呪力があり、使い勝手は悪いが術式もある。これは、概ね「陰」の性質で満たされていると言って良いだろう。
だがそれでは、太陰太極図の「陰」としては不完全だ。禪院が僅かばかりの呪力を宿すように、妹の中に「陽」となるものが必要だ。そう考えて、真っ先に思い付いたのは……
「……まさか、真依に妊娠でもしろってか?」
「まぁ、それも一つの方法ではあるけど、流石に無理があるわよね。期間限定だし」
「なら……」
「負の感情から生じる呪力は陰、生命力を陽の性質と捉えるなら、魔術師が使う魔力は、さてどっちだと思う?」
にっこりと華やかに、慈愛に満ちた聖女のような微笑みが向けられる。
これまでの講義で、大まかに魔力とはどういうものかは教わった。まず魔術回路という先天的な才能が必要であり、それがなければ魔力も魔術も扱えないと知った虎杖が絶望したのは横に置いておくとして……
(そうだ。魔術回路はあくまでも変換機であり魔力を流す道に過ぎない。負の感情から呪力が生まれるように、魔力は……)
「そう、魔力は生命力を変換して生み出される。本来は魔術も陰性のものだけど、この点だけを抜き出して考えるなら、魔力は十分に「陽」の性質と言えるんじゃないかしら」
「……真依が魔力を扱えるようになれば、太陰太極図の陰として完成する」
「そう、そしてあなたたち二人が揃うことで太陰太極図を為す。太陰太極図は森羅万象、全てのものが陰と陽の要素によって成り立っていることを表す形。それは言わば、“すべての可能性をはらんでいる”ということ。これ、本当に出来たらすごいことになると思うのよねぇ」
「ああ、くそ! だから性転換なんて話になんのか!!」
ようやく先の言葉の意味を理解し、悪態をつく。確かにそれなら、禪院は女性より男性である方が都合がいいことになる。
「どういうこと、真希さん」
「この手の話じゃ、男は陽で女は陰ってのが基本だ。つまり、あたしの陽としての特性を強調するんなら男になった方がより照応するってことだろうよ」
「ま、二人に分かれてる時点で完全な形にはならないから、出来ればいいくらいだけどね」
「ちなみに、完全な形ってのは?」
「一つの器に二つの人格、しかもそれぞれ男性人格と女性人格…ってところかしら」
「……それこそ虎杖の領分だろ」
「よし、虎杖。今からアンタ女になりなさい、精神的に」
「なんで!?」
とんだとばっちりである。
「ははっ、まさかこんな結論になるとはねぇ。ホント、ししょーも良い感じにイかれてるわ」
「でも、遠坂先生に来てもらえてよかったよ。私たちだと、どうやって呪力を捨てるか、そのために真依をどうこうって話にしかならないからね」
「……とりあえず、真依に話を通して必要なら白雪に魔術回路の開発をしてもらう、ってところかな」
「そうなるだろうね」
そうすることで、二人が太陰太極図に完全に照応した場合、一体何が起こるのか……。
むしろ、変化は真依の方が劇的かもしれない。彼女が有する術式は構築術式、森羅万象を表す太陰太極図としての性質を得た場合、その術式はそれこそ……
(噂に聞く、空想具現化すら可能にする…というのは、考え過ぎかな)
しかし夏油は知らない。無論、五条も気づいていない。
彼女が、意図的に「両儀」という言葉に触れることを避けていたことを。
おまけ
「では、ここからは質問コーナーのお時間です!」
「遠坂先生に聞きたいことがあれば挙手をするように」
「はい!」
「はい、虎杖悠仁君!」
「授業と全然関係ないけど、魔術でも領域展開ってできんの?」
「似たような術ならあるにはあるけど、まったくの別物ね」
「ちなみに固有結界って言って心象風景、まぁだいたい生得領域みたいなものを広げるって意味じゃ同じかな?」
「出力の仕方はだいぶ違うけどね」
「へぇ~」
「具体的にはどう違うんです?」
「あら、恵興味あるの?」
「あ、恵最近生意気に領域展開の修行中」
「ホント? 成長したわねぇ」
とてもとても優しい目で見られて居心地が悪い伏黒。
「簡単に言うと、領域展開はこの黒板の上に紙を張るようなものよ。現実世界という黒板の上から自分の生得領域という紙を乗せる。対して、固有結界は指定した範囲の黒板をホワイトボードに差し替えるようなものね」
「それは何が違うんですか?」
「領域展開の最大の特徴は術式の必中化だけど、固有結界の場合は物理法則の改竄よ。例えば光より早く音が伝わるとか、密度が高いほど軽くなるとかそういうこと。」
「あり得ない現象が起こるって意味じゃ領域展開も同じだけど、本質が違う。領域の場合は必中だからそれっぽく見えるだけで、実際には通常の物理法則の上に術式がある。固有結界の場合、この法則自体を弄ってるわけ」
「とはいえ、実際に戦う場合にはその違いもあまり気にすることはないんだけどね。強いて言うなら、領域を同時に展開するとぶつかり合うけど、固有結界と領域はぶつからない。黒板がホワイトボードになろうが上から紙を張ることに変わりはないし、逆に上から紙を張られようとホワイトボードにするのに支障はない、といった具合にね」
とはいえ、やはりこれだけだと今一つ分かり難い。そこで、現代っ子向けの表現を考えてみる。
「そうだねぇ……パソコンを例にしてみよっか。巨大なネットワークが世界で、パソコン一台一台が一つの区画とする。普段僕たちはWindowsを使っていて、領域は自分専用のソフトを立ち上げるようなものだ、フル画面のね。で、固有結界はWindowsからMacに強制的に切り替えるようなものってこと」
「夏油君」
「なんですか?」
「悟は何でいきなりジャンクフードの話を始めたの? ぱそこんで例えてたのよね? なのにどうしてマック?」
(相変わらずだなぁ、この人は)
「なるほど、世界のシステムのベースになるOSそのものを切り替えるのか」
「おー、えす? 元素記号?」
“とても優しいまなざしを向けている”
「OSが変わるとはいえ、基本的にどのソフトも使える。けど、中には互換性のないものもある。その場合だと、システム面に直接干渉してる固有結界が有利かな。まぁ、代わりにあれ領域と違って発動に滅茶苦茶時間かかるし、世界から修正食らう分領域以上に消耗激しいくせに必中でも必殺でもないんだけどね。
あ、でも領域を外から潰すとかはできるよ。固有結界の性質にもよるし、僕の領域ならそもそも行動に移せないから意味ないけど」
「とりあえず、悟がマウントを取ってることだけはわかったわ」
「まぁ、そうですね」