やみなべのネタ倉庫   作:やみなべ

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以前ちらっと書いた、別バージョンの方になります。
なんか当初想定してたのとはだいぶ違う感じだけど……お試しなら何やっても良いよね! ←ホントか?

どちらかというと、FGOの結末設定の方がメインかもしれぬ。型月は総じて出会いと別れの物語、こういう別れの可能性もあるんじゃないかなぁ。


〈カゲジツ×FGO〉陰の実力者? 知らない人ですね

エピローグ

 

「……その一歩を踏み出す前に、もう一度よく考えた方がいい。そこから先に進めば、君の居場所はなくなるよ」

 

やるべきこと、為すべきことをすべて終えた背中にかけられた声。

その声に、踏み出そうとした一歩が止まった。

 

半端な体重移動で宙ぶらりんになった脚。あと少しでも前に重心を傾ければ、倒れるように彼の身体は境界を超えるだろう。その寸前に“待った”をかけたのは、声の主なりの慈悲だったのか、それとも……

 

「待つのは当ても終わりもあるかわからない放浪だ。それでもいいと、本当に断言できるかい?

 終わりがある、というのは見方によっては一つの救いだ。今ならまだ、君は一応の“ゲームセット”迎えられるんだから」

「……“それでも”じゃない、“これで”いいんだ」

 

ハッキリと断言する。迷いはない、憂いもない。これがみんなにとっての最善でなかったとしても、彼にとって最も納得のいく、この長い旅のゲームセット(ピリオド)の形なのだと確信して。

 

この相手のことだから、わざわざ語って聞かせる必要などない。

それをわかった上で、踏み出しかけた足を戻して向き直る。視線の先には、いつもの超然とした微笑みからはかけ離れた、どこか愁いを帯びた眼差し。それが、少しだけ意外だった。

 

「正直、私の趣味ではないんだけどね。物語はハッピーエンドで締めくくるに限る。メリーバッドエンド…とは言わないが、ビターエンドにしても後味がイマイチだ」

「かもしれない。それでも、俺にとってはこれが最善だよ。

 ……………カルデアのみんなが笑っていた。ならそれは、きっと間違いじゃないんだと思う」

「すべてを忘れて、ね」

「ごめんね」

 

この詐術の片棒を担がせることになる共犯者に、せめてもの謝意を。

人理が揺らいでいる今だからこそ成立し、夢魔との混血(無意識への干渉者)にして世界見通す目(千里眼)を持つ彼にしかできないペテン。ここ数年で数度見舞われた人理の危機、それら全てを“なかった”ことにする。

 

「人理焼却は為されなかった、人理漂白はそもそも計画すらされていない。なぜなら、カルデア自体が存在しなかったのだから‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥やれやれ、つじつまを合わせるのが大変だ」

「ごめんて」

 

本当になかったことにするわけではない。そもそも、起こった出来事を消し去ることはできない。

ことが人類悪関連である以上、それは最早彼の魔神王が為した大偉業の一手、人理定礎の破壊に匹敵する難行だ。

仮にできたとしても、多くの犠牲を払ってようやく取り戻した世界を、それで揺るがしては元も子もない。

 

彼に頼んだのはそれに比べればはるかに些細な物、“人々の認識の書き換え”だ。あるいは、特異点の修復時に起こる時代の修正に近い。

起こった出来事、失われた何かに対し、適当な理由をつけてそれまで(過去)それから(未来)につじつまを合わせる。

今回の場合で言えば、死亡したカルデア職員の死因は航空機の墜落とか、なんらかの大規模テロに“運悪く巻き込まれた”とか、そういう形に納まるだろう。アニムスフィア家の数々の損失についても同じ、どこかの世界線でとあるロードの家門がハリウッド映画の製作費並みの負債を抱えるに至ったのと似た様な不運に見舞われた、ということになる。そこから家門を立て直さなければならない関係者一同には「頑張ってください」とエールを送るしかないが。

あと、カルデアを買い取るために私財のほぼすべてを費やした現所長も、いまいち身に覚えのない理由で私財を失ったことになる。まぁ、あちらは「不死鳥」の二つ名を戴いた不屈の男なので、何とかなるだろう。

 

自分たちの為したこと、払った犠牲、消え去った全てを“なかった”ことにすることに対し忸怩たる思いはある。

覚えているのは己一人……それでも、自分が覚えているのなら、全てが消えるわけではない。

 

「それに、これならマシュが生きていられる」

 

マシュ・キリエライトにしろ、自分自身にしろ。魔術協会にとっては垂涎の研究サンプルだ。

片や生きながらにして「盾の英霊」として成立し、片や存在しえない歴史(異聞)と繋がった魔術師モドキ。

どちらにしろ、魔術師達が放っておくはずがない。

 

だが、全てがなかったことになってしまえば、その特殊性を認識できるものはいない。

だって、自分たちを“例外”たらしめた事象そのものを誰も知らないのだから。

 

「これから先、彼女は“マシュ・キリエライト”としてではなく“藤丸立香”として生きる。

 君の生まれ育った場所で、君の家族と共に、君が帰りたかった日常を謳歌するんだ」

 

“存在の移譲”、あるいは空いた“藤丸立香”の席に座る形で。

 

そもそもレイシフト適性の高さは、即ちその時代、その場所からの“外れやすさ”を意味する。

そこに“いない”と仮定し、存在証明によって時代も地域も違う場所に“いる”ことにしてしまえる。そのあやふやさを逆手にとって、この世界から消えようというのだ。

 

「意地悪な言い方はやめてよ。マシュが俺から奪うんじゃない、俺がマシュに押し付けるんだから」

「まぁ実際、知れば彼女は怒るだろうね」

「確かに」

 

あまりにも鮮明にイメージできてしまい、苦笑いしか浮かばない。

泣かせてしまうだろうし、今回ばかりは許してもらえないかもしれない。

 

でも、こればかりは本当に仕方がない。

 

「だって、俺がいたらなかったことにはできないから」

「……ああ、君は一連の事件すべての中核だ。マシュもいい線まではいくが、君のサーヴァントという立ち位置に変わりはない。いつだって、最終的に名前が残るのは主導した者なのだから。

だからこそ、君がいる限りこの詐術は成立しない。その魂に絡みついた無数の縁が、それらが確かに“あった”ことを証明してしまう」

 

故に、彼はもうこの世界にはいられない。いたところで魔術師達の餌食になるのが関の山、それでなくても運命力は使い切っているので明日の我が身も知れたものではない。なら、本懐を遂げて消えて行っただれかさんのように、世界を放浪するストレンジャーにでもなる方がいくらかましだ。

そのついでに、空いた自分の席を唯一無二の彼女に押し付ける、ただそれだけの事。

カルデアがなかったことになる唯一の弊害、カルデアがなければ存在しえないマシュの存在をどう誤魔化すかも、これで何とかなる。

 

どうやっても助かる目のない自分が世界から消えることで、仲間たちとかけがえのない後輩に未来が与えられるのなら、迷う理由などありはしない。

 

人理が安定していれば不可能だが、人理焼却と|人理漂白、そして人類悪の顕現によって揺らいだ現状だからこそ付け入る隙はある。一度誤魔化してしまえば、あとは世界の修正力が多少不自然でもつじつまを合わせるだろう。その不自然さも、彼が上手いことアフターケアをしてくれる手筈になっている。

 

「……小さい頃さ、自分の名前があんまり好きじゃなかったんだ。よく“女みたいな名前”って揶揄われてたから。でも、いまはよかったと思う。源蔵とかだったら、女の子にはあんまりでしょ?」

「そうだね……そう、かもしれないね」

 

眼前の白い男はフードで顔を隠す。そうすると、常の胡散臭さよりも神秘的な印象が上回るから不思議だ。

 

「では、これで“さようなら”だ、マイ・ロード。

 いやまったく、君の物語はこの上なくスリリングで、時に愉快な、素晴らしい旅だったとも! それは私が保証するし、人の世の終わりまで覚えている。

 これからの君の旅路に、星の祝福があらんことを」

「ありがとう、行ってきます」

 

そうして、花の魔術師に見送られて最後の一歩…世界の境界を踏み越えるその瞬間……

 

“まったく、最後まで吐き気のするお人好しっぷりだよ、お前。

 自分が消えればハッピーエンド、とかなんなの? 主人公気取りで気色悪いにもほどがある、ガラじゃないったらありゃしない。泣いて怒って、文句や恨み節の一つでも言えば可愛げがあるものを‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥……………だがまぁ、筋金入りだったのは認めるさ。じゃあね、カルデアのクソ野郎。君の旅の果てが、分相応に陳腐なものであることを祈っているよ“

 

聞こえてきた悪態に、笑みがこぼれる。

 

(ハッ……素直じゃないなァ)

 

そうして、世界を救った“人類最後のマスター”は、救ったはずの世界から自らの意思で消失した。

 

 

 

  *  *  *  *  *

 

 

 

プロローグ

 

“パチパチ パチパチ”

 

薪が爆ぜる音がする。ユラユラと揺らめく炎を見下ろしながら、一人の少女が立ち尽くしていた。

 

(どうして、まだ(・・)生きている……?)

 

それが、心底不思議でならなかった。

死を受け入れていた。この命は明日まで保たないと理解していた。

恐れはなかった、むしろ「やっと……」とさえ思っていた。

 

彼女にとって死は「終わり」ではなく「解放」だった。

生きる意味も、理由も、喜びも……何もかもが縁遠いものだった。

 

だから、毎日死ぬことばかり考えて生きていた。

死んでしまえば、与えられる痛みも、渇きと飢えに喘ぐことも、寒さや暑さに震えることも……何もかもなくなる。それが、唯々待ち遠しかった。

 

そうして、ようやく死ねると思った矢先に救われてしまった。

 

(これは、夢? それとも……)

 

死後の世界、という奴なのだろうか。益体もない妄想が脳裏をよぎり、そんな自分を鼻で笑ってしまう。

 

「ハッ……」

 

救われる夢を見る自分、死後に救われる自分……そんな希望を抱いていたなど、それこそ悪夢のようだ。

しかし、そんなあり得ない可能性を考えてしまうほどに現実感がない。

 

だから、ここからどうしていいのか本当にわからない。

ただ立ち尽くし、自身に起こった出来事をどう飲み込めばいいのか考えることもできずにいたところへ、険のある声が投げかけられた。

 

「おい、いつまでそうしている。座れ」

「……」

「座れと言った」

 

言われていることは理解している。理解した上で、どうすればいいかわからない。

できたことと言えば、焚火を挟んで反対側にいる声の主の方へと視線をあげることくらい。

同時に、焚火越しに見える純白のコートを羽織りフードを目深に被った人物の手前に横たわる人影が目に映る。

それこそ、彼女の唯一無二の望みを奪った張本人。望んでいない、頼んでもいない救いを押し付けた身勝手極まりない、名も知らぬだれか。

 

文句の一つでも言ってやりたいところだが、相手は意識不明の半死人。その無意味さを思えば、何もかもがどうでもよくなる。

 

そこで、コートの人物の剣呑な視線が彼女を刺し貫いた。

 

「座れと言ったはずだ聞こえなかったかこの愚患者め医者がやれと言ったことはやれやるなと言ったことはやるななぜそんな簡単なことができない一通りの治療は済んだが体力の消耗が著しい座って休めむしろ今すぐ寝ろそれでは治るものも治らん」

“ドサッ”

「……よし、それでいい」

 

一息にまくしたてられ、あまりの剣幕に思わず尻もちをつくようにしてその場にへたり込む。

まだまだ雪深いこの季節、雪の上ではなくとも地面に直で座るとなれば体温を奪われかねないところだが、座ったのは倒木の上なのでその心配はいらない。

 

「…………………………………………………なんで、助けた」

「くだらんことを聞くな、医者だからだ。医者の前に患者がいる、ならば治療以外にすることなどあるものか」

 

その理屈は理解できた。「医者だから治す」というのは、自身の役割を果たしただけと言いたいのだろう。

報酬や治す価値などの問題はあるが、理屈としては通っている。

だが、分からないのは……

 

「よし、これで治療は終了だ。とはいえ……つまらん内容だったがな。各末端部位の毛細血管の破裂、内臓へのダメージ、そして魔術回路への過負荷、どれも今更目新しさの欠片もない。

 だが、面白い症例を用意していたのは評価しよう。高魔力の暴走による肉体の変容か、実に興味深い」

“ジッ”

「……マスターがお前を助けようとしたことが、そんなに不思議か」

「理由がない。得るものがない。意味がない」

 

何しろほんの数時間前が初対面、それもその時の彼女は醜い腐りかけの肉塊だった。

そんなものを、何故助けようと思う。血反吐を吐き、目の焦点も合わないほどフラフラになりながら……本当に、心の底から意味が分からない。

 

「……助けたいと思ったから」

「は?」

「強いて言えばそんなところだろう。あとはそう…助ける方法に心当たりがあったから、か」

「それでこのざま?」

「こいつはできないことをできないと認められないほど馬鹿ではない、そして事実お前は助かった」

「頼んでない」

「そうか、それは残念だったな。これはどこぞのロクデナシ(夢魔)が言っていたことだが“善意とは基本、押し売りするもの”だそうだ」

「押し、売り?」

 

そんなもの、聞いたことがない。そもそも、彼女の生まれ育った環境において“善意”とは即ち“愚考”だった。

他者に“与える”など論外、“奪い”“騙し”“嵌め”“陥れる”のが当たり前。そんな蛮族の見本のような一族が、彼女を取り巻く世界の全てだった。

 

母はいずこかから拐かされ、誰の種とも知れない(自分)を孕まされたのだろう。あそこではよくあることだ。

母親の顔どころか死因も憶えていない。物心つく頃には、似た境遇の子どもと一緒に奴隷のように働かされた。働きが悪ければ罵倒と共に暴力を振るわれ、運が悪ければそれで死ぬこともある。仮にそれなりの成果を出したとしても、当然のこととしてそれ以上を要求される。バカバカしくて、やる気など出るはずもない。

与えられるのは味のないクズ野菜の水煮、稀に腐りかけの肉やカビたパンがもらえれば上等な部類。当然、奴隷の間でも奪い合いが日常だ。その中で頭角を現した者がいれば、引き立てられそれなりの扱いを受けられるが……生憎彼女はそうではなかった。同世代の中でも一際小柄で、当然力も弱く、何より生きる気力に乏しかった。

本音を言えば、さっさと死んでしまいたかったのだが……死ぬ自由すら許されていなかった。“死んだらそれまで”が共通認識ではあっても、“死んで楽になる”ことは許さない。相互に監視させ、死者が出れば連帯責任で罰を与えられる。だから、最低限すら食べなければ無理矢理にでも流し込まれるし、自死を図ろうとすれば死なない程度に袋叩きだ。

一度ならず周りを説得して皆で死ぬことを提案したこともあるが、だれものってこなかった。身体の芯まで刻み込まれた恐怖と隷属精神がそれを許さなかったのだろう。なにより、誰か一人でも裏切れば更なる罰を与えられる。あの環境で誰かを信じるなど、出来るはずもなかったのだ。

 

そうして、齢5つを数える頃にはいつか訪れる死だけが望みになっていた。

幸いだったのは、数えで10歳になった年に“悪魔憑き”となったこと。閉鎖的で排他的なあそこで“悪魔憑き”は不吉の象徴だった。

 

―――放置すれば悪魔憑きが広がるのではないか!?

―――そうだ、早く殺せ!

―――だが、触れるのも汚らわしい。万が一にもうつったらどうする。

―――ならば追い出してしまえ。

―――勝手にのたれ死ぬならば……。

 

そうして彼女は死病と共に自由を得た。

生まれて初めて、晴れ晴れとした気分だった。日を追うごとに腐っていく身体も、内側から走る苦痛も、全てがどうでもよかった。

 

ただ、“どこで死ぬか”を考える時間が堪らなく愛おしかった。

非力な彼女では首を括ることすらままならないが、崖から落ちるなりすることはできる。だからさっさと自死してしまってもよかったのだが、それはあまりにももったいない。

苦痛と絶望に彩られた寒々しい日々から解放され、唯一自分だけが得られた自由()を安易に終えてしまうのが惜しかった。

 

―――より気持ちよく死ねる場所を

 

そこだけは拘りたかったし、絶対に適当で済ませたくなかった。

重い身体、腐りかけの四肢を引きずりながらようやく見つけた死に場所は、水面がキラキラと輝く渓流だった。

 

何度も凍死しかけたが、種族としての特性が幸いしたのだろう。故郷とも言えないあそこは犬系の獣人の里だったが、彼女は母の特性を引き継ぎ犬耳ではなく渦巻き状の羊角を持って生まれてきた。毛深いというわけではないが、毛量も多く縮れ毛なのもあってか比較的寒暖や乾燥に強い、小柄ながらに生きて来られたのはこの特性のおかげだろう。まぁ、逆に言えば狩りや戦いに向かない特性故に上にあがる目がなかったとも言えるが。

 

そうして、流れる水面を見ながらあとはただ死を待つばかりと思った矢先、有難迷惑なあの男が現れたのだ。

 

腐った身体にみすぼらしい布を被った小汚い子ども。そんなもの、見なかったことにして去ってしまえばいいのに。

躊躇なく手を差し伸べたかと思えば、あろうことか……

 

「えっと……困っているようなら助けはいる?」

 

言葉の意味は分からなかったが、言わんとすることはなんとなくわかった。

ようやく納得のいく死に場所を見つけ、少しでも早く死ぬために目の前の水でのどを潤さなかったのも悪かった。加えて、最後の気力も尽きた後だったのが運の尽き。

乾ききった声帯では“否”と答えることもできず、何とか手を払いのけようと持ち上げた手は途中で落ちる始末。それどころか、手を持ちあげたことで“助けを求めている”とでも思われたのか、男はあの手この手で彼女を助けようとした。

 

これで男に何の知識も技術もなければ“お手上げ”で終わったのだが、幸か不幸か彼女の魔力が暴走状態であることを察する程度の知識と技術を持っていた。

まずは自らの血を介して彼女の魔力を鎮静化させようとし、それがダメなら逆に彼女の血を通して魔力の内圧だけでも軽減しようとした。本来、彼の身体にとって魔力は異物、加えて質の異なる大量の魔力を無理に受け入れたことで瀕死の有様だ。

 

自分のため、頼んでもいないのに助けようとする男を彼女は冷ややかな目で見ていた。

 

―――バカなやつ

―――恩でも売るつもり?

―――腐った身体で何ができると思っているのやら

―――こっちは早く死にたいのに、余計なことを

 

感謝の念などビタイチない。文字通り懸命に助けようとする姿に感銘など受けなかった。

抱いた思いは、無駄な努力を重ねる男への呆れと余計な世話に対する苛立ち、そして……善意の裏を探る猜疑心だけ。

 

そして、男は全身の毛細血管から血を流しながら「自分では助けられない」という至極当たり前の結論に至った。

 

―――まったく、やっと諦めたのか

 

これで死ねる。出来ればさっさと目の前から消えてほしい。

そう思っていたのだが……男の諦めの悪さを彼女は理解していなかった。

 

「ダメで元々、やるだけやってみるさ」

 

そう言って、男はケースのようなものを傍らに自らの血を使い河原に奇妙な円陣を描いていく。

ぐるりと一周描き終わった彼は、間違いがないか一通り確認した上で、懐から取り出した細いナニカを袖をめくった腕に刺す。

 

「くっ……はぁ、はぁ、もう一本!」

 

刺す度に苦悶の声を漏らしながら、立て続けに3本。

それを終えると、右手の手袋を外して円陣に向けて掲げる。そこには、見たこともない赤い文様が浮かび上がっていた。

 

“告げる。

汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に

聖杯の寄るべに従い、人理の轍より応えよ”

 

朗々と響く意味の分からない言葉。だが、それに呼応するように円陣が光を放つ。

 

“汝、星見の言霊を纏う七天

降し、降し、裁きたまえ、天秤の守り手よ―――!”

 

力強く放たれた言葉と共に、円陣が一際強く輝く。

目も開けていられないような光量に思わず目を閉じる、同時に一陣の風が吹いた。

恐る恐る目を開けると、そこにはフードを被った見覚えのない第三者にぐったりと力なくしなだれかかる男の姿。

 

「ははっ、まさか、うまくいくとは思わなかったなァ……」

 

顔は見えなかったが、泣きそうな声だったのが酷く印象に残った。

 

「ふん、患者ありきでの召喚か……少しは道理を弁えたな、マスター」

「うん。あの子を、お願い」

「当然だ。(医者)の前に患者がいる、ならばすることは一つだからな。だが、その前に……」

「俺は大丈夫だよ」

「患者の自己申告など当てになるか。いいから、聞かれたことに正確に、かつ嘘偽りなく答えろ。治療の順番はそれを踏まえて決める。無論、問診に虚偽を働いた場合どうなるか……わかっているな?」

「は、はぁい……」

「よし、ならば……」

「アスクレピオス」

「なんだ、今は大人しく……」

「応えてくれて、ありがとう。また会えて、よかった」

「………………‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥そうか。お前は貴重なパトロンだからな、請われたのなら応えるさ」

 

素っ気ない、だがどこか温かみのある声でフードの人物は応えた。

 

その後の展開はめまぐるしいものだった。

フードの人物は男を重症と診断しつつも緊急性は低いと判断したらしく、簡単な応急手当を施すと、足早に彼女の下へと歩を進めた。

 

「ほぉ、これはなかなか……だが、問題は患者の体力か。これでは時間はかけられん。出来れば誰にでも施術可能な治療法を確立したいところだが、そうも言っていられないな。

 治すぞ、大人しくしていろ」

 

そう言って彼女の頭に手を乗せると、魔力を注ぎ始めた。

 

「マスターのやったことは間違いではない、むしろ最適解と言って良いだろう。高い魔力が制御できず暴走状態になったことで肉体が変質・崩壊していく…ならば対応は簡単だ。自身で制御できないなら、外部から魔力を鎮静化させ制御可能にするのが最善。次善の策として、体内の魔力を排出することで症状の緩和を図る。

 どちらも間違ってはいないが、そのためには他者の魔力に干渉する極めて優れた制御能力か膨大なキャパシティが必要になる。だが、マスターにそれほどの技量もお前の魔力を受け入れるだけの容量もない。その結果があの有様なわけだが……魔術は専門ではないとはいえ、僕なら造作もないことだ」

 

その言葉通り、瞬く間のうちに彼女の体内の魔力は落ち着きを取り戻していく。それと共に腐った身体は元の姿を取り戻す。気付けば、そこには純白の癖毛と渦巻き状の角が特徴的な、痩身の少女の姿を取り戻していた。

 

「治療はこれで終了だ。症状こそ興味深かったが、治療法自体はさほど目新しいものではなかったな。だが、原因の方は……まぁいい、そちらは後回しだ。今は先にマスターの処置…と言いたいところだが、もう陽が沈むか。ならば、先に野営の準備だな。

お前もしっかりと食事と休息をとれ、その痩せ方は不健康極まりない。いつ別の疾病を発症するかわかったものではない。いや、だが食事はまず流動食から始めるべきか。待っていろ、野営の準備がてらお前でも食べられるものを用意する。ちっ、こういう時あの赤い弓兵がいれば……!」

 

なにやら文句を垂れながら、フードの男は森へと消えて行った。

 

というのが、事ここに至るまでの大まかな経緯である。

思い返してみても、なぜこんなことになったのか何一つ理解できない。

それこそ、はじめは全く何を言っているのかわからなかったのが、いつの間にか言葉が通じるようになっていることも。

 

「余計な、事を……」

「……」

「やっと、やっと死ねるはずだったのに……!」

「…………‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥なら、なぜお前は泣いている」

 

心の底からの、魂の叫び……のはずだった。

なのに、言われて気付いた、双眸から零れる透明な雫の存在に。

 

念願が果たされなかったから?

ようやくこの苦界から解放されるはずだったのを邪魔されたからか?

その筈だ、その筈なのに……

 

「死にたいならそうすればいい。今のお前にとって、さほど難しいことではないだろう」

 

その通りだ。里にいた時の用に監視されているわけでもない以上、選り好みさえしなければ死ぬことは難しくない。

ならばなぜ、この目から塔に枯れ果てたはずの涙があふれて止まらないのか。

 

「……死にたくないと、思ったからか」

「っ! そんなわけ……!! そんなわけ、ある、はずが……」

 

否定の言葉が思うように出て来ない。どうして、あれほど死を待ち望んでいたはずなのに……

 

(死ぬのが怖いなんて、どうしていまさら……)

 

いや、本当は理由なんてわかりきっている。

あの時は何も感じなかった。彼が血反吐を吐いてもなんとも思わなかった。

だというのに、全てが終わった後になって、どうして……

 

「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥キレイだと、思った」

「……」

「生まれて初めて、キレイだと、思ったんだ……」

 

言葉としては知っていたが、一度も意味を実感したことのないソレを初めて理解した。

 

“美しい”とは“キレイ”とは、あの瞬間の光景を指すのだろうと。

 

魂の奥深くに、決して色褪せることのない記憶として刻み付けられた。

 

「なぜ、そいつは助ける意味も、その価値もないのに助けた」

「助けたいと思ったからだろうな」

「自分が死にかけてもか」

「まだできることがあったからだろうな」

「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥意味が、わからない!!

 価値も意味もないのに助けようとすることも、そのために死にかけることも、何もかもわからない! なのに! どうしてあの時の光景が頭から離れない! なぜそいつは笑いかけた! 死にかけても笑い続けた! お前が現れた時の安心したあの顔は……なんなんだ!! まるで、自分が救われたような顔をして………………どうしてあの時」

 

その美しさを、理解できなかったのだろう。

利もなく、益もなく、得もなくとも。それでもなお、誰かのために人は手を差し伸べることができる。

その善性を、美しさを、どうして救われるまで受け入れることができなかったのだろう。それならいっそ、最後まで理解できなければよかったのに。

救われたから“美しい”と感じるなど、あまりにも浅ましい。

 

「気持ち悪い…気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い!!!!」

 

両手で口を抑えるも、腹の底からせりあがる吐き気が抑えられない。

彼の人を選ばない無償の善性が、ではない。それを理解せず、救われた後になって“理解した気になっている自分”が、汚らわしくて仕方がない。

 

“死にたい”ではなく“殺したい”。彼女が生まれて初めて抱いた殺意は、自分自身に対するものだった。

だが、それはできない。それをしてしまえば彼の善性を、懸命を否定することになる。自分への殺意以上に、それを赦すことができなかった。

しかし、生きるということはこの嫌悪感と共にあり続けるということだ。それは、彼女にとって自らの半生など及びもつかない苦行に他ならない。なにより、生きてどうすればいいというのか……。

元より、生きる目的も、理由も、何一つとして持ち合わせていないというのに。

 

そこへ、雪に覆われたこの地に相応しくない、甘い花の香りと共に聞き覚えのない声が投げかけられた。

 

「なら、生きると良い。生きていれば、あるいは君が真に救われる日も来るかもしれないよ」

 

反射的に声の方向へ視線を向ければ、そこには浮世離れした容貌の青年の姿があった。

 

「どこから湧いて出た、マーリン(夢魔)

「やだなぁ、同じキャスターの誼じゃないか。そう邪険にしないでおくれよ、医神殿」

「ふんっ……喚ばれてもいないのにご苦労なことだ」

「そこはほら、単独顕現のなせる技という奴さ。まぁ、この世界自体が元々外世界の存在を受け入れやすい性質を持っているからこそだけどね。でなければ、君の召喚自体成立しなかったはずだ」

「それが僕が召喚できた理由か。この世界の抑止力はどうなっている」

「いや、ホントにね。これ、下手をしなくてもいつ世界が滅んでもおかしくないくらいには危うい状態だと思うんだけどなァ。よく今の今まで存続できたものだよ」

 

話の内容自体は極めて深刻なもののはずなのに、それを語る当人の口調はどこまでも軽い。

どこまでいっても他人事、当事者ではなく傍観者としての語り口。そのあまりの無責任さには、為人を知り自身も医学以外にはさっぱり興味のない性質のアスクレピオスをして眉を顰めるほど。

 

「まぁ、それはそれとして、だ。こんな機会はもう二度とないかもしれない、それは君も理解しているだろう?」

「また悪巧みか」

「悪巧みだなんて人聞きの悪い。我々にも、彼女にも、他ならぬ■■…っと、そういえば彼、名前を彼女にあげてしまったんだっけ。ふむ、なら…マイ・ロード、うん、これならいけるね。彼にも得しかない話さ」

(うさんくさい……)

 

嘘を言っているかどうかはわからない。ただ、青年の語り口が、表情が、雰囲気が、すべて信用ならない。

 

「やれやれ、そんな目をしなくても別にだますつもりなんてないというのに」

「日頃の行いだな」

「こほん。誓って、私がこれから話すことに嘘偽りはない、真実のみを話すとも」

「気をつけろ。嘘を吐かずに、真実のみを口にしながら他人を操ることくらい造作もない男だ。なにしろ、真実を“すべて”話すとは言っていないのだからな」

「信用ないなァ。何はともあれ、まずはマイ・ロードをよぉく見て御覧」

「……透けてる? いや、掠れてる?」

 

目を凝らせば、治療された彼の姿、その輪郭が曖昧だ。

ぼやけたと思えはハッキリとし、かと思えば向こう側が透けて見える。

 

「色々とワケアリでね。彼は一つの世界に長く留まることができない、これまでも色々な世界を渡り歩いてきたはずさ。一応この世界は外部の存在を排除する力がほぼ働かないようだけど、それとは別に彼自身の存在が曖昧になっているのさ。遠からず、彼はまた果てのない旅を続けることになるだろう。そうして、いつかどこかで終わりを迎えるのか、それとも終わらない旅を続けるのかはわからないけど」

「……何をすればいい」

「理解が早いね。なぁに、難しいことをする必要はない。君が、彼がこの世界に留まるための楔になってくれればいいだけさ」

「くさび?」

「ああ、既に互いの血を交換したことで君たちの間にはパスが通っている。あとは、ちょっとした契約を結べばOKさ♪ おや? よく見れば君の魔力はやや変質しているね。彼の魔力を注がれた影響かな? ふむ……これならおまけの一つもつけられるかもしれないぞ」

 

そうして、言われるがままに“契約”とやらを本人の意識が戻らぬうちに交わしてしまう。

「良いのか?」と思わないでもなかったが、本人の同意を得ている時間があるとも限らない。

恩を返そうとか、そういう考えがあったわけではない。ただ、彼を当てのない旅に出させてはいけない、その確信があった。

 

「我々から君に望むことは一つ、彼が“身の丈に合った終わりを迎える”こと、ただそれだけだ。それさえ果たされるのなら、その“力”も含めてあとは好きなようにしてくれて構わない」

「幸せにしろ、ではなく?」

「はははっ、簡単そうに思えるかい? だが、はたしてどうかな。

 彼は元々色彩豊かな少年だった。しかし、長い旅路の中で徐々に…誰もが気付かないうちにその色彩を失っていった。まるで、“彼女”に自分の色を与えるかのようにね。今の彼は、限りなく透明に近い。 そんな彼に本来の彩を取り戻させるのは、言うほど簡単なことじゃないよ」

「……」

「だから、君は精一杯君の人生を生きなさい。それが結果的に、彼の人生に色彩を取り戻すことになるだろう。

 自分だけで難しいと思うのなら、他の誰かの力を借りるのもいい。彼も、そうやって自分の物語を走り抜けたのだからね。まぁ、君にはそちらの方が難しいかもしれないが」

「…………………わかった」

「それでは……おっと、そう言えば君の名前をまだ聞いていなかった」

「ない」

 

事実だ。里では「おい」とか「こら」とか、そんな風に呼ばれていた。

名前というものがあることは知っていても、自身を指す名称というのは、奴隷以下の扱いだった彼女には縁遠いものだ。

 

「そうか……では“ミスミ”、これからはそう名乗りなさい。姓は、“スノーウッド”なんてどうかな? 今日の出会いは、君にとって特別なものだろうからね」

「わかった。コレはこれから“ミスミ”、“ミスミ・スノーウッド”」

「よろしい。ミスミ、ロードのことをよろしく頼んだよ」

 

そう言って、青年は先んじて光と消えた医者のように姿を消した。

 

「それじゃ、行こうか。ロード」

「きゅぅ……」

 

腕の中の黒いふわふわの…リスのようなネコのような小動物を抱え直す。

契約を交わす際、あの男は「ちょっとした小細工」とやらを施した。彼の存在が不安定なのは“彼が彼であること”に起因するらしい。その因果がある限り、契約を交わしただけでは完全に安定しない。

そこで、その不安定さを利用し姿を変えることで“彼ではない”とだまくらかすのだとか。任意で元の姿に戻ることもできるが、存在が安定しないうちは長持ちしない。

 

対策は二つ。一つは純粋な時間経過、長くこの世界に留まることで“世界の一部”として存在が安定するのを待つこと。ただし、これには十年単位の長い時間が必要になる。

もう一つは契約対象を増やす、要は楔が増えれば増えるだけ安定しやすくなるというもの。これも、相当な数が必要になるので今日明日で解決できる問題ではない。何より、彼の存在を明かすことにはリスクが伴う。その見極めには慎重を期す必要がある。

 

「旅をしよう、ロード。ミスミはあなたと会ってキレイなものを知った。もっとキレイなものを見たい、キレイなものに出会いたい。そうすれば、いつか……」

 

自分自身が、キレイなものになれるだろうか。

なれなくてもいい、近づこうとすることにはきっと意味があるはずだから。

そうして、一人と一匹による長い永い旅が始まった。

 

 

 

それはそれとして、この時は知らなかった。まさか自分の名に、あんな意味があるなどと……そして、後年その意味を知った彼女は旅の目的とは別に一つの決意を抱く。

 

「とりあえず、マーリンは次に会ったら殺す」

 

 

 

  *  *  *  *  *

 

 

 

十数年後、ミドガル王国王宮の一室にて。

 

下座に座するのは正装の上から白衣を纏った女性。ふわふわとした純白の腰まである長い癖毛と渦巻き状の角が特徴的な彼女は、一見すると年端もいかない少女に見える。何しろ小柄だ、身長は140cmにも届かず、女性らしい起伏や丸みにも乏しい。しかし、そんな自分の外見など知ったことではないとばかりに、ソファに座る姿は堂々としている。

自身を卑下する要素など何もないと、なによりその姿勢が如実に物語っている。王宮という最高位の格式を有する場に赴きながら、この自負。並大抵の人物に持てるものではない、ましてや二十代前半の年若い女性となれば尚のこと。

 

出された紅茶に口をつけながら、待つことしばし。

流石は王宮、出される紅茶も一級品だ。その味と香りを十分に堪能していると、室内にノックの音が響き渡る。

即座にカップを置き立ち上がると、間もなく来訪者にしてこの場に彼女を呼び出した人物の名が告げられる。

 

「アイリス第一王女殿下、ならびにアレクシア第二王女殿下のおなりです」

 

その声と共に扉が開き、二人の女性が応接間へと入ってくる。

彼女はその場で深々と一礼、やがて二人が対面の席まで来たところで声がかけられた。

 

「初めまして、スノーウッド代表。顔をあげ、言葉を交わすことを許します」

「拝謁の誉に浴することを光栄に存じます、アイリス第一王女殿下、アレクシア第二王女殿下。

 ミスミ・C・スノーウッドと申します。以後、お見知りおきを」

「名高き“オーバー・ザ・ボーダー(OTB)”の代表に会えて私も嬉しく思います。

 国の境を超えての医療活動を中心に、各地の工芸品や特産物の発掘、その流通など……多岐にわたるご活躍の噂はかねがね」

「ありがとうございます。ですが、僭越ながら一つ訂正させていただいてもよろしいでしょうか」

「なにか、間違いでも?」

 

一国の王女に対しても、物怖じすることないその姿勢にアイリスはむしろ好感を覚える。

第一王女にして王国最強の魔剣士でもある彼女に遜るものは多いが、面と向かって意見するものは貴重だ。

対して、アレクシアはさりげなく胡乱なものを見る目をミスミに向けている。

 

「私は代表ではなく、あくまでも医療部門の長に過ぎません。どうか、お間違えの無いよう」

「ですが、確かあなたが起こした団体だったと記憶していますが」

「その通りです。確かに当初は私が全体の運営を統括していましたが、規模が大きくなり部門ごとに権限を分ける際、組織全体の運営については各部門長の合議により決定することとしました。

 ですので、今の私はあくまでも意思決定機関の一員でしかありません。もちろん、医療部門では基本私の決定が優先されることにはなりますが」

「自ら権力を分散させたのですか……」

 

アイリスも意外な事実に驚きを隠せない。下からの突き上げや周りからの圧力で権力を手放すことはあるだろうが、自分からとなると並大抵のことではない。

 

「殿下、私の本分は医者なのです。組織運営はもちろん大切ですが、そのために本分を疎かにしては本末転倒というもの。“権力を分散させた”と言えば聞こえはいいですが、要は自分の本分のため、他のメンバーに仕事を押し付けただけに過ぎないのですよ」

「そう言ってのけるのですね、あなたは」

「おかげで、今は研究と実務、そして後進の育成に集中できるようになりました」

「……信じておられるのですね、仲間を」

“ニッコリ”

 

アイリスの言葉に微笑みを返す。

“羨ましい”とアイリスは思う。信頼して役割を任せることのできる仲間というのは、得難いものだ。それが自分の権限を切り分けても問題ないと思えるほどとなれば、どれほど……。

 

「ところで、最近話題の新薬についてなのですが……」

「まだ治験の段階なのですぐに流通とはいきませんが、今のところ目立った副作用もなく……」

 

「資金についてはどうです? お金のない民衆に格安で、あるいは医学書や技術指導を低額で、というのは素晴らしいことですが、それでは活動に支障をきたすのでは?」

「幸い、我々の活動に理解を示してくれるパトロンがおりますので。もちろん多少の優遇はしておりますが、全体の活動には影響しない範囲です。むしろ、お金のある所から如何にしてむしり取るかが腕の見せ所と申しますか」

「では、貴族や豪商には割と吹っ掛けるというあの噂は……」

“ニッコリ”

「貴族を敵に回すのはリスクが大きいですよ」

「OTBは団体の名称であると同時に我々のスローガンでもあります。

 いざとなれば、さっさと出て行くだけのこと。むしろ、まともな人物であれば我々と縁が切れるリスクの方が大きいとご理解いただけるかと」

 

「最近は財務の方の商いも軌道に乗っているので、その意味でも活動資金は何とかなっていますよ」

「……辺境の織物や染め物、あるいは工芸品、それに珍しい食物なども取り扱っているのでしたね」

「元は各地で細々と伝えられている薬草や生活の知恵などを集めていたのですが、それが長じて様々な情報が集まるようになりまして。目新しい技術や品物もよいですが、存外既存の技術や知識も馬鹿にできないものですよ。辺境だから、田舎だからと下に見るには惜しいものがたくさんあるのです」

「耳の痛い話ですね」

 

そうして会談は和やかな雰囲気のままに終わりを迎えた。

アイリスからは税の優遇や国内での活動を保証する旨の公文書が与えられ、ミスミ側からも医学を中心に知識や技術提供の場を設けることを約束した。

 

多忙なアイリスは会談を終えるとともに足早にその場を去り、代わりにあまり会話に参加しなかったアレクシアがミスミを王宮の外まで見送ることに。

だがその道中……

 

「なにか、お聞きになりたいことがおありなのでは?」

「……………ふーん、御見通しってわけ」

「立場上、人からどう見られるかには注意しておりますので」

「そ」

 

王女としてではなく、個人としての素が出ている。

隠す意味がないと判断したのもあるのだろうが、純粋にアレクシアはミスミのことを信用していない。

医者としての本分を優先して自ら権力を手放し、貧しい人々のために格安で治療を施す。そのためであれば、貴族にも平然と歯向かう。確かにご立派だが、ご立派過ぎて信用ならない。

彼女の婚約者と同じだ。一見すると欠点が見当たらないが「欠点がないのがおかしい」。

 

「そんなに私は信用なりませんか?」

「信用できないわね。医者としても人しても完璧、弱者の味方で強者には屈しない? そんな完璧な人間いるわけないじゃない」

「ええ、まったくもって同感です。私も、そんな人間がいたらまず疑ってかかります」

「は?」

 

思ってもみない返しに、思わず目が点になる。

 

「まぁ、私の場合そもそも他人を信じることがないのですが」

「なにを、言って……」

「なにを、と言われれば私の本音ですよ。なにしろ、基本的にというか根本的に他人を信じられない性質でして」

 

“我ながら困ったものですね”などと言いながら肩をすくめて見せる。

 

「……仲間のことはどう思ってるのよ」

「残念ながら、彼らのことも信じているわけではありません。ああ、“能力を”という意味であれば信用していますね。ただまぁ、“できる能力がある”からといって“結果”は必ずしもついてきません。予期せぬ出来事、外野の横やり、体調不良etc……色々可能性はありますが、基本的に失敗することも織り込んで計画するようにしています。

ましてや、人間性など言わずもがな。どれほど高潔な人物に見えても、その腹で何を考えているのかなど私には知る由もありません。一応人を見る目は磨いているつもりですが、私を騙す大嘘吐きがいないとも限らないではありませんか。その意味で言えば、私は自分のことも信じていないのかもしれませんね」

「それじゃなんで権力を分けるようなことをしたわけ。言ってることが矛盾するじゃない」

「それに関しては先ほど話した通りです。私の本分は医者で、それが疎かになるくらいならばリスクを背負う、それだけのことです。裏切ったのなら、その時は相応の報いを受けさせるだけですしね」

 

つまり、信じたから権限を分けたのではなく、自分の本分がおろそかになることを嫌っただけ、と。

裏切りさえも織り込み済みで、対処するための方策が立っているから権限を分けた…そう言っているのだ。

 

「それを私に言っていいわけ?」

「問題ありませんよ。別に隠してはいませんし」

「え?」

「わざわざ言いふらすことでもないので全員が知っているわけではありませんが、私に近しい者…各部門長と医療部門の大半は知っています」

「それじゃ……」

 

“完璧”の仮面をかぶっている意味がないではないか。アレクシアのそんな言葉は承知の上なのか、それまでと一切変わらない微笑みでミスミはその前提を否定する。

 

「私の仮面は他者ではなく、自分を偽るためのものだからですよ」

「じぶん、ですって」

「ええ、私がこの世で一番嫌いなものは自分です。他人を信じられない自分、裏切られることを前提にしなければ関係を築けない自分、そして……裏切られても、粛清しても心の痛まない自分。そんな自分が私は世界で一番嫌いなんです。

 でもほら、それは悲しいじゃないですか。私だって自分が好きになりたいですし、周りの皆のことも頭はでは“信じていい”と思っているんですよ。まぁ、理性ではなく感情、むしろ本能の段階で他人を信じられないわけですが。

 なので、とりあえず形から入ることにしたわけです。王女殿下が完璧と思ったのも当然でしょう、だって私が被っているのは私が“理想とする自分”なのですから。他者に慈悲を、寛容を、信頼を向けることができる……そうやって形だけでも整え、それを続けていればいつか、内実が追い付くのではないか。そんな期待を抱いて、私は仮面をかぶっているんですよ」

 

だから、“ミスミ”なんて名前は本当に皮肉でしかない。

ミスミソウの花言葉は「自信」と「信頼」、どちらもミスミが欲しながらも手が届かないものだ。

こんな名前を付けてくれやがったあのロクデナシは、いつか必ず落とし前をつけてやらねばなるまい。

 

「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥本当に、誰のことも信じていないの」

「……実を言えば、一人だけ。

昔、ある出会いがありました。おそらくは、一秒すらなかった光景。でも、その姿ならば、たとえ地獄に落ちようとも、鮮明に思い返すことができる。

私に世界と人の美しさを教えてくれた人。あの人の事だけは、信じることができる。それが、私のささやかな救いなのですよ」

 

そう言って仮面ではない、本当の笑顔を残してミスミは王宮を後にした。

 

 

 

馬車に揺られ、ミドガル王国王都における活動拠点である建物へと帰ったミスミだが、のんびりとはしていられない。

本来、彼女はアイリスと比べても劣らないほどに多忙な身の上なのだから。

 

「お帰りなさい、先生」

「経過報告を」

「患者の容体は安定しています。今の所急患の搬送もありません。こちらがデータになります」

 

長い白髪を首の後ろで手早く結わえると、手渡された書類に目を通す。

見た限り確かに問題はなさそうだが……

 

「よろしい。では、このまま各病室を回ります」

「少しは信用してくださいよ」

「私が根っからの人間不信なのは承知の上でしょう」

「いやまぁ、そうなんですが……」

「それと、この患者はそろそろ退院の手続きの準備を」

「……改めてですが、本気ですか」

 

指定された患者は、色々と曰く付きの人物だ。

ギリギリ犯罪者として手配されていないだけで、限りなく黒に近い灰色。手配されていないので騎士団に引き渡すことはできないが、果たして野に放していいものか。そう躊躇うのも無理はないと思うような人物だ。

だが、ミスミの決断は揺らがない。

 

「関係ありません。聖人が気の迷いで悪行を働き、悪人が気まぐれで善行を為すのが我々です。彼が退院すれば、なるほど高い確率で犯罪に手を染めるでしょう。ですが、そうならない可能性は捨てきれない。

 なら、我々に彼を救う義務はあっても、彼の自由を束縛する権利はありません。我々が救った命が明日誰かを殺すかもしれない、逆に大勢の人々を救うかもしれない。どちらも同じ可能性です。医者は患者を救うだけ、その後行動は彼らの責任であり我々が関知するところではありません」

「先生のそういうところ、極まり過ぎて私はむしろ好きですけど、たぶん余人には理解されませんよ」

「自分の人間性がロクでもないことなんて、私が一番知っていますよ。ところで、例の件は?」

 

それまでよりなお一層真剣な表情で声を潜めながら問う。

聞かれた方も、腰を折り耳元で囁くようにして報告する。

 

「運輸部から先ほど連絡がありました。不全症患者、計5名を明朝に到着予定だそうです」

 

不全症、正式名称は“魔力制御不全症”。対外的なカモフラージュのため、そして妙な迷信を払拭する目的でそれらしい名称を付けたものだが、世間一般ではこちらの名の方が通りが良いだろう、そう“悪魔憑き”と。

 

「内訳は?」

「ステージⅢまでが4名、ですが1名はステージⅤ食い込みつつあるとのこと」

「わかりました。4名の処置はあなたに任せます、手に余るようなら呼びなさい。それと、残る1名は私が処置しますが、見学希望者は可能な限り同席させるように。到着次第処置を始めますので、遅れても待ちませんよ」

「はい、そのように通達します」

 

彼女たちはこれを5つの段階に分類した。

ステージⅠ(初期):胸部を中心に微かな違和感と魔力制御の乱れが生じる。この段階でそうとわかることは稀なため、発覚することはまずない。

ステージⅡ(軽度):違和感は痛みに代わり、胸に黒い痣が広がり始める。

ステージⅢ(中度):痣が広範囲に広がり、魔力の制御がほぼ聞かなくなる。

ステージⅣ(重度):痣はほぼ全身に広がり、さらに各部の腐食が始まる。

ステージⅤ(末期):全身が腐りロクに身動きも取れなくなる、いつ命を落としてもおかしくない。

 

そして、ステージⅢまでであれば投薬と施術により時間はかかるが治療が可能だ。具体的には、専用のアーティファクトで体内の魔力を吸い上げることで体への影響を最小限に留め、その間に魔力を鎮静化させる薬を投与することで暴走を安定化。これを繰り返しながら訓練を通して自身で魔力を制御可能にする、というものだ。

逆に、ステージⅣ以降はこの手段は使えない。悠長に構えていられないというのもあるが、ここまで魔力暴走が悪化すると自力での制御はほぼ不可能だからだ。そのため、これ以降の段階については外部からの干渉による魔力制御が必要になる。前者であれば必要な知識と技術があればなんとかなるが、後者に関しては天才的な魔力制御技術が必要になる。OTB内でも、これをできるものは数えるほどしかいない。

その一人にして筆頭が、医療部門の長であるミスミだ。とはいえ、だからと言って施術できる者が限られたままでいい道理はない。そのために可能な限り見学者の同席は許すし、ステージⅣ以降についても投薬や施術による治療の可能性がないか、日夜研究を続けているのだ。

 

「……そろそろあなたも挑戦しますか?」

「え、いやいやいやいや!? 無茶言わないでくださいよ!」

「あなたも元は同じ不全症でしょう。ステージⅢながら処置を受けはじめて僅か8日で快癒したのはあなたくらいなのですから、そろそろ……」

「もうちょっと時間ください、お願いします」

「…………仕方がありませんね。あまり尻込みしていると、現場に放り込みますからそのつもりで」

(鬼だ、鬼がいる……!!)

 

元々、OTBはミスミが世界を巡りながら各地で治療を施すうちに賛同者が集まり、やがてこのような組織へと発展していった。そのため、悪魔憑き専門というわけではなく、悪魔憑きとは無関係なメンバーも多い。

ただ、発足の経緯から悪魔憑きなど関係なく受け入れる土壌がある。そのため、悪魔憑きの患者が搬送されることに抵抗はないし、その情報が外に漏れることもない。

 

「ところで、例の組織は?」

「なにぶん、あちらは教団と思いっきり対立する気満々ですからね、その分中々接触が持てず……」

「いずれは接触したいところですが、変に拗れることにならないかが気がかりですか」

「それなんですが、何やらあちらも王都で動きがあるようで」

「いよいよ、ですね。目的が重なる部分も多いですし、出来れば穏便に行きたいところです」

「うちのメンバー、特に元不全症の中にはあっち寄りの人も多いですからねぇ」

 

OTBの場合、教団の存在に気付いたのは組織の形がある程度できあがってからのことだ。

そのため、気付いた頃には今更教団との全面対決をできるような状態ではなかった。悪魔憑きとは無関係な者も多く、悪魔憑きを救うことには満場一致しても、教団に対する感情の温度差にかなりのばらつきがあった。

だからこそ、OTBにとって例の組織の存在は非常に重要なものだ。彼らの方針は自分たちでは今更選択できない方向性だが、協力する形でなら何とかなる。

 

「どう転んでもいいように、準備だけは……」

「ふぉう!」

「ロード? お出迎え、ありがとうございます」

 

十年来の最も古い仲間を両腕で抱きとめる。

小柄なミスミの両腕にすっぽり収まるサイズの小さな黒い毛並み。

十年以上の間、変わらず傍にあり続けた自らの標。この瞬間だけは、ミスミも仮面ではない本来の笑顔がこぼれる。

 

「あ~、先生~!? 私にも代わってくださいよ~! 私だってロードをモフモフしたいんですから~!」

「諦めなさい。私がいる限り、このポジションは譲りません」

 

この数日後、アレクシア王女が失踪する事件が発生する。

それから間もなく、王都内で暴れる謎の巨人が出現。騎士団はこれに対処するために出撃するが、そこでシャドウガーデンを名乗る謎の組織と遭遇する。だがそこへ、更なる闖入者が現れた。

 

「手を引きなさい、アルファ」

「なぜ、私の名を……」

「そちらがこちらを把握しているように、こちらもそちらをある程度は把握しています。

 似た境遇、類似する目的…共闘できると思うのですが?」

「……そうね、確かにあなた達の存在は知っているわ。でも、ここで名を呼んでもいいの?」

「配慮に感謝を。でしたら、私のことはキャスター0と。他のメンバーだと作戦ごとにナンバーが頻繁に振り直されますが、コレ(0)だけは変わりませんので、固有名詞と思ってもらって構いません」

「そう。ではキャスター、手を引けとはどういう意味?」

 

それまでは友好的な雰囲気だったのが一転し、剣呑な気配を発するアルファ。

しかし、キャスターの方もそれを涼やかに受け流す。

 

「医者の前で患者を殺すなど、許すはずがないでしょう」

「患者? あなた、まさか治すつもり?」

「当然です。(医者)の前に患者がいるのです、治療以外ありえません」

「‥‥‥‥‥‥‥‥‥できるの?」

「ステージⅤの先があるとは思いませんでしたがね。さしずめステージⅥ(異常症例)といったところでしょうか。まぁ、治しますよ。仮にもキャスターのモニュメントを預かる以上、我が師“医神”の名に泥を塗るわけにもいきませんので」

 

言いながら取り出したのは、()の駒。一見するとチェスの駒にも見えるが、見たことのない意匠だった。

 

(あれは、何かのアーティファクト?)

「セイバー1、ライダー1」

「「はいはーい!」」

「各自ピースの夢幻召喚(インストール)を許可。暴れる患者の動きを止めなさい」

「りょうかーい!」

「キャスター、騎士団の方は?」

「顔見知りです、私が対応しましょう。あなた達はその間に」

「「まっかせて!!」」

「あ、でも完全召喚(アップデート)はあり?」

「ダメです。あなた達のピースの場合、特に何をしでかすかわからないトラブルメーカーなんですから」

「「ちぇ~」」

「それじゃ、サーヴァントピース、セイバー」

「いこっか、サーヴァントピース、ライダー」

「「夢幻召喚(インストール)!」」

 

両名が取り出した()の駒が輝きを放ったかと思うと、それまでと異なった武装を身に纏う。

片や突撃槍(ランス)、片や剣…しかしただの剣ではない。明らかに間合いの外であるにもかかわらず一振りすると、刀身分断されよく見ればワイヤーで繋がれているのがわかる。

セイバーと呼ばれた人物はそれを巧みに操り隻腕の巨人の腕を弾く…が

 

「わっ、力強っ!? ちょっとボク! あんま長くもたないから早くして~!?」

「も~、しょうがないなァ~。いっくぞ~、触れれば転倒(トラップ・オブ・アルガリア)…って近づけないんですけど!? しっかりしてよボク!」

「そんなこと言われても~!?」

「まったく、何をやっているのやら……」

 

そんな二人を横目に、キャスターは見知った顔の下へと歩み寄る。

 

「あなたたち、一体なにもの!」

「どうかこの場はお任せください、王女殿下」

「っ!? あなた、まさか……」

「私の本分は医者、この場には患者の治療のために参った次第」

「あれが、患者だというの?」

「ええ。魔力制御不全症、分かりやすく言えば悪魔憑きという名の病です。そして、私もまたかつては悪魔憑きでした、と言えばご理解いただけますか」

「ですが、私の部下や国民たちを……!」

「騎士と民間人のことでしたら、OTBが仮設テントを設置し治療にあたっています。殿下には、無事な騎士たちに搬送の指示をお願いしたく」

「事情の説明は……」

「後程、必ず。それと、こちらを」

「これは?」

「悪魔憑きの治療薬とその処方箋です」

「本物、ですか」

「それも含めて、調べていただければと」

 

なにしろ、この世界では教会の影響力があまりにも大きすぎる。

密かに治療を施すのではどうしても限界が来る。ならば、より高い地位から流してもらうのが一番だ。表立ってやれば教会と事を構えることになるが、シャドウガーデンとの対立が本格化すればアチラもそれどころではなくなるだろう。その間に、この薬をキッカケに教会の権威を引きずり下ろすことができれば……。

 

(表と裏、両方から教団の力を削ぐことにつながる)

「いいでしょう。でも、僅かでも嘘があれば……」

「ご随意に。では、私は患者の治療がありますので」

「どこまで行っても医者なのね、あなたは」

 

残されたアイリスは、一言そんなことをつぶやいた。

 

「よっしゃ当てた!!」

 

その声と共に、巨人が地響きを立てて崩れ落ちる。

両足が思うように動かず、態勢を維持できなくなったのだ。

 

「よぉ~っし、いっくぞ~! 暴れる巨人をとっつかまえて、勇気凛々行進だ! 僥倖の拘引網(ヴルカーノ・カリゴランテ)!!」

 

それまでと比較して一際長大に伸びた剣が縦横無尽に宙を駆ける。四方八方から伸びた剣は巨人を囲い込むと、徐々にその包囲網を閉じていく。やがて、その身を完全に縛り上げることに成功した。

 

「「キャスター!」」

「ご苦労様です。最悪ロードのお力を借りることも考えていましたが、そうならずに済んだのは幸いでした。

 それでは……手術(オペ)の時間です」

 




ぐだ男
「藤丸立香」という枠をマシュにあげて、自分は武蔵ちゃん状態で異世界放浪の旅に。
行く先々でトラブルに巻き込まれるのはご愛敬。ただし、自分が物語の主題になることはない。彼が主役の物語はもう終わっているのだから。
なので、競馬に興味がなくても聞き覚えのある名馬の名前を持った女の子がいる世界とか、擬人化した艦とか城とか刀が戦う世界とかに行っても、トレーナーとか指揮官とかドクターとか先生とか旅人とかと友人にはなっても自分が彼らのポジションに立つことはない。でも、昔取った杵柄のトラブル対応力と意味不明な多芸さを発揮してそれなりにうまくやる。
この度、世界を渡るや否や腐った肉塊みたいになってる女の子が第一村人という割とレアな珍事に見舞われる。でもなんか助けられそうなので頑張ったが自分では無理だった。そこでダメ元の最終手段に訴えたらうまくいってびっくらぽん。他ならぬ本人が一番驚いたのは秘密。
なのだが、どこぞのロクデナシがこれ幸いとばかりに手を回した結果、かつての職場のマスコットの2Pカラーになったでござる。ちょっと何言ってるか自分でもよくわからない。
だが、十年以上その姿が基本ならいい加減慣れる。なんだかんだで気楽な小動物生活を満喫しつつ、必要な時には人型に戻って頑張る。ミスミのことはなんかもう妹を通りこして娘のような気持ち、OTBのメンバーも同様。メンバーからの呼び名はロード、実はシャドウガーデンからはこの「ロード」という名称が真の組織のリーダーだと思われていることを当人は知らない。
ちなみにこの数か月後、異世界に飛んじゃったメンバーが故郷から懐かしの後輩を連れ帰ってくるとか来ないとか……。

ロード
一言で言えば黒いフォウ君、もといふぉう君。鳴き方も「フォウ」ではなく「ふぉう」……だからどうした。その正体は藤丸立香その人…え? 上に書いてある? そうね。
マスコット枠だが、意識は人間なのでこれでも色々気を遣ってる。例えば、何かにつけて風呂に入れようとする女性陣から逃げ回り、男風呂に突撃するとか。でも定位置はミスミの腕の中か頭の上、たれぱんだみたいに融けてるのは日常風景。
ミスミをはじめとしたOTBのメンバーと契約しているおかげでだいぶ存在は安定しているが、人の姿を保つにはまだ足りない。というか、存在の根幹にかかわる“名前”を失っている間は多分完全には安定しない。なので、彼が人の姿でうろつけるのは非常に限られた時間だけ。有事に備えることを考え、普段は小動物の姿でいるしかない。
外部組織からは「ロード」の存在を隠蔽するための隠れ蓑と思われているが、残念ながらそれが本物である。

ミスミ・C(キャスター)・スノーウッド
事実上の主人公? 超絶人間不信の外面完璧超人。種族特性と生い立ちのせいで戦闘には不向きだが、向いていないだけで騎士団長程度なら余裕で殴り倒せる。幼少期の栄養状態が極めて劣悪だったせいもあり、低身長の幼児体形。ただし、イプシロンのような劣等感はない。元々自分の精神面が嫌いなので、今更体形くらい気にならない。ただし、OTB内ではロードに次ぐマスコット的人気がある。本人は周りを全く信用していないが、それをオープンにしていることもあり、かえって周りからの信頼は厚い。
信頼はされていないが信じようとしてくれている。信用はされていないがなにかあれば必ずフォローしてくれる。あとは、信じてもらえるように努力するだけ……というのがメンバーたちの共通認識。本人はリーダーじゃないと言っているが、実質的なリーダー。
理想の自分を演じているのは、形から入ることでいつか自分がそれに近づけたらという願い故。自らの生まれ育った環境、そして自分自身の醜さを心底嫌っているからこそ、あの日見たキレイなものに憧れている。こんな自分でも、いつかそうなれたのなら……なので、他人にどう思われようと興味がなく、素の自分は出さないが本来の自分がどんなものかを教えることに躊躇はない。
ミドルネームのCは「キャスター」の意。ロードと魔力のやりくりをした影響で魔力が変質し、身体強化の効率は落ちたが代わりに魔術を扱えるようになる。これは他のメンバーも共通で、ロードの魔力を間接的にでも受け入れると同じ状態になる。なので、外部からの魔力制御による悪魔憑きの治療を受けた者、それとは関係なく「魔力合わせ」なる儀式をした者はみな同じ体質に。
医者としての腕前は真面目に超一流。ただし、倫理観と道徳観念が置き去りになりがちなのが玉に瑕。どんな人間が相手でも選り好みすることなく治療を施すのは立派だが、手元を離れた患者が何をしようが関知しないので人によっては滅茶苦茶に嫌われるかもしれない。

OTB
「Over The Border」の略、意味合いとして「境界を超える」というのが強い。国境に捕らわれず、貧富、貴賤、男女、種族、その他諸々ぜ~んぶ無視してやりたいようにやっている。敵は多いが上手いこと味方も作っている。
元々はミスミが始めた各地での医療活動が発端。規模の拡大に伴い6つの部門に分け、各部門長の合議によって運営方針を決定している。とはいえ、やはり発起人であるミスミの発言力と影響力はすさまじく、だいたい彼女がついた方の意見が通る。
部門はメインである「医療」、資金調達担当の「財務」、患者や物資の移送を担う「運輸」、薬品や物品を用意する「生産」、武力を担う「警防」、全体の調整を担当する「総務」の6つ…とされているが、実はこれに加えて「情報」の部門がある。それぞれの長にはミドルネームがあり総務がA(アーチャー)、警防がB(バーサーカー)、医療がC(キャスター)、生産がL(ランサー)、運輸がR(ライダー)、財務がS(セイバー)の名を冠する。ちなみに情報はA(アサシン)だが、こちらは総務を隠れ蓑にしている。
シャドウガーデンと違って男性も所属しているが、非戦闘員も多いため全面戦争になればシャドウガーデンにもディアボロス教団にも勝ち目はない。なにしろ主戦力は100人程度、その面々も魔力による身体強化の効率が悪いので分が悪い。ただし、ロードのコネを借りる形で預かっている力を使えばその限りではない。
組織内でロードとデイムは特別な意味を持つため、外部からはこの二つが組織のツートップだと思われている。あながち間違いではないが、ロードは事実上小動物、デイムは敬意の対象だがそもそもこの世界にいないので調べたってなぁんにもわからん。おかげで、色々な組織が「いったい何者だ?」と首をひねることに。

サーヴァントピース及びモニュメント
ピースは銀色の駒、モニュメントは金色の駒。サイズは手のひらに収まる程度。
ピースはそれぞれ一騎のサーヴァントと繋がっており、武器やスキルの一部を借りる限定召喚(インクルード)、サーヴァントのスペックをほぼほぼ降ろす夢幻召喚(インストール)、そしてサーヴァントの人格すらも一時的に自身に上書きする完全召喚(アップデート)の三段階がある。段階が上がるごとに負荷が増し、限定召喚なら使用後に全力疾走した後のような疲労感、夢幻召喚はフルマラソン後、完全召喚は数日起き上がれないレベルとなる。
モニュメントの場合、ピースと同様の機能の他にそのクラスに対応したサーヴァントならすべて召喚可能。言わば、クラスごとのマスターキー。所持しているのは各部門長。ただし、メインで契約しているサーヴァント以外だと負荷が増す。ミスミの場合、メインはアスクレピオス。彼女の医療技術は、この繋がりによって得られたもの。他のメンバーも、それぞれつながったサーヴァントの知識や技術を自分のものとして習得している。
加えて、人型ではないサーヴァントや、人としての要素の薄いサーヴァントなどは基本対応不可。例えば神霊や魔性はだいたいアウト。
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