あるいは、前の話と合体させても面白いかも。眼のことでアドバイスすることになり「まさかこの男に助言する日が来ようとは……」ってなったりとか?
内容自体は時系列とか無視しているので、あんまり深く考えずにさらっと読んでください。
“母”のような人だった。生憎、母はおろか家族の事すら覚えてはいないのだが。強いて言えば、妹はいたような気もする。まぁ、覚えていない以上詮無いことだ。
とりあえず、自分にとって“母”という言葉から連想されるのはあの人の姿だった。
でも、実際に彼女をそう呼んだのは一度だけ。
呼びたいと思い、何度も何度も胸の内で繰り返した。そして、意を決して呼んだ時……酷く後悔したのを覚えている。
―――おやめなさい。“それ”は私には相応しくありません、お母さまが悲しまれますよ。
別に喜んでほしかったわけではない。なんなら、叱ってくれても構わなかった。
だけど、あんなにも“哀しい顔”をされるのは予想外で。いつだって寂しさや悲しみを押し隠していたあの人が、今にも泣きだしそうな顔をしていた。
だから、それからはずっと“先生”と呼ぶようにした。
視界に映る黒い線。見ているだけで酷く気分が悪くなるそれに、気が触れてしまいそうだった幼い日の自分。
そんな俺に、大切なことを教えてくれたから。生きていくために必要なことを、たくさん教えてくれたから。
―――志貴、あなたのその“眼”は『モノ』の命を軽くしてしまう。
―――命はただ一つだけのもの、失われてしまえば二度と戻らない。
―――でも、思い違いはしないで。あなたが悪いわけじゃない、その眼が悪いわけでもないのだということを忘れないで。
―――そしてどうか、その眼に縛られることなく
その言葉に、いったいどれだけ救われたことだろう。
こんな眼を持ってしまったにも拘らず、あの人は思うように生きて良いのだと言ってくれた。
―――“聖人”になどならなくて良いのです。ただ、あなたが“正しい”と思う大人になりなさい。
―――過ちを素直に受け止め、他者を思いやり、謝ることができるあなたを大切にしなさい。
―――そうすれば、きっとあなたは間違うことなく生きられるはずだから。
でも、一つだけ教えてもらえなかったことがある。それは、あの人たち自身の事。
自分たちが何者で、どうして置き去りにしたのかだけは、教えてくれなかった。
―――志貴、どうか人の世で生きなさい。母と呼んでくれてありがとう、あなたを愛しています。
怒っているわけではない。恨んでいるわけでもない。ただまぁ、家族のようには感じていたから、水臭いとは思った。特にやりたいこともなかったし、見つけて話だけでも聞かせてもらおうと思った。
その後のことは……何も考えていない。聞いた上で決めればいいと思っていたからだ。
まぁ、同僚たちに知られれば色々言われることになりそうなので黙っていたが。というか、あの人たちの正体についてはもうおおよそ想像がついているので、下手に漏らすと大問題だ。
だが、好きな仕事ではなくてもやりがいはあるし、特技を活かすという意味では向いているのだと思う。
とはいえ、鬼殺隊全体の空気が自分とはあまり合わないので、親しい相手はほとんどいない。強いて言えば、腹を割って話せるとしたらカナエさん位なものだ。
まぁ、本音を出せるかもしれない相手がいるだけマシなのだろう。まだ出したことはないのだけど。
―――鬼も人も仲よくすればいいのに。
基本的に不可能だと思っているのだが、心当たりがあるだけに頭から否定することもできない。
なので、どうせなら一度会わせてみたいと思う。現状、居場所すら定かではないのでそれ以前の問題だが。
あと、二人でいると妹のしのぶちゃんが凄い目で睨んでくるので、居場所がわかっても引き合わせるのは難しい。あの子は普通に鬼を憎んでいるので、会わせると知ったら絶対に反対するだろうし……まぁ、むしろそちらの方が普通の反応なんだけど。
それにしても……
「俺が柱かぁ……身体、保つかな?」
打診が来たのはつい先日の事。うっかり十二鬼月を倒したら、そんな話になってしまった。
だが、この話を受けるかどうかは悩んでいる。というか、正直気が進まない。鬼殺隊の隊士として考えれば名誉なことなのだろうが、そう言ったことには特に興味がない。
元々鬼に対する怨恨なんて特にないし、害獣駆除の延長で鬼狩りをしているような俺だ。自分の考えや生い立ちなど、わざわざ口にしても周囲との不和を生むだけ。それがわかっているので黙っているが、“鬼殺の柱”になるとなれば黙っていれば済むという問題でもないだろう。
実績を積み重ねた結果の打診なので、能力や資格云々を言うつもりはない。むしろ、俺の眼なら届きさえすれば上弦や鬼舞辻でもあっても殺せる筈。客観的に見るなら、当然の措置と言えないこともないだろう。
ただ、思想というか心構え的に、「鬼は絶対に殺す」という気構えのない俺が柱になるのは不適切だ。甘露寺をはじめ、数少ない鬼の被害を受けずに鬼殺隊となった連中だって、根本的には「鬼は許さない」と思っているのだから。
―――そりゃ黙ってればバレないだろうけど、う~ん……いいのか、俺で?
“柱”というのは、単に鬼殺隊の最大戦力であるというだけではない。同時に、隊士たちの心の支えでもある。前者はともかく、後者に関しては正直ちょっと申し訳ない。
―――あとは、体調面も気がかりなんだよな。
鬼殺隊の最高位というだけあり、柱は極めて多忙だ。東奔西走して休む間もなく鬼狩りの日々。それ自体は別にいいのだが、問題なのは俺の身体がもつかどうか。持病の貧血で、倒れるとまではいかなくても動けなくなることは少なくない。
今でも頻繁に蝶屋敷の世話になっているのに、柱の激務に果たしてこの身体は耐えられるのだろうか。単に自分が倒れるだけなら自己責任だが、柱の権威にも傷がつくかもしれないし、周りに迷惑をかけるとなると気が引ける。
だが同時に、定員九名の“柱”に欠員が出たままにしておくのもよろしくない、というのもわかる。
柱が足りないというのは、それだけで隊員たちの不安を煽る。だから、資格がある奴がいれば柱に据えるのは当然なのだろう。
一応鬼殺隊の一員として、責務は果たすべきだ。その責務の中には、資格があるのなら柱として立つ、というのも含まれるのだろう。
―――となればもう、とっとと後任を見つけるなり育てるなりして、柱を降りるしかないな。
方針は決まった。激務と体調については不安だが、騙し騙しやれば一年くらいは何とかなる…と思いたい。
倒れる前に、何とかして後釜に押し付けるしかない。
こうして鬼殺隊史上初となる、
同時に、ある意味では最もやる気のない柱でもあったわけだが……そのことを知る者は、ほとんどいない。
* * * * *
「柱就任おめでとう、志貴君」
「カナエさん……」
「もう、まだ“さん”付けなの? これからは同格なんだし、もっと気軽に呼んでほしいわ」
「まぁ、そこは先任だからってことで」
まだお互いに柱になる前の頃は、カナエに妹がいることもあって混同しないために名前を呼び捨てにしていた。
しかし、志貴に先んじて彼女が柱となった際、周りに示しがつかないことから敬称を付けるようになった。まぁ、本人が嫌がったので“様”付けはしなかったが。
「いいのか? いくら夜中とはいえ、俺と会ってるのを見られたらまた何か言われるんじゃないか?」
「別に後ろ暗いことがあるわけじゃないし、気にしなくていいんじゃないかしら」
一応気を回してはみたが、カナエは特に心配した様子を見せない。
それなりに親しくしている間柄…というか、志貴が良く世話になっている身なのだが、周囲からは「ソリが合わないだろう」とみなされることが多い。そのため、志貴とカナエが会っていると、カナエの心配をされることがままある。
それは、カナエが鬼殺隊にあって極めて特異な思想の持主であることが割と周知なことと、志貴が少々誤解されていることに起因する。片や「鬼と仲良くしたい」と口にするカナエ、片や何故か「鬼殺隊屈指の鬼嫌い」と噂される志貴。カナエのことは真実だが、志貴の噂が事実なら確かに不仲にしかならないだろう。まぁ、実際にはそんなことは全くないのだが。
「……体調の方は大丈夫なの? 柱は忙しいわよ」
「断ろうかとも思ったけどね」
なにしろ、今もこうして蝶屋敷に検査入院している身だ。柱を務めあげられるかと言われると、不安要素ばかり。
それでも、鬼殺隊の一員としての責務を放り出すわけにもいかない。空気には馴染めないが、それなりに愛着はあるのだ。
「御館様にも進言するけど……月二回の定期健診と、任務中に負傷や体調の変化があれば、どれだけ軽くても必ず
医学の心得のあった胡蝶姉妹は、まだこの
まぁ、妹の方は「大事な姉に近づく
「カナエさんがいない時は……」
「もちろんしのぶに診てもらうわ」
「俺、嫌われてるっぽいんだけどなぁ……」
「大丈夫よ。別に嫌ってるわけじゃないし、しのぶは診察に私情を挟むような子じゃないもの」
確かに、あの生真面目な少女はちょっと感情の沸点が低いところはあるが、私情に流されて手を抜くようなことはないだろう。
共に任務に就いたこともあるが、向ける視線と態度はともかく任務に対する姿勢は一貫して誠実だった。不真面目とは言わないが「終わり良ければ総て良し」なところのある志貴としては、多少肩身は狭いものの背中を預けるに不足のない相手だった。
「……まぁ、しのぶも志貴君のことはちょっと苦手みたいだけど……」
「苦手? 嫌いじゃなくて?」
「ええ。呼吸を使っているわけでもないのに鬼の首をポンポン落としちゃうところは、嫉妬に羨望が混じって結果的に睨んでしまっているけど、別に嫌っているわけじゃないのよ」
まぁ、「何がどうなってるのよ、訳が分かんない!」「何なのよあの理不尽!」と怒っていることはあるが、嫌ってはいない…はずだ。
ただ、しのぶは志貴を“恐れ”ている。鬼に対し怒りを燃やし、憎しみに駆られている者は多い。そのため、鬼殺隊ではそれこそ“鬼のような形相”で戦う者は珍しくない。しのぶも、別にそういう手合いであれば特段怖いとは思わないだろう。
だが、志貴は違う。鬼を前にした時、彼の雰囲気は常のそれから一変する。鬼に対する一点の濁りもない澄み切った殺意に触れる度に、本人も自覚しないままうっすらと浮かぶ笑みを見る度に、志貴のことが堪らなく恐ろしくなる。
轟々と燃える炎のような熱を孕むわけでもなく、凍てつく氷のような冷たさを帯びるわけでもない。
そも、志貴の殺意に熱はない。熱くはないが、冷たくもない。代わりに、唯々無機質なのだ。まるで、“鬼殺”という機能を持った機械の様に、淡々と作業の如く鬼の首を刈り取っていく。
反面、何の感情も伺わせない殺意でありながら、その面にはゾッとするような笑みを浮かべている。“楽しい”のか、あるいは“愉しい”のか、それとも“嬉しい”のかも定かではない。もしも彼が機械だとすれば、自らの機能を、役割を果たせることに対する歓喜なのではないか、そんなことを思ってしまう。あるいはそれは、常軌を逸した鬼への憎しみの結果なのではないか、なんて声もある。
そう言ったことを思う輩はそれなりにおり、その結果「鬼殺隊屈指の鬼嫌い」という先の噂が蔓延るようになったわけだ。まぁ、本人は自覚していないようだが。
しかし、そう言った噂が生じたのも無理はないだろう。それほどまでに、鬼殺の場における志貴は“外れている”。
いつだったか、しのぶは志貴の姿をこのように評した。
―――嬉々として、鬼気迫る。
そんな姿が、人とも鬼とも違う、まったく別の生き物のようで恐ろしかった。だから、胡蝶しのぶは遠野志貴が苦手だった。
姉に近づくからとか、力を必要とせずに鬼の首を狩れるからとか、それらすべてがどうでもよくなってしまうくらいに。
「……志貴君にも見せてあげたいわ。しのぶの笑った顔ってね、とってもかわいいのよ」
夜空に輝く満月を見上げながら、本当に愛おしそうにカナエは呟く。身内大好きな、妹大好きな彼女のことだから多分に贔屓が入っているだろうが、それを踏まえた上で「見てみたいな」と思ってしまった。
まぁ、しのぶとの関係性を考えると、ちょっと難しそうだが。
「……そういえば、冨岡が『胡蝶はいつも怒ってる』ってこの前ボヤいてたっけ」
ほとんど交友はないが、任務や食事処で出くわしてもお互い黙ったまま過ごすことは特に苦にならない。
口を開けば他人の神経を逆撫でするような発言が多いが、実際に喧嘩に発展することはない。正しくは、自分からは仕掛けないし、相手が仕掛けてきても反撃せずに受け流すからだ。そして、それで相手がお咎めを受けたという話を聞かないことから、抗議や訴えを起こしたことがないことがうかがえる。
中には「見下している」なんて声を聴くこともあるが、何となく違うような気がする。
「そうね。しのぶ、心配したりする時って叱ったり小言が多くなったりするから……」
「まぁ、真面目な人にはありがちか」
「うん。冨岡君は冨岡君で、軽傷どころか割と深手を負ってても治療に来なかったりするし、しのぶとしては色々言いたいことがあるんでしょうね。でも、冨岡君怒ってなかったかしら?」
(むしろ、珍しく嬉しそうにしていたような……)
極僅か、本当に間違い探しのような誤差だが、いつもより口角が上がっていたような気がする。
怒られて嬉しいとか、逆に怒らせるのが楽しいとか、そういうのではない…といいなぁ。でないと、しのぶの心労がさらに加速することになる。
「まぁ、大丈夫じゃないか。あの冨岡だし」
正直、あの男の怒りのポイントはよくわからない。というか、喜怒哀楽をはじめ、ほとんどの感情のポイントがわからない。何をしたら感情が、ひいては表情が動くのか、常々不思議だ。
「そう、ならいいんだけど……」
「どうかしたか?」
「…………………………………できれば、しのぶにはいつだって笑っていてほしい。本当は鬼殺隊を辞めて、一人の女の子として幸せになって、皺くちゃのおばあさんになるまで長生きしてほしいの」
それは、姉として当然の感情なのだろう。家族の記憶を持たない志貴には共感できない筈のことだが、なぜか理解も共感もできてしまう。
だがそれは、決してしのぶの望む願いではない。
「しのぶちゃんは、納得しないだろうな」
「……そうね」
「もしかして、だから“鬼と仲良く”?」
鬼と人が仲良くなれば、当然鬼殺隊の役目も意味をなさなくなる。
つまり、しのぶが鬼殺の剣士として生きる意味もなくなるということだ。結果的に、彼女は普通の娘として生きることになるだろう。
「それだけが理由じゃないわ。鬼は哀れで、悲しい生き物よ。その言葉に嘘はない」
「そんなものかな?」
正直、あまり共感はできない。何はともあれ、彼らは人を喰う。時に騙し、時に弄び、ただ空腹を満たす以上の愉悦を求める。
腹を満たすだけであれば、志貴はそれを「仕方のないこと」と思う。もちろん喰われてはたまらないので、最終的には“狩る”という結論には至るだろうが、人だって家畜や野生動物を殺して食うのだ。人だけがそれをされてはならない理由はない。そもそも、クマが人を襲ったところで処分することはあってもそれを咎める者はいまい。志貴の鬼への認識とは、そんなものだ。あるいは食われたことに対しても、“運が悪かった”と思うくらいだろう。
弄ばれた命に対しては流石に哀れに思うし、報いを受けさせるべく努力するが。
このあたりが、志貴が鬼殺隊の空気に馴染めない理由だ。とはいえ、カナエの様に鬼を哀れに思うこともできない。
「鬼の中には、きっと普通の人だってたくさんいたわ。家族を愛し、友人と絆を結び、隣人を慈しむ。そんな人たちが、あんなことになってしまう。それは、とても悲しいことだと思わない?」
「まぁ…わからなくもない」
「私たちにできることは、人だった頃の彼らが望まないであろう悲劇を一秒でも早く止めること。そして、彼らをその地獄から解放することだけ。本当は、何かが起きる前に止められたらいいのに。あるいは、彼らを人に戻せれば……」
欲張りだな、と思う。できもしないこと、ありもしないものを望むのは欲張りなことだ。
だが、思いはしても口にはしない。そう願うことくらいは、許されるだろうと思う。
カナエとて大切なものを鬼に奪われたはずだ。それでもなお、“かつて人だった”彼らのために心を痛めることができる彼女の願いを、否定する気にはなれなかった。
「……ありがとう」
「ん?」
「こんな話、ちゃんと聞いてくれるのは志貴君くらいだから」
実の妹のしのぶでさえ、カナエの願いには最終的に否定の言葉を返す。他の隊士たちであれば、尚のことだ。
唯一志貴だけが、否定することもなく「そういう考えもあるだろう」と受け止めてくれる。志貴が肉体的にカナエに助けられているように、カナエも志貴に精神的に助けられている。
だからこそ、カナエは彼が柱になることが嬉しく思う。同志ではなくても、理解者というわけではないにしても、耳を傾けてくれる人がいることに救われている。
そんな内心を知ってか知らずか、志貴は何の前触れもなく爆弾をぶっこんできた。
「まぁ、仲良くできる鬼に心当たりはあるからな」
「え?」
「いや、本人たちに確認したわけじゃないんだけど…俺、たぶん鬼に育てられたからさ」
「えぇっ!?」
「あれ、言ったことなかったっけ?」
「聞いてないわよ!? その人たちは今どこにいるの!」
「さぁ?」
「さぁって!?」
「そもそも、俺が鬼殺隊に入ったのって家族を探すためだぞ。ここなら情報も入ってくるかなって思って」
「えぇ~……」
もうどうリアクションしていいかわからないといった様子で、ヘナヘナと崩れ落ちるカナエであった。
* * * * *
私がそれを初めて耳にしたのは、賜った屋敷を診療所として開放して間もなくのことだった。
負傷した隊士を診るとなれば、当然多くの情報が入ってくる。本人が自覚していなくても、こちらでそれに気付く可能性もある。だからこそ、御館様は“あの事”を教えてくださったのだろう。万が一にも“ソレ”を発現した隊士が現れた時いち早く気づき、体調の変化や発現のための条件を調べられるように。
とはいえ、御館様だけでなく悲鳴嶼さんからもこの件はくれぐれも他言無用と念押しされた。だから、血を分けた実の妹であるしのぶにも話していない。隠し事をする、あるいは蚊帳の外に置くようで申し訳なく思わないわけではない。でも、何があろうと私が自分からしのぶにそれについて話すことはないだろう。
だって、あの子がこの事を知れば、なんとしてでも手を伸ばすだろうから。
しのぶが自分の小柄な体格に、それに伴う筋力の低さに悩み、苦しんでいることは知っている。
鬼を殺す方法は二つ。太陽の光に晒すか、あるいは日輪刀で“首を斬る”か。だけど、しのぶには鬼の首を斬るための筋力がない。どれほど呼吸を極め、剣技を磨いたとしても、あの子の刃が鬼の首を落とす日は来ない。
しかし、もしもソレを発現することができたなら、あるいは……。
―――酷い姉さんよね、私。
真にしのぶの意思を尊重するのなら、教えておくべきなのだろう。
鬼の首を斬ることは諦め、代わりに“毒”を以て鬼を討たんとしのぶは日々研究と実践に明け暮れている。普通なら首を斬れないとわかれば、隠の道に進むか下野するかのどちらかだ。だがしのぶはそのどちらでもなく、今まで誰も試したことのない、考えようともしたことのない試みに挑むことを選んだ。
通常の方法がだめでもあきらめず別の道を模索し、今まさに“第三の手段”の先駆者になろうとする妹を誇りに思う。しかし同時に、せめて妹だけは普通の女の子としての幸せをつかんでほしいとも思ってしまう。
あんな約束をしてしまったばかりに、もっと早くに辞めさせるべきだったのではないか、何度後悔したことだろう。
それが、他ならぬしのぶの決意に対する侮辱と知っていながら、思わずにはいられない。
あるいは、しのぶに生きてほしいと思うならその可能性を少しでも引き上げるためにできることをすべきなのだろう。
いずれ“毒”が完成したとしても、手札が多いに越したことはない。毒が通じにくい鬼と戦うこともあるだろう。
そんな時、鬼の首を斬れるようになっていれば、しのぶの生存率は大幅に上がる。
そうとわかっている、わかっていても教えることはできない。
曰く、かつて
曰く、“痣の者”は例外なく短命であり、25歳を超えて生存した事例はない。
痣の発現に何が必要なのかも、発現することで何が変わるかもわかっていない。
しかし、痣には大きな力があるのだろう。もしかしたら、痣を発現させればしのぶも鬼の首を斬れるようになるかもしれない。
だが、その代償は命によって支払われる可能性が高い。いったいどうして、最愛の妹の命を削る可能性を示すことが出来るだろう。
…………………いや、それだけであれば“鬼殺隊 花柱”胡蝶カナエはこうも自責にかられなかった。
彼女が自らを“酷い姉”と自重した最大の理由、それは……
―――欲しいと、思ってしまった。
そう。痣の存在を知った時、確かにカナエは思ったのだ。
痣によって得られるかもしれない力ではなく、そのために支払う代償故に、カナエは痣を欲した。
それがかつての痣の者たちへの、命を賭して今も戦っている妹や仲間への、あるいは鬼に脅かされる無辜の人々への、または未来の誰かへの、そして誰よりも“死の意味”を知る“彼”への侮辱だとわかっていながら。
―――だって、だってそうすれば……。
“彼”と添い遂げることができるのではないか。
誰よりも“死”に近い場所にいる、きっと長くは生きられないだろう彼と。
命を燃やして、短い時を共に駆け抜ける。それが、どうしようもなく甘美に思えてしまった。
―――私じゃ、彼と同じものを見ることはできない。
“生”の価値を、“命”の重さを知る人はいる。それなら自分にもわかる。
―――でも、きっと彼だけだ。
“死”を大切なものとし、“終わり”の尊さを知っているのは。
一度だけ、彼の“眼”に映る世界を見せてもらったことがある。
飛び込んできたのは、筆舌に尽くしがたい光景だった。
“地獄”なんて生温い、“悍ましい”などでは到底足りない。
カナエには、あの世界を表現する言葉が見当たらない。敢えて言葉にするとするならば、かつて彼が口にした言葉をそのまま引用するしかない。即ち……
―――俺がイカレてるって? そんなの当たり前だ。
―――この眼に映る世界はなにもかもがあやふやで、酷く脆い。
―――地面なんて無いに等しいし、空なんて今にも落ちてきそう。
―――こんな
視界に映る全てのもの、命の有無にかかわらず走る歪な黒い線。ただそれだけのはずなのに、気持ち悪くて、恐ろしくて、視ているだけで気が触れてしまいそうだった。
いったいどれだけ見ていたのだろう。永遠の様にも感じられたが、きっと実際には一秒にも満たなかった。たったそれだけで、カナエには限界だったのだ。
彼を育てた人たちは“当然だ”と、“無理をしてはいけない”と言ってくれた。確かにその通りなのだろう。でも、それでもカナエは悲しかった。同じ世界に生きることができない、同じものを見ることができない。彼の苦しさを肩代わりすることはおろか、共有することもできないことが、たまらなく悲しかった。
それでも、胸に芽生えた
そんな世界に生きていながら、誰よりも濃厚な死の気配を纏いながらも、優しく在れる彼を……想ってしまったのだ。
―――共に生きられないのなら、せめて死に際を共にしたい。
なんて、馬鹿なことを考えてしまうくらいには。
〇志貴
“月姫”でアルクェイドとかと出会った志貴ではない。でも、生い立ちに関する記憶がないのでその辺よくわかってない。
な~んかおっきなお屋敷で暮らしてたような、妹とかもいたような、そんな気もするのだが……はて? 胸にはでっかい傷があるし、そのせいかしょっちゅう貧血を起こすし、不便ではあるが命があるのだから良しとしよう。昔の自分はいったいどんな風に生きていたのか気にならないと言えば嘘になるが……ま、思い出せないものは仕方ないケセラセラ~な人。無関心や「どうでもいい」というわけではないが、大抵のことは「まぁそういうもんか」と流す世捨て人思考。
なんか死にかけていたところを珠世さんに拾われる。「遠野志貴」という名前以外、自分に関することはあんまり覚えていなかった。関係者を探してみたりもしたが、まったく見つからない。
しかし、それだけであれば早いうちに里親でも見つければ済んだ話なのだが、血鬼術とは違うが妙な眼を持っていたり、優しい子だが強い殺害衝動を持っていたりすることに気付いてしまう。このままだと人間社会に馴染めず孤立してしまうと危惧し、已む無く世話をするようになった…のだが、実は彼の殺害欲求は
一緒に生活する間に、その眼の力で大木をあっさり切断した際には彼を叱り、衝動に飲み込まれそうになれば身を挺して止めていた。
志貴にとって、珠世は「母」、愈史郎は「悪友」のような認識。ただし、愈史郎は素直に認めないし、珠世も「お母さまが悲しみますよ」と言ってやんわり拒むので基本的には「先生」呼び。
でも、珠世さんにとっても幼い頃から見守っていた志貴はかつて食ってしまった我が子を想起させるのか、あるいは同じ年頃だったからか、実の子どもの様に愛情を注いでいた。
珠世や愈史郎が陽の下に出てこないことは不思議に思っていたが、別にそれで不都合があるわけでもないのでさほど気にしていなかった。むしろ日中、外のことは自分がやらなければならなかったため、張り切って手伝いをしていた。強いて言うなら、引っ越しが多いのがちょっと面倒だったくらいだろうか。
15歳となり、珠世から独り立ちを促されるが本人は乗り気ではなかった。自分たちの正体を伝えればよかったのかもしれないが、志貴に「バケモノ」として見られることが恐ろしく、結局言い出せないままこっそり姿を消す。
その後、志貴は珠世たちの行方を捜して全国行脚。旅の途中に鬼と遭遇し、珠世たちと似た気配がすることから彼女たちの正体を知る。とはいえ、似て非なる気配であることにも気付いていたため、別段二人への認識に変化はない。
鬼を追っていけば二人に行き当たるのではと考え、最終的に鬼殺隊に入ることに。雷の呼吸の育手に指示したが、呼吸に関してはさっぱり才能がなかった。代わりに、子どもの頃から持っていた
普通なら鬼殺隊入りは絶望的だが、体質のこともあって持久力には難があるものの、瞬間的には呼吸の剣士にも引けを取らない動きと特殊な眼もあって最終選別を突破する。
ちなみに、“桑島”という育手からは「狙うなら首じゃ。他は狙うな、特に四肢は絶対に切るでない」と叩き込まれる。これは、志貴の眼の特殊性の一端を知り、鬼殺隊の切り札になると考え、鬼に情報が漏れることを危惧したから。あくまでも、「首を斬られたから死んだ」ということにしておく必要があると考えたのである。もちろん、このことは御館様に報告済み。
その後、着実に鬼を狩っていく。本能的に鬼の居る方向と距離がわかるし、退魔衝動のおかげで殺意マシマシで恐れを知らず、基本的に戦場は夜なので彼の戦い方との相性は抜群。敵はおろか味方ですら志貴の姿を視認できず、気付けばポンポン鬼の首が飛んで行く。順調に階級は上がっていくが、持病の貧血のせいでそこまでハイペースではなかった。
が、十二鬼月を狩って柱入り、鬼殺隊が“呼吸”を取り入れてから初である「呼吸を使わない柱」となる。ただし、呼吸を使わないことから“
スピードでは柱の中でも屈指だが、反面筋力は伊黒より下。呼吸を使えない分、下手をするとしのぶより下かもしれない。また、持久力や頑丈さも最低レベル。なにより体調の不安定さから、柱の在任期間は僅か一年ほど。引退後は「一々通ってもらうのも面倒」と無理矢理蝶屋敷に居候させられ、ぼちぼち鬼狩りをしている。
基本目上は「苗字+さん」、同い年以下の同性は苗字を呼び捨て、異性の場合も同様だが、それなりに親しい年下だと「ちゃん」付けだったりする(例:しのぶちゃん)。
年齢は胡蝶カナエより一つ上だが、柱としては僅差で彼女の方が先輩。そのため、例外的に「カナエさん」と呼んでいる。
別に鬼のことは憎んでないし特に嫌いでもないので、実は「鬼絶対殺すマン」ばかりな鬼殺隊の空気が苦手。彼にとって鬼は「クマが人を食ったようなもの」という認識で、「食うのは仕方がない」「でも一方的に食われてやる義理はない」「人を食うクマがいるとなれば安全のために処分する」という思考展開の末に鬼を殺している。
とはいえ、それを言うと関係各所から大顰蹙を買うのをわかっているので何も言わない。周りからは普段の穏やかさから一転、鬼狩りの際の容赦のなさ、本能的な衝動からくる殺意を「鬼への憎しみ」と誤解され、“鬼殺隊屈指の鬼嫌い”と思われている。まぁ、ただ食い殺すだけならともかく、甚振ったり玩弄したりするような鬼はもちろん殺意全開で殺しに行くが。
カナエの鬼への慈悲の心にはあまり共感できないが、「鬼と仲良くする」ことには一定の理解を示す。というか、例外中の例外とはいえ鬼に育てられた身なので、「仲良くできる」ことを知っている。そのため、どこかのタイミングでカナエに自身の生い立ちと鬼殺隊に入った理由を伝え、カナエに二人を会わせたいとも思っている。
自身の考えの理解者であり生きた実例であることから、カナエも親しくしているが、周りからは疑問符を浮かべられる。ちなみに、しのぶは筋力関係なくスパスパ鬼の首を斬ることから嫉妬される一方、羨ましいとも思われている。愈史郎の血鬼術で志貴の視界を共有したら何を思うのやら。
ちなみに、普段は愈史郎の血鬼術が仕込まれた紙を結った眼鏡(魔眼殺し代わり)をかけることで抑えている。とはいえ、それもまだ「生物の死の線」しか見えない段階だから。点やモノ、術の死も見えるようになればどうなることか……。
とまぁ、だいたいの設定はこんな感じかな? 当初CPは考えていなかったのですが、相性良さそうだったのでとりあえずカナエさんで。
また、珠世たちと離れず、そのまま一緒に過ごすルートも。その場合、珠世の使者として炭治郎と接触したりするかもしれませんね。