全開と同じく、『・・・・・』で視点変更です。
4200文字
旅行二日目。マスターはステンノとエウリュアレに連れられて、喫茶店に入っていた。その喫茶店に並ぶケーキや洋菓子はどれも高いものばかり。飲み物ですら一番安いもので二千円だ。紅茶もコーヒーもこんなに高いのかと一般人代表のマスターは乾いた笑みを浮かべていた。
内装は落ち着いた雰囲気で、木など自然のものが多く使われている。まさに高級店といった風格だ。何よりも驚いたことは、高級店に関わらず、朝からそれなりに客が入っていることか。
「やっぱり旅行だから財布のひもが緩むのかな……」
そんな分析をしてみる。もちろん意味はない。ただ、一人でいるための暇つぶしだ。
そう、今マスターは一人でいる。アナたちは、少し離れたテーブル席で、いわゆる女子会のようなものを開いていた。姉妹で女子会も何もないかもしれないが。
ともかく、マスターは一人だ。少し寂しい。周囲の視線もちょっと痛い。ちびちびと、自分へのご褒美と注文した高いコーヒーを飲み続けた。
・・・・・
アナは姉二人と共にケーキに舌鼓を売っていた。姉二人から、ここのケーキはとても美味しいらしいと聞いていたが、なるほどカルデアで食べたものよりもずっと美味しい。作る人によってここまで違うのかと驚いてしまう。
一個目を黙々と平らげて、そして二個目に手を伸ばしたところで、さて、と下姉さまが口を開いた。
「メドゥーサ。昨日はどうだったの?」
「え? えっと……。昨日、というのは?」
「とぼけなくていいわ。マスターと二人きりの夜だったでしょう?」
上姉さまがそう言うが、アナはむしろそれに驚いた。
「姉さまがたはいらっしゃらなかったのですね」
「…………」
上姉さまがため息をつき、下姉さまが手で目を覆って天を仰いだ。首を傾げるアナに、上姉さまが言う。
「昨日の夜はどうしていたの?」
「その、ずっと寝ていました。起きたのが朝で……。ずっとマスターは側にいてくれたみたいです。手を繋いでくれていました」
「どうしましょう、私。さすがにマスターが不憫なのだけれど」
「そうね、私。少しぐらいマスターは報われてもいいと思うわ」
姉二人が揃ってため息をつく。何なのだろうか。
「メドゥーサ。マスターにはちゃんと返事をしたのよね?」
「はい。その……。はい」
顔を真っ赤にして目を逸らすと、姉二人は少しだけ難しい表情になった。
「ちゃんと返事をして伝わっていると考えてよさそうだけれど……。マスターはよく我慢できるわね。好きな人が側にいるのに」
「鋼の意志を感じるわね。……あ、これってもしかしなくても、私たちのせい……?」
二人そろってわずかに頬を引きつらせる。アナは二人がマスターに対して何を言っているのか知らないので、よく意味が分かっていない。ただ、珍しく反省しているような様子だった。
「過ぎたことはいいわ! それよりアナ、今日こそしっかりやりなさい!」
「え、あの?」
「私たちはこの後先にカルデアに戻る予定よ。丸一日、マスターを独り占めできるわ。この機会に、マスターの隣を確固たるものにしておきなさい」
「は、はあ……」
アナとしては姉二人との旅行をもう少し楽しみたいが、姉二人が気を遣ってくれているのは理解できる。あの姉が、だ。寂しいのと嬉しいのが混ざった複雑な心境。それに気づいているのだろう、姉二人は薄く笑って、
「戻ってからまたお茶でも飲みましょう」
「ここの紅茶とまではいかなくても、美味しいものを期待するわ」
「はい! がんばります!」
お茶会の約束。アナは嬉しくなって笑顔で頷いた。素直すぎてやりづらい、と姉二人は苦笑しながら立ち上がる。
「それじゃあ、私たちは先に戻るわ」
上姉さまがそう言って、マスターの元へと向かう。短く会話をして、マスターだけがアナの方へと歩いてきた。姉二人はそのまま出口に向かうことから、帰るのだろう。
「もう少しゆっくりしていけばいいのに……。ん? アナ、どうかした?」
「いえ、何でもありません」
ぼうっとマスターの顔を見ていると、マスターが首を傾げた。慌てて首を振る。
確固たるものにしておきなさい、と言われても、どうしていいのか分からない。アナが悩んでいると、マスターは不思議そうにしながらも朗らかに笑って言った。
「それじゃあ、ちょっと出かけよう。面白い場所を教えてもらってるんだ」
「面白い場所?」
「行けば分かるさ」
にやり、といたずらっぽく笑うマスター。アナは首を傾げながらも、そのマスターの後に続いた。
出る時のお会計の時に、マスターの顔が一瞬青ざめていて、少し申し訳なく思ってしまった。
・・・・・
アナと一緒に、目的の場所へ向かう。ただ、目的地は険しい山を登り、谷を越えてのその先だ。片道三時間の道のりで、数々の特異点を経験したとはいえ、今を生きる人間のマスターにはなかなかに厳しい。アナに何度も助けてもらった。現地の人もほとんど行かないというのは当然だろう。
「ごめん、アナ。助けてもらってばかりで」
「いえ。私はマスターのサーヴァントです。もっと頼ってください」
何故かアナはちょっと嬉しそうだった。
そうして歩き続けること三時間、小さな洞窟を抜けた先に、目的の場所はあった。
「わあ……」
アナが感嘆のため息を漏らす。知っているマスターも、ほう、と息をついた。
たどり着いたのは山の間にぽっかりとできた小さな空間。学校の体育館程度の広さに、綺麗な花が一面に咲き誇っていた。季節外れの、満開の花だ。
「魔力を感じます……」
アナが地面を見て言う。マスターが頷いて答える。
「カルデアほどではないけど、霊脈があるんだろうね。ただ本当に微かなものみたいで、草花に影響を与えるだけでなくなる程度だから、何もできないけど」
おいそれと人が立ち入れない空間。だからこそ、霊脈が生まれたのかもしれない。もしくはその逆で、霊脈があるからこそ誰も寄りつかなかったか。
「綺麗です……」
アナが陶然とつぶやく。ここで定番の、君の方が綺麗だ、なんて言えればいいのだが、残念ながらマスターの心臓はそこまで強くない。すでにいっぱいいっぱいだ。
「お弁当も持ってきたから、ゆっくりしようか」
このために、マスターが背負い袋を一つ持っている。朝の喫茶店で買ってきたサンドイッチだ。これも予想以上に高い買い物だったが、どうせカルデアに戻れば金を使う機会は限られる。せっかくだからと一番高いサンドイッチを奮発して買ってみた。
適当な場所に腰を下ろして、包みを開ける。この土地で育った高級牛を使ったというヒレカツサンドだ。肉厚の肉にレタスが挟まれている。肉は少し赤身が残る程度で焼かれていて、軽く握った程度で肉汁があふれ出た。ごくり、と生唾を呑み込む。サンドイッチでこんなに食欲がそそられるのは初めてだ。
「どうぞ、アナ」
「はい。ありがとう、マスター」
二人でサンドイッチを食べる。濃厚な肉の味が肉汁と共に広がる。それでいて肉は軟らかく、まるで溶けるような食感だ。お肉ってこんなに美味しかったのかと少し感動する。見ればアナも、一瞬だけ目を見開き、すごい勢いで食べ進めていた。気に入ってもらえたらしい。
「もっとあるよ。食べる?」
「あ……。あの、マスターは……?」
「大丈夫。俺もまだあるから」
それなら、ともう一個受け取るアナ。恥ずかしそうに顔を赤らめて受け取るその様は、一言で言うなら、かわいい。この子が俺の彼女なんだと地元の友人に自慢したくなる。
今度は味わって食べているのか、ちびちびと少しずつ食べていた。それがまた小動物を連想させてしまう。狙ってやっているのだろうか。とりあえず、後ろから抱きしめておこう。
「マスター?」
「気にしないでゆっくり食べてよ」
「気になります……」
「気にしない気にしない」
サンドイッチを食べるより、こうしていた方が幸せだ。アナを撫でながらそう言うと、顔を赤らめて俯いてしまった。
サンドイッチを食べ終わり、のんびりと景色を楽しむ。そうしていると、だんだんと眠気が襲ってきた。くあ、と欠伸をすると、アナが小さく笑ったのが分かった。
「ごめん」
「いえ。少し休みますか? あ、あの、膝枕ぐらいなら、します」
それはとても魅力的な提案だが、マスターとしてはこうして抱きしめる方がいい。そう言うと、アナは顔を真っ赤にして、それならいいです、とか細い声で言った。
のんびりと、アナの温もりを楽しむ。こうして好きな子と平和な時間を過ごせるなら、あの命がけの日々も報われるというものだ。いなくなってしまった人もいるが、きっと今のマスターを見れば笑ってくれるだろう。
「あの、マスター」
アナの声。思考の海に沈みかけていた意識を引っ張り起こして、アナへと向ける。
「なに?」
「その、ですね。今更聞くのもなんですけど……」
「うん」
「私は、いつまで隣にいてもいいんでしょうか」
意味が我からずに、首を傾げる。アナが続ける。
「きっと、私のこの場所は、いずれ別の人のものになるのだと思います。マシュあたりが、有望株だと思っていますけど」
「んん?」
何を言っているのか意味が分からない。どうしてそこで、マシュが出てくるのか」
「だって、私はやっぱり、サーヴァントですから」
「…………」
思わず頭を抱えたくなった。まだそんなことを気にしていたのか、と。
「アナ。少なくとも俺は、アナを手放す気はないよ」
「で、でも……」
「うん。悪いけど言っちゃうと、しつこい」
ショックを受けたようなアナの顔を見ると申し訳なく思うが、それでもそれがマスターの本心だ。アナがマスターに気を遣っているのは理解できるのだが、もう本当に今更すぎる。確かに、アナを選ぶと色々と問題があるのはマスターも分かっている。両親や友人に紹介もできないだろう。
だがそれが何だと言うのだ。マスターは、本心から、心の底から、アナが欲しい。
というのを心の中でなく実際に口に出して言ってやると、アナが今まで見たことないほど真っ赤になっていた。
「あ、あの、マスター」
「うん」
「ごめんなさい。もう言いません。……ありがとう、マスター」
振り返ったアナの唇が、マスターに触れた。
「…………」
「あ、あれ? マスター? あの、そこで固まられると、私は非常に困ってしまいます。恥ずかしいので。だから何か反応を……。わわ!?」
とりあえず押し倒しておいた。
翌日以降。カルデアではマスターに寄り添う小さなメドゥーサの姿がよく見かけられるようになったらしい。多くの人がそれを微笑ましく見守っているそうだ。
壁|w・)ただし一部例外を除く。
温泉終了だよ! お疲れ様!
途中二度ネタがあったけど、優しいアナちゃんならきっと身を引く気でいるかなと思ったんだよ!
マスターが絶対に手放さない宣言したからこれで安心だね!
やったねアナちゃん、いちゃいちゃできるよ!
前回言ったけど、今後は月曜更新の週一だよ! オリジナルをね、書きたいからね!
気が向いたら読みにきてくれると嬉しいな!
あと、ちょいと言われたことがあるので、真面目に一言。
最初に書いてありますが、これは一部例外をのぞき、一話完結の短編集です。
喧嘩とか恋敵とかの盛り上がりが欲しいとか言われても、そんな長くなりそうなものやるつもりはありません。
あくまでこれはマスターとアナのいちゃいちゃ連載です。その点だけはご了承ください。
今後もずっとこんなお話でこの調子です。
以上だよ! 一人が思ったなら他にも思ってる人がいるだろうからね!
改めてはっきりと線引きしておいたよ! よろしくね!
Q.最後何があったの?
A.ご想像にお任せするよ!
以下、あとがきネタ。本編には一切関係がありません。
マスターの温泉休暇。しかし小さな特異点はちょくちょく生まれる。その特異点に出動するサーヴァントたち。マスター代行は。
「ふはははは! 我自ら指揮を取ってやる! 光栄に思うがいい!」
「正気か英雄王!?」
「正気だとも! あまりに退屈故に、業腹だがあの女神共に協力してやったまでよ!」
「お前本当に英雄王か!? 絶対偽物だろう!」
「いい度胸だ! だが許す! この後に待っているであろう愉悦を思えば、些末な無礼など許してやろう!」
愉悦を求めてカルデアに残ったのにあまりに平和すぎてくだらないことに手を貸す英雄王がいたとかいないとか。
ちょっとおばかな英雄王はお嫌いですか?