どうしてこうなったのだろう。アナは椅子に座りながら、半ば呆然としていた。備え付けのキッチンでは、マスターが何かしらしている。もう一度思う。どうしてこうなった、と。
事の発端は、一時間前に遡る。
外の散策から戻ってくると、上姉さまとばったりと出くわした。
「あら。マスターにメドゥーサじゃない。二人そろってどうしたの?」
「何でもありません」
反射的にアナが答えていた。その返答にステンノがわずかに顔をしかめる。何か、気に障ることを言ってしまっただろうか。
マスターはわずかに苦笑を浮かべ、ステンノへと言う。
「うん。何もないよ。それじゃあ、俺は自分の部屋に戻るから」
そう言って、アナとステンノへと軽く手を振り、一人で戻っていく。アナはそれを見送りつつ、ステンノの表情の変化に気が付いた。
険しい表情になっている。何故か、少し不機嫌だ。上姉さまのこのような表情はとても珍しい。
「メドゥーサ。来なさい」
「はい」
どうしよう。ものすごく怖い。普段あまり怒らない人が怒ると怖いというのは女神も共通らしい。自分は何かやってしまっただろうか、と内心で怯えながら、ステンノに従う。
やがて連れてこられたのは、人通りの少ない廊下だった。
「メドゥーサ。あなた、何をやっているのかしら」
「え、と……?」
「せっかくマスターと二人きりだったのに、何も進展がないとはどういうこと? マシュに負けてしまうわよ」
「え……。ええ!?」
素っ頓狂な声を上げるアナに、ステンノが続ける。
「私から見ても、マスターはあなたを悪くは思っていないはずよ。押して押して押しまくりなさい」
「な、な、な……!」
「あら? もしかしてあなた、気がつかれていないと思っているの?」
ステンノ曰く、アナがマスターを好いているのは、もうそれは見事なほどに丸分かりらしい。気づいていないのは鈍感な職員ぐらいだそうだ。
「ちなみにだけれど、マスターも鈍感な方ね。いえ、マスターの場合は何となくそうかもとは思いながらも確認するのは怖くて何も言えないという感じかしら」
「それは、そんなはずは、さすがに……ないと思います……」
声を小さくしながら言うアナに、ステンノはあからさまにため息をついた。顔が熱くなるのを感じながら、アナが言う。
「そ、それにしても、上姉さまがそんなことを言うなんて驚きました」
「…………」
上姉さまの目が細くなった。その手がアナのほっぺたにのびる。え、と思う間もなく掴まれて、引っ張られた。
「私だってあまり言いたくはないのだけれどね。じれったいのよ。とても、じれったいの」
「あうあう……」
むにむにとほっぺたを引っ張られる。ちょっと痛い。
「さあ、メドゥーサ。分かれば迅速に行動よ」
「はい?」
「マスターに恋心を抱いているのはあなただけじゃないの。マシュは分かりやすいぐらいだし、他にも心当たりがいるでしょう?」
そう言われてしまうと、アナは何も言えなくなる。アナも気が付いている。マシュだけでなく、他にも数人のサーヴァントが、マスターを好いている。あからさまに好意を向けてくる相手に関してはマスターは冗談だと気にも留めていないのが幸いか。
「さあ、行きなさいメドゥーサ。拒否権はなくてよ」
「どこにですか?」
「マスターの部屋に決まっているでしょう。ちなみにあとでマスターに確認するわ。行かなかったら……」
「すぐに行きます!」
アナは即座に返答して、マスターの部屋に向かった。今の上姉さまに逆らってはいけない。本能で察した。
そんなわけで、今はマスターの部屋にいる。目の前には、先ほどマスターがいれてくれたココアがある。湯気が立っていて、温かいのが分かる。
「でも、どうしたんだ? さっき別れたばかりじゃないか」
マスターが不思議そうにしつつそう言って、アナは何も言えずにフードを目深に被った。どうしたのかと聞かれても、少し困ってしまう。
「もう少しだけ、お話がしたくて……」
アナがそう言えば、マスターはそっかと嬉しそうに笑った。その笑顔は卑怯だと思う。
ココアを手に取り、一口飲む。アナには少し甘すぎるが、気持ちを落ち着かせるのにはちょうどいい。
マスターも同じココアを飲みながら、けれど何も言わない。静かな時間が流れていく。
「えっと……。アナ、もしかして寒いか? ずっとローブを着てるけど」
「え? あ、そうでした。脱ぐのを忘れていました」
別に寒いわけではない。建物の外に出る時は着ているが、普段は脱いでいる時の方が多い。
「まあ俺としては、そのローブはかわいいと思うからいいんだけど」
「あう……」
わざとなのか。意図的なのか。作為的なのか。脱ぐ手を止めて、ココアに手を戻す。そう思ってくれているのなら、このままでもいい、かな。
ちびちびとココアを飲む。甘すぎるけど、美味しい。
「マスター。美味しいです。ありがとうございます」
「インスタントだけどね。ああ、そうだ。お菓子もあるよ」
しばらくして出されたのは、バウムクーヘンだ。有名な菓子店から取り寄せたらしい。それを聞いて、アナは少し驚いた。わざわざ取り寄せるほどお菓子好きだとは思わなかった。
「意外な一面です。マスターはお菓子が好きなのですね」
「うん。アナと一緒に食べようかなと思って」
「……………」
顔を背ける。顔が熱い。どうすればいいのか、分からない。
マスターは笑いながら、バウムクーヘンを口に入れている。アナも、小さく切り分けて口に運んだ。美味しい。
「アナ」
呼ばれて、顔を上げる。真剣な表情のマスターと目が合った。
「俺は、アナのことが好きだよ」
口に含んでいたココアを吹きかけた。不意打ちすぎる。
「アナが俺のことをどう思っているのか分からないけど、俺はアナのことが、一人の女の子として好きだから」
「…………」
「まあだからといって、アナに何かを求めるわけじゃない。ただ、伝えておきたかっただけだから」
あまり気にしないでとマスターは笑うが、気にしないという方が無理だ。どう返事をすればいいのか分からない。
どう答えるべきなのだろう。どう答えるのが正解なのだろう。考えても考えても、アナには分からない。それ故に無言のまま、ちびちびとココアを飲み続けている。マスターは、そんなアナを微笑ましそうに見てくるだけだ。
やがて飲み終えて、食べ終えて。アナは何も言わずに席を立つ。未だに何を言っていいのか分からないから。マスターも止めてくれることはなく、ただ……。
気づけばアナは部屋の外にいた。振り返ると、扉が閉まろうとしていて。
先ほどのマスターの顔を思い出した。
止めてはくれなくて。ただ、少しだけ、悲しげにしていて。
慌ててアナは、部屋の中に戻った。
「ど、どうした? 忘れ物?」
戸惑うマスターに、アナは、言った。
「私は、マスターのことは、嫌いではありません」
言わないといけない。言わないと、後悔する。
だって。優しいマスターのことだ。ここでアナが何も言わなければ、きっとアナが迷惑していると誤解するだろう。そうなったら、もう、話しかけてくれるとはなくなるだろう。何となく、そんな予感があった。
「マスターと一緒にいるのは、楽しいですから」
でも、と続ける。
「まだ、私は、よく分かりません……」
そう言うのが精一杯だった。受け入れるのも、拒否するのも、アナにはできない。どちらを選んでも、後悔しそうだ。
だから。
「もう少しだけ、考えさせてください」
アナがそう言うと、マスターは驚きからか目を丸くしていたが、やがて破顔した。
「うん。分かった。……アナに好きになってもらえるように頑張るよ」
「はい……。はい?」
気づけばまた部屋の外にいて。もう扉は閉まっていて。マスターの言葉を思い出して。
あれ? なんだか失敗してない?
何が悪かったのだろうと首を傾げながら、アナは自室に戻っていった。
余談だが。
部屋では上姉さまと下姉さまが待ち構えていて、部屋でのことを根掘り葉掘り聞かれて、答えて。二人そろって怒りながら褒めてくれるという器用なことをしていた。要約すると、頑張ったけどもっと頑張れ、ということらしい。
ごめんなさい姉さまがた。次はもう少し頑張ります。
続きを書いちゃったよ! 一話完結どこいった!
一応これだけでも読める?から問題ないよね!
ステンノに関してはちょっと性格が崩れているかもしれません。
ごめんなさい。何かあればご指摘くださいな。
というか、2話目にしてあらすじ詐欺になったような。告白しちゃったよ!
……保留したから大丈夫だよね! せふせふ!
Q.マイルームにキッチンなんてあるの?
A.いろいろ終わったからきっと増設したんだよ!