2600文字。
「んぅ……」
カルデアの施設内にある自分の部屋で、マスターは動けずに凍り付いていた。手に持つのは取り寄せた小説。休憩がてらにココアを飲みながら読んでいたものだ。
そしてそのマスターの隣には、アナがいて。眠かったのだろう、うとうととし始めて。気が付けば、マスターに寄りかかり、眠っていた。
これはまずい。何がまずいって、理性がまずい。誰か助けて。
隣を見る。いつものようにフードを目深にかぶっているが、それでもその愛らしい寝顔は見えてしまう。頬をつついてみると、ぷにぷにと柔らかかった。
「ん……」
おっと危ない。慌てて手を引っ込める。せっかく気持ちよさそうに眠っているのだから、そっとしておくべきだろう。
マスターは頬を緩めて、静かにアナの寝顔を眺める。
アナに恋心を抱くようになったのは、いつからだったか。
はっきりと自覚したのは、彼女がゴルゴーンと共に落ちてしまった時だ。ひどい喪失感に襲われて、あの時に、ようやく自分は恋をしていたのだと自覚できた。
その後に、ゴルゴーンとして現れて最後に助けてくれた時は、泣きそうになった。あの時に、呼び止めたかった。一緒に逃げようと、言いたかった。だがそれは、彼女の心を踏みにじる行為だ。戦う術を持たないマスターには、何をすることもできなかった。
そのアナが、皆と一緒に最後に助けに来てくれた時は、本当に嬉しかった。残念ながら自分たちと過ごした記憶は失われていたが、それでも、アナはアナのままで、自分が好きになった彼女のままだった。
全ての戦いを終えてサーヴァントたちが帰ることになった時も、アナは姉たちと一緒に残ってくれた。それがどれだけ嬉しかったことだろう。言葉にはできそうにない。
アナを見る。穏やかな寝顔で眠る少女。とても幸せそうな寝顔だ。最初に会った時は、どこか張り詰めたような、思い詰めたような表情をしていただけに、その違いにギャップを感じる。
だがそれがいい。それでいい。アナには、幸せになってほしい。せめて、ここにいる間だけでも。
ドアがノックされる。はい、とマスターが返事をすると、見知った顔が入ってきた。
アナの姉二人。ステンノとエウリュアレだ。
「遅いから気になって来てみたのだけれど……。お邪魔だったかしら」
ステンノがアナを見て言う。続けてエウリュアレが、
「無防備に寝ちゃって。マスターも起こせばいいのに」
「いや……。気持ち良さそうに寝てるから、ちょっと起こしにくくて」
「はいはい。ごちそうさま。ねえ、私。これでこの二人、付き合ってないのよ。信じられる?」
「ええ、そうね、私。そろそろマスターにも覚悟を決めてほしいものね」
「えっと……。つかぬことをお伺いしますが……。覚悟とは?」
「メドゥーサは私たちの妹よ。泣かせたら……」
「泣かせたら……?」
「彼女たちが黙っていないでしょうね」
え、とステンノたちの奥を見る。アイマスクで目元は分からないが、どこか険しい表情をしているように見える女性がいた。
ライダー、メドゥーサ。アナの未来の姿。
「マスター」
メドゥーサの声。思わずマスターが背筋を伸ばす。
「正直、私としては複雑な心境です。過去の自分とこうして過ごしているというのが。それもその相手がマスターというのが、どうにも……」
「まあ、うん。そうだろうね……」
メドゥーサにとっては、アナは過去の自分だ。彼女の心境を想像することなどマスターにはできない。いや、誰にもできないだろう。メドゥーサは少し考えるように口をつぐみ、また開いた。
「マスター」
「はい」
「私にとっても、アナは特別です。呪いを受ける前の私なのですから。……言いたいことは、分かりますね?」
「な、なんとなく……」
もしアナが泣いたら、多分自分は死ぬだろうな、と察した。
「もう一人の私も同じ気持ちだそうです」
思わずマスターの頬が引きつった。
もう一人。つまりは、ゴルゴーン。規格外、エクストラクラスのサーヴァント。
マスターは頷きつつ、小さく笑みを零した。
「なんだかんだと、ステンノたちもメドゥーサたちも、アナを気に掛けてるよね」
「当然でしょう」
「当然じゃない」
「当然です」
三人共に同じ答えが返ってくる。その答えに、マスターは思わず笑い出しそうになった。
いい関係だと思う。帰りが遅ければこうして様子を見に来るのだから、お互いにお互いを大切に想っているのだろう。
「戻りましょうか、私」
「そうね、私。メドゥーサも」
「はい。姉さま」
「え、あれ? アナはいいの?」
てっきり迎えに来たのだと思ったのだが。しかしステンノたちは首を振って、
「マスターの部屋にいるなら大丈夫でしょう」
そう言って、部屋を出て行った。
メドゥーサだけが残り、アナを見る。羨ましそうに目を細めた、というのがアイマスクをしていても分かった。彼女も思うところがあるのだろう。
「マスター。アナをよろしくお願いします」
「うん。分かった」
「それでは」
メドゥーサが頭を下げて退室していく。ドアが閉じて、マスターはゆっくりとため息をついた。
メドゥーサの心の声なんてマスターには分からない。けれど、アナの幸せを願っているのだけは分かった。それと同時に、羨望の感情も。こればかりは、マスターにもどうすることもできないが。
「んぅ……」
隣から小さな声。視線を向ければ、アナがゆっくりと目を開けた。
「おはよう、アナ」
「はい……。おはよう、ござい、ま……」
固まるアナ。その顔は見る見るうちに赤くなり、そして、
「ご、ごめんなさい!」
勢いよく謝ってきた。
「あ、いや、別に何もなかったよ」
「マスターのお邪魔をしました……」
「いやいや、そんなこと思ってないから。あ、ココア飲む?」
「…………。いただきます……」
葛藤があったなあ、と内心で苦笑しつつ、ココアの準備をする。椅子に座り直したアナは小さくなって俯いていた。そんな姿もかわいいと思える。
いれおわったココアをアナに渡すと、アナはおずおずといった様子で受け取った。
「ありがとう、マスター」
「うん」
アナはゆっくりとココアを飲む。ちびちびと、少しずつ。その姿を見るのが、マスターは好きだったりする。
「肩ぐらいならいつでもかすから、眠たくなったら言ってくれていいよ」
「うぅ……。分かりました……」
アナにとってはそんなつもりはなかったのだろう。マスターにとっては役得だと思っているが。
羞恥からか顔を染めるアナを眺めながら、マスターはココアをすする。
平和だな、と。かみしめながら。
ライダーのメドゥーサに触れられたので、出してみた。
いまいちキャラを掴み切れていないので変かもしれません。ごめんなさい。
実際、ライダーさんはアナちゃんをどう思っているのでしょうね。
直接的な絡みがないので、想像するしかできない……! だがそれがいい!
Q.ゴルゴーンは出ないの?
A.出せないよ! 扱いきれないよ! 多分地下の方でまったりしてるよ!