リリカルなのは~ほんとはただ寝たいだけ~   作:真暇 日間

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原作開始前~無印
1~10


 

 

異伝7 一夏が特に理由もなくリリカルな世界に行ったらこうなるかもしれない外道ほのぼの両立版

 

 ……ここはどこか、と聞かれれば、多分地球の日本のどこかと答えよう。

 じゃあどこだと聞かれれば、海鳴市とか言うところだと答えが出る。看板あるしね。

 

 時代はおよそ現代。ただし俺こと織斑一夏の生まれ故郷ではないことはわかる。

 ISが無いし、束姉さんがいないし、ちー姉さんもいない。カレンダーからすると居てもおかしくないんだが、見付からない。とするとやっぱりここは異世界なんだろうという予想がつく。

 まあ、結局異世界なんだろうという予測をつけても、この世界の世界観がほとんどわからないので、俺にできることはあまりに少ない。

 

 ……とりあえず、暇だし適当に千の顔を持つ英雄で楽器でも出して演奏してようか。この世界の学校には行ってないし、時間はたっぷりあるし……と言うか有りすぎるし、一応世界との齟齬の確認作業にも使える。

 

 ……使う楽器は『狂気の提琴』。能力を使わなければ普通の楽器としても使えるから問題ないだろう。

 こいつ自体が奏でる音は天下一品らしいし、後は使い手の俺次第と。

 

 …………まあ、昔からこういうのは割となんとかなるタイプだったし、今回もなんとかなるだろう。確証は無いけど。

 軽く練習くらいはしとくべきかね。限界まで響かせるように意識しながら、それでいて攻撃するほどには強くない音を……と。

 やっぱり暇潰しに楽器を演奏するってのはいいが、それで他人に迷惑をかけるのは良くないよな。

 

 そんなわけで適当に何曲か弾いてみる。狂気の提琴だけじゃああんまり演奏のレパートリーは多くないので、また今度にそれ以外のも増やしてみよう。

 ちなみに言うまでもないことだろうが、提琴と言うのはバイオリンのことだ。一応これも千の顔を持つ英雄の一つで使いこなせないと言うことはないんだが、思い通りの音を出せても曲らしい曲をあまりよく知らない身としては楽譜の一つや二つは欲しいところだ。

 

 ……とは言え、これでも一応鈴と弾とカズと俺の四人でバンドを組んでいたし、ボーカロイドの曲をパクるのは俺の仕事だったから、少しは覚えてる。

 バイオリンに合う曲は少ないけど。だってバンドだし。

 ギターやらドラムやらキーボードだったらなんとかなったりもするんだが、バイオリンはねぇ……。

 ちょっとアレンジしてバイオリン独奏のみにしてやればいいけど、結構省略しなくちゃならないから聞くに耐えない曲になりかねなくて困る。

 鈴や弾やカズが居てくれたら、本音をぶつけ合って悪いところを改善しやすいんだけど……。

 

(どーん♪)

(どーん♪)

((呼んだー?))

 

 いや、呼んでない。って言うかなんでのほほんちゃんがこんなところに? しかも増えてるし。

 ……まあ、いいか。日常茶飯事日常茶飯事。全然日常茶飯事じゃないけどそういうことにしておこう。面倒だし。

 

(むー……おりむーひどーい)

(ひどーい)

 

 はいはい。それじゃあお土産のシュークリームは

 

(いるー!)

 

 ……小動物だよなぁ………ある意味俺以上に小動物だよなぁ…………。

 まあ、いつか持って帰るよ。鈴達の分も一緒にだけど。

 

(わーい!)

 

 はいはい、よかったな。

 

 ………それじゃあ、俺もそろそろ適当に散歩でもしてようか。いい感じに腰を落ち着けられて、できれば日当たりのいいところがあればそこでのんびりしてよう。

 季節はちょうど春って感じだし、寒くもなく暑くもないいい昼寝日和になりそうだ。

 

 ……公園辺りでいいか? 一夏になって暫くは、名前も顔も覚えていない両親とちー姉さんと一緒に公園で遊んだし、たまには悪くないだろ。

 それに、せっかく演奏するなら聴衆の一人や二人は居た方がやる気が出るし。

 見知らぬ聴衆相手だったら自分のやめたいときにやめて、やりたいときにやれるし……その方が気楽でいいよな。

 

 ……それじゃあ、早速適当に公園目指して行ってみようか。

 

 

 

 

 

side 高町 なのは

 

 じっ……と、公園で遊んでいるみんなを見る。みんな笑っていて、楽しそうだ。

 

 広場を走り回って、おいかけっこをしている男の子と女の子達。

 砂場を使って山をつくってトンネルを掘っている男の子二人。

 ジャングルジムに登っている男の子達。

 木陰でおままごとをしている男の子と女の子。

 みんなみんな、笑顔を浮かべている。

 

 けれどわたしは、そんなみんなをベンチに座って眺めているだけ。何度か仲間に入れてもらおうとしたけれど、どんくさいわたしは結局どこにも入れなかった。

 寂しいけれど、みんなに無理を言うことはできない。わたしは『いいこ』じゃないといけないから。

 

 ぎゅうっ………と体を抱き締めて、胸の痛みを押さえつける。

 つきん、つきん、と痛むけど、これは誰にも言えない痛み。わたしが我慢すれば、おねえちゃんにもおにいちゃんにもおかあさんにも、迷惑をかけ

 

「そこな少女」

 

 顔をあげてみると、そこには十歳くらいの見たことのないお兄さんが立っていた。

 その手には大きな箱があって、その目はわたしのことをじっとみつめていた。

 

「……隣に座ってもいいかな?」

「……あ………はい」

 

 わたしがそう答えると、その人はわたしの隣に座った。そして膝の上にあの大きな箱を置くと、かちゃりと音をたてて箱を開いた。

 

 そこにあったのは、綺麗な楽器。名前はたしか、バイオリンって言ったはず。

 けど、それは前にテレビで見たそれなんかよりずっとすごい存在感で、わたしの目を釘付けにする。

 

 そのお兄さんは何でもないようにそれを取り出して、ちゃちゃっと構える。

 弓をバイオリンにあてて、そして―――このあと、わたしは人生を変える出会いをする。

 

 

 

 

異伝7 その2

 

 魔力は身体能力には入らない。そのことは神から貰った説明書に書いてあったので、よく知っている。

 しかし、そんなことはアーティファクトである狂気の提琴を使うのには一切関係ない。アーティファクトを使うだけなら、それが魔法を知らないただの子供であっても使えてしまう。それがアーティファクトだ………と、思う。

 勿論ある程度以上の実力が無ければ使えなかったり、魔力を自在に扱えないと効果を発揮しない物はあるだろうが、それは最低限必要な条件を満たせていないだけだと考える。

 例えば、使い手が剛力を誇る者であることを前提として作られた威力のバカ高い大刀があったとして、それを鍛えもしていない五歳の子供が自由自在に振るえるかと言われれば、大抵の場合は否定の答えが帰ってくるだろう。

 しかし五歳の子供だったとしても、誰もが使えるように作られた小さなナイフくらいならば振るえる。

 

 結局俺が何を言いたいのかと言えば、俺は魔力をあまり使えないが、狂気の提琴を使いこなせていると言うことだ。

 ちょっと練習しただけだが、思い通りの音を出すことができている。やっぱりチートは凄いな。

 

 そんなわけで誰に向ける訳でもなく長々と説明を続けている間も、ただのんびりと狂気の提琴を弾いている。

 するとなんでか近くに多くの気配を感じる。ちろりと細く目を開けてみると………まるで打ち合わせでもしていたかのように、興味津々の子供たちがなんでか体育座りでベンチの前に屯っていた。ついでに隣の娘も俺のことをじーっと見つめている。

 まあ、気にせず一曲終わらせよう。誰のために始めたわけでもないし、俺のやりたいようにやっていいだろう。

 

 今は普通のバイオリンと同じように使っているが、ちょっと使い方を変えれば衝撃波を町全体にばらまくことも、町中に同じ音量で響き渡るようにすることもできる。

 何でそんな物理法則を超越したことができるかって? 知らんよそんなもの。できるものはできるんだから仕方無いだろ。

 

 そんなわけで一曲弾き終わったんだが、子供たちが色々騒いでくる。凄いのはわかったから、叩くのはやめてくれ。

 

「……で、なにかリクエストがある人は?」

「はいっ!」

「おれおれっ!」

「わたしもっ!」

 

 次々に手が上がっていくが、隣の娘はただ俺のことをじっと見るばかり。控えめな性格なのか? だとしたら特攻のステータスがよく上がりそうだな。

 

「はいそれじゃあそこの君。何を弾いてほしい?」

「なまえのないうた!」

「…………なんでその歌の存在を知っているのかは聞かないでおくとして……わかった」

 

 さて、それじゃあリクエストにお答えしますかね。

 

 

 

 

 

side 高町 なのは

 

 すごい。

 

 わたしは心のそこからそう思った。

 おにいさんが手を動かし、指を動かす。その度に綺麗な音が辺りに響く。

 じんわりと空に響くような、地面に染み込むような、海まで響き渡っているような、そんな音。

 公園で遊んでいたみんなもそれに気付いて、このおにいさんのことを眺めている。

 そのうち一人が近付いてきて、おにいさんの前に座った。それにつられてまた何人かが集まってきて、気が付いたときにはこの公園にいたみんながおにいさんのすぐ近くに座っていた。

 

 おにいさんはそれに気付いているのかいないのか、全く反応しないままバイオリンを弾いている。

 そして一曲弾き終わった時に、みんなからおにいさんに向けて拍手が送られた。

 おにいさんは少し驚いたような顔をして、それからにっこりと笑顔を浮かべた。

 

 その笑顔に、わたしは衝撃を受けた。ああ、この人はこんなに簡単に人と仲良くなれてしまうんだと言うことに驚いて。

 

 そのおにいさんは適当に指名した子のリクエストを聞いて、そのリクエスト通りの曲を弾き始めた。

 その後も、おにいさんはみんなが知っている曲をバイオリン一つで上手に弾いた。どれもこれもすごく上手で、聞いていて飽きが来ない曲ばっかりだった。

 

 時々おにいさんは自分で歌を歌ったり、知っている子に一緒に歌って貰ったり、わたしたちが楽しめるように気を使ってくれているのがよくわかった。

 

 

 

 けれど時間は過ぎていって、おかあさんたちが帰ってきなさいと言っていた五時になってしまった。みんなも次々にいなくなっていき、公園にはわたしとおにいさんしかいなくなってしまった。

 

 おにいさんはバイオリンをあの大きなケースにしまって、それからわたしと目を合わせた。

 

「……で、そこな娘さん」

「あ、は、はい!」

 

 また話しかけられるとは思っていなかったわたしは、つい裏返った声で返事をしてしまう。

 そんなわたしに笑顔を向けながら、おにいさんはわたしに手を伸ばす。

 

「悪いんだが、暇潰しに娘さんの家まで送らせてはくれないか?」

「え……は………はい?」

 

 えっと……どういうことなんだろう? 暇潰しってことは……暇なのかな?

 けど、わざわざ送ってもらうのも悪いと……あれ? でも、暇潰しにって言ってきたのはおにいさんの方だし…………あれ?

 

 そう考えている間に、おにいさんはわたしの手をとって歩き始めた。どうしてか、わたしの家の方にしっかり歩いていってるけど……。

 

「あ、あのっ!」

「ん? 手が痛い? それとも歩くのが速いとか?」

「そ、そうじゃなくて……どうしてわたしの家への道をしってるの?」

 

 わたしがそう聞くと、おにいさんはよくわからないという顔をした。

 けれど数秒後、なにかに気付いたような顔になって、笑う。

 

「知らないよ。ただ、俺の勘は大抵当たるから、多分こっちっていう勘に従ってるだけ」

「へぇ……」

 

 そう言っておにいさんはまたわたしの手を引いて歩いていく。

 

「あのっ!」

「ん? トイレにでも行きたくなった?」

「そうじゃなくて、おにいさんは、おなまえはなんて言うんですか? わたし、たかまちなのはです」

 

 おにいさんは少し考えて、それから口を開いた。

 

「………俺って……名前なんだっけ?」

「覚えてないの!? しらないよぉ……」

 

 わたしがそう言うと、おにいさんは大きな鞄を持った方の手をヒラヒラと動かし、冗談だと笑う。

 

「『さくら』で覚えといてくれ」

「……さくらさん?」

「ああ。それでいい」

 

 さくらさんはそう言って、なにも言わなくなった。

 わたしもなにも言わなかったけど、別に嫌じゃあなかった。

 

 

 

 家の前について、さくらさんとお別れをする。さくらさんはあの公園に昼ぐらいに来るらしいから、またあしたも行ってみよう。そう思った。

 

 

 

 

 

 しばらくはこんなほのぼのした日々が続きます。

 

 

 

異伝7 その3

 

 暇潰しに茶色の髪の娘さんを家に送り届け、その時に意味もなく偽名を名乗ってから一週間。公園の子供たちにかなりなつかれた。今ならリアルハーメルンの笛吹き……いや、ハーメルンのバイオリン弾きの真似事ができそうだ。

 ……今の時代の子供達って、ハーメルンの笛吹きを知ってるかな? IS学園に居た頃は、俺の周りにハーメルンを知ってる奴は殆ど居なかったからなぁ……。

 

 ……どうでもいいか。

 

 とりあえず子供達の中で『歌のおにいさん』と呼ばれるようになった。間違ってないがなんか違う気がする。

 割と頻繁にあの公園でバイオリンを弾き、その度に子供たちが集まってくるようになった。

 その中には茶色の髪の………なのちゃんの姿もある。

 全員が仲良く話し合ったり笑いあったりしていて、かなり平和だと思う。いいことだよな。

 

 しかし、なのちゃんはなんでか大抵一人だ。嫌われてるって訳じゃなさそうだが、好かれてもいないように見える。つまり、友達がいないように見える。

 

 ……聖クロニカ学園、隣人部への扉がひらきましたよっと。冗談だけど。

 

 そんな冗談は置いといて、なのちゃんはずっと俺の隣に座っている。時々俺のことをちらりと見ているようだが、話しかけてもこないし目が合いそうになるとすぐに目をそらしてしまう。

 何を考えているのかいまいちよくわからないが、いつもいつもここに座ってるんだし、バイオリン弾いてる間はキラキラした目で見てくるし、嫌がってるわけではないんだよな? 多分。

 

 そう考えながらまたバイオリンを構え、適当に弾き始める。

 今日もまた五時くらいには終わらせるかね。あんまり遅くまで弾いてると近所迷惑だし。

 

 

 

 そんなわけで今日も適当に弾き終わり、遊ぼうとする子供を家まで帰らせて、なのちゃんを送る。

 他の子供は友達同士で固まって帰るから別にいいんだが、この娘さんだけは一人だからなぁ……。

 

「……あ、あのっ!」

「最近それから始まる言葉をよく聞くね。なに? 靴擦れが痛いとか?」

「そうじゃなくって………」

 

 なのちゃんはそこで言い淀んでしまう。こんな性格だと、いつか後悔することになりそうだ。

 ……んー…………。

 

「バイオリンを教えてほしいとか?」

「っ!?」

 

 びくっ!とびっくりしていることを全身でアピールしながら、なのちゃんは勢いよく俺に振り向いてきた。どうやら当たっているらしい。凄いな、直感。

 

「どうして………」

「『考えてることがわかったか』?」

 

 なのちゃんはこくこくと頷く。まったく、純粋な子だな。

 そんな純粋無垢ななのちゃんに、俺はちょっと嘘を交えた本当のことを言う。

 

「音楽家って言うのは、魔法使いなんだ」

 

 そんな言葉から始まる、割と事実の割合が多い嘘を。

 

 

 

 

 

side 高町 なのは

 

「音楽家って言うのは、魔法使いなんだ」

 

 さくらさんはそう言う。いったいなんのことかわからなかったけれど、さくらさんは話を続けているからわたしはそれを聞く。

 

「音楽という魔法で、人を幸せにすることができる。そのためには、聞いてくれる相手のことをよく理解しなくちゃいけない。だから、音楽家をやっていると相手の心に敏感になるんだよ」

「そうなの?」

「間違ったことは言ってない。ちなみに、ちょっと違うけど料理人や画家、彫刻家なんかも同じように他人のことを理解しようとすればすごく深いところまで理解できるようになる」

 

 そう言うさくらさんは、前を向いていた顔を私の方に向けて、少しだけ目を細めた。

 まるで、道場で練習をしているときのおにいちゃんたちみたいだったけど、すぐにいつも通りのさくらさんに戻った。

 

「……なのちゃんには、割と才能があると思うよ?」

 

 さくらさんがそう言った時、わたしたちはわたしの家の前に立っていた。

 今日はこれでお別れ。次の出会いはまた明日、あの公園で。

 そう思っていると、さくらさんはわたしの手を離す。少し寂しい。家に戻ると、わたしはまたひとりぼっちだから。

 

 けど、そんな気持ちはさくらさんのことばで吹き飛んだ。

 

「さっきのおねだりだけど、構わないよ。暇潰しにはちょうどいい」

 

 さくらさんは、わたしのわがままを聞いてくれた。

その日はずっと嬉しい気分で、夜、布団に入ってもなかなか寝付けなかった。

 

 ……明日から、頑張ろう。

 

 ……すぅ…………。

 

 

 

 

 

side 織斑 一夏

 

 ……ついOKしたが、平気かね? 俺は完全に感覚的にやってるから、教えるのはあんまり上手くないぞ?

 なんでか大丈夫な気がするが………まあ、いいか。きっと平気だよ。きっと。

 

 それに、なんとなくなのちゃんに才能があるような気がしたのは確かだし、暇潰しにちょうどいいというのも本当だ。嘘は一つも言ってない。

 才能があると言っても、理性的なタイプか本能的なタイプかがあるけど、多分なのちゃんは基本を掴むのはすごく早い本能的なタイプだろ。何度も繰り返すが、多分。

 

 ……適当に基礎だけ教えて、後は一緒に演奏したりなんだりで教えていけばいいかね?

 …………弾は蘭ちゃんにそうやってバイオリンを教えたらしいけど、俺に真似ができるか?

 

 ……やるだけやるかね。

 

 今日は適当にどこかのビルの壁にアンダーグラウンドサーチライトを使って快適空間を作って寝よう。そして明日はそこそこ頑張ろう。

 

 

 

 

 

異伝7 その4

 

 新しく狂気の提琴じゃないバイオリンを一つ、千の顔を持つ英雄で作って公園に行く。するとそこには、なんだかわくわくしているようにも見えるなのちゃんの姿が!

 ……子猫っぽいな。人懐っこくて寂しがりで、意外と強情なところとか。

 

 とりあえずなのちゃんに近付くと、なのちゃんはぱっと笑顔を浮かべる。とりあえず、二人に別れて片方はなのちゃん相手に音楽教師の真似事で、もう片方はいつも通りに子供たちに適当な曲でも弾いていよう。

 

 と言うことで俺はサテライト30を使って自分の後ろに分身を作り、その直後にシルバーカーテンで分身の姿を隠す。

 そしてにこにこしているなのちゃんの頭に手を置いて、遠隔でアンダーグラウンドサーチライトを小さく開く。

 小さくでも開いたことでヘルメスドライブに映るようになったその中に、なのちゃんと一緒に瞬間移動。そしてもう一人の俺は何食わぬ顔でいつものところに座って、ケースから狂気の提琴を取り出した。

 

 ……さてと。今日は何を弾こうかね?

 

 

 

「え……ええっ!?」

 

 所変わってアンダーグラウンドサーチライトの内部。なのちゃんは急に変わった景色に驚いているようだ。その反応はわからないでもないけど……随分とオーバーじゃないか?

 ……まあ、別にいいけどさ。

 

「そんなわけで、俺が三秒くらい考えてデザインし、一秒未満で作ったこの場所で練習だ。防音はちゃんとしてるからどれだけ大きな音を出しても大丈夫だ」

「ふぇ~……すごぉい………」

 

 ツッコミは無いようだ。まあ、こんな子供にツッコミを期待するのが間違いだが。

 興味深そうにキョロキョロと辺りを見回しているなのちゃんに、なのちゃん用に作った少し小さいバイオリンを渡す。狂気の提琴じゃないが、それでもかなり丈夫だし、いい音が出るはずだ。

 

「これが練習用な。帰るときには返してもらうから気にしなくていいぞ」

「ありがとうございます!」

 

 なのちゃんは礼儀正しくぺこりと頭を下げる。まったく、ちょろータムもこうやって礼儀正しくしてればからかわれたり…………いや、あれは誰からもからかわれるタイプの可哀想なキャラだから、無理か。無理だな。無理無理。無理。無駄じゃなくて無理だ。改善の余地がない。

 

「それじゃあまずは弦を張るところからやっていこうか。割と簡単だからさっさと進むよ?」

「はい、さくらさん」

 

 素直でよろしい。実によろしい。相手が素直だと話が進みやすくていいな。

 

 少し調律のところや弦の張る順番のところで手間取ったりもしたが、概ね順調に授業は進む。

 ……『時の回廊』があれば更に進めることもできるが、このくらいの年頃の子供は成長が早いからバレたら面倒臭い。ついでに『無限抱擁』があればアンダーグラウンドサーチライトの中に転移する必要もなくなるんだが、流石の千の顔を持つ英雄も『無限に広がる空間そのもの』を作ることはできないから、諦めるしかない。

 

 …………似たようなものなら作れるが、中の空間は有限だし、空間をねじ曲げるために重力が気持ち悪くなるくらいかかってるから、俺以外には使えそうな奴はいないしなぁ…………俺も進んで使いたくはないけど。

 

 まあ、今はこれでいいや。時間もたっぷりあるし、暇潰しにもなるし、ついでになのちゃんの家の目の前に入り口を作ったから送るのも簡単だし、寝るのにちょうどいいキングサイズを越えた巨大すぎるベッドがあるし。

 とりあえず、今日はなのちゃんに基礎を教えて、簡単な指捌きと……進んだら実際に弾いてもらうのもいいな。うん。

 

 頑張れなのちゃん。楽しく上手くなろうぜ? 楽しくないとやる気はでないからなぁ……。

 

 

 

 

 

side 高町 なのは

 

 さくらさんと公園で出会ったら、わたしはいつのまにかまわりがまっ白な大きなおへやにいた。

 さくらさんはいつものスーツみたいな服(実際はIS学園の制服の襟を広げ、全体的にだぼっとした感じの服)を着ていて、すぐ近くにあったイスに座っている。

 

 わたしがきょろきょろと周りを見渡していると、さくらさんがわたしを呼んだ。

 そしてわたしは今、さくらさんに教えてもらいながらバイオリンの扱い方を練習している。

 手入れの仕方に始まり、弦を張ったり外したり(普通はやらなくていいらしい)、一本一本の音を合わせる練習をしたり、上手な音の出し方とダメな音の出し方のちがいを教えてもらった。

 それを何回も何回もくりかえして、わたしはいつのまにかしっかりとバイオリンをあつかえるようになっていた。

 …………まだ一度も弾いてないけど……。

 

 そこまでやって、さくらさんはわたしにバイオリンを弾かせてくれた。練習だから失敗してもいいけど、上手な音の出し方のきほんを守っていれば大体の人は上手に弾けるからと言っていた。

 わたしはさくらさんがやっていたみたいにバイオリンをかまえて―――そこでちょっとさくらさんに体をおさえてもらったけれど、大体これでいいみたい―――思いをこめて弾き始めた。

 

 ギギィッ!

 

 …………ま、負けないよっ!諦めないからっ!

 

 

 

 

 

 

異伝7 その5

 

 ……天才ってのはいるもんなんだなと、この光景を見ているとつくづくそう思う。

 

 俺がなのちゃんにバイオリンを教え始めてから二ヶ月。暇な時は毎日毎日俺のところに来て練習し続けた結果、たった二ヶ月でなのちゃんは凄まじく腕をあげた。

 何より凄いのは、俺は何も言っていないと言うのに音に魔力だか気だかを乗せて演奏できるようになっていたことだ。

 

 ……なんと言うか、本当に凄まじい。普通の人間じゃああり得ない事だな。こっち方面にも才能があったか。多才な娘さんだな。

 

 楽譜を覚えるのもかなり早いし、運指も正確。曲に合わせて感情を込めて躍動感を持たせることもできるし、逆に何も考えずに何も乗せずに弾くこともできる。

 ……多分だが、なのちゃんなら狂気の提琴も使いこなすことができるようになるだろう。魔力(多分)も多いし、狂気の提琴の衝撃波をブーストさせることも簡単にできるようになるはずだ。

 

 それについては俺はなのちゃんの方から何かを言ってこない限りはなにもするつもりはないし、教えてほしいと言われてもそこそこ教えたら後は適当に我流でやらせるようになるだろう。

 俺は気はアホみたいに多いが、魔力はそこまで多くない。ランクから見てみるとよくわかるが、一般人とは言えない程度にしか持っていない。

 それでも俺としては問題ないので放置するが、魔力制御を教えてやらないとなのちゃんの周りの人間がやばい。

 例えば、喧嘩になって無意識のうちに馬鹿多い魔力で相当強化されたビンタでも喰らってみろ。例え死なないにしても少なくとも吹き飛ぶのは確実だ。そんなことになったら、なのちゃんは落ち込むだろうしね。

 

 ……それにしても、音楽で魔力が目覚めるってのは凄いな。確かに音楽は自分との対話とか周りとの兼ね合いとか瞑想的な要素を持ってないことはないが、それは結局微々たるものだ。仙人の修行じゃあるまいし……いや、仙人の修行だったとしても、この短時間でここまでの才能の開花は………繰り返すようで悪いが…………なのちゃんは本当に人間か?

 

 そう考えていても時間は過ぎていく。なのちゃんは新しく渡したばかりの楽譜を見ながらの演奏を終わらせ、次は見ないで弾けるようにともう一度楽譜を見直し始めている。

 なのちゃんのことだから、多分二回か三回で覚えきるだろう。元々頭のできは悪くないし、熱意があって才能もやる気もある。そして努力もしている。これで上達しないんだったら教えてるやつがよっぽどヘボだったのか、あるいは教える前提が間違っている(1+1=2なのに、1+1=3で計算しているような感じ)かのどちらかだろうな。

 

 ……とりあえず、あんまり魔力を乗せすぎると聞いたやつが発狂したりすることもあるらしいし、魔力の扱いは教えてやらないと。

 

 …………問題点は、教え方がよくわからないって所だけど。

 

 

 

 

 

side 高町 なのは

 

 まいにちまいにち練習をして、まいにち少しずつ上手くなっていっていることを感じる。

 さくらさんはわたしの成長を見てあきれたように大きく息をはきだしていたけれど、それでもまいにちわたしにバイオリンを教えてくれた。

 ため息の理由は、わたしがゆうしゅうすぎるからだって言っていた。ゆうしゅうなのはいいことだけど、ゆうしゅうすぎると逆に呆れてくるそうだ。

 

 ぱらりぱらりと楽譜をめくって楽譜を覚えながらバイオリンの旋律を頭の中で想像し、そのために必要な動きと指使いを想像する。

 いつのまにかこうしていくつも考え事をすることができるようになったけど、いつからかはちゃんとは覚えていない。

 ぱらりぱらりと楽譜をめくる早さも上がってきているけれど、これもいつのまにかできるようになっていた。

 

 最後の一枚をめくり、それから楽譜を閉じる。それじゃあ、やってみようかな。

 

 

 十分に満たないくらいで曲を弾き終わると、さくらさんがわたしに大切な話があると言ってきた。

 なにかなと思っていると、さくらさんの口からびっくりするような言葉が飛び出してきた。

 

「なのちゃんにはこれから、魔力操作の訓練を受けてもらうよ?」

 

 ……まりょくって、なんだろう?

 

 

 

 

 

side 織斑 一夏

 

 何の話をしているのか理解できないといった風のなのちゃんに、色々と簡単に説明する。

 まず、なのちゃんには魔力があること。そしてその魔力は、多分相当大きいこと。なのちゃんが音楽を演奏しているときには、無意識に音に魔力と感情を乗せていること。乗せる魔力が多すぎると、聞く人が発狂してしまうかもしれないこと。だから、魔力操作の訓練をしといた方がいいと言うことまでを、所々重要じゃないところを省きつつ説明した。

 

 そしてなのちゃんは、どうやら魔力操作を意識的にできるようにすることを決めたらしい。0秒即決ですぐさま決めてしまった。

 まあ、やらなかったらやらなかったで普通にバイオリンを教えることはしようと思ってたんだが、やってくれるならやってくれるでいい。

 

 そんなわけで、なのちゃんが次回来たら魔力操作の練習をすることが決定し、その日の練習会はお開きとなった。

 

 

 

 

 

異伝7 その6

 

 なのちゃんの魔力訓練初日。この日のことを一言で端的に現すと、天才って言うのはやっぱり理不尽なもの、だ。

 ん? 俺が言うなって? 俺はチートを後付けで貰っただけだから、けして天才じゃない。

 その点、束姉さんと束姉さんそっくりの声をしたこの娘さんは後付けのチート無しでこのスペック。俺なんてチート付けてても追い付けないって。特に知識面と魔法面は。

 

 ……魔力は英霊としてはそこそこあるから気合いである程度はいけなくもないけど、知識面はどうやってもねぇ…………。

 ただ、技術面はなんとかなる。昔からコツをつかむところまでは早かったから、コツをつかんだらあとはちょっとした反復練習の繰り返しだ。

 

 ……話がそれたので、元の路線に持っていく事にする。

 なのちゃんは、瞑想開始23秒で自分の中の魔力(多分そうだと思われるもの)を感じ取り、その三秒後にちょっと操って見せ、さらに出して固めたり垂れ流したりを繰り返し、自分の意思で魔力(多分そうだと思われる以下略)の放出量を変えたり止めたりして見せた上に、二時間過ぎた今はふらふらと空まで飛んでいる。

落ちたら危ないから低空しか飛ばせてないし、そもそも飛行と言うより浮遊と言った方が合っているような状態ではあるが………魔法ってのはこんなに簡単なものだったんだ? と言ってしまいたくなる光景だ。

 

 ……一応言っておくと、なのちゃんは現在四歳。四歳児がここまでできるっていうのは……本当に凄いな。驚愕や感心を遥かに超越して、最早笑うことくらいしかできない。

 ちなみに、俺が四歳だった頃はやっぱりよく寝ていた。あまり覚えてないけど、かなりの時間を寝ることに費やしていた気がする。

 小学生になってからは寝るのに制限がついたが、優秀な成績を残せば大抵のことは許されたからな。中学も高校も同じようにやってたような気がする。

 

 ……それこそどうでもいいか。

 

 さっきまでふらふらと飛んでいたのに、今では結構しっかりと飛んでいるなのちゃんを呼んで、バイオリンの音に魔力を調整して乗せる練習をさせる。

 それができるようになったら、少し応用して狙ったところに音を大きく聞こえさせたり逆に狙ったところだけ聞こえなくしたり、全体の音を均一になるまで増幅あるいは減衰させてみたりと………どこまで才能の塊なんだろうなこの娘さんは。

 

 僅か三日(ただし、魔力量の調整やら制御やらは家に帰ってもやっていたらしい)でなのちゃんは、普通のバイオリンで狂気の提琴の真似をできるようになってしまった。若い頃……と言うか、ここまで幼い頃からあんまり体を酷使し続けると体を壊して家族を心配させると思うが……まあ、軽く言い含めておけばいいだろう。多分。

 

 

 

 

 

side 高町 なのは

 

 さくらさんから、色々な話を聞いた。

 音楽に関することで無理をしすぎて体をこわし、30さいになる前に死んでしまった人の話や、毎日練習をがんばりすぎておかしくなってしまった人の話。こわれた体を引きずって頑張る人を見て、家族はいったいどう思うか。そんな、いつも笑っているさくらさんからは珍しい、重い話を。

 

 わたしにそんな話をしたさくらさんは、わたしにこう言った。

 

「なのちゃんには、家族がいるだろ? 大切な人がいるだろう? なのちゃんが体を壊したら、その人達はなのちゃんのことを心配するんだ。そして、こう思う。『ああ、私がもっとちゃんとあの子のことを見ていれば、こんなことにはならなかったかもしれないのに』ってね。なのちゃんだって、自分の知らないところで大切な人が怪我をしたら、どうして一緒にいてあげなかったんだろうって思わない?」

 

 まるでほんとうにそんなところに出くわしたことがあるかのように言うさくらさんに、わたしはこくりとうなずく。

たしかに、おとうさんがけがをしたって聞いたら心配するし、かなしくなる。わたしになにかできることはないかってさがす。

 

 さくらさんは、わたしの顔をのぞき込んで言う。

 

「なにが言いたいかっていうと、自分で無理をしていないと思っても、体には無理が出ることがあるから、休むときはしっかり休めってこと。無理をしても良いことなんてほとんどないからさ」

「……さくらさんって、おとうさんみたいです」

「………そんなことを言われたのは初めてだよ」

 

 さくらさんは真剣な顔をやめて、いつもみたいなのんびりとした顔になった。やっぱりさくらさんにはそっちのほうがにあってると思った。

 

「それじゃあ、今日はここまで。いい時間だからね」

「はい」

 

 わたしはさくらさんにバイオリンを返して、いつものように出口を開いてもらう。

 その出口の前に立ったとき、さくらさんから声をかけられた。

 

「それじゃあ、ちょっと宿題ね。次回来るまでに、なのちゃんが一番弾きたい曲を決めておいて」

 

 振り向くと、いつもの笑顔でひらひらと手を振っているさくらさん。わたしも手を振り返して、出口を出た。

 するとそこは、やっぱりうちの前。いったいどうなっているのかはわからないけど、さすがさくらさんだと思った。

 

 ……じゃあ、しゅくだいしなきゃ。わたしが一番ひきたい曲は…………。

 

 

 

異伝7 その7

 

 前日に出した宿題の答えを聞いてみたら、なのちゃんは初めて出会った時に俺が弾いていた曲を選んだ。ちなみにその曲は『ハジメテノオト』。俺がこの世界で初めて人前で弾くからと、それをチョイスしてみたんだが……なかなか好評でよかったよかった。

 

 そんなわけで、楽譜を渡して練習中。好きこそものの上手なれって言うけど、それはマジだな。上達の仕方が半端ない。これはもうすぐ俺の出番は無くなるな。

 ……そうなったら、俺はこの町離れるか。どこか適当に寝るのにいい場所を探そう。

 ヘルメスドライブで探してみたら、なんかこの世界の外にまた別の世界があるみたいだし……行くときはそっちに行ってみようかね。

 

 まあ、なのちゃんの公園デビュー(ある意味正しい)まではなのちゃんについててやることにしよう。それ以降は気分次第と言うことで。

 なのちゃんは才能あるし、努力もしてくれるし、色々と仕込み甲斐のある生徒だから、少し長居するかもしれないけど。

 

 そんなことをとりとめもなく考えていたら、なのちゃんに聞かれた。

 

「そう言えば、さくらさんの一番好きな曲ってなんですか?」

 

 そう言えば、なのちゃんには教えていなかったし聞かせたこともなかったな。聞かれなかったし忘れてたよ。

 

「俺が得意なのは子守唄だよ」

「………こもりうた?」

「そう。子守唄」

 

 なのちゃんの顔には『なんで子守唄?』と言うのがありありと浮かんでいるが、実際一番得意で一番上手いのは子守唄なんだから仕方無いだろ。

 ただ、俺がそれを歌うと聞いた奴は大抵寝るから評価されたことは少ないけど。

 

 その話は置いといて、なのちゃんにいくつかバリエーションを教える。一人で弾くときの楽譜と二人でバイオリンを弾くときの楽譜。それになのちゃんはバイオリンで俺が他の楽器と言うのも教えてみた。弾くことは無いかもしれないが、一応な。

 その他にも曲調違いを教えてみたくもあったが、流石に時間切れになったからそれはまたいつか。

 

 この日、帰るときになのちゃんが俺の子守唄を聞きたいと言ってきたが、ここで寝られると運ぶのが面倒なのでまた今度と言うことにしておいた。具体的には、なのちゃんが一人前になったと俺が思ったら聞かせてやることにした。

 

 ……一人前になったら出てく予定だけど。

 

 最後のは伝えずにそう言うと、なのちゃんはむっ!と自分に気合いを入れた。どうやら頑張る気になったらしいが………四歳なんだし無理はするなよって話だ。

 ……壊れないように洗脳しとくか? 無理はするなって。

 アリス・イン・ワンダーランドを使えばそのくらいできるだろうし、誰もがじゃないかもしれないが幸せになるだろう使い方だと思う。

 

 ……まあ、なのちゃんが本当に無理を通そうとする前にやっとくべきだな。勝手で悪いが明日あたりにやっとくか。

 

 

 

 

 

side 高町 なのは

 

 わたしの好きな曲。さくらさんに教えてもらった曲はみんな好き。

 けど、一番をひとつだけ決めるんなら、わたしはさくらさんとはじめて会ったときに聞いたあの曲をえらぶ。

 

 あの曲のおかげで、わたしはくすんでいたセカイにもういちど色をつけることができた。

 音楽のおかげで、わたしはきずなを作ることができるようになった。

 

 だからわたしは、いまのわたしを始めるきっかけになってくれたあの曲が大好きだ。

 

 そうさくらさんに伝えると、さくらさんはにっこりと笑って頭をなでてくれた。その手つきはいまは入院していて会えないおとうさんそっくりで、なでてもらったところがほわほわするなでかただった。

 

 あしたはちゃんとわたしが楽譜どおりに弾けるかを確認してから、初めての公園でみんなのまえでバイオリンを弾くって言われた。

 さくらさんももちろんいっしょに弾いてくれるみたいで、ちゃんとわたしが弾く方とさくらさんが弾く方の両方を覚えた。

 

 ……きっと、あしたはいい日になると思う。さくらさんはわたしにできないことをやれとは言わないし、無理すればできることも止めてくれるから、さくらさんができるって言ったらきっとできる。

 頭の中で、なんどもくりかえしてみる。

 ゆみの重さとにぎり。本体の重さとにぎりかた。曲調の変えかた。音のつよさや重さ、太さのちょうせつのしかた。音の高さの変えかた。他にもいっぱい。

 いまのわたしにできることは、体をやすめながらなんどもれんしゅうすること。

 だから、おやすみなさい。夢の中でも、さくらさんといっしょにれんしゅうできるとうれしいな。

 

 ……そういえば、さくらさんはいったいどこでくらしてるんだろう? 今まで気にしてなかったけど、もしかしていつもわたしといっしょに練習してるあそこでくらしてるのかな?

 また明日会ったときに聞いてみよっと。

 

 そんなことを考えながら、わたしはふとんの中で目をとじた。

 

 おやすみなさい。おとうさん。おかあさん。

 ……おやすみなさい。さくらさん。

 

 

 

 

 

異伝7 その8

 

 なのちゃんの公園デビューも無事終了してからしばらく過ぎた頃。もうなのちゃんは十分一人前の音楽家としてやっていけるだろうと確信が持てる程度まで腕をあげた。

 ……年齢から考えると異常に過ぎるが、俺の隣に異常がなかったことなんてありはしないので簡単にスルーしておく。

 

 そんなわけで、俺が好きな子守唄の第一位を唄って魅せようか。

 ちなみに、いつも歌っているシューベルトの子守唄とは別物で、確か日本製の曲だったはず。

 

 タイトルは、ゆりかごの歌。俺が一番好きな歌がそれだ。

 

 じゃあ、始めてみようか。

 

 

 

 

side 高町 なのは

 

 ゆらり、と視界がゆがむ。さくらさんが歌を歌い始めた直後から、きゅうにわたしの目にきりがかかり始めた。

 かんがえがまとまらない。けれどさくらさんの声だけは、すごくはっきりと聞こえてくる。

 

 ゆらり、ゆらりとわたしといっしょにまわりが揺れて、立っていられなくなる。

 ぐにゃぐにゃになった視界の中に、さくらさんの弾くバイオリンの音とさくらさん自身の声だけが響く。

 

 くたりと座り込んでしまいそうになると、そこにさっきまではなかったイスがひとつおいてあって、わたしのからだをやわらかくうけとめてくれた。

 背中にもやわらかいクッションのようなものがくっついていて、くたりとちからのはいらなくなってしまったわたしのからだをささえてくれる。

 

 ……ああ、もう、なんにも……わからなく………なっちゃった………………。

 

 …………すぅ……。

 

 

 

 

 

side 織斑 一夏

 

 俺の子守唄を聞いたなのちゃんは見事に撃沈した。一応三番の終了間際まで持ったが、そこで力尽きてしまったようだ。

 だが、年齢を考慮しなくても三番まで耐えられたのは凄いと思う。ちー姉さんと同じくらいまで意識を保っていられたってのは、本当に驚きだ。

 ちなみに、弾と鈴は二番の半ば。ののちゃんとラルちゃんは一番と二番の間奏の途中。シャルとかんちゃんは二番開始あたりで脱落した。たっちゃんとのほほんちゃんは一番の途中でオチた。

 

 そんなわけだから、三番まで持ったなのちゃんはかなり凄いといえる。相当興奮していたんだろうな。

 一人前になったら聞かせてあげるとも言っていたし、喜びも一入(ひとしお)だっただろう。

 

 そんなわけで寝てしまったなのちゃんを前にしたままゆりかごの歌を弾き終えた俺は、前々から考えていたことを実行に移してみる。

 それは、できるということはわかっているがこの世界でできるかどうかはわからないものだ。

 

 簡単に言うと、この世界を代表する歌を楽譜にする。もっと分かりやすく言うと、この世界がアニメになっていた場合のオープニングとエンディングの歌を抜き出して楽譜にするということだ。

 

 ISの世界では一応できたし、この世界がアニメなどの世界なら、多分この世界でもできるはずだ。

 楽譜は武器じゃない? 皮膚にあてて勢いよく引いてみれば斬れるし、楽譜を鉄板にしてみれば普通に武器になるだろう。できるできる。できてるできてる。

 

 

 

 そんなわけでやってみたんだが、なんか妙に多い。五曲以上ある。

 その中から適当に選んで、バイオリンで弾くのが一番似合いそうなのをちょっと改造しておく。一台のバイオリンから出せるような音じゃないから、それをおかしくないように整合させる。

 歌詞もあるようなので、それも含めて。

 

 そうして製作時間三分でできた曲の楽譜を新しく千の顔を持つ英雄で紙媒体(紙のくせに濡れてもインクが滲まないし、かなり燃えにくい)にして、同じように千の顔を持つ英雄で作った封筒に手紙と一緒に入れる。まあ、免許皆伝だな。さくら三級だ。表彰状は無いけど。

 それを、なのちゃんの前でいつも使っていた狂気の提琴のケースに入れて、寝ているなのちゃんと一緒になのちゃんの部屋に転移させる。狂気の提琴は作ろうとすればいくらでも作れるし、なのちゃんにあげちゃって問題ないだろう。

 練習場所が無いと不便だろうと思って、アンダーグラウンドサーチライトはそのまま残して所有者をなのちゃんに書き換えておく。

 

 ……餞別はこれくらいにしておいて、俺はさっさとお暇するかね。

 

 ヘルメスドライブを使って、なんだか世界の穴のような所から外の世界を観測する。そんなものまで映せるってのは凄いな。流石は武装錬金だ。

 そこから適当な場所を選んで、跳躍()ぶ。ほんとに、この空間移動ってのは便利だよな。

 

 さて、ここはどこかね?

 

 

 

 

 

side 高町 なのは

 

 ふっ、と目がさめると、わたしはわたしのへやにいた。

 じぶんでかえってきたおぼえがないから、きっとまたさくらさんが気をきかせてくれたんだと思う。

 

 ふとつくえを見てみると、そこには見なれたくろいケースがおいてあった。

 わたしはベッドからおき上がると、そのくろいケースに手をかける。

 

 止め金にはかぎはかかっていなくてかんたんに開いた。けれど、わたしはそのなかみを見ていきをのむ。

 

 それは、さくらさんの使っていたバイオリン。わたしの手には少し大きくて、なんだかそれを見ているだけでぴりぴりとする。

 さくらさんにたのんでみてもさわらせてくれなかったそれが、どうしてわたしのへやなんかにあるんだろう? そう考えていると、ふうとうが一つ入っているのを見つけた。おもてには『なのちゃんへ』と書いてあり、うらには『さくら』と書かれていた。

 わたしはそのふうとうを切り、中をあけて確かめてみることにした。

 

 

 

 

 

異伝7 その9

 

 なのちゃんに手紙を残して世界を移動してみた。すると俺の目の前に、地球じゃあもうアマゾンとかでしか見れないような、地平線まで見渡す限りの森が広がっているのが見えた。

 とりあえず、ここがどこだか知らないが、のんびりと寝ることにした。軍用犬(ミリタリードッグ)の武装錬金であるキラーレイビースを周囲に配置して、誰かが来たらすぐにわかるようにしておいて………と。

 

 よし。それじゃあおやすみ。

 

 

 

 

 

side 高町 なのは

 

『なのちゃんがこれを読んでいるころには、俺はもうこの世界には存在しないだろう』

 

 手紙はそんなことばから始まっていた。

 家にいたおにいちゃんからつかっていないこくごじてんをかしてもらって、よめないかんじをひらがなになおしていく。

 

『ここ最近のなのちゃんの上達速度は驚愕の一言。俺がなのちゃんに教えられるのは、もう俺の知っている曲くらいになってしまった…………と言うわけで、免許皆伝おめでとう。表彰状は無いけど、その代わりにこのバイオリンを進呈しよう。ちなみに名前は『狂気の提琴(フィディクラ・ルナーティカ)』だ。』

 

 ここまでよんで、わたしははなしに出てきたバイオリンを見る。何度見てもみょうにはくりょくというか、いげんのようなものがある気がする。

 

『そんなわけで、是非もらってやってくれ。そしてできれば、大事に使ってやってほしい。象に踏まれても壊れないように作った自信はあるが、限度というものはある』

『それと、ケースの蓋にカードが張り付いているはずだ。適当に地面でも壁でも好きなところに貼れば、いつも使っていた練習場ができて中に入れる。それもあげるから、使ってみてくれ。とりあえず、自分の部屋の壁にでも張り付ければ近所迷惑なんてことを考えずに練習ができる。つけたり剥がしたり、出たり入ったりはなのちゃんが自由にできるから、活用してくれると嬉しい』

 

 ふと、なみだが出てきてしまう。こんなにいっぱいもらって、もしかしたらさくらさんに迷惑をかけているんじゃないか……と。

 けれど、わたしのそんな思いを気にすることなく手紙はつづく。

 

『まあ、使うも使わないもなのちゃんの意思に任せる。頑張って一人前の音楽家から超一流の音楽家になってくれたらとても嬉しい』

 

 ……なみだで字がよみにくいけど、さくらさんの言いたかっただろうことはよくわかった。

 わたしは、ちょっとがんばってみることにした。さくらさんが言うんだし、きっとこの手紙にかかれていることはみんな本当のことなんだと思う。

 せっかくさくらさんにおしえてもらったんだから、もっと上手くなるように練習してみよう。

 

『最後に、この世界にいないと言ったが死んだ訳じゃないことを明記しておく。それじゃあ、またいつか』

 

 わたしはなみだをそででぬぐって、まどの外を見てみる。すると、空ににこにこと笑っているさくらさんが映ったような気がした。

 

 ……さくらさん。なのははがんばってみます。

 

『追伸。同封した楽譜をちゃんと歌いながら弾くと、回復魔法のようなことになるから試してみるといいかもしれない。お父さんに聞かせてあげるといいかも?その時に悪意が混じると逆に傷つけてしまうこともあるから気を付けるといい。以上、俺より大切な生徒へ』

 

 ……まず、魔力をつかわないで練習してみよう。そうじゃないとあぶないみたいだし。

 

 

 

 

 

side 織斑 一夏

 

 偽名のさくらは昔の名前の名字から。偽名を名乗ったり人を驚かせたりするのが好きな織斑一夏だ。

 

 なのちゃんのいた地球(多分)からかなり離れたどこかの世界で、俺はゆっくりと目を覚ます。

 時刻はわからないが夕暮れ時。ここにも太陽があるらしい。中々綺麗な夕焼け空だ。

 太陽から目をそらしてみれば、そこにはまた綺麗な星が輝き、空を見事に飾り立てている。

 

 ………そう言えば、昔にちー姉さんと束姉さんとののちゃんと俺の四人で一緒に流れ星を見に行った事があったっけ。

 流れ始めるまでは束姉さんの持ってきた望遠鏡(なんと自作。材料は俺が千の顔を持つ英雄で提供した)を使って天体観測をしたり、家で作った料理を食べたりしていたっけね。ああ、懐かしい。

 またいつか……って言ってたけど、結局四人で流れ星を見ることはあれ以降は無かったっけ。

 

 ……流れ星の代わりに、ちー姉さんの拳骨が束姉さんの頭に落ちる所だったらかなり高頻度で見てるんだけど。

 

 まあ、流れ星を見なくてもかなり楽しかったし、後悔は無い。とても楽しかった。

 最終的に…………おっと、これは言わない方がいいかね。またいつかのお楽しみだよ。

 

 …………さてと。それじゃあもう一眠りしようかね。朝は二度寝するがゆえに眠く、昼は昼寝するべく眠く、夜は夜であるがゆえに寝る……ってのは、いったい誰の言葉だったか……………………覚えてないな。

 とりあえず、そんなのを思い出さなくても寝るのにはなんの支障もないし、そんなのがなくても空も星も綺麗で空気は美味い。いい気分で寝付けそうだ。

 

 そんなわけで、おやすみ。

 

 

 

 

 

 

異伝7 その10

 

 

 ~一夏睡眠中~

 

 

 

 

 

side 高町 なのは

 

 毎日公園でさくらさんの代わりに演奏して、毎日自分の部屋にくっつけたカードの部屋でさくらさんの残したあの曲を練習して、歌も一緒に練習して、そんなことをしている間に友達がいっぱいできた。

 音楽は人の心を豊かにする。友達を作る起点にもなるし、わたしの場合は演奏すれば魔法を使うこともできる。

 お父さんの病室でバイオリンを弾いたら周りに迷惑だと思ったのでお父さんの怪我を治そうとした時は病院の屋上を借りて演奏したりもしたけど、あんまり有名にはなっていない。よかったような、悪かったような……。

 

 とにかく、人が怪我をしていたらちょくちょく治しに行ったり、時間が空いたらパソコンで適当に曲の楽譜を取ってきたり、いいなと思う曲を何度か聞いて楽譜を自作して練習してみたり、いろんなことをしてみた。これも立派な音楽家になるための一歩だと思えば悪くない気分だったし、人が喜んでいる所を見るのは嬉しかった。

 

 ……さくらさん。なのはは頑張っています。

 

 

 

 元気になったお父さんは、お母さんと一緒に翠屋で働いている。ケーキやシュークリームのようなお菓子をお母さんが作って、コーヒーや紅茶はお父さんが作る。コーヒーの方が美味しいって評判だけど……ちょっとよくわかりません。

 時々お姉ちゃんやお兄ちゃんもお店を手伝うことがあるけど、まだ小学生にもなっていないわたしはいろんな理由(例えば魔力なしじゃあ重くてお皿の乗ったお盆を運べないとか)でお手伝いをすることはできません。

 だからわたしは、公園のミニミニコンサートを三時くらいからにして、それまでは翠屋で思い思いにのんびりした曲を弾いています。

 ……少しだけだけど、誉められることもあったりして………えへへ♪

 

 お父さん達にはわたしがバイオリンを弾けることも、魔法が使えるってことも(秘密にしておきなさいって言われたから、お父さんたち以外には言ってない)、そもそもバイオリンを持っていたことにも驚かれた。

 けれど、お父さんを治すのに一役かってることを伝えて実践してみたり、さくらさんの手紙を見せたりしたら納得してもらえた。さくらさんは、実はちょっと有名だったみたい。

 

 そんなわけでわたしは翠屋の専属音楽家になり、ちょっとだけお父さんやお母さんたちのために仕事ができるようになりました。

 もうちょっと大きくなったら実際に店の手伝いなんかもできるんだろうけど、今はやっぱりどうやっても無理だからしょうがない。

 バイオリンは趣味の範囲内に納めて、大きくなったらお母さんの店を継ぐのが理想かなぁ?

 

 ……まあ、今から考えるのはやめとこう。もしかしたらお姉ちゃんの料理の腕が急激に上がるかもしれないし、捕らぬ狸の………なんだったっけ? 捕らぬ狸の……可愛いよ? ……だっけ?

 

 ……うーん…………?

 

 

 

 

 

side 織斑 一夏

 

 しばらく振りに起きてみた。時計を見てみると丁度朝方だったが、短針が何周したのかわからないのでシロを起こして月日を見てみる。

 すると、なんと驚いたことに三週間近く過ぎていた。

 最近は結構起きている時間が長かったから仕方無いのかもしれないが、いくらなんでもこれは長すぎるような気がしないでもない。

 とりあえず、睡眠はいいものだ。頭の回転を良くしてくれるし、体にもいい。普通の人間は真似をしたら体が相当弱ることになるだろうが、なんでか俺の周りにはそれでむしろ力を増すようなやつばっかりだったし……勧めても問題ないな。うん。

 

 そんなわけでみんな寝てみるといい。眠くなったら寝ておくべきだ。その場で寝たら生物学的に死ぬとか、社会的に死ぬとか、そういったことがない限りは。

 転生してからの俺の周りにはそういうことが結構多かったから時々キレることもあったが、ここはそんなことはなくて平和でいいねぇ………。

 

 …………あれ? もしかして今のフラグか? ここが平和じゃなくなるフラグか?

 ……それは困るなぁ………ここは結構気に入ってるし。

 とりあえず、なんかあったら起きよう。仕方無いからな。

 周りにはまたキラーレイビースを徘徊させておいて、なんかあったら知らせにこれるようにしておけばいい。

 数は……2000も居ればいいか。犬笛での命令は、周囲の索敵と敵対者(俺を叩き起こしに来る奴)の排除。そして不可能なら俺を起こすこと。

 自分で起きようとする時以外に起こされると気分は最悪に近くなるし、本当は勘弁してもらいたいんだが背に腹は代えられない。

 

 とりあえずは何もないことを祈ろう。起きるのは嫌だし、喧嘩や戦闘は好きじゃないし。

 相手をからかうのは好きだが、それもわざわざ寝るのを中断して相手を探してまでやりたいほど好きという訳じゃないし。

 

 適当に千の顔を持つ英雄で作った小屋の中に入り、これまた作りたての布団に入ってそのまま眠る。

 久し振りのぷちかと戯れながらの睡眠は、やっぱりいい。抱き枕的なものはあった方がいいな。今回は俺がぷちかの抱き枕で、ぷちかが俺の抱き枕という共生関係。誰も損をすることのない契約ってのは良いものだ。

 

 そんなわけで、起きたばっかりだがお休み。

 

 

 

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