お読みになるときは、主人公に自分の名前を当て嵌めて楽しむのもありかもしれません。
そしてシリアスを装ってますが、後半になるにつれて結構甘い内容になってると思います。
どうぞお楽しみくださいませ
自分は何故こんなに面倒な事になってるのだろう…。
ツイてない…と、思うのは勿論だが疫病神と言っても罰当たりではないであろう先輩方に気に入られてしまったのが運の尽きだったのだろうなぁ…。
何で校外活動せにゃならない…。それもブラック企業並な仕事量だ。いや、色々便宜を図ってもらった恩義はあるんだよ?でもね?この状況はそれと関係ないんだよ。だから運命という奴を呪ってもいいと思うんだよね。はぁ…
「なぁ…」
「なんです?冷泉先輩」
「これって帰っちゃ駄目なのか?」
「はぐれたんですから、どうせ面倒見のいい武部先輩達が探してるでしょうし、駄目だと思いますよ」
現在、高校生の迷子2名は闇雲に夜道を歩いていた。…うん、文章にすると何処までもアホだと思う。
逸れたのは自分と冷泉先輩なのだが、自分は冷泉先輩達のグループと一緒にいた訳ではない。
冷泉先輩は大洗女子学園の戦車道メンバーのあんこうさんチームの面々と共に居て、自分は嫌々ながら無理矢理連れてこられ、こちらも同じく大洗女子学園にある自動車部兼整備班に強引に引っ張られてきた訳である。
男である自分は勿論大洗女子学園の生徒ではない。同じ学園艦にあるとある共学の一年生で、家出した際に大洗女子学園の生徒会長に何かと厄介になり、貸しがある為に手伝いをしている外部協力者という扱いになっている。
だから整備班見習いとして力仕事を主としてパシリの如く色々扱き使われてたり……あれ?自分こそ帰っていいんじゃないかな?
自分は隣にいる小さな先輩に問いかける。
「冷泉先輩…帰っていいですか?」
「帰る素振りを見せたら私はそのまま貴様の家に付いていく」
「それ…どんな脅しですか…。
はぁ…了解です。冷泉先輩達が合流できたら帰ることにします。」
「最初からそうしろ後輩。」
それから会話は特に無い。
ツナギを着た男子高校生と浴衣で着飾った女子高校生の二人組。正直な話かなり浮くから目立つし直ぐ見つかってもいい物だと思うんだけどなぁ…
まあ、祭りの中だから冷泉先輩はそこまで目立たないかもなんだけどさ…そしたら自分だけ不憫じゃん…てか、自分を強引に連れてきたんだから先輩達はせめて待っててくれてもいいのでは無いだろうか?
直前まで戦車の最終点検で履帯及び足回りの点検をしていた為ツナギのまま手ぶらで、財布もケータイも取りに行かせて貰える暇さえ無く強引に引っ張られてた。…これはもう拉致だよね…。
「そういえば冷泉先輩は何故あんな所で蹲ってたんですか?」
「む…」
「いや、話しづらい事なら話さなくても良いんですけど単純に好奇心って奴です。」
「笑わないか?」
「笑う要素のある話なんですか?」
「後輩に笑われたらムカつくからだ」
「なるほど…。じゃあ、笑わないようにします」
「なら許す。」
何か話さないと手持ち無沙汰になるからだ。たぶん、互いに他意はないのだろう。
ただそこにいるから。ただ暇だから。ただ気が向いたから。お互いにそんな感じなんだと思う。
「私は暗い所が苦手なんだ。」
「意外と言えば意外ですね」
「…それだけか?他と違ってお前は冷やかしたりしないんだな」
「人間苦手な物の一つやつあるでしょ。そんなの笑いませんよ」
「そうか…」
冷泉先輩はそれから考え込むような素振りを見せると黙り込む。
気にせず自分もただ前を見て武部先輩などを探す。
それは気を使っている訳でもなく、相手が話したくないことを無理矢理や気を使わせて話させたくないだけ。相手が嫌がってるのに深くまで関わるのはするべきでは無いっていうただの自分の我儘っていうだけだ。
「…そういえばお前もワケアリだったな」
「そうっすね…まあ、西住先輩ほどじゃないですけどね。冷泉先輩もワケアリなんですか?」
ワケアリ…まあ、大したモノじゃない。家出して一人暮らししている程度だ。気を使われるようなモンじゃない。西住先輩の事情と比較するのも烏滸がましいちっぽけなものだ。
「私は両親が事故で亡くなっててな…」
「っ!?…すいません不躾なこと聞きました。」
「別に構わない。それに元から話そうと思ってたから気にするな」
「…へ?話そうと?なんでですか?」
「お前が暗いのが苦手な事を聞いたからだ」
「………。」
絶句した…。手持ち無沙汰だから…なんていう事ではなく…冷泉先輩なりの歩み寄り方だっんだ…。自分はそれで軽く聞いてしまっていた…。
クソッ!何…やってるんだよ…。
謂れもなく、己の愚行に苛立っていた。知らなかったから仕方無いと分かっていたとしてもそれは己の無知さだろうと責立てる。
「…すいません軽々しく聞いてしまって」
「はぁ…あのな?お前は私を見つけてくれて、一緒にいてくれてるんだ。軽々しくだろうと、聞く権利ぐらいあるだろうに、何故そんなに自分を責める必要があるんだ。気にするなって私は言ったぞ」
「でみょ…!」
「でもも、もし、もない。仮定の話をしても何も始まらないぞ。」
冷泉先輩はムッとしながらこちらの頬を両手でつかむ。
こういう所が男らしいよね…。
身長差のせいで見上げ手を伸ばす冷泉先輩と距離が縮まり頬が熱を持ち始めている自分なんかとは違う。肝が座ってるというかなんていうか、かっこいいよなぁ。
「…はい、了解です。」
「わかればいい。続けるぞ?」
そのあと冷泉先輩の過去に何があったのか、どうして暗いのが苦手なのかを黙って聞いていた。そして幽霊が怖いというのも。
恵まれていた自分なんかには想像も出来なかった冷泉先輩の過去。とてもじゃないが…自分にはこの人のようにはなれそうもないな…なんて思った。そして、この人の為に何かしてあげたいとも。
と言っても、自分にできる事なんて所詮、先輩達の乗る戦車の整備位なのだけどね…。
「…泣くな。」
「無理です。冷泉先輩の頑張りを知ってしまった以上、涙が止まりません。」
「まったく…同情されるのには慣れてるが、まさか泣かれるとはな。流石に予想外だ」
「うぐっ…だって、仕方ないじゃないですか。先輩のご両親だって…先輩だってこのままじゃ報われないです…そんなの悲しいです。」
自分の言葉に仕方ない奴だと何でも無いかのように前を見て淡々とする冷泉先輩。先輩は少し前を見たまま首を傾げ始めた。
そして熟考するように黙り込むとまた此方に向き直った。
「私が報われないというのは分かるが何故私の母さんと父さんまで報われない?普通は報われたと考えるんじゃないのか?
綺麗事は好きじゃないが、そこは私を救えて死んだとしても悔いはないとか考えるんじゃないか?」
「そうですね…。自分としても先輩のお母さん方としては己の命を引き換えにしたとしても娘を守れて悔いは無かったと思います…。」
自分の言葉に真剣に耳を傾けてくれる先輩。先輩の事は今の話を聞くまでずっと天才だからと努力を怠る人で不真面目っていう印象が何処かにあった。だが今の先輩の目を見て違うと完全に理解した。
己の間違いを恥じ自分の気持ちに向き合おう。
僕は先輩に…先輩の過去の話と、そして今の先輩の怖がる物と向き合う決意を決めた。
「でも、そうじゃない。
先輩は目を逸らしてる。僕と同じだ。己を悔いて、そして罪から目を逸らしてる。…いや、己の罪に気付いてるからこそ…そこに無い罪に囚われてる。」
「矛盾してるぞ。」
「でしょうね、僕もそう思います。矛盾してるんですよ。
誰も責め無い。それが自分を罪を捕らえさせてるんだ。だれかから責められれば自分は楽になれるのにって思ってる。誰からも責められる謂れはないって本当は気付いてるけどそこに目を逸らしたくて、自分だけが自身を責める。
それは誰も悪くない…だけど辛いから自分が悪かったんだと思う事で救われようとしてる。そんな事じゃ救われない事すら気付いてるくせに、それでもそう信じるしか出来ないんだ。ないという答えが…決まった物が出ない事で不安になってるだけだ。目を逸らしてる、見据えようとしてそれが余計に貴方を盲目にさせて傷付けてるんですよ。」
先輩は否定しようとするだろう。だけど、それさえ遮るように一息に言ってしまう。全く違うように見えて僕の問題とも似てしまっている現状…。結局向き合うしかないんだろう…。僕もそれを知っているから踏ん切りがつかなくて…だからそれは結局自分に向け、そして冷泉先輩にも向けた答え合わせ。
自分には冷泉先輩に言う資格なんてないけど、それでも冷泉先輩は…冷泉先輩のご両親は報われていいんだ。そうじゃなきゃ悲しいじゃないか!
「お前が何を言ってるのか私には分からない。」
「…ですね。僕自身何言ってるんだろうって思ってます。だけどこうも思うんです。
もし、冷泉先輩が居なかったら救われたかもしれない。でもそれを否定したいのは冷泉先輩自身じゃないかって…あの時の仮定は意味ないっていう先輩の言葉って本当はもう気付いてるからこその言葉なんじゃないかって…」
先輩は取り乱していた。それはもう僕の言葉に答えているのと同義だ。いつも通りのように馬鹿だなといえばそれで終わる事だけど先輩はー
「違う‼」
「違いませんっ‼」
ー否定した。
声を荒げてまで、祭りの喧騒に飲まれないほどの声量で周りの人達が何だと視線を向けるが先輩は気付いていない。それほどにいっぱいいっぱいになってしまっている。
だからそれは先輩自身が既に気付いてるという事だ。
僕はそれを肯定する。間違ってない。合っている。だから認めろと言うだけだ。それで先輩は救われる。
「冷泉先輩の両親が報われないのは冷泉先輩のせいです。
貴女は両親は凄いことをしたんだって貴女は誇っていない。残された、救った代わりに死んでしまったって思ってる。殺してしまったとか思ってるんだ!それは間違ってる。間違ってるんですよ…」
責められることで救われるなら責めてやる。だけど、その罪を背負おうとしてるのは間違ってるんだ。
先輩は良い人だ。誰かを気遣う事ができる人だ。そんな人が自分を攻め続ける姿なんて見たくない。
今の先輩は泣きそうな顔をしている。僕はそんな顔見たくない。
「違う…違う!私のせいで!」
「貴女のお母さん達は貴方を守りたかった。それこそ自分の事を投げ出してでも!それぐらいに貴女を大切に思ってるんですよ!だからその気持ちを先輩が否定していい訳ないじゃないか!!」
「だが結果的に」
「ええ、助けて亡くなってしまったかもしれない。でもそれは殺した事にはならないでしょ!!
なんで助けてもらった貴方がご両親の事を認めないんだ。そんなの悲しいよ…」
「認めてる!!お母さんとお父さんが凄いこと位!」
「嘘だ。貴女はそれを見ていないでしょ。暗いのが、幽霊が怖いって言ったのは責められたくないからだ!先輩は矛盾してる。」
「…っ!…っ…。分かってる、そんな事分かってる。でも…信じられないんだ…親を結果的に死に追いやった私自身を…」
とても弱々しい冷泉先輩。あの姿が本当の先輩なんだ。いつも何でも無いかのようにしているのは虚構で嘘で塗り固めた仮面で虚勢を張っているだけで本当の気持ちを守るために作り上げた殻に閉じ籠る…それがあの姿。だから、僕は今の彼女を救いたい。過去に囚われた冷泉先輩も、結果的に娘に重荷を背負わせてしまう事になってしまったご両親も…それは僕に出来る救済なのだから。
「なら、ご両親を信じてください!命を張ってまで貴女を救った貴女のお父さんを、お母さんを!その気持ちを!まずそこから始めましょう。自分を信じるのなんて後ででもいいじゃないですか。
それでも、いつかそんな偉大なご両親が救ってくれた自分が胸張れるようになればそれで…。それで手向けにはなりませんか?それじゃだめですか?」
僕は一度引っ込んだ涙をまた流していた。
「もし、一人で胸を貼れるだけの人になれないのであればいつだっていつまでも僕がお手伝いします。だから…ご両親と向き合ってください。ちゃんと認めてあげてください…。きっと、責めたりなんかしない!ご両親は貴女のことを今でも好きでいてくれています。だから否定しないで…ご両親が大好きな貴女を、冷泉先輩自身が否定しないであげてください…。」
「ふ…ふふ。お前は…無茶苦茶だな…。否定して、肯定して、それで認めなくていいって言って認めろといって…ははは。でも…何故だろうな…綺麗事は嫌いなのに、お前の言葉を受け入れたい自分がいる。」
先輩の目には涙が溜まっていた。それでも流さないようにとしている。もう、我慢なんてしなくてもいいんですよ…先輩は十分頑張りましたよ。泣き言だって言って良かった。頑張り屋だって僕はもう、知ってますから。だから…
「いいんですよ、信じても。僕の言葉を信じたい冷泉先輩の中の心の言葉に耳を傾けてもいいんです。それは貴方の本心なんですよ。」
僕は冷泉先輩を抱きしめた。
その背中はとても小さく、その身に抱えている物の大きさにはとても見合わなかった。そして震えていた。怖かったんだろう、ずっと我慢していたんだろう。
「もう、我慢しなくていいんです。冷泉先輩はよく頑張りましたよ。辛かったら言ってください。僕は頼りない後輩ですけど、貴方の抱える重荷の少しぐらい肩替わりしてあげられますから…」
「ぅぁ……」
今の冷泉先輩の顔は抱きしめているから見えない。だけど、震えが少しでも止む様に、安心出来るように、僕はそーっと冷泉先輩の頭を優しく撫でた。
声を押し殺していたが、冷泉先輩は抱きしめる僕のツナギの後ろ身頃をギュッと握り締めてそっと泣いていた。僕は何も見ないように目を閉じ、ただ先輩が落ち着くようにと頭を撫でるのだった。
時間が少し経ち冷泉先輩は落ち着いたようでばつが悪そうな表情をしていた。流石に立ち止まりっぱなしでいるのも申し訳なく、いつまでも抱き合っている訳にもいかず冷泉先輩を解放する。
「ぁ…」
「うっ…」
そうだよね…。普通に考えたら分かるよね…周りの人垣は少し離れた所で僕達をニヤニヤと微笑ましい物を見る目で見守られていた。
道理で人通りが緩やかな訳だ…今更になってようやく自分が何をやっていたのか理解させられて凄く恥ずかしくなってきた。
隣の冷泉先輩なんかは泣き顔までしてしまっていたのだから僕よりも恥ずかしいだろうとソっと盗み見ると…残念そうな?不機嫌そうな表情をしていた。
…この人の胆力にはとてもじゃないが敵わないなぁと戦々恐々しながら頼りになる先輩だとまた前に向き直った。
それでも僕はこの生温かい視線に耐えきれなくてそそくさと冷泉先輩の手を取り走り出した。
冷泉先輩の同意も取らずにただこの視線がない所へと行きたいという一心で急ぐのでのであった。
「疲れた、もう歩けん」
冷泉先輩のその言葉で冷水をかけられたかのように頭が冷え、一瞬で冷静になる。そして冷泉先輩の手を握ったままだったのを思い出し、慌てて離す。
「す、すいません!」
「疲れた、もう動けん…おんぶを要求する」
息を切らして肩で息をしていた。その様子でから冷泉先輩に申し訳無さを感じその要求を呑もうとしてピタッと固まった。
冷泉先輩は着物で、そんな衣服でだっこしようものなら…脚をはだけさせることになり、そんな状態で脚に触らなきゃいけないのでは?
という問題に気付いてしまった。
イヤイヤ、一通りが少ない場所だけどダメでしょいくらなんでも!
「…ならだっこ」
「あの…冷泉先輩?気付いて無いんですか…」
「何がだ?私は後輩に無理矢理引っ張られて走らされた。多少の我儘は聞いてくれるんじゃなかったのか?」
「ぐっ…!!それをここで持ち出すのは卑怯ですよ!」
「なんとでも言え。私は使える物はなんでも使う。」
言葉では何でもない様に言っていた冷泉先輩だったが、何処か心配そうにしていて先輩なりに甘えてくれているのかもしれない。
放っておけないその表情に僕は折れる。そういう無自覚な所がズルいんですよ…と心の中で軽く責めると手を広げ、「ん…」と言葉少なに急かす冷泉先輩に近づき屈み、僕の首の後ろで手を組んでもらい抱えられるようにしてもらう。
そして右手を冷泉先輩の腰に左手を膝の後ろに当て、右手を固定したまま膝裏に当てた左手は掬い上げるように持ち上げる。
所謂お姫様抱っこという物だ。
「なっ!!?おまっ…!」
「あ、暴れないでください!すぐそこにベンチあるんで、そこまで我慢して下さい!恥ずかしいのはお互い様ですから」
「うぅ…分かった」
尻窄みになっていく冷泉先輩が暴れるのを止めるタイミングを見計らい歩き出す。
密着している上抱き上げている為に自分の顔と冷泉先輩の顔との距離も必然と距離を詰める形になってしまっている。先輩も流石に意識してしまうのか赤くなっている。
自分もだけど…
心臓がバクバクと大きく、そして鼓動も速くなっていく。
うっ…意識したら余計に恥ずかしくなってきた。先輩って小柄で子供っぽく見られがちだけど男らしい格好良さもあるけど、女の子っぽい可愛い所も多いんだよなぁ…あ、先輩って見つめてみると睫毛長いんだなぁって違う!そうじゃない意識しないようにってしないといけない訳でなんでこのタイミングで見つめちゃってるんだよぉ!?
うわうわっ!!冷泉先輩まで真っ赤だよ!こ、これは速くベンチまで行かないと!
「お前は格好つけるのかつかないのかハッキリさせた方がいいと思う」
「う、うっさいです!」
あの後ベンチに腰掛けさせると自分も隣に座ろうとして、固まり冷泉先輩を意識してしまい、慌てて距離を開けた位置に移動したらベンチから落ちてしまったという訳である。笑われたのは仕方ないとは思うよ?でも笑いすぎ。
…まあ、冷泉先輩が笑い出したおかげで互いに意識しない程度の距離に戻れたので良しとしよう。
「あっちに自販機があるので適当に飲み物でも買ってきますけど、リクエストありますか?」
「ミルクセーキ」
「流石にこの時期にはないと思うんですけど?」
「なら仕方ない甘いので我慢してやろう」
「クスクス、いったい何処から目線ですかそれ」
そんなやり取りをしながら席を立つと自動販売機の方に向かう。
冷泉先輩にいってきますね?と一声掛けると冷泉先輩から離れていった。
side 冷泉麻子
私から見たアイツは少し変わった男の後輩という印象だった。男というとガサツで怖いというイメージが何処かにあった。
だが初めて会った時、生徒会長に巻き込まれるように連れてこられた彼には先ず苛立ちが浮かんだ。
なんだろうな…諦めた顔というのか、生気がないように見えた。
まるで…鏡を通して私を見ているような感覚とでも言うのか、全然似てない。似ても似つかないのに…何故か私は同族のような気がして心に凝りが残るような嫌悪感を彼に抱いた。
連れてこられた男に騒ぎ出す戦車道の面々に生徒会長は「整備班に加わるから皆よろしくね〜」と軽く説明。周りはキャーキャーと騒ぎだした。まったくもって喧しい。
私は嫌悪感の塊と共にするなどごめんだ。最低限の関わりだけでいいだろう。どうせ、ここの人は良い人ばかりだ。私が動かずとも勝手にやってくれるだろうから私は知らん。
そんな風に過ごして一ヶ月経ったある日だった。サボっている最中に彼を戦車倉庫で見かけた。
彼が戦車と向き合っている姿を見て己の間違いに気付いた。
ただ黙々と作業する姿は額に玉のような汗を滲ませ煤にまみれた腕で拭い、黒く染まる。だけど気付かないみたいでまた仕事に戻る。それだけ目の前の仕事に集中しているという事だろう。
その横顔は私なんかとは似ても似つかない充実している顔だった。
なんで…お前はそんな顔が出来るんだ!お前は私のような顔をしていただろう…。嫌ってる癖に仲間意識のような物も何処かにあったのかもしれない。それ故に分からなくなった。
自分勝手な思い込みで彼を遠ざけた。その癖、彼が離れていってしまったら私は孤独を感じて怒りを抱いて…。いったい私は何様だ…。
そしてまた自己嫌悪に至る。…また?
その言葉で自分の中にある凝りの原因が分かった。分かりたくないが突き詰められた。…私は怖いんだ。誰かが居なくなるのがとても怖い…。離れていくことが…一人になることが…。
見捨てられる事が……
私は胸の奥底に眠っていた恐怖心が沸々と湧き上がってくるのが分かった。溢れ出すドス黒い感情に絡め取られ身動きが取れなくなる。
怖い…嫌だ…ヤメてくれ…もう…誰も……。
―カランカラン
そんな甲高い金属音が響き我に返る。足元にも自分の周りにも黒い闇など広がってなく、それが錯覚だったのが分かる…白昼夢でも見ていた…のだろうか?
今は金縛りの様に動かなかった身体は問題なく動く…。
「あれ?冷泉先輩?こんな所で何してるんですか?今授業中ですよね?」
「うるさい」
「……。何かあるならココア程度であればお持ちしますが?」
「…貰う。」
誰かに口煩く言われるのは好きじゃない…だけど、優しくされるのは…嫌じゃない。心が満たされるような気がする。
後輩は熱すぎず、ぬるくない程度の温かいココアを入れてきて私の前に差出す。後輩の手にはコーヒーがあった。後輩は私が飲むのを見届けると離れた所に落っこちていた大きなラチェットレンチを拾い上げ工具箱へと戻す。そして敢えてなのか少し離れた場所で腰掛けていた。そしてコーヒーを飲みながら空を見上げていた。
彼から声は掛けてこない。他の人とは違う反応に戸惑いながらもその無言の間が心地よいなと感じていた。淹れてくれたココアは私の冷え切っていた体に熱を持たせるように流れ込んでくる。舌に残る甘さとカカオの香りからほんのりと心から温まるような気がした。
そんなココアを寄越した後輩は相変わらずで、それを真似て空を見上げ雲が流れていくのを眺める。ぽかぽかの陽気に当てられ普段なら寝てしまうのに、何故か今は眠るのが惜しいとすら感じる。
だ、が…ふわぁ…
…
……
………
どれ位経っただろうか?眺めていたらいつの間にか眠ってしまっていたようだ。日差しの熱を含んだ草が
温かく、土の香りと青臭い香りが私を包んでいた。
起き上がろうとするとパサッと何かが私から落ちる。黒いそれを拾うとなんだ?と確認する。
何処かで見かけた事がある衣服の上着だ…。ブレザーだ。どこで見た事があったのだろうかと思い返してみるも直ぐには思い浮かばず一先ず羽織っておく。
そういえば後輩はどこだろうか…?今更ながら思い出し、キョロキョロと探してみるも見当たらず、せめてココアの礼だけでもしたかったのだけどと思ったのだが見当たらないのであれば仕方ないと時間を確認しつつそどこにバレないようにしつつ教室に戻ろることにした。
教室に帰る前に沙織につかまり「何処行ってたの!」とか「探してたんだよ!」とかどやされた。
そして、羽織っているこのブレザーはどうしたんだとも。私は知らんと答えるとまた沙織は煩くする。
喧しくて堪らないとお手上げ状態で言われるがままでいるとそれに五十鈴が助け舟を出してくれた。
「確かそのブレザーって○○高校のですよね?」羽織ってるのは○○高校のブレザーだったらしい。
それに対して西住さんが○○高校って確か後輩の通ってる所だと言っていた。ふむ…ならこのブレザーはアイツのなのだろう。
言わなければいけない礼が増えてしまった…
「それって彼シャツならぬ、彼ブレザー⁉いいなぁ!一体いつからそんな関係になったの麻子‼?」
ワーキャー騒ぎ出す沙織、そわそわしだす西住さん、声と態度には出さないけど話すのを明らかに待ってる五十鈴さん…騒ぐとそどこが……
「冷泉さん!貴方またサボってたわね!!」
完全に収拾がつかなくなった教室でグッタリしながらとんだ置き土産を残した後輩に逆ギレながらに呪詛を呟きながらあの後輩と向き合う事を決めたんだったな。
そして、今のお前は気付いてないだろうが私は今、夜の暗さの中に一人でいる訳だ…怖い物に向き合えるようになった。快方に向かえるようになったのだが…本当に気付いてないのだろうな…。
私自身の問題に向き合わせてくれたのは他でもないお前なんだぞ?なんて心の中で思ってもお前は分からないのだろうな…。
後輩が駆けて行った方を見ながら仕方ない奴だと呆れていたが、暗闇に誰かが立っているのに気付いた。
立っているのに浮いている?夜の闇のせいだろうか…脚が闇に隠れてしまっているようにも見えた。どういう事なのか考え、すぐ様に一つの結論に行き着き固まる。
ゆ…幽霊じゃないだろうな!?
それは2人寄り添うように立っている。ガクガクと震える身体、だが視線は外す事ができなくて…だけど、段々と視界が上に向いていく。意識とは別に何かが体を動かしているように足から腰、腰から胸、胸から……
上がっていく視界に焦る私だったが何故だろうかどこかで安らいでいる自分も居た。あの二人を私は知っている…?なぜ?怖い筈なのに懐かしくて…目が離せなくなっていた。
そして胸から上へと至る。
「あ…あっ…」
そこに居た二人は亡くなった筈のお母さんとお父さんだった。
つまり幽霊…。でも…怖くはなくて、震えもなくて…責められる事が怖いと思っていた事を気付かされたからだろうか?それとも向き合う為に必要なのだとしたらその資格という物を得れるまで力になると言われたから?
幾ら考えても一向に答えは出ず、結局はその理由は分からなかった。
でも、それでいいのかもしれない。
あの後輩ならそれを一緒に考えてくれる。共に答えを求めてくれる。そう考えれば心に温かい物が灯り、余計な考えを吹き飛ばしてくれる気がするのだ。
だから、今の私が両親に言える事。そして聞きたい事、それはー
「私を生かしてくれてありがとう。どれだけ感謝しても到底感謝しきれるものではないけど、それでも私はその想いに応えたいから二人の分までしっかり生きます。
…私は二人の子供で良かった。私は二人に報いる事は出来てるかな?」
答えは返ってこない。
それは駄目ということではなくて単純に言葉はいらないという事なのかもしれない。
目の前の二人の目はとても朗らかに笑っていて、その瞳にはどんな言葉を紡ぐよりも明らかな言葉が宿っているように私には見えた…
言葉だけでは説明できない、足りない全てがその瞳には宿っていて…そう感じてしまったのは勘違いかもしれない。でも、私にはそうとしか感じられなくて…だからそれを信じたい。都合の良い解釈かもしれないけど…信じたいんだ。
アイツの言葉でもある…信じたいという心の中の言葉は本心なのだという物を…。
母と父はそんな私の様子を相変わらず嬉しそうに見つめる。言いたい言葉は…伝えたい言葉は…聞きたい事は…沢山ある。
「私は幸せになっても良いのだろうか…」
ー幸せになっちゃいけない人間なんていないです。
まだそんなこと言うんですか?と少し怒った様子の後輩が母さんと父さんのいる方のとは反対側の私のすぐ横に立っていた。
私は後輩の方に向いている為に両親を見る事は出来ないが私の向こう側にいる立ち位置の後輩には両親の事が見えている筈だ…だけど気付かないのか?それとも私にしか見えていない?
真相は分からないが…後輩を通した言葉が二人の言いたい事のようにも聴こえた。似てもいない声なのに父の言葉のように何処かで被って聴こえたのだ…。
「だから、冷泉先輩(麻子)は、我慢のし過ぎです(だよ)。頑張ってるのは分かりますけどちょっとは周りを頼ってください(りなさい)!貴方が自身を一否定するなら、僕は貴方をニ肯定します。貴方がニ否定するなら三でも四でも肯定してみます。冷泉先輩先輩は卑屈過ぎるんですよ。そんなんだから根暗になっちゃうんですよ?」
冗談めかしていう姿は今にして思うと何故忘れてしまっていたのかすら分からなくなってしまっていた忘却の彼方に眠っている記憶を思い起こさせる。無邪気で楽しそうな笑顔、だけど何処か私を気遣うその優しさが滲み溢れる悪戯な笑みを浮かべていた母を…
「…余計なお世話だ」
「かもしれないですね…。でも、僕がやりたいからやる。ただそれだけです」
瞳の奥には決意が見て取れた。
「自分勝手だ」
「ええ、そうですよ。こんなの自己満足にしかならないです。でも、買ってでも出てやりますよ」
表情には諦めが少しと開き直った明るさがあった。
「馬鹿だな」
「大切なことに目を背けるのが賢いなら死ぬまで一生馬鹿でいい」
声には侮蔑と誇りが含まれていた。
「また面倒をかけるぞ」
「世話がかからない人はいません。先輩に頼られる位どうってことないです。」
身振り手振りで大した問題ではないと語った。
「…お前はどうして」
「先輩はどこか僕に似ていた。だから分かった。だから助けたかった。だから放っておけなかったんだ。だから…」
その目は私を真っ直ぐ見据え、捉える。
逃げ道を塞ぐように…言い訳ができなくなるように…もう、悲しまなくてすむように…
それが自分の全てだと、彼の全身に取り巻く空気、雰囲気がそう醸し出していた。
「…わ、私は…幸せになっていいのか?」
「先輩は頭がいいのに気付かないんですね?なら言わせて貰います。
…今こうして悩める事は貴方が生きてるからで貴方が生きてるという事は貴方のご両親がくれた幸せです。ご両親が貴方の命を守ったのは貴方の幸せを守りたかったからだ。貴方はそれでも幸せを拒否したいんですか。それが答えだ。
…だから僕は先輩は幸せになっていいと思います。幸せになって欲しいです。これ以上自分を不幸にしないで欲しいです。」
「…ははっ、そうか…そんな簡単な事だったんだな。」
私は幸せになる許可が欲しかったんじゃなくて…誰かに認めてもらいたかったんだ。一人になる恐怖もあった。でもそれだけじゃなくて…共にいてくれる友達…。
幸せを求めるばかりで気付かなかったけど…こんなに近くにあったのに…目を背け続けていたんだな。
私の幸せはこんなにもすぐ目の前にあったんだ…。
彼は私に幸せを願ってくれた。私を認めてくれた。私を叱ってくれた。ともに歩むと言ってくれた。私を元気付かせてくれた。隣にいてくれた。言葉をくれた。想いに気付かせてくれた。笑えるようにしてくれた。
そして…恋心をくれた。
「なあ、お前は誰かを好きになった事はあるのか?」
それは小さな一歩。だけどとても大きな一歩で私なりの歩み寄り。
自分に自信はないが彼は…私と似ている彼なら共に歩んでくれると確信している。
「いえ。…でも、どうしても目が離せない相手なら居ます。好きといっても色々種類がありますから自信は無いですけど、彼女の事を放っておけないっていう想いは恋に近いのかもしれないです。それが好きという感情なのかはまだ自分でも分かってはいないんですけどね」
「お前は察しがいい癖に馬鹿だな。私から言わせればそれは好きだという事だ。誰かが気になる、一緒にいたい、支えたい、支えられたい、笑って欲しい、笑い合いたい…その気持ちの積み重ねが好きで、愛してると言う事だ。」
さっきの仕返しに彼を真似て少しおどけて返す。
そしてそれは全て私にお前がくれた物だと言外に言った。彼は少しキョトンとしながらも段々とその意味を理解してきているのか恥ずかしそうにしていく。
「それって…」
「ああ、お前が抱えている想いは恋だ。そして、私が後輩に抱いているのも又恋。
…スゥ、ハー…私は君が好きだ。共に歩んでくれると言った時、私は凄く嬉しかった。私にくれた言葉が私を強くしてくれた。そのおかげで私は向き合うことができた。そして思い出す事が出来たんだ…忘れてた大切な思い出と気持ちを…。だから……」
私の精一杯。込められる想い全てを乗せた…彼は受け入れてくれるだろうか?ここまで来てその考えがよぎり先の言葉が出てこない。
怖いんだ…もしかしたら関係を壊してしまうかもしれない…言いたいという思いで言ってしまったが最後まで言ってしまったら儚く散ってしまうかもしれない。それを言ったら…
って思うと…心が張り裂けてしまいそうで…
「冷泉先輩…実を言うとですね?」
言葉が続かない事を感じ取ったのか、途切ってポツポツと口を開いた彼は何処か自白するように言いながら遠くの虚空を見つめる。
あの日の空を見上げる表情と同じ穏やかな顔で、その視線は不思議な事に両親の方向を向いているのだった。
「僕、この気持ちはただのお節介とか同じ表情をしてたからした同情なのかとずっと思ってたんですよ。」
自嘲気味に笑っているけど、覚悟を決めた瞳は変わっていなくその先の言葉を想像し鼓動が速くなる。
「先輩に言われて自信が持てました。僕は…冷泉先輩に、冷泉麻子さんという人に惹かれていたんですね。…自分が自分で居られなくなってしまうぐらいに僕は先輩が好きです。この抱く気持ちが愛だというなら狂おしい程に愛してます。どうか…僕と付き合ってくださいませんか?」
そんなの決まっている。お互い同じ気持ちなんだ。私も彼が好きで好きだから壊したくなかったわけで…
だから、私の答えは…
「喜んで」
嬉しさで視界が滲む。
溢れる想いと共に涙が出る…。だから頭で考えてもその思いを伝える術が見つからなくて…でも伝えたくて…感ずるままに…本能的に、口に出る。
「私と何時までも共に歩んで欲しい。答えが出ても、ずっと…ずっと私のそばに居てくれないか?」
「勿論ですよ。お互いに大人になって、おじいちゃん、おばあちゃんになってもずっと…ずっと一緒にいましょう」
隣に座ると私の手をぎゅっと優しく握ってくれる。温かい手、私よりもゴツゴツしてて大きい手で労る様にそっと包み込んでくれた。
それだけで心が温かくなる。
どこからか遠くの方から拍手が聞こえたような気がしたが、私はそれを夜の帳に消え入るような小さな音だった故に気のせいだろうと思考の隅へと追いやった。
それからは互いに何も言わずにただ手を握り合っていた。言葉には出さず、大切だ、好きだ、と伝え合うようにそれを続け合う。
空には綺麗に星が瞬くも見上げる事はせずに隣の様子を窺うようにそっと盗み見た。
その視線に気付いたのか、上を見ていたのを止め、私を見てそしてニコリと微笑む。
それだけなのにドキドキと胸が高鳴るのが分かった…。だけどそれに気付かないのかまた空を見上げようとしていて、平然としている顔に私は悔しくてちょっかいをかける事にした。
「そういえば飲み物はどうした」
「うぐぅっ!!?」
「あれだけカッコつけて告白した人間が手ぶらなんて事はないよな?」
「冷泉先輩絶対わざとでしょ!実は買いに行く前から気付いてて黙ってた!確信犯でしょ!!」
「カッコつけるのかつかないのかハッキリさせた方がいいぞ…っぷ!」
「ちょっ!わ、笑わないでくださいよ!」
顔が茹で蛸並に真っ赤になったのを確認すると、してやったりと溜飲が下がった。そして、勝ったと何に対してかは分からない勝利の余韻に酔いしれる。
「先輩は意地悪です。」
「ふふふ、いじけるな。すまなかった。」
拗ねているのかそっぽを見て口を尖らせていた。こういう子供っぽい一面も可愛い。でも、私はお前の格好いいところもちゃんと知ってる。だからこそそういう反応も私にとっては愛おしい。この一瞬一秒が私には嬉しく、愛おしく、幸せにしてくれる。
…そして、そういう時間ほど短く感じ壊れやすい。
それにほら、向こうから声が聞こえた。
「麻子〜!どこまで行ったのぉー!!」
「麻子さーん!どこですかー?」
「たしかにこっちの方に行ったと言っていましたけど…あ、あそこに人影が見えますよ!ほら、あそこです」
「ホントです!!あの着物の柄はおんなじですし、きっと冷泉さんですよ。」
騒がしく私の名前を呼ぶ4人が遠くにいた。
彼もそれに気付いたのか私に微笑みかけて「あ、お迎えが来たようですよ?」と言ってきた。私としてはこの時間がずっと続けばいいと思ったのに、なんか裏切られたような気分だ。
「先輩…確かに名残惜しいですけど僕とはこれで最後という訳ではないです。いつだって一緒にいれます。こういうのって初めてだから分からないですけど、離れている時間を含めて少しずつ育んでいくんじゃないですか?」
「む…それはそうかもしれないが…」
「なら先輩のお願いをなんでも一つだけ叶えます。それなら如何ですか?」
「なんでも…。分かった。
だったらそのお願いを今から聞いてもらうぞ!わ、私の事をこれからは先輩では無く、麻子って呼び捨てで呼んでもらうからな!!」
それは小さな我儘。だけど私達の関係にとっては大きな一歩になると信じている。
「ま、麻子…さん」
「ヘタれてたら言うこと聞かないからな!」
真っ赤になってヘタれる後輩に叱咤する。大きな一歩なのだ。譲歩なんかしてやらない。
「麻子っ!」
「っ…!!は、はい。」
まだ顔が赤いものの覚悟を決めた男の顔というのはキリッとしててカッコイイものだな…。うん、照れる。コイツ、黙ってればイケメンなのにヘタれてるときの情けなさが顔に出るからなぁ…それも良いのだけど…うぅ…真っ直ぐ見られると恥ずかしい…
「あの、ではこれで」
「すぐヘタれる。女というのは不安がるものだ。女は自分の所有物だって証をつけて欲しい物なんだぞ?男ならそれぐらいの気概は見せてみろ」
「うっ…な、なら失礼します。」
また沸騰しそうなぐらいに耳まで真っ赤にしつつも私にゆっくりと近付き抱き締め、耳元で囁いた。
「麻子の事は誰にも渡したくありません。浮気なんかさせません。貴方の事を心配させない男になってみせます。でも、それまでは待ってほしい。必ず僕が貴方を幸せにしますから」
「…わ、分かった、もういい!もう分かったから!!」
あんなのを一瞬で浮かぶアイツの頭に驚愕だ。それに言われた私まで真っ赤になる。
………。
…沙織の情報もたまには役に立つな。
「で、では今度こそ失礼しますね?」
「待て」
「まだ何かありますか…」
「今日飲み物取ってこれなかったんだ。…代わりに今度、またお前が入れてくれたココアが飲みたい」
断られる事はないだろうけど、少し意地悪だったかもしれない。それを引き合いに出すのはちょっと…ちょーっと狡かったかもしれない。
「…はいっ!いつでもお待ちしてます」
「気を付けて帰れよ」
「麻子先輩も気を付けて!」
良かった…どうやら気にしてなかったようだ。
しかしなぜ最後だけ先輩呼びになってたんだろうか?そして何かを忘れてるような気がする…
…
……
………
…あ
気付いたときには遅かったようでガシッと両肩を掴まれる。そして背後からは底冷えするような声が聞こえてきた。
「まぁこぉ〜!!」
「さ、沙織…」
「いつの間に仲良くなってたの!あれって整備班の子だよね!どうして友達だって教えてくれなかったの!!」
「これには事情がある」
沙織がマシンガンのように捲し立ててくる。早口過ぎて何言ってるのか全部聞き取れないがやかましい。
それを流しつつ残りの三人探していてくれた事に礼を言う。
「4人とも探してくれてありがとう。すまない、手間をかけた」
「いえ、麻子さんが無事見つかって良かったです」
「それにしても…冷泉さんたしか普段冷泉先輩って呼ばれてませんでしたか?沙織さん程ではないですが私も気になります」
「そういえば、抱き締められてましたね…」
あんまり沙織を刺激するようなことは言わないでほしいのだが、この中で唯一の頼みの綱である西住さんも興味ありそうにしている所を見るともう、諦めるしかないのだろう…。やっかいだ…。
「…あー!もしかしていつだかのブレザーの時にはもう…」
「あの時は後輩が気を使ってくれただけだと言っただろう!」
「…はっ!じゃあじゃあ、暗くて一人寂しい中助けてくれた事で恋に落ちたんだ!」
「…違う。」
「じゃあなんで言い淀んだの?」
「黙秘する」
沙織は恋愛絡みになると五月蝿いからな…迷惑レベルで根掘り葉掘り聞こうとする…。
「ふぅ〜ん…じゃあ私もアプローチかけちゃおうかな〜」
「それは許さん!アイツは私のだ‼」
自分でも驚く程の大きい声で素早く言い返した私を沙織は驚いた顔をした後にどこか嬉しそうに見ていた。微笑ましいもの見るように目を細め生温かい視線を向ける。
「やっぱり何かあったんじゃない。…でも、その様子見ると本気なんでしょ?」
「………。」
優しい声、これは私を気遣ってくれてる証だ…。私が心配だから口煩くする沙織…いつも感謝してる。
「沙織、私はアイツに告白した。そして告白された。私の隠してた事全部話して、そして全部受け入れてくれた。力になるって言ってくれた。怖い物を克服する手伝いをしてくれた。私をお母さんとお父さんに向き合わせてくれた。だから私は彼と一緒にいたい。」
「ごめんね、麻子。私もそんなに思い合う仲になってただなんて思ってなくて無神経な事言っちゃった。」
でも、そうか…。これからは私の物だということを主張しないと周り奴らがアイツを誘惑するのか…。
アイツはああ言ってくれたが、よく考えれば逆に私がアイツの想いを独り占めしなければいけなかったのか。…アイツが私を幸せにしてくれるとは言ったが私もその行動に見合うだけの想いを返さないとだな…。互いに幸せにならなければ恋じゃないからな…。先ずは周りを牽制する所からか…。
「構わない。でも、ちょっかいをかけるというなら許さない。」
「ふふ、麻子の彼氏なんだもんね〜。羨ましいなぁ…でも、おめでとう」
「ありがとぅ…」
「あー麻子照れてる」
「照れてない。」
お前が私を幸せにしてくれると言ったが私もまたお前をしあわせにしたい。だから私は、ずっとお前といたい。私をこんなに変えたんだ。その責任を取ってもらうからな?ふふ、もう離してやらないからな!
お話はお楽しみいただけたでしょうか?
私個人として麻子ちゃんを魅力的に描きたい、彼女の苦手なものを少しでも克服させてあげたいなんていう思いから出来上がった作品でございます。
ガルパンは去年の春に友人に勧められドハマりしてそこから今までしたためていました。
タイトルですが『自分の生きる人生を愛せ。自分の愛する人生を生きろ』という意味の格言です。
作品でお会いした皆様にお楽しみいただけたのなら作者として嬉しい限りです。
そして軽い気持ちでも構いませんので、お気軽に感想いただければ作者冥利に尽きます。
感想、評価、お待ちしております。
ここまでお付き合いありがとうございました