「今年はサンタさん、私のところへ来てくれるかなあ? ねっ、早苗!」
「そ、そうですね。多分、霊夢さんが良い子にしてたら、来てくれるんじゃないですかね……はい」
これは大変不味い流れになったな――と、私は脂汗を垂れ流しながら思った。
麗らかな昼下がりの博麗神社にて。
霊夢さんと社務所の縁側で茶をしばきながら、私はただ、他愛もない女子トークに花を咲かせていた筈なのに。どうしてこうなった。
どうしてこんなにも心がチクチクと痛むような事態になってしまったのだろうか。
そうだ。ことの発端は霊夢さんのある一言だった。
奇しくも今日はクリスマス。話題は極自然な流れでサンタの存在の有無に至ったのだ。
「サンタさんって本当にいるのかなあ? 早苗はどう思う?」
「そんなもの、サンタさんは絶対にいますよ! 私の家にも何回か来たことがありますし」
「ふーん……そっか! やっぱり、サンタさんは本当にいるんだ!」
「はい! 勿論ですとも!」
もしも……もしも過去へ戻れるのならば。
この時の私を全力で殴り飛ばしたい。小一時間ほど説教してやりたい。霊夢さんに対して「サンタは絶対にいます!」だなんて、よくもまあ迂闊な発言をしてくれたものだと。
お陰様で霊夢さんはサンタの存在を完全に信じ切ってしまったではないか。
でも、これは仕方のないことだったのだ。
霊夢さんは明らかにサンタの存在を信じたがっていた。そんな幼子のように純真無垢な心を「サンタなんているわけないじゃん」とか言って踏み折るような真似など、果たして出来るものだろうか。いいや。出来るわけがない。
そもそもが元来、女子トークというものには共感や肯定はあっても、否定というのは絶対にあってはならぬ異物なのだ。もしも、この規律を破れば、待っているのは我が身の破滅である。たちまち、複数の女子達から吊し上げを食らうか、翌朝に無残な死体となって発見される運命となってしまう。
つまり、己の中の狼を飼い慣らして害のない羊を装う者こそが、女子トークを制すると言っても過言ではないのだ。女の子は色々と大変なのである。
しかし、それはそれとして。この状況にはほとほと困り果てるより他はない。
「そう言えば、早苗はサンタさんの姿って見たことあるの? 何回か家に来たことあるんでしょう?」
「あっいや、それは……どうでしたっけね。なにぶん、幼い頃の話なものですから、ちょっと記憶が」
過去に何度か、我が家にはサンタが訪れている。それもふたり。いや。この場合は二柱と言う方が正しい。だから、サンタの姿を見たことがあるか、と訊かれれば、私は確かに見たことがあると答えられるだろう。赤服を着込んだ神々しいサンタ達の姿を。
そう……あれはまだ私が幼き日のこと。夜中、私が不意に自室で目を覚ましたら、小脇にプレゼントの包みを抱え、顔面蒼白で凍り付いたように固まった神奈子様と諏訪子様と目が合ってしまった。そして、次の瞬間には私のサンタ信仰は完全に崩壊したのである。
まったく。あの時は大層気まずい空気が流れたものだ。サンタさんがいるなんて嘘だったんだ! 神奈子様と諏訪子様の嘘吐き!――と、そう喚き散らしてしまった、あの時の――いまにも崩れ落ちてしまいそうなほど落胆した、おふたりの姿は未だに忘れられない。
本当、いま振り返ってみても色々な意味で残念なエピソードだ。でも、それでも私はことがここに至っては痛切なまでにこう思うのだ――私はなんて恵まれていたんだろうと。
神奈子様と諏訪子様は偽物のサンタを演じてまで、幼き日の私が抱いていた、サンタはいるという幻想を守ろうとしてくれていた。結果的にそれは失敗に終わってしまったものの、そういう風に考えてくれる、優しい神様達が直ぐ側にいてくれたのは、それだけでもう大変に幸福で恵まれたことだったのだ。
一方で霊夢さんはどうだろう。私と違って彼女はこの人里から離れた神社にいつもひとりぼっちで暮らしている。そんな状況下で果たして――霊夢さんの為に偽物のサンタを演じてくれる者などいるものだろうか。霊夢さんの幻想を守ってくれる者などいるものだろうか。
答えは考えるまでもない。そんな奴は恐らく皆無だ。
嗚呼――このままではきっと、サンタの存在を信じてやまない、サンタが自分のもとを訪れると信じてやまない、この無邪気で可愛らしい霊夢さんの笑顔が翌朝には暗く沈んだように曇ってしまうに違いない。その姿を想像するだけで心が軋みをあげて痛む。
『早苗……サンタさん、私のところに来てくれなかったよ』
『れ、霊夢さん……! も、もしかして……泣いてる?』
『ねえどうして? サンタさんが本当にいるのなら、どうして私のところには来てくれなかったの? もしかして私が悪い子だったから? だから、サンタさんは来てくれなかったの? ねえどうしてなのよ!? 教えてよ、早苗――!!』
うわーーー駄目だ駄目だ!
年頃にもなって未だにサンタの存在を信じている、こんなにも純で愛らしい霊夢さんが傷つくような、そんな事態だけはなんとしても回避しなければ。この純真無垢な心を誰かが守ってやらなければ。
となれば、ここは私が――私がなんとかするしかあるまい。かつて神奈子様と諏訪子様がそうしてくれたように今度は私が霊夢さんの幻想を守るのだ!