幻想郷のサンタさん   作:亜嵐隅石

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 バッドエンドNo.2『プレゼントまで紛失して完全に任務失敗!』

 

 と、この結果はそういうことにして、全てを最初からやり直せたら、どれだけ良かったことか。

 でも、残念ながら人生にはリセットボタンなどないし、セーブポイントからやり直す機能も備わってはいない。この世に生まれ落ちた瞬間からコイン一個だけの、常にコンテニュー不可の出たとこ一発勝負。悲しいけど、それが人生というものなのよね。

 

 そんなわけで私は現在、霊夢さんの寝室にて事情聴取を受けている。

 当然だ。霊夢さんからすれば、私は完全に不法侵入者。しかも時刻は夜中の一時過ぎ。これだけの条件が揃って、何も怪しまれないわけがないのである。

 

「それで――こんな遅くに一体、どうしたのよ? というかアンタ、どこから入って来たの?」

「そ、それはあのう……勝手口のところから」

「はあ!? 勝手口ってアンタ……まさか、鍵を壊して入って来たの?」

「えっ!? いやいや、普通に鍵は開いてましたから! 鍵を壊してって……それじゃあまるで、私が泥棒みたいじゃないですか!?」

「みたいも何も、状況証拠的にそうとしか思えないんだけど。でも、そうなるとおかしいわねえ、戸締りはちゃんとした筈なのに」

 

 畳の上に胡座をかいて腰を下ろし、眉を潜めながら何事かをぶつくさと呟く霊夢さんを余所にして、私の脳はかつてないほどにフル回転していた。どうにかこうにか、ここから一発逆転出来る策はないものかと。

 そう……私はまだ全てを諦めてはいなかった。

 

「と、ところで霊夢さんは、こんな時間まで何を?」

「はっ! そんなの決まってるでしょう! ……サンタさんが来るのを待ってるのよ」

 

 一瞬、目が点になった。この人は一体、何を言っているのだ?

 

「サンタさんを待ってるって……。そ、それじゃあなんですか、その為に霊夢さんはこんな時間まで起きていた……と?」

「だから、そうだって言ってるじゃないの」

「いやいやいやいや! 別に待つ必要はないでしょう!? はあっ!? なんの為にそんな!」

「馬鹿ね! そんなもの、サンタさんが来たら、精一杯おもてなしをする為よ! ここでサンタさんの心象を良くしておけば、来年も私のところに来てくれるかも知れないじゃない!」

 

 俗にまみれた考え方過ぎる! なんですか、サンタの心象を良くする為って!

 ……いや。これもある意味、無邪気な霊夢さんらしい発想なのかも知れないけど。

 

「私はね……今夜に賭けてるのよ。その為に色々と準備も進めてきたし」

「準備……ですか?」

「そう。おもてなし用に人里で高級な玉露を買ってきたし。お茶菓子だって沢山用意したし。屋根のところに空間移動する結界を張って、サンタさん専用の出入口も作ったし」

「――えっ? 屋根に結界って。それってどういうことですか?」

「ほら、サンタさんって基本、煙突から入ってくるものでしょう? でも、生憎とここには煙突なんてないし。だから、せめて煙突の代わりと思って、屋根に出入口用の結界を作ったのよ。サンタさんが来た時に分かるよう、ちゃんと張り紙だってしておいたんだから」

 

 霊夢さんの話を聞いて、私は思わず、ゴクリと喉を鳴らした。

 あまりにも霊夢さんが本気過ぎて返す言葉が出てこない。

 でも、それは決して、呆れとか侮蔑的な意味で言葉が出てこないんじゃない。霊夢さんのその、サンタへの強靭なまでの思いに圧倒されて言葉が出てこなかったのだ。

 

 しかし、これで尚更、私の決意は固まった。

 今宵の任務、なんとしても成功させなければなるまいと。

 霊夢さんの思いが報われないなんて、そんなことあって良い筈がないのだ。

 

 となれば、任務遂行の為に障害となるものを速やかに取り除かなくてはなるまい。

 この場合、障害とは正に霊夢さん自身だ。彼女がいつまでも起きている限り、私の行動は著しく制限され、任務を遂行することが困難である。ましてや、どこかに紛失したプレゼントを探しに行くことなどもってのほかだ。

 あのプレゼントはあくまでも、サンタからの贈り物という体でなくてはならないのだから。

 

 さあどうする。どうする東風谷早苗。考えろ。この不利な局面を引っ繰り返す策を考えるんだ。

 

 要は――霊夢さんをなんとかして寝かしつける方法を見つければ良い。ただ、それだけのことなのだ。でも、そのなんと難しいことか。恐らく、ちょっとやそっとのことでは、今宵の霊夢さんを寝かしつけるのは不可能。私にはそれが痛いほどよく分かる。

 何故ならば、幼き日の私も霊夢さんと同様に夜更かしをしたことがあるからだ。サンタさんが来るのを待つんだ!――その強固な思いはそうそう容易くは揺るがない。そして、そんな私を見て、神奈子様と諏訪子様が困ったように苦笑していたものだ。

 もっとも、いまとなってはあの時のおふたりの気持ちが充分過ぎるほど理解出来るけど。

 

 ――いや待てよ。そうだ。神奈子様と諏訪子様だ。

 おふたりにはこういう時、強情な子供を一瞬で寝かしつける、魔法の言葉があったではないか。それは恐らく、霊夢さんにも有効な筈だ。なにせ、サンタを信じていれば信じているほど、効果的な魔法の言葉なのだから。

 

「――ねえ霊夢さん。私、ちょっと疑問に思ったことがあるんですけど、ひとつ伺ってもよろしいでしょうか?」

「……何よ突然、藪から棒ね」

「いえね、ふと思ったんですよ。こんな時間まで夜更かしするような、そんな悪い子のところへ、果たして――サンタさんは来てくれるものなのだろうかと」

「――っ!?」

「サンタさんをもてなしたい――その気持ちは大変素晴らしいことだと思います。でもね、その肝心のサンタさんが来てくれないのでは、そもそもが本末転倒だと私は思うんですけど……霊夢さんはそこのところ、どう思います?」

 

 私がそう疑問を投げ掛けると、途端、霊夢さんは困ったようにオロオロとし始めた。

 良し。効果は抜群だ!

 

 それからの霊夢さんの行動は面白いように迅速だった。

 押し入れから布団を取り出したかと思うと、神速のような手捌きでベットメイキングを済ませ、あっという間に寝る準備を整えてしまった。何これ凄い。

 まあ、霊夢さんが早々と寝に入ってくれるのは願ったり叶ったり。あとは一時的にこの場を離脱した後、霊夢さんが寝たのを見計らって、ゆっくりと任務を遂行すれば良い。ふふふっ。順調……何もかも全ては順調だ!

 

「あら? ちょっと早苗、どこに行くのよ?」

「――えっ? あっ……いやあその……もう帰ろうかなあって」

「はあ? 帰るってアンタ、結局、何しに来たのよ? ちょっと待ってなさい、いま、アンタの分のお布団も敷いちゃうから」

「えっ! ええっ!? いやいやそんな、私のことはお構いなくです!」

「アンタは構わなくても私が構うのよ。いくら早苗と言えども、こんな時間に幻想郷を出歩くのは危険でしょう? 遠慮しなくて良いから、今日はここに泊まっていきなさいな」

 

 なんでェ!? なんでこうなるのォ!?

 私はそう叫びたい気持ちをグッと堪えた。しかし、そんな私を余所にして、霊夢さんはテキパキと私の寝床を整えていく。本当……ありがた迷惑とは正にこのことだ。

 

 結局、私は霊夢さんに押し切られる形で、博麗神社に一泊する運びとなってしまった。

 明かりを消して、暗くなった寝室にふたつ並んだ布団。首を横へ少し捻れば、目と鼻の先に霊夢さんの顔が朧気に見える。サンタが来ることを頑なに信じているのか、その顔はどこか自信に満ち溢れたような無邪気な笑みを湛えていた。

 それを見て、私はなんだか心がほんのりと暖かくなるのを感じた。

 

 やれやれ。仕方ない。こうなったら持久戦だ。

 このままこうして、まんじりともせず、霊夢さんが完全に眠るのをひたすらに待つしかあるまい。大丈夫。自慢ではないが私は元夜型人間だ。外の世界にいた頃はよく、夜更かしをしては深夜ラジオを朝まで聴いていた。だから、そんな私が霊夢さんより先に寝落ちするなど有り得ない。深夜ラジオの元ヘビーリスナーは伊達じゃないのだ。

 

 ああ、でもなんだろう……思いのほか、お布団が暖かくて気持ちいい。さっきまでの緊張感や冷えた体が優しく溶かされていくようだ。んふふっ。これは実にヤバいなあ。なんだか目蓋が重くなってきて……このままだと眠く…………………………って、うおーーーい! あっぶなあ! いまちょっと眠り掛けてた!? しっかりしろ東風谷早苗! 寝たら駄目よ!

 

 私は不意に霊夢さんの方へ首を捻った。

 霊夢さんはもう寝てしまったろうか。いや。もしも、まだ起きてるならば、早く寝て下さい。お願いします。睡魔に。睡魔に襲われそうなんです!

 

「……れ、霊夢さーん。まだ起きてますかあ?」

「はいはい。何よ、まったく。まだ起きてるわよ」

「あー駄目ですよ、霊夢さん。早く寝ないと、サンタさん、来てくれないですよ?」

「それはお互い様。というか、どうにも寝つきが悪くってねえ。……今夜に備えて仮眠をいっぱい取り過ぎたのが良くなかったわ」

「えっ!? ええェェェェ!? ちょっ! 何やってんですか、霊夢さん!! んもう馬鹿ァァァァっ!!」

 

 私の悲痛な叫びが深夜の博麗神社にこだまする。

 その直後、霊夢さんから「うるさい!!」と言われて、頭を思いっきり引っぱたかれた。

 お陰様で頭が物凄くジンジンして痛い。ついでにショックで心も痛い。

 

 その日、私は頭と心の痛みに耐えながら、ひっそりと枕を涙で濡らした。


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