桁外れに巨大な竜が、何かとんでもないことをしている……止められない。
全力防御。
気がついたら、激痛と重傷……そして一面の破壊。一つの大陸が完全に吹っ飛んでいる……
(核爆発?)
そう思った。核実験の爪痕を取材したこともある。
なぜ自分は生きているのか。しかも巨大な剣を杖に立ち、再び歩もうとしている。傷ついてはいるが巨大すぎる竜に、立ち向かおうとしている……なぜ?
召喚の翌日、もう昼過ぎ。
間桐雁夜が目覚めたのはベッドだった。
はっきりわかる……体をむしばむ蟲が駆逐され、魔力はもうほとんどない。
これまで常に感じていた激痛を、ほとんど感じていない。倦怠感と空腹ぐらいだ……空腹?
(ばかな、ずっと固形物も食べられなくなっていたのに)
それほどひどい状態だったのが、今はひどいインフルエンザ+徹夜の肉体労働ぐらいだ。
「桜ちゃんっ!」
雁夜は守るべきものの事を思い出し、跳ね起きた。
考えられる、一番蓋然性が高い事態……臓硯が滅び自分が魔力を失ったら、その時点であの正気らしいバーサーカーは消滅。そして体内の蟲が暴走するか、浄化されるかした桜も死んでいる……
恐怖と絶望に駆られ、疲れた体に鞭打って雁夜は走った。
なぜその部屋を開けたのかわからない。桜の部屋には、桜がベッドで眠り、かたわらにあのサーヴァントがいた。
「あ……」
何も言わず、サーヴァントは雁夜を見た。
普通なら挨拶をするだろう。あまり普通の人らしい対応ではない。
「おまえ、バーサーカー……バラン、とか」
「まず、おまえは今、私のマスターではない。今の私のマスターは、この娘だ」
「な、なんでそんなひどいことを!」
殴りかかる雁夜、バランは一瞬で組み伏せ指一本動けないようにして、
「冷静に話を聞けるようになったら離す」
とだけ言った。かなりの時間暴れていた雁夜だが、そのうちなけなしの体力が尽きた。
そうなると、熟睡の効果が出る。
「……わかった、話を聞く」
バランの声は静かだった。
「この子を助けたい、というおまえの心は伝わった。
この子の経過を観察し、本当にあの化物が全滅したか確認するだけでも、現界を続ける必要があった。おまえが魔術の力を失ったため、そのままでいたら消えてしまう。
竜の騎士として、多くの前世の戦闘経験を継承している。あのような虫の集合体である怪物とも戦った経験がある。街の外に予備の蟲がいるかもしれない。とんでもなく遠くの地中に、卵が埋まっていて数年後に復活するかもしれない。魂も浄化したと思うが、絶対とは言い切れない。
お前には魔力がほとんどなかった。だから魔力があるこの子を使った。それだけだ」
「……」
反応を見て、バランが雁夜を解放する。
正しいことはわかる。感情は暴れているが。
「何があったか、何がしたいのか、話せ」
バーサーカーの言葉に、雁夜は話し始めた。とりとめのない話を。
途中で空腹になり、桜も起きたのでキッチンで薄い粥を作り、桜に食べさせ自分も食べた。
驚くほどうまかった。
心が壊れたような様子で従順に食べる桜には、心が痛んだ。
長い話を終えたころにはもう暗くなっている。また食べて眠った。
バランは、反省していた。
前世でも、息子と引き分けてからしばらく瞑想して、戦いと仕事で逃げていた思考に立ち向かっていた。
死んで現界してからの丸一日も、聖杯の支援も受け、さんざん生前を反省した。
一言でいえば、バカだった。世間知らずの猪武者だった。まあ人間界の常識など知る必要はなく、神々の兵器でしかなかったのだからある意味仕方なかったが。
王女と恋に落ちた時に、それがどういうことなのか調べなかった。考えなかった。人間社会を学ぼうとしなかった。
力を見せないことを選んだ。テラン王国に竜の騎士の伝承があることを調べて後ろ盾にするなど、考えもしなかった。
アルキード王国の宮廷内で、なにもしなかった。どうすればいいのか、経験豊富な者に聞くことを考えなかった。
その挙句に妻を死なせ、大量虐殺をしたのだからバカにもほどがある。
宮中に継承権競争者などの敵がいなかったため、何も考える必要のない姫君だったソアラにも、よい女官など……深い信頼関係があり、国のメンツなどよりソアラ自身の味方で、宮廷そのもの、あり得る陰謀がわかる頭脳もある……をつけていなかったアルキード王にも、責任はあったのだが……
バランが魔王軍に入ってからも。むしろ、クロコダインとハドラーに迷惑をかけていた。ザボエラやヒュンケルを活用できなかった。もっと考え、同僚や上司を理解し、彼らにもそれぞれの感情と利害があると考えていれば、もっと高い戦果を挙げることはできていただろう……そうなったら人間にとっては災難だが。
ダイの側に着いてからも、何も考えずに突撃しようとして、かつての同僚ヒュンケルにいさめられ、ダイ側の主要戦力の一人だった彼に大ダメージを与えた。
今思えば、ダイとともに決戦に挑む時もポップの戦力を理解し、切り札として連れていれば『黒の核晶』を消滅させることができた可能性もある。
せっかくの人の心……頭脳を、あまり使っていなかった。
かりそめの生とはいえ、今回は考えたい。
一人の子を幸せにする、という前マスターの目的を、成し遂げたい。
前世では、わが子を途中で一人にしてしまったのだから……
そう決意してしまえば、もともと知能指数自体はものすごく高い生物なのだ。
また、翌朝。雁夜は昨日より少し粥を濃くし、味もつけ、かなり多く食べた。桜にも食べさせ、そのまま寝かせる。
桜はまだ、人形のようだ。だが、言われるままに食べながら、反応はしている。心は凍っていても、からだが反応しているのだ。
サプリメントも飲み、飲ませた。
そしてまた、バランとの会話に戻る。
「雁夜、おまえの希望は、この娘には魔術とかかわらない、平凡な人間としての生涯を、と?」
「ああ」
「無理だな」
バランは岩のように、寒冷地の大鉄骨のように言った。
「なにっ!」
「感情を切り離してあるがままの現実を見る、戦いにはまずそれが必要だ。
この娘にはすさまじい魔術の素質がある。この世界では、それがあるだけでこの子を、実験材料やホルマリン漬けにしようとする勢力が多くあるようだ」
バランは鶴野も尋問し、いろいろと聞き出している。聖杯からも情報を得ている。
「う……じゃ、じゃあ……」
「私は、この世界につてもない。この世界の常識も知らない。前世を含めても、人間としての経験がほとんどない。私は強い、だから力押しで戦うしか知らない。
おまえが考えなければ。どうすればこの子を守れる人にゆだねられるか。私は二週間しかここにいられない。強大な魔王を倒せと言われれば簡単だ、だが今回果たすべき目的は、それとは違う」
「……おれには力がない。魔術師……だが、魔術師は最悪なんだ。ジジイ、それに桜ちゃんをジジイに渡した時臣……冷酷非情の怪物……」
「雁夜。私も生前、人間を憎んだ。人間はすべて悪だと思い、滅ぼそうとした。だが、愛した妻もその人間のひとりだ、と言われた……
個別に会って、触れ合ってみなければわからん。だが、私は武辺者、戦う以外に人と接する仕方など知らん……」
(いっそ片端から、アルキード王国の強者と試合をしていれば少しはましだったか……)
そう頭を抱えるバラン。
「多くの魔術師に接すれば、中にはまともなのもいるかもしれない。だが時間がない、二週間しかない。おれも、治してもらったとはいえ長生きはできないだろう」
「その通りだ。半年持てばいいほうだな」
バランは容赦なく不都合な事実を告げる。
「一月が半年になったんだ、ありがたい。多くの魔術師……そうだ、今は聖杯戦争。少なくとも七人の魔術師が、この冬木に集まっている」
「そうだな。彼らと戦うことで接し、よさそうな者をさがすことはできる」
「七人の中にいなくても、その誰かをつかまえて、知り合いを吐かせてもいいか……」
雁夜はさらに考えた。
「おれもルポライターの端くれだった、一年間失踪状態だが。情報を集めて分析することはできる……だが、魔術師の世界に知り合いなど……兄貴。少しは知り合いがいるかもしれない。
いや、一家の主が死んだときに、息子は事業相手や知り合いに連絡を取る……アドレス帳を探したりして。遺言状なんてあるわけがないが。
普通の人間として、できることをやってみる」
(あれほどの苦痛に耐えたんだ、なんだってできる)
雁夜はあらためて決意した。
彼はまだ知らない。普通の大人であること自体、正しく使えば聖杯戦争では大きな武器になることを。