倉庫街の戦いが終わって……臭いによる追跡を防止し、体を洗って着替えた……衛宮切嗣は戦いを丁寧に振り返り、分析していた。
その分析の結果、おそらくアサシンが暗躍していることも推測できた。切嗣はアサシンも、その指揮官も高く評価した。
出てきた問題。
(なぜアイリスフィールも重火器を持っていたか……)
「そ、その、セイバーが、少しでも生き延びられるよう、それに奇襲になるから、って」
アイリスフィールはすまなそうに言う。
ちなみに成人男性でもきつい重量と反動は、アインツベルン城で体力を調整してある。
確かに、アインツベルンのホムンクルスが近代兵器を使うなど、どの陣営の意表もつくだろう。初戦で出してしまったのは残念だが、全力を出さなければ生き延びられない事態だったことは理解できる。
だがその兵器はどこで手に入れたのか?
「セイバーに聞いてきてくれ」
聞いた結果は驚くべきものだった。
「前世で殲滅したネオナチの組織と、同じところを調べたらやはりいたので、叩いていろいろともらってきた。二個大隊規模の兵器を、冬木に運んである」
とのことだ。
「某いいおじさんの墓参りついでにな」
という意味不明な言葉もあったが。
切嗣としては忌々しかったが、予備武器の存在は心強い。
ケイネス爆殺が失敗した今想定されるのは、まずケイネス陣営の逆襲だろう。
もっとも魔術師らしい魔術師であるケイネスは脅威度は低いが、サーヴァントには実力があるようだ。
と思っていたら、真正面から来た。
面倒くさそうな有髪僧と、丁寧に見事な技量で結界を無力化しながら。
「アイリ」
切嗣の声に、
「おねがい、セイバー。できたらサーヴァントを引き離して、足止めして」
「はいよ」
と優は霊体化して消えた。
一瞬切嗣は目をむくが、すぐ理解する。
(あちこちに狙撃銃を隠しているのなら、霊体化して移動し、移動した先で銃を手にするのは合理的だ)
それはわかる。
……ただ、長い年月戦い抜き、引退後アーカム幹部として長く世界を守り通した優と、せいぜい20歳前後まで闘いの日々で9年間引きこもっていた衛宮切嗣では、年季が違うのだ。
強い光が森の奥からケイネスを照らした直後、数十発の銃弾が襲った。
ケイネスは『月霊髄液』が防御し、サーヴァントである孔雀には神秘のない弾が効かない。
実は効く弾もあるが、それは切り札……切嗣も同様の戦法をとるので納得できた。
切嗣にとってはありがたいことだった。『月霊髄液』についての情報を得ることができた。
そして怒り狂ったケイネスが孔雀を発砲された方に差し向けたことで、主従を分断できた。
堂々と家名を名乗り、クレイモア対人地雷の、数百発に及び銃弾より速い鋼球を『月霊髄液』で防御したケイネスは、容赦なく切嗣を追いつめ……ようと、城に足を踏み入れた。
突然頭上から、金銀でできた豪華なシャンデリアが落ちてきた。
冷静なら気がついていたはずだ、
(この城の様式ならば、ここにこのシャンデリアは不適当。本来は大舞踏会室に置くべき……)
と。
「爆弾や銃弾ばかりでは、それに強い敵の可能性があるわ……質量兵器が通用する局面もあるかも」
アイリスフィールの……セイバーに言われての……提言に、切嗣も納得した。
優の、前世での育ての父である叔父はトラップの達人。優自身も凄腕だ。
何十キロもの金、銀、銅。それは水銀を主成分とする『月霊髄液』にとって絶対の弱点だった。
ケイネスは切断を命じてから、それに気がつく。気がついた時には手遅れだった。
アマルガム。水銀は鉄など以外、多くの金属と反応する。
水銀体温計は、飛行機には持ち込み厳禁だ……あのわずかな水銀が、何トンものアルミニウムを腐食したへんなものにしてしまい、当然空中分解をもたらす。
金銀とも反応し、水銀を蒸発させる金メッキは東大寺の大仏を、多数の犠牲者を出しながら「異国の神はきらきらし」とした。また南蛮わたりの灰吹き法は大久保長安の野望を支え、安土桃山から江戸初期の日本を世界有数の金銀生産国とした。銅とも反応する。
豪華で重いシャンデリアを切り刻み、受け止めた大量の水銀が、あっというまに水銀の性……低融点による流動性を失う。
錬金術の大家であるアインツベルンを、錬金術で最重要の金属、水銀で攻めたのが根本的な誤りと言える。
「やってくれたな、アインツベルンめ……」
冷静であれば、ケイネスにもわかるだろう。科学的に解き明かせる物質の性質、それを探求するのは魔術の重要な一部門である、錬金術の重要な側面でもあると。
だが、ケイネスは怒り狂っている。
何に怒り狂っているのか、見ることができない。
(思い通りにならない……)
が戦争の本質であること。ここは研究室ではなく戦争だということ。
研究者である自分が戦争にかかわったのが間違いだということ。
自分の、貴族の威光が通じないところがあること。貴族と魔術師の論理は世界の一部しか統べていないこと。
自分はごく狭い世界でしか一流ではないこと。学ぶべきことがまだあること。
何一つ認められないのだ。
もし認められるような柔軟さがあれば、令呪を費やして孔雀から裏高野の密法を学んで帰っているだろう。それだけで学者としては頂点のさらに上、科学者が異星人からワープエンジンの原理を学べるようなものだというのに……
「で、ケイネスはどうだ?」
「あのおっさん、あまり期待しない方がいいぞ」
優と孔雀は、軽いお互い稽古程度に打ち合いながら、もっぱらしゃべっている。
「この攻め方みりゃまあわかる。この世界の魔術師って、みんな厄介な精神構造の民族みたいな感じで」
「そうそう。大金持ちと貴族のボンと学者バカの悪い面を合わせたようなやつらばっかりみたいだ。ちょっと苦労してなさすぎて、今から変わるのはかなり難しいだろうな」
「こりゃダンナも苦労しそうだよな……やっぱり子供を託せるのは、うちの切嗣かな?あの着ぐるみのマスターも、若すぎてまだ魔術師に染まり切ってないって話だけど」
「聖杯をどうにかできる学識がなー。あと金」
「金なら間桐のところにあるらしいな」
「うちはマスターがふたりというかケイネスが名家出身の婚約者を連れてる」
「そっちは見込みは?」
「うーん、どうかなあ……ケイネス以上の名家出身で、貴族根性はもっと強いから……」
「そりゃ困ったもんだ。金はありそうだけどな」
「そりゃあもう。あんなホテルワンフロア借り切るとか、あの大量の魔術関係の品はそれより何桁も上だけど」
こんな会話をマスターが聞いたら即令呪で自害させるだろう。
「おっと、案の定マスターが死にかけてるようだ。最後のチャンスってことで助けに行きたいんだが、言い訳がいるだろ?」
「ちょっと待て」
と、優が飛び離れて拳銃を抜き、数発見当違いの方向に発砲する。
「気配遮断はできるようだが、ならプロならどこに隠れるかを考えれば」
「まあそうだろうな。というわけで、これで言い訳にしろ。まあ、前世でこれを手に入れた時は、バサカって姉さんを殺そうとして自滅したから、あまり使いたくないんだが……」
孔雀の手に、すさまじい魔力とともに長い棒が生じる。穂先がかなり長い槍。
EX級の、規格外の対神宝具。
「じょう、だん……」
優が息を呑む。
ロンギヌスの槍。十字架にかけられたイエス・キリストを、ローマ帝国兵が貫いたという槍。キリストの血を吸った槍は、いかなる傷も癒し、ふさわしからぬ者が手にすれば焼き尽くしたり癒えない傷を与えたりする。
聖杯そのものに匹敵する、神秘の頂点。
見ただけで優は全速で逃げた。
ケイネスは多数の魔術礼装で呪文を簡略化し、強大な呪文を駆使して戦っていた……だが、そこに衛宮切嗣の、トンプソン・コンテンダーが一発の30-06弾を放った。
大型ライフル弾の攻撃力、並の魔術では防御できず、力を注いだ……それが致命傷になった。
『切って』『継ぐ』起源を持つ切嗣の肋骨を摘出してすりつぶし、魔術加工して封入した弾。弾数には限りがある。それは魔術回路を逆に侵食して切断、いいかげんに結びつける。電子回路を切断して、いいかげんに溶接したようにショートし、発火し、機能を失う。
とどめの銃弾を撃ちこもうとした切嗣だが、目の前に炎の帯。
不動明王呪を放った孔雀が、恐ろしい速さで飛んできた。
その手にある槍を一目見て、切嗣は即座に逃走を選んだ。
魔術師としては、ケイネスは再起が困難になる傷を負った。最大の魔術礼装ではなかった分、全身麻痺と再起不能ではなく、両足を失う程度ではあるが。孔雀の現界も辛いだろう。ソラウからの魔力供給があるから生きていられるが。
優の銃弾で牽制され、遠くからしか監視できなかったアサシンの目にも、孔雀の宝具の恐ろしさははっきりと見えた。
それどころではない遠坂時臣をよそに、言峰綺礼は衛宮・ケイネス両陣営をより警戒することになる。
いいおじさん=H・Aさん(のクローンで政治家のほうの人格)
そのお墓に行ったというのがどういう意味かもファンならわかるでしょうか。
今ならともかく、あの時代にあれは結構過激でしたよね…ドイツやイスラエル、いやフランスやノルウェーでも翻訳できるんでしょうか…
孔雀のステータス、伏字公開
「ロンギヌスの槍」ランクEX
十字架のイエスを貫いた槍。聖杯に並ぶ対神宝具。
生前の孔雀が入手し、自滅により失われたが宝具として再入手。