『あの倉庫街を支配していた機関銃手(マシンガナー)と、姿を見せたナイフ使いは、SASやNavySEALsなど世界トップクラスの特殊部隊一個小隊を一人で殲滅できるでしょう。生前、全人類で指折りであったことは疑いありません。
それを100とします。
普通の国で徴兵され、三年の兵役期間満了直前、うち一年ほど最前線で実戦を経験した、平均的な特技兵を30ほどとします。
自分は85ほど。トップクラスの特殊部隊で平凡な技量です。自分以上の腕の、特殊部隊でも図抜けた狙撃手を自分は何人か知っています。
ほか、倉庫街で確認した狙撃手が二名。指揮官と思われる者は70程度……二線級の特殊部隊や、通常部隊の狙撃手ならば務まる技量でした。もう一人55程度、精鋭部隊の下士官程度の者もいました。
また、出現と消滅を繰り返す、軍人ではないようですが有能な人間もいたようです。
戦闘技量においても、自分は敵の特に強い者に比べれば、劣っています』
海中用の通信機材で説明しながら、二体の着ぐるみが暗い海中を歩く。
戦いと関係ない会話はできない。ウェイバーは、何を話していいかわからなかった。とにかく今もかなり怖いのだ。
濁った夜の海底、視界はほぼゼロ。足元もドロドロでずるずる、さらに変なゴミに足をとられる。
防水・耐NBCで呼吸にも不自由がないが、冬の海水の容赦ない寒さは分厚い布を貫通して機内に浸透し、手や足の感覚がなくなる。
相良宗介は、いくつもの社会を見ている。
そして、とても皮肉な言い方をすれば……社会の最大の仕事は、12歳から22歳の男子という変な獣を、ちゃんとした群れの一員に改造することだ、とよく理解している。
ごく幼いころの実の両親との生活や、幼いころの暗殺者養成所はともかく。
アフガンゲリラ。『ミスリル』。そして日本の高校。
だからこそわかる。どこにでも、このかりそめの生でのマスター……ウェイバー・ベルベットのような、劣等感と誇大妄想でふくれあがった男子はいた。それを一人前の男にするのが、あらゆる社会の目的だ。
彼ほど取り返しのつかないことをしていれば、たいていは死ぬ。だが、生き残れば大きくなれる。
自分も、何度もとんでもない愚行をして奇跡的に生き残っている。
(カリーニン大佐のように……そして高校の教師たちのように)
戦場の先輩として、この未熟な子供を生き残らせ、一人前の男にしよう。
そう宗介が決意したのは、むしろ当然のことだった。
だが、マスターの受け答えを聞くと、少々薬が効きすぎたように見える。
(彼がリタイア……令呪で自害を命じても、それはそれで仕方ない)
とまで覚悟していた。
倉庫街から海に飛びこみ、かなり沖まで海中移動して、それから離れたところで上陸し宝具『ボン太くん』を解除し……ようとした宗介とウェイバーの二人の通信機から、声が響いた。
『そこの着ぐるみ。14.5ミリで狙っている。即刻武装解除しろ』
同時に、宗介機の足が撃ち抜かれる。
神秘を帯びた宝具にも通用する、神秘を帯びた徹甲弾。
宗介の片足も粉砕されている。
奇妙に抑えられた音を『ボン太くん』の高性能マイクがとらえたのは、その二秒後だった。
宗介にはわかっている、秒速約1000メートルの弾でタイムラグ二秒、音速との差を考えれば1キロメートルは離れている。それで正確な狙撃ができる腕。
「ふもっふ(マスター)」
『相互の通信も許さない。マスターが判断しろ』
容赦のない通信音声。
ウェイバーは、いきなり最大の決断をすることになった。令呪を使うか、それとも降伏するか、あるいは令呪なしで戦うか……
戦えるとは思えない。宗介機は片足を貫かれて倒れ、大量の血が流れている。上体は起こしているしパスはあるので生きてはいるようだが。
令呪を使う最大宝具は、説明は受けている。だが実感はできない。
震えがくる。
(戦場……)
実際に見てすらも実感できなかったそれが、はっきりわかる。
恐怖に全身が凍りつく。
ケイネスの侮蔑の目、破られた論文……そんなもの、百年前というか前世のようだ。
圧倒的な強者ににらみ据えられる、命が脅かされている。心底、普通の会話や授業とは違う、魂の底に実感される。
そうなると、倉庫街も思い出される。外部から操縦される『ボン太くん』の中で見た、限りなくサーヴァントらしい剣の豪傑がまき散らした迫力。有髪僧の無駄のない動きととんでもない魔術。
次に何が起きるかまったく予想できない、転換また転換の戦場。
自分のサーヴァントが、どれほどうまく罠を仕掛け先を読んでいたか。
(サーヴァントを、信じるか、自分を、信じるか……なにがある?)
いきなり、ウェイバーの『ボン太くん』の片耳が撃ち抜かれる。
『五秒以内に決めろ。ファイブ、サウザンド。フォー、サウザンド……』
サウザンド、英語で千を入れるのは米軍のパラシュート。身分を偽装するためであり、盗聴している可能性がある米軍と思われるアーチャー、あるいは想定される各国軍を混乱させる目的もある。
「うわああっ!」
ウェイバーは『ボン太くん』から出て、その通信機に、
「撃たないで」
と叫んでいた。
それを見た宗介機からも、宗介は出た……片足を真っ赤に染め、腿近くで縛ったまま。
「さ、サーヴァントは一度霊体化すれば傷を治せるんだな?なら、頼む、一度」
『許可しない。そのまま武装解除状態を保て』
通信機からの声。
宗介は背中や腰のポウチから、弾倉や手製の爆弾、そこらで買える懐中電灯や何種類かの頑丈なカッターナイフを出し、岸方向に放ってうつ伏せ大の字に寝る。
『遠隔操作の機関銃が複数狙っている。サーヴァントと同じ姿勢を保て』
通信が響く。
激痛と出血に意識が遠くなりながら、宗介は敵が移動していることを察知していた。
真冬の砂浜の寒さが、厚着をしていたのに容赦なく冷えた体温を奪っていく。
ウェイバーは背筋で体をそらし、ぷるぷるして耐えられなくなるまで頑張る。山での訓練で、宗介に教わっていた……
(人間は、体の奥が冷えない限り寒冷地でも生存できます。動けなくても、体幹に力を入れる運動は可能です)
20分ほどして、中型のワゴンがやってきた。
そこからは、あの大型ナイフを使っていた青年が降りてくる。その手にはHK-G3ライフルが握られている。
「一時霊体化していいぜ。変なことは考えるなよ、この弾は霊体にも通じる」
言われた宗介が一瞬消え、すぐ出現する。傷は治り、ズボンや砂浜を染めた血も世界の修正で消えている。
ウェイバーは意識を失いかけるほど魔力を消耗したが。
「宝具を消して乗れよ。もし漏らしたのなら、初の戦場ではよくあることだ、海で」
と、青年は軽自動車の後部座席のドアを開けた。
「やってない!」
ウェイバーはそう怒鳴るのが精いっぱいだった。
まるで、普通の夜中のドライブのようだ。後部座席には、ロックバンドの荷物を偽装して長い荷物がたくさんある。検問があっても疑う警官はいないだろう。
「時計塔のウェイバー・ベルベットとそのサーヴァントだな?」
運転する青年の言葉に、ウェイバーはついうなずいた。
「どういう事情で聖杯戦争なんかに参戦したのか、聞いていいか?」
宗介は、
(隙がないにもほどがある……)
と、相手の技量の高さを冷徹に見極め、それでも反撃を狙い続けていた。
「情報では、聖遺物の誤配に便乗して飛び出した、とあった。でも何かなければ、そこまではしないだろう」
普通の高校三年生ぐらいの口調だが、その隙のなさと……何とも言えない何かは圧倒的だった。
「……先生は、論文を破った」
口に出して、はじめてわかる。
今の自分から見れば……それがどんなにばかげていたか。どれほど自分が幼かったか。
宗介が来て以来、毎日ぼろぼろになるまで運動して熟睡して、武器を勉強して忙しく過ごしていた。屈辱の記憶に浸る暇がなかった。
ケイネスなど、小さい存在でしかない、特に目の前で運転しているサーヴァントに比べれば。そして自分はもっともっと小さく、ケイネスが魔術師としてどれほど優れているかも。
そして、暗示で入り込んだマッケンジー家の夫婦の温かさも、なぜか今、突然実感された。
必死で涙をこらえた。みじめすぎた。
そして、はじめてわかった。
勝利のために、宗介が……サーヴァントが頑張ってくれたこと。でも、臆病な自分がそれを台無しにした……信じて戦い抜けば……
(負けた、自分はこれから死ぬ……)
それが、実感された。
運転するサーヴァントも、ウェイバーの隣で隙をうかがうサーヴァントも、何も言わなかった。三十分ほど。
三十分ほど、ウェイバーは死に続けた。海岸ドライブは続いた。
突然運転する優が口にした。
「オレは、聖杯探しなんてろくなことにならないって確信してる。生前経験があるんだ。せっかく呼ばれたから安全に封印したい。協力してくれるか?」
宗介は発言しない。
「マスターは?」
ウェイバーの言葉に、優は苦笑した。
「参加者にとってはとことん危険な相手だ。どんな手段を使っても、それこそ無辜の人々を巻き添えにしても勝つ気でいる……あいつと同じだ」
宗介は言葉も表情も出さなかったが、とてもよくわかった。彼の生前でもそんなのは見ている。
そして車は、まったく別のところに止まって……
「また連絡する」
と、優は宗介に暗号水準の高い携帯電話を渡した。
軍とは関係ない、民間で手に入るものだ。
優は、直接見て確信した。ウェイバー・ベルベットは異常な怪物などではない、自分も高校生として共に過ごしたような、平凡に自意識過剰な若い男子学生にすぎない、と。
優れた兵士であろうそのサーヴァントも、信頼できる強敵だとわかる。
そのサーヴァントが、ベテラン軍人にとって最重要の仕事、
(実戦経験のない新任少尉に戦場を見せて教育する軍曹)
役を見事にやっていたことも。
一連のことを、マスターたちに報告するつもりなどかけらもなかった。
ウェイバーは、宗介を責めなかった。謝りもしなかった。
それからむしろ積極的に、必死で宗介の言うように運動をした。
そして本を読んだ。それから、川の水などを調べて魔術で敵を探ろうとした。
驚いたのが、いくつかの霊地での激しい反応。
(自分がふがいないマスターだから負けた……)
その悔しさで押しつぶされそうだった。
でもリタイアして帰る気にはならなかった。
そして、何度か夢を見た。
アフガンの戦場で戦う少年。巨大な戦闘ロボット。
そして、日本の高校での妙な騒動……
ある日、優からウェイバーが持つ携帯に連絡があった。
『冬木ハイアットホテルの爆破解体計画。防止してくれれば、ある程度の量の武器弾薬の隠し場所を教える。そこの陣営にも、脅威があったと教えて貸しを作ってやれ』
ケイネスを助けるため、とわかっても、ウェイバーは素直に協力する気になった。
連絡をくれた相手が、自分をあの時に殺すのが容易だったことはわかっている。
宗介は見事に、ホテルの要所に仕掛けられた爆薬を除去した。それを有髪僧の姿をしたサーヴァントをフロントを通じて呼び出し、直接会うのではなく電話で話して渡した。
『爆薬と、ビルの爆破解体については理解していると思われるが』
『ああ。詳しくはないけど。こんなちょっとで?』
『肯定(アファーマティブ)。時限装置はないが、睡眠時に遠隔起爆される可能性がある。マスターに脅威を知らせるように』
『わかった。ありがとう』
と通話が切られる。孔雀は、どこの陣営が助けたのかは聞かなかった。
今更ですが「視点人物システム」を使えばよかった。