鯖総入れ替え四次(おっさんホイホイ)   作:ケット

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殺人機械

 間桐邸から帰ろうとしている遠坂時臣……魔術師の要塞というべき工房から出た魔術師は、魔術師殺しである衛宮切嗣にとって絶好のカモである。

 

 切嗣は以前も、遠坂邸を狙ってみたことはある。

 魔術的な罠ばかり……と思って侵入しようとしたとき、自分の髪をかすった銃弾が目の前の花壇に当たった。やや強く頭を殴られたような衝撃、外れた弾の衝撃波だ。

 伏せて狙撃点を振り返る。かなり遠くの高層デパート、アイリと出かけていた自分のサーヴァントがサプレッサーつきライフルを抱えて手を振っている……怒りを抱いたが、伏せた手の感触の異常に気づいた。土が崩れてその下の、木と穴の感触。

 セイバーからの警告がなくもう一歩半、犬の糞をよけて歩いたら後下から割れたガラスの槍先に股間を貫かれていた。魔術も金属も皆無、どんなボディーアーマーでも絶対に防護できない。

 伏せたまま周囲を見回す。低い目線から見てはじめてわかる悪夢。兵士に対する罠がいやというほど置かれていた。近代兵器によるものもあり、もっとたちの悪い原始的なものもある。

 起き上がるために手をついた、何気なく置かれたプランターは小ゆるぎもしない。太い鉄骨の深い根があり、燃料満載タンクローリーの体当たりも無効化する。

 トップクラスの特殊部隊でも、現実的な任務時間では突破できない。

 突破しようと罠に挑んだら、今撃たれたデパートをはじめ三つの高層ビルの屋上からとても狙いやすい的になる。

 全力で逃げた。逃げられたのが不思議だった。

 

 今の冬木市は、いたるところに銃が隠されている。セイバーも、アイリのエスコートからちょっとトイレに行き、隠された銃を素早く整備して撃って、またしまっただけ。

 もう、おもちゃ屋などの銃の10挺に1挺は本物にすり替えられている。弾薬と発射に必要な部品は別に隠されているのでほとんど実害はない。

 デパートや駅などの目につくところに、いつのまにかディスプレイされた銃が飾られている。心理の裏を突かれ、誰も撤去したり通報したりしない。

 ほかにも売り物のカバンの中、街路樹の茂みの中、スーパーの棚のシリアル箱、そこらの民家の物置など思いがけないところにとんでもない兵器がある。

 さらにその銃にはトラップがついている……転がっている銃を拾ったり、味方の負傷者を抱き起したりしたらドカン、は常識に属する。

 敵の銃の隠し場所を見つけ、持ち主が手に取ろうとしたら死ぬように罠。巡回した持ち主がその罠を解除し、戦果を確認するのに都合がいい場所に地雷を埋める。さらに別のサーヴァントが、その上の……

 凄腕同士の見えない腕比べが、際限なくエスカレートしている。

 切嗣などは泣き出しそうにその高みを見ている。

 

 

 遠坂時臣がある日、間桐邸を襲った。かなり大型の自動車……おそらくあの凄腕のアーチャーが運転している。

 切嗣たちは時臣の妻と娘、情報がない少年が中が見えない自動車でレストランなどに行くのはたびたび見ている。毎回別のところに行くので捕捉しにくい。

 偽装装甲車なのは見ればわかる。調達経路を調べようとしたが、すぐに危険すぎる相手だとわかって手を引いた。

 たまたまその車が監視カメラに引っかかったので、久宇舞弥が襲おうと急行、隠れた……ところに足をはさむ普通の狩猟用罠があり、かなりの傷を負った。ご丁寧にタバコ・キョウチクトウ・エンジェルズトランペットの毒まで塗ってあり、治癒魔術で治せたのは運がよかった。

 とにかくどの陣営でも、下手に待ち伏せや狙撃を狙ったら、そこには罠があるかいい的になるだけだ。

 

 間桐邸に時臣は丸一日いた。

 切嗣は間桐邸の住人が二日前にそれまでなかった大型のバンで出かけていることを知っている。そのバンを追跡しようともしたが、使い魔はすべて撃墜された。また同じ種類が多数あるバンであり、ナンバープレートも頻繁に変えるので、機械的な追跡も現実的ではない。

 切嗣は、雁夜の評価を一段上げた。魔術師としては三流以下、普通の人間として暮らしてきたとしか情報がない……普通人だからこそ、監視カメラというものが存在していることはわかるし、その対策も考えられる。

 結果、遠坂時臣の帰途を待って襲撃すると決意した。

 待ち伏せはしない、どうせ待ち伏せの適地には罠があるに決まっている。

 

 

 時臣の姿を見て襲撃しようとした切嗣。だが一瞬直感がはたらき、身をかわす。

 黒い法服をまとった巨体が襲ってきた。

「言峰綺礼」

「衛宮切嗣」

 宿敵……だった。今は、一方の中身が事実上別人。

 そのことを知るのは、アサシンと綺礼自身のみだ。

 瞬、すさまじい戦いの応酬。

 消音器入りのH&K-MP5SDの一連射、通常弾は呪符とケブラーに守られた法服がはじき返し、強烈な打撃も鍛え抜かれた筋骨が受け止める。

 弾倉最後の一発は、セイバーにもらった宝具。それが放たれる前に、長身が深く沈みすさまじい打撃が放たれる。

(八極拳)

 切嗣の体が反応する。銃を手放し、致命打を避けることに専念する。

 ダメージは無視する。殺人機械に、ダメージはない。

 見事な自然体に立つ綺礼の口が開く。

「殺人機械か」

 切嗣に、その言葉は奇妙なほど衝撃になる。

「殺人機械……そう、以前は私もそうだった。そうであるしかなかったのだ、人でない者が人のふりをして、戦いで何かが見つかるかも、と戦いの技術を追求していたのだから。

 だが、あなたを求めていた以前の、同じ殺人機械である言峰綺礼と、今の私は違う。私はただの人間だ……死ぬのが怖い。勝ちたい。戦いに興奮する。敵が憎い……」

 そう言った綺礼は、切嗣に立ち向かった。すさまじい気迫と突進。

 綺礼の拳は、二倍速、いや三倍速の切嗣すら正確に追随し、とらえる。

「そうか……こちらに感情があるからこそ、相手の心に共感し、動きを読むことができる。痛いのが怖い、それは計算をこえたセンサーになる。機械よりも、以前の私よりもずっと強いのか!」

 綺礼はすさまじい強さで切嗣を追い詰め、とどめを刺そうとしたとき飛び離れた。

「そちらのプレッシャー、サーヴァントだな。凄腕の兵士……こちらのアーチャーとアサシンが、高く評価していた」

 綺礼の評を受けて飛び下りた優は、静かにおのがマスターを見下ろした。そして言う。

「それが殺人機械の末路だ。殺人機械は99.999%までしか力は出ない」

 動けない切嗣は、衝撃に震えている。

 優は言葉を続ける。

「部品と話す趣味はない、か。自分も部下も機械、兵器でしかない……だがな、そんなのは軍人として、指揮官として二流だ。生前、何人も見てるんだ、部下を道具としか考えないクソとか、自分すら道具としか考えてないバカとか。

 見せてやるよ、本物の殺人機械(キリングマシーン)ってやつを。そっちにもいるだろ!聞いてるだろう」

 優は英語に切り替える。

『COSMOS...Children Of Soldier Machine Organic System, No.43. ***************』

 後半の言葉は暗号。ランボーは反応した。

『その部隊名は知らされていない。秘密部隊、暗号で見当はつく……アメリカが、国家が……守ろうとした国民が、何をするかは知っている』

 直後から、すさまじい銃撃戦が始まった。

 殺人機械同士の、正確無比な移動と射撃。空中で銃弾と銃弾がかみ合うほどの。人間を、サーヴァントの枠すら超えた動き。

 M60を片手で操るランボーと、H&K-G3で精密な射撃を繰り返す優。

 どちらも、完全に機械だった。

 いつしか、銃撃戦から接近戦に切り替わる。両方が長大なナイフを抜き、切り結ぶ。優はAMスーツでさらに力を増している。

 殺人機械。完璧な。

 ふたりとも同じ鋳型、プレス機で生産されたことがわかる。米軍という名のプレス機だと、切嗣にはわかる。

 しばらくそのすさまじい戦いを、切嗣も綺礼も、時臣も見つめていた。

 す、と申し合わせたように両方が引き下がる。

 優の体からAMスーツが消え、薄着になった。

 ランボーもうなずく。

「あんたも、ただの殺人機械でしかないなら、英霊になんてなれなかったはずだ。死んでいたはずだ。それ以上を出せる、守るべき人のために戦える人間だから、もっと強くなって生きのびたんだろう」

 ランボーは黙ってうなずく。

 それから、また戦いが始まった。

 どちらも精密機械の戦いとはまったく違う。豪放で、切れがある。獣のような激しさがあるが、人間の理性と心を失ってはいない。

 AMスーツを脱ぎ薄着になった優は、皮膚で風を感じる。敵と、空と、大地と、すべてと一体になっている。何手も先に、相手の気の動きを悟って動く。

 八卦掌の、相手の裏にすっと入る歩みと強い足腰から正しく伝わる力。敵の攻撃を受け流し、すべての歩みが蹴りにつながり、相手を崩し、大地からすさまじい力をくみ出す。

 ランボーも負けていない。すさまじい執念と闘志を技に変え、力で優の絶技を切り破る。

 サーヴァントの枠から見ても桁外れのスピード、ありえない回避と反撃。

 魂をぶつけ合う美しさがそこにはあった。守るべきもののため、信念のため……人間と人間が戦っていた。正しく自分を愛し、人を愛し、敵を認めつつ戦う人間が。

 何度も、優もランボーも深い傷を負いながら戦い続ける。

 どのぐらいの時間、戦ったか……

 ふたりとも素早く飛び離れ、優は傷ついた切嗣を抱えて逃げた。

 遠くから、二人の子供が走ってくる。黒髪の少女と赤毛の少年。

 そして一人の女が出現し、とんでもない呪文を唱え始めた。

「止めなさい」

 時臣の命令で少女と少年は、

「やめなさい」

「やめてくれ」

 そうリナに言った。

 彼女は詠唱をやめ、

「そろそろあたしも、ぱーっと派手に呪文使いたいんだけど……ここの連中は神秘の秘匿とか、マナがないからっていじましいことしてるわよねえ」

 と、肩をすくめた。

 優はもう、アイリが運転する車に飛び乗っている。切嗣が放り込まれた後部座席には、重傷を負い治癒魔術を受けた舞弥もいた。

 

 

 遠坂時臣も、はずれと思っていた自らのサーヴァントの力を改めて知った。武術の素養もあったからこそ、敵もランボーも、どちらもどれほど優れているかわかる。

 そして子供たちのサーヴァントの危険性も……神秘の秘匿どころか、冬木市が消し飛びかねないほどの威力が予想できた。




切嗣も「殺人機械」を強調します。

『スプリガン』原作の実質メインテーマが、優が殺人機械を克服し人間になることでした。
ピンチになると殺人機械になってしまう自分を忌避し、そして朧に敗れてついにAMスーツを捨てる。
そんな彼には、自分を無理に殺人機械にしようとしている切嗣は痛々しくて見ていられないものがあるでしょう。

ランボーも、軍に作られた殺人機械。
ですが殺人機械は法律を破って暴れたりしませんし、恩人や知り合いを助けたりもしないでしょう。
オレは人間だと叫ぶ、だから強い。多分、殺人機械よりずっと。
そして優が言いたいこともよくわかるでしょう。

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