海魔が凍りついた直後、ランボーが放った矢がジル・ド・レエの喉を貫いた。
歴戦の武人は矢を免れないと知るや、迷わずおのが心臓をえぐり、魔書に叩きつけた。
今回の生では罪を犯すことなく、尽くす武人としてジルは消えていった。
その最後の祈り、サーヴァントの巨大な力、命そのものが魔書に集約される。
散ったサーヴァントのあとに、名状しがたき泥がたゆたい、うごめく。
ギルガメッシュが哄笑した。彼にとっては限りない邪悪・醜さもまた、最高の美しさと変わらない。
穢れた聖杯も動いた。
優との戦いを楽しみ続けるク・フリンと、バランと思想を賭けて切り結ぶアルトリア……ふたりの身体に黒闇の触手がまとわりつく。
「く、てめえっ!」
ク・フリンの激しい怒りと恨みをこめた悲鳴。
優が素早く拳銃を向け発砲するが、額の直前で弾は泥触手に阻まれる。
バランも泥に呑まれたかに見えたが、竜闘気を全開にして逃れた。その泥にサーヴァントが触れたら致命的、そのことは即座にわかる。
同時に令呪に等しい力がギルガメッシュと、遠くに退避したイスカンダルを襲った。それぞれの前後左右上下すべての至近距離、さらに内側からも黒闇の触手が襲う。
「ぬ……この我(オレ)に命令するか、わが宝、ただの盃の分際で……」
さらに、ジルの生命と魔書が融合した架空の邪神が現実と化し、力を得てふくれあがる。
ギルガメシュの背後からいくつも波紋が生じ、泥に襲われてもだえ苦しむイスカンダルの軍勢に向けて武器が飛び、何人かの将の前に突き立つ。それは明らかに、ギルガメシュ本人の制御に従ってではない。
凍った海魔に切嗣らの手から銃弾が注がれ、次々と粉砕される。が、その凍った破片の周囲から黒い泥が沸く。泥と融合した破片は、小さい人間の子供のような姿となる。ただ、黒く醜悪で、邪悪そのものの……
とてつもない存在があった。
幼さを残した姿から大きく成長し、胸の豊かさが目立つ、黒き女王。手には槍を握っている。
獣と化した槍使い。全身は筋肉が倍近くに膨張している。
何人もの、アレクサンドロスの部下たちがおぞましい邪神と融合し、伝説級の宝具の原点を与えられてそびえたっている。
「穢れた聖杯の直接支配だ!手ごわいぞ……先生、凛……世界を、神秘の秘匿を……」泥に飲みこまれながら、成長したウェイバーが必死で叫び続る。「ギルガメッシュ王よ、諫言をお許しください!このまま激しく戦えば結界が破れる!そうなれば時計塔や教会が神秘の秘匿のために日本ごと滅ぼす。この戦いを楽しめない!」
最後にそう、黒に呑みこまれようとする黄金王に叫んで泥に消えた。
「ぐぬ……我に命令するとは……神であろうが人であろうが魔であろうが何であろうが、我に命令はさせん!」
叫んだギルガメシュは泥を振り払い、体内に侵入したものを吐き出した。
プール一杯分の黒泥が噴出される。
そして別の矛を取り出し、大地に突き刺した。
「国造りの柄つき武器の原典だ、これで数時間はこの偽の世界は何が起きても崩れぬ……存分に戦えい!」
聖杯の、令呪の支配に抗い続けるギルガメシュ。かれもまた、神にもっとも近い英雄王である。
「やるしかねーのは同じだ」
「ああ」
優とバランが武器を構えなおす。アイリスフィールや綺礼の治癒呪文が二人を癒す。
大きく下がったアルトリアが槍を軽く振る、それが対城宝具、光の奔流がマスターたちを襲う……
「おおおおっ!」
竜闘気を全開にしたバランと、ラムダ・ドライバを全開にしたレーバティンが飛び出し、防ぎきる。
無情にもアルトリアは連打しようとする!穢れた聖杯の魔力は無尽蔵だ。
そこに、正確な狙撃が次々と着弾した。
ランボーの矢が。切嗣の14.5ミリ対戦車ライフルが……弾薬は優が宝具化し、さらにリナが魔力付与している。高い神秘を持つサーヴァントにも通用する。
襲いかかる、名状しがたき怪物と化し宝具の原点を手にしたディアドコイたち……アレクサンダー大王とともに当時の既知世界の半分を制し、大王の死後覇権をかけて戦い抜き、あるいは果て、あるいは世界史教科書に太字で書かれるにふさわしい大国を築いた英霊たち。それが別の神話の、すさまじい神々である怪物と融合している。
無数の触手を口から生やす、半ば夢の世界にある深海の夢王。
形ある風のごとく、巨大な牙を持つ蜥蜴のごとく、名状しがたきもの。
大きい臓器のような不気味な塊から何本もハサミを伸ばすもの。
数多くの超怪物。
アレクサンダーは、愛する部下の無残すぎる姿に激しく怒りつつ泥の支配に抗っている。
数の暴力を、弾幕が阻止している。
投槍、あるいは名状しがたき攻撃を、ラムダ・ドライバや竜闘気が阻止している。
特に無力で、かつ大戦力のサーヴァントのマスターである凛・士郎・桜を守るために。
アームスレイブの、ラムダ・ドライバで維持される巨砲や、20ミリバルカン。
優がネオナチから奪って持ち込んだ、大型トラック一杯の兵器。
ランボーの分隊指揮が冴えわたる。宗介も、舞弥も、アイリスフィールすら、考える必要なく従っていればよかった。
(これこそ、まさに最優……)
切嗣は感動すらしていた。この上なく優れた近代兵器使いの指揮に。
優はその銃撃を信じきって動いている。
柔らかな気。緩急のついた、人間を越えた超速度。完全に戦場全体を読み切る。
アルトリアの憎悪に満ちたすさまじい強さを、鮮やかに受け流し続け、必要なところに宝具化された銃弾を送り続ける。
だが、敵は多い。強い。
「もう、もう一手必要だ」
かずいのうめき。必死で妹をかばう凛、士郎が強く桜の手を握った。
そのとき、令呪が輝く。強大な魔術が顕現した。
大半の平行世界での士郎は、幼いころからアーサー王の鞘を埋め込まれ、属性が『剣』になっていた。
だがそれがない。本来の素質が、ねじ曲げられずに出ている。
また間桐桜。彼女は『修行』が完成していないうちに解放された。属性をねじ曲げられる最中だった。
「わかる……できる」
「出ろ、ロボット!すごい剣!」
桜がつぶやき、士郎が叫んだ。
そこには、レーバティンがもう一機立っていた。しかも、輝かしい剣を手にして。
「あ、あれはあっ!」
「え……」
ウェイバーとソラウが驚き叫んだ。
「あ、あれは再現型の固有……」
ケイネスが歯を食いしばる。
「知っておられるのですか、ロード・エルメロイ?」
時臣が聞いた。
「うむ……解析してみるがいい、遠坂」
「……はりぼてではない、真にEX級宝具。劣化すらしていない。中身は……桜か」
解析した時臣が、家訓などどこかに捨てた表情でうめいた。
それは、魔術の世界では前例のないむちゃくちゃだった。
二人の素の実力ではそれだけの魔術は困難だったろう。だが、令呪によって膨大な魔力が与えられている。
「別の世界の機械を宝具化した、それを中身ごと……封印指定なんてものではないな、国ごと滅ぼしても……」
ケイネスが頭を抱える。
「し、士郎、桜、なにやってんのよっ!」
凛があきれかえった。
「い、いや、この子を守れって言ったろ!」
「やっていいことと悪いことがあんのよ!あ、ご、ごめん桜……」
「叱って、もらえた……だいじょうぶ、守るから。お姉ちゃんも、お父さんも」
「……遠坂時臣、その娘の属性は?」
ケイネスが、少年少女の前で湧き上がる魔力の気配を感じ、ぞっとしたように時臣に聞いた。
「……『架空属性:虚数』でした。間桐は水……」
「聞いたことがあるのだ。属性を変化させる最中に修行を中断したら」
「……少しだけ聞いたことはあります。サマルカンド滅亡の……」
虚数から実数にねじまげようとしたらどうなるか。虚数を含む数学、複素数は平面座標で表現できる。虚数はy軸、実数はx軸。アナログ時計を複素数座標平面に重ねれば、12時から9時に針をねじ曲げる途中は10時半。
「もう一人の少年は?」
「……まさかと思っていたのですが……私の魔術の知識では名前をつけられない、『解析』の能力が異様に高く、初代のわりに魔力量が多い」
「遠坂時臣といえば、それなりの魔術師として知られていた……楽しみにしていたが」
「まさしく力不足、汗顔の至り、ロード・エルメロイ。私も楽しみにしておりました」
時臣とケイネスがどちらも雑魚は相手にせず、最初から正々堂々と全力で戦っていれば、少なくとも楽しめはしただろう。漁夫の利をさらわれていただろうが。
「これで物量に対抗できる」
宗介が判断し、アルに命じてもう一機のレーバティンのコクピットを開かせた。
桜と士郎がぐらつく。
「魔力不足だ」
時臣があわてた。
「なら、預かっている令呪を」
綺礼が、桜と士郎にいくつか令呪を渡す。以前の戦いであまり教会で保管されている……ここに来る前に父親からもらったものだ。ついでに凛とウェイバーにも渡す。
士郎が桜の手を引いてロボットに飛び乗ろうとする。
その瞬間、怪物と化しているク・フリンオルタが槍を放った。
AIのリンク構築に必要な、一瞬の間。レーバティンは対応できない。
「抉り穿つ鏖殺の槍(ゲイボルグ)……」
狙いは、コクピットに乗ろうとしている桜!
「桜ああっ!」
同時に、時臣の最大級の魔術が発動した。時臣の胸から棒が生える。
因果をねじ曲げて心臓を貫く魔槍。その命中先を、自分に変更したのだ。
「さ、桜……」
「お、おとうさま!」
駆け寄ろうとする桜を、凛が抱き止めた。
「まだ、戦闘中よ!早くあれに乗りなさい!」
「凛。見事だ……ああ」
時臣は凛がどれほどの傷心とともに、そうしたのかもわかっている。
「桜。すまなかった……すまなかった」
刻印のおかげで生命は長らえているが、それほど長くはあるまい。心臓全体に呪いがかけられ、アイリスフィールの治癒魔術も届かない。
「アーチャー……単独行動で戦い抜け」令呪ひとつ。「凛と桜を守れ」ふたつ。「神秘の秘匿を!」みっつ。
時臣の手から三つの令呪がはじけ消え、ランボーにすさまじい力がそそがれる。
M60歩兵用機関銃が、M2重機関銃に変貌する。それがすさまじい弾幕を構成する……一発一発が狙撃銃の精度。さらに膨大な魔力が注がれ、一発の威力も高い。
銃身が焼け、瞬時に交換されて撃ち続けられる。宝具の原点を持つ、旧支配者と融合したサーヴァントたちが次々と撃ち抜かれ、倒れていく。
時臣が力尽き、死んだ。
「戦い続けろ、神秘の、秘匿」
ケイネスの冷静な言葉に魔術師たちは従う。
「うわああああっ!」
凛の絶叫とともに、士郎と共有している令呪がはじけ、リナにすさまじい魔力が注がれる。
「士郎、桜、戦って!おとうさまの仇を取って!」
凛の叫びに、衝撃に打たれていた士郎が目の光を取り戻す。現実感がなかった、アニメの延長だった戦い……それが突然、何日も共に暮らし、いろいろ教わった大人が、死んだ。 本当の戦いに直面してしまったのだ。
だが、凛の叫びで取り戻したことが一つある。少女を守るという……
『アルツーと呼んでください。アルワンとのリンク構成済み』
コクピットから声がする。
「アル、アルツーに力を貸し、制御を補助せよ」
宗介が自機のAIに命じる。
『了解しました』
宗介のレーバティンが前線に出、ク・フリンと激しく切り結ぶ。
人間たちは士郎と桜のレーバティンがラムダ・ドライバで守る。さらに孔雀が結界をつくる。
かずいが気配を消した霊体で動き、ランボーの命令を伝達する。
まず、ク・フリンオルタを潰す。
綺礼がふたたび飛び出し、八極拳で牽制する。
令呪で力を増したランボーが鉈のようなナイフで目を斬りつけ、一撃離脱。バランのバギクロスが放たれ、動きを妨害する。
「ぐあああああっ!」
獣の破壊衝動、桁外れの力と速度で攻撃や足止めを無視して突撃する重戦車。
「『紅蓮の炎に眠る暗黒の竜よ……その咆哮もて我が敵を焼きつくせ』」
リナが大呪文を唱える。彼女の生前に、その力の元である魔竜王ガーブは滅びており、それ以降使用不能になっていたが……
「『魔竜烈火咆(ガーブ・フレア)』」
正面からの攻撃、魔獣の槍がすさまじい威力で対抗し続ける。
腹に大穴をあけながら、まだ暴れ続けている。
その巨体の、絶妙な位置に綺礼がとびこんだ。攻撃するのではなく、手首が輝く。
綺礼のかたわらに長身の男が瞬間移動すると、手を差しだした。おのがサーヴァント、かずいを令呪を用いて瞬間移動させたのだ。
そして令呪で増幅させた精神破壊。
うつろな眼のまま巨体がくずおれていく。
「なにいっ?」「あれは…」「知っているのか雷電」「うむ…」をちょっとやってみたくて。