鯖総入れ替え四次(おっさんホイホイ)   作:ケット

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解脱

 英雄王の宝具で補強された『王の軍勢』固有結界も、桁外れの力のぶつかり合い、また固有結界を維持していたイスカンダルはじめ多数のサーヴァントの死によって消えた。

 残った、海魔と泥とサーヴァントの融合体も余波で消し飛んでいた。

 そこは大きい寺がある山の中腹、霊地中の霊地。

 多くのサーヴァントの生命で満たされた穢れた聖杯は、顕現しようとしていた。

 そのためには、小聖杯の器であるアイリスフィール・フォン・アインツベルンが犠牲になることは避けられなかった……

 穢れた聖杯が振りまく悪意に、未熟な魔術師たちや一般人はおびえるばかりだった。

 ケイネスなら、時間があれば処理できたろう。

 優も危険な遺跡の封印はお手の物だ。

 だがこれは、退魔師の仕事だ。

 

 戦いの中温存されぬき、令呪三角の力を帯びた孔雀が、静かに巨大な黒い穴の前に立つ。

 忍者がその変形をやることで知られる、左手は拳から人差し指を伸ばしその先を右拳で握る印……智拳印を結び、孔雀明王呪を唱え続ける。

 慈愛をこめて。光の大天使でありながら闇を哀れみ闇に落ちた魔神、孔雀王の魂が世界すべてを音楽で満たす。あまりの力に、人間の魔術師は魂消(たまげ)そうになる。核実験を近くで見てしまったように。

 すさまじい勢いで流れ出した泥と闇が、見えない漏斗で集められたように孔雀の口に流れこむ。

 間違いなく腹が破裂する、と見えたが、孔雀はすべてを飲みつくしていく。

 巨大すぎる闇にとりこまれたかに見える……だが、孔雀の智拳印は保たれている。

 印の周囲に、四体の仏が見える。

 チリ、チリ……音が響く。

 金剛薩た(土へん・垂)。金剛法。金剛宝。金剛業。

 金剛界曼荼羅四印会で大日如来を囲む四菩薩が、孔雀の印を結んだ手、そして『この世すべての悪』を囲んでいる。

 いつしか、巨大な穴は変わっていた。真っ黒な、目鼻のない幼子に。

 その幼子の周囲を、四菩薩が囲む。

 

『彼』は見ていた。

 憎まれ、生贄として殺される自分を。その時に抱いた、自分を迫害するすべての人たち、そして世界に対する強烈な憎悪と、無限の悲しみを。

 そして再び呼び出された、『この世すべての悪』として、サーヴァントとして。

 先の聖杯戦争では戦闘力がなかったために殺され、聖杯の中で願った。

「誰もが自分をこの世すべての悪にしたいのなら……この、すべてを呪う呪いを……」

 聖杯はその願いをかなえた。

 世界のあらゆる悪を集め、究極の悪をつくった。聖杯そのものが汚染された。

 だが、四菩薩に囲まれた『彼』は、別の夢を見た。

 貧しい、技術水準も低い、麦10粒をまいて30粒得られればいいほう、乳幼児も10人産んで2人育てばいいほうの村で。

 一人の女が、父親も知れぬ子をはらんだ。

 苦しい、腹が醜く膨らむ……おろせ、とも言われる。

 だが、断った。何としてもこの子を産みたい……殴られ蹴られても。

 時に子を憎むこともあった、人なのだから。だが、圧倒的にそこにあったのは、愛だった。

 その母は、産褥で死んだ……

 それから、子は迫害された。だが少年の姿をとれるほどに、ヤギの乳を与え体を包む者もいたのだ。

「……おかあさん」

『彼』の、黒いのっぺらぼうの顔に口が生じ、小さな言葉が出た。

 顔も知らぬ母。だが……

 

『彼』は一人の男と、一人の少女を見た。

 鳳凰。孔雀の元同僚で、闇に落ちた男。ある意味狂った、裏高野を追放された退魔師の父親に幼いころから残忍な修行を強いられ、ついに力をつけて父親を殺した。裏高野で働きながら裏で闇とつながり、すべての破壊を願い殺戮にふけった。

 朋子。孔雀の双子の姉。孔雀の父は子を守るため世界中追われ、魔王級の存在に騙されて彼女を捨ててしまった……朋子は闇のさしがねでそれを思い出して深すぎる傷に狂い、闇の天蛇王として世界を滅ぼそうと孔雀と裏高野と戦った。

 鳳凰は、孔雀との戦いの末に……食べきれないほどの力を手に入れ、世界を滅ぼしつつ腹がはちきれて自滅する自分を目の当たりにし……地位を捨てて自分を産み育てようとした母の胸に戻り、生まれたばかりの幼子……さらに受精卵まで戻り消えていった。

 朋子も、敗れ殺される覚悟をしたとき……孔雀は手をさしのべた。俗名『明』はすべての闇を抱きとめ、朋子の苦しみを分かち合い、

(すべてをはじまりに、光と闇をひとつに……)

 還った。

 朋子はすべての記憶を失って人に戻り、孔雀の戦友と結婚した。

 

 今、『彼』、アベンジャー・アンリマユも孔雀に抱きとられていく。

 その深い傷と憎悪を孔雀に分け、孔雀からは大慈大悲を与えられて。

 すべてが生まれる根源に。愛にかえってゆく。

『彼』が引き寄せた、この世すべての悪……飢え、病み、残忍に殺された、人類の始まり以来の何億という死者やその家族の呪い……人類の犠牲になった生命も含む……あらゆる呪いが、すべて母の胎に戻っていく。愛に溶けていく。

 衛宮切嗣の、父を殺し、師を殺し、それからひたすら天秤の少ない側を殺し続けた……殺された者の呪い、殺した切嗣の罪悪感も。

 魔術師たちが、残忍な家訓に従って殺してきた者の恨みも、押し殺してきた罪悪感や憎悪も。

「これでは、イエス・キリストの死と復活によるすべての罪の救済ではないか……」

 綺礼がつぶやく。

「いや、そこまでではない。みんな、少しだけ罪悪感や恨みが薄れるだけだ。

 でも……」

 ケイネスもつぶやき、深い深い息をついた。

 孔雀と、彼に抱かれた『彼』は、ともに姿を薄れさせていく。

 日の出に闇が払われるように。無数に舞う、孔雀の羽に包まれながら。

 

 

 孔雀はもういない。そして、生き残ったサーヴァントたちも消えていくのだろう。聖杯戦争はもう終わった。

 第五次聖杯戦争はありえない。孔雀は大聖杯そのものを抱きとっていった。もう永遠に終わった……三人の子供たち、そして遠くにいるもう三人の子供たち(イリヤ・慎二・バゼット)が戦うことはない。

 遠坂は、才能に恵まれた凛が別の方法で根源「」への道を追求する。呪縛から解放された間桐は、桜を守るためだけに魔術の師を求める。何も知らず魔術回路もない慎二も、暮らせるだけの財産は与えられるだろう。アインツベルンは……もう滅びているも同然だ。




鳳凰の解脱は、何度読み返しても泣きます。
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