冬木港の、適度に人がいなくて頑丈なコンクリートの台地が広がる場。
そこには、サーヴァントが敵を呼び出すように気を放っていた。
笠をかぶり杖を手にした僧侶。
銀髪の美女を伴った、似合わない印象の青年。美女が妙に大きく長い荷物を担いでいるのが気になるところだ。
どちらも、違う敵も感じていた。
遠くの空中から、港ごと消し飛ばせる力で狙う者。
そして、物影から自分を狙う銃口と、監視装置。
「あなた……」
「サーヴァントだ。それ以上は名乗れない」
そういった僧が笠を外し、黒髪をさらす。自然体だが、隙がない。
銀髪の美女を背後にかばった青年は、何度かうろうろする。女はその後を従って歩き、やっとある時点で止まった。
(ここでいい?)
優はうなずくと、背中に手を回す。
右手に、長大なナイフが出現する。刃渡り40センチ近くのボウイナイフ……刀のように片辺だけの刃、峰が大きく削られて先端が鋭い刀身。鍔から柄頭まで、手袋も考慮した大ぶりの、ブラスナックルのような護拳(ガード)がついている。
順手で握り、だらりと手を垂らして自然体に立つ。
孔雀は懐から独鈷杵を取り出し、気を込める。両端から『気』の刃が伸びた。
「本気は出さないんだな」
優はそう言うと、静かに歩み寄る。
「そっちも手の内は出してないだろ」
ふわり……ゆっくりした歩きから、突然瞬間移動したように孔雀のやや後ろに出現した優が、脇腹をえぐろうとする。
それを独鈷が軽く受け流し、奇妙な形にした左手が優の首を狙う。手を開いてから、親指と小指の先端を合わせたような形。孔雀の爪を思わせる、裏高野独自の徒手武術。
転瞬……
超高速の打ち合いが始まり、また柔らかい日舞や能のような動きにかわる。
「見事だな」
静かに、豪傑が出現した。
一目ですさまじい英雄とわかる。十年後の遠坂凛が彼を召喚していれば、満足し勝利を確信するに違いない。干からびていなければの話だが。
背の巨大な刀剣。頑丈な鎧。額に輝く、竜の紋章。
「セイバー?まさ」
そう、アイリスフィールが口にしたのはむしろ当然だろう。
「言葉はいらない。一人ずつでも、まとめてでも、来い!」
衛宮切嗣は、死んでいた。
心臓は動いている。だが、完全に死を確信している。
どこを見回しても、見えるのは倉庫街で戦っているサーヴァントたちとアイリ。
そして手元の熱源感知器の画像。
だが、そんな情報はどうでもいい。戦場を歩いてきた直感が、
(逃げることもできない、絶対に死ぬ……)
(もう死んだも同然……)
そう、すさまじい音をあげ続けているのだ。
後頭部に銃口が当たっているような。
まともに思考もできない。
銃に手をかけることもできない。
思考が回復したきっかけは、とんでもないことだった。
下半身が熱く、そして冷たい。
(大小ともに失禁した……)
そう自覚したことが、かえって冷静さを取り戻させた。
驚くべきことではない。最初の実戦で多くの新兵が失禁するのは、近代戦経験者の共通の秘密だ。自分も例外ではない。
だが、経験を積んだ自分が、まるで新兵のように……
(ああ、そうか。新兵なんだ。これの前では)
その方向を見るのが、怖くて仕方なかった。
だが、見た。
倉庫街全体を狙撃できる、その橋の上を……
昔の体験を思い出す。
短く言えば、敵はSASだった。圧倒的な腕の差を前に、死を覚悟していたら敵が勝手に撤退していた。その裏事情はのちに知ったが……
思考は次々と回る。
なぜセイバーは、唯々諾々とその本来の戦法とは違いすぎる、堂々と姿をさらして刃物を振り回す愚行を承知したのか。
切嗣はこう考えていた。魔術師は傲慢で近代兵器を嫌う、知ろうともしない愚か者。特にサーヴァントに単独行動スキルがないなら、魔術的な隠蔽だけで近くに出てくるだろう。それを近代装備で感知し、狙撃すればいい。サーヴァントよりマスターを狙うのがセオリー……
笑いたくなるぐらいのんきな思考だった。まったくのド素人だ。
のこのこガタガタ音を立てて狙撃銃を準備する、素人に毛が生えたような二流狙撃手もどきが銃を構えるのを、一流スナイパーが楽々と仕留める……そこをカウンタースナイプ、即座にアイリスフィールと再契約。
何のことはない。
(囮は、捨て駒は、自分だった……)
そう思えた。
セイバー・御神苗優を一目見た瞬間、衛宮切嗣はすさまじい嫌悪を隠し切れなかった。
見ればわかる、自分など足元にも及ばぬ凄腕の近代兵器使い……特殊部隊員・秘密工作員。
経験上、魔術に関わっていて近代兵器を使う人間は、最悪だ。
国益のためなら人類を滅ぼしてもかまわない、仕事なのだからと心底本気で言い切る、もちろんどんな裏切りも拷問虐殺も何のためらいもない、愛国心と理性だけの狂人。
金銭欲や名誉欲ならまだいいほう、普通は虐殺拷問強姦そのものの快楽に骨の髄まで汚染された鬼畜。
組織によって心を完全に書き換えられた、城のホムンクルスどころか熱画像感知器より人間性のない殺戮機械。
自分、衛宮切嗣はその中でも、最悪だ。自覚している。
だからこそ、強烈な近親憎悪を感じる。令呪で即座に自害させようとしたほど。
「れいじ」
言えなかった。その時間にはもう、セイバーの掌底がみぞおちに食いこんでいた。切嗣の胴体から息が叩き出される。
苦痛を振り払い、強化の魔術……などとやっている間に、セイバーは太極拳の起勢のような動作をして、右手をへそ、左拳を心臓に叩きつけていた。
「令呪は無効だ。無駄遣いはやめろ。寿命まで生きて、しっかり修業したんだ。朧を超えている自信はあるし、本物に魔術も学んだ。
このサーヴァントの肉体と術式を解析し、自分の気の流れを操作するぐらいできる」
セイバーの目に、切嗣はただ固まっていた。
(とんでもない怪物を解き放ってしまった……)
幼いころの悪夢すら思い返し、胸が張り裂ける思いをするほど。
縛りを失ったサーヴァントが何をするか……
(僕やアイリ、イリヤさえも拷問凌辱し、世界を滅ぼすかもしれない……)
最悪を覚悟した切嗣は、自由になったサーヴァントがインターネット接続環境と新聞と本を要求したのに、呆然とした。
特に新聞、できる限り多種多様な、さまざまな言語の。多種類の新聞を読み比べるのは、今も昔も最高の情報収集法だ。
それからの優は、気まぐれだった。
何日もいない時もあった。イリヤと遊んでいるときもあった。
切嗣が寝ていたベッドで、ふと気がついたら枕元に、どこで手に入れたのかH&K-MP5と、大量の普通とは違う9ミリ×19パラベラム弾が積み上げられていた。
調べてみれば特殊セラミック製の弾頭で、明らかに宝具。サーヴァントにも有効だろうし、普通の防弾チョッキは軽く貫通するものだった。
というより、MP5を置いたこと自体が、
「キャリコなど使うな素人が」
と言っているようなものだ。
数日に一度、いきなり押しかけてきて、
「訓練するぞ」
と切嗣にペイント弾を撃ってくる。当然切嗣は実銃で反撃するが、まったく相手にもしない。遊ばれているようなものだ。
しつこく、切嗣がこれまでどんな戦いをしたのか聞いてくることがあった。ひたすら無視するのに、精神をとことんすり減らした。
見透かされている。許されている。理解されている。圧倒的に上。
それがいやというほどわかっていた。
倉庫街では、三つ巴になろうとした中、また別の二人が出てきた。
二人、だろうか。
あまりの異常さに、下半身の不快も、謎の狙撃手の恐怖も忘れて切嗣はスコープをのぞき、目を疑った。
着ぐるみ。遊園地や広場で風船を配っているような。
ネズミとテディベアの中間のような、とても丸みが強いデザイン。
「ふも、ふも、ふもっふ」
という声が、アイリスフィールがつけているマイクから届く。
だが、切嗣は一瞬で戦闘に気持ちを切り替えた。
あれだけの容積、すべてが火器と防弾装備、あるいはパワードスーツであれば……