倉庫街の戦いでもっとも活躍したのは、最弱のアサシンだった……言峰綺礼はそう思っている。アーチャーも同意した。他のサーヴァントも、裏事情を理解するだけの洞察力がある者は同意する。
衛宮切嗣も、のちに丁寧に戦況を分析し、そんな一番恐ろしい存在がいた、と理解した。
まったく理解していないのは、肝心の遠坂時臣と、傲慢に過ぎるケイネス、実力がないウェイバーや雁夜、子供たちだ。
アーチャーが遠くから狙撃手としての鋭い気をぶつけ、プレッシャーをかける。
アサシンが霊体化・気配遮断状態で歩く。あちこちに仕掛けられた銃などのところにいき、一瞬実体化して、遊底を操作する。撃ったりしないですぐに霊体化して、歩き去る。
アーチャーが、置いてある銃に罠がないか霊体化のまま確認している。
アサシンは作業を終えたら手元の乱数表を見て、次のところに向かう。
時々、マスターの綺礼から心話が入るので、その指示にも従う。
凄腕のスナイパーたちは、面白いように引っかかった。最初それをした目的は衛宮切嗣に対する嫌がらせだが、他にも近代兵器を知るサーヴァントがいたのでかなり有効だった。
あちこちで遊底操作音がする。そのたびに心が反応してしまう。雑踏の中でもその音を聞き落とさないからこそ、反応してしまうのだ。
そちらに射撃してしまうほど水準が低い者はいない。だが、少なくとも警戒し、心のリソースをごっそり食われる。
さらにその、遊底を操作するのが凄腕だったり、まったくの素人だったりする……それが疑心暗鬼を誘う。
(素人の気配をまねたプロではないか……)
そう思ってしまうと、それこそ超凄腕の狙撃手が何人もいるように感じてしまう。
自意識過剰な英雄ではなく素直に命令に従い、高い気配遮断スキルを持つアサシン。
(本人の戦闘能力など、皆無でもかまわない。最高の駒だ……)
綺礼の思考に、衛宮切嗣などは同意するだろう。彼が仮に、このアサシンとアーサー王どちらかを選べるなら、喜んでこの最弱のアサシンを選ぶだろう。
それだけではない。綺礼にとってこのアサシンの召喚は、救いだった。
「本当に良いのですか?」
聖杯戦争開戦よりかなり前のこと。医師の白衣を着た長身のアサシンは、同じく長身のマスターに語りかけた。
「ああ」
「選択肢はわかっていますね?あなたが選んだ選択肢は、自殺と同じですよ」
「ああ。
ひとつ、それをする。
ひとつ、自分が何かだけ忘れさせてもらう。
ひとつ、自分を受け入れて、生涯偽善を貫く。
ひとつ、自分を受け入れて、悪人となる。
ひとつ、今この場で破壊してもらう」
「はい。
もう一度、確認させてください。どんな常人も、あなたと大なり小なり変わりません。あなたは人間の、個性の幅の中にある、ある意味では普通の人間なのです。あなたと同じようにむなしさを抱え、自分は何かを問い、苦しみながら生きているのがすべての人間です。あなたは普通の、人間らしい人間なのです」
二人はしばらく沈黙した。アサシンは続ける。
「今の、英霊としての私は生前より能力が高い……生前では人格を完全に破壊するしかなかったのが、害のある部分だけを切除して常人として生かすことができます。乳房を完全に切除するのではなく、腫瘍だけを切除してシリコンを入れ温存するように。それでもその後のあなた、人工的に作られた常人であるあなたは、生涯自分が人工的であること、常人であること自体に苦しむことになるでしょう。常人は常人なりの悪をすることもあります。ナチスドイツの大半の者のように……ナチスドイツの遺産であるボクは、常人のほうがあなたよりずっと恐ろしい。善良な常人がやる悪の前では、悪に完全に身をゆだねたあなたにできる最大の悪など、子供のいたずらです。
また、あなたは自分が何だったか、『答え』を得たこと自体を忘れ、何度でも『答え』を追い続けることもできます。『答え』を追い続ける生涯も、それはそれで幸せでしょう。
また、あなたは自分を……多くの人の美を美と感じず、他者の苦痛を喜びとする生来の悪であることを自覚しつつ、生涯を喜びのない善行に捧げることが可能です。それに、あなたと同じようにサディズム性癖を抱え、それをサドマゾを含む買春で飼いならして平穏に生きている人は多数います。個人的にはそれをお勧めします。
そして、もう一つ。それを選ぶならばボクはあなたを殺したいですが、あなたには令呪がある……悪として悪の限りを尽くして生きることができます。
たまたま今のあなたは、悪行も行う組織に属している。組織にとっての利益を出し続ければ、悪の限りを尽くしつつ平穏に暮らすことも可能でしょう。拷問をもっぱら行うセクションに異動することもできるでしょう。
またその方が楽しければ、世界すべてを敵に回して悪の限りを尽くすこともできるでしょう。あなたは優れた人なのですから。
今この場での破壊は、医者としてできません。もとより、ヒポクラテスの誓いなど掲げる資格のない者ですが……自殺してくれと言うつもりもありません。言っておきます。たとえあなたが信奉している宗派の神学が許さなくても、ボクは、完全な悪人が悪行をせず生きていくことを許します。悪行をすれば、手が届くなら殺しますが……」
言峰綺礼が呼び出したのは、アサシンでありながらハサン・サッバーハではなかった。
奥森かずい。
心の医者を名乗る、最低限のステイタスしか持たない最弱のサーヴァントだった。
ナチスドイツに作られた、超能力のある暗殺者の英霊。
だが、有能な戦闘者である綺礼は失望した師とは違い、その能力を聞いて有用性をはっきり理解した。運用によっては最強。
(もし師を支える義務がなければ、確実に勝てる……)
と、確信できた。
戦士として見れば、このアサシンは現代を、法治社会とその裏を知り尽くす成熟した大人。人間を知り尽くした心の医者。人格破綻者であることが多い英雄より、よほど御しやすく有能だ。
そしてその能力、心の医者であり、心のアサシンでもある存在は、まるでレントゲンが発明された直後の医者のように『答え』と治療の機会を与えてくれた。
まさに、自分が必要としていた存在なのだ。
綺礼は、異常者であり異端者。生来絶対的な悪。他者の不幸を楽しむサディスト。
「……それが、不都合ですが真実です。あなたが求めた」
「ああ、私が求めた。誠実に伝えてくれた」
「進化心理学によれば、人類は邪悪なことを良心に邪魔されず行う存在を、必要としています。原始時代、百人前後の群れで狩猟採集生活を送っていたころには、他の人類の群れと戦うこともよくありました。
敵の乳児を皆殺しにして敵の女を生殖可能にし、拷問して隠した食糧の場所を聞き出す……生まれた赤子を口減らしに殺す……そんなことをできるメンバーも、必要とされたのです」
「……治してくれ。心の医者だというのなら、こんな人格を壊してくれ。おまえが生前育てた、大人の体を持つ幼子のようになってもいい」
「それは、今のあなたが自殺するのと変わりませんよ?」
「わかっている!令呪で命じることも……」
誠心誠意、インフォームド・コンセントを尽くしたアサシンは、耳のピアスを外した。
そして手を綺礼の頭にすっと当てた。
「さようなら」
「ああ、ありがとう」
こうして、ひとつの言峰綺礼は死に一人の凡人が生まれた。
『MIND ASSASSIN』奥森かずい。
アサシンとしては雪藤や松田(ブラック・エンジェルズ)も考えたんですが、雪藤だと悪即斬でキャスターとかぶります。
松田だったら警察学校の経験などがありえますが、知識不足。現実の警察学校が、綺礼のような超有能で客観的には完全無欠、ただし奥底が邪悪な人間を見抜き、有用で警察に害をなさない存在に改造する能力があるか、あるいは排除できるかは知らないので。
雪藤も、スポークで脳手術して記憶や人格を操作できたような覚えもありますが…
他にもコートランド・ジェントリーやニコライ・ヘルも考えましたが、麻婆を処理するという目的のために。