如月千早はドッキリがお好き?   作:ゲソP

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2.4 限界

 胸元にアイスを滴らせた美少女のセクシーポーズによって生み出された絶対零度空間。

 

 無言の間というものがこれほど恐ろしいものであると、美希は初めて痛感した。

 一方、その空気を作り出した張本人である千早は何も気にしていない素振りだ。渡されたタオルで、その豊満な胸元を拭うと、そこからスタッフの私物のストールを首に巻いて、濡れた部位を覆った。

 

 それは都合の悪いものに蓋をしてしまう現状の異様な空気感を巧みに表現しているようで、そのさまに美希は言い知れない不気味さを覚えた。

 

 一体どうしたらそれほどまでに強い心を得られるのか。普段はおおらかな性格の美希も、これほどの強心臓は持ち合わせていない。

 

「服を買いに行きましょう」

 

 実にあっさりとした表情でそう言うと、千早は歩きだした。

 

 

 勇往邁進する千早の後ろを歩きながら美希は思考する。

 

 ……この収録は普通の収録ではない。

 

 美希にそう感じさせるのに、千早の異様さは充分過ぎたのだ。

 

 千早たちが向かったのは洋服を取り扱うセレクトショップ。立ち並ぶお店の中でも学生が手を出しやすい価格帯のお店だ。そこで美希たちは、千早に似合うコーディネートを提案し合うことになった。

 提案する服を選ぶために、いったん自由行動となった訳だが、美希の心は休まらずささくれ立つばかり。心に余裕を失ったまま、一心不乱に洋服を物色している。

 

(……ひとつわかったことがあるの)

 

 これがただの紀行番組ではないということ。

 

 何か別の……例えばドッキリのような、芸人的なバラエティの気配を美希は感じていた。

 

 しかしはっきりとこれがドッキリであるとは、美希には断定することができなかった。

 

 あまりにも結びつかないのだ。千早がそんな俗っぽい、言い換えれば自分を貶めるような企画に参加するとはとても思えない。ましてや、あのプロデューサーがそこまでのことを千早にやらせるとも思えない。

 

 事実、スタッフたちの動揺を美希は確かに感じていた。彼らにとってもこの事態は想定外であったのだろう。

 

 番組側が事態をコントロールできていない。とするならば、この状況を生み出した張本人の暴走は何なのか。

 

 不自然なスタッフと真美、装い以外はいつも通りの千早。

 

(つまり千早さんは、この番組で自身のイメチェンを図ろうとしている……?)

 

 歌に全てをかけてきた孤高のアイドル。それが世間一般の抱く千早のアイドル像だ。

 だが美希はよく知っていた。アイドルと言うフィルターを取っ払った、如月千早一個人がどういう人物なのかを。

 

(千早さんはアイドルとしての実力は本当にすごい人だけど、それ以外はてんでダメダメな人なの)

 

 例えば、極度の機械音痴であること。スマートフォンでカメラ機能一つを満足に扱うのに小一時間を要したことを美希はとてもよく覚えている。

 

 一人暮らしの千早の家に765プロの仲間を伴って遊びにいった際の、家具や物が必要最低限以下であったこと、冷蔵庫にサプリメントと牛乳しかなかったことを本気で心配したみんなで食品や、果ては家電を、山のように差し入れしたことを美希は本当にとてもよく覚えている。

 

(だから本当に、本っ当に信じられないけど、今回の件はあずさみたいなお姉さんキャラとおっぱいに憧れた千早さんが無理と不器用をこじらせて、コメディ路線の紀行番組に挑戦したが故に起きてしまった悲しい事件なの!)

 

 歌以外は残念美人な千早の起こしたバラエティ事故。それが美希の見解だ。

 

 そこまで推測した上で美希はさらに考える。

 この不測の事態における己の役割とは何か。

 

(千早さんを傷付けないこと。完全に空回りしていることを悟らせずに、無事に収録を終わらせて、かつ今回の収録をお蔵入りさせることなの)

 

 こんな千早は千早じゃない。彼女の進むべき道はバラエティではないのだ。千早を止められない周囲に対して、美希はとても怒っている。また自分の売り方を完全に間違えている千早自身にもだ。それほどまでに美希の想いは強い。

 千早の歌う姿を思い返すと、美希はいつも涙が溢れそうになる。才能に自惚れてアイドルへのやりがいを見失っていた美希に、進むべき道を示してくれたのは千早の歌だった。

 彼女が歌に込める想い。背負う過去の重さ。

 才能だけでは決してたどり着けない、努力によって磨き上げられた圧倒的な歌唱力。そんな千早の在り方が美希にはただ眩しかった。自分もああなりたいと思った。

 千早の横に並びたつ程の実力を身に着けて、一緒に歌う姿をいつだって夢想しているのだ。

 

(だからこそ、美希は今の千早さんを認めるわけにはいかないの)

 

 アイドル・如月千早は、美希の光であり続けなければならないのだから。

 

(絶対に、ぜぇーったいに! 千早さんにヨゴレ仕事なんてさせないの!!)

 

 役割と目標が明確になれば、美希に怖いものなどない。千早に着せるための目当ての服を数点見繕うと、それまでの硬い表情が嘘のような笑顔で千早のもとに駆け寄った。芸能界の荒波にもまれて、気遣いと空気の読み方を身に着けたカリスマアイドルの本気がそこにはあった。

 

「千早さんっ、美希的にはこのパーカーとっても可愛いと思うな!」

 

 美希が選んだのはオーバーサイズのグレーのスウェットパーカーに、ブルーのチェックのスカート。盛りに盛られた胸を隠すことを意識しつつ、さらにあずさ感をうまい事崩し、なおかつ千早にスカートをはかせたいという様々な思惑の入り混じったコーディネートだ。

 

 ……だが、そう簡単に思惑は運ばない。

 

「千早お姉ちゃん、このワンピ着ようよ! 絶対カワイイってー!」

 

「えっ」

 

 美希は絶句する。真美の選んだ服が、己の意図と真逆の方向性のものだからだ。

 水色の花柄ワンピースに、淡い紫のカーディガン。あずさが好むだろう色使い、女性らしさを全面に押し出した清楚で可愛らしいコーディネート。

 正直、これがプライベートなら美希だってその方向性で千早を着飾りたい。血涙を流す思いだ。絶対似合う。……この騒動の元凶である、千早の胸元にぶら下がる偽りの肉塊さえなければ。

 

 美希が真美を睨みつける。真美と目が合う。鋭い眼差しに対して、彼女は不敵な笑みを浮かべて見せた。その時、美希の脳裏に電撃が走る。

 

(……真美、もしかして千早さんとグル?)

 

 それは直感だったが、驚くほど腑に落ちた。

 今日のロケの始めに、真美が美希の物まねを披露していたことを思い返す。双海姉妹の物まねのうまさは765プロの仲間内では周知のことだ。ゴールデンのスペシャル企画でよくある、芸能人の物まね大会に何度も呼ばれるほどの腕前なのだ。

 

 ……もし真美が、千早にあずさの物まねを仕込んだのだとしたら?

 

 全てが真美の計画通りだとしたら?

 

(振り回されてるだけかと思ったら、とんでもないの!)

 

 これが真美の仕込みであるなら、きっと千早は真美の提案した洋服を選ぶだろう。絶体絶命である。最後まであずさの格好で収録を乗り切られてしまったら、もうオシマイである。

 

(させないの)

 

 奮い立つ美希の心。真美もスタッフも、全てが敵なのだとしたら、千早を守ることができるのは美希ただ一人である。

 

(千早さんは美希が守るの……!)

 

 真美と対峙する美希。それは計らずも、先日大ヒットした特撮ロボット映画『無尽合体キサラギ ~宇宙の果てまで行ってきM@S~』で敵対したミキとマミの構図そのままであった。

 

 

 一方、真美もまた固い決意を持って美希と対峙していた

 

(ミキミキ、もう真美は止まれないんだよ……)

 

 真美は泣きたい気持ちを何とか抑えて戦っていた。

 今日の自分は空回りしてばかりであった。

 千早をフォローして導く役割の自分が、一時の感情を優先して結果的に千早にアイスをぶちまけてしまった。しかもその件で千早にフォローまでさせてしまった。あの衝撃のセクシーポーズも今の真美には、現場の絶望的な空気感を払拭する上では悪くない手に思えた。しかもアイスで濡れた服を着替えるという名目でごく自然にドッキリを仕掛ける予定の店まで誘導する優秀ぶり。

 

 一方で今の自分はどうか。足を引っ張ってばかりで、本来の役割をこなせていない。

 こんな様子では頼りになる妹ポジ以前に、プロのタレントとして失格である。そう考える故に、真美は千早のフォローに徹底するという初志を思い出して実践しているのだ。

 

(真実はできる子。千早お姉ちゃんをフォローするしっかり者の妹……!)

 

 イメージするのは、最強の妹。

 

 夢想するのは寂しがりやな妹をいつだって抱き締めてくれる、最高のお姉ちゃん。

 

 全ては、千早お姉Cに『頑張ったね』と褒めてもらうために。字面にしてみれば何て事もないようなことだが、今の真実にはそれが世界の全てのようにすら思えた。

 

 ただ千早に甘やかされたいだけの今世紀最大のせくちーバラエティーカリスマトップアイドルの真価が発揮される時がきたのだ。伊達に妹にしたいアイドルランキング一位タイではない(ちなみに、同率一位は亜美)のである。

 

 アイドルとアイドルの意地と矜持のぶつかりあい。どこか噛み合っていない二人の争いの行く末は如何に。

 

 

 そんな具合に美希と真美が互いの視線で火花を散らせる中。千早は真美に手渡しされた清楚系ワンピをまじまじと眺めていた。美希は慌てて千早に自分の持つ衣服を押し付ける。

 

「千早さん、真美のコーディネートだと前の服装とそんな変わんないの。ここはこういうカジュアルな服装にして、イメチェンするのがいいって思うな!」

 

「何言ってんのミキミキ。プルオーバーとワンピじゃ全然違うしー」

 

「方向性の話をしてるの! 真美のコーディネートには新しさがないの。ホシュ的ってやつなの! 冒険心をなくした哀れな子羊なの!」

 

「千早お姉ちゃんにはこういう女の子してる服装の方がぜーったい似合うかんね! ミキミキ、千早お姉ちゃんがいつもよりオトナせくちーだからって、サイレントジェラシーはみっともないっしょ!」

 

(偽物で作ったセクシーに嫉妬なんかしないの!)

 

 声を大にして訴えたい気持ちを美希はなんとか飲み込む。

 

「全然!? 全然そんなんじゃないの! 千早さんはいつも通りクールでスマートでカッコイイの! いつも通りなの! いつも通りなの!!!」

 

「美希、私今日はいつもよりはお洒落してきたつもりだったのだけど、そんなに変わらないかしら?」

 

 悲し気な顔で呟く千早に、美希の心はさらに揺れる、揺れる。呼応するように、千早の胸もたゆんと揺れる。真実は密かに勝ち誇る。

 

「ちちちちち違うの千早さん! 千早さんの大人っぽいコーディネートはとおっても素敵だし、あずさの物まねもすっごい似ててびっくりしたの! だから千早さんのいろんな面をもっと知りたいなって思って、それで色々な服を試してほしいから、だから真美のコーディネートはちょっと違うかなーって、そう言ってるだけなの!!」

 

 言葉を何とかこじつけて、もっともらしい言い分を捻り出した美希。しかしこういった屁理屈は、真美の最も得意とするところであった。

 

「わかってないなぁ、ミキミキ。今日の千早お姉ちゃんのテーマはね、愛され系ゆるふわお嬢様なんだよ? この時点で千早お姉ちゃんはイメチェンできてるんだよ? この番組を見てる兄ちゃん姉ちゃんは淑やかホワホワな千早お姉ちゃんを求めてるんだって!」

 

「あー、あー、聞こえないのー! 聞こえないー! はっ、そうだわかったの! 今美希はこの番組の真の趣旨を理解したの! この番組はなんとココが山だったの! 普段はシンプルな格好を好む千早さんのファッションショー!! 紀行番組だと思ってたらイケてる女子必見のエンタメ紹介番組だったの!! テレビを見てるみんな! これから色んな千早お姉ちゃんをお披露目するから楽しみに待っててなの!!!」

 

「けんとーはずれにもほどがあるっしょミキミキ! ちー散歩だよ? 千早お姉ちゃんと散歩するんだよ? わかってないなーミキミキ! チミってやつぁ、まるでわかっていないね。さあ千早お姉ちゃん! ミキミキなんてほっといて、真美の選んだ服にしよー?」

 

「美希の!」

 

「真美の!」

 

「え、えっと」

 

 前のめりで千早に迫る美希と真美。これには流石の千早もタジタジである。

 

「「どっちを取るの!!」」

 

 重なる声に、少し気おされ気味の千早。この戦いの行く末は、今千早の手に握られている。

 

「……」

 

 しばしの沈黙。この店にいる誰もが固唾を呑んで見守っている。

 

(千早さん気づいて……! バラエティは修羅の道なの! その先に千早さんの望むキラキラなんてないの!)

 

(真美はもうぶれないよ! 千早お姉ちゃんの思うドッキリを、最後まで見届けるかんね! ……あとは、その、終わったら褒めてくれるといいなぁ)

 

 

 やがて、意を決したように千早が口を開き――

 

「……美希はね、千早さんの事尊敬してるの」

 

 ――それを美希が遮る。

 

「だからこそ聞きたいの。千早さんは本当に、今やりたいことがちゃんとできているのかって」

 

「美希、私は……」

 

「千早さんの、今やりたいことって何?」

 

 それは今日一日、ずっと美希が気になっていたことだった。

 千早が今何を思い、何を感じているのか。

 スタッフや真美の仕込みを受けていようが関係ない。千早がやりたいこと、その本質が知りたい。何を思ってあずさの物まねをしたのか。今、心からこの企画を楽しんでいると言えるのか。

 

「教えて。千早さん」

 

 

 千早が本当にやりたいことは、こんなことではないはずだ。

 

 

 ……何よりも。美希には千早が今を楽しんでいるとは、とても思えないのである。

 

 

 

「……ありがとう。美希」

 

 俯いている千早の表情は、さらりとした長い髪が覆い隠していて窺い知ることができない。

 

「美希の言う通り。私は今の自分が、やりたいことができているとは思えない」

 

「千早さん……」

 

 

「でも、美希のお陰で決心がついたわ」

 

 

「……へ?」

 

 そう言って棚から服を取り出した千早に、図らずも美希の口から間の抜けた声がこぼれる。

 

「えっ……」

 

 千早の持ってきた服を見て、味方であるはずの真美も絶句する。撮影スタッフに至っては、白目をむいて凍り付いている。

 

 千早が取り出したのは、オフショルダーのニット。肩が顕わになることで、視線がより上半身に向きやすくなってしまう。さらに現在のとんでもなく大きな胸も相まって、最早胸しか目に映らなくなるであろうこと請け合いの、そんなセクシーなデザイン。

 

「これにするわ」

 

「なん……だと…………なの……」

 

 どうすれば良いというのだろう。

 どれだけ言葉を尽くしても、彼女は止まることをしない。止めようと思うほどに裏目に出て、状況は悪化するばかりだ。

 

 ここにきて美希は気づく。

 

 ……結局は自分も現場のスタッフと同じで、臭いものに蓋をしようとしていただけだったのではないだろうか。

 千早が本当にやりたいことは何か。その問いは、千早が現状に満足していないであろうことが前提になっているものだ。

 

 ……どれだけの勇気と覚悟を持って、千早は今回の収録に臨んだのだろう。確かにやりたいこととは言えないのかもしれない。それでも歯を食いしばって、今の仕事にまさしく体を張って臨んでいる彼女に『本当にやりたいことを問う』というのは、あまりに残酷ではないか。

 

 イメージチェンジを図りたい。ただそれだけのために不器用な思考を巡らせて、胸にパッドを詰め、あずさの物まねを練習し、ファッション雑誌であずさのコーデを研究した。

 

 やろうとしていることを誰かに話したら、きっと止められるだろう。それがわからないはずがないのに、彼女は一人で戦ったのだ。

 

 その思いに対して都合が悪いからと目を背けて、やめさせるように仕向けたのだ。

 

 

 ……それが本当に千早のためになるのだろうか。

 

 真美のことを最低だと罵る資格などない。真美は千早の意思を受け入れた上で、それを活かす道を進もうとしたのだ。

 

 ならば、自分の取るべき道とは何か。

 

 自分の想いを捻じ曲げて、千早を肯定してあげることなのか。

 

「……違うの」

 

 全ての想いを受け止めた上で、自分の想いを訴えるべきではないのか。

 

 自身の考えが、決して間違っているとは思わない。思いたくない。

 

 如月千早は孤高で、しかし繊細さも持ち合わせた歌姫だ。彼女はクールな美貌で微笑みを浮かべ、誰もが心を震わせる歌を圧倒的な才能と稀代の歌声をもって歌い上げるのだ。

 

 その裏では誰よりも努力家で、自分を常に律し、誰よりも厳しく歌を突き詰めてきた故に今がある。本当は不器用で、口下手で、機械音痴で、歌以外のことはからきしダメで。

 

 そんな千早を、美希は誰よりも尊敬している。

 この想いもまた、無視をして切り捨ててよいものではないのだ。

 

 

「千早さん、美希もう正直に言うの」

 

 これから言うことは恐らく、千早の想いや努力を踏みにじるものだ。

 誰も傷つかずに、全ての人の想いを掬い上げる方法なんてない。少なくとも、この場をそうやって切り抜ける手段など美希は知らない。

 

 

 千早を守りたい。それで千早に嫌われたって構わない。

 

 

 だって、美希が千早が大好きだということは、嫌われたくらいでは揺るがないのだから。

 

 

 

 

「そのおっぱい、不自然過ぎて浮いてるの! 完全にパッド突っ込んでるの丸わかりで、芸人が体張って無茶してる風にしか見えないの! 美希は、美希はそんな偽物にまみれた千早さんなんて見たくないし、それを見て見ぬフリしてやり過ごそうとしてるスタッフのみんなも、大大大嫌いなのーっ!!」

 

 

 

 

 店内の時が止まる。しかし時計の針はカチコチと無機質に鳴り響いている。美希の発言によって、撮影スタッフと真美の顔は青ざめた様相を通り越して土気色になっていた。あまりの衝撃に、反応が追い付かない。思考の停止。そこから時間差を置いて迫りくる動揺。それが最悪のタイミングで折り重なる。

 

 

 

 

 

 

「オイイイイイイイイイイイ!! この服虫食いあんじゃねーかどういうことだコラアアアア!!!」

 

 

 今回のドッキリにおける助っ人。真美はあくまで千早のフォローをする役割であり、大枠の仕掛けは別の人間が担うことになっていた。この瞬間に叫び出したのは、放送事故を恐れて勢いで突っ走ってしまった仕掛人のエキストラ。本来はクレーマーと化した彼らが千早一行に絡みだし、それに対して千早がつっけんどんな態度をとって美希を慌てさせる、というドッキリであった。

 

 

 ……しかしその場の空気を読むことのできなかったエキストラの熱演は、彼女たちに届くことはなかった。

 

 

 震える体をきつく抱きしめ、千早は目に涙を滲ませる。

 

 

「……私だって」

 

 

 我に返った美希が声をかける間もなく。

 

 

 

「私だって、好きでこんなことやってるんじゃないわよ!!」

 

 

 

 手にした服を地面に叩きつけ、千早は店の外へと駆け抜けていった。

 

「千早さん!!」

 

 追いかける美希。茫然とする周囲。

 

 

 

 

「……えっ」

 

 一人。怒涛の展開に置き去りにされて事態が飲み込めていない真美の動揺だけが、千早と美希の消えた店内の静けさに唯一溶け込んでいった。

 

 

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