如月千早はドッキリがお好き?   作:ゲソP

12 / 17
2.5 逃避行

 セレクトショップでのクレーマードッキリが盛大に失敗し、飛び出した千早を美希が追いかけた後。取り残された真美の心は、美希への敗北感でいっぱいになっていた。

 

 真美は千早を追いかけることができなかった。

 

 千早が飛び出した瞬間、破綻寸前の番組の進行のことが真美の頭をよぎり、一歩を踏み出すことができなかったのだ。普段はふざけていても、千早をお姉ちゃんにしたいという野心を持っていても、根本的に真美は真面目な子なのである。

 

 結果的に真美はその場に留まる選択をした。この現状において自分に何ができるのか必死に考えるも、答えなどまるで出てこない。ドッキリのターゲットである美希はいないし、仕掛人である千早もいない。真美は無力感に打ちのめされていた。バラエティの先輩として千早を導かなければならないのに、この場において自分が何をすればいいのか見当もつかない。 

 

 ……ただほんの少しだけ、千早に褒めてもらいたかっただけなのに。

 

 目尻に涙がにじむ。情けない気持ちでいっぱいだった。それでも泣くことだけはしてはいけないと気持ちを強く持ち直す。ここで真美まで折れてしまっては、いよいよ番組はおしまいである。

 

「ううっ……」

 

 だが、こみ上げる感情はどれだけ我慢しても溢れてしまう。頭ではわかってはいても、弱冠13歳の少女が堪えるには重たすぎる空気である。

 

 涙がこみ上げ、たまった涙が頬に伝うその寸前だった。

 

 

 

 

 

 

 

「か、か、かかったなぁあああああああ双海真美ぃいいいいいいいいいい!!!!」

 

 

 

 

 まさかの一言であった。一触即発の空気に耐え切れずに最悪のタイミングでクレーマーと化した件のエキストラが殺伐とした現場に颯爽と衝撃のアドリブをかましてきたのである。

 

 

 

 瞬間、周囲のエキストラたちの脳裏に閃光が走る。ここまで頑張ってこの企画を盛り上げてくれた双海真美という一人の女の子を、絶対に悲しませたりはしないという、熱い結束が生まれたのである。

 

「ねえどんな気分? ドッキリかける側だと思ってた自分がドッキリかけられるなんて、ねえどんな気分!?」 

 

「えっ、えっ」

 

 事態が飲み込めずにあわあわする真美。駆け出してくるスタッフが手に持つそれは、本来自分が出す予定だったものだ。

 

 

 

「「ドッキリ大成功~~~!!!」」

 

 

 

「えええええ~!?」

 

 当然、この流れは仕組まれたものなどではない。千早が三浦あずさの格好をして出てきたときには現場全員が動揺したし、クレーマードッキリそっちのけで逃げ出した千早と美希の件も、これからどう対応すればいいのかまるで見当もついていない。

 

 それでも、スタッフたちが自分たちにできる範囲の最善を求め続けることができたのは、双海真美の頑張りが大きかった。全ての事情を理解した上で、撮影現場の空気を明るく盛り上げてくれた。プロの仕事にはプロの業で以て応えるのである。 

 

「双海さん、お疲れ様でした。どうですか、逆ドッキリにかけられた気分は」 

 

「え、あの、これ、どこからがドッキリなの?」

 

「双海さんへの逆ドッキリですが、如月さんは把握してます。如月さんには別の場所で、星井さんへのドッキリを決行してもらう予定なんです」 

 

 嘘である。千早は把握していないし、どこに行ったかすら見当もついていない。

 

 だが、この嘘は絶対に真実にせねばならぬ。スタッフたちは強く決意した。すぐに移動できるよう、撤収準備を機敏に始める。裏ではすでに、何人かのスタッフが車で千早たちの捜索に奔走している。その姿はさながら、獲物を執拗に集団で追い詰める狼の群れのようだ。

 

「双海さんは少し車の方で休んでいてください。準備ができ次第、彼女たちを追いますので」

 

 

「う、うん……」

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 

 千早が収録現場を飛び出したその先。

 

 胸にこれでもかと詰め込んだパッドを走る最中でもいでは投げてもいでは投げて。

 

 そうして彼女は、駅から1キロ離れた川沿いまで駆け抜けた。

 溢れそうになる涙に見て見ぬふりをして、千早は河岸を見つめ続ける。

 

 仕事を投げ出して今この場所にいるという事実が頭をよぎる度に、胸のつまるような思いが千早を襲う。それでも彼女が堪えられたのは、ここで涙を流してしまったら、それこそ全てが台無しになってしまうという意地一つがあるからだ。

 はじめてのドッキリの失敗を、彼女はずっと引きずっていた。

 先日の小鳥のおっぱい連呼まくし立て事件で千早が得られたフィードバックは、『恥じらいは敵』ということだった。

 緊張していたせいもあるが、やはりあの時の千早はどこかおかしかった。ドッキリをやるからには何かみんなの想像を超えるような、面白いことをやらなきゃいけないという思いがあった。台本とは異なる台詞をなぞるだけでは生まれない緊張感に、言い知れぬ喜びを感じている自分がいた。

「こんなの私じゃないと、わかっているのに」

 美希に啖呵を切られた時に、初めて我に返った。アドリブ芝居という禁忌に支配されて、番組の事をまるで考えられていなかった自分がいたのだ。

 

「……ここは、静かね」

 

 それまでの騒がしい環境とはうってかわって、川のせせらぎと長閑な景色だけがここにはある。まだ駆け出しのころ、よく河原で練習したことを思い出す。

 

 ……はたして、自分は変わってしまったのだろうか?

 

 深呼吸をする。川の流れは夕日が照って美しい。見つめていると、ささくれだった胸の内が幾らか鎮まるような気がした。

 ……思えばここ最近、慣れない仕事に四苦八苦する日々が続いていた。

 アイドルは目まぐるしい日々の中、常に人の目を意識して活動する。厳しい世界に身を置く中で、千早は自分が思った以上に疲れていたということに気づいた。

 

 人の目を気にせず、ただ川の流れを見つめる。活動に勤しむ日常ではなかなか得ることができない、何もしないという時間。

 

(……何だか、歌いたい気分)

 

 静寂の中でひとり。何に急かされているわけでもなく、千早は歌い始めた。

 

 

 

 *

 

 

 

 

「どこ……どこに行っちゃったの千早さん……」

 美希は千早の背中を追い続けてきた。アイドルとしての特性は大きく異なる。それでも美希は一途に自分のやりたいことを貫く千早の在り方をカッコいいと思った。いつかは隣に立ち、仲間として支えてあげられるようになると決めた。

 

 そんな彼女の仕事を、今日の自分はぶち壊しにした。

 後悔はひと欠片もなかった。痛々しい物まねと、どうにもずれたバラエティセンスで自爆し続ける憧れの人など、見たくなかったからだ。千早にそんな無茶をさせるような仕事なんてなくなればいいし、仮に自分の仕事がそれで減ったとしても、また積み上げて返り咲けばいいだけだ。それほどの覚悟が美希にはあった。たとえ千早に嫌われても構わない。それで千早が自分らしさを大切にしてくれるのであれば、安い傷だと思えた。

 

 ただ立ち止まってしまうことだけは、してほしくなかった。

 

(……歌?)

 

 歌が聞こえる。美希が憧れた歌。

 

 導かれるように歩いていく。雑多な街並みを離れて、土手を登っていく。都会ではありえない開けた視界。梢が風で擦れる音と、緩やかな川の流れ。そんな風景の中で、ひとりぼっちの歌姫が立ち尽くしている。

 

 切らした息を整えて、千早の背中に歩み寄る。

 

 何を思って歌っているのだろう。それは失恋をうたう歌だ。悲し気な旋律に乗せて、別れの果てに幸せを探す。たしかにあった幸せを切り捨て、過去を振り向かずに未来に羽ばたく決意の歌。

 

 千早の華奢な後姿と力強い歌声が、美希の瞳に眩しく映った。

 

「……ああ、千早さんはやっぱりすごいの」

 

 歌やダンスは一度見聞きすればすぐに自分のものにできた。どうすれば見栄えよく相手に見てもらえるのか、どうすれば観客に感動を与えることができるのか、美希は感覚で実現できてしまう。天才と言われて驕ることもあったが、今では努力を怠るような真似は決してしない。感覚だけでこなせる次元の更にその先があることを知ったからだ。

 そのことを美希が自覚して努力しても、未だたどり着けない領域に千早はいた。歌の表現力において、他の追随を許さない力量を千早は持っている。

 

 美希は瞳に涙を滲ませながら、千早の遠い背中を見つめ続けた。

 

 

 

 *

 

 

 

 ……やがて歌が終わると、美希は千早の隣に腰を下ろした。

 千早はそれに気づくと、何を言うでもなく美希に倣った。

 しばらく二人は無言だった。事件の当事者である美希を認識したことによって、先ほどまでの重圧から解放されたような感覚が嘘のように閉ざされていくのを千早は感じていた。後ろめたさから美希に何度か視線を送るが、美希は穏やかな顔でぼんやりと水の流れを見ていた。

 

「……撮影は、どうなったの?」

 

 やがて堪えきれずに言葉を投げた千早に美希は微笑みを返すと、落ちていた小石を河原に投じた。

 

「美希も飛び出してきたからよくわかんないけど、たぶん中止なの」

 

 千早の表情に陰が差した。

 

「そう……そうよね」

 

 現実が残酷に牙をむく。かといって、慌てて現場に戻るような気にもならない。千早の気持ちは宙ぶらりんのまま、行きつく先に迷っている。

 

(このまま、川に流れて消えてしまえばいいのに)

 

 何を思ったところで、事態は好転するわけでもない。

 

「あ、ねえねえ千早さん。カモ先生が家族サービス中なの」

 

「え……」

 

 そんな千早の様子など気にも留めず、美希は嬉しそうに家族連れの子連れのカモたちを指で示した。

 

「カモ先生、休日もご苦労様なの。でも全然大変そうじゃないところが、美希的には見習いたいポイントってカンジ!」

 

「あの、美希。今はカモよりも大事な」

 

「カモ先生の方が大事なの」

 

 美希を見てようやく現実的な思考を取り戻した千早にとって、美希の態度はより千早の焦燥を煽るだけだった。

 

 謝らなくてはならない。

 番組を台無しにしたこと。プロデューサーの期待を裏切ったこと。現場に取り残した真美に、手伝ってくれた亜美のこと。

 仕事は一人でやるものではない。千早一人が番組を投げ出すということは、番組に関わる全ての人々の努力を踏みにじるということに他ならない。

 河原に逃げ込んで歌をうたったところで現実は変わらない。千早個人の心の整理にはなるが、取り残された方はたまったものではないだろう。

 ……それでも、美希に対して苛立ちを覚えるのは門違いだと理解しているゆえに、千早は押し黙るほかなかった。爆発したきっかけは美希だが、元を正せば結局悪いのは自分だと千早は自覚しているからだ。

 

「今日はもうね、何もしないの。閉店ガラガラなの」

 

「何もしないって」

 

「美希ね、千早さんの行き先が河原だったのがすっごい嬉しかったの」

 

 美希の憩いの場であり、千早が練習によく利用していた場所。この河原は二人がよく来ていた場所とは厳密には違う川ではあるが、河原というだけで二人にとってはたしかに意味のある場所であった。

 

「覚えてる? 河原で練習してた千早さん、ミキが来たらすっごいメーワクそうにしてたの」

 

「あっ、あの時はその、美希に突然声かけられてびっくりして、その……ごめんなさい」

 

「ううん、全然気にしてないの。それ以上に千早さんの歌が、美希には眩しく見えたから」

 

「美希……」

 

「あの時千早さんの歌を聞いて、本当にすごいなって思ったの。毎日どれだけ努力したら千早さんみたいになれるんだろうって。美希全然頑張りが足りないって思えたの。でもね、こうも思ったの。頑張りすぎて千早さんがアイドルが嫌になっちゃうんじゃないかって」

 

 耳の痛い話だと千早は思った。美希のその心配はひどく的を射ていて、今の自分の心境を正しく捉えていたからだ。

 

「……ここでひとりで考え事してて、思ったの」

 

「うん」

 

「やっぱり、私は歌うのが好き。自分の原点は結局のところ歌なんだって」

 

「うん」

 

「最近は、歌だけじゃなくて色んな事にチャレンジして、自分なりに頑張ってきたつもりだったんだけど……うまくいかなくって、それで焦ってたのかもしれないわ」

 

 空回りすればするほど、焦燥感が千早の心を支配していった。それでも彼女はひたすらに努力することしかできなかった。慣れないことの積み重ねで、心が疲弊するのも無理はない事だった。

 

「そういう日はね、何もしないのが一番なの。美希と千早さんは、今日はもうずっと一緒にカモ先生を眺めるの。頑張るのはいつでもできるの。休んだ後で、のんびりやればいいの」

 

「……ふふっ」

 

 美希の言葉に、千早は思わず吹き出す。

 

「あっ、ひどいの。美希は真剣なの!」

 

「ごめんなさい、おかしくって……ふふふっ」

 

「ひ~ど~い~の~!」

 

 番組を投げ出すなんて芸能人として最低最悪と言わざるを得ない。仕事なのだ。今後のアイドル活動に大いに支障が出るだろう。それでもあっけらかんとサボり宣言を口にした美希の気安い様子が、千早にはおかしくて仕方ない。

 

 失った信用はそうそう取り戻せるものではない。現実逃避で生み出した最悪の休暇だが、今この瞬間だけはたまらなく愛おしいと思えた。

 

「あ、美希見て。あそこに亀が泳いでる」

 

「あっ、ほんとだ。可愛いの~」

 

 先の事は考えずに、ひと時の急速にうつつを抜かす。やってしまった失敗は、後で考えればいい。少なくとも今だけは、そう思うことができた。

 

 

 

 

 ……だが。

 

 

 責任を果たせない者に、芸能界は決して優しくない。

 

 

 

「うん?」

 

 千早の仕事用携帯が鳴る。

 

「……プロデューサー」

 

 気が重い。自分たちの今の立場を考えると、とても出る気になれない。

 

 プロデューサーは別の仕事の様子を見に行っているはずだが、今の惨状を知らないということはないだろう。連絡がいかないはずがない。

 

 現実が襲ってくる。二人は考える。

 

 現場にひとり取り残された真美はどうしたのだろうか。

 

 千早は泣きながら逃走したが、一番泣きたいのは真美だろう。頑張り方を間違えて振り切った千早の暴走に巻き込まれても文句ひとつ言わず、彼女は仕事をやり遂げようとしていた。

 

 この電話に出なければならない。二人にはその責任がある。美希と千早は互いに顔を見合わせると、恐る恐る通話をオンにし、音声をスピーカーに切り替えた。

 

『もしもし、千早ちゃん?』

 

 ぞわり、と背筋が凍った。

 

 普段なら聞くものを安心させるその優し気な声が、今の二人には何よりも恐ろしく感じられた。

 

「あ、あずささん……」

 

 三浦あずさ。

 

 今回のドッキリ企画においてある意味最大の被害者ともいえる765プロアイドルからの、突然の電話であった。

 

『えっと、真美ちゃんからプロデューサーさんの方に急に電話があってね。それで色々話を聞いたんだけど』

 

「あ、あ、あの。プロデューサーは……」

 

『今ちょうど仕事で一緒にいるんだけど、私の方が色々話しやすいだろうから代わりにって』

 

「あ、え」

 

 呼吸がうまくできない。

 

 正直プロデューサーの方がまだ話しやすいので、今からでも替わってほしいが、そんなことはとても言えない。

 

『プロデューサーさんと一緒に真美ちゃんの話聞いてたんだけど、凄く泣いていて』

 

 美希と顔を見合わせるが、互いの顔は青ざめるばかりで少しの気休めにもならない。

 

『何か撮影現場で大変なことがあったのはわかったの』

 

 曖昧な言い方である。あずさはどこまで今回の騒動を知っているのだろう。

 

「あの、真美は大丈夫、ですか?」

 

『ひとまず律子さんが迎えに行ったみたいだから、大丈夫よ。安心して頂戴』

 

 置き去りにしてしまった真美のフォローがされていたことに、ほんの少し安心を覚える。

 

「その、よかった……です。真美にはひどいことをしてしまったので」

 

『千早ちゃんが反省しているなら、私からは何も。千早ちゃんのことだから、きっと何か考えがあっての事だと思うし。ただね、何があっても私たちは千早ちゃんの味方だから。そこだけは、知っていてほしいわ、なんて』

 

 少し照れくさそうにあずさが笑う。きっと千早たちの緊張を取りほぐしたかったのだろう。自分たちの事を第一に考えてくれているからこその言葉が、今の二人には何よりも痛くて、同時に少し嬉しく思えた。 

 

 しばしの沈黙の後、千早は重い口を開いた。

 

「私、プロ失格です」

 

『……何で、そう思うの?』

 

「今日はドッキリ企画の収録だったんですけど、以前にやった時も今回も、全然うまくいかなくて。その、自分なりにいろいろ考えてみたんです。どうすれば面白い絵が撮れるのか、どうすればプロデューサーに信頼してもらえるのかって」

 

『プロデューサーさんに信頼されていないと思ったのね』

 

「プロデューサーは、悪くないんです。悪いのは、勝手なふるまいでみんなを振り回した私です」

 

「そんな、そんな言い方ないの」

 

 震える声に驚いて、美希を見る。

 

「千早さんは頑張ってたの。たしかにみんなを振り回したかもしれないの。でも、誰も千早さんが一人で悩んでたことに気づいてあげられなかったの……。千早さんが悪いっていうなら、美希たちだって悪いの!」

 

 ボロボロに泣く美希を、壊れ物を扱うかのように抱きしめる。

 

『そう、美希ちゃんもそこにいるのね』

 

 あずさの、全てを肯定してくれるかのような相槌。

 

 あずさの持つ優しい空気に絆されて、言葉が堰を切ったようにあふれ出す。

 

 千早は今の自分の気持ちを全て話した。

 一度失敗したドッキリに、自分なりの努力で臨んだこと。それが結果として、独りよがりになってしまったこと。収録で泣き出してしまい、情けなくて恥ずかしくて、とうとう逃げ出してしまったこと。

 

「美希もいけなかったの。千早さんがそこまで思いつめてたなんて知らなくて、酷いことたくさん言っちゃったの」 

 

『そうなのね』

 

 聞きたいこともたくさんあるだろうに、あずさは何も言わずに頷くだけだった。ただ自身の思いを打ち明けるだけ。否定するわけでもなく肯定するわけでもない。ただ聞いてもらえるということが、今の二人には何よりもありがたかった。

 

『きっとね、今みたいに話してくれれば、みんなわかってくれるわ。だって二人とも、こんなに素直ないい子たちなんだから。うふふっ』

 

 溜め込んでいた思いをひとしきり打ち明けると、胸につかえていたもやもやはすっかり消えていた。

 悩んでいてもいい事なんてない。大事なのは、非を認めて前に進むことなのである。あずさとの電話を通じて、二人はまた一つアイドルとして成長を果たすことができた。

 

『ちゃんと撮影スタッフさんに連絡を取って、今後のことをしっかり話してね』

 

「はい。そうします。心配してくれて、本当にありがとうございます」

 

『いいのよ。それと、もう一個聞きたいんだけど』

 

「……? はい」

 

 

 

 

 

「千早ちゃん、私の物まねしてたんだって?」

 

「え?」

 

 ……何かの聞き間違いだろうか。それとも疲れが溜まっているのだろうか。

 

 

 

 後ろから、あずさの声がする。

 

 

 

「「きゃっ」」

 

 

 何かが千早たちの背中を押した。体は水面に向けて、大きな水飛沫をあげて沈んでいった。

 

 濁った水面から身体を起こす。自分たちを突き飛ばした張本人は、プロデューサーの携帯を片手にイタズラな笑みを浮かべていた。

 

 

「責任をとるってね、こういうことだよ二人とも」

 

 

 双美真美。物まねの名人。

 

 スタッフから渡されたドッキリ大成功の看板を掲げる彼女の笑顔は、誰よりも輝いてみえた。

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。