嘘企画『ちー散歩』のパロディ元である『あず散歩』で紹介されるお店は、総じてレベルが高い名店揃いだ。
あずさが気まぐれに訪れる店のジャンルは様々だが、全体的にスイーツのお店にたどり着くことが多い。「ダイエットしてるのに~」と言いながらも、ウキウキで店にアポを取りに行く彼女の姿はとてもお茶目で可愛らしい。さらにどのお店も実際に美味しいのだから、人気が出るのは当然ともいえる。今回はそんな『あず散歩』のスイーツ回の中でも、特にお値段が張るお店の紹介である。
今回の収録を終えた翌日。千早たちは高級果物を専門に扱うスイーツカフェに来ていた。今回のドッキリ企画に散々に振り回したお詫びとして、プロデューサーが3人にご飯をご馳走すると言ったところ、彼女たち指定したのがこの店だ。
765プロのアイドルたちの突然の来店に色めき立つ店内。プロデューサーがプライベートである旨を周囲に説明しているのをしり目に、アイドルたちはメニュー表に輝く色とりどりのフルーツパフェに興奮していた。
「えっ、フルーツパフェってこんなにするの……?」
「千早さん、エンリョすることないの。今日はプロデューサーのおごりだから」
「とりあえず真美はこの一番高い超高級マスクメロン特盛パフェにするね!」
「じゃあ、ミキはこの特選イチゴスカイツリーパフェにするの。天まで届くほどのイチゴだって!」
「お、おい。少しは遠慮してくれよ」
「兄ちゃん何か言った?」
「お好きなものをどうぞ……」
説明を終えて戻ってきたプロデューサーの抗議は、真美の笑顔でむなしく封殺される。しぶしぶメニュー表を覗き込んだプロデューサーの顔がさっと青ざめるのを見て、唯一千早だけが申し訳なさそうな顔をするが、真美と美希はどこ吹く風といった様子だ。
しばらくメニュー表と睨めっこした後、やってきた店員に各々が注文を終える。容赦なく飛ぶ高額注文の数々に、プロデューサーは途方にくれた顔で財布を見つめていた。
「その、プロデューサー。本当にすみません」
「いや、千早は悪くない。千早が悩んでいたことに気づいてやれなかったんだから、今回の件は俺の責任だよ。だから遠慮せずに、今日は美味しいもの食べてくれ」
「千早さんは本当に気にしなくていいの。プロデューサー、美希ホントに怒ってるの。千早さんにバラエティやらせるなんて間違ってるの!」
「いや、それは違うぞ美希。今回の企画を通じて、俺は千早にアイドルとしてさらに成長してほしいと思っているんだ」
「千早さんはバラエティなんてやらずに、今のまま成長していけばいいの。海外進出を前に、変なイメージついたら大変なの!」
「変なイメージ……」
美希の言葉が鋭く千早の胸に刺さる。実際にこれまでのドッキリはうまくいったとは言い難い。
「変なイメージは俺が絶対につけさせないよ。プロデューサーとしてみんなのことはしっかり守るから、そこは信頼してくれ」
「正直今回の件でかなり信頼落ちたの」
「……ぐふっ」
これまで手塩にかけて育ててきたアイドルからの信頼できない発言は、超仕事人間であるプロデューサーにとって、死刑宣告に等しい響きであった。
「プ、プロデューサー!」
「千早、信用ならないゴミプロデューサーですまない。俺に優しくしてくれるな。お前はただ、ファンのみんなに笑顔を届けてくれればそれで良いんだ」
「それじゃあ、まずプロデューサーに笑顔を届けないといけないですね」
「え?」
「プロデューサーは私たちのファン第一号ですから」
その輝きに眼がやられた。千早の遠慮がちな笑顔が放つあまりの眩さは、プロデューサーの眼鏡に搭載されているブルーライトカットをもってしても、防ぐことは叶わなかった。
「ち、千早ぁ……!」
絞り出すように感情を吐き出すと、やがてプロデューサーは息をすることをやめた。
自分の担当するアイドルのあまりの尊さに、生物としての最低限の活動すら煩雑に思えたのだ。
……この瞬間が永遠なら、プロデューサーは世界一幸せな死を迎えることになるだろう。
「あ、店員さん! シャインマスカット昇天ペガサスmix盛りパフェくださーい」
「!!?」
真美の恐ろしい一声で、忘れたはずの呼吸が戻ってくる。財布に目を落としても現実は変わらない。しかしこのプロデューサーという男。霞を食っては生きれぬが、アイドルの尊みを活力に生きていけると自負している。であるならば、己の矜持に殉じるままだ。
金のない現実など、瑣末な問題である。
「ええい、こうなりゃヤケだ! みんな好きなだけ注文していいぞ。何てったって俺はお前らのファン第一号だからな!!」
「あ、じゃあこの淡雪いちごのスペシャルババロア頼むの。さすがにエンリョしてたけど、プロデューサーが言うならいいよね!」
「よーし、ちょっと仕事の電話してくるから待っててくれ!」
そういうと立ち上がり、店の外へ駆けていくプロデューサー。律子に今回の会計が経費で落ちないか交渉に行ったのだろうと、美希は当たりをつける。やがて店の外から泣きながら懇願する成人男性の声が聞こえてきたので恐らく当たりである。
「あの、二人とも」
美希と真美が冷ややかな視線を店の外のプロデューサーに送っていると、千早が二人におずおずと声をかけた。
「本当にごめんなさい」
「千早お姉ちゃん!」
「そんな、謝らなくていいの!」
静々と頭を下げる千早に、美希と真美は大いに慌てる。
「ううん、迷惑たくさんかけたんだもの。けじめはつけさせてほしい」
「そんなの、もうけじめはついてるっしょ。真美があずさお姉ちゃんの真似で2人にドッキリリベンジした時点でね!」
「悪かったとは思うけど、川にドボンはあんまりなの!」
「おやおやー? ミキミキくん。チミ、反省が足りてないんじゃないのかね〜?」
「ムキーッ! 真美ってホント生意気なのっ!!」
千早は謝罪をしていたはずが、いつの間にか漫才じみた小競り合いになってしまった。美希と真美もそれがおかしいのか、3人は目を見合わせるとくすくすと笑い合う。
「パフェ4品、お待たせしましたー」
「「わぁーっ!」」
色とりどりに、美しく飾り立てられたパフェの品々が、千早たちが待つテーブルの上に披露されていく。瑞々しいフルーツの輝きに思わず歓声があがる。もうすっかり、しんみりした空気はなくなっていた。
「凄すぎるの! 食べる前から、ホーセキ箱なの!!」
「これ、ホントににいちゃんのオゴリでいいのかな……なんか流石に可哀想になってきたYO……勢いで一品余計に頼んじゃったし」
「これは割り勘にしましょう。流石に経費では落ちないでしょうから」
「だねー……」
3人は哀れなプロデューサーを思い、視線を窓の外に向ける。しかし、文字通り蚊帳の外となってしまった彼の煤けた背中は見当たらず……。
「まあ! 3人とも、すっごく美味しそうなの頼んだのね!」
「「「えっ」」」
代わりに彼女たちの視線に入り込んだのは、世の男性がお嫁さんにしたい女性ランキングぶっちぎり第一位のアイドル、三浦あずさの愛らしい笑顔だった。美しく着飾ったパフェもそっちのけで、全ての人を釘付けにする、会心のエンジェルスマイルである。
その後ろでドッキリ大成功の看板を掲げている、したり顔のプロデューサーも添えて。
……店内に、アイドル3人の絶叫が響き渡った瞬間である。
「ええっ、これ全部私に? どうしましょう。こんなに食べ切れないわ〜」
その後、今回のドッキリの最大の被害者である三浦あずさに、パフェが全て献上されたのは言うまでもない。困りながらも満更でもなさそうなほんわかした笑顔が、千早たちの禊ぎとなるのだった。
永らくお待たせしてすみません……。これで第二話は完結となります。ここまでご覧頂き、ありがとうございました!
続きを書く意思は、あります……!