如月千早はドッキリがお好き?   作:ゲソP

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3.2 天使

 

 萩原雪歩は平穏と安らぎを心から愛している。

 

 たとえば、765プロの事務所で過ごす時間。

 担当アイドルの方向性に悩むプロデューサーに日本茶を淹れてあげる時。ありがとうの言葉で一息をつく。自分が淹れたお茶に茶柱が立っていた時。美味しいと感想をもらうと、身も心も温かくなる。

 ささやかな幸せが、雪歩の心を豊かにしてくれる。気分が乗ってきた時は、詩を書いてみたりする。普段は自宅の机の引き出しに固く閉じ込めている自作の詩集を持ち出して、公園のベンチに座る。風の音に耳をすませて、噴き出す噴水の水飛沫がキラキラと虹に変わる様を見つめると、自然と言葉が浮かんでくる。雪歩はその言葉ひとつひとつを吟味して、丁寧に詩を書いていく。その時間が雪歩にはたまらなく愛おしいのである。

 そのひとつひとつは、日常の隙間の小さな出来事でしかない。だが、日々のアイドル活動で多忙を極める雪歩にとっては、大切にしたい時間である。

 

「おはようございますぅ」

 

「萩原さん入りましたー」

 

「本日は、よろしくお願いします!」

 

「「よろしくお願いしまーす!!」」

 

 昨日は雪歩にとって久々のオフだった。充実した休日で、心身ともにリフレッシュすることができた。

 詩だって筆が乗って、2編も書くことができた。夜は仕事上がりの真と食事に行って、たわいもない話に花を咲かせたりもした。

 

「……はぁ」

 

 だというのに、今の雪歩の表情にはどこか陰りが見られた。雪歩は視線を手元の手提げ袋にやると、再び溜め息をついた。早々に一人になりたい気分であったが、テレビ局の廊下は賑やかで、その喧騒は雪歩を放ってはくれない。

 

「あ、萩原さん。765プロさんの楽屋はこちらになります」

 

「あっ、わかりました。ありがとうございますぅ!」

 

 挨拶してくれるスタッフ一人一人に笑顔で対応して、雪歩はようやく楽屋に入ることができた。ドアを閉め、背をもたせかける。

 

「ふぇ〜〜〜ん……」

 

 緊張が解けたのか、情けない声が漏れる。雪歩は溜め息で抜ける力に逆らわずに、体を下に滑り落としてしゃがみ込んだ。手元の手提げ袋を両手で持って睨みつけるが、弱い気持ちがすぐに出てしまう。

 

「ドッキリなんて、私には無理だよ……」

 

 先週プロデューサーにこの仕事の打診を受けた時から、雪歩はずっと悩んでいた。内容もハードで、引っ込み思案であがり症な雪歩にとって、かなり無茶と言えるものであった。

 それでもやろうと思えたのは、背中を押してくれたプロデューサーと、相談に乗ってくれた真の励ましがあったからだ。

 とはいうものの、いざ本番の日ともなれば緊張するもので、雪歩は引き受けてしまった後悔に、今さら苛まれているのである。

 持っている手提げ袋から中身を取り出す。普段の雪歩なら確実に喜ぶであろう、白を基調とした、ファンシーで愛らしい衣装だ。だが、今はそれが憎らしい。

 

「あなたの恋のお手伝い、一生懸命頑張りますぅ!」

 

 己を鼓舞するかのように、雪歩は声を張った。今のフレーズは、雪歩が声優を務めるアニメのキャラクター『掘削天使ゆきぽちゃん』の決めゼリフである。今雪歩が持っている衣装は、ゆきぽちゃんがアニメで着ている衣装だ。

 

「……はぁ」

 

 ゆきぽちゃんのセリフを借りて勇気をもらおうとしたが、気持ちは切り替わらず、ただ沈んでいくばかり。

 というのも今回のドッキリ企画、雪歩主演の劇場版アニメ『掘削天使ゆきぽちゃん 〜愛の叫びよ、ブラジルまで届け〜』のプロモーションも兼ねているのである。

 掘削天使ゆきぽちゃんは元々、超有名なある少女漫画雑誌とのコラボ企画で生まれた読み切り漫画だった。ゆきぽちゃんは悩める少女たちの恋を応援するために天界から派遣された天使である。ちょっぴり複雑で刺激的な恋模様を繰り広げる少女たちと、不器用でよく穴に埋まろうとするが、いつも一生懸命なゆきぽちゃんが繰り広げるドタバタ恋愛コメディである。妙に大人びた少女たちと、持ち前の根性で恋の障壁を掘削するゆきぽのハチャメチャさが10代女子にバカ受けし、読切から連載へ、そしてアニメ化にまで発展したのである。

 

「あ……着替えなきゃ」

 

 しばらくどんよりとした気持ちで過ごすと、収録の時間が差し迫っていることに気づき、少し慌てて着替え始める。着替えながら、説明されたドッキリの内容を思い返す。今回劇場版のゲスト声優として参加するお笑い芸人の楽屋の壁(ハリボテ)を掘削して雪歩扮する掘削天使ゆきぽちゃんが登場するというものだ。決め台詞は先ほど雪歩が言った「あなたの恋のお手伝い、一生懸命頑張りますぅ!」である。

 

「ちゃんと、できるかなぁ……」

 

 着替えを終えて、終始落ち着かない様子の雪歩。アイドルを始めた頃の彼女なら、きっと直前で逃げ出していただろう。今その選択を取らないのは、雪歩がアイドル活動に真剣に取り組んできた証明であった。

 

「ううん。こんな時ゆきぽなら、きっと勇気を持って立ち向かうはずだもん」

 

 作中のゆきぽに思いを馳せる。いつも一生懸命で頑張り屋のゆきぽ。モデルは雪歩自身であるが、雪歩本人は自身の事を少し美化しすぎだと思っていた。

 

「本当は勇気なんてない、いつだって穴掘って埋まってしまいたいと思っているのに」

 

 それでも、自分の事を勇気のある子だと思ってくれているファンを想うと、雪歩は立ち上がれるのである。765プロが誇るアイドルたちはいつだって一生懸命であるから、自分もそうありたいと強く思うのだ。

 

 雪歩は覚悟を決めて、変身ステッキを手に取る。これは人の恋路を邪魔する悪の秘密結社・デバガメイヤーと戦う時に使うステッキで、スイッチを押すと音楽が流れてステッキがスコップに変形する。恋愛ドタバタコメディでありながらも、特撮要素もあるのが『掘削天使ゆきぽちゃん』魅力の一つである。

 

「人の恋路を邪魔するいけない子たちは、穴掘って埋めちゃいますぅ!」

 

 決めポーズもビシッと決めて、準備は万端。その覚悟に呼応するかのように、楽屋のドアがノックされる。

 

「萩原さん、そろそろ出番でーす!」

 

 スタッフが出番を告げる。スタッフが開けた楽屋のドアの先には、気弱な様子は微塵もなく、毅然と背筋を張った掘削天使ゆきぽちゃんが立っていた。

 

「本日は、よろしくお願いしますぅ!」

 

 このドッキリを、きっと雪歩はやり遂げるだろう。

 

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