如月千早はドッキリがお好き?   作:ゲソP

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3.4 空模様

 

「四葉監督!」

 

 テレビ局の廊下に、真の良く通る声が響きわたる。萩原雪歩が決死のドッキリ決行をさせられる数日前のことだ。

 嘘から出た誠のオーディションの結果をプロデューサーから聞いた時、真は嬉しいと言葉では取り繕ったものの、胸の内では悔しい思いが燻っていた。

 だからだろう、別の仕事でたまたますれ違った四葉監督にかけた声には、彼女の切実な感情が滲んでいた。

 

「どうして、ボクが王子様役なんですか?」

 

 四葉監督は役者の主体性を重んじる監督だ。役者のオファーを否定することはせず、とことん話し合って方向性を擦り合わせる。納得が行く芝居ができるまで、些細なシーンでも時間をかける様を見れば、四葉監督が気難しいと評されるのも頷けるだろう。

 その気質は、キャストのオーディションにも表れている。まず、商業的なキャスティングは一切しない。純粋に役と合うか合わないかという判断基準が一つ。なおかつ、必ず役者がやりたい役で、オーディションを受けさせる。役者はエゴイストでなくてはいけない。エゴのぶつかり合いによって、良いドラマが生まれる。四葉監督の持論である。

 

 そういう監督であると事前に知っていたからこそ、真は納得が行かない。オーディションに、真は今の自分の全力をぶつける心算で臨んでいた。何より、抗議するだけの正当な理由を、真は持っていた。

 

「ボクは、ヒロインの役しか受けていないのに」

 

 四葉監督が舌打ちをして振り返る。大抵の大人は怯むであろう仕草に、真は一切物怖じせずに向き合う。

 オーディションには確かな手応えを持っていた。漫画とアニメを何度も履修し、役作りも丁寧に行なった。

 少女漫画のヒロインに憧れたいたからこその努力。新しい自分を目指していた結果に対して、せめて叶わない理由を知りたいと思うのは仕方のないことだろう。

 

「光るものを感じた。だから合格させた」

 

「でも、ヒロインは任せられない?」

 

「今のお前には任せられん……それ以上でも、それ以下でもない」

 

「監督!」

 

 仏頂面で踵を返して去っていく監督に対して、真はそれ以上は何も言えずに俯く。悔しさで頬を伝う雫を拭うと、真もまた、別の仕事に向かうために歩き出したのだった。

 

 

 ◇

 

 

「君は、噓つきだね」

 

 台本に書かれた台詞を声にする。呟いた台詞に宿る感情は役としてのものか。あるいは自分か。

 真は楽屋の机の上に先ほどまで読んでいた台本を放ると、投げやりに突っ伏した。

 

「はぁ……」

 

 溜息をひとつ。体勢はそのままに、正面の鏡を流し見る。

 少し切れ長の大きな瞳は物憂げで、少し潤んでいる。その濡れた長いまつ毛にかかるショートヘアを、おもむろに指先でつまんでみる。

 

「本当に、のばしてみようかなぁ」

 

 柔らかな長い髪を思う。イメージするのは、ここに来るまでに一緒にいた如月千早の姿。

 真が出会った頃の千早は、歌が全てとばかりにストイックに取り組む繊細な少女だった。常に重圧を背負い、他者にほとんど関心をしめさない。真はそんな千早の在り方が心配で、努めて千早と仲良くなろうと振る舞っていた。

 たくさんの思い出があった。ひとりでランニングに出ようとする千早に無理やりついていったり、歌のアドバイスをしてもらって、ダンスの難しい振りを指導したり。

 山あり谷ありのアイドル活動をみんなで乗り越えていくうちに、千早もやがて自然に笑えるようになった。お互いに涙も笑顔も見せあって、本当の意味での仲間になれた。

 

『もっと、かわいいって、言って欲しい』

 

「……っ」

 

 出会った時には笑い方もわからない様子だったはずの少女の頬が、桜色に染まるのを見た。きっと自分だけが知る、千早の異なる一面。少女漫画の世界でしか知らない、女の子の表情。

 

「やっぱり、ボクは王子様役がお似合い……かな」

 

 揺れる心を自嘲しながら、前髪をいじる。今のお前には任せられないと言った四葉監督の意図が何となく腑に落ちる気がして、それが真には何よりも悔しかった。

 

 

 ◇

 

 

「真ちゃん……」

 

 一方、一流監督たちにうまいこと乗せられ、まんまと天井裏に収納された雪歩はと言うと、悶々と悩む真の姿を見て後悔に苛まれていた。先日の休暇で真から相談を受けていたものの、彼女がここまで深刻に悩んでいるとは思っていなかった。そのこともショックであるし、何よりそんな彼女に対して、これからしょうもないドッキリを仕掛けないといけないことを考えると、雪歩は自分が情けなくて仕方がなかった。

 ドッキリ用に渡された掘削スコップを見る。もともと持っていた市販の物はボタンを押すとテーマソングのメロディがなるだけだったが、そこはテレビ仕様。ひとたびボタンを押せば、天井が開いてゆきぽちゃんのテーマソングと共に雪歩が舞い降りるという仕掛けだ。絶望である。

 

「こんなタイミングで押せないよぉ……」

 

 度胸を見ると監督は言った。問われているのは覚悟の質であると。たが、今の状況はバラエティ的な感覚がない(本人談)雪歩にもわかる。確実に今じゃない。楽になりたいという気持ちを抑え、押さないという決断をすることもまた、覚悟である。

 

「どうしてこんな事……」

 

 雪歩は泣きそうだった。雪歩は平穏を心から愛している。昨日のオフに思いを馳せると、現状が嫌過ぎて涙が出そうになる。それでも投げ出そうとしないのは雪歩の美徳であり、アイドルとしての確かな才能である。

 

「プロデューサー、どうして……?」

 

 だがそれでも、彼女は本来内気で引っ込み思案な女の子。狭い空間の中で孤独と罪悪感に苛まれれば、弱音の一つや二つは吐いてしまう。行き場のない感情は、図らずも自身の敬愛するプロデューサーに向かった。急遽とは言え、何も事前に教えてくれなかったことと、真にしょうもないドッキリをかますことを許可したことが、今の極限状態の雪歩には信じられなくて、悲しかった。そんな雪歩の心境の吐露は、彼女の胸元のピンマイクがしっかり拾っていて、それを聴いていたプロデューサーのライフの深部までざっくり刺さっているので、ささやかながらも反撃が成功しているのはご愛嬌。

 真は憂鬱に台本を眺めていて、雪歩は動くに動けず。膠着状態が続くかと思われたその時、楽屋の扉がノックされた。

 

「あっ……どうぞ!」

 

 真は先ほどまでの憂鬱を慌てて正し、少し畏まった様子で相手に入室を促す。

 

「真……お疲れ様」

 

「ち、ちちちち千早ちゃん!?」

 

 ギリギリ聞こえないラインの小声で抑えることができたのは、絶対にバレたくないという思いでとっさに動揺の声を絞った雪歩の執念のなせる技か。

 

「千早? あれ、歌の収録は?」

 

「………」

 

 楽屋に訪れた千早は真を一瞥することなく、楽屋のソファに腰を下ろした。顔は俯き、艶やかに流れる長い髪に隠れて表情は伺えない。少し前に車から降りて別れた時には、特に変わった様子は見受けられなかったものだから、真は千早の様子が心配になって、彼女の小さな肩にそっと手をかけた。

 

「何かあったの?」

 

 そっと振り向いた千早の瞳に滲む涙を見て、真は思わず息を呑んだ。

 

「千早……!?」

 

 一体何が。その言葉を発するより早く、千早は真の胸に飛び込むと、縋るようにきつく、真の身体に両腕を回した。反動で千早の絹のような髪が舞って、ふわりと芳香が鼻腔をくすぐる。今胸の中で小さく震える如月千早の姿が衝撃的で、真は上擦った声で狼狽することしかできない。

 

「千早っ、一体何が」

 

「少しだけ、このままでいさせて」

 

 顔を埋めたまま懇願する千早の声に、真の心音が高鳴る。

 

「……お願い」

 

 そうしてようやく、真は自身に身を委ねる彼女の身体を、慎重に抱きしめ返すのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふ、ふぇぇ……」

 

 天井に吊るされたまま、真っ赤な顔で身を乗り出して、覗き穴から二人を凝視する堕天使がいるとも知らずに。

 

 

 

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