如月千早はドッキリがお好き?   作:ゲソP

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1.2 準備

「ねぇ」

 

 千早はかすれた声で、電話越しの彼に声をかけた。

 

「私、あなたの気に障るようなことをした?」

 

 ……もう届かないと知っていた。己の可愛げのなさがほとほと嫌になる。

 彼の心がもう自分に向いていないことを、千早はとっくに知っていた。

 恋人という関係がずっと続くものなのだと勘違いをしていた。

 

 ……何という思い上がりだろう。

 

「あなたの好きな私になるからっ、直すからぁ……」

 

 だから、嫌いにならないで。

 そんな想いも涙に濡れて、言葉はもはや言葉にならない。

 

「うっ……っく、ひっく……」

 

 もう遅いのだ。

 心が別れを受け入れることを拒否している。終わるのが辛い。苦しい。

 

「あ……」

 

 やがて電話から、彼はいなくなってしまった。

 

 独りその場に取り残された千早に、声をかけるものなどいないというのに。

 千早はそれでも縋るように泣き続けるのだった。

 

 

 

 

 

「はい、いったん休憩です」

 

 そんな重苦しい空気を切り裂くように、はっきりとした声が千早にかけられる。演技指導の先生の一声。強張った千早の体から、力が一気に抜ける。

 稽古場でマンツーマンの演技指導。結局引き受けた、ドッキリ企画における演技力の向上を計るのが目的だ。

 千早は日々の演技レッスンに面白さを感じていた。

 歌に関係ないと、見向きもしなかったあの日の自分を叱ってやりたいと思う程に、熱中していたのだ。

 滴る汗をタオルでぬぐい、水分を補給する。すると稽古中は厳しかったトレーナーが、声をかけてくれる。

 

「如月さん、さっきの芝居とてもよかったよ。歌だけじゃなくて、芝居の才能もあるのね」

 

「ありがとうございます。でも、まだまだです」

 

 ドッキリ企画の仕掛人を引き受けてから、千早は熱心に演技練習に取り組んだ。

 ドッキリを仕掛ける役に求められる能力は、どんな状況でも相手に不審を感じさせない演技力だ。参考にとプロデューサーからもらった、ドッキリ企画のビデオを延々と観続けた千早はそう判断していた。

 

「もっと上手くならないと、きっとみんなには通用しないので」

 

 765プロのアイドルたちは飛ぶ鳥を落とす勢いで活躍している。

 仲間たちの実力を千早自身が誰よりも理解している。

 それ故に、妥協は一切しないと決めたのだ。

 

「ドッキリってことは、アドリブ中心になりそうね。そうしたら、今の台本は一旦置いて、インプロ中心の稽古をやりましょうか」

 

 インプロとは、インプロビゼーションの略称であり、即興での芝居を意味する。台本の台詞もなしに、瞬間の感情だけで芝居を作っていくのだ。

 

「はい、よろしくお願いします」

 さあ稽古を再開しようかというその矢先に、稽古場のドアが開いた。

 

「千早。どうだ調子は」

 

「プロデューサー」

 

 プロデューサーは千早の演技レッスンには必ず顔を出した。千早にはその配慮がありがたいと思う反面、悔しくもあった。もっと信頼してくれてもいいのにと思っているのだ。

 

「如月さんはもともと歌が抜群にいいので、それが芝居にも生きていますね。真実味がしっかりと台詞や動きに込められているんです」

 

「そうですか! すごいじゃないか。この調子なら心配は要らないな」

 安堵の表情を浮かべると、プロデューサーは鞄から書類の束を取り出した。

 

「これ、今度の企画の台本だ」

 

「もうあるんですね」

 

 千早は手渡された台本を見ると、驚きを浮かべた。

 

「これって、プロデューサーが書いたんですか?」

 

 台本の表紙にプロデューサーの名前があったのだ。

 

「ああいや、書いたっていうか……監修かな。ほら、アイドルとしてNGなことはさせられないし、でもあんまり当たり障りのない内容だと面白くないし、何よりバラエティ慣れしてるあいつらはドッキリだって見抜いたりするからな。そのあたりのバランスを踏まえて、みんなのプロデューサーである俺も台本作りに参加したんだ」

 

 なるほど、確かに一理あると千早は思った。バレることが今回の仕事においての最大の懸念であった。トレーナーは千早の芝居を褒めてくれるが、『始めたばかりにしては』という注釈は間違いなく付くだろう。だからこそ、千早は自身の演技力と同等に、台本の内容も気にしていた。

 

 ……プロデューサーの監修があるのなら安心だ。

 

「あとで目を通しておきますね。今は、稽古に集中します」

 

 一人で仕事はできない。歌以外にも目を向けるようになってから、千早はそのことを強く感じるようになった。歌にしても同じことが言えるはずなのに、かつては気づけなかったことだ。

 作曲家と作詞家が曲を生み出す。プロデューサーが歌を披露するための機会を勝ち取る。舞台のスタッフが歌のための空間を形作る。たくさんの人の尽力が重なり、そうしてようやく自分が歌うことができる。ファンに感動を与えることができる。

 だからこそ、アイドルは常に最高の仕事をしなければならない。千早はそう強く思うのであった。

 だから決して、妥協してはならない。

 それがたとえどんな仕事であっても。

 

「ああ、よろしくな。千早」

 

 

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