如月千早はドッキリがお好き?   作:ゲソP

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1.4 大人

 音無小鳥は訳もわからず、千早に促されるまま近場のレストランに入った。

 個人経営の、こじんまりとした店だ。店の中では一組のカップルが仲睦まじくシチューを食べ、神経質そうなおじさんがコーヒー片手にティラミスをつついていた。

 特にハンバーグが美味しいと、インターネットでもそれなりに評判のある洋食店である。事務所からそう離れておらず、小鳥もたまにお昼時に利用する店だった。

 千早と小鳥は向かい合って窓際の席に座る。千早はメニューをさっと開くと、小鳥に差し出した。

 

「ここで頼むものはもう決まっているので、音無さんどうぞ」

 

「えっ、あっ、そうね」

 

 メニューに目を落としてはいるが、小鳥の思考はまるで異なることに向いていた。

 

 今日の千早はどう考えても変である。

 事務所での一件。これまでの千早からはまるで考えられない行動だった。

 イタズラ娘をたしなめる為に抱擁ができそうな人物は、同じ事務所のアイドルである三浦あずさ以外にいないだろう。小鳥のイメージでは、千早ならああいう時は困った顔で二人を注意すると思っていた。

 小鳥は千早の大きな変化を不思議に思いながらも、千早の言う相談事に付き合うことにした。

 ふう、と気持ちを落ち着ける。今度はしっかりとメニューを吟味し、店員を呼んだ。千早は若鳥のグリルとサラダ、小鳥はチーズハンバーグセットを頼んだ。

 

「さっきの、びっくりしました?」

 

 注文を受け取ったウェイトレスが去っていく。その背中を見送っていた小鳥に、千早はイタズラな笑みを浮かべた。

 

「そりゃ、びっくりしちゃったわ! 千早ちゃん、真美ちゃんに突然抱き着くんだもの」

 

「亜美と真美って、私にはあまりイタズラはしてこなかったから、もし機会があったらそうしようって、決めてたんです」

 

「ナイスよ千早ちゃん! あの二人には私もかなり手を焼かされてたから、ちょっとぐらいドキドキさせても、バチは当たらないと思うわ!」

 

 正直、眼福でした。そんな本音が小鳥の口から出かけるも、何とか飲み込む。頼りになる大人のお姉さんという自覚が、小鳥にはあるのだ。周囲がそう捉えているかどうかは、また別の話であるが。

 

「でも、千早ちゃんがああいうお茶目なことするなんて意外だったわ」

 

 そう言ってから、小鳥はしまったと思った。千早の表情に陰りが差したのだ。

 

「……私には、似合わない行動でしたか?」

 

 自嘲気に笑う千早に、小鳥は慌てた。

「そっ、そんなことないわ。千早ちゃんの新しい一面が見れて、私も嬉しかったし。いやそれはもちろんドキドキもしたけど、けっして似合わないだなんて思ってないからっ!」

 

「いいんです。……自覚はしているので」

 

「えっと、そんなことないんだけどなぁ……」

 

 ……少し気まずい空気。それでも時間は構うことなく進む。

 

 薄暗い照明の中、ウェイトレスが料理を運んでくる。テーブルに置かれた料理の数々は、ほくほくと湯気を立ち昇らせ、こんな状況であっても小鳥の食欲をそそった。

 

「食べましょうか」

 

「そ、そうね! わ、美味しそう!」

 

 先ほどの不穏な流れに蓋をするかのように、二人は食事を始めた。

 小鳥はチーズハンバーグにさっそくナイフを入れた。肉汁は溢れ出ることなく、しっかり肉の断面で輝いていた。肉汁がこぼれ出るということは、肉の旨味も逃げ出してしまうということであると、どこかのテレビでやっていたのを小鳥は思い出していた。

 

 ……ふっ、やはりここのハンバーグは一味違うわ。

 

 聞きかじりの知識で通を気取った小鳥は、ハンバーグの切れ端を口の中に頬張った。

 

「美味しい~っ」

 

 肉とチーズの宝石箱やぁ……そう小鳥の中のリトル小鳥が叫んでいる、ように小鳥には感じられた。

 嬉しそうに咀嚼をしている小鳥に、千早も思わず笑顔になってしまう。美味しいもの一つで暗い空気を吹き飛ばすことができる、明るくて可愛らしい大人の女性。それが千早の持つ小鳥のイメージだった。

 

「音無さん、チキンも食べてみますか?」

 

「ええっ、いいの? で、でも千早ちゃんの分が少なくなっちゃうわ……」

 

 年上のお姉さんとしては遠慮したい。でもでもチキンが美味しそう……。小鳥は葛藤する。

 

 千早はそんな様子の小鳥を微笑ましく思いながら、チキンを一口サイズに切り分けた。それをフォークで刺して、小鳥の口許にそっと持って行った。小鳥の悩み顔が、真っ赤に染まっていく。

 

 

 

「はい、あーん」

 

 

 

 ……ダメ、ダメよ小鳥! 心の中でそう強く言い聞かせ、何とか気持ちを落ち着かせる。

 千早にどういう心境の変化があったのかはわからない。ただ察するに、千早は大人っぽい女性に憧れているのだ。小鳥はそう推理した。

 例えばそれは三浦あずさのような、甘くて優しい女性像。

 ……それと自惚れでなければ、あるいは自分のような大人の女性。

 確証はそれなりにあった。亜美真美へのドキドキなイタズラ返しからずっと考えていたことだった。何より彼女が小鳥に相談を持ち掛けたことが証拠だ。

 

 少女が少し背伸びをして、大人になろうとしている。

 

 ならばそれを手助けする事こそが、彼女より『数年ほど』先を行く大人の責務ではないのか。

 

「あ、あーん」

 

 故に。この『あーん』は、甘んじて受け入れねばならない。

 決して、美少女の『あーん』に乙女心をくすぐられたわけではない。今の小鳥を突き動かすのはアイドルを見守る事務員としての矜持であって、そんな純粋な感情が下心などという下賤なものであるだろうか? 否。断じてない。

 

 千早の手から、小鳥の口へチキンが移されていく……。

 

 

「あつっ」

 

「あっ、大丈夫ですか?」

 

 チキンが小鳥の口許に触れる。その熱さに思わず体を引いてしまう。

 

「大丈夫、ありが……と」

 

 言葉が途切れた。千早を見て、小鳥はたまらないと思った。思ってしまった。

 

「これなら熱くないかしら」

 

 千早がチキンをふーふーしていたのだ。

 

 これには流石の小鳥も、大人のお姉さんとしての余裕を崩さざるを得なかった。

 

 ……ダメッ、ダメよ小鳥ぃぃぃぃぃぃぃ! クールに、そうクールになるのよ。

 しかしクールになり切れない。まさしくダメであった。

 

「もう一度、お口を開けてもらえますか?」

 

「は、はいぃ」

 

「改めて。あーん」

 

 もはや抗うすべもなし。しかし是非もなかった。

 

 小鳥はまさしくこの瞬間、母鳥からの愛情を受け入れる『小鳥』になってしまった。

 

 ……甘い。香ばしいはずなのに、甘い。

 

 彼女の吐息のなせる業なのか。自分の頭が沸騰してしまっているのか。小鳥の頬に、何故か一筋の涙が流れた。それは流星の軌跡のように、乙女のささやかな欲望を確かに満たして消えていった。

 

「ふふ。美味しいですか?」

 

「美味しいぴよぉ……」

 

 

 これが、大人の女性である。

 

 

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