「ドッキリ??」
「ああ、やってみないか?」
事務所の応接室で今後の仕事の打ち合わせをしていた真美は、プロデューサーからの突然のオファーに目を輝かせていた。
「超やりたいっしょ!! ねーねーにいちゃん、誰に仕掛けちゃうの!?」
765プロの中でも一、二を争うイタズラっ子は机に身を乗りだし、ノータイムで参加の意思を示した。机に叩きつけた両手の勢いで、飲みかけの缶コーラの中身が少し跳ねるも、本人は欠片も気にしない。
「お、乗り気だな。だが軽い気持ちで受けてほしくはないな。相手は美希だ。妙に勘のいいやつだから、油断してるとすぐバレるぞ?」
「はぁ、にいちゃん。真美を誰だと思ってんの? 真美だよ? 今世紀最大のせくちーバラエティーカリスマトップアイドルの真美だよ? ミキミキの一人や二人や百人くらい、ドッキリに引っかけるくらい朝御飯前だってー!」
「そういうとこが心配なんだよなぁ」
「そういうとこってどういうことさ!」
口振りは気のない様子であるが、プロデューサーは真美にドッキリをやらせる気でいた。水面下で進んでいる千早のドッキリ企画の協力者として、真美を選んだのだ。
「にいちゃーん、お願いだよー。真美油断なんかしないからさっ、真美にドッキリやらせてよぅ」
真美はしゃなりと体をくねらせて、蠱惑的なステップですり寄る。
「ねぇ~ん、オ・ネ・ガ・イ?」
10代の少女の成長は本当に早いと、プロデューサーは素直に思った。
アイドルとして確かな魅力を身に着けた彼女に迫られれば、大抵の男子はイチコロである。
「でもそのセクシー路線はなんか違うな。ヤバい……どんどん心配になってきたぞ」
しかしプロデューサーという存在は、アイドルを輝かせることしか考えない。魅力的な原石を見つけたら、どのように磨けばより綺麗になるかしか考えない。
つまりプロデューサーには、アイドルの色仕掛けは通用しないのである。
「ええーーっ、真美一生懸命やれるのにぃーーー!!」
先ほどのセクシーな動きはどこへやら。真美はプロデューサーの肩を掴むと、ガックンガックン揺さぶった。
「おいやめろうわわわわ!!」
「にいちゃんがドッキリやらせてくれるまで、真美は戦いをやめないかんね!!」
「わかった! わかったから、本当最近首痛いんだから勘弁してくれええ!」
デスクワークでお疲れの首周りにトドメを刺すには充分な刺激だったようである。
「やったー!! 誰にドッキリかけるの!? タライとか落とす!!? めーっちゃ楽しみっしょーーー!!」
「全くお前は……」
切り替えの速さに、思わずため息がこぼれる。だが首を抑えながらも、真美を見つめる目は優しげだ。奔放な振る舞いもどこか憎めない。姉妹揃えば手もつけられないほど天真爛漫。双海真美はそんなアイドルなのだ。
「嬉しいのはわかったから、ちゃんとやってくれよ?」
一見千早よりも暴走しがちに見える。だがそれでもプロデューサーは真美に賭けた。千早のドッキリのフォロー役として、765プロアイドルの中から双海真美を選んだ。
「またまた~。にいちゃんも満更じゃないんでしょ~?」
「そのはずだったんだがなぁ」
「え、満更なの!?」
「いや満更ってなんだよ!」
口ぶりでは心配だ何だと言いながらも、プロデューサーは真美ならきっとやり遂げると信じている。双海真美という一人のアイドルの成長の軌跡を、この男は確かに知っているのだから。
双海姉妹は二人ともポジティブで、目標に向かって常に勇往邁進する少女たちだ。遊びたい盛りのお年頃で、イタズラが大好き。姉妹仲はとてもよく、お茶の間では仲良し双子アイドルとして有名だ。
プロデューサーがそんな彼女たちの認識を改めたのは、765プロが誇る大人気ユニット『竜宮小町』が結成されてからしばらく経った頃だ。
竜宮小町は水瀬伊織、三浦あずさ、双海亜美の三人から構成されるユニットである。今をときめく765プロを世間に先んじて知らしめたこのユニットの結成は、それまでずっと二人一組の仕事をこなしてきた双海姉妹の関係性を大きく変えた。
亜美は竜宮小町へ、真美はソロに。
異なる活動は、二人に確かな変化をもたらした。亜美はその天真爛漫さにさらに磨きをかけ、竜宮小町のムードメーカーとして成長した。トリオユニットという小さなコミュニティの中で、苦しいときも常に明るく振る舞う強さも身に着けた。
真美もソロ活動で大きく成長した。
亜美が自分よりも有名になって行くことに対して、感じることは間違いなくあっただろう。竜宮小町が早熟なユニットであったが故に、人気の差にも苦しんだ。
弱音だって何度も吐いた。自身と亜美との違いに何度も悩んだ。
そんな真美にプロデューサーは、雑誌のモデルやトーク番組などの一人でこなす仕事を真美に任せてきた。ユニットとしての強さではなく、個の強さを追求したのだ。
それ故に、真美は強くなれた。現場では努めて明るく振る舞い、その場の空気を察知して気遣いもできる。現場受けが抜群によく、バラエティにファッション雑誌に引っ張りだこのアイドルに成長したのである。
それ故に、プロデューサーの信頼は厚い。真美ならば、バラエティに不慣れな千早の手綱を握ってくれるに違いないと確信しているのだ。
「いいか? 今回の仕事はな、大きいものなんだ。きっちり役割をこなしてもらうからな」
「おっけおっけ! 真美、頑張るよん!」
いつも通りのやり取りが何よりも心強い。真美ならばこの仕事においても下手に台本から逸れることなく、うまくまとめてくれるだろう。
千早がもし想定斜め上のアドリブを効かせてきたとしても、彼女ならきっと大丈夫だ。
……プロデューサーはそう思っていた。
この時はまだ。
「ああ、それとな。今回は千早とチームを組んでもらう」
「へっ、千早お姉ちゃんと?」
途端、真美の顔が真っ赤に染まる。その様子に若干の違和感を覚えるも、気のせいだとプロデューサーは話を進める。
「元々は千早一人で行う企画だったんだが、千早はバラエティー慣れしてないだろ? だからバラエティー慣れしているお前とチームを組んだらどうかって話になったんだ」
「千早お姉ちゃんと……」
「最近仲いいだろ? あいつの成長のためにも、頼まれてくれないか?」
真美はそう言われて、真美は千早との最近の関係について考えてみる。
たしかに先日の小鳥へのドッキリ企画以降、千早との関係は以前より親密になったような気がする。ただ、仲の良い……それこそ友達のような関係とは少し違うように思えた。どちらかと言えば、好き放題に振る舞う自分を千早が優しくたしなめるような、姉と妹のような関係。それを意識すると、真美の顔にほんのりと赤みが差した。完全にドッキリ企画の影響です本当にありがとうございます。
ここにプロデューサーの誤算があった。
たしかに、真美は強くなれた。
だがどれだけ大人びて見えても、彼女はまだまだ遊びたい盛り甘えたい盛りの13歳である。
背丈は一年で大きくなって、ソロ活動の経験を1年みっちり積んでも、彼女は765プロ最年少アイドルなのである。そしてプロデューサーが思っている以上に、ソロ活動は彼女の寂しさを加速させていた。
双子の妹がいる真美だが、年上の姉はいない。
想像していただきたい。真美はお姉ちゃんなのだ。
妹とのコミュニケーションを多忙によって制限されている彼女が、圧倒的お姉ちゃん力に目覚めた(第一話 1.3 いたずら 参照)如月千早によって徹底的に妹扱いされて甘やかし放題されたらどうなってしまうのか。
『真美は甘えん坊さんね』
『真美、髪がさらさら。伸ばしてから大人っぽくなったわね。ふふ』
「……んふふ」
このように、計らずもニヤけてしまう程度には拗らせてしまうのである。
真美は緩んだ頬をぺちぺちと叩くと、椅子に座った。考える人のポーズを取ったのは、完全に動揺しているからである。
「おい、真美? どうした?」
考えの足りないプロデューサーに変わって、再び考えてみてほしい。
妹(?)である真美が、千早のドッキリ企画をフォローする立場になる。
『ありがとう真美。真美みたいな妹がいたら、きっと毎日楽しいんでしょうね』
そうして、ドッキリ大成功で美希を涙目にしてから。
手伝ってもらったお礼にと、千早がお忍びで利用するお洒落な喫茶店(存在未確認)に二人でこっそり行って、ケーキをご馳走になったりして。
『真美、クリームが口許についているわ。ほら、拭ってあげる』
『真美は食いしん坊ね。慌てなくてもケーキは逃げないわ。ふふ』
ケーキを満喫した後は、夜景の綺麗な超高級レストランでワイン(飲めない)で乾杯して。
千早がそっと指輪(雰囲気と勢い)を真美にくれるのだ。
『真美、この気持ちは本物よ。私だけの、妹になってほしいの』
千早の甘い言葉が交響曲となって真美の脳内でリフレインする。
ご理解いただけただろうか。
温もりに飢えた真美にとって、千早お姉Cはまさに劇薬。
「……えへへ」
「真美? おい、聞いてるか?」
アイドル『如月千早』の可能性は無限大という事実は、真美をドッキリ企画という戦場へ掻き立てた。
「……千早お姉ちゃん、真美が手伝ったら喜んでくれるかなぁ?」
「ん? ああ、もちろん。それにバラエティ方面では、真美の方が先輩だろ。色々教えてやってくれ」
「千早お姉ちゃんに、真美が教えてあげる……」
「え??」
それは新しく芽生えた気持ち。
真美は強く決意した。自分が仮に千早の引き立て役であったとしても、全力で千早を助けると決めた。全ては、千早との絆を深めるために。
『如月千早お姉ちゃん化計画』が真美の中で始動した瞬間である。
景気づけとばかりに、真美は飲みかけのコーラをぐいっと飲み干した。
「……けふっ」
「お行儀悪いぞ」
充填完了。糖分摂取で気合は満点である。
「よーっし! 任せてよね、にいちゃん! 真美が先輩として、千早お姉ちゃんにバッチリレクチャーかましちゃうかんねっ!」
「あ、ああ。期待してるからな」
プロデューサーの不安を置き去りにして、真美はきっとこの大役をやり遂げるだろう。