Fate/GrandOrder 鋼鉄の心臓   作:SS装甲軍司令部

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現実逃避で書いた小説です。
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序章 炎上汚染都市冬木
第1話 2つの終わり、1つの始まり


 高温に晒された大気が周囲から流れこんで来る。あちこちに擦り傷や切り傷が着いた皮膚からは熱と言うよりも痛みと形容する方が適当な情報が脳へと送られている。しかし、彼の脳はその情報のみならず視覚以外の情報をシャットアウトしていた。目の前に広がる景色、先ほどまでこちらを振り向いて微笑みかけた藤色の少女は存在せず、1mほど先に墓標のように突き立ったラウンドシールドがあるだけだった。

 何処からか差し込んで来る光は黒いラウンドシールドと大理石の様な白い石で形作られた神殿を照らし、これが只の一枚の絵であればむしろ美しいと思えるほどの光景が広がっている。

 

 役に立ちたかった。

 

 そんな言葉を残した少女はもういない。何時だって心底から恐怖しながらも、攻撃の矢面に立ち雪花の盾をふるい続けたかけがえのない後輩は閃光の中に消えた。

 この時、人類最後のマスターとなった彼の心には2つの感情が渦巻いていた。

 一つは、人理を焼くほどの膨大な熱量を持った攻撃ですら彼女の盾を撃ち抜くことはなかったと言う結果に対する誇らしさ。もう一つは、目の前で淡々と言葉を紡ぐ巨大な人型に対する憎悪だった。

 他人が死ぬ光景を始めてみるわけではない、7つの特異点をめぐる戦いの中で出会いも別れもいやというほど味わった。目の前で大切な仲間が失われる事もあった。

 それでも、この身には嘗てないほどの憎悪が渦巻く。半身を抉られたような喪失感は即座にゲーティアと自分への殺意で埋め尽くされ、元々大したことの無い魔術回路を励起させた。サーヴァントですら敵わない人理焼却式に、矮小な自分の魔術が通用するとは思えない。サーヴァントを”呼ぶ”事も現状では不可能。

 

 それでも…

 

「上等だ―――――」

 

 足を踏み出す。

 

 拳を握る。

 

 枯渇寸前の魔力を全て叩き込んで魔術を発動させる。

 

 礼装起動、瞬間強化。

 

 彼女の盾の横を走り抜ける。

 

 口から漏れる何か。

 

 憎悪の雄叫びだろうか

 

 悲しみの絶叫だろうか

 

 それとも、死への恐れからくる悲鳴だろうか

 

 そんな考えが頭をよぎった瞬間、光に包まれた意識は一瞬のうちに漂白された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 薄暗い部屋の中に入ると、それまでせわしなく働いていた人々が一斉にこちらを振り返る。その身を包む服装も年齢も多種多様だが、その顔は皆すべからく青ざめていた。

 原因は解っている、というよりもこの状況で顔を青くしない者は人間ではないのだろう。彼らの敬礼に答礼で答え部屋の中心部に進む、巨大な地図が乗せられた机に群がる人々はみな一様に硬い表情で自分を見やった。

 

「状況は?」

「はっ、全ての命令は滞りなく実行に移されました。しかし…」

「なんだ?」

「しかし、これでよかったのでしょうか?」

 

 やせこけた小柄な男が震えて上ずった声で問いかけてくる。正直なところ、残念ながらその問いへの答えを自分は持ち合わせていなかった。ただ、こうするべきと決めたことを実行に移した。他ならぬ、自分の意思に基づいて。

 

「ああ、いいんだ。人は自分達が何を作ったのかを学ばなくてはならない、自分たちが何処へ到達したのかを知って、報いを受けなくてはならない。それは奴らも、我々も含まれる」

 

 恐怖で声が震えそうになるのを必死に押しとどめる、最低最悪の偽善を口にしていることに強烈な自己嫌悪を覚える。しかし、自分に出来ることは戯言を語ることぐらいだった。

 

「全てがゼロになった時、何もかもが失われた時、それでも少しぐらいは残るだろう。残された者達が残された物を元に、新世界を構築する。その世界が今回よりももっとマシなものであることを祈る」

 

 チラリと、時計を見る。リミットまで、もう何秒も無かった。

 

「ここまでの君たちの献身に感謝を、」

 

 言葉を続けようとした瞬間、薄暗い指令室の光景はそれを認識している意識ごと一瞬にして消え去った。

 

 

 

 

 

 今ここに、2つの世界が終焉を迎えた。未来を失い、多様性を失い、これ以上先に進みようのない袋小路の世界。誰にも観測されず、虚構の中へ埋もれていくはずの世界。

 積み上げられた歴史が破却され無へと帰っていく中で、何の因果か2つの流星がはじき出され別の世界へと飛び込んでいった。箒星の様な光帯を引きながら、歴史が攪乱された世界に混ざり溶けていく。

 

 それを観測出来た者は、ただ一人。

 

 ――へぇ、これは珍しいことも有る物だ。

 

 ――異邦からの客人が二人、か。

 

 ――何処の誰かは知らないが、君達の進む道に最終的な救いは無い。

 

 ――それでも、自らの願望に従うのであれば

 

 ――私は祈ろう、”運命に逆らうものに栄光あれ”と

 

 ――え?パクリだって?ハハッ、此処は治外法権なのサ

 

 

 

 

 

 

 懐かしい匂いが鼻腔をくすぐった。

 微かに残った木が焼ける匂い、焙られたゴムが溶ける匂い、パチパチと油が弾けつつ焼かれていく人の匂い、腹を割かれて飛び散った内臓の匂い、動脈から噴き出した血の匂い。

 気が付けば、自分は瓦礫の山の頂上に立ち周囲を睥睨していた。まるで絨毯爆撃でも受けたかのように、近代的な町並みは彼方此方で火の手が上がり瓦礫の山に変わっている。それだけならば、戦車や装甲車がない事以外見慣れた市街戦と大差ないだろう。しかし、決定的に違う点が一か所あった。

 焼けた大地をうごめくもの、ぼろ切れに身を包み剣や槍などで武装した骸骨たちの群れ。まだ神秘が濃い世界ならば違和感はないだろうが、ここはどう見ても神秘が薄れに薄れた近代。

 

「正しく、特異点。という事か」

 

 聖杯から受け取った知識を咀嚼し、理解の範疇に落とし込んでいく。イレギュラー中のイレギュラーで召喚された自分だが、有難いことに最低限のバックアップは存在している。さし当っての問題はサーヴァントとなったことでマスターを見つけなければならないという事。自慢じゃないが自分の燃費はあまりいい方ではない、むしろ極悪な方だと自負できる。

 後ろで瓦礫が崩れる音が微かに響く。それとほぼ同時に右手に武器を装備して振り向きざまにフルスイング。

 がいん、と確かな手ごたえと共に、こちらの背中をバッサリやろうとしていた剣を持ったスケルトンが崩れ落ちる。使い慣れた獲物で吹き飛ばされた頭パーツは放物線を描いて飛翔すると、倒壊した道路標識に直撃して砕ける。

 人間技ではない所業を軽々と披露した青年は、不愉快そうな顔を隠そうともせず独り言ちる。

 

「筋力Eってところか。近代英霊はつらいな、ホント」

 

 呼び出せる武器の数と自分の能力の低さを嘆きながら瓦礫の山を下り、明らかにスケルトンが活発なエリアめがけて走りだした。

 

 

 

 

 先ほどから続けざまに起こる状況の変化に、藤丸立香の脳はショートしかけていた。神殿で光に飲まれたはずなのに、気づけば見覚えのある市街地をスケルトンを引き連れて逃げ回っている。体の節々が痛むが、決戦でついた傷ではない。いつもならカルデアの魔術礼装の下に着こんでいる戦闘服も存在しないため、スケルトンにガンドを撃ちこむ事も出来ない。そして何より、手の甲に浮かび上がった令呪を介して繋がっているはずのパスが何一つ存在しなかったのだ。

 そのため、自分が使役できる英霊は存在しない。何時もなら塵芥のように蹴散らせるスケルトンでさえ、今の自分にとっては粛清騎士に匹敵する。腕の通信機はノイズしか吐き出さず、この程度ではへばらないはずの自分の身体が停止と酸素を要求している。まるで、1年前の自分にそっくりそのまま乗り移ったかのような状況に変な笑いすらこみ上がってきた。

 あの時は如何したっけと考え、彼女の事に思い至り歯噛みする。

 

 ――そうだ、俺は最初から守られっぱなしだったじゃないか!

 

 瞬間的に沸き上がった自己嫌悪は火事場の馬鹿力で無理やり駆動させていた足をもつれさせる。まずいと感じた時には、自分の身体はひび割れたアスファルトに倒れ込んでいた。慣性によって2,3度転がった後、立ち上がろうと顔を上げる。

 直ぐ近くで立ち止まったスケルトンが、古ぼけた槍の穂先をこちらに向けていた。肉のついていない暗い眼窩がこちらを見下ろしている。表情筋は無いはずなのに、そのスケルトンは自分をあざ笑っているようにも見えた。

 息が止まる。身体が硬直する。自分は此処で死ぬのだと何処かで悟る。

 それでも、諦める選択肢は選べなかった。

 

「っが!?」

 

 思い切り体をひねり、左腕を穂先の前へ突き出す。彼方此方刃こぼれした穂先は肉を引き裂き、心臓へと向かう軌道をすぐそばのアスファルトへずらした。鮮血が礼装を汚し、鋭い痛みが硬直しかかっていた意識を蹴飛ばす。

 客観的に見れば僅か数秒の意味のない延命に過ぎなかった一瞬の攻防は、結果的に彼の命を救う事となった。

 

「よくやった」

 

 聞きなれない声と共に、止めの一撃を振り下ろそうとしていたスケルトンの頭が掻き消えた。

 

 

 数分後、自分を追跡していた十数体のスケルトンは、一体を残し頭骨を砕かれて物言わぬ骨の集積体となっていた。その最後の一体も、突然現れたサーヴァントが振るうショベルによって上腕ごと頭骨を砕かれて崩れ落ちた。

 なんでサーヴァントが剣や槍では無くてよりにもよってショベル振り回しているんだとか、どう見ても近代の軍服に身を包んでいる事とか、そもそも特異点Fらしきこの場所でこんな英霊とは出会わなかったとか、無数の疑問が頭をもたげるが、それよりも早く感謝が口をついて出た。

 

「ありがとう、助かったよ」

「礼は要らない、こちらも下心があるからな。傷は大丈夫か?」

「ああ、礼装に治癒魔術の術式がある」

 

 ヘルメットのひさしの下から覗く顔は凶相とでも形容すべき雰囲気だったが、その声色は思っていたよりもずっと柔らかかった。目の前のサーヴァントは持っていたショベルを粒子にして消し、こちらに向き直る。

 

「治癒魔術、すると君は魔術師か?もしそうなら」

「契約だね?勿論」

「…話が早くて助かる」

 

 一瞬面食らったような顔をしたサーヴァントだったが、その直後には笑みが浮かんでいる。意外な事に、笑うと奇妙な朗らかさがあった。

 

「サーヴァント、アヴェンジャーだ。仮初の契約とは言え、忠誠を君に誓おう。マイン・マスター」

「よろしく、アヴェンジャー。俺は藤丸立香。カルデアのマスターだ」

 

 そう言った後、言うべきか言うまいか逡巡するように言葉を切る藤丸。人理が焼却されたこの状況で、サーヴァント関連で投げかけるのに躊躇われる問いにアヴェンジャーは直ぐに気づく。

 

「ああ、真名か。フリードリヒ・フォン・シュミット、アヴェンジャーでもフリッツでも好きに呼ぶといい」

「解った。フリッツ、さっそくだけど一つ」

 

 頼めるかい?と藤丸が言葉を発しようとした時、彼にとっては聞きなれた剣劇の音が微かに耳に届いた。

 

 

 

 

 

 

「やぁぁぁッ!」

 

 藤色の少女が巨大な盾を振るい、突き出される槍の一撃を弾き飛ばす。人ではありえないほどの膂力で撃ち合わされた金属から轟音と言って差し支えない音があたりに響き、立ち尽くす自分へと叩きつけられた。

 大きく体勢を崩した槍兵へと強烈なシールドバッシュを叩きこもうとするが、それよりも早く遠くから射出される短剣から自分達を守るために後退を余儀なくされる。

 軽い金属音と共に自分と所長へと向かっていた凶刃が弾かれて宙を舞った。礼装の補助で何とか形になったガンドを撃つが、短剣を投げて来た暗殺者を仕留めることはできない。魔術のド素人と様子は可笑しくても英霊、単純なスペックの差だった。自分よりも遥かに強力な所長の魔術もいともたやすく処理されているところを見るに、人の身でサーヴァントに対抗するなど正気の沙汰ではないと考える。

 

 ――ハサン先生でこれならバサクレスに突っ込んでった士郎って異常ってレベルじゃないでしょ?!

 

 届かぬガンドに歯噛みしつつ、オレンジの髪を持つ少女は顔を顰めた。

 彼女――藤丸立花は転生者だった。特に劇的な変化があるわけでもなく、いつも通り型月漬けの毎日を送っていたところ、ふと気づいたらこの体に憑依していたのだ。最初は夢だと思い、リリースされたばかりのFate/GrandOrderの世界を堪能しようと――このアプリをインストールしている間にこの世界に来てしまった――ワクテカしていたのが数時間前。まさか、いきなり自分以外のマスター46人が爆破テロで失われ、絶対ヒロインと予想した少女が英霊になって英霊2騎と強制ガチバトルとか頭の片隅にもなかったのだった。

 

 ――行き成りこれとかちょっとハードモードすぎるでしょ!?おのれ菌糸類!

 

 混乱しつつも彼女にとってはメタな思考ができるあたり、過去の世界で伊達に”驚きのずぶとさ”、”サッチャー・リリィ”、”複合装甲メンタル”などと散々な評価を受けていない。

 

「所長!なんか、こう、痺れ罠的なトラップとかないですか?!ハサンせ…敵が早すぎて当たりませんよ!」

「無茶言わないで!こんな事想定外よ!」

「でも早くしないと、マシュが」

 

 最も大きな心配事はなんとか頑張ってくれているマシュの事だ。彼女の大盾のお蔭で自分と所長は無傷で戦闘に参加――役に立っているかは別として――できている。しかし、戦いなれしていないシールダーに対し、相手はアサシンとライダーの2騎。

 

 ――どっちか斃すか撃退しないと、このままじゃマシュがやられる。ジリープアーってレベルじゃない

 

 魔力は目減りし、焦燥感ばかりが募っていった時だった。ランサーがマシュに向けて大上段に獲物を振り上げた瞬間、ランサーのわき腹が弾け真っ黒なチリが飛び散った。

 

「■■■■ッーーーーー!」

 

 苦悶の声を上げるランサー、直後に鋭く間延びした破裂音が届く。

 

「銃声?」

 

 所長がそんな言葉をこぼした時には、先ほどまでこちらをけん制していたアサシンが跳躍し、500mほど離れた場所の廃ビルへと飛び上がっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「当たった!」

 

 喜色を含んだマスターの声を聴きつつ、ボルトハンドルを起こして手前に引っ張る。微かに白煙を棚引かせた7.92x57mmモーゼル弾の細長い薬莢が廃莢口から飛び出すが早いか、ボルトを前進させ次弾を薬室へと叩き込む。ボルトハンドルを右に回して装填完了。

 Gew98の銃口から吐き出され、約500mの距離を突き進んだライフル弾は確かにランサーに着弾しダメージを与えていた。完全な奇襲となる初弾で胸の霊核を貫けなかったのは残念だが、自分はそもそも狙撃兵でも弓兵(アーチャー)でもない。むしろ有効射程ギリギリの長距離狙撃でちゃんと当てたことに自分が驚いている。

 

「アサシンが来るぞ、フリッツ」

「最低限の仕事は出来たようだ」

 

 そうぼやきつつ、ジグザグに接近してくるアサシンへ向けて引鉄を引くが早いがライフルを投げ捨て、マスターと共に屋上からビル内へ続く階段へ向け走り出す。高速起動するアサシンをライフルで迎撃できるほど銃の腕は良くない、脅しの一発を撃った後は遮二無二後退すると事前に示し合わせていた。

 

「さて、こんな罠にかかってくれるか」

「相手はシャドウサーヴァントだ、大丈夫。上手く行く」

 

 マスターの励ましとも取れる呟きに違和感を覚えつつ後ろ手に鉄製のドアを閉めて薄暗い階段を駆けおりて行った。

 

 

 ビルの屋上に到達したアサシンがまず目にしたのは、撃ち捨てられた双眼鏡と白煙を棚引かせる筒だった。恐らくは先ほどランサーに傷をつけ自分に弾丸を飛ばしてきた道具だろうと当たりを付け、そこに滞留していたわずかな魔力の残滓を追って真正面に見えるビル内部へ続く階段へと突進する。

 鉄製のドアもサーヴァントにとっては厚紙とさして変わらない、身体ごとぶつかると蝶番はいとも簡単に砕け、内側へとドアが吹き飛ぶ。進行方向上に弾け飛び視界の邪魔になるドアを手で払うようにしてどかした瞬間、踊り場があるはずの暗闇が爆発し、閃光が飛び散る。

 悪寒を感じて回避をしようとした瞬間、無数の礫が全身を引き裂き霊核すらも貫いた。

 

 薄れゆく意識の中、アサシンが最後に認識したのは踊り場に設置された巨大な筒。

 

 そして、その隣で楽しそうに顔をゆがめる復讐者の姿だった。

 

 

 

 手負いとなったランサーを突如戦闘に介入したキャスター―クー・フーリンと共に撃破した3人は、とある廃ビルに足を進めていた。立花とマシュは目の前の戦闘に必死で見えていなかったが、比較的周囲追見る余裕があったオルガマリーは、アサシンが向かったこのビルの最上階付近で不可解な爆発があったのを見逃していなかった。

 近づいてみると、爆発の衝撃波によるものか10階建て程度のビルのあちこちから粉塵交じりの煙が棚引いている。

 

「ここね。まったく、こんな時こそカルデアのバックアップの出番でしょうに」

 

 どうしようもない事ではあるが、この現状にオルガマリーが毒づく。本来ならば近未来観測レンズ(シヴァ)の機能で周囲をある程度スキャンできるが、爆発の影響によりカルデア側が混乱している今ではその方法も使えなかった。

 

「マスター、所長。周囲に敵影は確認できませんが、どこから来るかわかりません。警戒を」

「待っててもあれだし、ちょっと入ってみる?煙はひどいけど、今すぐ崩れそうな様子じゃないし」

「その必要はねぇみてぇだぜ」

 

 盾を構えたマシュが警戒を促し、焦れた立花が突入を提案した時、黙って事態を静観していたキャスターが紅い双眸をビルに向けて呟いた。3人がつられてキャスターが見ている方を向いた瞬間、彼方此方にひびが走っていた壁にぽっかりと穴が開き、粉塵と共に2人の人影が外へと這い出してきた。

 粉塵まみれなうえに、顔には得体のしれない面をつけている彼らを見た女性3人は身体をこわばらせて臨戦態勢に移行する。魔術師二人が指を向け、サーヴァントが盾を構えた。

 

「止まりなさい!」

 

 オルガマリーの鋭い声に、体についていた粉塵を払っていた2人は4人に向き直る。その様子は何処か戸惑っているようにも見えた。

 

「貴方達は何者?特に、カルデアの礼装を着ている貴方!その礼装、どこで手に入れたの!」

「ちょ、ちょっと待ってください。あ、あれ?どうやってとるんだっけ」

 

 カルデアの礼装を着た小柄な方が奇妙な面――ガスマスクと格闘を始め、何処か呆れた様子のもう一人は先に自分のマスクを手早く取り外し、小柄な方のマスクも同じように取り外した。

 

「ぶはっ、助かった」

「なっ!?藤丸立香!貴方生きていたの!?」

「せ、先輩?!」

「藤丸君!?」

 

 三者三様の反応に藤丸は乾いた笑いで内心を何とか誤魔化した。

 ヒステリー気味なところはあるが、責任感が強く決して悪党ではない。誰にも評価されず、最期にはカルデアスの中に消えた所長。体感時間では、つい先ほど失ってしまったかけがえのない少女。一瞬でも気を抜けば感情が決壊してしまいそうになるのを何とか抑え込み、口を開こうとした瞬間。もう一つの聞きなれた声が耳朶を打った。

 

『よーし、ようやく通信がってうぇぇぇぇぇぇ!?藤丸君!君も生きていたのか?!ってサーヴァント!?しかもアヴェンジャー?!』

 

 立花の腕に巻き付いていた通信機から、また聞きなれた声が聞こえてきて藤丸は思わず顔をほころばせてしまう。オルガマリーが言わせれば”場が緩くなる”ドクターの声は、この状況ではかえってプラスに働くことを彼は良く知っている。そして、彼の反応は藤丸の認識に影響を及ぼした。

 

 ――此処が特異点Fと言うのは確定したと言っていい。それよりも、ドクターと所長は俺の事を知っている?この世界でのイレギュラーは自分で、彼女がこの世界での藤丸立香だと思っていたけど違う、のか?

 

「あの、ドクター。俺の事知ってますか?」

『え?何をいまさら。君とはここ一週間のサボり仲間(付き合い)じゃないか。まさか』

「ああ、いや。ちょっと、記憶がおぼろげで」

「恐らく、コフィンなしのレイシフトによる記憶の混乱と思われます。先輩、あ、藤丸立花さんは一般募集枠で選ばれた4()6()()()の適正者です。その、今回のレイシフトではマスターと一緒にファースト・オーダーを外されて」

「ドクターと一緒に私の部屋で交友を深めてたらドカンってなったの覚えてない?」

「あー、そういえばそんな気も…」

 

 適当に頭をかいてごまかしておく。自分が46人目で、カルデアに来たのが前回よりも一週間ほど早い以外はかねがね同じルートでここにたどり着いたようだ。先ほどまでは、あの瞬間にこの場所に転移したと考えていたが、むしろ意識と経験がこの世界の藤丸立香に憑依したと言う方が正しいかも知れない。

 7つの特異点で何度も修羅場を潜りぬけた彼にとって、過去の自分に憑依するなどという現状は驚きこそすれ混乱はしなかった。少なくとも、別の世界の自分に乗り移ったところでこの世界が滅ぶことはないだろう。この自分が乗り移る前の自分がどうなったかについては、今は考えるのをやめておく。

 

「はぁー、なんでよりによって残ったマスターが一般人二人なのよ。いや、経緯を考えれば当たり前なんだけど」

「まあまあ、味方が増えるのは良い事じゃないですか。ね?マシュ」

「はい。先輩はマスターに負けず劣らずポジティブな方です。このような状況でも、いえこのような状況だからこそ頼りになるかと!」

「前から思ってたけど、貴女やけに藤丸(こいつ)の事評価するわね」

「え?そ、そうでしょうか」

「わ、私のマシュマロはやらんぞ!」

「ひゃぁっ!あ、あの急に抱き着かれるのは驚くと言いますか恥ずかしいと言いますか…」

「嬢ちゃんは盾の嬢ちゃんのオヤジかなんかか?」

 

 オルガマリーの指摘に顔を若干赤らめたマシュに、ひしっと抱き着く立花。そこへ冷静にツッコミを入れるケルトの大英雄。カルデアならではのカオスがそこに存在していた。自分もあまり他人の事は言えないが、この少女もなかなか愉快な性格をしているらしい。

 

「まあいいわ。それで、そこの英霊は如何したの?ロマ二が言うにはアヴェンジャーらしいけど」

 

 能天気な会話を繰り広げる部下に頭痛を覚えつつ、オルガマリーは事態を静観している見慣れないサーヴァントへと視線を向ける。

 慎重は170㎝も無いだろう、欧米人とも日本人とも取れる凶相、年のころは20歳前後。フィールドグレーの軍服に鉄製のフリッツヘルム。右手には使い込まれたショベル。見れば見るほどサーヴァントらしからぬ存在だった。そもそも神秘の結晶であるはずのサーヴァントがどう見ても近代の、しかも魔術とは対極に位置する科学技術の信奉者集団である軍人にしか見えないということが彼女の理解の範疇外だった。

 

「初めまして、元はぐれサーヴァントのアヴェンジャーだ。真名はフリードリヒ・フォン・シュミット」

「フリードリヒ・フォン・シュミット?聞いたことがない名前ね」

 

 形の良い眉を顰めたオルガマリーは胡散臭そうに軍服のサーヴァントを見やる。

 

「マシュは聞いたことある?」

「え、ええと。すみません、不勉強で」

 

 申し訳なさそうな顔をするマシュに、当の本人は”気にするな”と鷹揚に手を振った。

 

「何で英霊になったのかもわからない知名度極小のサーヴァントだからな、知っていたら逆に何者だって話だ」

「それで、詳しい事は言わねぇってのかい?」

 

 何処か茶化すような響きが込められた声は、先ほどアサシンが離脱した直ぐ後にマシュたちに加勢したキャスター。クー・フーリン。

 

「サーヴァントなら探られたくない腹の一つや二つ持っているだろう?違うかい?光の御子」

「ハッ、違いねぇ」

『それで、君は我々カルデアに協力してくれるという事でいいのかな?』

「ああ、その通りだ。ドクトル」

 

 ホログラムに投影されたゆるふわっとした雰囲気の男は、それを聞いて安心したと笑みを浮かべる。

 

「それで、さし当っての目標はこの狂った聖杯戦争の原因を調査するってことでいいわね」

「ああ、それなら当たりはついてるぜ」

 

 そう言ったキャスターは、その赤い視線をとある山へと向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




さあ、問題です。
アヴェンジャーの正体はなんでしょう?
隠す気がない?はは、そんなバカな…

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