Fate/advance 【完結】   作:むむむーむ

1 / 19
一話です。


一話 一日目 プロローグ

夢を見ていた。

それは、私の望み

それは、私の奇跡

それは、私の夢でした。

 

******

 

それは、当たり前の日常。

ごくごく普通の少女の朝。カーテンの隙間から零れる朝日の光と共に、起床時間を知らせる目覚まし時計のアラーム音。

寝ぼけながらも、鳴り続ける目覚まし時計に手を伸ばし五月蝿い音を止める。

少女、氷継マナはようやく布団から這い出る事にした。

ふと、先ほどまで見ていた夢を断片的に思い出し、なかなかユニークな内容だったと頬を吊り上げる。

明日からは朝起きるたびに見ていた夢を書きとめよう。そんな少女の小さな決意は、夢と共に数時間後、あるいは数分後には忘れ去られているだろう。

マナはドレッサーの鏡に映る自分の寝癖を見て酷い頭だと漏らす。

ふと、鏡に映った右手の甲に見慣れない模様が浮かんでいる事に気づいた。一瞬、その模様がチクリと痛みを発した気がするも、杞憂だと、あるいは寝起きで上手く思考できていないのか、マナは気にも留めなかった。

コンコン。扉を叩くノック音。

それと共に聞こえてくるのは機械の様な音声。

 

「おはようございます。マナ様、お支度の方はお済みでしょうか?」

 

その声にマナはハッとし、慌てて身支度を始める。

 

「ちょ、ちょっとまっててー」

 

彼女の声に、扉の向こうからは盛大なため息が漏れていた。

パジャマをそそくさと脱ぎ捨てベッドに放り投げると制服に袖を通し、ドレッサーの前へと腰掛けるとファンデーションで顔をはたき、ささっと眉を書き上げる。

アイラインを入れてビューラーでまつ毛をあげてからマスカラを塗る。

一連の動作を手馴れた手つきでこなしていき。

 

「おまたせ!」

 

ダンっと勢いよく扉を開けると、目の前にはこの屋敷の使用人の一人でもあるエルザが眉一つ動かさず彼女を出迎えた。

 

「おはようございます。マナ様。十七分三秒です。昨日より七秒遅い。こうも毎日寝坊されては困ります。少しは、氷継家の娘としての自覚をもってください」

 

淡々と説教を説くエルザに、マナは適当に相槌をうつ。

氷継家には複数の使用人が在住しており、とりわけこのエルザはマナと非常に仲がいい。

身分としては雇い主の娘とその使用人ではあるが年も近い事もあり、二人は他愛もない会話もよく行っている。

この様に、マナに説教ができるのも気心が知れた仲であるからだろう。

エルザの説教をBGMにマナ達は長い廊下を歩いていく。

マナの部屋は、突き当りに位置しておりエントランスにたどり着く間に彼女たちは右手に扉を五つ確認できるだろう。

つまり、マナの部屋を入れて六つ部屋がある。各部屋は住み込みの使用人が使用しており、どの部屋もマナの部屋と同様の造りになっているが、基本的に使用人たちは複数人で一部屋を使用している。

 

「……マナ様それは?」

 

エルザの問いにマナはわかんないと、あっけらかんとした様子で答えた。

マナの右手の模様。彼女が眠たいと瞼を擦る際にエルザの視界に入ったようだ。

呆れながらエルザは、早くも本日二回目となるため息を尽く。

 

「わからないではありません。当主様からお聞きになったではありませんか!それは、令呪ですよ」

 

「ごめんなんだっけ……それ?」

 

エルザの説教が待っているのにも拘らずマナは懲りずに呑気な言葉を繰り返す。

しっかりしてください。とエルザは肩を竦めたところで二人は屋敷のエントランスに出た。

中央に大きな階段があり、それは屋敷で唯一の入り口の正面に位置している。彼女達の向かいには先ほど二人が歩いて来たのと同様の長い廊下が続いている。

 

「朝食の準備はもうできています。当主様もお待ちですよ」

 

エルザはマナを急かすように足早に階段を下っていき、マナもそれに追従する。

階段を下りきったところで、階段から左手にあるリビングからマナの姉であるサラが出てきた。

マナは直ぐに目を逸らしたつもりだったが、それに気づいたサラの視線をズキズキと感じ、エルザの背中に隠れるようにマナは進んでいく。

 

「お、おはようございます。姉さん」

 

マナは恐る恐る挨拶をするもサラからの返事はない。

代わりにジロリとすべてを見透かすような目でマナを睨みつけた。

エルザは、会釈をし「おはようございます」と、挨拶をした。

 

「お忘れ物ですかサラ様?」

 

「……ええ、少し忘れ物よ」

 

サラはエルザの問いに適当に返事をし、取り澄ました顔つきで階段を上っていくと、マナ達の部屋とは反対側の長い廊下に消えていく。

それを見たマナはそっと胸を撫で下ろしてから、はぁ、と深いため息をついた。

 

「姉さんはやっぱり私のこと嫌いだよね」

 

マナの言葉にエルザは首を傾げる。

 

「いえ、サラ様はいつもマナ様の事を気にかけていらっしゃいますよ」

 

そういって微笑む使用人兼友人にマナは本気で言っているのか、と首を傾げた。

氷継家の次女がマナならば、当然姉のサラは長女である。

姉に対してマナはいい印象を抱いてはいないし、サラもそれは同じだろう。

そもそも、「魔術師」の家系として、マナは決定的にその才能が欠如している。

逆に、姉のサラは彼女達の父曰く「天才」と評するほど才に溢れ、それのみならず勉学、運動にも長け全てにおいて完璧な人間。

マナはこれといって何かの才能に秀でているわけでもなく平凡を地でいく存在だ。

魔術にしても、幼い頃から姉と一緒に父より学んではいるが一向に上達する気配もない。

それは、マナ自身もまったく魔術に興味がないという事もある。

火が欲しかったらライターを使えばいい、水が欲しかったら蛇口を捻ればいい。電気だってボタン一つで明るくなるご時勢だ。

魔術などと言う物は時代錯誤とすらマナは認識している。

それでも、非凡なマナにとって優秀なサラはあまりにも遠く眩しく妬ましい存在だ。

自身が姉ほど魔術を扱えたのなら、まず時代錯誤などと認識はしない。

「自分ができないから」否定しているに過ぎない逃避なのだとマナ自身が一番理解している。

故に姉のサラはマナを嫌うのだろう。

魔術師として高みを目指す事も、魔術師として歩む事も放棄している。

そもそも、人にとって上を目指すという根本的な向上心と言う本能が欠けている。

自ら歩みを止めた自身を、上へと進み続けるサラが蔑むのは当然なのだと言い聞かせて、マナは『いつもの逃避を繰り返す』

そして、なによりもサラが自身を嫌う原因がこの後待ち構えているのかと思うとマナは憂鬱で仕方がなかった。

ギィ、と古めかしさを感じる音と共に、リビングの扉をエルザが開けマナを中へと招き入れる。

中には、数人の使用人達がせっせと働いており、中央の大きなテーブルには二人分の料理が並べられていた。

 

「おはようマナ。昨夜はよく眠れたかい?」

 

両手を広げ満面の笑みでマナをテーブルへと招くのはマナの、そしてサラの父親であり、この家の当主、氷継弦一郎。

彼こそが、サラとの確執の原因なのだとマナは自身に言い聞かせてきた。

弦一郎は、異常なまでにマナを溺愛している。

それこそ魔術師として、自ら天才と評した姉のサラなど眼中にないほどに。

その溺愛ぶりは過保護を超え異常とまでいえるだろう。

魔術もろくに扱えない見習い以下のマナを何故そこまで溺愛するのか。

普通の魔術師ならばマナなどさっさと切り捨て姉であるサラを後継者として大事にするはず。

なにより、弦一郎ははっきりと明言しているのだ「後継者は、サラ」だと。

それなのに、弦一郎はマナばかり目をかける。

マナにとってそれは苦痛でしかなかった。

弦一郎に手まねかれ、マナは大人しく自身の席に座ると弦一郎もマナの対面に座りテーブルに置かれた朝食を食し始める。

 

「姉さんはもう食べたんですか?」

 

「……サラはもう食べた。すれ違わなかったのか?そんなことより、マナ。右手を……右手を見せてごらん」

 

サラの話題を振るもそんな事はどうでもいいとマナの事ばかり聞いてくる。

毎日毎日。それは、今日とて例外ではなく、むしろいつもよりがっついてきている様にさえ見えた。

マナは大人しく弦一郎に右手を見せる。

彼女の手の甲に浮かぶ令呪の刻印をみて弦一郎は歓喜の或いは狂喜の声を上げた。

言葉には形容しがたい声。

それを聞いたマナはおろか使用人たちでさえ気味悪がり顔を顰めた。

 

「ははは。まさかとは思っていたが。マナにも令呪が宿るとは!勝った!この戦争勝ったぞ!我が陣営のサーヴァントはこれで四騎!過半数を超える英霊を有して負けるはずがない!喜べマナ!私達の。我が氷継家の念願は、願望は、奇跡は終わりを向かえ。今、新しい野望と共に始まるのだ!」

 

まるで、プレゼントを貰った子供のように弦一郎は狂ったように喜ぶ。

言っている意味がわからないとマナがあっけに取られていると、苦笑いを浮かべたエルザがマナに耳打ちをする。

 

「聖杯戦争の事です。これも、お話されたでしょう。興味はないと言っても、マナ様は氷継家の人間です。一生、魔術と付き合っていかねばいけないのです」

 

嗜めるようにエルザは言うが、マナはいまいちそのイメージがわかなかった。

後継者は、姉なのだ。

自分には、関係ないことだと、都合の悪い事は考えないようにするマナの悪い癖。

これ以上狂った父の前で飯など食べていられないとマナは朝食に出されたトーストを口に放り込み牛乳を一気に飲み干すと胃袋に無理矢理流し込む。

 

「私、もう学校行くから」

 

逃げるようにリビングを出るマナは屋敷の入り口で靴に履き替えると、傍らで鞄を持って待つエルザが少しニヤついている事に気づき何かあったのかと問いただす。

 

「いえ…それよりマナ様。サラ様の専属使用人よりサラ様からの伝言を預かっていますがお聞きになりますか?」

 

意地の悪い言い方をするエルザから強引に鞄を奪い取るといかにも嫌そうな顔でマナは

伝言の用件を伝えるように促した。

ごほん。とエルザはワザとらしく咳払いをしてから。

 

「その寝癖はなんとかならないのか?氷継家の人間として身なりくらい整えた方がいい。との事です」

 

「ああぁ!寝癖を直すの忘れてた!」

 

思わず大声を出すマナに肩を竦めエルザは耳元でマナに告げる。

 

「直す時間なんてありませんよ。嫌なら寝坊癖を直してください。マナ」

 

「わ、わかってるわよ…いってきます」

 

顔を真っ赤にしてマナは学校へと向かうためエルザを含め数人の使用人達に見送られ屋敷の外へと踏み出した。

 

「いってらっしゃいませ、マナ様」

 

******

 

季節は、冬。

丈の短い制服のスカートでは、その寒さを嫌でも実感できる。

冷たい風がマナの細く白い足へと容赦なく引き抜けその度にマナは身震いを起こす。

 

「うぅ外は寒い寒い」

 

誰かが見ているわけでもないのに何故か芝居がかった独り言を呟く。

マナは屋敷のある山の麓を歩いていた。

マナの住む氷継家の屋敷は山の中腹辺りに位置する。とりわけ、高いという山ではないがそこから街を一望できる程度の高さはある。

山には氷継家の屋敷以外は何もなく屋敷への道は緩やかな傾斜のS字カーブの道路が続く。屋敷までの道はそれしかないが、その道自体使用する人も車もほとんどいない。

通学にマナ、そしてサラが毎日利用している程度。

山への入り口からは田んぼが点在しているのが見える。この「月宮市」も大分開発が進んでおり、点在する田んぼの殆どが使用されておらず数キロ先には一般的な住宅街に入る。

マナがその住宅街まで歩いていく必要はまったくなく、ごくごく普通に学校前の停留所行きのバスを喉かな空気が残る小さな停留所で待つだけでいい。

昔、学校まで魔術で簡単に行けるようにならないのかと父親に言ったら怒られたのをマナは思い出し少し苦笑いをした。

 

「魔術は神秘でなくてはならない」

 

マナからしてみれば、魔術なんてものは手品と何が違うのか良くわからない。

根源にいたるための手段。そのための魔術。では、根源とは何か?それがわからないから魔術を極める。

マナには、到底理解できず、バスの中でまとめられない思考がグルグルと脳内を走り回った。

 

******

 

この日が日曜日という事もあり、校門にほとんど生徒はおらず、グラウンドでは運動部が朝から声を張り上げランニングを行っている。

そんな熱心な彼らにマナは目もくれず校舎へと歩みを進めていく。

マナの通う「月宮東高校」はマナの家からバスで揺られること一時間はかかる。

わざわざ休みの日に登校し行う事といえば部活動だ。

街で一番新しいこの学校は、部活動専用の校舎が設けられ休日にも拘らずいくつかの部活も各々の部室で活動を行っている。

マナが所属している部活は「美術部」で割とポピュラーな部活ではあるが何も部員全員で毎回デッサンを行うような事は一切おこなっていない。

無論、デッサンに励む部員もいれば、ただ自分の好きな絵を好きなように描く部員もいる。どんな形態でアレ自身の「表現」をもっとも活かせる事を自由にすればいいだけの部活であり、部室は部員専用の作業場と化しているに過ぎない。

「魔術とか聖杯戦争とか、そんなものはおとぎ話やファンタジーで充分」

と言いきり。マナは独自のある種の魔術を表現する作業に取りかかる。

物語を創造するという行為。

0或いは1から作り出す。無形を有形に変え人の心を魅了する。

マナにしてみればこちらの方がよっぽど魔術的で神秘な行為と自称する。

マナ自身もその神秘に魅了された一人だ。

彼女がこの美術部において行う「表現方法」は絵本。

子供っぽいという自負はあるが、マナが最初に魅了された絵本の物語という魔術の形。

自分でも高校生になってもなぜこんなに熱心に取り組んでいるかはわからない。

ただそれに魅力を感じたからであろう。

そういった原動力、或いは執着的なモノはマナにだって存在する。

ただ、魔術師の家系にありながらその執着は別のモノへと向けられていた。それが絵本だっただけの話。

外の寒さを感じさせない暖房の効いた部室の一角でマナは早速自身の信じる魔術の準備。

鞄から取り出した大きめのスケッチブックを広げ自分の想像を創造していく。

彼女が、最初に読んだ本。

それは、本当に印象深く、その記憶は色あせない。なにせ、今でもその絵本を持ち歩いているくらいだから。

魔術師を信じなくてもマナは、神秘を求めてしまう。

いつか、絵本に登場するような騎士が自分を迎えに来るのだと。

そんな非現実的な夢をマナは叶える為に今日もスケッチブックを埋めていくのだった。

 

******

 

「氷継さん、最後に電気よろしくね」

 

「えっ……あ、はい」

 

年上の部員に声を掛けられマナは数時間ぶりに現実への帰還を果たす。

壁にかけられた時計を見れば時刻は午後4時を過ぎていた。

この時期は日が落ちるのが早い、モタモタしていると直ぐに真っ暗になってしまう。

部室にはマナ以外人影が見当たらず、彼女はようやく自分が最後の一人だという事を自覚した。

慌てて机の上に散らばった画材道具を鞄に押し込み教室を後にする。

我ながら凄い集中力だと感心しながらマナは家路のバスに揺られた。

昼食もとっていない事を思い出し、空腹で鳴く腹部を右手で摩る。

ふと、令呪が視界に入りそれをマジマジと見つめてみる。

改めてそれを見直すと、意外にかっこいい。などと言う呑気な感想が湧いてくるのだからつくづく自分は魔術師に向いていないのだろうとマナはため息をついた。

車窓から見える景色は、どこも真っ暗に静まり返る。

住宅街からは、電灯の光だけが漏れ外を出歩く人間はほとんどいなかった。

 

「この時期は日が落ちるのも早いし…何より寒いからねぇ。みんな外にな―――」

 

―――ぎり。

その痛みをマナは感じた。

―――ぎり、ぎり。

その痛みをマナは思い出した。

ぎり。ぎり、ぎりぎり。

ギリギリギリギリギリギリ

はっきりとマナの痛覚を抉る。

ギリと右手の令呪がはっきりと痛みを発する。

それは、今朝感じた曖昧なものではなく、はっきりとしたモノだった。

家に近づくにつれ、それは加速を繰り返す。

山の麓の停留所に着く頃には、右手を押さえ顔を顰めていた。

痛い。

痛い、痛い。イタイ。イタイ。ニゲロ。

それは、脳髄を刺激する本能的な答え。

これは、『痛みではない』

後天的に痛覚が敏感になっているに過ぎないのである。

氷継マナは、魔術師ではない。

正確には。魔術を扱えない、扱おうとしないだけで魔力はある。

その魔力が、本能的にマナに訴えているのだ。

ようやくマナは、真意に気づく。

ここから先、もっと言えば自分の住む屋敷で膨大な魔力が発現しているのだと。

 

「こんなの、わかるわけない。ファンタジーじゃないんだから」

 

マナは、それを認めない。

今まで、目を背け続けてきた神秘に。

今ここで、屋敷に戻ればマナは認めなければならない。

認めざるをえなくなってしまう。

未熟なマナでもわかってしまったのだ。

ここから先に進めば、自分の日常が反覆することに。

自分の日常が崩れる事に、そして何より体で感じてしまった魔力の膨大さに恐怖し足が竦む。

 

「私は、私は―――」

 

「―――様。マナ様―――マナ」

 

その声にハッとしマナは無意識に荒げた声を押し留めた。

気づけば隣には、心配そうな顔で自分を見つめるエルザの顔に少しばかりの安らぎを感じた。

どうしてここに?等という疑問が沸くよりも速く自身の精神の安定のほうが先だと感じマナは口を閉じる。

精神の安定を図れる相手が、自分の居たくない場所にしかいないのは、なんとも皮肉な事だと苦笑しエルザに支えられながら屋敷への道を歩いていく。

 

「やはり、魔術師というより魔術は怖い?」

 

道中エルザにそんな言葉を投げかけられた。

怖い。というよりわかりたくない。マナをそう感じていた。

姉への劣等感は、魔術を否定させた。

この人には勝てない。そして、魔術で勝てないのなら、自身がこの家にいる存在意義がなくなってしまう。

それならば、いっそできないほうがいい。

自分は魔術など扱えない普通の人間なのだと。マナはひたすら自分に言い聞かせてきた。

 

「でも。それも今日で終わりみたい」

 

マナの右手がそう告げる。

お前は魔術師なのだと。

令呪はその証のようなもので、彼女の描いた夢のような日常は非日常に。

本来の彼女の日常に、氷継マナは引きずり戻されたに過ぎない。

 

「エルザ……私は、きっと魔術師なんだ。たとえ未熟でも、未熟以下でも私は魔術師なんだ。……だって、そうじゃなきゃ、令呪がかっこいいだなんて思わないじゃない」

 

「……マナ」

 

エルザに支えられていた腕を振りほどきマナは、いつもの笑顔で友人に告げる。

 

「まだ言ってなかったね。ただいま」

 

「ええ。おかえりなさいませ。マナ様」

 

屋敷への道はまだまだ長く、二人はゆっくりと歩を進める。

道路に点在する外灯は辛うじて道を照らす。

ほぼ真っ暗といっていい彼女の道。

その入り口に立つまでは、非日常の自分達でいようと。

マナもエルザも何気ない会話が途切れない事を願った。

 

******

 

「おや、マナさん」

 

屋敷を目前としたところでマナたちは後方からやってきた男に呼び止められた。

 

「あっどうも神父さん」

 

振り返り声の主を確認すると同時にマナは挨拶を返し、エルザは深々とお辞儀をする。

 

「今帰りかな?ちょうど私も君のお父さんに呼ばれてね」

 

真っ黒な法衣に身を包んだ長身の男性。

その長く美しい女性的な黒髪。常に笑顔を絶やさない。

まさに全身から溢れ出る善人というオーラはマナにはとても眩しすぎた。

彼の名はライル・ライル。

この街唯一の協会の神父であり、魔術師として弦一郎の弟子でもある。

サラやマナの兄弟子にあたり最近はあまり屋敷に来る事はなかったが、マナ達が幼少の頃は屋敷に住み着き魔術の手ほどきを弦一郎より受けていた。

 

「呼ばれた?もしかして、聖杯戦争の事?」

 

恐る恐る問うマナにライルは少し苦笑いする。

ライルの認識では、氷継マナは魔術を嫌っていたからだ。

魔術師として屋敷に来た自身をマナが歓迎するわけがない。

ライルは、申し訳なさそうに口を開く。

 

「ええ、そうです。サーヴァントの召喚に成功したので戦力の把握をしたいと」

 

「そっか。じゃライルさんもマスターなの?」

 

「……も?そういう含みをした言い方マナさんらしくないですね?」

 

「えっ?あーそういうつもりではなかったんです。ごめんなさい。私も、マスターに選ばれてしまったようで」

 

そう言ってマナは右手の刻印を惜しげもなくライルに見せ付けた。

その行為にライルは、ため息をつき。

片膝を付いてマナと目線を合わせ、その右手を優しく握り締める。

 

「……やはり貴女は魔術師にむいていない。令呪をそんな軽々しく他人に見せてはいけません。それは、恐ろしいものだ。サーヴァントを律すモノであり、願いを叶える切符であり、殺して合いの道具」

 

ライルは、立ち上がり屋敷へ歩を進める。

 

「……私は、先に行っています。後ほど」

 

ライルの背中を見送り、マナ達もゆっくりと歩を進め、それは、確信に変わる。

この屋敷には『人』以上の何かがいると。

 

「マナ、行きましょう」

 

今もこうして隣で支えてくれているエルザとの日常も壊れてしまうとわかっていて、自らそれを壊す意味などあるのだろうか。

マナの迷いが歩みを遅くさせていた。

 

「……マナ様。聖杯戦争は単純に魔術師同士の殺し合いです。マナ様では、簡単に殺されてしまうでしょう。ですがそれは、本来の聖杯戦争の場合。今回、行われる聖杯戦争は違います。全てが決まっている聖杯戦争。言い換えれば出来レース。安心してください、戦争の勝者は弦一郎様です」

 

エルザの言葉に、マナは素直に頷く事はできなかった。

なぜその様な事が言い切れるのかと、それを察してかエルザは小さくため息をつくと、優しい口調で説明する。

 

「前にも当主様からお聞きになった筈です。聖杯戦争とは、七人のマスターと七騎のサーヴァントによるバトルロワイヤル。勝者には全てが叶う願望機が与えられます。本来このシステムは別の地で行われていました。六十年前その地で行われた聖杯戦争に先代の氷継家当主も参加していましたが、偶然にも聖杯のカケラを手に入れました」

 

六十年前、冬木の地で行われた聖杯戦争。

聖杯のカケラを手に入れた氷継家は、聖杯戦争を再現するべく、まずは、サーヴァントシステムの解明から始めていった。

過去聖杯戦争に関わったとされる、古今東西様々な魔術師から、聖杯に関する情報を高額で買い取ったりもした。

聖杯戦争の再現は、氷継家に取って宿願である。

そして、その意思を引き継いできた弦一郎が聖杯戦争の構造を解明したのが二十年前。

聖杯を有形にする事に成功したのが、ここ数年の出来事。

エルザの説明にマナは、自分なりに解釈を組みつつ頷いた。

 

「でも、今回の聖杯戦争の聖杯って偽者なんでしょ?願いなんて叶えることが出来るの?」

 

マナの素朴な疑問に少し躊躇った後。

 

「……所詮は贋作です。ニセモノ。ですが、構造は同じです。本来の聖杯戦争の聖杯も元より人が創り出したモノ。重要なのは聖杯そのものでなく、そこに至るまでの過程と仕組み。七騎のサーヴァントの魂を器に注げばいいだけですから」

 

少し、少し寂しそうに。

 

「さぁ、いきましょう大丈夫。願いを叶えるだけだったら結果だけ付いてきます」

 

エルザは、マナに笑顔を振りまき、彼女の手を取り屋敷の中に足を踏み入れた。

マナは、自分の家の筈なのに、どこかの森に迷い込んだかのような圧迫感を感じた。

膨大な魔力の塊。

マナはごくりと息を飲み、入り口から左手にある客間へと向かう。

ドクドクドクと押し寄せる圧迫感に、心臓が押しつぶされそうになるのを、必死に堪えるマナとは対照的に、エルザは淡々と客間の扉を開け『いつもの』機械的な口調で「どうぞ」と言われて客間へと足を踏み入れた。

 

『ようこそ。非日常へ』

 

告げる。マナの、彼女の、本能が告げた。

逃れられない。逃れる術等、どこにもない。

―――日常は反覆する。

客間は、豪華な装飾が施されたテーブルに、高級感に溢れるソファが、並んでいる。

とりわけ豪華なソファには、弦一郎が腰を掛けており、その傍には、先ほどマナ達を追い抜いていったライルの姿もあった。

 

「おかえり。マナ……ご覧、父さんのサーヴァントだ」

 

弦一郎は、客間に入ってきたマナを見ると微笑んだ。

彼の傍らにいる人型の魔力の塊。

それが、いわゆるサーヴァントという存在だと、マナは気づいてしまった。

恐ろしいまでに人間より上位の存在。

 

「さて、ライル。私のキャスターをいれて、既に召喚されたサーヴァントの数は?」

 

「ええ。師のキャスターで五体目です。残るは、セイバーとランサーのサーヴァント」

 

「……ほう。つまり三騎士の内二騎は我が陣営になるわけか」

 

弦一郎は、使用人達にワインボトルとグラスを用意させ、グラスに注がれたワインを仰ぐ。

その後ろでただ立ち尽くしたままのキャスターのサーヴァントにマナは視線を引き寄せられた。

深く被ったフードに、全身を包み込む淡い青色のローブ。

背丈から察すると、マナと同じくらいの少女だろうか。

その風貌は、一般的な人々が思い描くポピュラーな魔法使いの風貌だった。

依然として体内と魔力はぎりぎりと呻きをあげているが、不思議と目の前にいるサーヴァントからは恐怖と言うものを感じてはいなかった。

彼女はきっと伝承により、存在が歪められた人物なのだろう。

英霊として呼ばれて、この世に現界する以上、彼女らは彼女らの歴史を当然持つ。

その歴史が数年、数十年、数百年と語り継がれてきたのならば、その歴史は途中でねじまがってしまうかもしれない。

長い長い終わりのない膨大な伝言ゲームの成れの果ての存在が、サーヴァントとしての彼女を象ったのだろう。

 

「キャスター、魔術師のサーヴァント。直接的な戦闘は不得意ですが、陣地作成能力や、戦術戦闘に長けたサーヴァントと言えるでしょう」

 

「……そう」

 

気を利かせたつもりなのかエルザはキャスターについて解説をするのだが、マナは心の安定を求めていた。

(そういったところが少しズレているんだ)とマナは内心愚痴を零す。

どこか、こうしてわけのわからない傍観者を気取っている。

それは無意識で、無意識に、自分には関係のないことだと逃避しているのかもしれない。

弦一郎とライルの二人はワインを片手に真剣な表情で話し込んでいる。

今の内に自室に逃げ込んでしまおう。

そんな思考がマナの頭を過ぎった瞬間だった。

まるで雷に撃たれたかのような衝撃。

実際に、落雷があったとしたら間違いなくこの館は丸焦げにされていただろう。

それほどの衝撃を受けて、マナは恐怖で足が竦み、弦一郎とライルは顔を見合わせて頬を吊り上げた。

マナは、恐怖で足が竦む。

気づいてしまったのだ。

その落雷の正体に。

溢れる魔力の異臭。

暴れる魔力の渦。

間違いなく、この瞬間に、この屋敷で、二体目のサーヴァントが召喚されたのだ。

 

「大丈夫ですよマナ様。私が付いています」

 

「……エルザ」

 

震えるマナの手をエルザはぎゅうっと優しく握り締める。

彼女に支えられ直ぐ近くのソファに腰をかけたマナはゆっくりと息を吐いた。

これ以上この空間にいたら心臓が圧迫されてしまう。

マナは、客間に控えていた使用人がもってきた水を一気に仰ぎ客間の扉を凝視した。

ここの扉が開けられれば、来てしまう。

気味が悪いほどの魔力の塊が。

マナは願う。サラとサーヴァントが、この扉を開けないことを。

 

「セイバーかランサーか。どちらにしてもサラならば強力なサーヴァントを召喚しただろう」

 

「サラさんは本当に優秀な魔術師です。この戦争が終わった後にでも、時計塔に留学させてはいかがですか?」

 

「そうだな、検討しておこう」

 

もはや、弦一郎にとって聖杯戦争など通過点に過ぎない。

この戦争をどう戦うかではない、勝者となった後、どうするかを彼らは話し合っていたのだ。

数分後、気分が悪いと自室に逃げ込めなかった事を後悔する。

客間の扉はサラによって開かれ、彼女の後ろに追従するのは間違いなくサーヴァントだった。

 

「あら神父さん、来ていらしたんですか?ちょうどいいです、紹介しましょう。私の

サーヴァント、セイバーです」

 

セイバーのサーヴァントは、こくりと頷き弦一郎とライルの前で一礼した。

セイバーは、一言でいうと男装の麗人だった。

身長は、サラと同等で、女性としてはやや高い部類に入る。

まるで、王のような気品と勇猛な戦士のような、それでいて母性的な女性の印象もあり、セイバーを見たマナは不思議な感覚に襲われた。

 

「セイバーを引きましたか。流石は、天才といったところですね」

 

「ふん、氷継家次期当主として、当たり前です。それで、父さんのサーヴァントは?」

 

ライルの賞賛の声も、サラは当たり前のことをしただけだとそっぽを向く。

 

「私のサーヴァントは、彼女だよ」

 

弦一郎は傍らに控えた少女を紹介する。

そんなキャスターを見て、サラは眉間にしわを寄せ不快感を露にする。

幼すぎると。

それこそ、マナと同じくらいの少女だったからだ。

 

「戦力になるのですか?」

 

「なるさ。戦闘は基本サラとセイバーに任せるがね」

 

弦一郎はサラを軽くあしらい、キャスターの方へと視線を一瞬やり、ニヤリと微笑んだ。

それに対し、気味の悪さを感じたサラは踵を返し。

 

「では、私は部屋に戻ります。なにか作戦でもあれば教えてください」

 

苛立ちを込めて言い放ち、サラは、ソファに座ったままのマナの目の前で足を止めた。

無言の重圧。

マナはとっさに目線を逸らしたが、どうにも動いてくれる気配はない。

仕方なしに目線をあわせる。

 

「マナ、貴女が聖杯戦争に参加する意味はないわ。どうせ殺されてしまうだけ。だったら戦争が終わるまで部屋に篭ってなさい。貴女は戦わなくていい」

 

言われなくてもそのつもりだ。

マナは、自分に言い聞かせる。

こんな非日常を歩けるわけがない。

そもそも、歩く必要もどこにも感じていない。

 

「私も今日は休みます。お休みなさい」

 

サラを振り切るように、マナは客間から抜け出していった。

 

「マ、マナ様!……サラ様、もう少し言い方があると思います」

 

「……ふん」

 

態度を窘めるエルザだが、サラは、聞く耳は持たないといった態度で客間をでていってしまった。

そんな光景をみて、弦一郎はやれやれと肩を竦めるのだった。

 

******

 

自室に戻ったマナは隠れるようにベッドへと潜り込む。

 

「やっぱり私は、魔術師なんかじゃない。そうだ、きっと明日になれば元通り。そうでなくてもきっと強い騎士様が私を救ってくれるに違いない」

 

認めない。認めない。

はっきりと事実が突きつけられたにも関わらず氷継マナは逃避を繰りす。

グルグルと思考の輪廻を繰り返す内に彼女は眠りに付く。

『そんなことはありえない』と解っていながら、朝になれば、自分の日常が元通りになる事を願っていた。

 




続きは二日後
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。