「―――人避けの結界。それにしても雑というよりは、未熟というべきでしょうか」
住宅街。一軒の家の前でライルは苦笑する。
その家には人避けの結界が張られていた。だが、それは魔術師が行うにしてはお粗末と言わざるを得ない程に陳腐なものだった。確かに魔術を知らない一般人には有効ではあるが、魔術師であるならば直ぐに看破できるだろう。
「いや、だからこそ重要視もしない……か」
どこか自身に言い聞かせるようにライルは結界を軽々と破ると中に侵入を試みた。
一瞬、表札をチラリと横目でみる。ここまで来て違うという事はあり得ないだろうが、念を押す為に確認を行ったのだ。
「―――日立」
その表札にかかれた性を呟き、ライルは扉に手を掛けた。特に、何らかの術式が施された形跡もなく彼を歓迎する様に開かれる。
「―――拍子抜けです」
肩を竦めて懐に手を伸ばし黒鍵の柄を数本取り出した。彼が用心深いからではない。廊下に広がる光景を目にし、それが必要だと感じたからだ。
まるで壁に植え付けるようにしてそれらは並んでいた。死体の数は三体。骨格から成人した者が二名と子供が一名。おそらくは男の子であろう。ふと、思いついたようにライルは思考した。部屋に残った血の匂いと腐敗した肉の欠片に意識を取られる事もなく、彼は結論を直に導き出した。
「一つ足りませんね。日立家の家族構成は、父、母、長男、長女の四名。祖父母はこちらに越してきて直に亡くなっているのでいいとして。まぁ気長に探しましょう」
ライルは歩を止める事はない。魔力の残滓が鼻をつつくが、どれも古いものばかりだ。
だが、微かに新しいものもある。正確には『今も漂っている』それを感じ取った。
「―――まだ生きている?」
廊下の奥、リビングへと入る扉を前にライルは踵を返し、玄関正面にある階段を駆け上がった。微かに感じたそれが二階より漂っていたからだ。複数ある扉を乱雑に開け、一部屋ずつ確認して回り、最奥の扉の前で立ち止まった。
「お約束というか、大抵こういう場合最後の扉に当たる物ですね」
苦笑しつつその扉を開けた。
第一印象でライルは率直に「雑」と感じた。
そこには両手と両足の自由を奪われた少女が一人転がっていたのである。両手の自由は文字通り奪われている。その言葉が示すのは残酷なものだった。左腕は天井から吊るされた鎖によって拘束されており、右腕は無残にも引きちぎられている。赤々しい血が彼女の衣服を美しく染め上げていた。
「―――血が新しい?いや、新しすぎる。この腕はほんの数時間前に奪われたのでしょう」
では、なぜ?誰が、なんの目的で?
再び思案したライルに一抹の不安がよぎる。
それは、予想だにしない最悪の結果。
いや、その可能性があったからこそ彼はここに赴いたのだ。そして、それが今証明された形となった。
「あぁ、最悪です。いや、嘆くより後悔するよりも、やらなくてはいけませんね」
一応と少女の脈を図るとまだ生きらえている様子。ライルは渋々といった表情を隠さぬまま彼女の拘束を解く。
「後は、人間社会で発達した医学におまかせしましょう」
家を後にしたライルは近隣住民に暗示をかけ直ぐに救急車を向かわせる。これが自身にできる最善だと言い聞かせながら。
「―――では、答え合わせに」
真っ黒な修道服に身を包んだ神父は歪んだ微笑みを崩さぬまま真の目的地へと赴く事にした。
******
何度目だろうか?この一撃で彼は絶命すると確信しての槍を放つのは。
既に、彼は人としての形を成してなどいなかった。受けた致命の一撃は七つ。胸部はランサーに突かれ穴を空けた。その右肩から骨盤に掛け裂かれた様な深い傷はセイバーによるものだ。その全身には矢が突き刺さっている。
幾度となくアーチャーの矢を食らった証だ。
「エドワード・ティーチ。君がそこまでする執念は一体なんだ。何が君を其処まで駆り立てる?」
ついに膝を突き頭を垂れるライダーにランサーは槍を突き立てて問う。
「は?理由?そうさな……しいて言うなら『誇り』だ。俺が生きた証。恐怖として人間に刻み込まれた大海賊エドワード・ティーチの生き様をよぉ。お前ら英雄に刻み込み、俺は伝説になる。いいやぁ、既にこうして『英霊』として存在している以上俺は既に伝説なのかもしれねぇ……だが、それだけじゃ俺はおわれねぇ。何がいいてぇかって?俺はまだ何も成し得てねぇ!何も勝ち取ってねぇ!何もだ!俺は生きる。おとぎ話のなかじゃねぇ!俺は生きて伝説になるんだ!」
彼の生き方は伝説として今も人々の中にる。
だが、それをライダーは認めなかった。自身は生きて人々に恐怖を与え続ける。『現世への受肉』それこそが彼の望みだったのである。
「―――こいつの在り方なんてどうでもいい。……マスターの方もサラが仕留めたようだ。終わりだよライダー。だが、死ぬ前に一つ答えてもらう。バーサーカーに関してだ。こちらとしては、お前のマスターの雇い主がバーサーカーのマスターと踏んでいたのだが違うのか?」
セイバーは、ライダーに疑問を投げつけた。彼が固有結界内で発言した言葉が気にかかったからである。三騎士を倒したのちアサシンとバーサーカーも打ち倒す、と。セイバーとサラは、カーネル・アルマーがバーサーカーのマスターと考えていたがライダーの口ぶりからしてそうでないことは明白だった。
「―――そうかい。だが、俺もそうそう口を割るつもりもない。マスターが死んだ以上俺も消える。せいぜい聖杯戦争を楽しみな」
その言葉が餞別だと言わんばかりにライダーを押し黙る。それを合図と認識したランサーは彼の胸部に槍を突きささんと振りかぶった直後、ライダーは後ろに跳ね跳びそれを受け入れなかった。
ライダーはニヤリと笑う。エドワード・ティーチの最期。彼の死に際は伝説とされている。イギリス軍との戦闘の果て彼は、二十五以上の傷を受けてなお暴れまわり、その首は『死後』切り落とされたという。それは、彼の意地だったのであろう。そして、その意地は、執念は今サーヴァントとして現界しても健在だった。
「悪いな、イケメン小僧。この身、この首は易々とはやれん。生前の死に間際もこの首はとらせなんだ。……マスターが死んだ今どうせ消えゆく身だ。最期まで抗わせて―――」
高らかに笑うライダーの顔は言葉の最後を張り上げる事もなく苦痛に歪んだ。
張り詰めた風船に穴を穿ち空気が勢いよく噴き出すように、彼の胸元から鮮血が零れ落ちる。
「テ、テメェ……」
憎悪の表情で満ちた顔は、やがて光となって散ってゆく。骸すら残さず消えた大海賊。彼を仕留めた背後の影がランサー達の前に姿を見せた。黒衣の布を纏ったそれは両手に携えた二刀の剣を燻らせる。
「アサシン……」
ランサーは顔を顰めた。目の前に佇む英霊を目にして。アーチャーは肩を竦め、セイバーは目を丸くしたように驚いた。
「俺の標的は偽りの英霊。ランサーただ一人。他のセイバーとアーチャーは手を出さないでいただきたい」
「ハッ!?そんな言葉で私達が手を出さないと思ったのか?」
セイバーは一度は鞘に納めた剣を再び開放せんと柄に手を掛けた直後、痛みがそれを停止させた。右手の甲から漂う痛覚。それを現実のものとしていたのを彼女は直ぐに視認する。一本の矢。それが彼女の右手の甲に深々と刺さっていたのだ。
「―――何の真似だ?アーチャー」
鬼の形相で威嚇する剣士に弓兵は一瞬天を仰ぎ目を細めた。
「―――何の真似とはなんだセイバーよ。忘れたか、ライダーを打倒するだけの協力関係だったという事を。それとも、私と戦う事に怖気づいたか?」
「お前……いいだろう。いつぞやの不意打ちの借りを返す時だ。色男、加勢はしてやらん。精々、やられぬことだ」
「フッ、悪いなセイバー。ランサーと相対するは私の予定だ」
「―――笑わせるなよ、弓兵!」
******
距離にして三メートル。当然の様にセイバーはその距離は一瞬で詰めて剣を振りあげる。その速度は速く、アーチャーは辛うじてその一撃を大弓で受け止めるが、振り上げられた剣を防ぐだけで両腕は空へと舞い上がった。
「―――がら空きだぞ!」
続けざまの追撃。守る術を失くしたアーチャーの胸元へ、剣を突き立てた。
「―――やるな」
弓兵は不敵に笑う。突き立てられたその剣戟を躱すべく宙がえると、橋の主塔を跳ねながらその頂へと辿り着く。
「―――教えてやろうセイバーよ。私に令呪が使用された。一つ、セイバーとランサーを打倒せよ。一つ、朽ち果てるまで戦い抜け。一つ、セイバーとランサー打倒後に自害せよ。……我が望みは強者との死闘。今、私の願いは果たされた。いくぞ、北欧の王よ。神に捧げし祈りは済ませたか?」
アーチャーが弓を引き絞る。これよりは彼が駆る聖杯戦争最後の戦いとなるだろう。体内に残る魔力を吹き絞り彼は吠えたのだ。
戦士の決意、英雄として聖杯戦争を駆け抜ける―――それが彼の望みであった。
その彼の意をセイバーは感じ取った。だからこそこの決闘を受けたのである。戦士としての本能。彼女とてそれがわからない訳ではない。寧ろ望むところと言っていいだろう。
「―――あぁ、その意しかと受け取った。お前の主従の話はお前を打倒した後たっぷりと搾り取ってやる。受けてたとう、ギリシャの英雄よ。我が魔剣にてお前を―――打ち滅ぼす!!!!」
剣士は剣を掲げ、弓兵はそれを合図とし矢による豪雨を降らせた。
それは、空に舞う星々よりも多く流れた。セイバーの眼には『矢』しか映らない。いや、映せない。
「―――ぐっ」
視界に広がる矢は彼女を押しつぶす。物量による圧倒的殲滅。だが、彼女は屈しない致命傷となる矢だけを、その手に持つ一振りの剣で砕いていく。肩を貫く。膝を貫く。だが、剣士は倒れない。彼女は剣を振るい続けた。やがて雨が止むとまるで弓兵は肩を竦めた。
「―――流石は呪いを唯一受けなかった女だ。この攻撃を凌ぎきるとはな」
それは心からの称賛だったであろう。だが、それ以上の感情がアーチャーを滾らせていた。
『―――あぁ、これでも屈しない戦士に出会えた』と。これこそが彼が望み続けたモノならば、理不尽な命令も受け入れようと。
「さて、第二陣だセイバーよ。まだ倒れるわけないだろう?」
「当たり前だよ、弓兵。お前の望みが戦いだけだっていうのはお笑い草だけどね。残念ながら、私はその先しかみてない。それにな!祈りを捧げる神なんざ私にはいないよ!私は神を憎み、神を殺す!その為にならこの魔剣にすら魂を売る覚悟さ!!」
セイバーは跳躍する。数多に降り注ぐ矢を弾き、叩き、切り伏せながら。
鉄の柱を駆け、頂に陣取るアーチャーに肉薄して見せたのだ。
「―――墜ちろ!」
「見事っ!―――だが!」
セイバーの振り下ろした剣は、アーチャーの隠し持つ短刀に阻まれる。そして、アーチャーは力任せに片腕一本で彼女を受け流す。彼の類なまれる肉体と修練による技量の高さが成し得る『技』がセイバーの肉体を宙へと跳ね上げさせた。
「―――避けれるか、空中で我が弓を!!!」
放たれた矢。空中に浮かぶセイバーに逃げ場はない。
「―――マズい」
彼女は瞬間的に思考を巡らせた。その最適化された直感は一つの答えを導き出し、自らの肉体にトレースする。
体を丸め致命傷を避けながらセイバーは墜落した。受けた矢は漆黒の鎧を貫通し、彼女に肉体的損傷を与える。
落下したセイバーに向け、アーチャーは手を緩める事など決してない。追い打ちの矢をすぐさま射る。地に足をつけたセイバーは一瞬で体制を立て直し、降りかかる矢を薙ぎ払いながら、そのまま足を止める事なく駆ける。
アーチャーの陣取る主塔と対を成す、もう一本の支柱を駆けあがる。その際もアーチャーは矢を放ち続け、幾重もの矢が鉄を穿ち塔に穴を開けた。
塔の頂に二人の英霊が鎮座する。二人は己が武器をそれぞれ降ろし問う。
「このままでは埒があかない。そう思うだろう、アーチャー?」
「―――フンッ。皆まで言うなセイバーよ、分かっている。勝負は一撃一殺……死ぬぞ、セイバー」
「あぁ、殺すぞアーチャー」
アーチャーは魔力を捻出する。既にマスターからの魔力供給は絶たれている。弓兵のスキルとして単独行動を有しているが、そんなものに回している余力など当にない。出し惜しみも悔いもない。彼は眼前の戦士との殺し合いを渇望しているのだ。
―――ピロクテテス。ギリシャ神話において二大英雄と謳われるヘラクレス、アキレウス両名と少なからずの関係がある。トロイア戦争開戦以前はイアソンのアルゴナウタイにも参加しており、大英雄ヘラクレスからは彼の大弓を授かった。またヘラクレスの死後、彼の鎧を身に纏ったともされている。一方トロイア戦争において大英雄たるアキレウスを射抜いた弓の名手パリス。その彼を弓にて射殺したのがピロクテテスであった。言うまでもなくこのピロクテテスも大英雄である。
しかし、彼は英雄としての称賛も地位も必要としなかった。それよりも飢えていた。戦いに、戦いに、戦いに。
彼はトロイアに赴く前に負傷してしまいとある島に幽閉されてしまった。戦士として戦うことも出来ず、祖国の為に武勇を振るう事も出来ず、彼は一人嘆き苦しんだ。後に、ギリシャ側の預言者によってピロクテテスが呼び戻されるに至り彼はその武勇を遺憾なく発揮した。やがて戦争が終結しても、彼は戦いを欲した。島に置き去りにされた失われた十年は彼の戦士としての誇りを食い殺し、闘争のみを与えたのだ。故に彼の望みは真なる戦いだった。誰の為でもない。自らの為にひたすら武勇を振るう。それだけが彼の望みだった。
「―――感謝するぞセイバー。屈しないその心。我が弓にて討ち滅ぼして見せよう。行くぞ!!」
アーチャーを中心に魔力が軋みを上げた。彼の周囲の空気が震撼しているのだ。弾き零れる魔力の熱。膨張し捻じれきれる筋肉組織。腫れあがる血管。彼の肉体が悲鳴を上げる。
これより放たれるは彼の至高の一撃。
「セイバー、全力で抉る……!―――
まるでそれは流星だった。ただ膨大な光の矢。ただ強大な光の矢。それがいまセイバーに放たれた。この矢はヘラクレスの大弓を用い、アキレウスを射殺したパリスさえ殺した大英雄ピロクテテスの渾身の一撃。躱す事など不可能、抗う事さえ不可能、その光を見たもの全てを終焉へと導く。
まさにそれは。
―――必滅の一矢であった。
「―――おもしろい」
自身を飲み込まんとする光を目の当たりにしてセイバーは笑って見せた。数多の戦場を駆け抜け、今は目的を果たさんと英霊などという形で過去に固執する自分を、内心やっかんではいたが、こうも痛烈な戦いを行えるとは思ってもいなかっただろう。
だからこそ、セイバーの中に戦士としてのかつての血が躍動するのだ。
「あぁ、お前を救うのならばこの程度の試練。乗り越えねばな。何故なら私は神をも殺さなくてはならないから」
彼女は静かに目を瞑る。それは、決して諦めから来るものではない事は明白だ。
魔剣のグリップを握り、セイバーはその真名をぶちまけた。
「―――
瞬間、周囲の魔力がこの魔剣に引き寄せられた。禍々しい黒炎を纏った刀身が解放され、アーチャーの宝具を食い殺さんと喚きたてる。
「―――ハッ!!!」
そして、セイバーは振り下ろす。光の矢を両断せんと、魔剣でそれに抗った。
******
「―――許す。顔を上げられよ卿よ」
それは、騎士の記憶だった。彼の仕える王がまだ国を平定する前の時代。言わば古参の騎士であった彼は自らの王に許しを乞うていた。
騎士が犯した罪は、大罪だった。王が王たる聖剣を授けた貴婦人を己が復讐の為に殺害してしまったのである。一度は宮廷を追い出された彼だったが、敵国の王を襲撃しこれを捉える事で騎士は許しを得たのである。
だが、騎士は顔を上げる事は出来なかった。
「―――何故、許したのだ。愚かな私を」
彼の中の心の膿は彼自身を犯していた。許しを得る為に闘争を続けてきた筈なのに、許しを得た瞬間、彼の心を空になった。一度は、王の逆鱗に触れた自身を王は本当に許すのだろうか?疑心が思考を蝕み闇に染め上げる。
「―――私は、まだ貴方の元に戻るには早すぎる。必ずや更なる武功を建て、王の元にはせ参じます」
こうして騎士は自ら王の元を去った。
以後、彼は死すまで王に謁見する機会は訪れない。
「待たれよ、■■■■卿」
王の呼び止める声も、彼の耳には届いていなかった。
******
そして現在、相対する英霊は自身が敬愛してやまない王の武具を振るっていた。それはアサシンには耐えがたい恥辱を与えていたのである。
「その槍を何処から盗んだ!だが貴様は何者だ!」
苛立ちを彼は隠そうともしない。ランサーの顔を見ているだけで、体内から憎悪の煙がたかれ続けていた。認めなければならないからだ。幾ら姿形は違えど紛れもなく目の前に居るのは自身が使えた王。アーサー王に他ならない。
だから、アサシンは問う。例え肯定の言葉が彼から吐き出されようと。認めない為に彼は問う。
「―――貴様は誰だ、ランサー」
「……僕は、僕はアーサー。ブリテンを統治した王だ」
「戯言を―――抜かすな!」
感情に任せた足が唸った。両手に携えた剣で目の前の虚構を惨殺する為に。ランサーも自らに迫る狂気を認識した。それを近づけさせまいと槍を突き出す。
「汚らわしいその手で王の武具を振るうな!」
その槍をアサシンは自らの二刀の剣を用いて叩きつける。重力によって下限した槍を踏み台にしてアサシンは宙を跳ぶ。
「死ね!死ね!死ね!」
殺意だけを込めた言葉を投げ捨て、アサシンはランサーの身体を袈裟斬りに伏した。
「―――ガっ」
王の体に深い傷が出来る。
振り下ろされた二刀の剣により刻まれた傷跡。
彼の纏う鎧すら両断したそれはランサーから血液を絡めとる。
「まだ立つか。盗人。ならばその仮面が剥がれ落ちるまで切り刻んでやろう」
再びアサシンが躍動する。その二振りの剣は赤く染めあがり彼の蛮勇さを物語っていた。
一方でランサーは思考が混濁していた。
先ほど受けたアサシンの攻撃。本来ならば容易く受け流せる程単純なものだった。だが、それが出来なかった。
―――一体何故?
その答えは確かに彼の頭に明確に出ている。だが、それが不可解だとランサーは苦心していた。
アサシンの攻撃を受ける前。彼が跳躍し上空より剣を振り降ろそうとした瞬間だ。ランサーにはそれが『どの様にして繰り出されるか』が分からなかった。そして、そのアサシンの刃が自らを切り刻んだ瞬間。ランサーは初めて自身が『振り下ろされた剣によって傷つけられた』事を認識したのだ。
脳が思考する順序が逆だった。本来ならば、振り下ろされた剣を認識し、それによって自身が『傷つけられる』事を察する事が出来る。
だが、今しがたの攻撃はそれが当てはまらなかった。『傷つけられて』からそれが振り下ろされた剣によって起きた傷だという事を認識できたのだ。突然の奇襲や不意打ちならいざ知らず、だがランサーはハッキリとその凶器が自らに襲い掛かろうとしていたのを認識している。にも関わらず『その判断が出来なかった』
再び襲い来るアサシンに対しランサーは槍を構えな直す。今度もその一撃を見逃さないように。
「―――ぐっ」
だが、現実はそうではない。アサシンの振るった刃がランサーの腹の肉を削ぎ落す。そして、ランサーはその剣が横薙ぎに振るわれた事を知った。
「―――分かっていても知覚する事など不可能だ。ランサー」
「な、に……」
三度振るわれた二刀の剣。その『軌道がランサーには視えない』今度は両肩を抉られ苦痛に顔を侵食される。
「
ランサーは、強く槍を握りしめる。アサシンの宝具は単純だが強力なものだと。分かっていても分からないという事象は無意識に恐怖を植え付ける。
「あぁ、苛つかせてくれる。それでも立ち向かおうとするその姿勢。それではまるで王の様だ」
アサシンは舌を鳴らし眼前の敵を睨みつけた。
やはり彼は自らが仕えた王だった。
正確には違う。だが、紛れもなくランサーはアーサー王に違いはない。その事実が彼の苛立ちを加速させる。
「―――君の言う通り僕は『本物』のアーサー王ではない。僕は王でも何でもない。ただの小さな少女が望んだ幻想だ。ここに現界しているのも王の殻を被っているに過ぎない。それでも、僕はアーサー王でなくてはならない。それは、その小さな少女を守るためだ。だから僕はその殻を被り続ける。例え、贋作と蔑まれようとも、僕という個体の存在意義はその少女にしか持ち得ない。その少女でしか作れない。僕は、彼女の為に生きて死ぬ。それが僕に唯一許された意味だから」
「……そうか。なら今解放してやる。苦しいだろう?何かになろうとするのは。悲しいだろう?それしか出来ないのは。空しいだろう?そうでしか自分を見出せないのは」
どこか自身に言い聞かせるように。アサシンはランサーを殺す為に、今宵四度目となる剣を振るった。その動きは単純に尽きる。ただ相手を殺そうとする意識だけが前面に押し出される傲慢な動き。だが、彼にはそれだけで十分だった。彼の宝具『
「―――何故だ?」
刹那に木霊したのは、金属と金属が紡ぎ出す不協和音だった。アサシンの放った不可視の剣戟はランサーの持つ聖槍に食い止められていた。
「―――僕もさっきやられた手でね。視えなくても分かってさえいれば対処は出来る。君が僕を殺すつもりで剣を振るったのは分かった。ならば狙いはどこか、だ。霊核?それは違う。君は僕を殺すだけでは足りないだろう。王の顔へと泥を塗る僕を地に貶めなくてはならない。ならば狙うとすれば、僕の首だ。その首を刎ね落としにくるであろうと」
事実、ランサーの読みは正しかった。だからこそその事実が受け入れられないアサシンは苛立ちを覚えるのだ。
「―――次はこちらから行くぞ。アサシン」
苛立ちはアサシンの判断を一瞬鈍らせた。ランサーの振るう槍の軌道。それを避ける為の行動が一歩遅れてしまう。
「―――ッ」
痛みは一瞬。だがそれがもたらしたのは暗闇だった。槍の穂先が彼の視界を斬り殺したのである。瞼から溢れる血を彼は痛覚でしか認識できない。アサシンは更に憎悪した。心の闇は、自らの内面だけでなく外面の視覚までも奪うのかと。王は、王は、またしても自らを深淵に突き落とすのかと。
「あぁあああああ。王よ、何故だ!何故、何故!私を、私を、私を!許したのだ!」
騎士の内面が剥がれ零れる。それはあまりにも、英霊としてあまりにも醜かった。だが、ランサーはそれをあざ笑ったりはしない。それを美しいとすら形容した。
眼前の騎士は純粋で愚直。
全う過ぎたのだ。彼は騎士よりも人間すぎた。
「―――僕が君に何かを言える存在ではないだろう。ならば最期ぐらいその命を看取ろう」
ランサーは槍を突き立てる。視界を奪われ闇雲に剣を振るう騎士へと。
「―――王よ、王よ!アーサー王よ!何故だ、何故だ!私は貴方の為に武を振るってきた、貴方の為に成果を上げた!何故だ、何故私の役割を、意義を!うばっ―――」
突き立てられた槍は彼の霊核を穿る。
停止した。蛮勇な騎士は存在を停止した。
「何故……王……私は……」
アサシンの肉体が現世より剥がれ落ちていく。
それはあっさりと光の塵となっていった。