Fate/advance 【完結】   作:むむむーむ

14 / 19
あと4話で終わるんで毎日あげます


十三話 六日目⑥ フレーム

「落ち着いたかい」

 

エルザから渡されたコップの水を勢いよく飲み干したマナにランサーが声を掛けた。

 

「うん、少しは―――」

 

浮かない声でマナは言う。バーサーカーから逃げおおせてきた彼女らは屋敷に戻ってきていた。

 

「サラ様、ライル様より手紙を預かっております」

 

エルザから差し出されたそれを受け取るとサラは視線をそれに移した。

手紙に書かれていた内容は、サラにとって非常に有益な情報ではあった。

 

「日立一護……。なるほど、彼にはそういった思惑と経緯があるのね。信じがたい事ではあるけれど、こんな陳腐な事を彼が残す訳ないもの」

 

サラはマナの対面にあるソファに腰を落とした。正面に座るマナの視線は俯いたままだった。

 

「今日は疲れたでしょう?もう寝なさい」

 

「……うっ、でも―――」

 

言葉が詰まって声が出なかった。

サラはランサーに視線を移し、マナに退室を促す。彼もそれを察し、マナを抱きかかえると客間を後にする。

 

「ラ、ランサー待って」

 

腕の中でもがくマナだが、今の彼女にそこを脱出する程の力は残されてなどいない。

二人が客間を出るとゆっくりと扉が閉められた。

 

「―――おやすみ、マナ」

 

「今言うくらいなら、面と向かってさっき言えばよかっただろう」

 

「―――うるさいわよセイバー。それより体はまだ動くかしら?それとエルザも手伝って頂

戴。探すものがあるわ」

 

何を?とセイバーとエルザは顔を見合わせた。

 

「神父さんの残した手紙。―――この人、ここまで知っていながら理解出来ていなかったみたいね。本当に最後まで好きになれなかったわ」

 

サラはソファから腰を上げ立ち上がる。

 

「何処へ行く?」

 

「―――今までは闇雲に探してた。でも、今は違う。必要な物の場所もわかる。この聖杯戦争の愚かな歴史と記録の場所を」

 

サラは、セイバーとエルザを引きつれ地下にある弦一郎の工房へと足を向けた。

 

「おい、あそこにはもう何もないって言ったのはお前だろう?それにこの間、必要なものは調べ尽くしたんじゃないのか?」

 

「ええ。あそこはね。私が知りたいものはそれより奥にあるの」

 

「そこにも何もないと言っただろう?」

 

セイバーは呆れながら肩を竦める。エルザも顔には出さないものもセイバーと同じ考えをしていた。

 

「―――あの時は知らなかったのだから仕方ないでしょう?ほら、探すわよ」

 

またあの辛気臭い部屋に行くのかと、セイバーは愚痴を零すのだった。

 

******

 

この家の景色は気分を害する。つまらなすぎると、退屈そうにバーサーカーは欠伸をした。

 

「何故さっさと殺しに行かないんだ、バーサーカー」

 

怒気を強めた日立の声に彼女は鬱陶しそうに視線だけを背後に立つ彼に送った。

 

「―――なんだ?文句があるのか?」

 

その鋭い視線に思わず日立の声が上ずった。

マスターである自分が優位だという理性が一瞬で吹き飛ぶ。それは恐怖だった。

 

「―――まったく。貴様は大変に器の小さい男だ、一護よ。そんなに復讐したくば一人で行くがよい、わしは止めん」

 

バーサーカーは心底つまらなそうに椅子に腰を掛けると、テーブルの上に足を置き悪態をつく。

 

「僕の器が小さいだと……?馬鹿にするなよ、バーサーカー!確かにお前にしてみれば僕の望みは些細な事だろうな。だが、僕が味わった苦しみは本物だ。だから、僕は復讐すると誓ったんだ!」

 

「ほーん、そうか。で、日立一護の皮を被った人造人間風情が、わしに歯向かうのとどう関係があるというのじゃ。述べてみよ、人形」

 

瞬間、鋭く殺意の籠ったバーサーカーの視線が日立を抉る。それは、彼の口を塞ぐのに十分なものだった。

 

「氷継はかつて別の地で行われた聖杯戦争に参加し、偶然にも大聖杯のほんの一部、欠片を手に入れた。そして、それを用いての聖杯戦争の再現。それが氷継の奴らの望みだった。しかし、そもそも七騎分の許容量がある器がなかった。本来ならばそんなモノ、入りさえすれば『何でもよかった』のじゃが、氷継という奴らはよっぽど頭が悪いらしい。それを自由に操る為にホムンクルスなぞ造ったのじゃから」

 

バーサーカーは日立に言葉を突きつけていく。彼の在り方を思い知らせるために。

 

「―――氷継家の造った最初の器。ホムンクルス一号。それが貴様なのだろう一護。本当に扱いたいのなら無機物で十分じゃて。適当な筒でよかったのじゃ。それをわざわざホムンクルスなぞ用いるから『成功しなかった』。出来損ないの人形を生み出したというのに」

 

「……そうさ、バーサーカー。そんなモノの為に生み出されて失敗作の烙印を押されたのがこの僕だ。人間の欲望という名の夢物語から生み出された廃棄物、それが僕」

 

日立の言葉をバーサーカーは鼻で笑った。

愚かだと口にした。そして、彼へと向き直り言葉を発した。

 

「―――じゃが、実に人間臭いモノの見方は気に入っておるぞ一護。魔術師等という人の手を超えたモノを切望する阿呆共より、復讐等という下らん理由で数十年地べたを這いずり生きながらえてきた貴様をわしは評価しよう。一護、復讐というならばもっと劇的にせねばならん。明日の夜仕掛ける。奴らの屋敷を焼き討ちにしてやるわ」

 

部屋に響く高笑い。その誇示する圧倒的な力強さを残し、バーサーカーは霊体化して日立の前から姿を消した。

 

******

 

「もういいよ。ランサー降ろして」

 

自室に入るなりマナはベッドに腰掛ける。

ランサーは壁に背中を預けた。

 

「ねぇ、私、前に聞いたよね?貴方は本当にアーサー王なの、って。私は自分が何なのか分からなくなっちゃった」

 

「―――マナ。君は君だよ。不確かな事で言えば僕の方が曖昧さ」

 

「それってどういう意味?」

 

「―――わからない?」

 

ランサーはとぼけたように肩を竦めて見せた。

だが、その眼差しは先ほどと何ら変わらない。

真っ直ぐと自らのマスターを見つめていた。

 

「―――いいえ。何となく貴方の存在は理解してると思う。貴方が何かっていうのを。だからますます分からなくなっちゃう。それを呼び出せる私は何者かって、さ」

 

マナは理解した。してしまっていた。

もしかして、と思っていた事が。想像の範疇を飛び越えていたからだ。

彼女の呼び出したサーヴァント。ランサーの英霊。真名をアーサー・ペンドラゴン。

だが、眼前の男性は彼の王ではない。

それを模したマナの空想の産物。

 

「でも、なんで貴方は宝具を扱えるの?私はあそこまでの妄想した事ない。それに、アーサーって言えば剣でしょ?」

 

「あぁ、僕は君に呼び出されたと言っていい。内装は君の描くそれだろう。だが、それがこうして表に出てくるには外装的な肉体が必要だった。だから、座から引っ張ってきたのはアーサー王という英雄の皮だけだ。……因みに剣は持ってこれないよ、枠がないからね。残っていたのはランサーのクラスだけ。それに、この槍も本物という言い方は出来ない。真名を開放してもオリジナルのそれには敵わない」

 

「それでも、ライダーの固有結界を破ったんでしょ?」

 

「それほど本物が強力すぎる力だという事さ」

 

ふーんとマナは相槌を打つ。持て余していた右手で布団を軽く叩く。

隣に座れという意だった。

 

「―――あぁ、わかったよ」

 

自分の隣に座ったランサーの顔を見る。

その顔は、とても優しかった。

一寸の狂いもない自らの理想。

それは、彼女の恋心を満たすモノでは断じてない。

彼女が望んだモノ。

それは、彼女を導くモノ。

ほんの少し背中を押してくれるモノ。

それが、彼だった。

幼い頃から、読みふけった絵本の中の騎士。

それが、自身を導いてくれると信じていた。

 

「あぁ、そうか―――」

 

吐き出すように声が零れた。

そう、その願いが叶った今。

自分がすべき事は一つしかないのだ。

 

「―――後は、私が前に進むだけなんだ」

 

そう呟いた時だった。隣に座るランサーは、そっと彼女の肩を抱き寄せた。

突然の行動にマナは顔を赤面させる。

 

「な、なに?」

 

見上げれば瞳に映ったのは自らの理想の騎士。

 

「やっとわかってくれたのかって安心した。これで僕の役割の一つも果たされたってものさ」

 

「―――ランサー、私やりたい事が決まった。この聖杯戦争でやるべきことを決めたの」

何処か寂しさを感じさせるランサーの顔をマナは振り切るように声を絞り出した。

 

「あぁ―――教えてくれないか?君の願いを」

 

耳を撫でる様な、優しい声が彼女を包んだ。

 

******

 

―――辺りは一面の草原。

小さな丘はあれど、緩やかなそれは広大に広がっていた。

この夢を見たのは何度目だろうか。

この夢を見せられたのは何度目だろうか。

美しい景色だった。

墜ちる事の無い永遠に降り注ぐ暖かい陽の光。

自由に走り回る野生の小動物達は、『私』を見つけるとタッタッと小走りで駆け寄ってきた。

また夢を見ているのだろうか?

また夢を見せられているのだろうか?

足元のウサギを一羽抱きかかえ、自然と言葉を発していた。

 

「―――いいえ、これは違う。これは、ランサーの記憶でも、キャスターに見せつけられたモノとも違う。これは、そう。これはきっと―――私の夢なんだ」

 

その事実を口にした瞬間。今まで広がっていた青々とした空の一部に雲がかかった気がした。

慌てて首を振り、もう一度顔を上げるとそれは既になく美しい空模様に映り変わっていた。

 

「―――マナ」

 

ふと、名を呼ばれた。

振り返れば、ランサーが立っていた。

それも、違う。

 

「騎士様ね。ううん、私の夢の方の」

 

「―――正解」

 

彼は、優しく笑いマナの横で腰を下ろした。

釣られるように彼女も座り込んだ。

突如、風が吹く。

とても、暖かい風が吹く。

 

「ええと、今は私の夢でいいんだよね?」

 

「―――あぁ。そうだよ。これが君の描いていた夢なんだ。とても、静かで温かい空間だね。今は君と僕の二人だけ。君の理想には二人しかいない。僕は、それをとても悲しいと思ってる」

 

「―――どうして?」

 

マナは思わず問わずにはいられなかった。

自身と二人だけの何がいけないのかと。

 

「―――まるでアダムとイヴ。でも、大きすぎる世界に二人だけは寂しすぎる。何より、君自身も既に理解している筈だよ。ここに閉じこもっていては、何も進まない、何も変わらないと」

 

「逃げるのはいけない事くらい私も分かってる。でも、じゃあ、辛くなった時や悲しい時私はどうすればいいの?どこに逃げればいいの?誰が助けてくれるの?」

 

「―――その考えも間違いだって分かっているのに、それを聞くのかい?」

 

「―――うっ」

 

騎士の言う事は最もだった。

ここは夢。ここが夢。

この空間こそが、氷継マナの殻の中。

とても侘しい空の殻。

中身はあって、中身はない。

ただ永遠と同じ軸を廻る人工衛星の様に停滞している。

 

「ここと向こう。どちらが君の生きる世界かなんて明白じゃないか。殻があるならばまだ間に合うよ。だって殻は破る為に被るものだろう?」

 

そんな答えはとっくに知っている。

マナが恐れているのはそこではない。

 

「―――だって、ここを失くしてしまったら、貴方はどうなるの。―――私は、どうなるの?」

 

「ここが君の根本だなんて分かってる。本当に君が苦しかったらまた戻ってくればいい。ただし、それは本当にもう駄目なときだけだ。君が思っているより、現実は今より過酷で苦しいかも知れない。でも、君が思っているより現実は温かくて優しい場所だよ」

 

「―――騎士様、私……」

 

「大丈夫だよ、マナ。君は大丈夫。言っただろう?また戻ってきてもいいって。だから、勇気を持って、前を見て、一歩踏み出して。いつでも、僕はここに居る。いつでも僕は君の中に居る。だから、君は君の居る世界で生きるんだ」

 

「―――私、私の選ぶ道は正しいのかな?」

 

「それは、君自身が決めるんだ。君自身が見るんだ」

 

陽が傾いた。

落ちる事がないと思われていた陽が落ちる。

 

「そろそろ時間だ。マナ」

 

マナは立ち上がりスカートを軽く払う。

 

「―――うん。もう少しで聖杯戦争も終わる。その終わりで私は答えを出す。もし、駄目だったら―――」

 

「―――それ以上はいけないよ。決意が鈍る。……さぁ、行って」

 

騎士は立ち上がりマナの背中を優しく押す。

 

「えぇ、あと少しだけ。騎士様には手伝って貰うから―――」

 

******

真っ暗な部屋の中だった。

だが、ここには見覚えがある。マナの部屋だ。

当たり前の事だが彼は先ほどまでこの部屋に居たのだ。

いや、正確には『ここ』ではない。

未だに足元の浮ついた感覚。思考が定まらない。頭の中にかかった霧が晴れない。

―――何かがおかしい。

その違和感の正体に気がつくのに少々の時間を要した。

 

「おはよう」

 

目の前の少女が言った。

彼女がそこに何時からいたのか、いつ現れたのか、考えても答えは浮かばない。

 

「……マナ?」

 

彼は少女に声を掛けた。彼の目の前には氷継マナがいた。

いや、氷継マナの姿をした少女が居た。

 

「そうね、私はマナ。うんマナで合っているわランサー」

 

彼女は俯いていった。

―――あぁ、そういう事か。

彼、ランサーのサーヴァントは『ここ』をどこか理解した。

これはきっと夢なのだ。

サーヴァントが夢を見る事などない。だが、ここはれっきとした夢なのだ。

そう、彼女が見せた夢。

 

「ごめんなさいね、こんなやり方でしか貴方と話す機会はないの」

 

マナは笑みを浮かべて傍らにあるベッドに腰を掛けた。

彼が普段みている彼女とは大きく印象が異なっていた。お淑やかというか随分と落ち着いた正確に思えた。

少女は隣にどうぞと手招きをしたが、ランサーは首を縦には振らなかった。

クスリと少女は微笑みはしたが、少し寂しそうに見える。

 

「君は、誰?」

 

「私はマナよ」

 

「いいや、違う。僕の知ってる君じゃない」

 

「―――えぇ、そうね正確には違うわね」

 

「もう一度聞くよ、君は誰?」

 

ランサーは苦笑いを浮かべもう一度同じ問いをした。

 

「ごめんなさい、つい面白くって。私はキャスター。真名は、言わなくてもわかるで

しょ?」

 

「君は、消滅した筈だろ?」

 

「えぇ、でも私は私に帰ったの。限定的だけどこんな事もできるわ。まぁこれっきりだけど」

 

得意げな表情を浮かべキャスターは微笑む。

煮え切れない表情でランサーは質問を続けた。

 

「何故、こんな事を?」

 

「聞いてみたかったから」

 

「何を?」

 

「分かっているでしょ?どう思っているの?自分自身の事よ」

 

「―――僕は彼女を守るためにいる。それだけだ」

 

「違うわ。それは貴方の居る意味。私が聞きたいのは『貴方が存在した意味』わかるでしょ?」

 

「―――わからないよ」

 

「本当に嘘が下手ね、『私』って。貴方も私もあの娘も、みんな私じゃない」

 

「馬鹿な事をいうな!」

 

ランサーは怒鳴りつける様に叫ぶ。だが、目の前の少女は怯まない。

むしろ、彼を、彼の目を見据えたまま言い放つ。

 

「そういうところよ。もう少し俯瞰した方がいいわ」

 

「君の言葉は聞けないな。僕は―――」

 

「そう、ならいいわ。貴方はそうやって停滞すればいい。これじゃ、私達も浮かばれないけれど。そうね、時間もないしもういいわ。さようなら、騎士様」

 

彼女はそう言い残し、霧の様に消えていく。

そして、彼の視界も霧がかかったかの様に、視界が霞んいった。

 

「僕は……」

 

******

 

「―――んっ」

 

腕で瞼をこする。

昨晩の夢の感触が、まだ残っている。その所為か頭の中がまだ混濁している様だった。

 

「―――おはよう、マナ」

 

状態を起こし横を向けば、ランサーが笑顔で迎えてくれた。

 

「―――えぇ、おはようランサー。着替えるから少し部屋から出て貰えるかな?」

 

「―――あ、すまない。直ぐに消えるよ。準備が出来たら教えてくれ」

 

「―――うん」

 

髪を梳かしながらマナは夢の事を思い出していた。

アレは自身が幼い頃から内包してきた、夢と語るにはいささか卑屈な心の内。

彼女自身の根底心理。

そこを自らの意思で飛び出そうとしていた。

 

「―――そこまでして変わる必要があるのかな?」

 

動かしていた手を止め鏡越しの自身に語り掛ける。

それを無意味な問答として分かっていながら。

 

「―――それは違う。私は誰かに求められて変わる訳じゃない。自分が何とかしたいと思っているから変わるのだから」

 

身支度を整え、着替えも済ませたマナは、自室の扉を開け部屋を飛び出す。

 

「行こっ、ランサー」

 

「マナちょっとま―――」

 

廊下で待機していたサーヴァントの手を強引に引いていき廊下を駆ける。

階段を駆け下りるとリビングへの扉を開け足で踏み入れた。

既にサラが席についており、紅茶を嗜んでいた。テーブルの上には既に朝食が配膳されている。

 

「おはよう―――姉さん」

 

マナは元気よく声を発した。

笑顔で席に着くと、目の前にあるコップに飲み物を入れるようにとメイドの一人を急かした。

 

「―――なっ」

 

何かが割れる音がした。

マナの対面に座るサラからその音は発せられた。

一つは、手に持っていたティーカップを落として割れた音。

そして、繋ぎ止めていた微かなモノが割れるような音。

それは、心の内に響いた音だった。

 

「マ……ナ……」

 

サラは衣服に零れた紅茶に気にも留めず肩を震わせていた。

慌ててメイドがサラの衣服をナプキンで吹いていくが、彼女の目にそれは入ってすらいない様子だった。

目の前にいる姉の奇行にマナは不思議と首を傾げた。

 

「おいおい、どうしたサラ?妹が『昔』みたいに挨拶してくれたんじゃないのか?素直に返事をしてやればいいじゃないか?」

 

冷やかすような口調でセイバーはマスターの肩を叩いた。

 

「え、ええ、そうね。お、おおおはよう、マナ」

 

「―――姉さん変だよ?どうしたの?」

 

「ど、どうもしてないわよ」

 

クツクツと笑いを堪えていたセイバーは遂に堪えきれず腹を抱えて笑い出した。

マナは本当に意味が分からず困惑する。

 

「サラ様は嬉しいんですよ、マナ。だって貴女、普通に挨拶できてたじゃない。今まで、ぎこちないくらい畏まった挨拶しかしていなかったから」

 

嬉しそうにエルザはマナに耳打ちをすると、コップに牛乳を注いでいく。

 

「え、ごめん。どういう意味?」

 

「―――わからないの?この前までマナは『お、おはようごございますう、ね、姉さん』みたいに言ってたじゃない」

 

「そ、そこまでどもってないよ……」

 

オーバー気味のエルザのモノマネにようやく理解が追いついたマナは、恥ずかしさを間際らす様に、目の前の食事を口に掻き込んだ。

 

「―――マナ、はしたないわよ」

 

「―――うっ、あ、はい」

 

落ち着きはらったサラの指摘に、マナの背筋が驚いた猫の様に伸びる。

 

「そうそう、そんな感じ」

 

傍らのエルザが笑顔と感想を零した。

 

朝食を終え、客間に場所を移したマナ達はソファに座り、束の間のゆったりとした時間を過ごしていた。

落ち着かない様子でマナは辺りをキョロキョロと見渡すが、突如として口を開いた。

 

「―――姉さん、本当の事を教えて……」

 

幸せに感じられる時間は、彼女の小さく呟いた、掻き消える程細い声によって引き締められる。

 

「……それは―――」

 

「大丈夫。多分だけど……私は姉さんの口から聞きたい」

 

顔を上げたマナの視線がサラを突き刺した。

いつの間にか妹は自分が知っている彼女より少しだけ強くなっていた。

昨日の殺人鬼との戦闘でもそうだった様に。自分の本当の意思を示す事が、僅かながらに出来るようになっていたのだと。

 

「―――そうね。昨日の神父さんの手紙と合わせて、貴女に真実を伝えるわ。一部、憶測も交じるけどそれは勘弁して頂戴」

 

「よろしいのですかサラ様?」

 

エルザは困惑した表情を浮かべながら言った。

 

「あら?これを伝えたがっていたのはエルザの方でしょう。―――お水くれるかしら」

 

「―――かしこまりました」

 

頷いてエルザは直ぐに水を取りに部屋を出ていった。

客間に残ったのは、マナとサラ。そして、ランサーとセイバーの四名。

 

「……マナ、貴女が聞きたくないと思ったら直ぐに言いなさい」

 

小さく頷いたマナを確認してからサラは彼女に真実を告げるべく口を開いた。

それは、サラがマナに隠し続けてきた真実。

それは、マナが否定し続けてきた現実だった。

 

******

 

薄暗い室内で日立一護は目を覚ました。

カーテンは閉め切られており、朝日の光がカーテンから覗く事はない。

 

「―――今日で終わらせる。全て」

 

決意の言葉を吐き出し、日立は立ち上がると冷蔵庫に真っ直ぐ向かう。

冷蔵庫内にあったペットボトル飲料を一気に飲み干すと部屋の隅に投げつける。

 

「随分と行儀が悪いのぉ、一護」

 

ふと眼前に現界してきたバーサーカーを睨みつける。

 

「そんな怖い目で見るな、一護。腹が立って殺したくなる」

 

ケタケタとバーサーカーは笑う。

 

 

「―――まぁよい。で、一護よ。貴様は、復讐が終わった後どうするのじゃ?」

 

唐突な問いに日立は表情を変えなかった。

ただ、淡々と自身の言葉を述べる。

 

「何もないよ。元々、僕には意味すらなかったんだからね。その後の事なんて考えた事ない。必要ないだろう?そんなものは。聖杯が欲しいならくれてやる」

 

「―――まぁ、貴様の様な存在はそれでよい。身分相応のちっぽけな願望じゃな。だが、今回の商品は聖杯とは無理な話じゃ。いうたじゃろ?あれは、只の再現装置。願望を果たす程の力もない」

 

「―――知ってるよ。アレは聖杯戦争というシステムを模倣できただけの欠陥品ってことぐらいはさ。現に英霊の魂を留めて置くだけの器ですら二分されているんだから」

 

日立は、椅子に腰を掛け、ぼぅーと天井を眺めた。

 

「小聖杯となった貴様とあの娘の二人。だが、どちらも必要のないものじゃな。氷継の再現できたモノはサーヴァントシステムだけじゃて。仮に最後の一人になろうとも、大聖杯は出現せんよ」

 

「―――そもそも本当に大聖杯はあるのか?それすら僕には疑問だね」

 

「在るには在る。じゃが、それは只、膨大な魔力を貯蓄しているだけじゃ。まぁ、魔術師であればそれを欲するかも知れんがな」

 

バーサーカーはふと日立と同様に天井を見上げ、思い出したように呟く。

 

「そう言えばここの家の娘はどうした?」

 

「あぁ、昨日帰ったらいなかった、それに誰か入った形跡があったな。大方、あの神父が逃がしたんだろう」

 

日立は、退屈そうに返答した。

 

「ほーん。しかし、巡り合わせというのもあるもんじゃな。まさか貴様が入れ替わった餓鬼の家族に令呪が宿るなど」

 

「あぁ、僕はそういう意味ではついていたのかもね……」

 

日立の言葉にバーサーカーは興味もなさそうに頷いた。

 

「―――お前から話を振ったんだろう……まぁいいよ」

 

「―――一護、攻め込むのは陽が落ちてからじゃ。それまで、退屈しておれ」

 

バーサーカーは投げ捨てるように言葉を残すと霊体化して消える。

日立ももう一度欠伸をするとそのまま眠たそうに瞼をこする。

 

「―――あと少し。少しだ。僕の復讐は終わる。待っていてね氷継さん。僕が君を殺してあげるから」

 

******

 

「―――」

 

言葉が浮かばなかった。

氷継サラには氷継マナに掛ける言葉が見つからなかった。

対面に座るマナは、俯いたまま顔を上げる事をしない。

サラはマナに自分の知りうる真実を全て伝えた。

氷継マナは、氷継サラによって一度殺されている。そして、氷継弦一郎によって聖杯の器にされるべく肉体を弄られたと。

―――氷継マナは、人間ではないと。

マナ自身覚悟はあったのだろう。

だから、こうして真実を教えて欲しいと姉に懇願した。

サラ自身も言葉をもう少し選ぶべきだったと後悔した。

だが、それにより変な甘さや優しさがでて、曖昧にするのを拒んだ。

 

「―――マナ」

 

精一杯優しく語り掛けたつもりだった。

だが、マナは顔をあげない。

振り返りセイバーをみても、彼女は黙ったままだった。

マナの後ろにいるランサーにしても同じだった。

罪の意識がサラを蒸し殺す。

何かを言ってほしかった。

それは、甘えなどという事は分かっている。

自分が楽になりたいからだと分かっている。

 

「―――ね、えさん」

 

マナが小さく言った。

 

「大丈夫……だよ。姉さん。何となく、何となく分かっていたから」

 

「マナ。私は……」

 

「いいんだよ。姉さん、謝らないで。姉さんのせいじゃないから。ビックリしすぎて、整理できてなかった。でも、大丈夫。私は、大丈夫だから」

 

「―――マナ」

 

マナはようやく顔を上げた。

その表情は凛々しかった。清々しかった。

そして、サラは自分の知る妹はもういないと少し寂しい気持ちになった。

 

「―――強くなったのね、貴女。ずっと停滞していたのは私の方だった」

 

「もう、いいよ姉さん。私ね、願いがあるの。そして、姉さんにもお願いがあるの」

 

「―――えぇ、何かしら?」

 

マナは一度、息を吐き出し告げる。

 

「今日、一日遊びに行きたい。姉さんと」

 

「―――は?」

 

開いた口が塞がない。

 

「一体何を言っているの貴女」

 

思わず怒鳴ってしまう。慌てて口元を抑えマナの表情を伺う。

 

「―――分かっているよ、姉さん。でも、最後だから。最後だから。この意味を、姉さんには分かって欲しい。……我儘だって分かってる。でも、お願い姉さん。私の『最後』のオネガイ。聞いてくれる?」

 

サラは、マナの言葉の意味を理解してしまった。

してはいけなかったと直ぐに後悔した。

だから、

だから、無下に出来なかった。

無視できなかった。断る事など到底不可能だった。

 

「―――わかったわ、マナ。今日は、一日貴女に付き合う。だから、教えて頂戴。貴女のオネガイではなく、願いの方を」

 

出来るだけ優しくいったつもりだった。

感傷を殺していったつもりだった。

 

「―――ありがとう姉さん。私の願いを言うね。私は、もう二度とこんな事起きて欲しくないの。日立君や私を生み出さない為にも。―――大聖杯を、壊してしまいたい」

 

それは、哀れな少女の、尊い願いだった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。