Fate/advance 【完結】   作:むむむーむ

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十四話 七日目① ボクハミタサレル

冬の風はマナの体を硬直させるに十分な寒さだった。

 

「―――寒い」

 

当たり前の感想を零す。

時間で言えば午前九時。

氷継家の敷地内に無造作に止められた車の横で彼女は体を固めて冬というものを味わっていた。

 

「姉さんまだー?」

 

そんなマナの呑気な声に応えたのはセイバーだった。

 

「もうちょっと待て、妹。―――おかしいな」

 

車内ではセイバーが車のエンジンを付けようとキーを何度も捻っては首を傾げていた。

 

「貴女の運転が荒いから壊れるのよ。弁償よ、弁償」

 

助手席に座るサラが、運転席を睨みつける。

 

「ったく、妹の事になると、めんどくさくなるな君は」

 

「―――いいからはやくしなさい」

 

今のサラには嫌味を言っても無駄だと、セイバーはつまらなそうに同じ動作を繰り返す。

 

「おっ、やっとかかったか。このポンコツめ」

 

ご機嫌な声でセイバーはメータークラスターをバシバシと叩く。

 

「また壊れるからやめてちょうだい」

 

「はいはい。ほら、妹乗りな」

 

セイバーの声を合図にマナとランサーは後部座席に乗り込む。

 

「―――これに乗るのも久しぶりだなぁ」

 

感傷深い声を上げたのはマナだった。

懐かしむように車内を見渡す。

 

「で、どこに行くんだ?」

 

「と、とりあえず月宮新駅で買い物かな?」

 

「あいよ」

 

踏み込んだアクセルペダル、セイバーとは裏腹に軽快とは遠く言い難いエンジン音が鳴る。

 

「―――大丈夫?」

 

マナは一抹の不安を抱くのだった。

 

変哲もない枯れた田んぼ道を抜け、マナ達を乗せた車は市の中心部へと進む。

開発が進んでいる地域の為か、建築中或いは工事中の建物が軒連なっておりその風景は会話を飽きさせない程度には話題を提供していた。

 

「あのお店潰れちゃうんだ」

 

「―――行ったことあった?」

 

「え、姉さん覚えてないの?あのお店で姉さんが買ってくれた―――」

 

「―――あぁ、覚えていたのって意味よ」

 

「―――よかった」

 

後ろから聞こえるマナの嬉しそうな声にサラは満足そうに微笑んだ。

頬杖を突きながらぼんやりと外の景色を眺める。

 

『―――変わっていくのね』

 

と心中サラは呟いた。

それは、ある種の歓喜であると同時に寂しさもあった。

それでも、こうして昔の様な日常を歩めるとは思ってもみなかった。

『当たり前』のモノがすり替わってしまったのは考えるまでもなくあの日から。

絶望が復讐を産み、復讐が希望をもたらした。

だが、それは彼女の心に楔を何重にももたらしている。

どう足掻こうと罪からは逃げきれない。

どうもがこうとそれは、サラを蝕み続ける。

いくら、マナが自らに笑顔を振りまこうとも、失ったモノは帰ってこないからだ。

マナを殺した罪ではない。

父親を殺した罪でもない。

マナをここまで苦しめた己が罪。

マナの笑顔がそれを嫌という程湧きたてる。

―――ここに居る資格があるのか?

問いたてる。

心地の良い音楽を奏でるかのように、マナはランサーと談笑を続ける。

それが、とても愉快で苦痛だった。

 

「―――嫌ね、ほんと。面倒くさい性格だわ、私」

 

言葉にして言い聞かせるようにサラは自身の心境を吐き出す。

 

「なんだ?自覚があるのか?それは結構な事じゃないか」

 

「―――うるさいわよ。黙って運転しなさい」

 

耳聡くも、隣の席から冷やかしが飛ぶ。

だが、サラはそれを悪くないと思ってしまう。

セイバーに対して精神的に寄りかかってしまっている自分を、サラは友好的に捉えていた。

 

「―――何笑ってんだ?キモチワルイ」

 

「……うるさいわよ、セイバー」

 

少し怒気を込めたつもりだったが、ウインドウに映る頬が吊り上がった自身を見つけサラは笑ってため息をついた。

 

「少し眠るわ。近くなったら教えてちょうだい」

 

背もたれに対し、大胆に背中を預けて瞼を閉じる。今なら心地の良い夢が見れそうだとサラは意識を沈ませた。

 

******

 

―――崩れ落ちた。

崩れ落ちていた。

その人影は、その場で崩れ落ちた。

真っ黒に染まった空。周囲の森林は風に揺られて不快な音を奏でている。

それはまるで壮大な演奏隊のようだった。

中心の人影はすすり泣く。ひたすらにすすり泣く。

後悔、後悔、後悔、後悔。

悔いだけがその人影を、彼女を覆い尽くした。

 

「ごめんなさい」

 

女は言う。

 

「ごめんなさい」

 

女は、ただ言葉を繰り返す。

声は当に枯れ果てていた。

掠れるような音を鳴らし続けた。

それでも、女は同じ言葉を繰り返す。

例えそれが『何も意味をなさない』と分かっていながら。

女はこうすることしかできないと、無意味な事を繰り返す。

 

「―――もう戻ろう」

 

女を連れ戻しに来たであろう男が、後方から声を掛けた。

だが、女はそれを無視して懺悔を続ける。

 

「君は悪くない」

 

男は言う。

しかし、そんな言葉は彼女の心をより侵食するだけだった。

何が?一体何が?

それは『呪い』

とても、とても単純な呪い。

罪の意識という自らが生み出す呪い。

女は男に向けて言う。

 

「なら、何が悪いの?誰が悪いの?蝕まれたあの子が悪いの?それは違う。断じて違う。そもそもの悪は、この私。私が、悪い」

 

自らの言葉で彼女は自身の首を絞める。

 

「―――君が悪いと言えば納得するのかい?」

 

男は溜息交じりで返答する。

それは、彼女を苛立たせるのに最適解だった。

 

「―――ない」

 

掠れた声。小さな声だった。

 

「納得するわけない」

 

そうして、女は願った。

あり得もしない夢を。

あり得るはずがない希望を。

あり得てはいけない歴史を。

 

「呪う。私は私の歴史を呪う。私の生き様を呪う。私は、自らを―――呪う」

 

******

 

「起きろ、サラ。着いたぞ」

 

「―――え?あぁ」

 

澱む意識を沸き立てる。

覚醒しきっていない思考を先ほどまで見ていた夢が侵食した。

―――不愉快だった。

運転席から覗くセイバーの顔をサラは直視しないように心掛けた。

先ほどまでの夢を間違いなく記憶だと認識する。それは、当然サラ自身のモノではない。

アレはセイバーの記憶だと、サラは理解する。

 

「―――貴女、いいえ何でもない」

 

「なんだ?言いたい事でもあるのか?」

 

「いいえ、何もないわ。それより、着く前に起こすように頼んだはずだけど?」

 

「起こしたさ、何度も。ほれ、妹も外で待ってるよ。早くしろ」

 

促されるようにサラは車外へと出る。

心なしかセイバーの表情が曇っている様に感じられた。

 

「さて、どうするのマナ?」

 

眠気と嫌悪を振り払うようにサラはマナに問う。

月宮新駅近くの立体駐車所。料金は親切とは言い難いが、一番近い場所となるとここしかない。良い商売をしているなとサラは内心思うが、そこまで氷継の経済事情は苦しい訳ではない。寧ろ一般家庭に比べれば遥かに潤沢だ。

 

「とりあえず買い物がしたいかな?正確に言うとウィンドウショッピングになるけど」

 

「ええ、わかったわ」

 

サラ、セイバーとランサーは歩を進める。

が、マナだけは車の側から動かなかった。

 

「どうしたの?行くわよ」

 

振り向いてサラが声を掛けるが、マナは俯いて動かない。

 

「マナ?」

 

「寒い」

 

「は?」

 

「姉さん、私寒い。だから……ね?」

 

差し出された右手。

 

「―――あぁ」

 

サラもその意味を理解した。

その手を握り返そうとするが、心の内の何かがそれを躊躇させる。

 

「……姉さん?」

 

戸惑う声。困惑の眼差しがサラには痛く突き刺さる。

望んでいた景色がこんなにも苦しいなんて思ってもみなかったから。

 

「サラ、何を躊躇う?君の決意はその程度か?君の成した成果がこれならば、報酬は有りがたく受け取るべきだ。犯してきた事など、今という結果にしてみれば些細な事さ。そう、些細な事なんだよ」

 

セイバーはマナに聞こえないように、サラに語りかける。その声音は優しくサラの背中を押す。

 

「―――えぇ、行きましょうマナ」

 

妹の手をサラは握りしめる。

冬の寒さで冷えきった小さな手。

だが、不思議と温かかった。

それが、心の温もりだとわかったから。

 

******

 

「二日ほど前も来た気がするな」

 

その風景と光景をランサーは思い出した。

今、自身が纏っている衣服はここでマナが購入したものだからだ。

だが、今回は用が違う。マナが自ら身に着ける衣服から小物まで一つ一つの店を入念に見て回る。時には、先ほどまで見て回っていた店に戻り「なんか違う」、「さっきの方がよかったかな」と堂々巡りを繰り返す。

時間で言えば既にこの階だけで一時間以上経過していた。

 

「マナ、そんなに悩むなら全部買ってしまえばいいじゃない」

 

「姉さんはわかってないよ。そんなに買っても全てを着れるわけじゃないもん。そう

だ、姉さんの服も私がコーディネートしてあげる。もっと可愛いのを着たらいいよ」

 

マナの提案をサラは「いいわよ」と短く断った。つまらなそうに顔を膨らませるマナの表情はサラを退屈させなかった。

一方、店の前でその光景を見ているランサーは苦笑いを続けていた。

 

「なんだ?あんなにも面白いモノを見せられているのに退屈するのかお前は?」

 

対照的にケタケタと笑うセイバー。

それは、ランサーにとって不思議でたまらなかった。

 

「いや、それにしても君は随分とマナのお姉さんの肩を持つね。そんなにも彼女が魅力的だというのかい?」

 

「なんだ?妹からサラに鞍替えする気か色男。まぁいいよ、私がサラに肩入れだと?それはそうだろう。私達英霊は願いを果たす為に現界している。マスターである者にその様に接するのは当たり前だろ?お前だってそうさ、ランサー。妹に随分と入れ込んでいる。異常だね。はっきり言って気味が悪い。まぁ、お前の存在理由を考えれば当然か」

 

吐き捨てる様に言うセイバーに、ランサーは無言で答える。

 

「―――いいさ。どの道バーサーカーさえ倒せばお前との一騎打ち。悪いが同情もしないし負けてやるつもりもない」

 

「ならば逆に問おう、セイバーよ。マナの望みは大聖杯の破壊だ。君のマスターもそれに同意している。そうであるならば、君は望みを叶える事は出来ない。それなのに君は戦い続けるのかい?」

 

「―――破壊か。ならば、バーサーカーも倒し、お前も倒す。私の願いを叶えた後に聖杯を破壊すれば問題ない」

 

セイバーは当たり前の様に言い切る。

ランサーは呆れた顔をし息を吐き出す。

 

「僕と戦うとして、そんな事を許してくれる様には思えないな」

 

「驕るなよ色男。お前の願いはほぼ全て果たされている。ならばもう何も望むまい。最期に私とその武を競え。まぁ、お前が黙って退場してくれるのならば、こちらも話が早い」

 

「―――そうかい。そう言えば君の願いを聞いてなかった。聞いてもいいかい?」

 

ランサーの問いに今度は呆れた顔を見せたのはセイバーだった。

 

「お前、それを聞くのか?聞いてもいいけどな、その時は覚悟してもらうぞ」

 

空気が張り詰める。

それ程鋭い視線をセイバーは隣に立つ男に放った。

彼もそれを理解する。直ぐにでも鎧を纏い戦闘に挑める様に。

 

「お待たせ!」

 

それを一蹴するかのように、柔らかい言葉が空気を緩和させた。

それは、両手に抱えた大きな紙袋を持ったマナだった。

買いすぎちゃったと、とぼけた様子で舌を出す。

 

「はぁ。この話はお預けだ色男」

 

セイバーはその眼を和らげるとサラの方へと視線を移す。

 

「随分と買ったな……いくら使ったんだ?」

 

セイバーの問いに、なんでもない事のようにサラは金額を口にする。一般的に一度の買い物で使用する金額とは言い難い数字だ。

 

「え、このくらい普通よ?」

 

「あぁ、聞いた私が馬鹿だったよ」

 

マナは両手に持った紙袋をランサーに押し付ける。

ランサーはやれやれといった顔で受け取った。

 

「ありがとうランサー。今日は荷物持ちをお願いね」

 

満面の笑みで少女は言う。

 

「いやはや、騎士様は大変だねぇ」

 

「セイバー、まだ買うのだから。物が増えれば貴女も持つのよ?」

 

「は?嫌だぞ。私は」

 

「駄目」

 

上機嫌でマナとサラは上の階へ続く階段へ足を向かわせる。

 

「いやぁ、剣士様も大変だね」

 

皮肉交じりのランサーの言葉に、セイバーは肩を竦めながらマスターらの後を追った。

 

上の階も女性モノの店が並んでいた。

下の階に比べると趣向はやや隔たりがある。

所謂ファンシー系であったり、ゴシック調の物であった。

 

「うーん、ちょっと私の趣味とは合わないかな?」

 

首を捻るマナの横ではサラは興味ありげにそれらの陳列された商品を眺めていた。

 

「ま、まさか姉さん……こういうのに興味があるの?」

 

「―――えっ……あー、そうね」

 

何とも歯切れの悪い言葉であった。

サラは商品とマナを交互に見比べながら頭を振る。

 

「マナ、ちょっと」

 

サラはマナの手を取ると試着室に放り込んだ。

次に両手に抱えるほど商品であるフリフリとした装飾が施された衣類をマナに突きつけた。

 

「え、……え?」

 

困惑した表情でマナは姉の顔を見つめている。

率直に怖いと感じた。

 

「着なさい。それ全部着てみなさい」

 

「姉さん?」

 

「いいから早く」

 

「ひっ」

 

ぴしゃりと閉められたカーテン。その奥からマナは確かに禍々しいモノを感じ取っていた。

 

「うぅ……姉さん急にひどいよ」

 

つまらない愚痴を零しながらマナは身に着けている衣類に手を掛けた。

仕方ないとため息をつきながら商品であるゴシック服を手に取るが、そもそも身につけ方すらおぼつかない。四苦八苦しながらもなんとか身を包む事が出来た。

自然とサイズはピッタリと合っていた。

 

「うーん。派手というか可愛らしすぎるというか。違うんだよなぁ」

 

自分には合わないと姿見で確認しながら小言を漏らしながらカーテンを開ける。

 

「ど、どうかな?」

 

「―――いいわ」

 

「へ?」

 

「いいと言ったのよマナ。ホラ、ランサーちょっと来なさい。見なさい。このマナはとっても愛らしいわ」

 

何事かとランサーは試着室の前に駆け寄る。

 

「あ、あぁ……」

 

思わず彼は言葉を失った。似合っていると感じたから。寧ろ、似合い過ぎていると彼は思った。まるで、絵本の中の登場人物の様に。

 

「どう……かな?」

 

照れくさそうに頬を赤らめたマナとそれをただ眺めているランサー。時が停止したかのように二人はただ見つめ合っていた。

 

「うん……いいと思うよ。似合っている」

 

「うん……ありがとう、ランサー」

 

むず痒い空気に耐え切れないとマナはカーテンを閉め、熱くなった体温を覚まそうと試みたのだった。

 

******

 

「なんというか雑多ね。こんな場所で食事をするの?」

 

サラとセイバーは六人掛けのテーブルを陣取っていた。対面の椅子には必要以上に買われた衣類の入った紙袋が積まれている。

サラが雑多と評したのは勿論この紙袋の山の事ではない。

同一のテーブルが一定間隔に置かれ、フロアの両端には飲食店が立ち並ぶ。所謂、フードコートと呼ばれるこの場所は人々の喧騒が鳴りやまない。

 

「食事ってもっと落ち着いてするものだと思うけど」

 

頬杖をつきサラは周囲をぼんやりと眺める。

 

「ここはそういう場所なんだろ?諦めな」

 

隣に座るセイバーは背もたれに背中を預けこの風景を面白がっているようにも見えた。

 

「貴女は楽しそうでいいわね、セイバー。興味が湧くのかしら?まぁ、自分の生きた時代とはだいぶ異なるのだから当然よね」

 

「まぁそうだろ?時代は違えど人が生きている。歴史が育んできた成果がこれならば興味も沸くさ……というか本当に買い過ぎだ」

 

「え?そうかしら?」

 

「いや、少しは自分で作るとかしないのか?編み物くらいサラでも出来るだろ」

 

「できないわよそんなの……というか、そういう貴女は出来るのかしら?」

 

「心外だな、サラ。こう見えてもその程度なら私だって出来る」

 

「……え?」

 

「え?」

 

思わず同じ言葉を反復する。サラもセイバーも互いに何を言っているか分かっている。だからこそ困惑した表情で見つめ合っていた。

 

「え、セイバーは編み物とか出来るの?」

 

「だから、その程度なら出来ると言っているだろ。何だったら今度教えてやってもいいぞ?」

 

「え……えぇ、考えとくわ」

 

何か女として負けた気がするとサラは納得いかない表情で沈黙した。

 

******

 

すっかりと陽は落ちていた。辺りは夜の闇が覆う。

そんな中、満足そうに笑みを浮かべ、サラの手を引きながらマナは先頭を歩く。

その後ろ大量の荷物を抱える英霊が二騎。

不満げな顔を浮かべるセイバーと、姉妹の後姿を優しい瞳で見るランサー。

 

「馬鹿みたいに買い過ぎだ。車が重くなる」

 

運転席に乗り込むや否や愚痴を零す。

今度は一度で掛かったエンジンに彼女の機嫌は直ぐに戻った。

 

「さて、ここまでだよ。この日常は」

 

ハンドルを握りながらセイバーは切り出す。

車内の誰もがそれを分かっていた。だが、こうして口に出す者は一人もいなかった。

 

「うん……分かっています。セイバーさん。でも、いい結果になったなら、これもずっと続くと思います」

 

後部座席に座るマナははっきりと、自分の展望を口にした。

 

「―――そうだといいな」

 

セイバーは突き放すように冷たい声で返答した。自らのマスターの望みも、マナの望みも自らの願いと相反するから。

 

「セイバー?」

 

サラが不安げな声をあげる。だが、それでもセイバーは自らの理想を、望みを覆すわけにはいかなかった。

 

******

 

寒いという感性は彼女にはなかった。

他の個体と同じように淡々と作業をこなしていく。

 

「何やら騒がしいですね」

 

客間の手入れをしていたエルザはその意識を扉の外、ロビーの方へと流した。

騒がしい。それは彼女に違和感と不信感を植え付ける。

荒々しい足音、陶器が割れるような音。

最期に響いたのは男の怒声だった。

流石にこれ以上は見過ごせないとエルザは客間の扉を開いた瞬間だった。

 

「―――まだ一人隠れていたんだ」

 

背筋が凍るような声。

身を固めるほどの恐怖がこちらに視線を送っていた。慌てて扉を閉めようとするが、それを何者かに拒まれる。

 

「―――う」

 

「逃げようとするでない人形。どれ、貴様には一つ仕事をやろう。さっさとこの館の主を呼び戻してこい」

 

女だった。だが、それは禍々しいオーラを纏った魔王そのもの。

軍服の様なその衣服に赤々としたマントを靡かせ女は言う。

 

「―――はよせい」

 

サーヴァントバーサーカーはエルザの腕を掴み上げるとその勢いのまま入り口の扉へ投げつける。

浮かびあがった体は一秒も満たない速度で床に叩きつけられた。

 

「―――う……あぁああ」

 

小さく呻きを上げる。だが、それを一瞬で吹き飛ばしてしまう程の光景がそこには広がっていた。

自分が転がっていた。無数の自分達が転がっていた。屋敷にいた自分を覗く全てのホムンクルスの残骸がそこにはあった。

赤いあかい鮮血を零し活動を止めたそれらを足蹴に男は言う。

 

「さぁ、早く氷継さんを連れてきてくれるかな?僕はもう待ちきれなくて。こんなおもちゃを幾ら潰したところで気が収まらない」

 

日立一護は笑っていた。冷静に笑っていた。

返り血を浴び赤黒く染まった顔を滲ませて。

 

「う……ああああ」

 

駈け出す。エルザは悲鳴を伴い屋敷を飛び出した。

理性が蒸発する。マナを呼んでは行けない。呼べばマナは殺されてしまうと悟ったからだ。

だが、今の彼女を圧迫する恐怖に打ち勝つ術などない。彼女は至極簡単な答えを叫んで山を下る。

―――助けて、と。

 

******

 

山の麓。屋敷へと続く坂道の入り口で車は急停車した。舌を鳴らしたセイバーは車から飛び降りる。

 

「どうしたの?」

 

車内からマナは驚きの声を上げるもその答えは直ぐに現れた。

 

「あ……マ……ナ―――」

 

息を切らし顔面蒼白のエルザがそこには居た。

慌ててマナも車から降り彼女の元へと駆け寄った。

 

「どうしたの?ねぇ、エルザってば?」

 

「う……マナ……屋敷に行っては駄目……」

 

「な、なん―――」

 

掠れたエルザの声。問い返したマナの声は意識をそれに奪われた。

その視線の先。屋敷へと向かう先道。

深いふかい闇の中。

その奥にそれはあった。

禍々しい魔力の異臭。

零れ落ちる怨嗟の渦。

溢れ出る死を。

肩が震える。この先に進んではいけない。

根底から警鐘が鳴りやまない。

―――行けば死ぬ。

はっきりとそれを彼女は認知した。

 

「ね、ねえさ―――」

 

恐怖で足が竦む。それを振り払う様に。

振り払ってほしくてマナは叫んだ。

だが、それは。それらは。

マナの声より速く、はやく。

―――駆けだしていた。

その奥にある明確な悪。敵を目指して。

 

******

 

「エルザ大丈夫?」

マナは足元がおぼつかないエルザの背中を優しく撫でた。

横目でランサーに視線を送る。彼は、ただマナと視線を交錯させたまま動かなかった。

 

「ランサー?」

 

「マナ、怖くないのかい?」

 

彼の目は真剣そのものだった。既に、その身なりは武具を着込んでいる。

だが、彼からは覇気が感じられなかった。

 

「怖いに決まってるよ。でも、進まなくちゃいけない」

 

「マナ、行っては駄目」

 

「大丈夫だよ、エルザはここで待っていて」

 

マナはエルザを車の後部座席に乗せ再びランサーと視線を交錯させた。

彼の態度は先ほどと余り変わっていないように見える。

 

「どうしたの?ランサー」

 

「いや、君は強くなったなと思ってさ」

 

「私は弱いままだよ」

 

「気持ちの問題さ。君は十分強い娘だ。僕は……」

 

「―――もう決めたの。私は私の道を行くから。だから、貴方は貴方の道を見つけて」

 

マナは優しく微笑むと屋敷へと駈け出した。

 

******

 

その言葉は優しかった。

その言葉は痛かった。

やけに胸に突き刺さった。

ランサーは自身のマスターの背中を見つめながら思う。

いつの間にか自分達の立場は入れ替わっていたのだと。

彼は彼女にとっての理想。氷継マナが作り上げた理想像。

それは、純粋な言葉通りの意味に相違ない。

負けない心、挫けない心。

何よりも自分自身を信じる強い精神力。彼女が望んだモノはそういう事だったのだ。

ならば、今ここに居る自分は一体何者なのだろう。

自らの存在意義を失いかけた自身は何処に向かえばいいのだろう。

この戦いに意味はあったのだろう?

自分は一体―――

―――何になれるのだろうか?

 

******

 

言葉は不要だった。

交わす意味もなかった。

それぞれの行動は率直だった。

走り出すのに必要な合図はそれだけで十分だった。

紛れもなく屋敷から零れだしたそれを直感的に感じとる。

魔力を下半身に集中させ、己を強化する。

魔術回路は直ぐに熱を通した。

駈け出す足を加速させる。

それは、隣に並び立つ英霊を感心させるには十分だった。

 

「速いな。だが、妹を置いてきてよかったのか?」

 

そんな問いをサラは愚問だと笑う。

「あの子にはランサーがいるから問題ないでしょう。それに―――」

 

言いかけた言葉をサラは喉奥に引っ込めた。

その光景は赤々しかった。ドロドロとした視線が彼女の身体に纏わりつく。

 

「―――やってくれたわね、バーサーカー」

 

サラはそれを睨みつける。

視線の先には恐ろしいほど愉快な顔を浮かべた男と、それより一歩前に立つ魔王の姿。

 

「ほう、剣士の方が先じゃったが……まあよい。あまりわしを退屈させるなよ」

 

その言葉が開戦の合図だった。

現界せしは数百にも及ぶ火縄銃。

織田信長の代名詞ともいえるソレが並ぶ光景は、長篠の戦いの再現のようだ。そしてソレら全ての砲口が、殲滅すべき敵であるセイバーに向けられていた。

 

「な、なに……この数。そもそも本当にバーサーカーなの、アイツ?理性的過ぎる」

 

圧倒的物量の前に思わずサラは身震いした。

その光景を実に愉快そうにバーサーカーは笑っていた。

 

「今更か、小娘。まぁよい」

 

まるで力を誇示するかのように、魔王は右手を上げる。その号令が下った時には、バーサーカーの前からは文字通り何も残らないだろう。

 

「―――サラ!我がマスターならばこの程度でビビるな!お前のサーヴァントは誰だ!?こ

の私、セイバーだろうが!」

 

バーサーカーはその剣士の動きを認めると、すぐさま待機した己の力の具現に号令を下す。

 

「……放てぇ!」

 

その言葉より刹那の速さで、剣士はマスターの前に躍り出る。そして『それ』を躊躇なく抜きさった。

魔王の禍々しいオーラに匹敵する。或はそれすらも凌駕する呪を。

 

「―――呪われし漆黒の魔剣(ティルヴィング)

 

黒い炎を纏った呪い。それをセイバーは横薙ぎに振るう。

 

「―――ハッ」

 

全てを飲み込む呪いの炎は一瞬で陣形を焼き払う。

バーサーカーが誇る数百の鉄砲隊はその力を振るうこと無く、セイバーのたった一振りで消失した、

 

「なん……じゃと」

 

その威力。その光景。その真実は、流石のバーサーカーですら驚愕の表情を隠しきれなかった。

 

「―――この程度か?遥か島国の魔王って奴は?笑わせる。今度はこちらからいくぞ!」

 

セイバーは突貫する。ただ、己が標的を目掛け。距離にして数十メートル。それを一瞬で彼女は魔王に肉薄した。

 

「―――消えな」

 

振り下ろした呪。魔王を両断する一刀。

 

「―――で?」

 

次に驚愕の顔を浮かべたのはセイバーの方だった。

 

「―――貴様」

 

セイバーに油断も慢心もなかった。だが、それをバーサーカーは自らの刀によって防いでいた。

拮抗する力。セイバーは握る剣に力を込めるがそれを打ち破る事など到底できなかった。

 

「消えるのは貴様じゃ」

 

弾け飛ぶ。拮抗ししていた筈のパワーバランスはバーサーカーが一瞬で崩壊させる。

 

「な……に?」

 

「がら空きじゃぞ?」

 

その踏み込みは神速。押し返した刀でバーサーカーはセイバーを切り伏せた。

その漆黒の鎧の上からでもハッキリと伝わる重たい衝撃。

 

「―――チッ」

 

後退りし顔をあげたセイバーの眼には絶望が広がっていた。

 

「死ね」

 

第六天魔王の冷たい宣告がセイバーに突き刺さる。

広がるのは無数の死。先ほどとは違う。百、二百、三百。膨れ上がる鉄砲隊の数々はセイバーを殺す為に用意された精鋭部隊。

そして、バーサーカー自身もその手に火縄銃を握っていた。

 

「―――お前」

 

彼女は一瞬でそれを理解した。その銃口の先を理解した。今、先ほどと同じようにこの有象無象の鉄砲隊を薙ぎ払うのはセイバーにとって容易い。だが、それでは彼女は敗北する。

光る。ひかる。ひかる。

銃口が炎を上げた。

 

「―――サラ!」

 

駈け出す。セイバーは駆けだす。目の前に広がる三百を超える死を無視して駈け出した。

バーサーカー自身が直接放った一発の弾丸はマスターであるサラを狙ったものだ。

背後から幾重の傷を受けようとセイバーは止まらなかった。直感で感じたそれはマスターとサーヴァントの関係でいえば最も適した答えだったのであろう。

砲火の音が止む。

マスターであるサラの前には、仁王立ちするセイバーの姿があった。

 

「―――え?」

 

サラはその意味が分からなかった。

その光景が不可解だった。

それを認めようとは思いたくはなかった。

 

「なにしてるのよ、貴女は!」

 

戸惑う様にサラは声をあげた。

 

「なにをだと?私が少し本気を出せば玉っコロの一つ追い抜いて見せるさ」

 

「そうじゃない。そうじゃないのよセイバー」

 

サラが見る眼前の女は。

セイバーはその身体を赤く染めていた。

立派な漆黒の鎧は血が滲み、その無残なモノと成り果てている。

背後から受けた傷は数えきれない。そして真正面から受け止めた一発の弾丸は、彼女の霊核を確実に傷つけているだろう。サラはそれを感じ取っていた。

何よりも彼女との繋がりが薄れた気がしたからだ。

 

「セイバー!貴女にここで倒れられたら困るといっているのよ」

 

「何を心配している?この程度でくたばってしまう程、私は弱くないさ」

 

よろめく体は剣を地表に突き刺し何とか留める。

 

「ほう、まだ息はあるかセイバーよ。良いぞ、貴様には褒美をやらねばなぁ。極上の死

を味わうがよいわ」

 

三度目。今宵、バーサーカーは三度目となる鉄砲隊を周囲に展開させる。

 

「―――放てェ!」

 

だが、バーサーカーの放った声と現実は相反した。魔王のそれは放たれる事はない。

その場を跳躍し、後退する。

 

「全く人がトドメを刺そうというに……邪魔をするでないわ」

 

バーサーカーの眼前にそれがいた。

金色の槍を携えた王がそこにはいた。

 

「―――バーサーカー」

 

ランサーは静かにその名を呼ぶ。しかし、その形相は凄まじいモノだった。

 

「姉さん、セイバーさん!」

 

サラの背後から声がした。走ってきたのか、肩で息をするマナがセイバーの姿を見て目を丸くした。

 

「え?そ、その……」

 

「慌てるな妹。私はまだ死んじゃいないよ」

 

セイバーはククッと短い笑いを零す。

それが、苦し紛れだと。満身創痍だとマナでも理解できた。

 

「―――妹。ここはお前と色男に預けていいか?私達は大聖杯を破壊しに行く」

 

「貴女、何を言っているの?自分の体がどうなっているかくらいわかるでしょう?」

 

「サラ、お前こそ分かっているのか?自分の目的をさ。君の目的。いや、お前たちの目的は大聖杯の破壊だろ?ならさっさと行くぞ。こんな所で時間を食う必要はない」

 

「で、でも……」

 

俯くサラを咎めたのは彼女の英霊ではなかった。直ぐ側にいた妹の声だった。

 

「―――大丈夫だよ姉さん。ここはランサーに任せて。だから、姉さんは私のオネガイを叶

えてきてほしい」

 

「―――えぇ、そうね」

 

俯いていた顔をあげ、自分の相棒に向ける。

 

「行くわよ、セイバー」

 

「あぁ」

 

二人は駆けだす。目的地は明白だった。

 

「―――行かせるわけにはいかんのじゃ」

 

ランサーと剣戟を繰り返すバーサーカーは、火縄銃を彼女らの前方に展開しそれを拒む。

 

「邪魔だ!」

 

それらをセイバーは一振りで根絶する。

足は止まらない。止められない。

 

「無視していいよバーサーカー。どうせセイバーも瀕死みたいなものだし。それよりも」

 

醜悪な笑みを浮かべた。

醜い視線の先。

 

「―――待っていたよ氷継さん」

 

「……日立君」

 

マナと日立は相対する。

 

「日立君、なんでこんな事を?」

 

その問いに、歪んだ笑みを一層深くする。

 

「実につまらない質問だね氷継さん。そんなもの決まっているだろう?僕は僕を生み出

した氷継家に復讐する。その為だけに生きてきた」

 

「そんなの……」

 

「笑うかい?僕の目的を?終着点を?別に、別にそれは構わないよ?何の意味も価値もないって言うんだろ?―――ウザいんだよそういうの。この復讐を成した後、君は何も残らないといいたいんだろうが?このクソアマが!!そういう身勝手な!個人的な感性が!感情が!君の言う無駄なものが!この僕を生み出したことに気がついていないとでもいうのか!!馬鹿が!」

 

「―――う」

 

マナには小さく呻くしか出来なかった。

彼女にだってそんな事は理解できた。

 

「私は、ただ。ただ日立君は友達だと思ってた。だから、だから」

 

「またお得意の逃避かい?鬱陶しいな。この僕の、個人的な怨念の標的になったからってよしてくれよ。そういう逃避はさ。思っているんだろ?自分には関係ないって。先代がやってきた事だから無関係だと。寧ろ、自分だって被害者だと!―――諦めろよ氷継マナ。お前は僕と同じさ。好きに恨めよ先代を。父親を。僕をさぁあ?黙って僕に殺されるのもいいけどそれじゃあツマラナイ。せいぜい苦しめ、泣け喚け―――そして死ね」

 

「―――そんなの嫌だよ。私、死ぬのは嫌だけど。日立君は私の―――」

 

「バーサーカー!さっさとランサーを始末しろ」

マナの音を遮り日立は叫ぶ。

 

「わかっておるわ」

 

煩い耳鳴りだとバーサーカーはランサーにその武を振るう。

刀と銃を携え、また周囲には無数の火器を展開し、まさに要塞ともいえるそれらはランサーを圧倒するに十分なものだった。

―――だが、彼は倒れない。既に幾つもの傷を負った。鮮血は止まらない。痛みは消えない。だが、精神は何一つ穢れていない。

 

「なんじゃこいつ?」

 

既に死んでいてもおかしくはなかった。放った銃弾は既に千を超える。だが目の前の騎士は決して地に伏せない。

 

「なんだ、だと?何でもないよ……僕はただの願いさ。たった一人の少女の形。その子が

前を向いて歩けるようになるまで……僕は死ねない」

 

見開かれた眼は目の前の敵を据えていた。

 

「見るがいい。我が宝具を―――」

 

「莫迦が。させるわけなかろう」

 

放たれたバーサーカーの幾重もの剣撃が、銃撃が、ランサーに降りかかる。千切れる肉も、削ぎ落される血も彼は気にも留めなかった。

ただ、その心だけは切り伏せれない。

 

「――-最果てにて輝ける槍(ロンゴミニアド)

 

込められた魔力は十分だった。解き放った魔力の奔流は強力だった。

サーヴァントの放つ最強の一撃。ランサーの宝具は驚異的な威力を誇っていた。

地表は抉れ、轟音を奏でる。

破壊と蹂躙の跡地。立ち込める硝煙の中。

影が揺らめく。

 

「あぁ―――やるではないか偽りの王。このクラスで現界したことが惜しいくらいじゃて。

アーチャーであるならばこの牙。数千と展開して見せるモノを……じゃが、ないものを強請っても仕方があるまいて。いいだろう王よ」

 

軍服は千切れ、マントはその殆どを失っている。しかしその影は、一層の強大さをもっ

てランサーに告げた。

 

「その首、その尊厳。全て、わしを我が剥ぎ取ってやろう。わしは全てを欲す。全てを蹂躙す、全てを掌握す。今、しかと我が名を刻み込ませてやろう。第六天魔王の全てをもって」

 

それは魔王の賛美。怨敵におくる最大級の称賛と殺意。

 

「―――これほどとは。流石だ……魔王」

 

ランサーは槍を持ちなおし、その魔王を見据えた。

溢れ出た殺意。溢れ出る覇気。溢れ出る牙。

全ては魔王が噴出した感情という狂気。

 

「―――殺してやるぞ、ランサー」

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