Fate/advance 【完結】   作:むむむーむ

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十五話 七日目② 君の声で 君のすべてで…

屋敷の中へと足を踏み入れたサラは沈黙した。

予想できていた事態だとしても後悔が沸き立つ。この惨状も自身の罪だと自覚している。

サラは、彼女達を見捨ててマナとの時間をとった。それがこの顛末。

ロビーは赤色に染まっていた。

辺りに転がる無数の残骸が彼女らの停止を物語っている。

屋敷のメイド達。いや、ホムンクルスたちは逃げてきたエルザを除いて全員紛れもなく無残に死んでいる。

弦一郎が死亡した後も彼女らが活動できていたのは彼の生成技術が高かったから。

だとしても、彼女らの活動期間は大幅に減少していた。だから、だからこそ死ぬ時くらいは自身が看取ってやらなければいけないと痛感していた。

 

「あぁ……私はやっぱり駄目ね。下手すぎる。一刻の感情で動けばこうなる事くらい分かっていたのに」

 

「馬鹿者。分かっているのならば貫き通せ。それが出来ないのなら今ここでこいつ等と同じように死ぬといい。何も考えずに永久に罪に囚われていたいのならな」

 

「そう……そうね、セイバー。ありがとう」

 

そうだったとサラは理解していた。

この戦争が始まって彼女を召喚してよかったと。セイバーの言葉は何時でも自分を奮い立たせてくれると。

 

「行くわよ」

 

「で、どこに?」

 

「……貴女は知らないし、言ってなかったけれど、大聖杯の所よ」

 

「なんだ屋敷にあるのか?それを先に言え」

 

「―――昨夜、飽きたと言って地下室の探索を抜け出したのは貴女でしょう。まぁいいわ、行くわよ」

 

薄暗い螺旋階段。石造りのそれをサラは下っていく。何時来ても辛気臭く、色濃く根付いた薬品の異臭は消えそうにない。

地下への終着点。氷継弦一郎の地下室。

その奥にある開かずの間にサラは足を踏み入れる。

 

「おいおい、ここには棺があるだけで何もないって言ったのはサラだろ?今更―――」

 

「いいから黙って手伝いなさい」

 

真っ白な空間。その中央に鎮座する純白の棺をサラは懸命に動かそうと試みるが、ピクリとも動かない。その様子を見ていたセイバーはやれやれと肩を竦めた。

 

「ほれ、ズラすだけでいいのか?」

 

サラが幾ら試みても動かなかったそれを、セイバーはいとも簡単に動かして見せた。

 

「―――最初から手伝いなさいよ」

 

そこにあったのは更に地下へと続く道筋だった。雑多に作られた階段を降りると、後は人工的に掘られた洞窟が続く。

 

「この先にあるのか?―――確かに並々ならぬ魔力を感じてはいるが」

 

どこか浮き出し立った様な声を上げるセイバーをサラは睨みつける。

 

「―――それより、分かっているんでしょうね?私達の目的は大聖杯の破壊。貴女にはそれをやってもらわなければ困るの―――正直に言うと私だって心苦しい。貴女に死ねと言っているのも同義な事だし」

 

サラは俯く。

大聖杯。この戦争を統括する、いわばメインコンピューターを破壊するとなれば、サーヴァント達の消滅は免れない。願いを賭けて戦う英霊たちにとって、その選択を良しとするモノなどいないだろう。

 

「―――あぁ、それについては話し合いをしておかないといけないな……サラ、本当にいいのか?」

 

突如として冷酷な声をセイバーはマスターに浴びせた。

 

「セイバー?」

 

サラは足を止めた剣士へと振り返る。

 

「聖杯に願いを託さないのか?妹が必要ないと言おうと、その命を救えることだって可能なんだぞ?」

 

「それは、私の願いであってあの子の願いじゃないわ。あの子初めてよ、自分で何かを決めたの。……初めてなのよ、自分でレールを敷いたの。初めて、自分の道を歩く事を決めたの。それを私が邪魔する権利なんてない」

 

「たとえそれが妹の意向に背く事だとして、彼女を救うことができるなら、未来を作ってあげる事だってできる!ただ闇雲に進ませたって行き着く先は絶望しかないんだぞ!」

 

セイバーの怒気が飛んだ。サラ自身も何が最善かなど分かっている。それでも、感情を優先させるなんて馬鹿げているとも思っている。

それでも、サラはマナの意思を尊重したかった。

 

「それがお前の罪滅ぼしっていうのなら間違いだよサラ。そんなものは優しさに甘えた腐った感情だ。本当にサラが願うもの。それは大聖杯の破壊なんかじゃない!妹の日常を取り戻す事だろう?お前はここまでして、結局は自分だけが満足したと、また妹を殺すのか?」

 

サラは沈黙した。空洞の中にセイバーの声だけが反響する。

 

「それが、それが貴女の望みなのね。セイバー」

 

口にした言葉が答えに等なっていない事などサラは承知の上。

それでも、彼女は言わずにはいれなかった。

自身と同じ痛みを持つ英霊に。

自身と同じ願いを持つ女性に。

 

「―――なにがいいたい?」

 

強烈な殺意をサラは自身のサーヴァントに向けられた。息が詰まる。恐怖で喉が逃げ場を求めて唸りを上げる。

だとしても、サラは続けた。

言葉をぶつけた。

 

「あなたは変えたかったのでしょう?救えなかった自分の息子の運命を。呪われた魔剣からの一族の解放を望んだ。でもそれは本当に救済かしら?それによって救われるのは、セイバー……いいえ、ヘルヴォール。……貴女だけよ」

 

「言ったな、サラ―――」

 

鋭い眼光が突き刺さった。

サラの脳裏に浮かぶ死の予感。

セイバーは迷わず抜き去った。その呪いを。

自らの弱さと強さを備えた剣を。

確かに眼に映ったのはセイバーの怒れる瞳と、自らに振り下ろされた剣の軌道。

恐怖で何も出来ない。というよりは覚悟を決めたように。サラはその場から動けなかった。

この話をした時点で殺されてもおかしくはないと自嘲した。

今、自らに剣を振るうはセイバーの英霊。

真名を、ヘルヴォ―ル。

北欧神話の叙事詩に登場する魔剣を駆る女性。ティルヴィングを巡る一族の物語であり、その中で唯一彼女は魔剣の呪いを受けなかった。だが、彼女の息子は魔剣の呪いにより悲壮な人生を送ったとされる。

サラは眼を閉じた。覚悟をしていたとはいえ、死自体に恐れを抱かない訳がなかった。

―――冷たい。

それがサラの感想だった。

ただの液状の何かが降りかかり、それを冷たいと感じた。

 

「―――眼を開けろサラ」

 

「―――え?」

 

死んだと思えた自身に声が降り注ぐ。

恐る恐る開けた視界にはセイバーの姿があった。

 

「―――なんでこんなモノがここに?」

 

サラは気づく。傍らに倒れた機械人形。

脳天から両断された哀れなゴーレムの骸。

 

「……助けてくれたの?」

 

「勘違いするなよ、マスター。話の途中だ」

 

極めて淡々とセイバーは話す。

喉元に突きつけられた魔剣が死を再び予感させる。鞘は被ったままといはいえ、この魔剣の持つ零れ落ち続ける呪いがサラの思考を澱ませる。

 

「―――貴女だって気づいているのでしょう?そんな事をしたって―――」

 

「―――黙れ!私は、私は!助けられなかった!救えなかった!魔剣の呪いから、あの子

を!当然だろ?信じて託したさ!でも魔剣の力はあの子の意識を、心を、魂を。蝕み殺した!その魔剣を与えたのはこの私だ!この魔剣を再び掘り起こしたのは私だ!私が魔剣さえ与えなければ、あの子は死なずにすんだのよ!未来を潰す選択を私は死んでも後悔し続けた。今だってそうよ!同じ苦しみを、私は貴女に味合わせたくはないのよ!」

 

そこにはセイバー、ヘルヴォ―ルの姿はなかった。

英雄でも何でもない一人の母親の姿があった。

息子を苦しめた罪を背負い続け、もがき苦しむ女の姿があった。

サラは知っている。彼女の伝承も結末も。

そして、何よりも夢で視た彼女の悲観を。

だとしても、サラは引くことはしなかった。

この決断はマナがもたらしたものだとしても、この決意は自分自身が選んだ選択なのだから。

 

「それでも私は、あの子の道は遮らない!例えその果てが地獄であろうとも、私はその

道を遮らない!私はマナの隣であの子を支え続ける。逃避はマナの決意を殺すことになる。私にはできない。あの子の魂まで奪うことなんて。セイバーだってそうでしょう?貴女の息子は貴女から受け取った剣を誇りに思った筈よ!貴女は息子に誇りを託した筈よ。その誇りまで否定したら誰も救われない!息子の生きた証まで貴女は殺すの?誰が貴女の息子を受け止めてあげるのよ!それこそが貴女の役目で役割ではないの?貴女が許してあげなくて一体誰が貴女の息子の誇りと罪を許してあげるというのよ!」

 

「そんな事―――そんな事分かっている!」

 

「そう、貴女だって私と同じよセイバー。自分の罪から逃げては駄目よ。そう言ったのは、言ってくれたのは貴女じゃない!」

 

「―――」

 

「……セイバー?」

 

突きつけられていた剣が降ろされる。

だが、セイバーは未だサラに敵意を向けたままだった。

 

「何故だサラ。何故その決断が出来た?お前が其処までしてその選択を『せざる得なかった』訳を聞かせろ」

 

「―――えぇ、私も最初は疑っていただけど昨夜見た神父さんの残した手紙。もう一度初めから調べた結果よ……この月宮市の、氷継家の再現した聖杯戦争に願望機だなんて機能は初めからなかったのよ……」

 

「な―――に?……ふざけるな!ならば一体何の為に私は呼び出されてきたというのだ!」

 

「―――それは。兵器よ。英霊をサーヴァントと令呪という機能で抑え込み運用する」

 

「そんな事がありえてたまるか?じゃあこの奥から溢れだす異様な魔力はなんだというのだ!」

 

珍しく狼狽するセイバーを嗜める様にサラは口を開く。

 

「この月宮市から魔力を吸い上げ続けるただの魔力炉よ。それにね、セイバー。お父様も神父さんも知っていたのよ。こんなモノは只の魔力の貯蔵庫だって。それでも、あの人達は夢をみた。万の一の奇跡に掛けて。こんな贋作のまがいでも、願望機として機能するのではないかってね……ほんと……バカみたい」

 

「―――笑えない話だ。馬鹿馬鹿しい。本当に」

 

冷たい空気が空洞の奥底から流れてきた。

それと同時に奇怪な音も。それは整っていた。

奇怪音。それは歪な歪な「機械」の音。

 

「―――まさか、ね。お父様も用心が過ぎる。こんなモノ隠していたなんて」

 

その先を見たサラがつい愚痴を零す。

その視線の先にはゴーレムの兵隊たちが足並みを揃えて進軍してきたからだ。

その数は優に百を超えていた。

 

「流石にこの数は厳しいか」

 

サラは集中し即座に詠唱を開始する。

が、それは彼女の前に立ち塞がる何かによって停止する事を余儀なくされた。

 

「セイバー?」

 

彼女の名前を口にする。

セイバーは振り向かない。

 

「―――私は魔剣の呪いを制御出来ていたと思っていた……でも、違ったよ。最もこの呪いに縛られていたのは私だったのか―――」

 

その表情をサラからは伺い知る事は出来ない。

ただ、サラは自身のサーヴァントの名を呼ぶだけだった。

 

「セイバー……」

 

「託した誇り……許す事も分かってはいたさ、そんなものは。―――サラ。君は私を許してくれるか?君に託された思いも私に託してくれるか?」

 

「―――えぇ、勿論よセイバー」

 

「―――あぁ。なに、ちょっとばかし、ぶっ壊して来るだけだろ?聖杯をさ」

 

「セイバー。ありがとう」

 

セイバーは更に一歩踏みでるとその宝具を開放する。

 

「―――どけ!有象無象のガラクタ共。我が名はセイバー、英雄ヘルヴォ―ル!この魔剣の糧と成りたくなければ早々に道を開けろ!」

 

機械人形達の行進は止まらない。歪な足音はより深く彼女らの聴覚に響くだけだった。

 

「―――そうか。ならば散り逝くがいい。我が魔剣の呪いを浴びて!―――呪われし漆黒の魔剣(ティルヴィング)

 

セイバーより放たれた呪いの炎は兵団を一瞬で飲み込む程だった。その威力にサラは目を丸めた。ジリジリと鉄の焦げる匂いと言葉にしがたい恩讐の異臭が空洞を包む。

 

「―――行くわよ、セイ……バー」

 

「―――あ……あぁ」

 

サラは驚嘆した。すっかり頭の中から零れ落ちていた自身を叱責する。

先ほどの、バーサーカーから自身を庇って受けた傷は彼女の稼働時間を狭めていた事を。

壁に腰を落とし口から鮮血を零す。

 

「―――あぁ、ついな。君と話すのは愉しいからね。忘れてしまっていたよ、自分が結構限界だってことをさ」

 

「ば、馬鹿な事言ってないで立ちなさいよ」

 

自分でも無茶苦茶な事を言っているとサラは思った。だが、これより先は彼女の力なしでは意味がない。

 

「まぁまて落ち着けよサラ。少し、少し休むだけ。なに直ぐに追いつくさ」

 

「―――わかったわ。待ってる。ごめんなさい、一番サーヴァントを兵器として扱っている

のは私ね」

 

「―――いうな。元々、サーヴァントはそういうものだろ?ホラ、行け」

 

「―――ありがとうセイバー、ごめんなさい」

 

サラは駆ける。色濃くでた魔力。溢れ出る魔力の泉。この月宮市の大聖杯の元へ。

 

******

 

駆け抜けた先は一つの開けた空間だった。

天井は高くその先は闇に飲まれて見えなかった。その空間は円形状で灯りが所々に灯されていた。

 

「―――あれね」

 

サラは呼吸を整えながらそれを視認した。

中央に鎮座した五メートルを超える円形の台座にそれは居た。

その形は確かに人々が想像する杯の形を模していた。だが、それ程この偽物の聖杯は美しいものではない。聖杯の下部から伸びる管は今もこの土地の霊脈を淡々と吸い上げていた。

サラがそれを見つめる現在も膨れ上がった魔力が貯蔵限界量を増していく。

 

「―――こんなモノが、本当に壊せるの?」

 

恐ろしかった。目の前のただ魔力の塊と化したそれが恐ろしい。これほどの魔力があれば、とサラの思考を駆け抜ける。

 

「―――いいえ、それは駄目よ。セイバーにあんな啖呵を切っておいて。いざそれを前にし

て、目が眩むなんて事あってはいけない」

 

自らを奮い立たせサラはそれに右手を翳した。

全身の魔術回路全て右腕に収束させる。

 

「―――こんな事をして救えると思ったのが馬鹿みたい。でも、不必要ではなかった」

 

小言を零す。サラは自身の魔術回路を実験に使用した。妹を元に戻すための。全身に血管の様に張り巡らされた回路を人体から剥がすなど到底不可能と知りながら。彼女はそれを試みた。だが、そんな希望は失敗に終わる。魂と同義に等しいモノを失くせる訳がないのだから。

結果として彼女が身に付けた術は自身の回路の身体の至る所に移動させるだけだった。そんなモノ何の利点にもならない。幾ら大量の水を流そうと、噴出口からは一定量の水しか吐き出されないのだから。

 

「Invite to purgatory Do antidepressant Do antidepressant

Kneeling Be drunk by my flame」

 

唱えるは彼女の持つ最高の魔術。

その右腕に填められたのブレスレットは集った魔力を最適化させる。その指、全ての指に填められた指輪はその噴出口を広げるためのモノ。

 

「―――Disappear, please be held heartlessly」

 

右腕が軋みをあげる。呻きを上げる。限界値を超えた魔力の行使。圧が筋肉を、血管を鳴かせ続ける。

痛みに溺れる猶予等、存在しない。その右腕に纏った炎をサラは聖杯に向けて振るわんとしていた。

 

「―――■■■」

 

「な、なによ!?」

 

しかし、突如何かが鳴いた。サラの痛みの音ではない事は明白。ならば、この声を一体何が生み出したものだというのだと。

 

「―――う……そ」

 

それがサラの前に這い出た。

金属でできた質量感のある肉体。五メートルはある巨大な機械人形がそこには居た。

 

「■■■」

 

機械人形は鳴く。聖杯の守護者として君臨する。

 

「―――全く、さっきの兵隊といい、お父様は本当に面倒なモノを残してくれたわね……。いいわ、これが残したものならば、氷継を継ぐものとして先代が残した負の遺産は破壊する」

 

そびえ立つ巨兵は未だ鳴き続ける。

振り払う。サラは氷継が重ねてきた業を振り払う様に、その右腕を振り切った。

 

「邪魔よ!」

 

「―――■■■」

 

炎に飲み込まれた機械人形は、いとも簡単に崩れ去った。墜ち行くそれにサラは目も向けず真の標的をもう一度見据えた。

 

「終わらせるわ」

 

そう呟いた瞬間。彼女の景色は一変した。

全身にそれが纏わりついていた。奇怪な形をした歪な指先がサラの身体を締めあげる。

その正体は崩れ去った筈の機械人形だった。

 

「―――くっ、邪魔をしないで」

 

未だ炎に飲まれている機械人形は立ち上がるその歪に作られた顔が妖しくサラを見つめる。

締め上げられる力が増幅する。骨が軋む。肉が軋む。心が軋む。

ここまで来て倒れるのかと。ここまで来て何も出来ないのかと。悔しさが心の底から湧き上がる。

 

「―――■■■!」

 

いくらサラが足掻こうとも、この力は強まる事はあれど、弱まる事など決してない。

先にサラの心が折れるか、肉体的な死を迎えるか。どちらにしてもここで氷継サラの目的は潰えるだろう。

 

「―――セイバー」

 

前にもこんな事があったとサラは苦笑した。これでは、まるで走馬灯の様だと。それでも、サラの脳内に彼女の雄姿が蘇る。弦一郎のゴーレムに囲われた時、颯爽と現れたサーヴァントの姿を。それは在り得もしない奇跡だとサラは知っている。

 

「馬鹿みたい……セイバーはもう」

 

心が折れる。俯いた視線。閉じ様とした聴覚に届いたのは不快な機械人形の声が響く。

 

「―――■■■!」

 

顔を見上げる。虚ろな視線の先。

そこには、両断された機械人形。

そして、サラが求めるモノが立っていた。

漆黒の鎧。後ろで束ねられた髪を微かに靡かせる。その手に握られしは呪いの炎を纏う魔剣。

 

「―――私がなんだって?」

 

セイバーの英霊。サーヴァント、ヘルヴォ―ルは振り向き自身のマスターに軽く手を振って見せた。

 

「セイバー……貴女、なんで?」

 

「なんで?言ったろ、必ず追いつくってな」

 

「―――馬鹿じゃないの?そんな―――そんなボロボロになって……貴女。もう、もう消えかけてるじゃない!」

 

顔面をクシャクシャに泣き崩してサラは声を上げた。セイバーの身体を真っ直ぐ見る事が出来なかった。既に彼女の霊核は半壊している。パスの繋がりもうっすらとしか感じられない。何よりもその肉体は既に消えかかり、現界している事すら奇跡に等しかった。

 

「馬鹿とは心外だな、サラ。こうしてゴーレムから二度も救い出してやったというの

に。あぁ、思えばあれが最初の戦闘だったな」

 

何処か懐かしむようにセイバーは天を見上げる。

だが、そんな余韻に浸る時間は許されなかった。

 

「―――セ、セイバー」

 

サラの激が飛ぶ。セイバーが切り伏せた筈の機械人形は三度立ち上がる。サラは驚嘆するがセイバーは冷静にそれを見つめた。

 

「―――なるほどな。此奴は、そこの聖杯を介して魔力を抽出しているんだろうな。だが、関係ない。そこの聖杯ごと壊してしまえばいいだけだ」

 

「―――セイバー、そんな事出来るの?」

 

「出来るさ、私はサラのサーヴァントセイバーだからな。やらなきゃいけないんだろ?―――その為にはこの魔剣に残る魔力の全てを注ぐ。サラの役目はここで終わりだ。先に戻っていろ」

 

「何を言ってるの?私だって残るわ」

 

「馬鹿を言うな。隣にずっと居てやるんだろう?お前まで巻き込んで死なれたら死んで

も死にきれない―――いけ」

 

「―――い、嫌よ。セイバー私……」

 

「―――私はそんな情けないマスターのサーヴァントになった覚えはない!サラ、罪を許す

というのは簡単だ。だが、自身の罪を償うのは難しい。お前にはそのチャンスと資格がる。妹の側に居てやれ」

 

「セイバー……。ごめんなさい、私」

 

「君はそうやっていつも謝ってばかりだな、日本人はどいつもそうなのか?こういう時はありがとうっていうもんだよ」

 

セイバーは立ち上がった機械人形を今一度切り伏せる。

 

「―――行け!」

 

「―――えぇ」

 

走った。サラは走った自身の無力さを悲観しながら。自身のサーヴァントに感謝しながら。

 

「―――令呪を以って命じる。セイバー貴女の全てを以って聖杯を破壊しなさい」

 

告げる。気休めにしかならないと分かっていながら、少しでもセイバーが戦えるようにと。

 

「―――重ねて令呪を以って命じる……セイバー、貴女の全ての魔力を宝具の一撃に使用しなさい」

 

「―――よく言った。それでこそ、私のマスターだ」

 

「―――重ねて……令呪を以って命じる……」

 

言葉が詰まる。走り出す足が止まる。

 

「―――何をしているサラ!早く行け」

 

セイバーの怒声が飛ぶ。それでも、サラは進めなかった。もうこんな風に自分を奮い立たせてくれる人は現れないだろう。こんなにも自身を気遣ってくれる人は現れないだろう。

こんなにも心を許せる人は現れないだろう。

 

「―――セイバー、私。貴女を呼んでよかったと本気で思ってるわ。―――貴女は私の大切な友達よ。セイバー。だからごめんなさい」

 

「―――一体何を言っている?」

 

サラは振り向き友の顔を見つめた。

 

「―――令呪を以って命じる。セイバー、私を忘れないで……。ごめんなさい、こんな事反則ね。後は、頼んだわ」

 

サラは再び駈け出した。零れ落ちる涙を払いながら妹が待つ世界へと。

 

「―――全く、下らんことに令呪を使うとは。馬鹿者め……」

 

あぁ、下らない呪いを最期に受けてしまった……と、セイバーは溜息を零した。

こんなに心地の良い呪いは初めてだ、と。

 

「―――そんな事、するまでもない。貴女を忘れるわけないじゃない」

 

溢れだす滴が頬を伝った。だが、今の彼女にそんな感傷は不必要なモノ。

 

「約束は果たそう、サラ。立て、醜い機械人形。お前共々我が剣が滅ぼしてやる」

 

セイバーは魔剣を振り上げた。

彼女を中心として黒き炎が巻き上がる。

忌々しく輝かしい燃え盛る呪いの炎。

それは彼女が持ち得る最強の宝具だった。

穿つは呪。その剣に込められた呪。

放つは怨。その呪に酔って狂わされた数々の怨念。

その全てを彼女は解き放つ。

 

血塗られた運命を(ティルヴィング)―――」

 

穿つ。

放つ。

それは、

それは、魔剣の解放。

そして、魔剣から真なる意味での解放。

彼女自身がその呪縛から抜け出すための。

彼女は、魔剣の呪いに抗い。

彼女は、魔剣に束縛された。

だが、今は違う。

そう、彼女は。

ヘルヴォールはその呪縛を。

 

「―――乗り越えし者(ブラッドフェイト)

 

解き放たれた黒炎の呪いが世界を飲み込んだ。

崩れ落ちる事も倒れ伏す事も不可能。

放たれた呪いはこの魔剣により生まれし全ての執念。人より生まれし怨嗟の炎。

聖杯も機械人形も炎に焼かれ墜ちる。

呪いはそれに込められた魔力すらも食い散らかす。

 

「―――ふふっ。折角、生前の哀しみを断ち切ったというのに……君に会えなくなると考えると少し寂しくなるではないか」

 

燃え盛る地下空間。崩れ落ちる瓦礫の中彼女は一人呟いた。

最早、痛みなど通り越した。指先一つすら動かない。腰を着くために折りたたむ足など、とうに消え去った。

後は、この世から消え去るのみだった。

 

「それでも悔いはない、寧ろ感謝しているくらいだ。あぁ、そう言えば言いそびれてしまったな」

 

天を仰ぐ。

その顔はとても美しかった。

 

「―――ありがとう、サラ。いつか……いつかまた会おう、我が友よ」

 

彼女は優しい笑みを浮かべて光となって消滅した。

魔剣に抗い蝕まれてきた彼女の人生は終幕を迎える。

セイバーのサーヴァント。

英雄ヘルヴォールのサガは、ここに完結したのだった。

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