Fate/advance 【完結】   作:むむむーむ

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四話 三日目 なあなあ

彼は常に微笑んでいる。

絶やすことなくその笑みを振りまく彼を聖人と称する人は多い。月宮市に唯一存在する教会の神父であるライル・ライルはそういった人物だ。

そんな彼が自室で眉間に皺をよせながらソファに背中を預けていた。原因は、氷継マナ。もとい今回の聖杯戦争に関して彼は頭を悩ませていた。

今回の聖杯戦争の監督役としての役割とは他に彼にはやるべきことが、やらなければならないことがある。

『氷継弦一郎の願いを成就させる』

ライルの行動理念はこれだけに尽きる。

弦一郎の完璧なまでの傀儡。それが、ライルの根本的な理念であった筈なのに、それに狂いが生じたのはここ最近の事だ。

 

「私が、私の望みは……」

 

ひとり呟くようにライルは天を仰ぐ。

ライルには元々、人間的道徳を思考する事が出来なかった。

 

******

 

「躊躇も戸惑いも無いというより、君は知らないのかな?」

 

そう言って目の前の魔術師は呆れたように彼に手を差し伸べる。

彼には魔術師の行為が一片たりとも理解できなかった。

焼け焦げた教会の中。

煙の匂いの残り香が鼻を少し刺激する。

一般人であるならばここで火事があったと誰もが思うだろう。

だが、それは半分事実ではない。

火事で済んで良かったと言い切れる事態がここで起きたのだ。

半壊した礼拝堂内に背中を預け崩れ落ちた体をライルは起こそうとはしなかった。

その差し出された手を弾き返したからだ。

 

「……ふむ。では、無理矢理に引き起こすとしよう」

 

手を差し伸べた魔術師、氷継弦一郎は弾かれた手をブラブラとワザとらしく左右に振る。

彼の両脇に控えていた2メートル程の体躯を誇る鉄製ゴーレムがライルの体を軽々と拾いあげる。

 

「何故助ける?何故助けた?殺せ!貴様に救ってもらう道理などない!」

 

「……少しは考えてみるといい。君は知らなすぎる。感情を、思考を。そして何よりも生きる意味を。ただ望まれたから存在する事は悲しすぎる。もっと自分を知りなさい。人間は、君が人間でいたいなら、存在する事を望みなさい。その結果、自身が存在する事を望まれる事はとても。とても幸せと感じられるものだ」

 

そう言って魔術師は笑う。

それは純粋な笑み。

ライルにとってそれは。

心を知らない青年にそれは―――

―――それは余りにも眩しすぎたのだ。

 

******

 

「おはようございます。神父さん」

 

宿泊施設内には食堂スペースもあり、マナの為にライルが朝食を持ってきていた。

 

「マナさんの家のメイド達よりはいいものは作れませんよ」

 

一般的なダイニングテーブルに並べられたのは、ロールパンとコーンスープ。

「いえ、ありがとうございます」

マナは椅子に座ると「いただきます」と両手を合わせロールパンへと手を伸ばした。

対面には両肘をついて険しい顔をしたライルが座り、マナの横の席にはランサーが腰を下ろした。

 

「ところでマナさん今日のご予定は?」

 

「えっと、普通に学校に行こうかなと……」

 

深いため息。マナの言葉を聞いたライルは、そういった反応をするしかできなかった。

 

「マナさん、学校に行くのは構いません。ですが、どうやって自身の身を守るのですか?」

 

「い、いや、それはランサーが私を守ってくれるし……大丈夫、霊体化?だっけ?していれば他の人には見えないんでしょう?」

 

乾いた苦笑いと共にマナは言い訳まがいの言葉を口にし、隣に座るランサーをチラリと見た。

 

「……それはそれで構いませんが、咄嗟に自分の身を守れる様に常に心構えをしておく様に。後手の行動はいい結果に結びつかない」

 

ライルは呆れた様子で席を立とうとした。重苦しい空気の中、ランサーは低いトーンで口を開く。普段の自信に満ち溢れた活力ある声は何処に消えていた。

 

「すまない。マナ。実は、僕は霊体化できないんだ……」

 

「え?」

 

「ランサー、貴方は一体何を……」

 

マナは当然、ライルも口が塞がらないといった状態で体が制止する。

ランサーの言葉の意味に理解が追いついていないのだ。

 

「そんな道理はない。サーヴァントは英霊の死後、座から呼ばれるものだ。死して英霊となっている筈だ。だからこそ霊体化が可能なのだ。座から精神だけを引っ張ってきていると言った方がいいのか?どうにせよサーヴァントであるなら霊体化できる筈だ!」

 

ライルは困惑した表情で言葉を漏らす。

 

「いや、そうだな……これは、僕という存在が、いや。これは僕の問題だ。とにかく僕霊体化する事はできない、それを踏まえてマナは今日の行動を決めてくれ」

 

「……で、でも私は学校に行くわ」

 

それでも、マナは意見を変える事をしなかった。

恐怖も危機感も抜け落ちているのかとライルは頭を悩ます。

 

「どうして頑なに学校に行きたがる?私には理解しがたい」

 

「……違うんです神父さん。私は、変わりたい、変わらなきゃいけないんです。籠っている、籠る事しかできない私から」

 

「それが学校に行く理由だと?ますます理解できませんね」

 

「……私、友達っていないんです。人付き合いとか苦手だから、でもそういう事から克服したいっていうか、少しでも自分の何かを変えたいの」

 

彼女は真剣だった。言葉にこそ、口調にこそまだ不安が透けて見えている。

それでも、彼女の『変わりたい』という願いと決意はハッキリと汲み取れるものだった。

 

「……いいでしょう。人は変わる為の努力は常に必要と感じています。学校に行っても構いません。ただし、遅くならないように」

 

「ありがとう神父さん。私行きます」

 

マナはライルに笑顔を向け、朝食を一気に掻き込むと自室に引き上げていく。

 

「はぁ、強情な子だ。ランサー、学校付近で待機しておいた方がいいですよ、現代社会のルールはわかりますね?流石に校門前でうろうろしていると通報されますよ?」

 

ライルはランサーに告げ食堂を後にする。ランサーは彼を引き止めるように返事を返す。

 

「わかっているよ。ただ、わからないのは神父さんの方だ。なぜマナにあそこまで肩入れをするんだい?」

 

ランサーの質問にライルは踵を返す。

 

「……そうですね、私は師よりある頼みごとをされていたんです。聖杯戦争が終結するまでマナさんを守るようにと。ただそれだけのことです」

 

「でも、マナの父親はもう死んでいる。それでも、その約束事を守るのかい?それに、その父親を殺したのはマナの姉だ。そこまでの師を敬うならば復讐とかは考えないのかい?」

 

ランサーの疑問はもっともだろう。

マナを守るという弦一郎との約束をライルが守り続ける理由はある。ライルにとって氷継弦一郎はそこまでの人物だったのだろう。その弦一郎を殺したサラにライルが何の感情を抱かないのははっきり言って異常だろう。

 

「そうですね。サラさんに対して特にどうという感情は湧いてきませんでした。あの結果は予想の範疇でしたから。ただ私が気になったのはサラさんの動機でした。それも、察しはついています」

 

「……」

 

「ですが、私にはそれが理解できない。私もね、人として、いや、人を目指しているんです。もっと感情的に、感情を理解したい。そう思っていましたし、少しは理解できたと思っています、ですが、どうして理解できない感情があるんです。どうしても誰かの為に懸命になれない。誰かに尽くす事は出来ても、心の底からはできない。私はそれを知りたいし、理解したい。そもそも、それが私が師と最初にした約束でしたから」

 

そう言ってライルはいつもの笑顔をランサーに向け、今度こそ食堂を後にした。その背中を見届けたランサーは彼の笑顔をとても空っぽだと評した。

 

******

 

自室へと戻ってきたマナはごく当たり前の事を思い出す。

 

「あっ……着替えがない」

 

それは彼女にとって、いや現代人にとって致命的なものだろう。

昨日から何も変わっていない彼女の服装。制服とはいえ、下着まで昨日から変わっていないのは精神衛生上よろしくはない。

 

「うあ……そうだ、シャワー浴びよう。とりあえず落ち着かなきゃ」

 

身に着けていたものを乱雑に脱ぎ捨てると、部屋にある小さなシャワールームで汗を流す。

 

「そうだ、昨日もすぐに寝ちゃったからシャワーも浴びてなかったんだ……」

 

最近の出来事は彼女の脳をパンクさせてもおかしくない出来事の連続だった。

聖杯戦争、サーヴァントの存在、そして、サーヴァントに襲われ、父親は姉の手によって殺されたた。いや、現に彼女の脳は思考すらまともに出来ない程ショックを負っていたのだ。

にも、関わらずマナはまた正常な精神を取り戻した。

 

「……大丈夫かな?何とも思われていないかな?」

 

シャワーの熱は熱い。通常ならばとても浴びていられる温度ではない。それでも、マナは震える身体を温めるかのようにそれを浴び続けている。

 

「だって……昨日から入ってないんだもの。匂い……とか気になるし。大丈夫かな?嫌われていないかな?」

 

ブツブツと呟く声は小さい。マナの声は自身が浴びているシャワーの音にかき消されるほどに。

 

「嫌われていないかな?私の騎士様に」

 

それは、彼女の本心だ。

氷継マナは、今現在間違いなく『正常』だ。

それを異常という人は数多くいるだろう。それでも、彼女は正常だ。

マナの思考も精神も、彼女が手に入れた理想の前に跪くしかない。

 

「あぁ、私、おかしくなっちゃいそう」

 

シャワールームから出たマナを出迎えたのは想定外の人物だった。

 

「おはようございます、マナ様。早くしないと遅刻してしまいますよ?」

 

「えっ?なんで?え?エルザがなんでいるの?」

 

今まで夢でも見ていたのかとマナは部屋を見渡すが、ここが屋敷の自室である訳がない。どこをどう見ても教会の宿泊室だ。

ならばエルザがここにいる事はあり得ない筈なのに、いつもと変わらないエルザがいたことにマナは驚き半分、安堵半分といった面持だ。

 

「昨晩、神父さんから連絡がありまして、どうせ着替えがなくて狼狽えるだろうから、こうして着替えを持ってきてあげたのよ?感謝してよ」

 

そういってエルザに投げつけられたトートバックを受け取る。中にはマナの下着一式といつも彼女が来ているパジャマが詰められている。

 

「はぁ……明日の分もあるけど、明後日の分は自分で取りに来てくださいね?」

 

「あ、ありがとう」

 

「……大丈夫なの?」

 

「えっ……うん、私は大丈夫」

 

エルザのそれ給仕係としての言葉ではなく、マナの親友として投げかけたモノだ。だからこそ、マナは無用な心配もかけたまいと必死に笑顔を振りまくのだ。

 

「そう……じゃ、はやく着替えましょう、体が冷えてしまいますよ」

 

エルザはまた一介のメイドとして彼女に尽くすのだった。

 

******

 

「こっち側から学校へ行くのなんて初めてだ。いや、当然なんだけどさ」

 

独り言の様にマナは呟いた。教会をでて彼女達は学校へ向かう。ランサーは彼女の護衛の為に途中までは一緒に向かう手順だ。

マナの通う学校を中心点とした場合、教会は氷継の屋敷とは正反対の位置に当たる。屋敷が山の中腹にあるとはいえ田舎という言葉が綺麗にあてはまるあちら側に比べ教会の近辺は開発が十分に進んでおり都市と呼べるに十分な街並みだ。

月宮市は近年、教会もある西側の開発に着手している。都市部からの交通アクセスも西側を中心に開発されており、人口や建築物も増加傾向にある中で東側は、まったくと言っていいほど開発が進んでいない。元々、東側は山々が広がっており隣県との境界になっている事から昔ながらの風景が残されていた。

ランサーは周囲を警戒しながら、街の風景に目を配っている。自身の知っている景色とは当然違うのだから無理もないかと、マナは彼に言葉を投げかける。

 

「ねぇ、ランサー。私が学校に行っている間貴方はどうするの?」

 

「どうもしない……訳にはいかないからね。学校から離れないように付近の地形の確認でもしておくよ。もし、何かあれば令呪を使ってくれ。直ぐに君の元に駆けつけるよ」

 

そう言ってランサーは屈託のない笑みをマナに向けた。その笑顔はマナの心を鷲掴みにすし、顔を真っ赤にさせ「う、うん」と小さく頷くことしか出来なかった。

 

「マナ……これだけは忘れないで欲しい。僕達は今、聖杯戦争の真っ最中だという事を」

 

そんなマスターの心情を察してか、ランサーはマナに釘を刺す。今の彼女は昨夜に死の恐怖を味わった人間には見えない程浮かれていたのだから。

 

******

 

「それでは、神父さんマナ様をお願いします」

 

マナとセイバーを教会前で見送った後、エルザはライルに会釈をしその場を後にした。

彼女の後姿が見えなくなったのを確認してから、彼はその場にいない何かに言葉を投げる。

 

「アサシン、昨日はご苦労様です。ですが、あのやり方では下手したらマナさんが死んでしまうところでしたよ」

 

彼の背後に何かが揺らめいた瞬間、黒衣の騎士が姿を現した。

 

「それがどうした?そんな事より俺は今無性に腹立たしい、あの盗人め!よくも、我が王の代物を」

 

「盗人、ですか?貴方も似たようなものではありませんか?槍は持ってき忘れたんですか?」

 

ライルは冗談っぽく笑うが、アサシンは彼の言葉に顔を歪めた。背後から自身のマスターに向け左手に持った剣を首筋へと宛がう。

 

「怖いですね。冗談ですよ、アサシン」

 

「気を付けろマスター。人の感情が理解できない貴様が冗談だと?笑わせてくれるな」

 

アサシンは剣を自身の腰に収め再び姿を消すと、ライルの首筋には、新鮮の真っ赤な血液が滴り落ちる。

 

「やれやれ、まだまだ道のりは遠い様ですね」

 

肩を竦めながらライルは教会へと踵を返す。

 

『あぁ、言い忘れていました。仕事を一つお願いします、ホムンクルスを1人探してください。えぇ、私の知らないのが1人潜んでいるらしいいので。もちろん、殺してしまって構いませんよ』

 

******

 

「ここらで一旦お別れだ、神父にも言われただろう?自分の身は自分の身で守れる準備と覚悟をしておくように」

 

「え、えぇ、それじゃランサーまた後で」

 

名残惜しそうにマナはランサーと別れ、自身の通う校門の前まで歩みを進めた。今日の彼女の足取りは軽い、今まで億劫に感じた学校への入り口もスムーズに敷地内へと足を踏み入れる。

 

「やぁ、おはよう氷継さん。今日はやけにご機嫌だね?」

 

まるで、マナを待っていたかのようなタイミングで日立一護が彼女の前に姿を現した。

 

「ああ、日立君おはよう」

 

マナはそれをものともせず、いとも簡単に返事を返す。彼女自身驚くほど自然にだ。目を丸くして呆気に取られる日立を置いてマナは校舎へと歩を進めていく。

 

「ちょっと、ちょっと待ってよ」

 

慌てて日立が彼女の後を追いかける。追いつくのに小走りをし、マナの横に並ぶともう一度、声をかけた。

 

「あらあら、日立君どうしたの?そんなに驚いた顔をして?」

 

「そりゃ、驚くよ。一体なにがどうしたっていうのさ?昨日までの君とはまるで別人だ」

 

「そう見えるのならそうなんでしょう?私、決めたんだ、変わるって。勿論、それが機嫌の良い理由ではないんだけど」

 

と、マナは笑顔を振りまいたのだ。天変地異の衝撃を受けた日立は、彼女の笑顔にただ驚くばかりだ。

 

「変わるっていってそんなに簡単に変われるものなのかい?僕の今までの苦労はなんだったのさ?」

 

「貴方の苦労は自分で勝手に背負い込んだ苦労でしょ?私には何の関係のない事だもの。それでは、私は急いでいるのでさようなら」

 

マナは日立を振り切るように校舎へと駈け出していく。日立は、彼女の背中を呆気に取られて見送るしか出来なかった。

 

教室についたマナは一目散に自分の席に座ると、腕を枕代わりに机に突っ伏した。

周りからその表情は読み取れないものの、その顔は真っ赤に染まり、彼女の心音はバクバクとその鼓動を加速させていた。

 

「うへぇ、上手くはなせたのかな?難しいな会話ってどうするんだろう?」

 

昨日までの、ぶっきらぼうの受け答えよりは幾分かマシだろうと自己採点。

しかし、ただ自身のテンションに身を任せただけに過ぎないのはご愛敬だ。

彼女は、今『いつもとは違う自分』を演出しただけに過ぎない。もちろん、それを定着化させればいいのだが、それは気の遠くなるような長いながい道のりだ。人の印象というのを覆すのは難しい、マイナスイメージを払しょくするのはなおの事だ。マナがここから更に次のステップに進むには、より多くの人間に認知してもらう事しかないのだから。

マナが机に突っ伏して数分、始業を知らせる呼び鈴が学校に鳴り響いた。彼女は、顔を上げて周囲を見渡すと、教室内はいつもと変わらない光景が広がっていた。周りの生徒達は各々の友人と談笑し盛り上がる中、自分一人が教室の一角で取り除かれた様な感覚。いや、現に彼女は取り除かれているのだ。そして、マナは今朝の自己評価を赤字で塗り潰して×印を付けた。

 

「あぁ、結局何もかわっていない」

 

それも、当たり前の事だ。氷継マナが変わったと思っているのは、氷継マナだけなのだから。そんな、当たり前の事に彼女は勝手に気が付いて勝手に落胆する。

やはり自分は駄目なのだ、とマナはため息をつこうとした時だ、やけに刺さる視線の方を向く。

そこには、にこやかな笑みをして、こちらに手を振る日立の姿があった。

 

「……少しずつでいいんだ、ゆっくり歩こう」

 

マナは彼に小さく手を振り返した、それは大変ぎこちなく不格好なものだが、マナにとっては小さくても大きな一歩に違いなかった。

程なくして、クラスの担任教師が教室へ入室してきた。

 

「さてホームルームを始めるが、再来月に文化祭があるのは知っているか?そこで、クラスの中から2人実行委員を決めたい。まずは、立候補だ、誰かいるか?」

 

こんな時クラスの視線は一気に1人の生徒に注がれる。日立だ。周りから見て彼はそういった役割に位置しているからだ。

誰に言われるでもない、だが、周りは彼にその役割を望んでいる。だから、彼はその役割を演じるのだ。

 

「やりますよ、先生。だって、僕しかいないのでしょう?それと、提案が1つ。もう一人の実行委威をは、氷継さんがいいと思います」

 

瞬間、クラス全体の視線が切り離された一画に注がれる。それは、マナにとって異様な出来事だ。日立が何故この様なことをするのか理解できないでいる、それは、勿論クラス全体もマナと同意見だ。何故、日立は彼女を指名したのか、最近、日立がマナに頻繁に話しかけているのを彼らは知っている、それが、意味のない行動だという事も。浮いた存在を輪に取り来ないようにしてきたのはマナも彼らも同じことだったからだ。

 

「どうでしょう先生?氷継さんが承諾してくれるのならば別に構わないでしょう?」

 

「……む、無論だ。ど、どうだ氷継いい機会だ、今までの自分を変えるチャンスだとは思わないか?殻を破ってみたらどうだ?」

 

担任教師の意見は至極当然の意見だ。彼とてクラスで浮いた存在のマナを放置するわけにもいかないのだから。

 

「えっと、えっと……」

 

マナは困惑した表情で俯いてしまう。自分がどうしていいかわからない。いや、正確にはもっと違う。自分自身で一番わかっている筈なのだ。『このチャンスを逃すべきではない』ことぐらいは。それでも、マナは尻込みしてしまう。自分がこれを承諾した結果、バランスが崩れてしまうのではと懸念する。彼女が実行委員を承諾しても、しなくても氷継マナの選択に誰しもが関心を抱くのは間違いない。

なら、一層今までと何も変わらない方が誰も嫌な思いをしなくて済むのではないかと。

『人と関わるのを拒むくせに、人からの評価を一番気にしている』自分が嫌でマナは固まってしまうのだ。

そんな彼女に助け船を出すように日立は立ち上がると、クラス全体に呼びかけた。

 

「皆さんはどうでしょうか?確かに氷継さんはクラスに馴染めていません。僕達も彼女と馴染もうとしていません。それでは、いつまでたっても何も変わらない、変わらなくちゃいけないのは彼女も僕達も同じです。クラス一丸となり文化祭を成功させるためにも、僕達も彼女に歩み寄るべきです。なので、僕は彼女を推薦しました。みんなの意見はどうでしょうか?」

 

それは、まるで演説の様。いや、演説といって問題なほど、日立は落ち着いた口調で力強く自らの意見を口した。彼の意見に反対するものなど出るはずもない程完璧に。

既にクラスの意見は一つに集約している。後は、マナが決断するだけだった。

 

「私は、私は、」

 

変わると口にした、決意はあった、その後押しももらった、今この状況でも彼女は尻込みしてしまう。見たことのない景色を見るのは怖い、誰だって怖い。馴れは一番人を安心させ、一番人を堕落させる特効薬だ。

新しい何かは、その安心を捨てる覚悟が必要不可欠なのである。

 

「―――っ」

 

マナは立ち上がる、勢いが付きすぎたせいで椅子は無様に転倒し、慌ててそれを引き起こしてから、深い深呼吸。

 

「私、やり……ます。こういうの馴れて、ないので、皆さん助け、てください」

 

小さな声の大きな決意は、クラスに拍手で迎えられ、マナは顔を赤面させ照れたまま、静かに着席した。

言葉にはしがたい高揚感がマナに湧き出るのはその直後だった。

 

******

 

陽も落ちかけた教室に2人の生徒が机を向かい合わせて居残っていた。

その1人であるマナはきょろきょろと何もない辺りを見渡して落ち着かない様子。一方、そんなマナの向かいに座る日立はそんな彼女を見て笑っていた。

 

「は、早く帰らなきゃいけないから、手短にしてね」

 

「わかってるよ。昨日、担任にも言われたしね、まずは何をするか決めようか?」

 

朝のご機嫌な様子は何処かに消え、マナはいつものビクビクとした言葉使いで話す。

そんなマナの様子に日立が気づかない訳もなく彼は悪びれもせず、その事を問いただす。

 

「で?朝は超ご機嫌だったのに、今はそんな感じ全然しないよね?一体どうしたの?」

 

「……わざと聞いてるよね、それ?日立君のせいなんだけど?」

 

「うん……わざと」

 

悪意満載の素敵笑顔にマナはため息をついた。マナは一刻も早く帰りたいという衝動を抑えられない。勿論、目の前の日立に苛ついた事もあるが、何よりも彼女はランサーに会いたいくて堪らないのだ。

 

「じゃ、私帰るから。話し合いは明日の朝にしましょう」

 

そういってマナが席を立った瞬間。

いつか感じた背筋を這うような恐怖が、彼女を襲った。

それは、昨日感じたそれと全く同一。

 

「―――サッ」

 

彼女の声より速く。

それは、彼女が先ほどまで使っていた机を両断した。

音などない。ただ響くのは半分に割れた机が儚く床に倒れこんだ音だけ。

残ったのは立ち尽くす黒衣のサーヴァント。

 

「ア、アサシン……」

 

マナの漏らした声と同時にアサシンの鋭い眼光が彼女の視界を塗りつぶす。恐怖で足は竦みその場に座り込んでしまう。

アサシンは、両手に剣を携えていた。

西洋の騎士を思わせるその剣は、鋭い切れ味を持つと同時に、驚異的な破壊力を持つ鈍器に近い、それをアサシンは軽々と振るった。

並みの人間ではその動作すら視覚することすらできないだろう。英雄と謳われる彼の技を視認できるのは同じ英雄だけだ。マナにそれを視認することなど不可能だ。だが、それが 『何に向けられた』のかぐらいは容易に想像がついた。

 

「―――日立君逃げて!」

 

それは、日立に向けられたものだった。マナが言い終わる前に日立の体は教卓へと激突しそのまま崩れ落ちる。マナは、失念していた。

聖杯戦争は、魔術は秘匿されるものだと。基本的に狙われるのはマスターとそのサーヴァントだ。しかし、例外もある。その様な神秘を目撃したものが居ようなら間違いなくその人物は記憶を操作されるか、もしくは、『殺される』のだと。

 

「待って、狙うのなら私でしょう?その人は関係ない」

 

マナの声は震えていた。死にたくない。それでも、無関係の人間が巻き込まれるのはもっと嫌だから。しかし、彼女の声を、願いを聞き入れる者などどこにもいない、居はしないのだ。アサシンは、ゆっくりと倒れこんだ日立へと近づきその凶器を振り下ろす。

 

「だ、大丈夫だよ氷継さん。僕は、嬉しいよ。とっても―――」

 

「何を?言って」

 

アサシンの凶器が日立に迫る。

日立は倒れたまま右手を突き出し声を張り上げた。

 

「―――来い、アーチャー」

 

それは、一瞬の出来事。

それは、一瞬の神秘。

アサシンが振り下ろした凶器は、2メートル近い体躯を誇る屈強な男に阻まれたのだ。

それは、間違いなく人間ではなく。

間違いなく英雄と謳われた存在。

強大な弓を背中に携えた彼は、間違いなくサーヴァントだった。

 

「え?サーヴァント?それに、日立君がマスターって?」

 

「……説明は後だ。アーチャー。頼むよ」

 

アーチャーとアサシンの距離は至近距離だ。

名の通り、アーチャーとは弓の扱いに長けた英雄が召喚される。そのアーチャーが近距離で、それも二刀使いのアサシンに対して対抗できる手段があるのだろうか。当然、アサシンもそれを分かってか不敵に笑う。

 

「いいのかアーチャーよ?この距離で俺に挑むのか?」

 

「構わん。それよりいいのかアサシン?卑怯な奇襲がお前の唯一のアドバンテージだろう?姿を現して私に勝てるとでも?」

 

「弓兵がッ!なめるなよ!」

 

弾丸の如く打ち出されたアサシンの体が一瞬でアーチャーに肉薄する。

繰り出される剣戟はふたつ。

ほぼ同時に2方向から繰り出されたそれを、アーチャーは懐から取り出した短刀で弾き返すと一瞬後退したアサシンに向けて背中の背負った矢を一瞬で手に持ち変えると、続けざまに3本の矢を速射する。

 

「氷継さん、逃げるよ」

 

気が付けば側にいた日立に手を取られマナは教室からの脱出に成功する。

 

『アーチャー、教室は狭い。どうせなら広い校庭におびき出せ!別に、そこで倒してもいい。とにかく時間を稼げ』

 

『言われるまでもない』

 

日立はアーチャーとの念話を終わらせると、マナを連れて校舎の外へ出るべく走り出す。マナも遅れまいと彼の後を追う。何より聞きたいことがあり過ぎる。

 

「ちょっと、日立君がマスターだなんて聞いてない」

 

「……いってないからね。けど、それは氷継さんだって同じじゃないか」

 

「でも、君は気づいていたんでしょう?私が、マスターだって」

 

「……当たり前だよ。君は月宮市のセカンドオーナー、氷継弦一郎の娘なんだから。それに、昨日君の令呪をみているからね」

 

「だ、だましたの?」

 

「騙していない。それに、君がマスターであろうがなかろうが、僕が君に話しかけていた事は変わらない」

 

階段を下りながら2人は言葉を投げ合う。マナは益々、日立の事が分からなくなった。自身がマスターであろうがなかろうが、話しかけていたと日立は言う。その目的は何だというのだろうか?弦一郎の娘だからか?だとしたら今までのは全て演技だとでも言うのだろうか?昇降口を抜けた所でマナはその足を止めてしまう。日立の目的が分からないから。彼女は迷って足を止めてしまう。

 

「氷継さん!」

 

日立の叫ぶ声と同時に。ガラスの割れる音が校庭に届いた。

落下するのは窓ガラスの破片と。

 

「空中で受け止められるかな?この矢を」

 

アーチャーとアサシンだ。

アーチャーは、アサシンの上を取るとその大弓を引き絞る。放つ矢は9本。

超高速の9連撃を体制が不自然なアサシンが凌ぎきれる筈もなく、数本の矢が彼の体を抉り地表へと叩きつけた。その衝撃音と砂埃が思考を停止させたマナに正気を取り戻させる。

 

「日立君、貴方一体何者なの?」

 

「僕?僕は―――」

 

日立は言いかけて、その声は彼のサーヴァントであるアーチャーにかき消される。

 

「マスター!逃げろ!」

 

彼に迫るは黒衣の騎士。

アサシン、暗殺者のクラスだとしても、彼の英雄としての勇猛さは不変だ。

アーチャーから受けたダメージをものともせずに彼は、その刃を日立に向ける。

アーチャーの距離からでは間に合わない。だが、矢なら別だ。数本放たれた矢はアサシンの膝を射抜く。

それでも、黒衣の騎士は止まらない。

その剣が日立を捉えようとした刹那。

 

「―――助けて。ランサー!」

 

マナの右手が光を纏った大魔術ともいえる令呪が唸った。

令呪は、サーヴァントを律する拘束具とも呼べる代物であると同時に、一瞬でサーヴァントを呼び寄せる等、空間跳躍をも可能にする強力な大魔術。

 

「マナ、遅くならないようにと言った筈だよ?」

 

アサシンの剣を受け止めたのは、令呪によって即座に現れたランサーだった。

その黄金の聖槍を持ってして軽々とアサシンを退ける。

 

「―――盗人か。しかし、2対1では分が悪い」

 

その背後にはアーチャーがアサシンの霊核を射抜かんと弓を引き絞っていた。

 

「懸命な判断だアサシン。去るなら好きにしろ」

 

「―――チッ」

 

舌打ちをしてアサシンは姿を消した。気が抜けたのか安堵したマナは、大きく息を吐いてその場に座り込んでしまう。

 

「それで、日立君の目的は何?」

 

真意を探るようにマナは彼の目を見つめる。

その表情は、マナがみた事もないほどに真剣な表情だった。

 

「僕はね、こんなふざけた戦いを止めようと思ってる。だって、意味がない根源に至るだが知らないけど、そんな勝手で死ぬ思いをしてたまるかって話さ。僕が聖杯に掛けるとしたらそんな願いしかない。でも、氷継さんに話しかけた理由は、聖杯戦争とか関係ない。只、僕が話しかけたいと思っただけなんだ」

 

彼の言葉を聞いてマナは、ランサーを一瞬視界に写す。自分一人では判断できないと思ったからだ。ランサーもマナの考えを理解し自身の意見をハッキリと伝える。

 

「彼が嘘を言っている様には少なくとも見えない。ただ、信用しきるのはどうかと思う」

 

「当然だな。只それは、私達にも言える事だ」

 

日立のサーヴァントであるアーチャーも語気を強めながら口を開いた。ただ、戦闘の意思はないのか大弓は背中に背負い両腕を組んでいる。ランサーも戦闘状態を時マナの前に立ち壁になるように位置取りをする。

 

「アーチャー、そういう言い方はやめろ。氷継さん良かったらでいい。僕は、この戦争を止めたい。だから協力して欲しいんだ」

 

「―――条件は?」

 

マナが返事をする前にランサーは日立の狙いを問う。

 

「条件なんてない。僕は、本当に聖杯戦争を止めたい。信じてくれとは胸を張っては言えないけれど。協力してくれるのならばアーチャーの真名を教えよう。勿論、ランサーの真名をこちらに教える必要はない」

 

「……私は、役に立たないよ?だって―――」

 

「構わないよ。それだけの価値が君にはある教えようアーチャーの真名はピロクテテス。かのギリシャの大英雄ヘラクレスよりその弓を受け継いだとされる英雄でもトップクラスの存在だ」

 

「待ってよ。私は協力するだなんて言ってない」

 

一方的に真名を告げられ強引に協力関係を結ぼうとする日立に困惑するマナだが、それはいつもの事だった。

彼は、いつも強引だ。だが、結果としてマナの変化のきっかけになったのは紛れもない事実。

 

「……わかったよ。日立君はいつも強引だ。でも、きっかけを作ってくれているのには変わりない……」

 

「マ、マナ、もう少し慎重に―――」

 

「いいのランサー、私が決めた事だから。日立君いいよ、協力しましょう。私だって殺されるのも死んじゃうのも嫌。それに、学校に協力者がいれば安心して通えるじゃない」

 

そういってマナは気の抜けるほどの笑みを浮かべた。

校庭に夜風が吹き込みマナの体を凍えさえる。震えを止めようと自身の体を抱き込むと同時に少女らしい小さなクシャミをしてしまうが、情けなく鼻を垂らしてしまう。カーディガンの袖口でそれを拭った。

 

「そうだ。ランサー助けてくれてありがとう。そして日立君、今日はありがとう。貴方のおかげで私は一歩また踏み出せそう」

 

それは、彼女が日立に初めて向けた純粋な笑顔だった。




次は2018/1/15
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