「……」
「……」
重い空気が流れていた。
『何があったのランサー?』
『いや、お互い誤解もあったのだろうけど少なくとも彼女は強い』
『……答えになってないよランサー』
自身のサーヴァントと念話をし、横目でエルザをチラリと視界に入れる。その表情は酷く落ち込んでいる様子だった。
誰しもが言葉を発しないままバス停へとたどり着いてしまう。マナが時刻表を覗き見ると五分ほどで次のバスが到着予定だという事がわかり、頼りない外灯が立っている小さく古びたベンチに座るとその横にエルザがそっと腰を下ろした。
「……姉さんの感じから敵意?みたいのはないってのくらいはわかったよ?エルザが私を
騙したなんてのは思っていないよ?」
「……はい」
普段のエルザとは程遠い落胆しきった返事にマナはそれ以上の見繕う言葉が見つからず、ただただ無言でバスが来るのを待つことにした。
時折、冷たい風が吹きかかり身を強張らせるとそっと手を握ってきたエルザにやはり彼女は彼女のままだとマナはそっと安堵した。
「バス……来たね」
「マナ……いいえ、何でもない。今日はごめんね。サラ様の事を悪く思わないで」
「う、うん」
マナがバスに乗り込むと名残り惜しそうにエルザは言葉を漏らしマナは曖昧な返事をする事しか出来なかった。ゆっくりと閉まるバスの扉の音はやけに大きく彼女達の耳に響いた。
バスの乗客はマナしかおらず、適当な座席に腰かけるとバスはゆっくりと発車した。
『ねぇ、ランサー近くにいるの?』
『もちろんだ。で、どうかしたのかい?』
『ランサーは姉さんの事どう思う?私にはもうわからない』
『客観的に見てって事かな?少なくとも君を殺すだなんて物騒な事考えている様には思えないし見えない。それこそ、幾らでも君を殺す機会はあった筈だよ?それをわざわざしないで生かす理由がない』
それもそうだ、とマナはランサーの意見に内心相槌を打つと『続けて』と先を促した。
『マナのお姉さんの目的は少なくとも君を殺す事ではなく、初めから君たちの父親の殺害だけが目的だったんじゃないかな?それと話は少し変わるんだけどセイバーは僕に「お前達」と言った。僕達より先に他のサーヴァントと対峙していたのかも知れない』
『でも他のサーヴァントの気配を感じなかったのでしょ?私もそういった気配は感じなかったけど』
『……なら遠距離から狙撃を受けたとか』
『それってアーチャーって事?日立君がそんな事するなんて思えない……』
『―――可能性はあるって事だよ』
窓枠に頬杖を突きながらマナは外の景色に視線をやった。そこには見慣れた景色があった。何年も見続けてきた景色があった。それは変わらない不変の景色。変わって行くのは自身を取り巻く環境とガラス越しに映るマナ自身だった。
******
「―――はぁ」
マナを見送り一人バス停に佇むエルザは大きなため息をついた。吐き出された息は冬の寒さも相まって白色に染まる。
「同じ。私だってマナと同じ息を吐けば白くなる。人間と変わらない。だから、マナだって正直に伝えた方が受け入れられるのでは?」
そんな疑問を彼女は口にした。ホムンクルスは本来短命である。戦闘用ホムンクルスとなれば能力は増幅するも更にその命は小さくなる。幸いエルザは戦闘向けのホムンクルスではない為それよりは長く生きられる。
エルザは、自身の境遇を受け入れていた。短い人生でも、その分一日を謳歌しようと。真実を受け止める強さを持った彼女だからこそマナに真実を伝えるべきだと感じているのだ。
「その必要はないわ」
エルザの耳に声が伸びる。それは、自身の主の声。
「えっ?」
顔を上げると氷継サラがセイバーを伴っていた。自身の心を見透かされエルザは思わず声尾を漏らす。
「……真偽は別としてまぁ予測ね。エルザがマナの事を考えてるって、なんとなくだけどそう思っただけ。あの子にはまだ言わなくていいわ」
主の言葉を聞きエルザは俯き沈黙する。本来ならばそれでこの話は終わる筈だった。本来ならば。
「サラ様、本当に言わなくてもよろしいのでうすか?わかっているからこそ、それを受け入れて人というのは前に進めると思います。マナ様だって……マナだってきっと―――」
「いいのよ。まだいいのよ。出来れば何も知らずに全てが終われば、あの子は普通に戻れるの。何も気づかずに元に戻れば何もなかった事になる。業を受けるのも、罪を受けるのも私だけでいいのよ」
悲しい目をした。サラは悲しい目で虚空を見上げる。それでも、エルザは主の答えに首を縦に振る事は出来ない。
「サラ様はそれでいいんですか?元に戻るという事は、中の良かった二人に戻るという意味ではないのですか?」
「―――それは貴女の知らない過去よエルザ。その時に貴女はいなかった。元に戻すのも戻れるのもあの子だけ。在るものを失くすのは簡単だわ。でも失くしたモノを取り戻すのはとても難しいのよ」
エルザはサラを悲しい目でみた。それは、哀れみにも感情を抱いたからかもしれない。ただ、ただ目の前の女をエルザは哀れんだ。
「……いくわよ」
小さくサラは声を発し踵を返すとエルザは黙って付き従った。
悲しい、空しい、哀れむ。哀れんだ。何故ならばサラの理想とする、目指すべき場所にサラ自身の姿がないのだから。だから、エルザはそれを哀れむ。できる事ならば、許されるのならば、いつかの様に仲睦まじい姉妹に戻れるといいのにと。
******
現在の時刻は朝9時。本来ならば学校に居なくてはならない時間だというのにマナは慌てる様子もなくゆっくりと髪を梳かしていた。
彼女の心は踊っていた。いつもの必要最低限な化粧とは違い入念に丁寧にそれでいて濃すぎずにあくまでもナチュラルに女としての氷継マナを作り上げていく。
「ふふ。いつもと違うね、なんていってくれるかな?」
内心、化粧の方がよっぽど古代より続く神秘の塊だなんていう事を呟きながら、昨日受け取ったカバンを漁り衣類を引っ張り出す。出てきたのはマナが一番気に入っていた洋服だ。一番のお気に入りをしっかりと用意してくれた友人に感謝しつつマナは洋服に袖を通す。
純白のブラウスに花があしらわれた紺色のフレアスカート、立ち鏡の前でくるりと回るとフレアスカート独特のアサガオ形がふわりと広がった。
「……うん。大丈夫……だよね?」
自身に暗示でも掛けるかのようにマナは息を一つ吐き出すとベージュ色のコートを纏いリュック鞄を背負い部屋の扉を開けた。
「おはよう、ランサー」
「あぁ、おはようマスター」
思わず、思わずマナはその顔を笑顔に変え、ランサーも彼女の姿に一瞬目を奪われていた。
「マナ、その……いつもと雰囲気が違うね」
「―――わ、わかる?わかるの?ランサー!へへへ、ありがとう。騎士様」
マナは笑った。屈託のない彼女の最高の笑みは目の前の騎士だけに向けられたものだ。
「君は、本当に真っ直ぐだ。素直でとても、とても。だから、僕は―――」
「あっ―――そうか。そうね、その恰好じゃ一緒に歩けない……先に貴方の服を買いに行きましょうランサー」
マナはランサーの声を遮ると彼の手を取り廊下を駈け出して宿泊室を出る。
振り返る無邪気な笑顔にランサーは顔を伏せた。自らの役目を忘れそうになるからだ。
こんなにも普通に笑えるのに。
こんなにも明るくできるのに。
彼女の道はなぜ、こんなにも歪んでいるのだろう。
それは、彼女が享受するのには有り余る荷物だというのに。
「マナ……僕は、僕は君を必ず……」
騎士の決意は今日も一人の少女に掻き消される。満面の笑みを浮かべたマナに腕を引かれランサーは仕方がないと歩を進めた。
「そうね、どんな服装が似合うかな?やっぱりクールな感じがいいと思うな」
「……そう、かな?ところでお金はあるのかい?」
当然の質問をランサーは投げかける。
「心配しないで、いっぱい持ってるから」
リュック鞄からマナが取り出したのは少女の手には有り余る程分厚い二つ折りの財布だった。
「嫌な言い方しちゃうと私の家は裕福なの。よくわからないけど魔術教会で特許だか何だかを持ってるから相応のお金が父さんの口座に振り込まれてたみたいだし、一応この辺り開発が進んでいる方の土地の地主だしお金は有り余ってるみたい」
「そ、そうなんだ」
他人事の様に語るマナにランサーは適当に返事をした。
教会の敷地を出ると目の前には大きな公園が広がる。周囲に建てられたマンション群に住む子供たちの用にと設置されたものだが、時間帯のせいか利用者は見当たらない。教会の周囲も例にもれず土地開発が進んでおり、とりわけマンションが立ち並ぶ箇所に大きめの敷地を持つライルの教会は中々に目立っていた。目の前の公園を横切るようにして教会とは正反対の出入り口まで歩いていくとバスの停留所があり、マナが時刻表を確認すると同じタイミングで彼女の目的のバスがこちらへと向かっているのが視界に入った。
「じゃあ、ランサーここで一旦お別れ。私はバスに乗っていくからしっかりとついてきてね」
「わかったよ」
ランサーはマナがバスに乗り込んだのを確認した後、跳躍する。霊体化できない彼は一般人に目撃されぬよう細心の注意を払いながらビルからビルを駆けマナを乗せたバスを追う。
ビルを駆け巡る金髪の甲冑男性を見れば誰しも不思議に思うだろうが、英雄と謳われるサーヴァントならば常人では目視出来ぬ程のスピードで移動する事も可能でありランサーが一般人に目撃される可能性は万の一つにもあり得ない事だ。
『ところでどこに向かっているんだい?』
『うん、月宮新駅よ。開発が進んだ事もあって他県からもアクセスしやすいように大きな駅を作ったのだけど市はそこをランドマークにしようとしているみたいで、大型複合施設みたいになっているんだって。私も行ったことはないんだけど色んなお店があるみたい』
『現代の知識は聖杯から得られるとしても、中々に想像しがたいものだね』
『そう言われると私も少し困ったりしちゃうな。私もね、実際に行くのは初めてなの。だから、貴方と最初に行けて私はすごく嬉しいの』
『……そうか』
念話で行う遠距離での会話。マナの表情をランサーは見る事が出来ないが彼女の弾んだ声でランサーは安堵した表情を浮かべた。
マナがバスに揺られて四十分程で目的地である月宮新駅前へと到着する。
『少し待っていてね騎士様。貴方に合う素敵な洋服を買ってくるわ。これで、一緒に歩けるね』
現代とは不釣り合いな出で立ちのランサーでも現代の衣服を身に纏えば話は別だ。わざわざ隠れる必要もなくマナの近くに居れるのだから彼女の意見には十分同意するのだが、ランサーがこの選択を後悔するのは彼女が男性向け衣類を販売する店が並ぶ階層に来て直ぐだった。
まるで子供の様に目を輝かせては「これも似合いそう」「これも素敵」など各店舗を数十分づつ吟味し、ランサー用の衣類を購入したのは実に約二時間後の事だった。
「あぁ、素敵。とっても似合っている。カッコいいよランサー」
黒の厚手パーカーに白の長袖Tシャツ。ベージュのツイルチノパンツ今風の服装に身を包んだランサーにマナは嬉しそうに目を輝かせ、気恥ずかしそうに頬をかく騎士の胸に飛び込んだ。
「さぁ行きましょうランサー」
駈け出そうとするマナをランサーは引き止め、不思議そうな顔をする彼女の手を取り前に出る。
「今からは僕にエスコートさせてくれないかい?行こうか、マナ」
「―――はい」
マナは完全に殺された。彼の差し出された手をそっと握り頬を赤らめて俯く。
彼の言葉にマナは完全に心を射止められたのだ。
「―――とはいったものの実際にはどうすればいいか分からないな。マナは何か買わなくていいのかい?」
一歩目を踏み出し、早速足踏みしてしまったランサーは照れくさそうに頬を掻いた。
「そうね……」
とマナは短く答えると腕を組み何かを吟味している様子。それから、暫くうーん、と首を捻る。
「マナ?」
そのまま動かなくなったマナを案じてかランサーは彼女顔を望み込む。
そんな彼の心配とは裏腹にマナは流れる喧騒を眺めながら言った。
「少し早いけれどご飯にしましょう」
「え?」
「だから、昼食。お昼時に行くと混むじゃない」
「いや、そうではなく」
ランサーの声に聞く耳を持たずマナは歩を進める。
エレベーター付近にある柱に掛けられた飲食店案内図を見ながらマナは言った。
「ランサーは何がいい?」
「僕かい?僕は何だって構わないよ。マナは何が食べたい?」
「私も何でもいいかな」
「それじゃ決まらないよ」
「じゃあ、見て回りましょう」
マナはランサーの手を引いて再び歩み始める。
飲食店が立ち並ぶこの階層は昼前ではあるが人がフロアを人々が埋め尽くしていた。
どの店も開店前ではあるが既に数店舗は長蛇の列を形成しており、マナはそれをみてゲンナリした様子だった。まだ、列を作っていない店舗のみを吟味する。店前に並ぶ商品サンプル。各店舗のそれらをマナはじっくりと見ていた。
「決まったかい?」
「いいえ、まだよランサー。だって、どれも美味しそうだもの」
「せめて、絞らないと。ほら、和洋中とか」
「中々せっかちなのね、騎士様は。まだ開店まで五分程あるよ」
「このまま何も言わなかったら君は食品サンプルだけでお腹を満たしてしまいそうだからね」
そんな事はないと言いかけてマナは口を閉じた。腹をすかしている事は事実ではあるが、ランサーの言う通りこのまま時間だけが過ぎてしまうかもと懸念したからだ。
「分かったよ、じゃあ直ぐ決める。ここでいい?」
「投げやりになってない?」
「なってないよーだ」
ヘソを曲げた子供の様な反応をした。その指した先はオムライスの店で、オムライスだけでもかなりのレパートリーがあるようだった。
そんな他愛もないやり取りをしていればあっという間に開店時間になり、結果的にその店にマナ達は一番に通されることとなった。
窓際のテーブルに案内されるとメニューを広げてマナは真剣な表情を浮かべる。
「何を食べるにしても早めに決めて欲しいな。マナは優柔不断すぎる」
「わかってますよー。でも、こういう無駄な時間ってとっても愛おしいと思えるけど」
「良い事をいって誤魔化そうとしても駄目だよ。ほら、選んで」
うぅ、と小さな呻き声をあげながらマナは再びメニューに視線を落とした。
時折、その視線をあげて対面に座る青年の顔色を窺う。
言葉とは裏腹に彼の表情は穏やかだ。 頬杖を突きながら窓の外を眺める彼の横顔を見ながらマナはそう思った。
「決まったかい?」
「え?ええ、決めたよ。ランサーはどうする?」
メニューをランサーに手渡しマナは尋ねた。本来、サーヴァントに食事など必要にない事くらい知ってはいるが、何も注文しないのは不自然だからだ。
「そうだね。僕もマナと同じものにするよ」
「じゃあ、注文しよう」
呼び出し用のベルを押すと直ぐに店員がテーブルに駆け寄ってきた。
「このチーズの入ったオムライスを二つ。それからサラダとこの鳥のソテー、あとポテトも欲しいかな。あ、紅茶は食後でお願いします」
早口でマナは注文を羅列すると店員は注文を復唱した後慌ただしく厨房へと戻っていった。
店内を見渡す。気が付けば空席を数えた方が早い程度には客が埋まっており、人々の会話や店員の慌ただしい様子。厨房から溢れる料理の熱と匂いで店内は満たされていた。
そんな中、マナはふと対面に座るランサーの視線に気がついた。
「どうしたの?」
「いや、結構食べるんだなと思って」
「え?そうかな?あ、でも、私太りにくいし大丈夫だよ」
「そ、そう。他の女性が聞いたらさぞ羨ましがられるだろうね」
「え?なんで?」
「いや、いいよ」
「……そういう所よね、自覚してる」
低いトーンで、いやそれよりは深いという表現の方が正しい。重い声でマナは言った。
そんな彼女の変化にランサーは過敏に反応を示した。
「どうしたの?」
「なんでもない」
淡白なマナの態度にランサーは露骨に顔を顰めた。先ほどの愉快な会話は一瞬で彼方に消えてしまった。マナは退屈そうに頬杖をついて窓の外を眺めた。
「怒ってるのかい?」
「そういうわけじゃないよ」
「じゃあ、なに?」
「わからない?不思議だよね、私達って互いの事をよく分かってるつもりでいるのだから」
「急になに?君は君だし、僕は僕だろう」
「うん、そうであるべきなんだと私も思ってる。きっと、それでいいのだと思っているよ」
「―――何の話をしているんだい、マナ?」
「鏡に映っている姿が違うんじゃ眩しすぎるって話」
「なんだい、それ?」
ランサーが呆気にとられているとタイミング良く注文した料理が運ばれてきた。
鮮やかな赤と白の縞模様のテーブルクロスの上が一瞬で彩られていく。
視覚と嗅覚を擽る品々にマナはニンマリと笑みを浮かべた。
「さぁ、ランサー。面白くのない話はやめにして、ご飯を食べましょう。折角の料理が冷めては勿体ないよ」
「あ、あぁ。そうだね」
「はい、じゃあいただきます」
丁寧に手を合わせた後、マナは勢いよくオムライスを頬張るのであった。
*
食事を終えたマナとランサーは駅内をウィンドウショッピングをしながら散策していた。
「少しお腹が空かない?ランサー、何か食べない?」
時刻で言えば午後三時過ぎ頃。小腹がすいてもいい時間帯だろう。
あれだけ食べておいて、とランサーは一瞬考えたが口に出すのはやめた。
「……そうだね、じゃあ、あれでも買ってくるよ」
腹部を摩り照れくさそうな顔をしたマナに、ランサーが指を差し示したのはクレープのお店だった。マナは、嬉しそうにランサーの意見に首を縦に振った。
「結構、並んでいるみたいだね。マナはここで待っていて」
「うん、ありがとう」
クレープ屋の前には休憩用のベンチや小さなカフェテーブルが設置されており、他の買い物客が陣取りそれぞれ談笑していた。マナは開いているベンチに腰掛けふぅと小さく息を吐く。
とても、不思議な感覚だった。
ふと、自分自身が置かれている状態を思い出すとマナは不思議な感覚に襲われるのだ。
「みんな普通に生活してる、ほんと普通に。それって凄く当たり前な事なんだ」
今、この月宮市では聖杯戦争などという殺し合いが毎晩行われているというのに、そんな事実を知らない人間たちは今日も自分達の日常を謳歌している。そうでなくても最近は、物騒な事件が起きているのにも関わらず周りは平然と暮らしている。
「あっ、でも―――それは私も同じ」
小さくマナは呟く。自分も彼らと大して変わりはないと。寧ろそれよりも平然としているのではないかと。聖杯戦争の渦中にいて、英雄という一般的には異質な存在とデートをしているのだから。チラリと列に並ぶランサーを見るその姿はやはりマナにとって目を奪われもう一度小さく息を吐いて俯いた。
「―――騎士様はもう少しかかりそ―――あれ?」
クレープ屋の列を確認するマナの視界に学友の姿が映った。列とは反対方向に位置する階段の入り口。すぐ隣にはエレベーターが設置されている為利用者はあまりいないそこには日立がいた。
「なにしているんだろう?日立君も学校さぼっちゃったのかな?」
などという間抜けの事を考えながらマナの視線はそちらに向けられた。よくよく観察してみると何やら言い合いをしている様子が分かり何となく気になったマナの足は自然と日立のいる階段の方へと向かっていた。
「―――日立君?」
恐る恐るマナは少し離れた位置で声を掛けた。その声に気づいた日立は少し階段の向こう側を睨みつけてからマナの方へと向き直すと、いつものように振りまく愛想の良い顔を彼女に向けた。
「やあ氷継さん奇遇だね、買い物かい?」
「え?う、うん。そうね、そんなところかな。日立君は?」
「ぼ、僕かい?僕はねぇ―――」
「なんじゃ、一護―――ほう、これはこれは」
日立の言葉を遮るように彼の後ろから現れたのは女性だった。
随分と派手な服装だとマナは思った。
「えぇーと、知り合い?」
「知り合いと言えば知り合いだ。ほら、もう行くぞ」
女性を促すが、彼女はマナを凝視して傍から動こうとはしない。
「お、おい」
「―――貴様は誰に口を聞いておる?わしは今この娘をみておるのじゃ。ふむ、これは面白い。貴様らが並んで立つと実に面白いぞ」
「あの、その、それってどういう?」
女性は日立をマナの隣に立たせケタケタと笑い出す。マナは彼女の言葉の意味を想像してもじもじと体をくねらせた。恥ずかしいというか照れた表情でチラリと日立の顔を見た。
「あまり馬鹿にするなよ」
表情はそれぞれ三者三様だった。日立は眉間に皺をよせ女性を睨みつける。
「えっと、その―――」
「氷継さん悪いね、また今度」
戸惑うマナを余所に日立は女性を連れて階段を下っていく。階段を下る途中で女性は振り返り口元を歪ませた。
「―――っ」
その視線は凶悪なものだった。まるで、品定めをするかのような凶悪な視線にマナは思わず身を硬直させる。
「―――マナ」
「うっ、あ。ラ、ランサー」
ランサーの声を聞いてマナはふと我に返り振り向くと、そこにはクレープを両手に抱えた騎士がキョトンとした顔つきで立っていた。
「どうかしたのかい?」
「う、ううん。何でもないよ。それよりも、それ美味しそう」
彼に手に収まったままのクレープにかぶりつきマナは微笑みを目の前の騎士に向けた。
「美味しい。買ってきてくれてありがとうランサー」
口元にクリームをつけた少女はそう言って笑い、その笑顔に青年は優しく微笑み返すのだった。
******
「サーヴァントってものは睡眠を必要としないものだと聞いたけど?」
「戦士の休息ってやつだよマスター」
「……毎度毎度よくそんな口を聞くわね、わざとやっているのかしら?」
「あぁ、勿論わざとだ。安心してくれ」
深いため息を吐きくと項垂れるようにサラは座席のシートベルトを締めた。
「しっかし、これが車って奴か。少しワクワクするな、まぁ運転くらいなんとかなるか」
「なによその子供みたいな反応は。安全運転で頼むわよ」
「―――あぁ、了解だマスター」
ニヤリとセイバーの口元が歪む。車庫の前ではエルザが深々と頭を下げ主たちの出庫を見送る。
「それじゃ留守をお願いするわエル―――」
途中でサラの声は掻き消えた。車は急アクセルで発車し猛スピードで山を下っていく。
「ちょっと、セイバー安全運転っていったじゃない」
「あぁ、いったな。でも、生憎これが私の限度だ。騎乗スキルDの範囲内だから許してくれ」
「意味わからないわよそれ―――」
教会の前に一台の車が停車した。運転席側からは楽しそうな顔を浮かべるスーツ姿の男装した麗人と、助手席からはやつれた顔をした女性。
「サラが急げと言うから」
「そもそも貴女が寝坊などしなければ急ぐ必要もなかったのだけど?」
口論しながら二人は教会の門を潜ると丁度ここの神父が顔を覗かせた。
「おやおや、これは珍しい来客だ。どうなさいました?」
「少しお話を。よろしいですか神父さん?」
ライルの柔らかい物腰と口調とは裏腹に、サラは即時に口調を整えて応対する。ライルは、「そうですか」と二人を一瞥してから教会内の応接室へと通した。
「で、話とは?」
サラとセイバーはソファに腰を掛け、ライルは紅茶をいれたティーカップを二つ差し出すと彼女達の対面にゆっくりと腰を落とした。
「単刀直入にいうわね。今回の聖杯戦争のマスターと召喚されたサーヴァントを貴方はどの程度把握しているのかしら?」
小さくため息をつき「まぁいいでしょう」と神父は小声で漏らすと口を開く。
「正直に言いましょう。私が実際に把握しているのは、そこにいるセイバー、マナさんのランサーに私のアサシン。そして、マナさんのクラスメイト、日立とかいう青年のアーチャーです」
「日立?ちょっと待ってどこかで聞いたような気がする?」
「なんだ?妹の友達のサーヴァントがアーチャーか?やっぱり手を組んでいたとみるべきか?」
サラとセイバーはそれぞれ別の思考を巡らせ思案する。
「続けていいかな?」
「え、えぇ、ごめんなさい」
それを遮るようにライルは言葉を続けた。
「残りはライダーとバーサーカーです、それぞれ召喚したのは確認していますが、まだ舞台には壇上してないようですね」
「様子見ってことかしら?」
「まぁそれはどうですかね。まぁ、初日から有力候補が脱落すれば様子見したくなる気持ちもわかりますけどね」
とライルは鋭い視線をサラに投げかける。それに、臆することなくサラは気丈に返事をした。
「……なにか父の事で言いたい事があればお伺いしますが?」
「―――いえ、ありませんよ。何も。何となく予想もしてましたし」
ライルの言葉に肩透かしを食らったようにサラの緊張の糸はプツリと切れた。
監督役であるライルから情報を聞き出すのが今回の目的だったとはいえ、相手は父を慕っていた弟子である。ライルがサラ自身に対して復讐心を滾らせていてもおかしくはない。彼との戦闘になる事もサラの頭の中にはあったのだが、予想外な言葉に彼女は完全に気が緩んでしまっていた。
「サラさん、一応監督役とはいえ私もマスターである事には変わりはない。気を抜きすぎるのもよくありませんよ?私のサーヴァントはアサシンです。その首、気が付いた時にはとんでますよ?」
ライルの冷たい声が、背筋を凍らせる様な音がサラの脳内に響き、彼女は気を引き締める。
「ええ、忠告ありがとう神父さん。油断しないわ。でも、それは貴方も同じよ?私は貴方を殺しに来たかもしれないというのに?」
ライルのこうした上から目線で人を見透かしたような発言に昔からサラは嫌悪感を抱いていた。言ってしまえばサラはライルを苦手としている。こうして言い返せるようになったのもごく最近の事なのである。
「ふふ、言う様になりましたねサラさん。まあ、いいでしょう。で、残り二人のマスター何ですがね?」
「ええ」
差し出されたティーカップを口元にやりながらサラは続きを促す。
「一人は分かっています。魔術協会から派遣された魔術師、名をカーネル・アルマー。時計塔の講師で階位は開位(コーズ)ハッキリ言いますと何故、彼が選ばれたのか私にはわかりかねますね。実力で言えば低いレベルです。アルマー家もさほど歴史を積み上げてきた家ではありません。という事は魔術協会はこの聖杯戦争を重要視していないとみるべきでしょう」
少し苛立ちを込めてライルは言う。師がなし得た聖杯戦争の再現を魔術協会は『脅威』として見なしていないのだ。
「で、その魔術師はどの程度の実力なのかしら?」
「実力で言えば高くはないでしょう。ただ、相性というものがあります。彼は死霊魔術師です。十分警戒するに越したことはないでしょうね」
「―――そう」
ティーカップをテーブルに置きサラは相槌を打つ。
「話は変わりますが、これはこの聖杯戦争に関わる話です。最近、この月宮市で怪事件が起きているのはご存知でしょう?」
「えぇ、知っているわ」
サラはライルの問いにしっかりと頷いた。
連続怪死事件はこの聖杯戦争が開始される一か月前から発生している事件である。どの事件も人の手ではあり得ない殺され方をされている事件で、綺麗に分断された肉体や、至近距離で何かが爆発でもしなければあり得ない程バラバラになった変死体、獣様に肉を食い荒らされた様な死体までその事件に関連性が見つけられないまま一ヵ月が過ぎていた。
ただ唯一の共通項と言えばその惨たらしい死に方だけだ。
「―――恐らくは、彼の仕業でしょうね」
ライルは力を込めて言葉を発した。明確な敵意の表れだ。
「でも、アルマーは魔術協会から派遣された魔術師なのでしょう?魔術協会は神秘を隠匿する集団。そこから派遣された魔術師がそんな目立つような事をするのかしら?」
サラの疑問は最もだ。本来ならばサラの言う通り魔術協会という組織は、魔術の隠匿を良しとしている、魔術を隠匿するならば自らの傘下以外の魔術師にも刺客を送り込むほどの組織の講師がこの様な事をするはずがないのである。
「えぇ、本来ならばその通りです。ただ、アルマーが雇ったとされる人物にはその方式は通じない」
「雇った?」
「ええ、アルマーはこの戦争に参加するおり一人の魔術師殺しを雇っています。この人物がね大変厄介なんですよ。聖堂教会の知人にアルマーの動向を探らせていたのですがね、数週間前から連絡がないんですよ。恐らく殺されたと思いますが」
淡々とした口調でライルは語るが、ハッキリとしない言い方にサラは少し声を荒げた。
「で、その人物ってのは誰なんです?せめて名前だけでも教えてください」
「名前ですか?残念ですが彼にそんなモノはないですよ。つけるなら殺人鬼。そう、殺人鬼……彼にはこれが相応しいです。ただの殺人狂ですよ。殺して、殺して、殺して。人を、魔術師を殺す事を生業とした化け物です」
「―――もしかしたら彼らでサーヴァントを二体使役している可能性もあるのかしら?それぞれ、マスターとしてライダーとバーサーカーを召喚しているっていう可能性が」
「……可能性としてはあるでしょうね」
そう。とサラは短く返答して席を立つ。
「おや、もういいんですか?」
「ええ、十分ですありがとう神父さん。行くわよセイバー」
サラは途中から退屈そうにソファに踏ん反りかえっていた剣士の肩を叩き応接室を出ようとする。
「あぁ、サラさん気づいていると思いますが連続怪事件の現場少しずつですがここに近くなってきていますよ」
どこか他人事に言うライルに苛ついた表情のままサラは振り返りもせず返事をした。
「気づいているわ。で、私も一つ聞いていいかしら?その殺人鬼と私が相対したときはどうなるのかしら?」
「―――死にますね、サラさんが」
「―――そう」
一瞬、サラの足がピタリと止まる。そして、短い返答をした後、サラとセイバーは応接室を後にした。
******
―――三週間前。
カーネル・アルマーが自身の腕にも令呪が宿ったのを確認し、そろそろサーヴァントの召喚に移ろうとしていた時だった。
「お前に与えた仕事は一般人の殺害ではないのだが?」
ホテルの一室でカーネルは影に向かって声を投げた。
「あぁ、だからこれは俺が勝手にやっている事だ。それに、死霊魔術師さんだって死体
は好きだろう?」
影は笑った。その表情はカーネルを苛つかせるに十分だ。
「確かにそうだ。だが、それも質というものがある。ただ手当たり次第に死肉を弄っても仕方がない。そもそも、俺は魔術協会の人間だ。それをお前は理解しているのか?」
カーネルが恐れているのは、無関係の人間が死ぬことでも何でもない。彼が恐れているのは神秘の漏洩だ。魔術がらみの犯行だと判れば魔術協会が黙っている筈もない。あそこは、神秘の漏洩を真に嫌っている。そこから派遣された魔術師が聖杯戦争を理由に無益な殺害を犯し魔術を行使している事が知れれば地位も名誉もはく奪される。そして何より自身の命そのものが毟り取られてしまう事を恐れているのだ。
「そんな心配すんなよ。俺はただ普通のナイフで、普通の人間を殺しているだけ。魔術なんてものは一切使ってないんだぜ?」
影は軽口を叩く。カーネルは後悔した。なぜこのような人間を雇ってしまったのだろうと。
―――殺人鬼。彼に名前などはない。それが彼を指す唯一の言葉だ。カーネルが魔術協会の魔術師ならば、殺人鬼は何処にも所属していない魔術使いである。依頼とあらば標的を確実に殺す。その標的がどんな相手でも別け隔てなく殺す。そして、もう一つ彼には異名がある。
『魔術殺し』。これが魔術師からも殺人鬼と呼ばれる理由。元々、退魔の一族出身であり、彼らの一族は自らの身体の一部を魔術礼装として運用している。
殺人鬼の場合、自身の肋骨と永久歯で作られた奇形のナイフ。これ自体の殺傷能力は低い。
それはこれが人を殺すモノではなく、魔術事態を殺すモノだからだ。魔力によって発現した魔術を『殺す』。それが彼の魔術礼装であり、彼の起源であり、『魔術殺し』たる所以なのだ。
「―――出鱈目すぎる。ただそれを振るうだけで組み上げられた神秘を殺すだと?モノの死を視る眼があるとは噂には聞いたことがあるが、それとは別でこいつの力は異常だ。対象は魔術だけだが、その効果は単純で壮大だ」
カーネルは呟いた。殺人鬼は魔術を殺す。数十年を掛けて作り上げた魔術師の神秘を、プライドを、尊厳を。たった一振りのナイフでいとも簡単に殺す。魔術では殺人鬼を殺せないのだ。それは、同時にカーネルが殺人鬼に勝つ手段がない事を意味する。
もし、もしも。
脳内で嫌な未来を想像する。それは、考えてはならない思考だった。
(―――もし、殺人鬼が自身に対して反旗を翻したら)
なす術がない。カーネルは自らの領地に猛獣を招き入れてしまったことを、今更理解する。
―――笑った。目の前の殺人鬼はカーネルを見て笑う。
背中から噴き出す汗が止まらない。全身の毛穴が拡張し緊張を吐き出す。ねっとりと張り付いた衣服が気味の悪さを膨張させる。
「―――何に怯えてんだ?死霊魔術師。さっさと、サーヴァントとやらを召喚しようじゃないか。英雄を拝謁するのは初めての経験でね、そりゃもう楽しみで仕方がない」
殺人鬼は嘗め回す様にカーネルの全身を視姦した。その視線に気づきカーネルは口に中に溜まった唾を飲み込む。
安心しろ。安心しろ。安心しろ。
殺人鬼の契約者は俺だ。優位に立っているのは自分だ。主従関係で言えば俺が主だ。自らに言い聞かせるように、自らを振るい立たせるように脳内で言葉を紡いでいく。
部屋に描いた召喚用の魔法陣の前に立ちカーネルは降霊の詠唱を唱えた。
彼の用意した触媒はフリーゲート船のマストに使用された木材の欠片である。聖杯戦争に興味はないと言いつつも、それなりの触媒を用意したのも確かな事実である。何しろ勝たなくては死体など手に入らないのだから。
「―――っ!」
直後、カーネルの視界に光が走った。呼吸する度に感じてしまう。目の前の存在に自身の魔力が吸い上げられている事も。即ち目の前のサーヴァントとカーネルが確かに繋がっているのだ。開けた視界を取り戻すようにカーネルは目を擦り眼前の英霊を確認する。鍛え上げられた肉体と、悍ましさを感じさせる髭を蓄えたそれは確かな風格があった。
「―――それで?吾輩のマスターはどちらかな?」
サーヴァントは不敵に笑った。威圧。視るだけで大抵のモノを怖気させるだけの眼力がこの英霊には備わっていた。
「―――俺だ。俺がお前のマスターだ。ライダーのサーヴァントよ」
カーネルが一歩前に出た。例え相手が歴史に名を残す偉大なる者だとしても、今それを従えているのは自分なのだと。不思議と高揚感が脳内を支配していた。カーネル自身は戦闘などはっきりいって不得意だ。それでも、目の前にいるライダーのサーヴァントとならば勝ち残れる、それにそれを補う為に殺人鬼まで雇ったのだからと。
「―――そうか、アンタがマスターって事でいいんだな?じゃあ、最後の挨拶だ。サラバだ元マスター」
「何を言っている?俺はお前のマスターだぞ!」
取り乱した。声を荒げた。無理もない。召喚して数秒で自身のマスターに歯向かうなどあり得はしない。それなのに何故ライダーは自身にその手に持ったサーベルを振り下ろそうとしているのか?カーネルの思考が追いつかない。
「―――馬鹿な!?令呪を以って命ずる」
その為の令呪とばかりにカーネルは右手を突き出し、その神秘を行使する。魔術回路を伝動し魔力を込めるがライダーの狂気は止まらない。
「―――あ」
声が漏れた。それは、彼の真横から漏れていた。
―――クスクス。
笑う声だった。
―――クスクス。
あざ笑う音だった。
―――クスクス。
その対象は自らに向けられたモノだった。
笑っていた。殺人鬼が愉しそうに笑っていた。
「き、さま―――」
ビリビリと脳が警告を告げた。それは、余りにも遅すぎる通告だった。
痛覚が自身の右手が切り取られているのを、ようやく教えてくれたのだ。それは、あまりにも遅すぎた。
「やっぱ魔術師ってのは頭の悪いヤツしかいねぇのナ」
笑った。殺人鬼は笑った。自らの主から剥ぎ取った右腕を愉しそうに眺めながら。
直後、カーネルは視認する。自らの胴体が縦から袈裟斬りにされているのを。そして、首からは噴出花火の様に夥しい量の血液が噴き出ているのを。
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転がっている魔術師の顔面を、まるで蟻でも踏みつ潰すように足蹴にすると殺人鬼は口を開いた。
「死霊魔術師が言うにアンタ、あの海賊エドワード・ティーチでいいのか?」
「如何にも。吾輩が、虐殺と強奪の限りを尽くした世界に名を残した海賊でござる」
先ほどの圧倒的までの尊厳なオーラは消え失せたライダー、エドワード・ティーチが軽快な口調でマスターの問いに答えた。
「ところでマスター?この血なまぐさい部屋移動しない?どうせならナイスでバディなオンナのとことかさァ?あーでも、マスターにそんな知り合い居そうにないじゃん」
直ぐにしょぼくれた顔になったライダーに殺人鬼はまた笑う。腹を抱えて大笑いした。
「クハハハハハ。面白れぇ。世紀の大海賊ともあろー奴がこんな馬鹿をするたぁ傑作だ。いいぜ、お前はオンナが欲しいんだったな?なら取りにいこう。面白い娘がこの街にいるのを見つけたんだぜ?」
マスターの言葉の意図を汲み取りライダーも笑った。
「ぐははははは。小僧気に入ったぞ。あぁそうだ。欲しいものは自分で手に入れればいいだけだ。もし、それを誰かが先に手に入れていたなら奪えばいい。そうだ。自分の手で手に入らないモノってのは、初めからテメェじゃ掴めねえって事だ。誰かにシテもらうなんざまっぴら御免だ。その辺を前のマスターは理解していないようだったがお前は違う。もう一度言う、気に入ったぜマスター。さぁ、奪いに行こうぜ。人の夢を。自分の願望も叶えられない哀れな命達を」
笑う。笑う。笑う。鮮血に染まった男達は笑い合った。自らの欲を満たすために。