Fate/advance 【完結】   作:むむむーむ

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八話 六日目① アイムファインセンキューアンジュー?

「駄目ね」

 

朝。姉は妹の問いに即回答をした。

 

「な、なんでよ。いいじゃん別に」

 

ふて腐れ口を尖らせる少女、マナは傍らに控えるエルザに助けを求めるように擦りついた。

 

「マナ、貴女は昨日襲われたのよ?更に言えば死にかけた」

 

「わかってるよ……」

 

「いいえ、わかってないわ。それが、朝になって奇跡的な回復力を見せたのは良い。でも、学校に行くというのは自覚がなさすぎる」

 

相変らずの鋭い眼つきと口調にマナは思わず尻込みした。

 

「うぅ、でも私はいきたい」

 

「違うでしょうマナ?貴女は学校に行きたいんじゃない。ここに居たくないだけ」

 

正確な指摘だった。図星を突かれたマナは益々小さくなるしかない。

頼りの筈のエルザでさえサラの言葉に頷くばかり。

 

「ね、姉さんはそうやって私を抑え込もうとする。いつも、いつもそうだ。そうやって私を圧迫する」

 

「貴女を思って言っているつもり」

 

「私は、私はそうは思ってない」

 

「そう、なら私は貴女にとって邪魔って事かしら?」

 

「そ、そうだよ。姉さんはいつも、いつもそうだ。私にとっては憧れでもあった。でも、いつも私の前を行く。分かった様な口ぶりで言う。疎ましいってこういう事をいうんだなって教えられたよ」

 

「それで?」

 

「それでじゃないよ。そうやって澄ました態度をする。私は姉さんが怖い。今もこうやって面と向かって話しているだけで吐いてしまいそう。ほっといてよ。私に関わって欲しくない」

 

そこまで言ってマナは自身が肩で息をしているのがわかった。

呼吸は荒く、目に渇きを覚える。サラの顔をみて彼女の考えが全く分からない。

サラは無表情でただマナを見据えていた。それが余計にマナにとっては気味が悪かった。

だが、次の言葉が出てこない。マナもサラも互いの顔を見合わせ言葉を詰まらせていた。

 

******

 

今朝、マナが目を覚ましてから最初に行った事は、自身の傷口の確認だった。

意識を覚醒させた事に対し圧倒的な違和感を覚えたからだ。

 

「……死んだと思った」

 

率直なマナの心理が零れる。不思議と、こんな気持ちを抱いたのは二度目だ。という感覚がこみ上げたが、直ぐに首を横に振り、思考を切り替える。

上半身を起こし辺りを見渡せば、そこは見慣れたマナの自室であった。

誰かがというよりは、間違いなくランサーが自身を救ってくれた。そう考えたマナにとって、屋敷の自室にいるという事は限りなく不可解な出来事だ。

 

「なんで教会の宿泊施設じゃないの?」

 

目を覚ましてから違和感だけが纏わりつくのが気味悪く感じ、マナは頭を掻き毟る。

 

「マナ様、お目覚めになられましたか?」

 

扉をノックする音と共に、聞きなれた友人の声が聞こえる。安堵とため息を零し、マナは意識をそちらに向けた。判りきってはいるが、やはりここは氷継の屋敷なのだと諦めて、扉越しの相手に返事を返した。

 

「起きているよ。入ってきて」

 

「失礼します」

 

落ち着いた声と同時に扉が開き、エルザが顔を覗かせる。その声とは裏腹に彼女の表情には安堵が浮かんでいた。そんな友人の顔をみたマナも、ゆっくりと息を吐いて平常心を取り戻す。

 

「心配したよ。昨夜は何というか、災難なんてものじゃなくて、そう、とにかく安心した。マナが無事で」

 

ベッドに腰を落としてエルザはマナの顔をみるや、今にも泣きそうな顔で言葉を捻り出していた。

 

「ごめんね。私はなんか無事みたい。傷口もほら、全然ないみたい」

 

おどけた表情でマナは洋服の肩口をずらしエルザにそれを見せつけた。

それは、何もない。という表現が正しいだろう。マナの傷つけられた筈の肩は何にもない。

無傷。外傷などというものは何一つないのだ。それは、同じく傷つけられた胸部も同様だ。瞬間、エルザは目を背けるようにして視線を外して俯いた。

 

「ちょっとエルザ、大丈夫だよ。なんかグロテスクな感じのを想像したの?違うよほら、本当に何にもないんだよ」

 

「えぇ、分かっています。知っています」

 

エルザは、重々理解していた。マナの傷がない事など。それは、サラの医療魔術が卓越していたという事などでは決してない事も。

 

「―――ところで、さ。私はなんでこの部屋にいるのかな?いや、自分でもおかしな言い回しだと思うけれど」

 

話題変更とマナは話を切り出す。これ以上エルザに心配けなまいという彼女なりの配慮だろう。だが、エルザはマナの思いやりが見当違いな事を理解する。しかし、これ以上は逆にエルザ自身がマナに心配を……というよりは、何か勘繰られてしまうという懸念を抱き、マナの話題に乗る事にした。

 

「えぇ、じゃあ私も聞いた話だから」

 

と一言添えてエルザは昨夜の出来事をマナに説明した。

マナとランサーの窮地を救ったのがサラとセイバーだという真実を。

 

「―――そっか。一昨日もそうだった。瓦礫から助けてくれたのは姉さんだった。そして昨日も……。やっぱりエルザの言っていた事は本当だったのかな」

 

「えぇ、サラ様はいつも貴女の事を想っている。これは、前にも言ったことあると思うわ。それは、紛れもない事実」

 

「……そう、そうなんだ……。ごめんねエルザ、少し一人にして」

 

「―――かしこまりました」

 

エルザは腰を上げ扉の前で一度マナに会釈をし、部屋を出た。扉の閉まるのを確認してマナはゆっくりと息を吐きだす。

 

「わかっていた。ううん、違う。これは、分かっていたには入らない。だって、今も気持ちは変わらないし、変わっていない。でも、覚えている。覚えている……のに……う、うう」

 

自身を、心を隠すようにマナは顔面を枕に沈めた。咽び泣く。自分が弱いから。認められないから。マナは自分の思いが認められないから泣くのである。

 

「私は覚えている。だって、だって。あの人の、姉さんの魔術が温かいって事を。覚えてる、それを私が好きだった事も。分かっているのに」

 

秒針の様に刻まれるが如く、マナから漏れる音だけが部屋に響いた。

 

******

 

「行くって言ったら行く」

 

断固としてマナは自分の意見を曲げなかった。

この屋敷から一刻も早く出たい、という気持ちがにじみ出ているのが、他人にハッキリとわかる程に。だが、それはサラに対する憎悪や嫌悪から来ているモノではない。寧ろ、マナが自分自身にそう言った感情を抱いているからこそ、彼女は屋敷の外へと出たがるのである。

サラに対する罪悪感。それが、氷継マナの心を占めていた。

だが、サラがその事には全くと言っていいほど気づいてはいない。

 

「―――もう行くから!行く!」

 

半ば強引にマナは逃げるように屋敷の外へと飛び出していく。そんな後ろ姿をため息をつきながら呆れた表情で見送るサラ。

 

「ランサー。責任もってマナを守りなさい」

 

「言われずともそのつもりだよ」

 

「それと、ライダーの件。恐らくバーサーカーも出てくるでしょう。不本意だけどアーチャーの力も借りれるなら借りたいわ。正体のわからない狂戦士は危険すぎる」

 

「―――わかった」

 

まるで虫でも払うかの様に手を振るサラに苦笑いをしながら、ランサーは自身のマス

ターの後を追った。

 

******

 

「やっぱり駄目だ私は。だめだめだよ」

 

罪悪感から抜け出すために屋敷から逃げ出したマナだが、それを上回る自身への嫌悪感に苛立ちの言葉を呟いた。

後悔なのだから後から湧いてくる感情なのは当然である。それでも毎回、自身の選択が後手なのに何故気づかないのだろう、とやり場のない感情が噴出し頭を掻き毟る。

 

「―――マナ」

 

後方からの声。それは、優しくマナの耳に浸透した。

 

「あっ」

 

振り向けば理想の騎士が居た。いつだって、彼は自分の味方。彼だけが、彼だけは。マナは今の今までの思考を投げて彼に陶酔する。

 

「ラ、ランサー、あのね私学校に行くから。その守って、守ってね」

 

「それは、勿論だけど。……マナ、君はいつまで止まっている?時間は有限だ。……僕だっていつまで君の横に居られるかわからない」

 

違う違う。マナは首を横に振る。そんな言葉が欲しいわけではないとマナは我儘を通した。

 

「マナ……そうか。逆だ。僕という存在が君をあまやかしているのでは?」

 

「言わない、そんな事。そんな事言わないでよ!違う!私は!私だって好きでこんな性格しているんじゃない!」

 

マナが暴発した。感情が噴出して子供の様に地団駄を踏む。ランサー自身も今のは失言だったと顔を顰めたが既に遅い。暴風の様に駄々を捏ねるマナに対して、只々、それを慰めようとすることしか出来なかった。

 

******

 

「おはよう。昨日はお互いにサボっていたみたいだね?それでも、随分と機嫌が悪いみたいだけど?」

 

朝のホームルームを終え、気怠そうに窓の外を眺めていたマナに、日立一護が声を掛けてきた。

 

「おはよう日立君。サボり魔同士仲良くしましょ?それと、放課後時間ってある?少しお話しない?聖杯戦争の話」

 

マナの言葉に少しばかり日立の眉間が動いた。率直に言えば珍しいと思ったのである。

なので、日立は思いのままを口にするのだった。

 

「へぇ、氷継さんからその話を振ってくるとは思わなかった。そうだね、僕自身もそろそろ動かなくてはいけないと感じていたところだし。いいよ。では、放課後に」

 

やけに日立の口が饒舌だとマナは内心不思議に思うが、直ぐに自身の思いにふける。

聖杯戦争。自身がこの戦いに置いてできる事など存在せず、成すべきことも存在しない。この戦いに意味も価値もない。だが、存在してくれる人はいた。

 

「騎士様……」

 

その名を呟く。今朝言われた言葉を思い出す。

『甘えすぎている』そんな事は重々理解しているつもりだ。この戦いが終わればランサーも居なくなる。そしたら、自分はまた一人に戻ってしまう。それが、怖い。

だが、その打開策を思い描けないでいる。

変わろう。変わろう。変わろう。変わろう。

頑張ろう。頑張ろう。頑張ろう。頑張ろう。

何度決意し、挫折してきたのだろうか。

停滞している事が嫌なのに、それに慣れてしまって安心している自分、そんな自分が嫌になる。

抜け出せない負の無限ループ。

うつ病をはじめとする心の病は、現代医学で明確にされてはいるものの、心の弱さは甘えという文化が根強くあるのも実情だ。

マナ自身も、自分は心の病気なのかもしれない。と何度も何度も思考した事もある。それでも、病気のせいにしては、何も変わらないし、変えられない。もっと頑張らなきゃいけない。と踏ん張ってきた。

 

『その時点で氷継マナは敗北している』

 

何故ならば、彼女には明確な未来が見えていないからである。目先の負担や苦労に対して、頑張ろうと意気込むだけだ。

何をどう頑張ると言うのだろうか。

何を以ってすれば『頑張った』になるのだろうか?

その明確化が出来な以上。彼女は一生、敗者のままなのだ。

 

「―――そんな事知っている。でも、ないの。何にもない。やりたい事も、したい事も。やっていて楽しかったことも。これは、ただ逃げているだけなんだと、嫌になる。楽しかった事も嫌になる。私は何時まで経っても空っぽの器なんだ」

 

それを声に出して叫んでも、誰も助けてくれなどはしないと、マナは今日も自己嫌悪の渦でもがき苦しみ、溺れて沈む。

 

******

 

「日立……日立……」

 

自室の椅子に背中を預けたサラは、同じ言葉を繰り返し呟いていた。

 

「―――なんださっきから。気味が悪い」

 

テーブルを挟んで、同じく椅子にもたれていたセイバーは思わず口を挟まずにはいられなかった。マナが、学校へ行くと屋敷を飛び出して数分後、サラは自室に籠ると先ほどから同じ言葉を繰り返していた。

それは、マナのクラスメイトであり、アーチャーのマスターでもある男の名。

 

「何か引っかかる事でもあるのか?」

 

「―――ごめん、セイバー少し黙っててくれるかしら?あと少しで思い出せそうなんだけど。どこで聞いたのだっけ……」

 

「はいはい。黙っているよ。ただ、記憶ってのはさ、大抵何かと関連付けているモノさ。それも、無意識に。だから、その記憶を呼び起こすとき、その時、なにを、どこで、どうしてたかってのも一緒に思い出してみなよ。ほら、たまにあるだろう?何気ない動作一つでも、そう言えば前こんな事あったなとか、急に思い出すとき。記憶ってのはそれだけ掘り起こすなんて、とんでもなく面倒なのさ」

 

そう言うとセイバーは伸びを一回大きくすると、怠そうに背中を椅子に預けた。

 

「いつか?そうね、あれはいつだったかしら?」

 

セイバーの助言は的確であった。サラはそう認識している。故に癪に障ると苛立ちを覚

えるのだが、それは決して居心地の悪いものではなかった。寧ろ、そういった事を言ってくる人間が彼女の周りに居なかった事から心地よく感じる事もあり、まさにそれが今だった。

もう一度、サラは記憶の海に沈む。今度はより深く、そして目的地の深さも明確に。

それが、どの程度の深さまでは分からないが、何も考えずにただ沈むよりは、気分は良かった。

 

「―――そう、あの時」

 

こうして、サラは辿り着く。目的の記憶へ。

 

******

 

「日立?聞いたこともない名前だな」

 

「それは、そうでしょう。魔術師としての血は三代前に途絶えています。今の代の子供達は魔術の魔の字もしらないでしょう」

 

それはサラにとって幼少の記憶。

会話をしているのは、弦一郎とライルだった。

客間。ライルが報告しているのは、直近で月宮町に移住してきた人物だ。

彼らより少し離れた位置で退屈そうに頬杖をついていたサラは、とりあえず彼らの会話を耳に垂れ流していた。

正確に言えば、頭に入ってこないが正しいだろう。上の空。そんな表現が今の彼女には似合っていた。

 

「マナ……マナ……どうして……どうして……」

 

繰り返す。繰り返し言葉を回す。グルグルとグルグルと同じ言葉を繰り返していた。

それは、後悔。なぜあんな事になってしまったのだろう。

それは、憎しみ。どうしてこんな事をしたのだろう。

それは、これは。悲しみ。

もう戻る事は出来ないのだろうか。

一日を同じ思考で埋め尽くす。

マナを殺してから一週間。彼女を拒絶し、拒絶されて一週間。

頭の整理が追いついてなどいなかった。

 

「―――サラ、聞いているのか?」

 

「えっ、あ、はい」

 

強引に思考を遮られたサラは、弦一郎の方へと視線をやった。

この一週間、サラは彼と同じ問答を何度繰り返しただろうか。

 

「なぜあんな事をさせたの?」

 

「なんで?マナは殺させたの?」

 

「返して、返して、返して」

 

何を言っても弦一郎の答えは同じだった。

 

「心配するな」

 

何を言っても、訴えても、弦一郎は同じ答えを繰り返してきた。

そんな言葉で彼女が納得するはずもない。それでも、サラはこの環境から逃げ出す事をしなかった。責任や負い目などではない、ここにしか彼女の居場所がなかったからだ。

彼女にとって唯一誇れるものと言えば、魔術ぐらいだった。逆にサラはそれしか知らないで生きてきた。自分という存在を支えるアイデンティティを失う事の意味を彼女は無自覚に認識していたのかも知れない。

 

「あの……なんでしょう?」

 

「聞いていなかったのか?ならもういい。部屋に戻っていなさい」

 

生きた心地がしないといった顔のサラを弦一郎は一瞥して言葉を投げ返した。それっきり、サラは居ないものと考えているのか弦一郎は再びライルと向き合うと話を再開した。

何故?何故こんな思いをしなければならないのだろうか。私は、父にとってどのようなモノなのだろうか?意味も分からない苦しみにサラはただ立ち尽くすことしか出来なかった。

断片的に二人の会話がまた頭を通過する。

 

「霊脈の影響を受け、回路がまた通るかもしれない」

 

「だとしても、それを扱う術がなければ意味もない。急に箸を渡されて日本食を食えと言われてすんなり扱える外国人などいないだろう?」

 

「それは……そうですね」

 

戻ろう。サラは自室に戻る為に踵を返す。この人達は聖杯戦争にしか興味がない。そう結論付けてサラは客間を後にした。

 

******

 

サラが客間から出たのを確認してから、ライルは口を開いた。

 

「よろしいのですか?あの様な扱いをして?」

 

「―――ライル。君は少し変わったな。丸くなったというべきか。初めて会った時とは大分変わってしまった」

 

まるで遠くを見るように。弦一郎はライルから視線を外し窓の外を眺めた。

同様にライルは苦笑しつつ窓の外に視線を移す。

話題をすり替えられたと認識しつつも、それを蒸し返す事をライルはしなかった。

 

「そう……ですか?そうであるならば嬉しいと私は思います。こうありたい。そう思う様になったのは最近でしょう。環境というのは悪魔的です。人の在り方まで変えてしまう」

 

「それは、私に対しての皮肉かな?ライル。確かに人というのは常に変化を求められる。良くも悪くも。そうでありたい。そうでなくてはならない。人によって変わる理由もそれぞれだろう。私の場合は後者だな。そうでなくては自分を保てないのだよ。今でもそうだ。精神が破綻しそうになる。少しでもこれを受け入れれば私はまた違う何かになってしまいそうだ」

 

「でも、後に引く事は出来ない。それが―――」

 

「ああ、そういった感情がまた私を縛りつける。いや、解放するといった表現の方が正しいか。自ら退路という別の生き方を切り捨てているのだから」

 

「―――悔める心があるのならば、まだ貴方は正常だと思います」

 

「違うなライル。悔める心があるから人は壊れるのだ。善悪の境が絡まる。理性の境界がなくなる。最初からその価値観がなければソイツは正常だ。自分が間違っている等と後悔しなくて済むのだから。ライル。私はね、当の昔に壊れているのだ」

「そうですか。では、私は弱くなりました」

 

「―――それも、違うさライル。おかしなモノでね。そうやって強くなる種類もいる。ただ、それが大きくなりすぎると駄目になってしまう時もあるんだ。そういう人はまた一周回って弱くなっていく。墜ちていく。ただただ墜ちていく。酷いぞ、何といっても底がないのだから」

 

二人は視線を一度も合わせずにただ窓の外を眺めていた。同じ景色が二人の眼に映っている筈なのに。二人の脳はそれぞれ違う景色を描いていた。

 

******

 

薄暗い。陽が沈み切った現在。校庭に設置された照明も今は眠っているのか、照らすという役割を全うしていなかった。

 

「全く、生徒に教室の施錠までさせるとはね。教師としていかがなものかな」

 

呆れた顔を浮かべ日立は校庭の真ん中で背を伸ばす。

 

「災難……だったね」

 

「これが災難だったら随分と軽いよ」

 

苦笑いを浮かべながらマナは言葉を発し、日立はそれを受けて真顔で返答した。

日中、特に何かが起こるわけでもない。ありきたりな学校生活が終わり、放課後は日立と教室で文化祭の話を繰り広げていた。

マナ自身、日立に言われるまですっかり頭から抜け落ちており、こんな話をしている場合ではないと、実行委員としての役割は碌に果たせる事ができなかった。

 

「で、聖杯戦争についての話ってなんだい?」

 

「あ……そう、その話がしたかったの」

取りは重く、二人はゆっくりと歩き出した。

 

「昨日の夜の事なんだけどね。襲われたんだ、ライダーのサーヴァントとそのマスターに」

 

「―――その割にはって感じだけど」

 

「う、うん。朝起きたら傷もすっきりなかったんだ。それに、姉さんにも助けてもらったりしました」

 

そう言って笑うマナに対して日立は苦笑する。

 

「傷がないか。それは、君の元々の性質というか体質なのかい?」

 

「いや、違うと思うけど……姉さんの医療魔術が効いたのかと思ってた」

 

二人は暗い街を歩く。外灯の灯りが二人をわずかに照らしていた。マナは今の時間が楽しいと思えた。

今までこんな事なかった。友達と会話しながら下校など経験した事がなかったからだ。

当たり前の様な生活。

―――憧れだった。

だから、だから。不思議と自然と、マナは笑っていた。だが、彼女とは対照的に日立は顔を顰めていた。マナが日立のその表情を窺い知る事は出来なかった。

 

「―――楽しそう?なんで氷継さんはわらっているの?」

 

「―――えっ?私笑ってた?」

 

思わず口元を手で覆い隠す。吊り上がった口元が指先に触れる。

 

「―――いや、別に咎めるつもりなんてないよ。君が楽しいと思えているのなら、別にそれは構わない」

 

「日立君?」

 

ほんの僅か。マナは日立の雰囲気がおかしいと思えた。ただ、その違和感がどこから来るもので、何がズレているのかまでは彼女の想像の外にあった。

しばらく無言で歩いた。何となく気まずい空気だと感じたマナが口を閉じてしまったからだ。先ほどまで気にもとめていなかった冬の風が、マナの体を揺らす。思わず寒さに身震いした所で二人は足を止めた。

橋の上だった。マナの足取りは自然と屋敷の方へと向けられている。それを知覚したのは今この瞬間だ。屋敷から抜け出したくて学校に行ったにも関わらず、無意識に帰路を屋敷に向けていたのだから、マナは口を尖らせた。

それが、マナが足を止めた理由だった。

では、なぜ日立も足を止めたのだろうか。そんな疑問が頭をよぎり横に立つ日立に視線をやった。すると、彼はただ前を見ていた。外灯がチカチカと点滅して、先がよくみえないとマナは首を傾げる。

 

「日立君?」

 

彼の名を呼んだ瞬間。マナの体は宙に跳んだ。

吹き飛ばされたのだ。隣にいる日立の手によって。

なんで?そんな彼女の思考より早く日立の声が飛んだ。

 

「君は下がって、アーチャー!」

 

マナの疑問は一瞬で溶解した。何故日立が足を止めたのか。何故自分は後方に突き飛ばされたのか。答えは直ぐに訪れたのだ。

日立の視線の先。其処には影が立っていた。

闇に紛れた影。いや。紛れてなどいない。

真っ黒な影は暗闇の中で一際光っていた。邪悪な雰囲気を携えて。

 

「なんだいお姫さん。今日は男連れかい?つれないな―――いや、これは失礼だな。男に対して」

 

影は笑った。興味は直ぐに日立へと切り替わる。そして、その鋭い眼光で彼を舐め回す。

 

「あまりジロジロ見てほしくないな。気分が悪い」

 

日立の言葉と同時。殺人鬼の視線を覆う様に。アーチャーが現界し日立の前へと歩み出る。

 

「いいね。いいね。イイネ。わかりやすい。ただ、もう少し待てよ。役者がまだ足りない」

 

どこまでも二人は対照的だった。

眉一つ動かさない日立とケタケタと笑う殺人鬼。

 

「やれ、アーチャー」

 

日立の号令を合図に、アーチャーは弓を引き絞り矢を放つ。その動作に一切の無駄はない。正に神速の矢。英霊と謳われたサーヴァントならいざ知らず、如何に殺人鬼といえどその矢を躱す事など不可能。ましてや、矢が放たれた事にすら気が付けない。

 

「―――ムッ」

 

と、アーチャーは眉を顰めた。彼の放った矢は、殺人鬼の前で墜落したからである。

 

「あいやあいや。せっかち者は嫌われますぞ」

 

殺人鬼の前方には現界したライダーは、その蓄えた髭を左手で摩り、もう一方の右手に持ったカトラスを得意げに回していた。

 

「ライダーか。その得物からして海賊か?まぁいい。次は撃ち落とせると思うなよ」

 

アーチャーが再び弓を引き絞った。狙いをライダーに向けて矢を放つ瞬間だった。

アーチャーの真横を一体の英雄が駆け抜ける。

黄金の槍を携えた騎士が、ライダーへと一瞬で肉薄する。

槍と剣が交差する。鈍い金属音が衝撃と共に橋を揺らす。

 

「ライダー!!」

 

「ほほほほ。ここにも一人せっかち者が!もう少し待てねぇのか、若造!」

 

鍔迫り合いの状態でライダーは前蹴りを繰り出す。それを躱す為にランサーは跳び下がる。

ライダーはフリントロック式の銃を構え鉛球をランサーの着地地点に立て続けに放っていった。

 

「ラ、ランサー」

 

後方で呼ぶマスターの声を無視してランサーは眼前の敵を睨み続ける。

 

「そう怖い顔をしたもんじゃない。じきに……いや、もう来たみたいだな」

 

ライダー、そして殺人鬼は後方へと視線を移す。釣られるように、ランサーとアーチャー、そしてマナと日立も意識をそちらに向けた。

ランサー達は丁度、橋の中央部にて接敵している状態である。全員が視線を向けた先。つまり、マナ達がこの橋に足をいれた向かい側。その先には、黒髪を靡かせた女性と、それに付き従う黒衣の鎧を纏った剣士。

 

「あら?ほぼ全員揃っているってところかしら?」

 

サラは笑った。

 

「いや、これで全員だ。そろっているよ」

 

殺人鬼も笑った。

 

「さぁ、始めよう!ただの殺し合いを」

 

それは獣だった。ただただ血肉に飢えた獣。

全てを貪り尽す殺人鬼は愉しそうに笑うのだった。

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