ちなみにうちのカルデアにメルトリリスはいません。
痛いくらいに突き刺さる日差しが、俺の目を開かせた。
そこで俺に瞼を開かせたのが頭上で爛々と輝く太陽ではなく、世界を紅く染める夕日であることに気が付いた。周囲には人がまばらにいて、所々から悲鳴に似た歓声が上がっている。
そこは、遊園地だった。
一回転する船に、メリーゴーランド、不可解な動きをする遊具。
いつからここにいたのだろう。
とんと思い出せずにいた。
あてもなく歩き回っていた。どこかで見た誰かとすれ違った気がしたけれど、振り返る気にはなれなかった。
ひとりぼっちで歩き回る遊園地は、居心地が悪い。まるで不気味な別世界に紛れ込んだような、そんな違和感を覚える。それでも俺の足は止まらなかった。何か目的があるわけでもないのに、ずっと歩き続けている。
いつまで歩いていたのだろうか。
日陰から日向へ、闇から光へ、その以降の刹那、斜陽に晒された僅かな間に、美しい少女を見た気がした。華奢な体に鋭利な刃物がヒールとなっている靴。氷のように冷たい瞳。
ただのすれ違いだった。だけど、その一瞬は目的もなく彷徨い続けた俺に、明確な理由もない意思を芽生えさせた。
「メルトリリス――!」
振り向きざまに手を伸ばすが、そこには誰もいなかった。あたりを見渡すが、人影はひとつもなかった。
どこにいったのだろうか。考え込んでいるあいだに、悲鳴と共に吹き荒ぶ風が頭上を通り過ぎた。
「ジェットコースター?」
そこに、彼女の姿が見えた気がした。
気のせいかもしれないが、一度そう認識してしまった俺は走ってジェットコースターの乗り場で向かっていた。
ただただ、彼女に会いたかった。
建物の五階が乗り場となっていた。エレベーターにかけ乗り、五階に向かう。人の姿はいつの間にかまったく見えなくなっていた。乗り場に到着しても、係員がいるだけで、すぐにジェットコースターに乗ることができた。
ジェットコースターにも、乗っている客はいないように思えたが――先頭に一人、長い髪の少女が座っていた。その後ろ姿がメルトリリスに見え、俺は彼女のそばに向かおうとしたが、それを係員に止められた。
「メルトリリス!」
「お客様、もうすぐ動きますので――お座りください」
係員に案内されたのは、一番後方の席であった。
俺と彼女の間には空席しかない。だからこそ、はっきりと彼女の姿が目に映る。だからこそ、孤独を感じてしまう。俺が抱える孤独感など露にも知らない係員が、アナウンスを始めた。
『みなさんようこそ。この乗り物は高さ45度の急勾配を高さ100メートルまで登り、斜度80度で急降下、空を泳ぐイルカのように、右へ左へ、上へ下へ、縦横無尽に舞い踊ります。スリル満点の空中遊泳をお楽しみください! それではスカイ・ドルフィン、いってらっしゃい』
ガコン、という音ともにジェットコースターは動き始めた。すぐに急勾配な登り坂にあたった。グググと登る動きに不安を掻き立てられたが、すぐに天上に広がる星々に心を奪われ気にならなくなった。そして、風にたなびく彼女の髪が、星と重なり宝石が散りばめられた布のように見えた。
彼女にも、この星空が美しく映っているといいのだけれど。
この高さにおびえてなければいいのだけれど。
僕が今抱えているような、孤独感に襲われてなければいいのだけれど。
そんなことばかりが頭に浮かび、消えることはなかった。
いつのまにか、ジェットコースターは最高位に達していた。遥か下には、遊具の煌めきに彩られた地上が浮かび上がるように輝いていた。
あとは落ちるだけ。微かに臀部が浮かび上がるような感覚と同時に、胃がひっくり返るような感覚が体の奥底に起こる。そして凄まじいGに揺さぶられ、輝きに満ちた地上に急降下する。
こんな感覚を前にも味わった気がするけれど、ここまで急速な下降はたぶん、前にジェットコースターに乗った時以来だと思う。何度乗っても慣れはしないけれど。最近は、自然降下が多かったような、そんな気がする。
失神しそうになるその瞬間にも、やはり俺の目を奪っていたのは彼女だった。
無理だとわかっていても手を伸ばしてしまう。俺と彼女の間に存在する空席に、怒りすら覚える。痛いくらいの風圧に逆らって伸ばした手は、その勢いに負けて万歳しているようになってしまっていた。
彼女といえば、されるがまま、きっといつものような笑顔を浮かべているのだろう。それをじかに見れないのが寂しかった。
喪失感に似た孤独を抱えたまま、ジェットコースターは終わりに向かっていた。
徐々に速度を失い、ようやく止まった。ベルトが外れると、俺は真っ先にメルトリリスのもとへ向かおうとした。けれど、先頭には彼女の姿が存在せず、下へ続く階段に彼女の後ろ姿がちらりと見えた。それを慌てて追いかける。
階下の手すりに細い指が見える。見慣れたその手に、心臓の鼓動はさらにはやくなる。一階に到着し、見渡す。メルトリリスの姿は見えない。
「あれ? 先輩じゃないですかぁ」
「BBちゃん? それにリップも」
BBとパッションリップがどこからか駆け寄ってきた。俺の慌てふためいている姿に、BBはニマニマとし、パッションリップは不安げにこちらを見ている。
「そんなにワタワタして、どうかしたんですか?」
「いや……メルトリリスが……」
「あの子を探しているんですか? でもあの子、今日は見ていないですけどね」
「私も……見てないですよ?」
「そんな――でも」
取り乱したままの俺に、BBは呆れた様子だ。
「なら、探し続ければいいじゃないですか。居たのなら見つかりますよ。まずは居たことを確認してみては?」
「でもどうやって?」
「そこまで教えてあげるほどBBちゃんは優しくないのです。行きますよ、リップ」
「うん……」
そう言い残して、二人はどこかへ行ってしまった。
「居た証拠……ジェットコースターの写真に写ってるか?」
そう思い立ち、踵を返しジェットコースター乗り場へ向かった。途中のエレベーターは二階で止まり、三階で止まり、四階で止まり――先ほどまでの閑静が嘘のように、人の動きが激しかった。しかし、途中で乗り込んできた人々は全員、四階で降りてしまった。
五階に向かったのは俺一人であった。五階は変わらず人気もなく、よく見てみればジェットコースターの営業は終わっている時間だった。きっと俺が乗ったものが最後だったのだろう。
受付にも、写真データが飾っているはずの場所も電気は落とされていた。戸惑っている俺の視界の端で何かが動いた。
「すいません!」
「……もう営業は終わったよ」
影からヌッと人が現れた。
それは先ほどのアナウンスをしてくれたお兄さんだった。
「さっき、このジェットコースターに乗った者なんですが、その時の写真を見せていただけませんか?」
「でも、もう終わってるしなぁ……」
「お願いします――大切な人が、写っているはずなんです」
俺の真摯な態度に、お兄さんは渋々頷いた。
「こっちに来て。データはまだ残ってると思うから」
そういって、俺は事務所に連れて行かれた。パソコンを慣れた手つきで叩くお兄さんの動きが、ぴたりと止まった。
「あれ? おかしいな……俺も女の子が一人いたと思うんだけれど」
「どうしたんですか?」
「いやね……君が乗っていた時の写真は確かにあったんだけれど、“君以外の客”の姿が写っていないんだ。ほら、みてごらん」
そういってお兄さんはパソコンの画面を指さす。
そこには確かに、滑稽にも両手を上げて泣きそうな顔をしている俺と、誰も乗っていない空席の車両の写真が数枚写っていた。
「ここには、君の知り合いが乗っていたはずなんだよね? でもその子の姿は見えない……幽霊でも見たのかな」
「そんなはずは――」
「だとすると、消えてしまったとか。この『世界』から」
「『世界』から……」
それは、ありえないはずのこと。
ありえないはずの現実。
でも俺は、その現実が起こりうる術を知っていた。
相手がメルトリリスだからこそ、サーバントだからこそ起こりうる最悪の結末。
『英雄の座からの退去』。世界からの離脱。
身体中が軋むように、心臓が激しく脈打つ。
血液が身体を破壊せんとしているように、暴れまわる。
脳が破裂しそうなほど、感情が昂ぶる。
眼からは涙が溢れ、喉からは擦れた声しか出なかった。
「メルト……リリス……」
その言葉を最後に、俺の意識は遠のいていった。
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―――――――
―――――
―――
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「――スター。マス――。マスター!」
甲高い声が、俺の意識を揺り動かす。
ゆっくりと目を開くと、少し心配そうなメルトリリスがそこにいた。
俺が目を覚ましたことを確認すると、そんな様子はすぐに消え、いつもの高飛車な笑顔を浮かべた。
「あらあら、おはようマスター。涙ぐんだ声で私の名前を呼ぶなんて、朝から誘っているのかしら?」
「――なんで、ここに?」
「マシュに頼まれたのよ。貴方がなかなか起きないから起こしてきてって。まだ寝たりないのなら、一緒に寝てあげてもいいけれど」
そういって、俺のベッドに腰掛けたメルトリリスに、こらえきれず抱きつく。
「ちょ、ちょっと!? マスター!?」
「怖かった……」
強く強く、触れれば壊れそうな華奢なメルトリリスの身体を強く抱きしめた。
メルトリリスは驚きはしたが、それでも拒絶することなく俺を受け入れてくれた。細い腕を俺の腰に回し、柔らかく抱きしめる。
その優しさに、また涙が滲む。
「怖い夢でも見たのかしら?」
「あぁ。ジェットコースターがね……」
「なによ、ジェットコースターなんかが怖いの?臆病な人ね」
「ジェットコースターなんて怖くないよ。君と、メルトリリスとすれ違ってばかりいたんだ。そして最後には――君がいなくなってしまった。この『世界』から」
俺の言葉に、メルトリリスは呆れて笑った。
「それで泣いてしまったの? 本当に、私のマスターは可愛いわね」
「泣くにきまってるだろ。君は俺の大切な――」
それ以上の言葉はいらないとばかりに、メルトリリスは俺の唇を塞いだ。
「私は一生、あなたと離れるつもりはないわ。夢は夢。現実は現実。変わらないのは今ここにいる私と貴方だけよ。だから、安心してほしいわ。私のたった一人の『マスター』」
そういって、メルトリリスはベッドから立ち上がり、そっとドアに向かう。
「わかったら、はやく顔を洗って。食堂で待っているわ」
メルトリリスが部屋から消え、また一人になってしまった。
けれども、さっきまで抱えていた孤独感は霧散し、今俺の胸にある形の無い暖かさが満ちていた。
これはきっと、幸せというものなのだろうと思う。俺は立ち上がり、洗面所へ向かった。
俺の愛しい『サーバント』が食堂で待っている。
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