副担任、赴任!
―――桜咲く季節。
気温が上がり肌寒い過ごしずらかった寒波は消え、体中を包み込む暖気がより一層睡眠欲を増幅させる。新しい仲間との出会い、だがそれは今までの仲間との別れになるかもしれない。
麻帆良学園では新学期が始まっていた。
「皆さん、おはようございます!」
「「おはようございまーす!!」」
喧騒に包まれるクラス。
年齢不相応に賑やかなクラスに、生徒の数名は『餓鬼臭い』と悪態をつく。かつて新学期が始まるだけでこれほどに騒がしくなるクラスがあっただろうか、皆の中学時代、高校時代を良く思い出してほしい。新学期といえば校長のつまらない話で幕を開け、教室に戻れば新しい教材の数々が机の上へと積まれ、日々の授業に絶望を覚えることも多かったのではないだろうか。
生徒全員が女性の麻帆良学園女子中等部。男性なら一度は夢を見る、まさしく女の園。麻帆良学園は小学校、中学校、高校と別れるだけではなく、共学校、男子校、女子高にも別れる全国が誇る学園都市の一角だった。
その一番端に位置する女子中等部。
賑やかな女性の輪の中にいる教師は。
「元気がいいですね! それでは朝のSHRをはじめます!」
子供、だった。
齢十歳で教壇に立つこの教師、今巷では噂になっている子供先生ことネギ・スプリングフィールドだ。
昨年度の年明けから麻帆良学園女子中等部の二年A組に赴任し、教鞭を取っている。初めこそ頼りない一面が多かったものの、幾分垢が取れて来たのか、その表情にはどこか自信が満ち溢れているように見える。
周囲から歓迎されてどことなく恥ずかしそうに頬を掻いている所を見ると、褒められたり煽てられたりすることに関しては慣れていないらしい。
そんなネギに対して生徒たちは笑いながら答えた。また一年、彼の授業を受けられることに安堵するとともに、喜んでいた。それだけ彼女たちもネギに対して一定の信頼を置いていたのだろう。
……ご最も、子供先生だからこそ従来の堅苦しさがなくやりやすいというのもあるだろうが。
(こうして見るとまだお話していない生徒さんたちも沢山いるなぁ。この一年間で三十一人全員と仲良くなれるかなぁ)
クラスにも個性がある、明るい子から暗い子までいるように全員が同じタイプではない。ネギ自身仲良くなった生徒もいれば、まだほとんど話したこともないような生徒もいる。いくらネギとはいえども三学期で全員の名前と個性を把握できるはずもなく、名前こそ分かっていれど何人かはどのような生徒なのか、自信をもって答えることが出来なかった。
また新学期になってそうそう盛大なバタバタ……主に魔法関係の問題に巻き込まれ、正直教師としての仕事が思うように行かずにふさぎ込むことも多かったものの、何とか乗り越え本日に至る。手に持っている生徒名簿と、簡易のメモ帳を机の上に載せ、中身をざっと見返す。
朝の職員会議で、生徒たちに伝える伝達事項が何点かあったはずだとパラパラとページを捲っていく。
(あ、いけない。今日は皆さんにお伝えしなきゃいけないことがあるんだった!)
そういえばと、朝のSHRで話さなければならなかったメインの話を思い出し、まずはそこから話そうと、本題へと入っていった。
「本当なら連絡事項と行きたいところなんですが、今日は皆さんに新しくこのクラスに赴任する副担任の方の紹介をしたいと思います!」
ネギの一言に、多少なりとも静けさを取り戻していたクラスがざわつき始めた。
「副担任? ネギ先生それって本当!?」
「男性の先生? 若い? それともイケメン!?」
「くっ、私の情報網をしても分からないだなんて……こりゃ学園側が相当内密に進めてたのかな?」
「わわっ! みなさん落ち着いてください!?」
ざわつきから喧騒に変わるまでそう時間は掛からなかった。一度ついた喧騒の嵐はそう簡単にやむことはない。まるで合唱でもしているのかと思うくらいの声量が三年A組の教室いっぱいにこだまする。むしろこれだけ騒いでいて隣のクラスからクレームがこないのは不幸中の幸いか。むしろ三年A組だからと諦められているのかもしれない。
クラスの配置は一年から三年まで変わらない。故に学年が上がろうともクラスの標識が変わるだけであって、クラスの配置は全くと言っていいほど変わらないのだ。故に他クラスがこのうるささと三年間付き合ってきたと考えれば多少の喧騒に包まれたところで、さほど問題視はしない。常識であれば問題視するべきなんだろうが、周囲が気にしていないのならそれで良いだろう。
ただしここで問題なのは周囲ではなく、担任であるネギだ。
先生と生徒の関係ではあっても年齢は十歳と十五歳。一般世間では小学四年生の年齢であり、年頃の女性の暴走を止めるノウハウを持っているわけではない。すでにネギの声は生徒たちの声でかき消されてしまっていた。
「あや、副担任やってアスナ。うちらのガッコ基本的に一クラスに担任一人やのに、珍しいなぁ」
「うーんそうね。まさかとは思うけど、またネギみたいのが増えるなんて言わないわよね?」
「そんなまさか。流石にネギくんは特例中の特例やろうし、そう偶然が何回も続くとは思わんけど……」
「そう思いたいけどね。前例があるから確証はもてないのよね」
喧騒に包まれる中、隣通しで雑談を交わす生徒。
はんなりとした京都弁とどこか間延びした天然な雰囲気が特徴的で、腰あたりまで伸びる黒髪が際立つ美少女。名を近衛木乃香。
もう一人も両サイドを鈴の形をしたヘアアクセサリーで結わえた長髪を持ち、ハキハキとしたしゃべり方はどこまでもまっすぐな芯の強さを伺わせる美少女。名を神楽坂明日菜。
「もしかしてそこそこに渋いオジ様だったりしてなー」
「えっ!?」
『オジ様』という単語に強烈な反応を見せる明日菜。それもそのはず、彼女は三十代後半から四十代といった渋いオジ様が大好きなのだ。もしそれが本当であればと目を輝かせる明日菜。
一方、新副担任の赴任が決まって首をかしげるのは木乃香だった。普段、自身に関わるような人事があれば自身の祖父である学園長から、何かしら連絡がくる。当然具体的な内容は伏せられるものの、それとなく伝えられていた。
それが今回はない。偶々忘れているだけなのか、それとも何か意図があってのことなのか。真意は誰にも分からない。
喧噪の中、ネギは必死になって止めようとするのだが、ネギの声が届くことは無かった。
「はうぅ~」
言っても聞かないクラスにネギは完全にお手上げ状態だ。オロオロと困惑する中、一番前の座席に座っている一人の女子生徒が立ち上がり、バンと机を叩く。
「静かになさい! ネギ先生が困ってらっしゃるでしょう?」
一声掛けるとようやく声が全体に行き届いたのか、ざわつきつつも徐々に声量が収まり、平常時の落ち着きを取り戻していく。
彼女の名前は雪広あやか。
三年A組を束ねる委員長を務める生徒であり、文武両道、容姿端麗と全てを兼ね備えた女性だ。彼女の立ち居振る舞いから、育ちの良さが伺える。とはいえ一声で生徒たちを静かにさせることが出来るのだから、あやかの持つ影響力、カリスマ性は本物なのだろう。
「あ、ありがとうございます! いいんちょさん!」
「いえいえネギ先生。委員長として当たり前のことをやったまでですわ。ささっ、どうぞお話の方を続けて下さい!」
一旦は中断してしまった話を再度ネギへと振るあやかの表情は、どこか満足そうなものだった。自身の尊敬するネギに感謝されたことで、幾分機嫌がいいのかもしれない。
あやかに促されるまま、ネギも話を再開する。
既に朝のホームルームの終了時間まで残り僅か、本来なら余るくらいが理想なのだが、このクラスに関しては毎回茶々が入ってしまうが故に、いつも終了時間はギリギリ。稀にオーバーし、次の時間の教員が入ってきてしまう事もあった。
話し合いが白熱するのならまだしも、完全に話題が違う方向に逸れ、雑談となってしまうのはいささか問題かもしれない。
さて、話を戻そう。
「えーっと、早速ですが紹介しますね! それでは入ってください!」
生徒全員の視線が入り口に集中する。
ガラガラと引かれるドアの外から現れたのは男性だった。コツコツと一歩ずつ、教室の中へと足を踏み入れる。
生徒たちはどのような人物を想像していたのだろう。
ネギと同じ年下タイプか、はたまた自分たちよりも年上の渋いオジ様タイプか。それともまた別の何かか。少なからず教室に入ってきた時点で前者の選択肢は消え失せた。
まず彼の身長。
明らかに男性の平均身長よりも高く、180くらいある。体格的には華奢というよりかは、比較的肩幅はがっちりとしていて、着こなすスーツの上着はピッタリと体格に合っていた。
カジュアルスーツというよりかは、商談の場を中心としたビジネスに通用するビジネススーツで、黒に紺を混ぜたお洒落を気遣った色合いが大人の雰囲気を醸し出す。
髪型に関しては、教師っぽいというよりかは今風の男性に近い。が、逆にそのフランクな感じが親しみやすい雰囲気と共に、若さをより一層感じさせる。
そう、ネギほど行かなくとも、教師としては十分なくらいに若かった。教壇の横に立つと、軽く一礼し自己紹介を始める。
「
簡単に自己紹介を終えて再度一礼する。するとどうだろう、いつもは騒がしくなることがテンプレだというのに、嘘のように静まり返ってしまっていた。
自己紹介の内容としてはオーソドックスなものにはなるが、何か失言しているわけではない。なら彼の見た目に問題があるのか……否、それはあり得ない。
確かに好みが分かれるかどうかと言われればあるだろうが、全員から嫌われるような見た目かというとそれも考えずらい。清潔感に問題があるわけでもない。
静まりかえってしまったクラスを危惧し、何とか話題をつなぎ止めようと、ネギが行動を起こす。
「あ、あの皆さん! 何か質問は……」
ありますか、と言いかけた時だった。何かを察した雄は反射的に耳を押さえる。
「「キャーーー!!!」」
瞬間爆発的な甲高い声と共に、席に座っている生徒たちが一斉に押し寄せてくる。あまりの大声に思わず顔をひきつらせつつも、生徒たちを邪険にすることなくその場に立ち尽くす。
年頃の女性ばかりであるが故に、若干対応に四苦八苦しつつも当たり障り無いように対応している。
「どこから来たんですか?」
「趣味は何ですか!」
「好きな女の子のタイプって、どんな子ですか?」
「後で独占インタビューさせて下さい!」
再び喧騒に包まれるクラス、一度火が付いたクラスはもう止まらず、お祭り騒ぎのような騒がしさである。伝達事項も残っているというのに、ホームルームの時間は減っていく。
ネギにはどうすることも出来ず、ひたすらワタワタと慌てるだけ。静かにさせようと割って入った明日菜とあやかが喧嘩を始めるなど、ある意味カオスとなったホームルームは、別の教師の介入まで続くことになる。
その喧騒の中、押し寄せる生徒たちから一歩下がり、新任の様子を見る生徒が一人。
「ウチ……あのセンセにどこかで会ったことある?」