「風見先生は魔法先生なんですか?」
「あぁ。俺魔法使わないし、厳密には魔法関係者って言い方が正しいかもだけど」
ソファに座りながら聞きたいことがあるという、刹那の話を聞いていく。
雄の言うことに偽りはなく、彼が戦う際には魔法を使って戦うわけではない。
この麻帆良学園は魔法が使える使えないに関わらず、魔法に関係している教員のことを魔法先生と呼ぶようだ。刹那の言うことに対し、頷きながら肯定する。盛大に戦ってしまっているせいで、戦うことが出来ないただの一般人ですといった言い訳が出来ないのがつらい。
「そうだったんですね。本当に先ほどは失礼しました。こちらの味方だとは知らず、いきなり切掛ってしまって」
「ははっ、あれくらいなら良いよ。物静かな桜咲が実は血気盛んな剣士だって知れたし、俺もふざけ過ぎたから天罰が当たったんだろ。互いに怪我が無くて良かった」
「そ、それは忘れてください!」
からかわれることに慣れておらず、顔をほのかに赤らめて恥ずかしがるそぶりを見せる。
いくら雄がふざけていたとはいえ、冷静さを失い、怒り任せに切り掛かってしまったことは事実。刹那の中では味方サイドの魔法関係者に剣を振りかざすといった剣士としてあるまじき行為をしてしまったことを悔いているようだ。
「悪い悪い。まぁそれはさておき。実際問題、君の本来の仕事は木乃香の護衛ってところかな?」
「あ、はい。どうしてそれを?」
どうしてと言われても、あんな分かりやすい感情の爆発があるだろうか。
それに雄と木乃香が教室から出たタイミングから後をつけ、二人で屋外クラブの様子を見まわっている時も片時も視線を逸らすことが無かった。
一瞬だけならまだしも、寮で木乃香と別れる時まで尾行を続け、木乃香がいなくなった瞬間に姿を現す。刹那の目的が木乃香と雄の両方であれば、わざわざ寮に帰宅するまで待つ必要もなく、人通りの少ない高台に来たタイミングで襲っていればいいだけ。だが彼女は雄が一人になるのを待った。
つまり木乃香に危害を加える必要などなかった、加えてはいけなかった、巻き込んではならなかったことが想像出来る。
「いやぁ、あれは流石に気付くと思うんだけど……」
「え゛っ!? 本当ですか?」
「うん、分かりやかったし」
がっくりと肩を落とす刹那を、ケラケラと笑う雄。風呂場でのぼせて失神し、刹那に助けられたことをすっかりと忘れているようだ。
「ただ護衛なら、あれくらい熱くなっても良いと思うけどな」
熱くなりすぎるのはよくないけどね、と付け足す。
中々一人の人間に尽くせる人は少ない。刹那があれだけ感情を露わにしたのも、木乃香のことを心から大切に思うからであって、刹那自身が短気なわけではなかった。
「そんなことないです。お嬢様のことになると熱くなって、周りが見えなくなってしまう。私の悪いクセです」
「ふーん、お嬢様かぁ」
刹那の言葉を興味深気に頷く。
彼女の呼び名で、何となく木乃香との原状の距離感を測ることが出来た。元々は二人とも相当仲の良い、友達だったのではないかと。
二人が出会ったのは雄が京都を訪問した後で、昔は仲良く遊んでいたが、何かを切っ掛けに木乃香と距離感を置いているのだろう。その場だけの護衛ならば対象を守らなければといった使命感には駆られるものの、思い入れがあるわけではない。
あそこまではっきりと感情を出されれば、刹那が本気で木乃香のことを強く大切に思っていることは容易に想像出来る。
「直るさ。桜咲はまだ若いし、経験も不足している。仕事のみならず、日常生活でも、もう少し周りを見ながら生活してみな。どこかにヒントが隠されていたりしてな」
「……そんなものでしょうか?」
「おう、案外自身が意識してないところに答えがあったりするものさ。色々試しても良いと思うぜ」
とはいえ、何をどうすれば良いのか刹那は分かっていない。だからこそ、そこは自分自身で考える必要があった。雄や周りが伝えてしまえば簡単だが、それでは彼女のためにはならない。
「……」
顎に手を当てて刹那は考え込む。変に深く考えていないかと、刹那の顔を見つめる雄だが、何かを思い付いたようで、ニヤリと笑いながら言葉を続けた。
「距離感が気になるなら、木乃香と話すのも手じゃないかな」
「は、はい!? わ、私は別に!」
案の定予想通りの反応で、関係ないですとばかりにワタワタと慌て始める。
木乃香と話すのが嫌というわけではなく、話すのが恥ずかしい、話したいけど立場上話せないといった葛藤を抱えているように見えた。
「いやいや、流石に話したくないってのは嘘でしょ。俺が木乃香だったら直ぐにでも話したいって思うけど」
「わ、私は良いんです! 私は木乃香お嬢様を影から見守ることさえ出来ればそれで!」
「大きくなったらただのストーカーになりそうな気もするんだが……」
「な、なりません!」
顔はすでに真っ赤。
図星をつかれて照れているのか、一気に捲し立てる。総括すると木乃香と常に共に居たくて、踏み込んだプライベートの話もしてみたい。
今の刹那は木乃香の護衛という立場から本来の自分を隠し、桜咲刹那という名の仮の姿を偽って演じている。果たして今のままで誰が幸せになるのか、木乃香が刹那のことを想っているなら、嫌われていると思ってショックを受けることだろう。
学園を案内してもらっている時には刹那との関係までは洗い出せなかったが、共に生活していくにつれてどこかで本人の口から刹那との関係を相談されるかもしれない。中々言いづらいこととはいえ、相談される可能性はゼロではない。
それを知った時に刹那と木乃香の両名はどう思うのか、下手をすれば双方ともにショックを受ける可能性もある。
雄自身としては二人が悲しむ顔は見たくない、考えすぎかだといいが最悪のケースとしても十分に考えられた。
「私は近衛家に仕える身! 私のような者がお嬢様と気軽に口を利こうなど「友達であることには変わり無いだろう?」―――え?」
刹那の素直になれない発言に、不器用だなぁと言いたげな苦笑いを浮かべながら話し始める。
「立場が違えども、木乃香と桜咲は友達。その事実が変わることはないよ。それとも桜咲は、木乃香のことを友達だとは思ってないの「そんなことは断じてありません!!」……おおう」
「私だってお話したいです! でも! ウチが介入することでこのちゃんに迷惑を掛けたらと思うたら!」
傍にいることも出来なくなってしまう。
木乃香は彼女にとって最も大切な存在であり、命に代えてでも守り抜きたい存在だった。だからこそ、裏の仕事に手を染めた自分が近くにいては、いつか裏の世界に木乃香を巻き込んでしまう。
刹那が一番恐れているのは、木乃香に嫌われることではなく、彼女を失うこと。裏社会に顔を突っ込めば、常に生死と隣り合わせになる。
今戦う術を持たない木乃香が巻き込まれてしまえば、刹那も守ることが困難となる。万が一木乃香に何かあったら……。
そう考えると居ても立っても入れなくなると共に、変にかかわってはいけないと思うようになった。物心がない時は分からなかった、物心がついたからこそ分かった。
だからこそ、これで良い。自身が距離を置くことで、危険な目に遭わなくなるのならそれで十分。元々木乃香は雲の上の存在、自分が一緒にいるにはあまりにも眩しすぎた。
そう、これで……。
何度も何度も暗示し、脳に刷り込んだかと思ったのに、意図も簡単に解けてしまう。雄も本心を聞き出そうとするつもりは微塵も無かった。だが、雄の想像以上に刹那の木乃香への想いは強いものだった。
良いわけがない。
それが刹那の結論だ。一緒に居れないなら、一緒に居られるくらいに強くなれば良い。
突然の大声、そして唐突な京都弁に、雄は思わず横へと転げ落ちそうになる。
「はっ!? す、すみません風見先生。急に取り乱してしまって……」
「いや、大丈夫。ちょっとびっくりしただけだから」
普段は冷静沈着で、クールなイメージの刹那がそこまで熱くなるとは思わず本気で驚いたようだ。体勢を正して、改めて刹那へと向き直る。
なお、京都弁を発動した時の巣の刹那を可愛いと思った一瞬は、彼の心の奥底にそっと仕舞われた。
「あれだ、個人的な感情は置いといて、木乃香のことを嫌ってる訳じゃなくて安心した」
「え? それはもちろん私だってお嬢様とお話を……」
「そ。それが君の本心だろ? ならずっとは無理でも多少なりとも歩み寄っても良いんじゃないか? って急には無理か。そりゃそうだ、出来てるならとっくの昔にやっているって話だ」
「はい……」
出来ないからこそ悩んでいる。そこは雄も何となく感づいていたが、一旦は事実を確認する必要があった。
少なからず、刹那が木乃香のことを嫌っている訳ではないという確信を得られただけでも十分だ。だがこれ以上は雄も干渉するつもりはない。後は二人が解決していく問題であって、第三者が下手に関与してしまったら意味は無くなってしまう。
彼女ならいずれ、と淡い期待を抱くだけだった。
「ま、ボチボチとやっていこう。時間はたっぷりとあるし好きなだけ悩んで、好きなだけ考えて、また悩めばいい」
「はぁ、本当に不思議な方ですね。こんなにプライベートの話をしたのは久しぶりかもしれません」
「こんなんでも一応先生だからな。生徒のメンタルケアくらいはしないと」
「なんですかそれは」
全く様にならない教師っぽい素振りをする雄の姿を見て、クスクスと刹那は笑う。失礼な、と返す雄の姿にも笑みが浮かんでいた。
何はともあれ、今年一年は共に生活をすることになるし、今後は学園に通う魔法関係者として仕事も一緒にこなすことになるはず。変にいがみあい、けん制し合っても仕方ない。だが今この場の様子を見る限りは、先ほどまで敵だと思って戦いあっていた姿は微塵も想像できない。
雄はソファからおもむろに立ち上がると、刹那の前に立ちおもむろに右手を差し出す。意図が分からずに不思議そうに首を傾げる刹那。いきなり手を差し出されても握っていいものか分からず、ポカンと口を開けたまま佇む。
「同じ魔法関係者として、今後協力して仕事をこなす時もあるだろう。改めてよろしくな、桜咲」
「……はい!」
意図が伝わり、雄の差し出した右手をしっかりと握り返した。刀を握って戦う剣士とは思えないほど、彼女の手は柔らかく、小さなものだった。
「よろしくお願いします。
「……! あぁ、
名字から名前へ。
互いの信頼関係は生まれたばかりだ。