「あれ、刹那?」
「あっ、雄さん。もしかして雄さんも呼ばれたんですか?」
しずなの言伝に従い、学園長室へ向かう道中に部屋の前でばったりと出会う雄と刹那。
刹那はノックをしようと扉に手を伸ばしていて、部屋に入る直前に声を掛けられた形になる。
「俺も……ってことは刹那もか。同じタイミングに呼ぶってことは、同じ話ってことか?」
「分かりません。一旦入ってみましょうか」
呼ぶタイミングが同じってことは、話す内容も同じと言うことになる。もし二人だけの内密な話なら、わざわざ重複する時間帯を選ぶことはない。とはいえ、人間間違いは誰にでもある。
ひょっとしたらスケジュールを確認せずに呼んでしまったがために、被ってしまった可能性もある。一旦確認するべく、扉に手を伸ばしコンコンと扉をノックをした。
桜咲ですと名乗ると中から入室許可の返事が戻ってくる。戻ってくると同時に扉を開け、中へと入った。
「失礼します」
「おお、刹那君に雄君。よく来てくれた」
「学園長、私たちを纏めて呼んだのは一体?」
「ふむ、端的に今度の修学旅行についてなんじゃが……」
事の顛末について、話し始める。二人が同じタイミングで来るようにしたのは、偶々ではなく共に修学旅行へ行く魔法関係者だからとのこと。
行き先は京都、つまり孫である木乃香の実家であり、関西呪術協会の総本山がある。
既に麻帆良学園の生徒が修学旅行で京都に行くという話は通っているのだが、魔法使いが同行する事に対して、一部の過激派が難色を示していて、場合によっては修学旅行の京都行きが中止になること、そして親書を渡す役割をネギが任されたこと。
「つまり、ネギくんが親書を渡すまでのサポートと、木乃香の護衛をお願いしたいってところか」
「うむ。本来ならタカミチも行ってくれるはずだったんじゃが、急な任務で海外に出張中での。迷惑を掛けるとは思うが、二人にお願いしたい」
元々ネギの受け持つクラスの担任だったタカミチは出張中、他の魔法関係者は自分たちの仕事があるため、身動きが出来ない。現状動けるのは、クラスにいる魔法関係者だけだった。
そうなると、必然的に二人が選ばれるのは納得がいく。
「私は構いません」
「助かるわい、刹那君。して、雄君はどうじゃ?」
「え、俺?」
「この場に雄なんて名前は、君しかおらんじゃろう」
おいおいと半ば呆れ気味に雄へと声を掛けた。少し別のことを考えていたせいで、何とも間抜けな返事になってしまったが、決して近右衛門のお願いに否定的な訳ではない。それとは別に彼自身が京都に関して思うことがあったようで、多少近右衛門の反応に遅れてしまった。
「あぁ、いいですよ。まだネギ先生を一人で向かわせるのは不安ですから」
「そうか、やってくれるか。ところで二人にも聞きたいんじゃが、このかに魔法のことはバレとらんじゃろうな?」
「いえ、特には。私の方から距離を置いている状態だったので、おそらくは問題ないかと」
「俺も大丈夫だと思う。昔会ったことはこのか自身も覚えていたけどな」
「む? 昔に会っているじゃと?」
昔に会ったことがあるという一言に近右衛門が反応をする。
その反応に対し、逆に知らなかったのかと雄は驚いた表情のまま固まった。
関西呪術協会の近右衛門は詠春の義父であり、当然ながら密接な関わりを持っている。だからこそ木乃香のことは共有されているとばかり思っていた。
「あれ? もしかして聞いたことなかったり?」
「初耳じゃよ。ほっほっ、君なら婿殿も信頼を置けるのじゃろう。とにかく君たちの腕に掛かっている。気を引き締めて臨んでほしい」
「関西呪術協会か。正直誰がいるかも分からないし、どんな手練れが居るのか分かったもんじゃないな」
「そうですね。実際相手の出方もあるでしょうし、しっかりと対策を立てないと……」
近右衛門からの話が終わり、雄は刹那と二人で学園外の商業通りの近くを歩いていた。それぞれ考えていることは似ており、得体の知れない存在にどう対応しようかと考えているところだ。
雄も京都に行った時に本山には入っているものの、集会に同席しているわけではないため、詠春が長をしている事くらいしか分かっていない。
陣形的には魔法使いと従者の関係に似てはいるが、いつどこで行動を起こされるのか、分かる術はなかった。修学旅行まではまだ若干ながら期間がある。ある程度先方の偵察をしておくことも必要になってくるだろう。
が、そうは言っても変に気を張りすぎても仕方ない。
現状こちらに居るうちは簡単に手出しは出来ないし、向こうも誰かを襲おうとは思わないはず。
「ま、とにかくあまり深く考えすぎないように。気楽にな」
「ちょ、雄さん! 子供扱いしないでくださいよ!」
ポンポンと気難しい顔をして考え込む刹那の肩を叩く雄。そんな一連のやり取りを子ども扱いされたのではないかと思って、顔を赤らめて反抗する。ムキになって反抗する姿が、雄にとってはより一層幼く見えた。
変に難しく考え込んでしまうところは刹那の悪いところでもある。よく言えば真面目、悪く言えば頭が固くて融通が利かない。そこも含めて刹那らしいとは思っても、いざという時に誰かを頼らず、自分だけで抱え込んでしまえば元も子もない。
「そう言えば刹那。俺に着いて来ているけど、お前も木乃香や神楽坂と一緒に修学旅行の買い物するのか?」
「へ?」
刹那も気付かないうちに着いて来てしまったせいか、雄の一言でようやく現状を把握する。雄はこの後、木乃香や明日菜たちと修学旅行の準備のための買い出しに出る予定だった。
今二人が歩いているのは学園の敷地内にある、商業施設が集まる一角であり、店頭には修学旅行の生徒をターゲットにしたポップやのぼりが並んでいる。展示されたカゴや特売品を狙おうと、数多くの生徒たちで賑わっていた。
「あ、いや! こ、これはですね! 無意識に着いて来てしまったというか……そ、そう! 不可抗力で!」
「お、おう? そこまで否定されると怪しさ満載気がするんだが」
「き、気のせいです! 私は今後の対策を考えなければならないので「あ、居た! おーい!」っ!? そ、それでは私はこれで!」
「あっ!? お、おい、待てよ!」
会話の途中で入ってくる見知った声に反応したかと思うと、慌ててその場から立ち去ってしまう刹那。何故急に逃げるのかと追いかけようとするも、想像以上のスピードで走り去ってしまった。
ぽつんと取り残される雄の元に声の主、木乃香が駆け寄ってくる。
「なぁなぁ、今お兄ちゃん誰かと話してへんかった?」
「んー? あぁ、道を聞かれて……」
刹那と話していた、ではなく道を聞かれていたと誤魔化す。二人の間には確執的な何かが生まれていて、下手に刹那の話題を出せば、木乃香が悲しむ要因になるかもしれない。
麻帆良学園に来たばかりの雄に、ここ周辺の地図など分かるはずも無いのだが、出て来た単語を並べてその場を凌ごうとした。
振り向き様、いつもの制服姿の木乃香ではなく、私服に着替えて髪の毛を結わえた一風変わった姿が目に入る。
「風見先生、こんなところに居たんですね。探しましたよ!」
木乃香に続くように同じく私服に着替えた明日菜が駆け寄ってきた。長い髪の両端をリング状に結わえ、カジュアルなジーンズといった活発さを醸し出すチョイス。二人揃って美少女というオマケ付きのため、立ち姿が非常に様になっている。
「待ってくださいアスナさーん!」
最後に姿を現したのはスーツ姿のネギだった。自分の姉を追いかけるような仕草はまさに年齢相応、はたから見たらただの姉弟のようにしか見えない。
「おお、こりゃ新鮮だ」
「ほえ? 新鮮って?」
「普通教師って、中々生徒の私服姿を見ることはあまりないだろ? 改めてプライベートに踏み込んでいるんだなーって」
現実問題、あくまで教師と生徒としての関係がほとんどであり、教師は生徒の、生徒は教師のプライベートに踏み込むことは早々ない。仕事として教師が生徒の相談に乗ることはあれど、個人的な感情はまず無い。ましてや放課後、生徒と一緒に買い物に行くなど、あり得ない。と世の教師陣は言うに違いない。
「あーそれもそうね。ネギや風見先生もある意味特殊なのかも」
「それな、やっぱり神楽坂もそう思うか」
「早々教師と仲良くなるなんてないですから。あ、風見先生、私のことは明日菜でいいですよ。言いにくいでしょ、神楽坂って」
「そうか? それならお言葉に甘えて……なら、俺のことも名前でいいぞ」
あまり生徒のことを名前で呼びすぎるのもよくないのかもしれないが、生徒たちの同意があるのであれば問題はない。赴任二日目ではあるが、前に講師をしていた学校とは全く勝手が違い、常に新鮮な感じであることに雄自身も満足していた。
「じゃあ雄さんで。雄さんってもう服とかは結構買いそろえたんですか?」
「いや、私服は全然だな。普段はスーツの方が多いし、プライベートで外出もそう多くはないから、スウェットを着て過ごしていることも多いかも」
「あはは……大人の人って皆そうなのかしらねー」
予想通りの答えだったのか、明日菜は雄の返しに苦笑いを浮かべる。
聞こえが悪く言えば、よくあるダメな大人の過ごし方といったところか。
そもそも普段で歩くことのない雄にとって、私服はそう必要がないものになる。必要な衣類といえば、就業中に着るスーツであったり、中に着るワイシャツであったりと、いずれも仕事に関わるもののみだった。
だが今彼が住んでいる場所はアパートではなく、女子寮の一角だ。休みの日に、スウェットを着た教師が出歩く姿など、到底見せられるものではない。それが自分のクラスの副担任ともなれば、猶更目も当てられないだろう。
これまでは通用していたことが、これからしばらくは通用しなくなる。雄自身も分かっているからこそ、木乃香の誘いを受けたのだと思われる。
「結構な買い物になりそうだけど仕方ないか」
財布の中身を見ながら一人自問自答を繰り返した。今まで怠けていたツケが回ってきたと考えれば納得がいくし、決して損になる買い物ではない。
自分をより一層よく見せるための、投資と考えれば高くはなかった。
「じゃあ行きましょ! 時間も限られているし」
ある程度話もまとまったところで、四人は人ごみの中へと消えていった。