「えーっと、俺が居ても良いのか?」
「ええよ。偶にはちゃんとしたもの食べんと、お兄ちゃんも身体壊してまうえ」
「んー、そうか。ならお言葉に甘えて」
時は移り変わって夜。
買い物を楽しんだ一行はそれぞれ部屋に分かれて夜を過ごす……予定だったのだが、何故か雄はネギたちの部屋に居た。
既に今日の業務を終え、完全にプライベートモードに移行した雄は、既にジャケットを脱ぎ捨てて、ネクタイを取っており、ワイシャツ姿で部屋に来ている。
そもそもネギたちの部屋に来ているのも木乃香に夕飯の誘いを受けたからであり、事の発端はカフェにて漏らした雄の一言だった。
「顔色もわるーないし、体つきも良いから、ちゃんとしてると思ってたんやけど……まさか毎日出来合いとコンビニ弁当で過ごしているやなんて」
「し、仕方ないだろ。独り身だと買った方が早くて安いし」
普段食事はどうしているのかとの質問に対し、雄は何の抵抗もなくレトルトとコンビニで済ましていると言い切る。
毎日手作りし、出来合いに頼ることをしない木乃香にとって、毎日レトルト、コンビニのオンパレードの雄の食生活は到底許せるものではない。まして自分を孤独から救ってくれた兄的な存在である雄が、そこまで腑抜けた生活を送っているとは思ってもなかった。
自分と大きく歳が離れている訳ではないため、なおさら彼の生活が木乃香にとっては気になる要因にもなっている。
そんな生活アカン! と一喝すると共に、雄の夕食も用意するから食べに来て欲しいと誘ったところ、雄は満更でもない表情で、首を縦に振った。
「でも意外よねー。雄さんって割と私生活はしっかりしてそうなのに」
「いやいや、結構適当だぞ。飯なんかは食べれれば良いくらいの認識だし、私服も着れればくらいにしか考えていないしな」
明日菜の問いかけに隠すことなく話す。
下手に取り繕ったところで、後々バレるのだからはっきりと言い切ってしまった方が楽だと割り切っていた。食生活に関してはだらしない自負はあるものの、私服がダサいと思ったことは一度もなく、あくまで人前に出るにあたって恥ずかしくない服装はしている。
それはそれで当たりはしないだろうが、外れもしない。ただ今回は女子寮、年頃の女性と顔を合わせるが故に、流石に多少お洒落を気にした方が良いと思い、修学旅行の服と併せて、大量に買い込んだ。
「うーん。私たちと同い年くらいの男の子って、皆雄さんみたいに育つのかしらねー?」
「十人十色だろうよ。全員が俺みたいに育ったら世界が崩壊する。身の回りに俺がわんさか居るって想像してみ」
「あー……」
何となくイメージが出来てしまったようで、苦笑いを浮かべながら言葉を詰まらせる。実際に自分の周囲が全員雄と置き換えると、そんな世界には居たくない。
明日菜と雄が話をしている間にもエプロンを羽織った木乃香は淡々と料理を進めていく。改めて手際の良さに感心しながら、彼女の後ろ姿を見つめた。トントンと規則的にかつリズミカルに包丁が上下し、まな板に乗った食材が刻まれていく。
ふんふんと鼻歌を歌いながら料理を作る様は、家庭を持つ母のようにも見えた。
(良い奥さんになりそうだな木乃香は)
率直にそう思えるあたり、料理をする仕草が様になりすぎている。見ない間に大人の女性としての階段を順調に上っているみたいだ。
「ふふーん?」
「ん?」
木乃香を眺める雄のことを、ニヤニヤと見つめる明日菜。雄の姿が彼女にどう映ったのか、隅に置けないわねとでも言いたげな眼差しだった。
「何だよ明日菜」
「雄さんも中々隅に置けないなーって」
「はぁ?」
何を言っているんだとでも言いたげな態度で明日菜へと返す。特に色眼鏡で見ていたわけではなく、木乃香の女性としての成長ぶりに関心していただけであり、特別な感情を持ち合わせている訳ではなかった。
「料理をしているこのかに見とれてたんでしょ」
「違うっての。見とれてたっていうか、良い女性になったなと思って感心してただけだ」
好きか嫌いかと言われれば、間違いなく好きだ。
ただそこに恋愛感情であったり、独占感情は微塵も無い。あくまで一生徒、年下の存在としての可愛がる感情はあれど、一緒に生活したいだとか、恋人にしたいといったものは全く沸かなかった。
「えー! そうだったの。あ、そういえば木乃香から聞いたんだけど、昔遊んだって本当?」
「遊んだって言ってもほんの数時間だけどな」
どうやら木乃香は雄と昔遊んだことを明日菜には話しているらしい。
どこまで話しているかは謎だが、幼い頃に遊んだ記憶など完璧に覚えては居ない。それに完全なプライベートの全容を掻い摘まんで説明するとは思えないし、ざらっと話したのだろう。
懐かしいなと話を続ける雄だったが、話している途中で料理をしている木乃香が表に出てきて声を掛けた。
「アスナー、お兄ちゃんもお皿の準備手伝って貰ってええ? ネギくんだけやと大変そうやから」
料理が完成したらしく、手伝って欲しいと言伝をされ、重たい腰をゆっくりと上げる。先ほどからネギが机付近に居ないのは木乃香の料理を手伝っていたからであり、彼もまた慌ただしく皿の準備をしていた。
働かざる者食うべからず、ネギだけに任せておいて自分は何もしないのは流石に一大人としてどうなのか。そう思ってからの行動は早かった。
つまらない平々凡々の毎日から、充実した多忙な日々。日々の生活の大きな変化に、雄は感じたことのない満足感を覚えていた。
「屋上の景色も悪くない。前住んでいたアパートとは大違いだなこりゃ」
夕食後、ネギたちの部屋を後にした雄は一人屋上を訪れていた。
落下防止のために付けられている手すりにもたれ掛かり、先に広がる麻帆良学園の風景を一望する。夜ということもあり、明かりは灯って居ないが、周辺に広がる街の光が何とも言えない夜の風景を照らしだしていた。
「おい、お前」
ふと背後から声を掛けられる。
雄は振り向かない。しかし背後にいる人間が誰だか分かったかのようにニヤリと笑みを浮かべた。
「あぁ、アンタか」
声と共に後ろを振り向く。背後に立っていたのは小柄な金髪の女性と、耳に機械のようなパーツをつけた、比較的長身の女性だった。雄が声を掛けると長身の女性が礼儀正しくぺこりとお辞儀をする。
それに対してどことなくムスッと仏頂面をしながら、腕を組んでいるのは小柄な金髪の生徒。もはや麻帆良学園の制服を着ていなければ、小学生にでも間違えられかねない体躯だった。が、彼女から溢れ出れる並々ならぬ雰囲気は、一般人とはまるで違った戦士としての雰囲気を思わせる。
一見無防備そうに見えて、いつでも戦える状態にある。こちら側から飛び出せば、本人だけではなく隣にいる長身の女性も出てくることだろう。
それでも雄の口振りは淡々と冷静そのものであり、彼女の雰囲気をもまるで無かったかのように立ち振る舞ってみせる。更に言うなら、彼女の事を知っているような口振りだった。
「全く。表舞台から姿を消したと思ったら、まさかこんなところに赴任してくるとはな、風見雄。大方、あのジジイに頼まれたんだろうが」
「まぁ大体は当たってるな。そんなことよりも、こっちからすれば
知っているような、ではなく知っていた。彼女の二つ名を知っている以上、雄とどこかで面識があるらしい。
彼女の名前はエヴァンジェリン。
表向きは麻帆良学園に通う生徒だが、本性はかつて
「これにはちゃんと理由がある。おかげさまで十五年間も中学生をやる羽目になってな」
「ふぅん、そうかい。相当厄介な術者に封じられたのか、そりゃご苦労なこった」
「……とはいえ、マスターもここ最近はネギ先生のお陰で学園生活を楽しめて居るよ「茶々丸、余計なことは言わなくていい」……失礼しました」
茶々丸と呼ばれた長身の女性が言い掛けたところで、ぐいぐいと袖を引かれて止められる。それ以上は言って欲しくないのだろう。素直にエヴァンジェリンの言うことに従った。
退屈だと言う割には、それなりに今の生活を楽しんでいるようにも見える。彼女の表情がそう物語っている。茶々丸を止める際の表情はどこか照れくさく、恥ずかしそうにしていた。
「随分丸くなったんだな、あの福音が。到底同一人物とは思えないぞ」
「私だって好き好んで丸くなったわけではない。あの馬鹿騒ぎする連中が……って何を言わせるんだ貴様!」
「俺じゃねーって! 自分で言ったんだろうが」
盛大に自爆しそうになり、ノリ突っ込みをかますエヴァンジェリン。この言い方では自身が丸くなったのは、クラスメイトたちのおかげだと言っているようなもの。
むしろ彼女の良い方には感謝の念が込められているようにも見えた。自身の知る
すると彼の表情に、エヴァも気づいたようで。
「おい! 何を笑っている! 私には別に特別な感情などだな!!」
「まだ俺何も言っていないんだけど……」
「マスター、完全に墓穴を掘っていますが」
「う、うるさい! 本当に私は何とも思っていないんだ!」
雄に茶々丸とダブルパンチを食らい、顔を赤くしながら茶々丸へと飛び蹴りを食らわす。
これがあの福音なのか。氷のような冷たい顔つきに感情を失った瞳。人を寄せ付けず、捉えた獲物には容赦しない残忍かつ冷酷な最悪の吸血鬼。
周囲からは恐怖の目で見られ、何人もの優秀な魔法使いが手も足も出なかった賞金首。
そのイメージは既に、目の前の少女からは消え失せていた。どこにでも居るような普通の女子高生、喜怒哀楽をはっきりと表す姿からは、邪悪な感情を感じることはなかった。
一連のやり取りを笑いながら見ている雄に、エヴァンジェリンが噛みつく。
「だ、だいたいお前はどうなんだ! 昔はハイライトが消えたいい感じの悪人面だったというのに、今じゃすっかりと丸くなってるじゃないか。オマケに副担任でチヤホヤされて、かつての面影はどこへ消えた?」
彼女はどうやら昔の雄を知っているらしい。いつどこで何のために出会ったのか。
出会い方は彼女の口から語られる事はなかったが、昔の雄は今みたいな明るく接しやすいタイプではなく、触れば切れるナイフのような性格だったらしい。
「かつての面影ね。ずっと居るよ、
噛みつくエヴァンジェリンに対しても雄は動揺せずに、淡々といつもの調子で答える。あくまで昔の自分は居なくなったのではなく、胸の奥底に仕舞い込んでいるだけであり、それを心の奥底に追いやってくれたのは、他でもないどこかの馬鹿だと言い張った。
つまり今の雄の性格や仕草は、その人物に影響を受けて形成されたといっても過言ではない。悪態をつきながらも、彼なりに相手には感謝しているようで、身体からにじみ出る雰囲気は穏やかかつ、優しいものだった。
「ふん! 何だ、おもしろくない」
「悪かったな、面白いオチにならなくて」
「マスター、先ほどから放課後のお礼が一切出来ていません。あまり話を長引かせても、雄先生が疲れるだけかと」
「なっ!? か、勝手に言うなと言っただろ!」
「放課後のお礼? 一体何の話だ?」
「今日の昼過ぎ、学園に侵入者が入ってきたのですが、本来なら私たちが対応するべき相手でした。それを変わりに雄先生が対処してくれたお礼を一言お伝えしようと、こちらに赴いた次第です」
部屋に行ったのですが……と言いにくそうに伝える辺り、行き違いになってしまったらしい。放課後の侵入者で心当たりがあるとすると、刹那を襲った関西呪術協会の手先が思い浮かぶ。最初は誰が襲われているのか分からずに目的地へと向かったが、まさか自分の教え子が襲われているなど、雄にとっても思いもよらなかった。
自分がしようと思って起こした行動が故に、特に感謝されることはないと思うのだが、わざわざお礼に来る当たり、なんだかんだ彼女たちの人の好さが見受けられる。
「ぐっ……まぁ茶々丸の言うとおりだ。本来なら魔法障壁を割って入ってきたタイミングで私たちが対応するべきだったが、お前に先を越されてな。全く、こんな余計な仕事を「マスター」ぐぐぐっ……礼を言う、風見雄」
素直になれずにツンツンと皮肉の羅列を並べるエヴァンジェリンだが、再度茶々丸に突っ込まれたところで観念し、プルプルと身体を震わせながらお礼の言葉を伝えた。彼女自身、誰かに感謝の言葉を伝えることになれておらず、照れて言い出すことが出来ない。
どんな形式であれ、お礼を言われて悪い気分にはならない。雄は一つ息を漏らして笑みを浮かべるも、こそばゆいのかプイと後ろを振り向いてしまった。
空には無数の星空が広がる。
年月が経てば人は変わる、それが自然になのか人為的なものなのか、そればかりは当人しか分からない。
「なぁ、近衛。もしお前があの時声を掛けてくれなかったら、今も俺はあの時のままだったのかな?」
ぽつりと呟く雄の一言は、虚空に消える。
人から感謝される人間に自身を変えてくれたことに対し、改めて感謝の意を示すのだった。